ボーダー内では一つの噂で持ちきりである。
新しい黒トリガーが現れた、と。
勿論その話の中心は恋多郎なわけでやれ近界民だ、やれ玉狛の隠し球だ、と本人の知らぬところで尾ひれが生えまくりだ。
一部B級隊員とC級隊員はおもしろ半分でその噂についてヤイヤイ話しているが、上層部からすれば前例の無いただの大事件である。
何しろボーダーと全く接点の無いところから黒トリガーが出現したのだから恋太郎の存在は得体の知れないUMAみたいなものだ。開発室長の鬼怒田始め上層部はこの件に慎重にかつ細心の注意を払って調査を進めていた。
とりあえず恋多郎が参加していたガイダンスの日は家に帰したが、それから一週間関西の実家に調査員を送り込み、かつ恋多郎を本部に呼びつけ検査を連日行った。
「こんちわ〜。珍しいね俺をここに呼ぶなんて。鬼怒田さん。」
ボーダー部隊最高位A級1位のアタッカー、太刀川慶が開発部の戸を叩いた。
「おう。待っておったぞ!」
見つめていたモニターに背を向け、鬼怒田はクルリと入り口に立つ太刀川を歓迎した。
「あっ俺らもついでにいいスか?」
そして太刀川の後に同チームの出水公平と三輪隊の米屋がニュッと顔を出す。
「何だお前ら。暇か!A級の癖しよって!」
「まぁまぁ。太刀川さんが開発室に呼ばれるなんてそんな珍しい事、あの噂に関係してんじゃないかなぁって思いまして。」
この開発室に基本バカは呼ばれない。頭にそんな事が浮かんだこの17歳’Sの二人は最近の噂とこの呼び出しを結びつけた。ナチュラルに太刀川をバカ認識している二人である。
「こういうカンは当たりよるわい・・。」
マジか!と目を合わせる二人をよそに鬼怒田はモニターに映し出された少年を指差す。
「太刀川。お前にコイツの試験に付き合ってもらう。」
「・・コイツが噂の黒トリガー?」
「それを判断するために今から戦ってもらうのだ。隊員の中で最も黒トリガーに近い実力を持つお前にな!」
勿論このモニター内の少年は恋多郎の事である。
連日連夜入学前の春休みを利用されボーダーに呼び出され続けている恋太郎。その顔には嫌悪感がありありと浮かんでいた。土地勘の無い一人暮らし、学校の手続き等何気に忙しいというのにこうも呼び出されればよほど良い奴で無い限り許容できるもんじゃ無いだろう。
『桜。次の試験は正隊員との実践をしてもらう。別に勝敗は気にしておらんから、覚えてもらったトリガーを使って適当に戦ってみてくれ!』
ここ数日毎日聞いている中年オヤジの声が試験室内スピーカーに流れる。
「いくら温厚な俺でも良い加減イライラが止まらんで・・あのおっさん!」
ウィン、と機械的な音と同時に太刀川が試験室に入り、各々自己紹介をする。
「俺は太刀川だ。よろしく。」
「・・桜です。よろしゅうです。」
「お?関西弁。あれかお前。イコ達と一緒か?」
「イコ?ああ俺と同じ関西の・・、関係あらへんですよ。その人ら。」
「?何キレてんだ?」
「いやぁ・・こんな状況になれば誰だって棘はでると思うんやけど・・。」
恋多郎がトリガーを展開すれば先日の戦闘訓練と同様に刀身が黒い孤月が姿を現す。
「黒い孤月?」
『その孤月は特にこちらからは変更は加えとらんぞ。』
太刀川の呟きに鬼怒田が補足を入れる。だが、黒トリガーの噂を聞いて黒いトリガーを使うのであれば只の孤月では無いのは簡単に連想できる。
「(何か仕掛けがあるか?)よし、来い!」
と、太刀川が言い切って一拍。
自分より一回り小さい少年が眼前で剣を振りかぶっていた。
「っっ!!??」
アタッカー内で一手目から太刀川相手に勝てる者はいない。今回同席している出水は勿論、A級アタッカーの米屋もその認識である。
だからこそ太刀川が恋多郎に真っ二つに斬り伏せられた光景に目を疑ったのだ。
『太刀川ダウン。』
機械音声がスピーカーを通して伝わってくる。
「おお?あっさり勝った。」
恋太郎の呑気な感じだが、隊員達はそれどころでは無い。
「ちょっと待て!あいつどんな体の速度だ!?トリオン体の可能速度完全に上回ってんだろ!?」
「ヤベーな・・。太刀川さんが一切反応できない速度。」
