胸を張れ俺。お前は確かに掴み取ったんだよ。
お前がずっと、守りたかったものを。
暖かい。触れ慣れた温もりを感じる。
瞼を開けるのですら億劫だ。全身に鈍い痛みを感じる。鉛のように重い。どうやら動かな過ぎて完全に固まっているようだ。
ベッドに寝かされている。体の動かない具合からして、だいぶ大怪我をしたようだ。
そもそも、何故こんなことに。そう思って、思い出した。あの鬼との戦闘を。
勝ったのだ、あの武人に。俺は、猗窩座を倒して何を得たのだろう。
気だるさを抑え、命は目を開ける。辺りは暗い。恐らくは夜中なのだろう。でも、ひしゃげた筈の左手が、暖かった。感覚もあるし、動く。殆ど治っているのだろう。
「────────っ」
しのぶが、自分の手を握って眠っていた。目の下には酷い隈ができている。寝ずに看病してくれたことが分かった。よく見れば、自分の羽織を大事そうに抱えている。なんとも可愛らしいことだ。そうして、ほんの少しだけ、嬉しくなった。
「…こんなに隈を作って…いつもそうだ…何かに集中すると、酷い隈をこさえて机で寝てたな…」
その度に布団を敷いて寝かせてやってるのは誰だと思っているのだろうか。なんて考えながら、しのぶの頬を撫ぜる。どうにも、彼女には甘くなってしまう。
「…水でも飲もうか。」
ついでにしのぶを寝台まで運んでやろう。そう考えて、ガチガチの体を起こす。少し体を伸ばすだけでバキバキと音がなる。これは機能回復がいつまでかかるやら。少し、ため息を吐きたくなった。
傍にある水差しを取り、コップに水を注ぐ。
月明かりだけがその部屋に差し込み、辺りを照らす。
水を久々に飲んだ気がする。一体自分はどれ程の間意識がなかったのだろうか。
飲み干した水が、妙に美味い。少し柑橘系の味がする。果実水と言うやつだろうか。水を飲み干してから、しのぶをどこかに寝かしてやろうかと、ベッドから身を乗り出す。
「…まぁ、無理だよな。」
やはり、無理だった。あまりに長い時間寝ていたのだろう。体が本当に動かない。まいった、と頭を抑え、仕方なくしのぶの体を揺する。
「しのぶ…しのぶ…起きてくれ。」
二度揺すると、しのぶは目をゴシゴシと擦りながら、寝ぼけ眼で命の顔をぼうっと眺めてる。
「こんなところで寝ていたら、風邪を引くぞ。速く自分の部屋に───」
「………みこ、と?」
「ああ、そうだ。俺だ、起きてくれ。」
暫く見つめあっていると、ブワッ!としのぶの瞳から涙が溢れ出した。
次の瞬間には、しのぶは命に思い切り抱きついた。傷のことなんて気にせず、夜であることなんて気にせず、大泣きした。
わんわんと泣くしのぶに面食らった命だったが、すぐにしのぶの背に手を回し、よしよしと頭を撫でた。
「…みこと…み、ことっ…みことぉ…っ」
「…心配させて悪かった…俺はここにいるから…」
グズグズと啜り泣くしのぶに少しあたふたする。
「…だってっ、4ヶ月も目、覚まさないしっ…ずっと、このままなんじゃ、って…っ…!」
「────そんな寝てたのか、俺…」
泣き崩れるしのぶを他所に、天を仰ぐように頭を抑えた。こんな期間寝ていれば、体がバキバキなのも納得出来た。
そう頭を抱えていると、更にしのぶの力が強くなる。
「…もう、どこにもっ…いか、ないでっ…大事な人が、いなくなるのっ、もう…いやなのっ…!」
しのぶにとって、近しい人を失うことが心の傷として、深く、深く刻まれていた。
「1人にっ、して、ごめんなさいっ…!私がっ、弱かった、から…っ!」
「────────っ」
どこかで、聞いた事がある。この言葉を、命は知っていた。それは、どこかの自分。どこかの後悔。強ければ、もっと力があれば。
あの時は、誰も救ってはくれなかった。いいや、救えなかった。けれど、今は違うのだ。ちゃんと救えて、この手に全てを掴んだ。
「────違う、違うよしのぶ…君の毒が、俺を生かしてくれた。あれがなければ…俺は死んでいたんだ。ありがとう…1人にしないでくれて、ありがとう…」
命は、あの窮地に置いても、孤独ではなかったのだ。あの勝利は、しのぶと共に掴んだもの。この生も、しのぶが掴み取らせてくれたのだ。
華奢な体を、精一杯抱き締める。命の胸に灯る淡い炎が、燃え盛る。
