どこにでもあるような市街地で激しい戦闘音が鳴り響いてるわけだが、勿論これは現実の街ではなくボーダーのランク戦が行われる仮想空間での光景だ。
本日で二日目になるA級部隊の対黒トリガー訓練を今の時間は嵐山隊が行なっているところで、
各部隊がモニター室にて見学する中、何個かあるモニターの一つに一人スコープを覗きながら惚けている佐鳥の姿が映し出されていた。
「桜の黒トリガー……ヤバすぎない?」
そう、今回の対黒トリガーの相手は三人目の黒トリガー使いである恋多郎だ。
防衛任務では何度も組んでる仲ではあったものの、黒トリガーを使用しているのは今回が初めてなこともあり、恋多郎のその反則的な性能ぶりに驚嘆していたのだった。
「まさかウチが9戦全部10分以内で敗戦するとか、どんだけだっての。」
まずスナイパーの佐鳥からすれば動きが速すぎる上にイーグレットでも上手く当てなければ部位破壊さえ叶わず、シールドなんて集中シールドでも無いのにアイビスさえ防ぎ切る始末。どないせいと?
「ウチの売りは連携だけど、流石に個の能力に差がありすぎだわ。」
『木虎。俺と時枝が撹乱。木虎がその隙を狙った奇襲をデコイにして佐鳥のアイビスで刺す。お前の奇襲のタイミングが肝だ。頼むぞ。』
『了解。』
10本目に差し掛かった模擬戦。転送位置を確認した木虎たちはバックワームを発動させながら恋多郎に接触する前に内部通信でこの最後の一本の大まかな作戦を確認する。
オールラウンダー3人にスナイパーという連携と対応力に重きを置いたチームで、広報部隊と知られる彼らも歴としたA級部隊。疑いようも無い実力者たちなのだが、如何せん恋多郎とは相性が悪い。比較的相性が良い部隊では搦め手や尖った戦闘スタイルを持つ部隊がこれまでの傾向では目立つ。カメレオンを使った隠密部隊の風間隊や罠を仕掛ける冬島隊、最強のアタッカーと最高のシューターを抱える太刀川隊と癖の強い部隊がそれに該当するが、これは恋多郎の経験の浅さを火力差を補うまでに上手く突けていると言える。逆に弱点は少ないが突出したものも少ない嵐山隊は単純に火力差で容易くやられてしまう。
(桜先輩のトリガー性能は正に攻防ともに完璧。本来ならピーキーな黒トリガーもボーダーのトリガーの強化版なものだから隙が少ない上、トリオン体の強度速度も強化されてる。初めて聞いた時は冗談みたいな話だと思ってたけど、実際相対してみるとただただ理不尽の塊だわ。高威力武器がない私たちが彼を落とすには余程の決定打を与えない限り無理…。アイビスが唯一のソレだけど当然相手も警戒してるわけで…その警戒をどれだけ私に向かせられるか…。)
木虎は建物内を横切りながら慎重に歩を進める。佐鳥の射撃の腕は確か、陽動になる3人がどれだけ恋多郎の意識を引っ張れるかが唯一の勝ち筋だ。
そして同じく息を潜めながら索敵する恋多郎は嵐山隊ならこの最後の一本に仕掛けてくるだろうと身構えていた。
「嵐山さんとトッキー二人にあの木虎やし、このまま終わるとは思わへんなぁ。特に木虎はプライド高いから意地でもこの一本取りに来るやろ。…めんどくさ。燃えへんねん黒トリガー。こんなチート使ってもおもんないねん。最近ボーダー面白く感じてきたけど、そりゃ野球と同じで同じ環境、条件で己の技量のみで競うから面白いんや。」
この訓練の意義は理解しているものの楽しさを見出せない恋多郎。事実多数対一の勝負でも圧倒してしまえる事に退屈していた。
「もうええわ。半端な駆け引きせんわ。ゴリ押しで勝ったるから攻めてきぃや。」
恋多郎は姿を消すことをやめ、全く障害物も無い大通りで掛かって来いと言わんばかりに仁王立ちをする。
『豪胆だな。』
それを見た嵐山がそう反応すると木虎が少しイラついた様に口を開く。
