狂い舞う蝶に花を   作:イベリ

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その血の運命

心地よい風を感じながら、海上を進む蒸気船の甲板で、命は日差しを浴びながら寝転がっていた。

 

現在、3人は蝶屋敷に向かい、丁度良く寄港していた客船に乗り込み、東京の港に向かっていた。

 

大きな欠伸をした命の顔面に命の鎹鴉である八咫が突っ込んできた。

 

「ぶぇあっ!?」

 

「テガミ!」

 

「…お前な、いくらなんでも顔面に突っ込んでくるな。」

 

「キンパツとアオイからテガミ!」

 

「…ありがとさん。」

 

何かと思えば、時透少年の経過報告。そして、愚痴が書き殴られた手紙を受け取って、少し表情を緩めた。

 

この愚痴ばっかりの手紙の差出人は、少し前に出会った。恐らく彼は、命が生きてきた中で最も才能に恵まれている少年だ。

 

そして、夢の中での通りにその疾さは健在。雷の化身のような居合は、初見であれば下弦は愚か、回避出来る鬼は上弦にしか居ないだろう。

 

ただ、煩いことと女にだらしない所が傷だ。

 

「あっ、こんなとこにいた。」

 

そうして手紙を広げた瞬間に、しのぶが船内から出てきた。

 

「ん。探してたか?」

 

「別に…それ、誰からの手紙?」

 

手紙を眺め苦笑していると、なんだか聞きにくそうに顔を顰めてしのぶは後れ毛を指先でくるりと巻いた。

 

「これか?アオイから、経過報告だ。後は彼だよ。」

 

「彼って……あぁ、あの煩い…」

 

「それで覚えてやるなよ…余計煩くなるぞ。」

 

「それは勘弁ね…」

 

本当に嫌そうに口をへの字にしたしのぶは、どこかホッとしたように肩を下ろした。

 

命は目敏くその変化に気付き尋ねる。

 

「どうした、何かあったか?」

 

「え?ううん。なんでもない!違ったからどうでもいいわ…」

 

「違った?」

 

よくわからない事を口走ったしのぶに、命は考えるように俯き、数秒後に先のしのぶの態度を理解した。

 

「…あのなぁしのぶ…」

 

「わかってるわよ!だからもういいのっ!」

 

「…もう手紙も来てない。向こうも諦めたさ。」

 

「……ん。」

 

「はいはい…」

 

隣に寄り添ったしのぶの頭をやれやれと撫でて、機嫌を治して貰おうと態度で示した。

 

それもこれも、この旅に出る前の話。久々の任務中に鬼から救った少女がこれまた強引な娘だったのだ。しのぶがいる事は言ったが後妻でも良いと、1週間は手紙が絶えなかった。

 

生憎と命にはそんな気もなければ、甲斐性もない。そして何より、しのぶの機嫌がはちゃめちゃに悪くなり、正直たまったものでは無かった。

 

カナエが話しかけても「なに?」と冷たくあしらう程には機嫌がはちゃめちゃに悪かった。命に至っては3日間完全無視だったのだ。そりゃ嫌にもなる。

 

これは鬼殺隊男性隊員あるあるだ。

義勇もまぁまぁの頻度であるらしいが、基本手紙も出さずにやり過ごしているらしい。

 

それでも納得がいかないしのぶは、話をぶった斬って本気で煩かった彼を思い出した。

 

「あの子、もう少し静かに出来ないのかしら。」

 

「実力は確かなのに…せめてもう少し勇敢だったらモテるだろうに…損な性格してるよ。」

 

「思えば、顔は悪くないものね…本当に…煩くなければ、結構引く手数多かも。」

 

「言えてるなぁ…」

 

2人は苦笑しながら、遠くの地平線を眺めこういう旅も悪くなかったと命は振り返った。

 

そうして寄り添っていると、不意にしのぶが命をじっと見つめボソッと呟いた。

 

「貴方は、本当に私を見てるの…?」

 

「────」

 

風の音に紛れて消えてしまいそうなその声は、妙にはっきりと命の耳朶を叩いた。

 

「ねぇ、命!カモメよ、餌あげましょ!」

 

けれど、何も無かったかのようにしのぶはカモメをさして笑った。

 

「……あぁ。餌がないか、船員の人に聞いてくるよ。」

 

「うん、待ってる」

 

そういったしのぶの顔は、どこか儚く見えた。

 