────どうしようもなく、彼女が愛しい。
「1人にっ…しないで…一緒に、いてっ…」
「……あぁ…俺は、どこにも行かない。」
「うんっ…うん…っ」
鬼が跋扈する夜が、この時だけは優しく、2人を包み込んだ。
次の日。陽だまりの中、無理やり動いた命は縁側に腰掛け、太陽を眺める。恋しい甘味を想像しながら、緑茶を流し込む。こんなに寝てたせいで固形物が食べれない。
「あら、日向ぼっこかしら?」
「師範!おはようございます。えぇ、気持ちよくて…」
「いいわね。隣、いいかしら?」
「えぇ、勿論。」
少し横にずれた所に、カナエが座る。命が継子になったばかりの頃も、よくこうして縁側にてボーッとしていると、隣に来て勝手に話をする人だった。
カナエは、笑顔から真剣な顔に変え、命に向き直った。
「…命君。この度は、誠にありがとうございました。貴方は命の恩人です。」
「…やめてください、師範。俺は…そう褒められる様な理由で戦ったわけじゃありません。」
「それでも、命を助けられたことに変わりはありません。貴方が来てくれなければ、私はこうして貴方と喋る事も、しのぶと抱き合うことも出来ませんでした。」
「…わかりましたよ。どういたしまして…これでいいでしょう?」
「ふふっ、素直が1番よ!」
「頭を撫で…はぁ、貴女には何言っても無駄だ…」
照れ臭そうに顔を逸らし、大人しく頭を撫でられる。命は、カナエに頭が上がらない。拾ってもらった恩もある、鍛えてもらった恩もある。この人には、1度命を救った程度では恩を返しきれないのだ。
「そういえばしのぶはどうしたのかしら?」
「今はベッドで寝てますよ…心配かけちゃったみたいなんで…」
「あらあら…大変だったのよ?あの子、貴方が担ぎ込まれてから、看病して倒れてを繰り返していたから。」
思わず苦い顔になる。そこまで心配させてしまっていたとは思わなかったから。
すると、カナエは丁度いいと微笑んだ。
「そう言えばね?前から聞きたかったことがあったの。いいかしら?」
「どうぞ?」
「貴方は、どうして鬼殺隊に入ったの?」
「……それ、今更聞きます?俺ここ来て2年目ですよ?」
「だって〜、あのお堅いしのぶが男の子連れて来て、ちょっと興奮しちゃったんだもの!」
「頬を染めないでください…本当にそういうとこ残念ですよね、師範って。理由なんて…呆れますよ、絶対。」
「いいじゃない、今までそう言う話する暇もなく鍛錬の毎日だったんだし…2人とも任務に出れないし、ちょうどいいかなって思って。それでもいいわ、絶対呆れないから!で?どうして鬼殺隊にはいったの?」
命は、本当に残念なものを見る目でカナエを見てから、バツが悪そうに語り出す。
「金ですよ…金。」
「お金?」
「えぇ、知ったのは偶然ですけど…金払いがいいって聞いて。乞食、しかも孤児だった俺は、飛びついた。」
当時幼かった命は、呼吸を扱う隊士に偶然出会い、全集中の呼吸を教えてもらった事を思い出した。数ヶ月教えて貰ったあとは、自分だけで練習もしたりしていた。入隊後に調べてみれば、彼は死んでしまったらしい。名誉の死だったそうだ。名前すら知らなかった彼は、天国に行けただろうか。
「幸い親もいなかったし、俺の帰りを待つ人もいなかった。この無価値な命を賭けて金になって生活ができるなら、なんだって良いんですよ。」
「命。」
少しの怒気。カナエはそういう人物だと知ってはいても、命は己を卑下せずにはいられない。
「わかってますよ…わかってるんですけど…俺には…ここは場違いに過ぎる…俺は、何も失ってません。それどころか、師範やしのぶのように、名も知らぬ誰かの為に、なんて高い志、欠片も無い。」
相変わらずの捻くれ具合の自身に苦笑する。しのぶには、あんまり自分のことは話さない。嫌われたくないから、失望されたくないから。でも、この人ならば少しだけわかってくれる気がした。だから、続ける。
「────でも…夢を、見ました。1人の、何も出来なかった男の話です。最愛の姉を殺され、狂ってしまった少女の…臆病で、残酷で…最悪の夢でした。」
「…まさか…それって…」
何かを察したカナエに微笑みを向けて、命は茶を飲み込む。
