「術式展開 破壊殺・羅針」
雪の結晶の様な陣が猗窩座を中心に展開される。
猗窩座は一息に飛び上がり、命の真上に飛び出した。
「破壊殺・空式」
「花の呼吸 弍ノ型 御影梅!」
四方から繰り出される拳圧の乱打を、自身を中心とした連撃をもって斬り払う。自身の刀では無いために、花の呼吸を使用する。この刀では、武の呼吸の力に耐えきれない。
一撃一撃が必殺の威力。当たれば即座に挽肉は免れない。肌に感じる殺気は依然変わらないが、猗窩座のどこか戦いを楽しんでいる雰囲気に、命は苦笑する。
「破壊殺・乱式!!!」
「肆ノ型 紅花衣!!」
降り続ける連撃を、剛力の一刀で弾き返す。元々命はカナエの継子であることもあり、花の呼吸を習得している。そして、花の呼吸を使うには珍しく男性である事もあり、繊細ながらも力強い攻撃を放つことが可能なのだ。速度や正確さではカナエに劣るものの、威力で言えば師であるカナエの遥か上を行く。
猗窩座は、自身の治らぬ手の傷を見て、ある記憶が浮かんだ。
月下に輝く紅蓮の太刀、額の痣、揺れる耳飾り。そして、呼び起こされる本能的な恐怖。燃え上がる太刀が、体を焼き斬った。
(これは…なんだ?俺の記憶ではない…まさか、あの方の…?)
しかし、その思考すら無駄であると判断した。
「無傷で斬り返されるとは!今までの中で最も強い柱だ!疼くぞ、命!やはりお前は鬼になれ!」
「残念だが、俺は柱じゃない。」
「お前程の腕を持つ者で柱で無いだと?どうも見る目がないようだな。」
「お前を倒せば晴れて柱だ。」
口元を薄く上げた命に、より一層猗窩座は歓喜する。人間にとっては致命傷になり得る怪我を負いながら、未だに余裕を仄めかす強者を前に、より弓形に嗤った。
しかし、実際命に余裕はない。
全て"見た"からこそ出来る芸当。無限列車での戦闘にて、煉獄 杏寿郎と猗窩座の戦闘を見ていたからこそ、今の攻撃を無傷で回避出来た。しかし、この技以外知らない。故に、命も本気でかからねばならない。
「理解出来んな…武を志す者同士、鬼になる事は選ばれし者の証であると言うのに!」
「…お前達鬼が、もっと優しい存在であったのなら…良かったのかもしれない。」
命にとっては都合のいい会話。時間を稼ぐ。朝までこのまま戦闘と会話を繰り返す。それが命の狙い。
「…でも、お前達は悲しみを生む。地獄を生む。だから、ならないし、お前達を斬る。」
「今まで俺の誘いに頷く者はいなかった…だが、その返答をしたのは、お前が初めてだ。だが何故だ、お前には憎しみが感じられない。鬼に憎しみはないというのか?」
「ない。」
キッパリと言い切った命に、猗窩座は目を見開いた。
「俺は、鬼に何かを奪われたわけじゃない。大切な人を奪われたことも無い。だから、鬼は別に憎くない。それによって死者が出る事にも興味もないし、何か崇高な理由があって鬼殺隊に入隊したわけじゃない。」
「…ならば、貴様を動かす物はなんだ?弱者の守護でないと言うのなら、弱い人の身に収まる必要は無いはずだ。」
純粋な疑問だった。力を持ちながら、一切の憎しみの籠らない太刀筋。いつも戦えば、隊士の剣には憎しみや怒りが篭っていたのに、この男にはそれが無い。故に、攻撃を察知しにくい。闘気を感じ取り読み取る術であるが故に、感情の籠らない命の攻撃は、察知しにくいのだ。言うなれば、
「…人は、誰しも心に鬼が巣食っている。何か大切な者を失った時。鬼は怒りを、憎しみを
復讐に身をやつした最愛の人を知っている。怒りに呑まれ、毒鬼となった愛した人を知っている。
悔しくて、悔しくて、思わず鞘を握った。何かが割れる音がした。
「失った悲しみは癒えない。失ったその時から、その人の時間は止まってしまう。時間は解決してくれない。」
何処までも弱く、情けない。それが人であるのだ。
「だが!人は誰かを支える事が出来る!他人を思いやり、倒れる誰かに寄り添い、慈愛を込めて抱きしめることが出来る!お前達はそれが出来ない、守りたい人を抱きしめることが出来ない!俺は、鬼にならない…彼女が
「────」
目の前の男の姿が、誰かに重なった。自分が求めて止まなかった。手を伸ばし続けた
『───────さん』
どこかで、誰かの声が聞こえた。
「…語らいは無意味のようだ。お前は強い。だからこそ惜しい。若く、強いまま死んでくれ。」
最悪だ。あと15分程ではあるが、話し続けて時間を稼ぐ策はもう使えない。ここからは、純粋に生き残ることだけを考える。納刀し、居合の構えを取る。
「…逃げても先に楽園は無い、辿り着いた先には地獄しかない…俺は頑張ってきたはずだ…気張れ、目の前の地獄を切り捨てろ…!」
猗窩座が一気に地面を蹴り飛ばし、命の間合いに入る。
命の狙い通りに動いてくれた。抜刀、そのまま振り抜くのではなく、鋒を引き絞る。
命は逃げない。距離をとるのではなく、逆に一気に詰めた。
花の呼吸しか使えないと見せ掛け、新たな型で奇襲をかける。
「────蟲の呼吸
しのぶが作り出した花の呼吸からの派生型。紅蓮の鋒を、左眼に突き通す。猗窩座ですら反応できなかった初動。しかし、流石と言ったところか、弍撃目は避けられ、完全に目を潰されることは無かった。
(完全に視界を封じる事は出来なかった…でも、片目は潰した!少なくとも今この戦闘中には再生しない!)