けれど、今は鬼殺隊の面々にも夢の話をする訳には行かない。どこから情報が漏れるとも分からないし、変な疑いが掛けられて余計な手間を食らうのも御免だ。

 

(────俺は……誰を…いや、彼女だけだ。それだけは…どんな俺だって変わらない。)

 

確かに、夢の中の彼女への想いは少なからずあるが、それはそれこれはこれ。あれは所詮夢、現実はどう繕おうと変わらない。自分が見ているのは、確かにしのぶだけだ。

 

それと同時に、その奥にあの壊れてしまった笑顔を浮かべた少女が重なるのも否定はできなかった。

 

けれど、命はその虚像を斬り捨て、目の前で淡く笑う少女を眺め、客室へと向かった。

 

 

 

夜、甲板に出たしのぶは風で靡く髪を耳にかけて、夜空を眺めて昼の出来事を思い出す。

 

「…私、なんであんな事言ったんだろ…」

 

誰も返すことがない独り言に、更に落ち込む。

 

命がしのぶを好いているのは火を見るよりも明らかであるし、事実彼の所作や言葉からは愛情を感じる。

 

けれど、本当にごくたまに。彼はしのぶを見ながら、その奥にいる誰かを見ている気がするのだ。

 

けれど、彼は確かに自分を見ている。例えるなら────

 

「…私じゃない、私を見てるみたいな…」

 

しのぶ自身、何を言っているのかと思ったが、それしか表現のしようがない。

 

どこか、届かない物に手を伸ばすような彼の眼差しは、不思議と嫌な感じはしないし、それを向けられる事に嫌悪もない。ただ、少し不安になっただけ。

 

幸い、命には届いていなかったようだし、素知らぬ顔をして過ごせばいい。

 

思えば、昔からどこか先の方を見ることが多かった命の視線。

 

そう振り返りながら、手摺に体重を預け頬杖をついて、もう闇に包まれ見えない地平線を指でなぞった。

 

すると、1人。こちらに近寄る足音を耳に捉えた。この1ヶ月の間で随分と聞きなれた独特の摺り足とも取れる脚運びの音は、1発でその人物を特定できた。

 

「しのぶ嬢、こんな所にいたか。」

 

「縁真さん…酒盛りですか?飲みすぎちゃダメですよ、もうそんなにお若くないんですから。」

 

「くくく、これは手厳しい…程々にせんと年甲斐もなく怒られてしまう。」

 

夜目がきく距離まで出てきた縁真は、ほろ酔いで、さっきまで命と呑んでいた事を如実に語っていた。なにより、手に持った酒壺と猪口が証拠だ。

 

この人、見た目とは裏腹に意外と茶目っ気が強い。いや、年の功だろうか。人によって態度が大きく変わり、世渡りをそつなくこなして来たのだろうと年季を感じさせる。

 

そんな縁真は、無言で隣の手摺部分にドッカと座り、海側に足を放り出して酒盛りを始める。

 

猪口の酒が全て喉を通った時、縁真はふと尋ねた。

 

「ひとつ聞きたいのだが、命はしのぶ嬢から見てどんな人間かね。」

 

そう問いかければ、しのぶはキョトンとした後に、ウンウン唸った。

 

「どんな人間…ですか?大切な人…いやこれは私の感情だし…」

 

「ははは、難しかったか。言い換えよう。出会ったときの印象…それから、鬼殺隊士としてはどうかね?」

 

「えぇ、それなら…初めて会ったときは───寝てるのか起きてるのかわからない人でした。あと、何だこいつって想いました。」

 

しのぶの感想は至極真っ当。初対面、藤襲山にて行われた最終選別にて、全くの初対面の状態、一人鬼に囲まれたしのぶを救った命が最初に放った言葉は

 

『見えたからには、死なれても寝覚めが悪い。そこ、動かないで。邪魔だから。』

 

と、初対面にあるまじき対応をしたため、今よりも子供であり、より勝ち気であったしのぶは心のなかでブチギレた。しかし、怪我を治療してもらったわ、食料も分けてもらい、3日間守ってもらった恩もあったから、その気持をグッとこらえた。

そして、しのぶが動けるようになってからは、役割を決め共に戦った。

 

『俺と君ではできることが違う。だから、役割を精一杯をするだけ。君は、それができる、理解っている、だからきっと強くなる。』

 

真顔で言われたその言葉は、今まであらゆる育手に見放されてきた自分が認められた気がして、気分が良かった。

 