『・・・舐めてるだけですよ。』
嵐山隊の最終戦を観戦する中には既に対戦を済ませた風間や太刀川、そして迅の姿が見られた。
「あいつ露骨に手ぇ抜き始めたな。」
太刀川が餅を片手に食いながら少し呆れ笑いする。
「訓練だと理解してるのかアイツは?」
「いや〜、風間さんそんなに怒らないでやってよ。桜も順々にA級部隊と対戦して疲れてるだろうし、アイツああ見えて勝負事は公平にやりたいタイプなんだよ。」
少し怒気を孕んだ口調の風間に迅がフォローする。
「おい迅、いやに桜と親しげだな。会う機会なんてあったのかよ。」
「そりゃ同じ黒トリガーだし、俺のサイドエフェクト上顔合わすでしょ。色々イレギュラーなんだからアイツ。」
「それもそうだ。そういや玉狛はコレ参加しないのか?玉狛の改造トリガーなら桜も退屈しないだろ。」
「あぁ〜ダメダメ。小南たちは連れてこないよ。正直よろしくない未来見えてるだよね確定じゃないけど。」
頭を掻きながら面倒そうな顔をする迅。遅かれ早かれ出会うことになるとはいえ、恋多郎を玉狛に関わらせたくない。最も小南は黒トリガーがどんなもんかと息巻いてるようだが。
「あいつもさ、結構ボーダーでの活動も楽しくはなってきたみたいだろうけど、三門市民でもなければ近界民の被害だって体験してなくて半ば無理やり来させられたからね。モチベーションは俺らが上げてやらないと。元々野球でプロ目指してたんだし。」
「………確かにな。」
「ボーダーで野球チームでも作るか?」
「「は?」」
太刀川の突飛な意見に二人は気の抜けた声を漏らす。
「練習は高校の野球部でやらしてもらってるらしいんだよ。でも結局試合は出れねぇじゃん。ならウチで草野球チームでも作って試合やったら息抜き程度にはなるんじゃねぇかな?」
「いやいや、ウチで野球できる奴そんないないでしょ。しかも高校レベルで。」
「まぁそこは目瞑ってな。」
黒トリガーゆえどう転んでもボーダー以外に本格的な活動は認められないが…
「ならボーダーで活動する野球部を作ってみても面白いんじゃないか?一般企業でも野球部なりスポーツ部があるだろう。」
社会人野球を例に意外にも風間が意見を出してきた。
「あら意外と風間さん乗り気な感じ?」
「まぁ悪くはないだろう。木崎も普段言っている通り運動することで体の動きを覚えることはトリオン体の戦闘に生きることもあるし、部活動で同じ部隊以外の隊員との交流も深まるしな。」
「おお、なんかそれっぽい意見だ。」
風間の大人目線の意見に太刀川がバカっぽい感じで感心する。
実際ボーダー隊員は生身での運動・格闘術訓練等の経験のない学生がメイン。体の使い方など基礎的な動作が身についてない者も多くいる。
「そういう話なら忍田さんあたりに話してみれば聞いてくれるかもしれないね。」
かくして界境防衛機関ボーダー野球部が後に発足するのであった。
◆
「く、悔しい…。結局ゴリ押しで負けた。」
「まぁまぁ藍ちゃん。あんな物量勝負されたら一溜まりもないよ。トリガー強化以外に桜君トリオン量もかなり多いからねぇ。しかもトリガーに慣れてきたのか、咄嗟の判断に迷いが無くなってきてるし。」
訓練が終わり木虎と綾辻は振り返りをしながらボーダー内の休憩所に腰を下ろしていた。
「でも本当に強くなったよねぇ。迅さんより強いんじゃないかって声も他の部隊から聞こえてきたよ。」
なぜかニヨニヨと頬を緩ます綾辻。それを見た木虎は少し怪訝な顔をする。
「綾辻先輩。なんだか嬉しそうですね?」
「え?そう?」
「あの…前から気にはなってたんですけど、桜先輩の話する時先輩……表情が途端に明るくなるというか。」
「え、えええ!?そんなに!?藍ちゃんから見ても分かっちゃう?」