間髪入れずに、命は猗窩座の左側を重点的に攻める。
「花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬 !!」
最大で玖連撃の斬撃を放つ技。しかし、これっぽっちでは足りはしない。
(増やせ、増やせっ!呼吸を深く!師範の教えを思い出せ!今こそが踏ん張りどころだろう、命ッ!!!)
玖連撃目を叩き込んだ後に、更に刃を振るう。
拾、拾壱、拾弍────その斬撃は、拾伍に至った。
「オオオオオォォォォォッ!!!!!」
「ッ!?脚式・流閃群光ッ!!」
「────────ッ!?」
命の連撃は、確実に猗窩座にダメージを残し、左腕をズタズタにした。しかし、猗窩座は左腕を犠牲にして豪脚で命を吹き飛ばす。
命は何とか防御したが、吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。肺の空気と共に血を吐き出す。
(なんて威力だ…っ!?息が…!いくらなんでも出鱈目すぎだ…!)
そうして、左腕に握った刀を支えに立とうとした時、気づいた。
「────」
ポロリと零れ落ちる日輪刀。ひしゃげた左腕。右腕にも罅が入っているのだろう。肋の骨は既に感覚すらない。たったの一撃で、心が折られた。
────それがなんだと言うのか。
片腕の戦闘は既に想定済み。帯を解き、左腕を胴体に密着させて固定。心を燃やせ、折れた
彼女を失いたくないのなら、何度でも立ち上がれ。
既に紅蓮を失った刀に、もう一度
まだ、終わりではない。
白む空が夜明けを告げる、あと5分。焦りを見せる奴、頸を斬ればこっちの勝ちだ。
攻めろ
攻め続けろ
もう一度、地面を蹴り飛ばす。
花の呼吸において、重要視される技術は速度と繊細さ。しかし、それは使い手が女性に偏っていることから出された特徴にすぎない。命は、約70年振りに現れた男性の使い手。そして、過去の花の呼吸使いは、同じ男が現れた時の為に、男性にしか習得しきれない技を残していた。
カナエでは筋力が足りなかった、柱であるカナエの膂力でさえ、再現できなかった。
それを再現、改良、新たな技に昇華して見せた。
蹴り出した時の滞空時間で体を大きく捻り、着地と同時にもう一歩更に蹴り出す。
「花の呼吸 拾弍ノ型
猗窩座の目の前に躍り出ると、命は下から切り上げる様に、半月の太刀筋を刻む。
猗窩座は背後に飛ぶ事でその斬撃を避ける。
そう、猗窩座は斬撃を避けたのだ。避けたにも関わらず
左腕が、消し飛んだ。文字通り、跡形もなく、蒸発した。
(なんだ────何が起きた?)