「何を考えているかわからなかったけど、多分優しいんだろうなって位は思いました。実際名前も知らない私のことを付きっきりで護衛するくらいにはお人好しでしたから。感情が外に出ない人なんだろうなーって。うん、優しさを秘めてる人だって、そう思いました。」

 

「秘めたる優しさか……して、隊士としてはどうかな?」

 

そう尋ねれば、しのぶはクシャッとした渋い顔をした。

 

「うーん…『異端』ですかね?」

 

「ほう…して、その心は?」

 

その在り方は、鬼殺隊の中では、確かに異端であった。

 

「合理的で、無駄が無く、戦いにおいては例外を除いて、決して感情的にならない。冷酷で…絡繰りみたいとか、言われてます。私も、昔は少しそれが怖くなる時がありました。他の隊士と違って、感情を戦闘に持ち出さないので…」

 

「ふむ……。」

 

「それで何度衝突したか…正直、今は相当マシになりましたけど、鬼殺隊内では問題視されることも少なくなかったです。」

 

鬼を狩るために、餌として死体を使うこともあった。村ぐるみで鬼に協力した民間人を斬ったこともあった。

 

『人は、理性を持たなければ人ではない。獣だ。貴方も、鬼を殺すだろう。ソレは獣と同義。生きる価値など無い…それに、なぜ人殺しに加担していた者が無罪放免で見逃される?』

 

その後継子の問題行為という事で面談をしたカナエは、この言葉に難色を示し3ヶ月の謹慎を言い渡したが、命が変わることは無かった。変わったのは、しのぶが彼とよく関わるようになってからだ。

 

しかし、根本の所では今も変わってはいない。

 

「やはり……か。」

 

その出来事に、縁真は弱く笑みを浮かべた。その後に、ぼそりとその内情を語った。

 

「…私は、鬼に感謝している。」

 

「…どういうことですか…?」

 

「…考えても見てほしい。奴が剣を握った理由…ただ楽しかったから。嗚呼、それが斬ることに楽しさを覚え、断末魔に快感を覚えたなら…」

 

「────っ!」

 

縁真の言葉に絶句したしのぶ。そんな事は無いと言い返す頭が沸騰したが、どうしてかその言葉を否定しきれなかった。

 

「…奴は、生まれついての人斬りだ。鬼がいない世であったのなら…私は、奴を…」

 

そう言い淀んで、縁真は手を強く握りこんだ。そうした後、縁真はその表情を緩めしのぶに笑いかけた。

 

「そして、同時にしのぶ嬢。君にも感謝しているのだ。」

 

「縁真さん…」

 

そう返せば、縁真はまた柔和に笑って、猪口に並々入った酒を煽った。

 

「奴には、命だけには…己の血に踊らされて欲しくは無い……」

 

「血に?」

 

聞き返しても、縁真は見えない地平を眺めて、ボソリと呟いて踵を返した。

 

「……今宵は、少し冷える。しのぶ嬢も早く船室に戻るといい。」

 

おやすみ。そう付け加え、縁真は船室に戻っていった。縁真の言葉は、どこか憂いを帯びているような気がして、しのぶは疑問を残しながら、船室に戻っていった。

 

 

ボーっと汽笛が鳴って、漸く港に着いたらしい。ムクっと起き上がった命は、濡れタオルで顔を拭いてから、諸々の準備を済ませ、荷物を抱えて部屋を出た。

 

もう夕方だが、生憎の曇り空。どうにも、嫌な予感が過ぎる。それは本能的な予感と言うのが1番に近い感覚だった。

 

外には既にしのぶと縁真が命待って、隠の隊士と馬車に乗り込んで待っていた。

 

しかし、これ以上待たせる訳にはいかないと急ぎ馬車に向かう。

 

「お待ちしておりました、武柱様。」

 

「悪い。遅くなった、出してくれ。」

 

乗り込んだ命は、荷物を下ろして溜息を1つ吐き出した。

 

いの一番にその溜め息を拾ったのは、目を瞑り腕を組む縁真だった。

 

「……命。」

 

「先生もか……」

 

「なに…どうしたの?」

 

「…しのぶ。いつでも動けるようにしておけ。」

 

「…わかったわ。」

 

刀を握った2人を倣って、しのぶも自身の日輪刀を構える。念の為にと、バチンバチンッと音を鳴らして鞘の中で毒を調合する。

 

嫌な緊張感が充満する馬車の中。ゴトゴトと揺れること数十分。

 

その感覚は、突如現れた殺気。それは、あの上弦の鬼を思い出させるには、十分だった。

 

(────違うッ…あの鬼が可愛く見えるくらいに…もっとおぞましい…!)