綾辻が照れながらも特に隠そうともしない雰囲気に木虎は前々から薄々と感じてたことが確信に変わった。
「(ま、まさかホントに綾辻先輩が桜先輩のこと………!?)もしかして…好きなんですか?桜先輩が?」
「恥ずかしいーなー…。ダダ漏れだった?」
「そ、そうですね。」
「自分でもなんだか不思議でねぇ?防衛任務でオペしてたら段々気になってきちゃってね。」
照れながら手揉みをする綾辻をみて可愛いな、と思いながら何故だかボーダー内が荒れるような気がしてならない木虎。すると綾辻は急に口に手を当て小声で木虎の近くに身を乗り出す。
「実は結構桜君のこと気になってるオペレーターの子多いみたいなんだよね。それに隊員の人も。それこそ、藍ちゃんも知ってると思うけど加古さんとかすごいじゃない?あれはもう獲物を狩る獣の目つきだよ。」
「そ、その表現はあまり好ましくはないんじゃ…。」
「桜くん見てると加古さんと目が合うんだよね。牽制されてる感がすごい。」
「はは…。」
確かに木虎もあの加古さんが自分の一つ上の男の子にべったりしてる事に物凄い違和感は感じていた。しかしボーダーの綺麗所が揃いも揃ってあの同期の先輩に夢中になるんだろうかと首を捻る。
「藍ちゃんは藍ちゃんでお相手いるもんねぇ。」
「ちょ!?急に何言い出してるんですか!?」
「藍ちゃんも大概分かりやすいもんね。いつもキリッとしてるのに口が回らなくなるもん。」
「や、やめてくださいよ!」
「恋バナしようよ〜。藍ちゃんからこの話題振ってきたんだしぃ。」
「お、終わり!!ここでおしまいにしましょう!!」
顔を真っ赤にして腕でバッテンをする木虎を綾辻は終始ほっこりしながらからかうのであった。
◆
「ふい〜。疲れた。ほんま人使い荒いわぁ。」
もう夕暮れ。肩を回しいかにも疲れたといった様子の恋多郎はとっとと帰って家の掃除でもするかと帰路についていた。
すると目の前には何やら騒がしい四人組の姿が見られた。
「だから葉子!お前はもっと周りを見てだな。何となくで動くなって言ってんだ!こっちのフォローにズレが出てきちまうんだよ!」
「はぁ?何でメインの私がフォローする方に合わすのよ。普通合わすのがフォローだからフォローって言うんでしょ?私の動きにズレなく合わすのがあんた達の仕事じゃん。」
「まぁまぁ二人ともこんな街中で言い争わないでも。」
「・・・」
一人熱くなってるのは一つ年上の若村。イラつきながらも冷めた表情で反論するのは同じクラスの香取。弱気な物腰で仲裁役にいるのはこちらも一つ上の三浦。その3人を後ろから眺めるのはこの中で唯一進学校に通う染井。
「意見のぶつかり合いか。チームって感じやなぁ。俺は一人寂しくロンリネスやからちょっとウラヤマやな。」
どう見ても揉めてるのだが、久しくチームというものに属してないのでちょっと寂しさを感じる恋多郎だった。そしていい加減このいつもながらの光景に飽きがきていた後ろから眺める染井は後ろにいる恋多郎に気が付いた。
「二人とも落ち着いて。後ろで桜君が見てるわよ。」
「え!?」
「あ…。」
染井の一言に若村は少しギクリとし、香取に至っては目を見開いてオーバーなリアクションをとってしまう。
「いやいや気にしなくても大丈夫っすよ?チーム戦やってたら色々不満とかあるでしょうし。」
「い、いや見苦しいとこ見せちまったな。本来こういうのは隊室でやるもんなんだが…。」
どうやら若村は年下の黒トリガー使いに少し萎縮しているようだ。
(あ〜、若村先輩と三浦先輩はあんまり喋った事ないもんなぁ。)
「桜君は帰り?関西からだから一人暮らしなんだっけ?」
「そうなんすよ三浦先輩。これから帰って買い物なり掃除なりで、面倒で面倒で。」