『・・・2本目だ。』
斬られた太刀川の体は復元され二回戦が始まるも、またもや簡単に太刀川は恋太郎に切り飛ばされた。
「おいおい・・、黒トリガーはその孤月じゃなくてそのトリオン体の方だったのかよ?身体強化系トリガーとかまた珍しいな。」
太刀川や皆が驚くのは無理もない。通常トリオン体に関しては個人毎に性能差はないからである。
戦闘において身体能力が高ければ高い方がいいのは至極当然のことだ。しかしことトリオンでの戦闘では筋力的な要素での差が無いため、性差がなくトリガーの熟達度や戦術が重要となっている。そんな中で恋多郎の速さはゲームでいうところの環境ぶっ壊れのチーターである。
「だが、この二本で大体は掴んだ。」
流石に修正能力の高い太刀川。A級のトップアタッカーと比較してもおよそ1.5倍は速い恋多郎の動きは把握した様子だ。彼の恋多郎に対する印象は動きがすごく速い素人、と隙が大きい動作ではあるので対応は可能。実際この3本目、彼の目は黒い孤月をちゃんと捉えていた。
・・・・・・だが、受けた自身の孤月がいとも簡単に砕かれたのだ。
「は!?」
ちょっと待て待て、と太刀川は戦闘中にも思わず思考を停止させてしまう。
「あ、割れた。」
同じく恋多郎も孤月を破壊したことに驚きお互いが手を止めたことで謎の間ができる。
そこに太刀川はもう一刀の孤月で恋多郎を斬りつけた。
ギャアッリ
石か何かを切りつけた様な音が鳴る。
「おあ!?斬られたァ!!??」
と、チャンバラの様にいかにも斬られましたとリアクションをあげるものの、その首は未だ頭をつけたままだった。
「・・・体まで固ぇのかよ。」
目にも止まらぬ速さかと思えば、とんでもない破壊力に太刀川の孤月をくらっても半傷で済む強度の体。黒トリガーは他とは一線を画す兵器といえど余りに理不尽な性能の前に結局5本行った模擬戦で太刀川は恋多郎から一本も取れなかった。
「マジか・・。黒トリガーとはいえ太刀川さんが素人同然の奴に完封負けかよ。」
信じられない顔をする出水の横で米屋が鬼怒田に一体どんなトリガーなんだと尋ねた。
「理不尽さなら風刃より上でしょコレ。あれは迅が使ってるのも含めてチート能力ですけど。」
やれやれといった顔で恋多郎と室内へ入ってきた太刀川もそう言っては説明してほしそうだ。
「・・・まだ断定はできんが、名付けるならば『トリオン強化トリガー』と言うべきか。」
「「「トリオン強化トリガー!?」」」
この数日鬼怒田は恋多郎に3桁は超えるテスタメントを行ってきた。
まず気づいたのは恋多郎が一般トリガーを手にするとその通常性能の約1.5倍以上の出力を叩き出すことだった。
なぜそうなのかは未だはっきりしていない。なぜなら彼の体にはそれを促す装置が付けられているわけではなかったからだ。手や足、頭を調べても何もない。ただ彼が使うと普通のトリガーが黒トリガーの様に変貌する。しかもトリオン体の性能まで上昇してしまうのだ。
何故かはわからない。ただそうなるとしか鬼怒田は答えられなかった。
「なら射撃トリガーを使うと弾速や威力も上がるんですか?」
「そうだ。射程も込みでな。」
「ウヘェ〜・・。マジでチートっすね。」
出水が呆れた声をあげるとそれに同意する様にウンウンと太刀川と米屋も頷く。
「いやぁ・・お前ホントに人間?」
「いきなり人間からカテゴリ外すのやめてくれません?」
3人の未知なる生物を見る様な目に抗議する恋多郎。しかし彼らの気持ちも十分にわかる。黒トリガーなら黒トリガーで以前から玉狛の迅や天羽が持つソレを知っている彼らも納得はできるのだが、専門家である鬼怒田でさえわからないと言わせるその異常さは正に未知な領域だった。
「ん〜・・でもまぁ面白ぇ遊び相手ではあるな!」
「そうっすね!射手ならどんな感じなんのか気になりますし!」
「オプショントリガー使わせたらどうなるか気になるじゃん?」
でもバトルバカ達にとってそんな恋多郎は格好のオモチャでしかなかった。
「いや、何勝手に盛り上がってんの!?」
恋多郎はこの3人に粘着されるままに高校入学まで時間は過ぎていった。