なんやかんやと時が過ぎ、恋多郎が三門市立第一高校に入学して一月を経って関西から離れたこの新生活に彼もようやく慣れてきていた。
カン、と鳴る金属音や少年達がお互いを鼓舞する声を掛け合って青空の下白球を追いかける日々は青春の1ページとして素晴らしい光景である。
恋多郎は正に健やかな日々を過ごしていたのだ。第一高校野球部始まって以来の天才ショートとして。
「よっしゃ!!もう一丁こいやー!!!」
「何やっとんだコラ。」
「っゴウフ!?」
内野守備練で笑顔で打球を呼ぶ恋多郎の背中にアステロイドばりの硬球が突き刺さった!
「い、出水先輩!?硬球投げつけるのは流石にアカンっすよ!?」
「おう。自分の強肩に俺も驚いてるわ。ってか何やってんだオイ。」
「野球やってます。」
「そりゃ見たら分かるわ。キョトンとした顔でいうな。」
「出水先輩・・。俺こう見えて関西では浪速の虎てあだ名がつけられる天才野球少年やってな。俺が野球をやる・・・まぁ自然の摂理ですわ。」
「どこの千堂武だよ。てか黒トリガーが部活とか許されるわけないだろ。」
「そんなこと誰が決めたんですか!?」
「知らねーよ!いい加減S級の自覚を持てっつの!お前はボーダーの最高戦力なんだよ!まず野球よりトリガーの腕を上げろ!!」
「嫌やー!太刀川さんとの模擬戦なんてもうしぃひんぞー!!あの人連日連夜勝負しにきやがって・・しかも最近『お、なんか掴んできたわ。』とか言ってボロクソに切られるんやぁ!!こっちの精神状態も考慮してくれやー!?」
出水に襟を掴まれながら駄々をこねる恋多郎。最初こそ太刀川に連戦連勝をしていたが、暫く経ってから徐々に勝ち星を失っていき直近では10戦して9敗とズタボロにされていた。黒トリガーとはいえ素人が使えば宝の持ち腐れ。しかもそれが恋多郎専用だというのだから一に訓練、二に訓練を恋多郎に課すのは致し方ないのだが、本人にそれほどモチベーションがないことで拒否反応を起こしてしまっていた。
「お前の入隊過程の話聞いたら嫌になるのは分かるけどよぉ〜。・・・あ、香取!お前こいつと同じクラスだろ!なんとか言ってやれ!」
出水はめんどくさい感じになってきた所にグラウンドを横切って帰宅途中のB級隊員の香取葉子が目についたので彼女を呼び寄せる。
「は?なんで私が。関係ないし。」
当然捻くれワガママ少女で知られる香取に恋多郎の説得など頼んでもしてくれる訳もなく、半ば無視する様な感じで帰路の歩を進める。
「あんにゃろう・・。俺が先輩だってこと分かってねぇな!」
「は〜〜・・良いなぁ。香取。」
「は!?」
出水が香取に対して相変わらず生意気だな、と少し憤っていると、恋多郎がハフゥと甘い息を漏らし出した。
「お、お前・・香取に惚れた・・のか?」
「ほ、惚れたとかやないですよ!?ただ良いな〜思てるだけで!」
「大声で早口になってんじゃん。」
「いやいや!・・・でも香取普通にかわええでしょ?そんな意外なんスか?」
「あ〜・・別に顔とか見た目がどうとかじゃないぜ?たださっきみたいにアイツツンケンして可愛げないっつーか。」
別に香取が嫌いだとか出水から彼女に悪感情は全くないが、ああもツレない感じだと好印象にはならないだろう。
「それがええんですよ!今まで女子には好意しか持たれたことしかないんで!」
しかし不思議と何やっても女子から嫌われたことがなかった恋多郎には新鮮な反応だったらしい。
「お前大分痛いんだな。」
そんな経緯を知らない出水はただ自意識過剰な恋多郎にシラけた目を向けていた。
一方、冷たい態度をとっていた香取はいうと、校門を過ぎて人気のない道端で一人悶えていた。
(ま、またやってしまったーーっ!!?)