 

『止めろ。』

 

師弟が同時に声を上げた。

命は、数瞬考えてから冷酷に言い切った。

 

「しのぶ、お前はこのまま帰るんだ。」

 

「なっ…!一緒にいるわ!」

 

「駄目だ。お前では、居るだけで足手まといだ。カナエさんと…義勇さんが恐らくいる。だから、ここまで頼む。」

 

「────っ…」

 

初めて、彼から明確な拒絶をされた。それと同時に、自分の実力が及ぶことでは無いという事が分かった。彼がここまで言うのは、上弦と出会った時だけだ。

 

また、置いて行かれる。

 

唇を噛み締め、悔しさを露わにするしのぶに、縁真は微笑みながら頭を撫でた。

 

「その気持ちがあるのなら…お主はまだ成長できる。いつか、強くなって見返してやれい。」

 

「……はい。」

 

止まった馬車の中から降りる2人を眺め、必死に神に祈った。

 

もし、居るのなら。この2人を助けてください

 

「荷車は置いていけ。最速で逃げろ!行けっ!」

 

「はっ、はいっ!」

 

運転していた隠に指示を出して、この場から急いで離れさせる。

 

そうして2人は、対峙する。

 

 

 

「……猗窩座と童磨が…敗れた事も…頷ける……」

 

 

 

夜の帳が降りて、月明かりが支配するこの場は、逢魔が時。

 

長い黒髪、人と変わらぬその見姿。しかし、月光に照らされた面には、目、目、目、その数6。

 

瞳に刻まれた序列は

 

 

 

上弦 壱

 

 

 

月明かりに照らされる異貌の武士には、首と額に、燃え盛るような痣があった。

 

(竈門君のと、似ている…アレが痣者…始まりの剣士、其の成れの果て…これが、俺の祖先か。)

 

命は夢の記憶を頼りに、その痣を思い出して、身近に見ていた物と照らし合わせた。

 

すると、目の前の鬼はピタリと動きを止めて、目を細めた。

 

「……お前達は…何やら懐かしい…気配だ…」

 

「お前達…?」

 

「────嗚呼…そうか、御先祖よ。これが言いたかったのか…」

 

その一言に命とは違い、縁真は同じ感想を抱いた。

 

そして、縁真の脳裏に夢の情景が流れ出す。

 

意味を持つ様に、いつかの再演を噛み締めるように。

 

『……お労しや…兄上…』

 

自身と瓜二つの、あの老人。そして、ぼやけていた目の前に立っていた人影は、この鬼だったのだ。

 

 

 

「────クッ…クハハハハハハッ!!!」

 

 

 

その瞬間に、縁真は腹の底から笑いが込み上げてきた。

 

なぜ祖先が、この刀が夢を見せてきたのか。

 

嗚呼、漸く合点がいった。

 

「そうか…逃げたか。人から、武の道から。」

 

突如腹を抱えて笑う縁真を、目を細めて上弦ノ壱は酷く煩わしそうに睨み付けた。

 

しかし、縁真はその視線を何するものぞ。

 

黒刀を抜き、不敵に笑った。

 

「姓は継国、名を縁真。一族の汚点、我が祖先の心残り────今宵この場で、斬り捨てる。」

 

構える縁真を見てホウと感心した上弦ノ壱は、剣を抜いた。

 

「名乗られたのならば……こちらも名乗らねば…無作法というもの……あの方から拝命した…名を黒死牟…上弦ノ壱也……参る……」

 

油断なく構える縁真に、上弦ノ壱────黒死牟は同じく名乗りを上げた。

 

隣に構えた命も、油断なく構える。

 

「先生……油断するな。」

 

「誰に物を言っている…共闘なんぞ初めてか。だが、面白い。」

 

「互いの動きは把握してる。完璧に合わせてやるさ。」

 

同じ構えの命を見て、やはり縁真は笑った。

 

「クククッ…血の運命も、存外悪くない。」

 

「…生き急ぐなよ、爺。」

 

「ほざけ童め。この縁真、まだ20も行っとらん若造に心配されるほど、ヤワな人生は送っていない!」

 

そうして2人は、運命と向き合った。

 




命君の刀の色そういえばまだちゃんと書いてなかったな。
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