「今は、違うんです…それがみたくなくて…彼女が、狂わない世界が欲しかった…悲しみに暮れて、泣いて欲しかった…頼って欲しかったっ!ずっと笑っている彼女の姿は…見ていて苦しかったから…だから、俺はその為なら、命だって惜しくないんだ。」
「命君…」
「俺は…もう…!」
「命ー!どこにいるのー!!早くベッドに戻りなさいー!」
途端に、緊張感の無いしのぶの声が届いて、2人とも表情が和らいだ。
「しのぶがお怒りみたいなんで…失礼しますね。」
「ふふっ、えぇ…行ってあげて。」
「では…また後で。」
「命君。」
立ち上がり、部屋に戻ろうとすると、カナエが呼び止める。
「…もう、ここはあなたの家よ。貴方の帰りを待ち、貴方の為に泣く人は大勢います。だから…そう簡単に、命が惜しくないなんて言わないでちょうだい。」
「────っ…肝に、銘じます…」
鼻の奥がツンとして、込み上げてくるものを押さえ込んだ。同時に、胸の奥のところが、熱を持つのを感じた。暖かい…暖かすぎる。
「居た!勝手に移動しないでって言ったじゃない!心配するこっちの身にもなってよ!」
「ご、ごめん…あんまりにも気持ちよさそうに寝てたから…」
「どうせなら起こしなさいよ!ほら、早くベッドに戻りますよ。薬もあるんだから。」
「あっ…あれか…砂糖、入れていい…?」
「ダメに決まってるでしょ。逆に不味くなるわよ。」
そうしてじゃれ合う2人に、カナエはホッとする。いつもの日常の様で。それを守ってくれたのが、彼である事を嬉しく思った。
あっ!と、カナエは思い出した様に手を叩いた。
「そうそう!命君にお知らせよ!とってもびっくりすると思うから!」
「お知らせ?」
何事かと思っていると、命の鴉が肩に止まった。
「御館様カラノ伝言ダ!『武布都命、今度の柱合会議に参加して欲しい。よろしく頼むよ。』カァー!伝言終了ォーッ!カァーッ!」
『………え?』
「ね?びっくりしたでしょう?」
びっくり所ではない。正直唐突過ぎて頭が追いつかない。やはり、この師範はどこか残念な気配が漂うのを、否定が出来ないでいた。
とにかく、次の会議は1ヶ月半後らしい。それ迄に、新しい日輪刀と、機能回復訓練をしなければならない。
今日何回目かの溜息を吐いて、現実から逃げるようにベッドに潜り込んだ。
1ヶ月後、命は完全に復活していた。後遺症は無し、元の状態に元通り。そして、今は木刀を持ち、カナエと向き合っている。
「こうして向き合うのも、久しぶりね。最近はずぅっと、しのぶと2人で鍛錬してたから、寂しかったわ。」
「そう言って、毎回誘っても断ってたのは師範でしょうに。」
「だって〜、2人の邪魔はしたくなかったもの!」
「余計な気を回さないで結構ですよ!さぁ、やりますよ。」
「ふふっ、お手柔らかにね。」
完全に回復した2人は、鈍った勘を取り戻すために、久々の打ち込み稽古。
「先手はどうぞ?」
「あら、優しいのね。じゃあ、遠慮なく…!」
その言葉と共に、カナエは飛び出した。やはり、速度的には同等か、少し命が負けている。しかし、猗窩座との戦闘経験は、決して無駄ではない。あの技を想い描く。
(あの技…羅針、だったか…確か、闘気を感じ取り、動きを先読みしている…だったか…なら、
あの時、本当に決着がつく直前。全てが透き通って見えた。攻撃の軌道、次の動きの予測。全てが見えた。いくら練習をしても、またあの世界が見えることは無かったが、真似事だけは出来た。
極致の一端に触れた事で、数手先の予測が可能になった。
(この軌道……肆────いや、伍だ。)
全身に迫る玖連撃の軌道、次来る斬撃が見える。
成程こうして使うのか。悠長に考える命は、その斬撃全てを弾き返す。
自身の間合い、剣が届く範囲、手が届く範囲を己の制空圏として、その領空を侵した物を斬り落とす。
更に早くなる連撃。カナエも、更に強くなっている。無力な自分が許せなかった。殿を継子に任せることしか出来ず、惨めに逃げる事しか出来なかった己を恥じた。
全てを基礎から見直し、反復練習を繰り返し、更に速度と繊細さ。技の完成度を上げた。
しかし、命には通じない。
(凄い…ここまで強くなっていたなんて…攻撃がまるで当たらない…しかも、全ての動きに無駄が無い!最低の動きで、最低の力で、全て返されてる…しかも…型を使ってない…?)