「高校で一人暮らしは大変だよねぇ。」
一方物腰柔らかい三浦はこのぐらいの距離感でも話しやすい。
「ほんで香取は何でそんな顔してんの?」
こちらと対面している恋多郎の言葉に若村三浦染井の3人はん?とした顔で急に存在感を消した香取の方へ振り返る。
すると普段は不愛想な顔をしている香取が下唇をハミハミしながら俯き気味に身を細めていた。その表情はほのかに赤い。
普段の香取を同じクラスとはいえ絡みがほぼ無い恋多郎は今の彼女の状態はよくわからない。しかしこれまで苦節を共にしたチームメイト達はこの見たこともない様子の香取に何かを察する。
(ウソ…だ、ろ。)
(え?葉子ちゃん…まさか…)
(……。)
「う、うるさいわね。何だっていいでしょ。こっち見ないでよ。」
照れ隠しとわかる言葉の後にハズカシイ、というボソリとでた小声を3人は聞き逃さなかった。思わず若村は三浦の背中をポンと叩いた。
「ごめんごめん。あんまそんな感じの香取学校でも見たことないからさ。同じクラスだけど喋んないやん俺ら。」
「べ、別に話すこともないし。」
「そうかぁ…(嫌われてんのかな俺?隊員なら俺の副作用効いてそうなんやけど…ま、そっちの方がこっちも罪悪感ないからありがたいんやけど。)」
めちゃめちゃ効いてます。
「桜君は料理とかするの?」
「んん?」
香取には副作用は効いてないのかなと考えていると染井の方から質問される。
「ぼちぼちやな。元々実家が親父だけで店もしてるから晩飯は俺がよく作ってたしな。」
「なら葉子に家事諸々教えてあげてくれないかしら?この子そういうのトンと苦手で今後心配になるのよね。」
「な、何言ってるのよ華!?」
「あ〜・・・(流石に家に呼ぶとかはアウトになるか。迅さんにも極力女隊員と関わらないようにって言われてるし)それはちょっと困るな。」
「そう。ごめんなさい。不躾なこと言って。」
ちょっと拒絶してしまったような恋多郎の言葉に態度以上にショックを受ける香取をよそに染井は変わらず淡々と謝罪する。
「いやいや人に教えるほどのもんでもないって感じやから。」
「どういうつもりよ。」
恋多郎との会話も程々にきりあげて染井と二人になった香取はジロリと染井を睨んだ。
「別に。葉子がそういう事に興味持ったんだなと思って言ってみただけ。好きなんでしょ彼。」
「意味分かんないんだけど。」
「素直じゃないのは知ってるけど、良い事ないよ。特に桜君相手には。」
「いやに見知った言い方するじゃない。」
「…オペレーター内でたまに桜君の話出るのよ。皆直接的な表現はしないけど気になってる子割といそうなのよね。」
「…何でそんなにモテるのよあいつ。」
「それは知らないけど、葉子はああでも無理に動かないと行動に移さないでしょ?」
「余計なお世話だって!私には私のペースがあるのよ!」
「怖がってるじゃない。」
「う……。」
「葉子はなまじ何でも出来ちゃうからいざ出来ない事があると諦めが早いよね。恋愛くらいは踏み込んでみた方がいいよ。」
「ふ、ふんだ!偉そうに言ったって華も恋愛経験ないじゃん!お説教なら彼氏作ってから言いなさいよ。」
香取も流石に個人的な事にズバズバ言われるのは面白くない。恋多郎を狙ってる人が多いのは先日判明したが、他人に急かされるなんてごめんだ。
「じゃあ彼氏作ってから言ったらいいの?」
「え?」
「本当に彼氏作ってもいいのね?」
「は?」
突然の問答に困惑する。
「・・・・。」
「どういう意味…?…ん?んん?え?」
「もう帰ろうよ。今日は家族で食べに行くんでしょ。」
「ちょ、ちょちょ!?待ちなさいよ華!!」
意味深な事を言う幼馴染を追う香取の表情には冷や汗が浮かんでいたという。