膝をついて頭を抱えながら身を捩る様は他者から見ればお年玉袋を全て紛失したくらいの絶望具合だ。元々癇癪気味な彼女でもこんな絶望するような顔は中々見られない。
「せっかく桜と話せる機会だったのに・・!く、口が勝手にあんなことを!?可愛くないっておもわれたかな!?」
早い話、香取は恋多郎にベタ惚れであった。それはもうキャラが変わるほどに。
しかし悲しいかな、そのツンデレ?のような性格が邪魔して素直に感情を態度に表すことができないでいた。でもまぁ、そのおかげで恋多郎に良い印象を持たれているのだから棚からのぼた餅を食えてるワケなのだが、本人は知る由もない。
「葉子お前何してんだ?」
そこにボーダーのチームメイトの若村が通りがかった。
不審な香取を見た若村は少し引いた目で声をかけたが、香取は慌てて態度を取り繕う。
「は?私が何してようがアンタに関係ないでしょ!」
「なんでお前はそんな喧嘩腰なんだよ!」
「うっさい!アンタはお呼びじゃないの!」
当然彼女の性格上恋愛相談なんてできるわけもなく、この恋が進展することは当分なさそうだ。
出水に連行された恋多郎はボーダー本部内を迷いなく歩き進む。この春休みに毎日通ってたおかげで自分の行動範囲は完璧に網羅していた。
出水から米屋や緑川が対戦ブースで待っていると聞き、意気揚々・・ではない足取りで進んでいると、通りすがりの男女の隊員に視線を向けられる。恋多郎自身もこの視線の意味はよく分かっている。S級隊員であり、ブラックトリガー持ちなのだから致し方ないと思っている。しかし妙なのは女子からの視線である。
これまでこの熱っぽい視線は向けられたことは多くあるが、このボーダー組織の中ではこの視線が異常に多い。もはや全員が自分に惚れていると錯覚するほどにすれ違う女子と目が合う。当人からすれば素直に気味が悪かったのだが、さっき出水から寒い目を向けられたようにボーダーの女子皆んなから好意を向けられてます!なんて口にすれば圧倒的嘲笑の的である。
「あん?あれが例のブラックトリガーだぁ?」
恋多郎に向ける視線の一つに異様に目つきの悪い影浦の姿もあった。気怠そうにロビーのソファに腰掛けた彼の隣には同い年の荒船も居り、噂の後輩を興味深そうに観察する。
「ああ。しかしアレだな。案外普通だな。S級のイメージは迅さんと天羽に引っ張られてるし。」
「妙に挙動不審だけどな。ま、タッパはねぇがガタイは悪かねぇ。」
「ランク戦ブースに行くみたいだし、やってみるか?」
「つってもランク戦でブラックトリガー使わねぇだろ。そうなら只の新人だし、興味ねえよ。」
あくまでブラックトリガーには興味あるが恋多郎本人にはさして興味が湧かないでいる影浦。そんな彼の背後から女性隊員が気配なくフラリと姿を見せた。
「あら、影浦君に荒船君。相変わらず意外と仲いいわね。」
そう声をかけたのはA級部隊隊長の加古。妙に気品と優雅さを漂わせている20歳である。
「げ、ファントムババァ。」
「加古さん。お疲れ様です。」
「お疲れ様。ねぇ何の話してたの?ブラックトリガーとか聞こえたんだけど。」
相変わらずのアルカイックスマイルで尋ねる加古に荒船は恋多郎の事を指差し、あれが噂のS級隊員だと説明した。
「ああ、あの子が例・・・の・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・か、加古さん?」
ランク戦をしようにも米屋と緑川がおらず、ソワソワしている恋多郎を見て、加古は唐突に微動だに動かなくなった。
そんな加古を見て荒船のみならず、感情の浮き沈みが少ない影浦でさえ動揺を隠せなくなってしまった。
なぜかって?顔を赤らめて涎を垂らしながら恍惚な笑みを全面に溢れさしている彼女を見れば当然である。
「・・・・彼、名前は?」
「・・し、知りません。」
「どこに住んでるの?」
「・・・知らないです。」
「趣味は?」
「あ、あの僕らも話したこと、ないんですけど・・。」
「身長体重血液型は?」
「だから知らねぇっつてんだろババァ!!!」
矢継ぎ早に聞いてくる加古に戦慄する二人。
対する加古はこれまでの人生味わったことのない動悸に胸を締め付けられ左手で抑える。彼女本人もこの現象に混乱し、今なら間違いなく合成弾が練れないだろう。
「ハァハァハァハァ・・!!」
「お、おい荒船、怖くなってきたんだが・・。」
「奇遇だな。俺もいち早くこの場から立ち去りたい。」
影浦と荒船ではこれまで生きてきてどう表現すれば分からない程にえも言えぬ状態の加古を前に嫌な汗が背に伝う。本能的にこれはヤベェやつだとは理解できた。
(シりたいシりたいシりたいシりたいシりたいシりたいシりたいシりたいシりたい!!!彼の全てが知りたい!!ああ、何で私こんな彼の顔や体から目が離せないの!?あぁはぁ・・声を掛けなきゃ!・・でも私鏡見ないでも凄い顔になってるのわかるわ。初対面でこんな顔してたら彼も気味が悪くなるだろうし取り繕わなきゃ・・・・難しいぃ・・でも私ならできるはずだわ!)