暫く打ち合い、カナエは漸く気づく。型を数多く出てきたが、彼は一切型を使っていない。恐らく全集中の呼吸はしているが、それだけ。自身の型を全て、ただの剣技のみで捌かれている。
「…侮られているのかしら?」
「いいえ、出せないんです。木刀が木っ端微塵になるんですよ。」
一撃を返した命が、一転。攻勢に移る。
脇構えから、狙いをつけた突き。そこから派生される流れる様な連撃を、カナエは型を繋げて余裕で捌き続ける。
「流石、俺の剣技なんて当たり前のように捌いてくれる。自信なくすよ。本当に。その辺の鬼なら型なしでも倒せるのに。」
「あら、心外だわ。その辺の鬼と一緒にされたら困るわよ?」
「ま、柱ですもんねぇ、その若さで。」
「あら、褒めてくれるなんて珍しいわね。」
「これでも尊敬してるつもりですよっ!」
再度打ち合う、命は力勝負に持ち込もうとするが、流石柱と言ったところか。のらりくらりと、蝶が羽ばたくように仕切り直しに持ち込まれる。膠着状態が続くと、カナエが楽しげに、何かを思いついた子供のように笑った。
「そうだ!このまま勝負してもつまらないでしょう?賭けをしましょう?」
「…賭け、ですか?」
「そう!先に1本取った方が勝ち!勝った方は、負けた方に何でも言う事を聞かせられるの!」
相変わらずの楽天家のカナエに、命は呆れるように呟いた。
「…師範…男に何でも言う事聞かせられるとか言うのやめた方がいいですよ?どうするんですか、俺がとんでもないこと言い出したら。」
「あら、その心配ならないわよ…貴方はしのぶ一筋でしょう?」
「………全く、本当に嫌な姉君だ……」
「義姉様、でもいいわよ?」
「やめてください…意気地のない自分に嫌気がさしちゃうから。」
皮肉った命は、ニヒルに笑う。この人には全部見透かされてるし、隠しても意味は無いと。
「私が勝ったら峠の団子屋まで走って甘味をみんな分自腹で買ってきてもらおうかなぁ〜!」
「峠のって…ここから3里位のところの…扱き使うなぁ…ま、それでいいですよ。その代わり、俺が勝った時も、何でも言う事聞いてもらいますよ?」
「ふふっ、何をさせるつもりなのかしら?」
「なに、簡単なことですよ…俺が勝ったら
しのぶと鬼殺隊を辞めてください。」
その一言に、カナエは固まった。何よりも、命の真剣な眼差しに、何故か殺気を感じる。
何よりも、終始微笑む彼には、一種の狂気が宿っていた。
「大丈夫、この蝶屋敷は俺が持ちます。薬学の知識も、この2年でしのぶ並についてきた。貴女達は、全てを忘れて、平和に過ごしてくれ。お金は工面します。必ず、何にも怯えぬ夜を掴み取ってみせるから…だから、頼みます。この組織から、去ってください。」
「命、貴方は…」
「貴女達は、こんな戦場とは縁遠く、女の幸せを掴んで…しわくちゃになるまで生きて欲しい。大丈夫…貴女の夢も、しのぶの怒りも、全て────全て俺が請け負いますから…安心して辞めてください。」
穏やかな声音で、囁くように言い切った。
命は確信している。この世界には、この蝶達はあまりにも場違いであると。自分のように、いくら傷つこうとも、誰も悲しまないような人間でなければならないのだ。だから、願った。全てを忘れて欲しいと。
「────さぁ、やりましょう。」
「待って…命…!」
彼の名前を呼んだ時には、既に目前に迫っていて、咄嗟に飛び退く。しかし、命の斬撃はカナエを逃さない。
「花の呼吸 拾弐ノ型 月胡蝶」
「────っ!?」
空を斬ったはずの命の斬撃は、正確にカナエの木刀を叩き折った。
この型は、男の呼吸使いが残した手記に記されていた型を元に、命が改良を加えた物。武の呼吸と花の呼吸を混ぜ合わせ、瞬発的に超怪力で剣を振るい、高密度の剣圧を飛ばしているのだ。所謂、飛ぶ斬撃。
その斬撃は、竜巻の様に、一瞬にして木刀を飲み込み、粉々に砕いた。それは、命の木刀も同じ様に破壊する。木刀が、負荷に耐えられないのだ。
その後は、首元に手刀が迫る。ただ意識を狩る為に。
(やられるっ────!)