腕が、再生しない。焼け付くような痛みが猗窩座を襲う。経験したことがある、いいや───
そして、痛みに悶える間もなく、命は次の斬撃を繰り出す為に、もう一度呼吸をした。それから逃げるように、猗窩座も片腕の連撃を繰り出す。
それを命は、全て最小・最低限の動きだけで、回避する。極限の境。正に生死の狭間で、命の感覚神経は、全てが通常よりも鋭敏になっていた。
全てが遅く見え、攻撃の軌道を示してくれる。呼吸すらつけぬその攻防の最中、命の思考はたいして働いていなかった。
本来の命ならば、この動きはできない。しかし、彼は手を掛けた。無我の領域、その一端に触れた。
(全細胞が、産毛までもがこの男を殺せと信号を出している。)
猗窩座の勘は当たっていた。
命の目には、全ての攻撃の軌道が見えている。致命傷にならぬ攻撃だけを避ける。真っ白の頭の中には、ただ、なにかが透き通る様に見えた。型を染み込ませ、無意識の内に放てるまでに練度を上げた。
その変化に、その進化に、猗窩座は焦りを見せた。
(不味いッ!?終式・青銀乱────)
自身の最強をぶつける前に、理解した。
全てが遅かったのだと。
「────花の呼吸 拾参ノ型
猗窩座の突き出された右腕を、内面に回ってギリギリで回避。そして、突き出された腕沿い、肉を削ぎながら、頸に刃を振るった。
その斬撃は、音もなく、殺気すらなく、頸に迫った。蝶が舞い降りようとも、
しかし、回避。
それを回避できたのは、正に生存本能が働いたに過ぎない。もう少し万全の状態で、対人戦ににおける絶対の制空圏を少しでも過信していたなら。確実に沈んでいたのは己であったことを確信した。
「……これでも…届かないか…」
「ハァ…ハァ…ハァ…!?」
鬼になって、初めて明確に意識した死。荒れる息、流れ落ちる冷や汗。その全てを、猗窩座は湧き上がる歓喜で塗りつぶした。
「ハッ───ハハハハハハハッッ!!!何という一撃だ!何という技量だ!正に無我の境地!認めよう!お前は俺の先にいるッ!!…故に惜しい。お前の今の一撃は、全集中力、今持つ全力を絞り出したものだった筈だ…お前が鬼であれば、負けていたのは俺だった。もう一度言おう、鬼になれ、命。」
「…何度言われようとも、俺の答えは変わらない───断る。」
「…そうか…では、死ね。」
体力の限界、垂れた右腕。もう足は動いてくれない。しのぶは、信じて待ってくれているだろうか。それとも、諦め涙を流しているのだろうか。
だが、命は大きく息を吸った。
「最後の足掻きか?無様、だ、な────?」
視界が、ぐにゃりと一気に歪んだ。
足に力が入らない、理解できなかった。頭痛、気分が悪い、吐き気がする。
そこで、身体を隅々まで精査して、この原因を探る。
はたと、気づいた。
「……毒…だと?」
膝を着く命は、笑う。
「上弦にも、通用したよ…しのぶ。」
この一瞬、たった数秒の停止。それが、猗窩座の命運を分けた。
命は、決して諦めていなかった。
話している最中に、気付かれないように鞘に流し込んだ毒を刀に染み込ませていた。しのぶが作り、治験をしようとしていた物が残っていた事が、何よりの幸運だった。
自信に満ちた顔で、言ってやるのだ。彼女を弱いと言った、この男に。
「これが────お前が弱いと罵った、
吸った息を、体に停滞させる。酸素を巡らして、巡らして、巡らせる。そうして、冴えた頭が全てを透き通らせた。
心臓の位置、骨格、筋肉の動き、血の流れ、全てが透き通った。
脇構えの位置から、刃を後ろに流す様に構える。
(これが…極地…)
感動を噛み締める心を御して、命は柄に手をかける。文字通り、最後の一撃。全身全霊を掛けた決死の一撃。
「武の呼吸 零式
瞬間、猗窩座は見た。間欠泉の様に噴き出す闘気。しかし、それを感じ取ることは出来ない。彼の羅針を持ってしても。
命の背後に、武神を見た。
極限の脱力から放たれた太刀筋の残像は、剣が拾本に見える程の光速剛力の居合。刃は頸を、腕を、胴を切り離した。
猗窩座は、焼けるような痛みを全身に感じた時に、「ああ」と声を上げた。認めざるを得なかった。
「俺の…負けか」
「ああ…お前の負けだ。」
ぼとっ、と首が落ちた。体は陽光に燃やされ、灰が崩れ去るように、サラサラと散っていく。ボコボコと膨れ上がり、修復しようとしていた体は焼け、ボロボロと崩れる。
『────────狛治さん』
(嗚呼────お前は…)
猗窩座の消え行く首は、最後に笑った気がした。
そ刀が砕け散る。ゴマ粒程の小ささになって、風に靡かれ消えて行く。精神力だけで支えていた命の体が、支えを無くし、地面に倒れ込んだ。
流れる血を呼吸で止血しながら、白む朝焼けを眩しそうに眺めた。
「これで…守れたのかな…」
長い長い、夜が明けた。
産屋敷邸、各柱、すべての隊士に、その伝令は光の速さで報告された。
「階級庚!武布都命!上弦の弍ト戦闘ノ末撃退!ソノ後出現シタ上弦ノ参討伐ゥ!カァーッ!重症!重傷ー!至急救援に向カエ!カァーッ!」
100年動かなかった均衡が、僅かに傾いた。
命は普通に強いです。16で歳で単独で猗窩座をギリギリ殺せるレベル。