ソファから立ち上がり二人が後ろに駆け出そうとすると、加古は体の震えを止め、いつもの年齢にそぐわぬ落ち着きぶりを一瞬で引き戻した。
「ありがとう荒船くん、影浦くん。また訓練しましょ。」
さっきまでの豹変ぶりは何だったのか。上品な仕草で二人に別れを告げた後、一目散に恋太郎の元へと足を進める。
「・・・まさか、加古さんがあの新人に一目惚れしたのか??」
「災難としか言いようがねぇな・・。」
最早この二人にとって恋太郎はブラックトリガー使いよりも何もせず加古を落とした猛者という印象しか残っていないのであった。
(えええ・・米屋先輩と緑川?ってのいないやんけ。俺普通の隊員の過程踏んでへんから、あの三馬鹿しか知り合いいないし、結構居ずらいわぁ。)
B級とC級で混雑している中を探しては見るものの見つからずどうすれば良いのか分からない恋太郎。実は室内に映し出されている対戦モニターの片隅で米屋らが50本勝負というアホみたいに長いバトルを繰り広げている事には気がつかないでいた。
ハァ〜、と息を吐き、もう帰ってしまおうかと振り返ろうとした時、ふわりとフローラルな香りが鼻腔を擽ぐる。ん?と人の気配を感じると自分の背後に自分より少し背の高いセレブ!!みたいな雰囲気の美女がいる事に少し驚いた。
(うおっ!すげー美人!)
「あら?君見ない顔ね。新入隊員かしら?」
内から押し出てくる興奮を抑えながら訓練室の利用の仕方が分からない見知らぬ新入隊員に先輩隊員が話しかけたという体で恋太郎に接しようとする加古。逆に関西なら芦屋や帝塚山にいそう上品な出で立ちの加古に恋太郎は思わずドキリと緊張してしまう。
「あ、はい。一月前に入隊した桜と言います。よ、よろしくお願いします・・。」
思わず標準語で失礼のない挨拶をした恋太郎。
しかしその挨拶に何故か体を震わせ眉間にシワを寄せる加古に(え!?俺なんか失礼な事言った!!?)と腰を引かす。
「・・私は加古望。A級部隊の隊長をやっているわ。分からない事があって遠慮なく言ってね。」
さっきの表情はなんだったのか、加古はいつもの余裕な笑みを浮かべて年上の女性として抱擁力のある言葉を恋多郎にかけた。
「ありがとうございます!同じ隊長でも太刀川さんとはえらい違いや。」
「頑張ってね。」
そう言ってヒラヒラと手を振って恋多郎から彼女は去っていく。意を決して声をかけた割にはアッサリと離れたものだと思われたが、取り繕った余裕さとは別に内心では羞恥でそれどころではなく、半ば逃げるように去っていっただけであった。
(・・・・・・・・・・・参ったわね・・・・。彼の声・・聞いただけでイっちゃったわ・・。)
男を知らない彼女が初めて味わった性的快感。これがボーダー史上最悪のサイドエフェクトがこれから起こす全ての始まりであろうとはこの時まだ誰も知らないのであった。