カナエはそう確信し、目を瞑る。しかし、いつまで経っても、衝撃は来ない。目を、ゆっくりと開ける。そこには、首元に手刀を添えた命が、悲しそうな眼差しでカナエを見ているだけだった。
「命…君?」
「────今日も見に来たのか?カナヲ。」
「……」
命がそう言うと、入口扉から覗いていた少女が道場に入ってくる。
栗花落カナヲ。
過去にカナエとしのぶが拾ってきた少女。過酷な環境にいた事で感情を閉ざしてしまっているそうだ。
命は、この子を見ていると、つい頭を撫でてしまう。
「……お昼。」
「おぉ、呼びに来てくれたのか…ありがとうな。」
命が頭を撫でると、ビクッと身体を震わせた後にこちらを見て、驚いたような顔をする。父親から暴力を受けていたようで、男の手に恐怖するのだ。
命は、優しく微笑んだ。
「ほら、先に行ってなさい。」
パタパタと去って行くカナヲを見送り、命は溜まった息を吐き出した。
「ねぇ、命君…さっきのって…」
「…冗談ですよっ。ああでも言ったら、本気出してくれるかなって思っただけです…まっ、驚いて声も出なかったみたいですけどね!ほら、行きますよ。アオイ達がご飯用意してくれてるんですから。」
そう言って、命は足早に去って行く。
「…相変わらず、下手ね…それじゃあ女の子は騙せないわよ。」
そう背中に零して、カナエは命の背を追った。どこか後悔の熱が篭もる、まだ小さな背中を。
「あぁ…憂鬱だ…」
「諦めなさいよ…ていうか、もっと誇りなさいよ。階級も上がったし、お金も入ったでしょ?」
「いや…うん…まぁ…」
頭を抱える命を、呆れるように眺めるしのぶ。月夜の中で、縁側に足を投げ出し、茶を啜る。いつもの時間、いつもの2人で。
しのぶの言う通り、階級が上がった。それも一気に庚から甲迄一気に。大出世もいいところだ。あと、給料が馬鹿みたいに上がって、命の金銭感覚が狂った。
「…嫌だなぁ…師範以外の柱なんて知らないし…絶対他の柱怖いよ…でも、師範は仲良いって言ってるし…わかんないなぁ…」
柱合会議が明日に迫った日。命は憂鬱を極めていた。いくら夢で見た事があるとはいえ、柱に会うなんて最悪だった。人外魔境を凝縮した様な集団だ。カナエも含まれているが、それはそれ。あの人は色々人外だ。
その人外魔境に、片足どころか全身どっぷり漬かっている事に、命はまだ気づいていないのだが。
「それは姉さんだからよ…対人能力おかしいのよ、本当に。でも、最近柱になった人もいるらしいし…平気じゃない?たしか…煉獄 杏寿郎さん、炎柱…だったはず。」
「…煉獄さん…か…」
知っている。あの誇り高い、焔の様に熱い人を。夢で最後にかけられた言葉を。死してなお、人の心に炎を灯し続けた。彼は、本当に凄い人だ。
『武布都少年…どうか、彼女を気にかけてやってくれ…酷く、後悔していたんだ。』
自分が死んでしまうというのに、他人の心配をする、お手本の様な善人だった。
あの言葉があったのに、俺は逃げた。彼女の笑顔が、あまりにも痛かったから。辛かったから。
(…今は、違うだろ…)
隣にいる、しのぶを見やる。
「…髪型、変えたんだな。」
いつもの夜会巻きに、後れ毛を出している。
僅かな変化に気がついた命に、しのぶは少し照れたように否定する。
「えっ?いや、これは…その…姉さんが…似合わないなら言いなさいよ…!」
「いや?似合っている。」
「あっ、と…ぐぅ…ありがと…」
「あぁ…よく似合ってる、本当に。」
彼女の真っ黒な髪を撫でる。毛先から根元まで真っ黒である事に、酷く感慨を覚える。夢の彼女は、既にこの時期、髪の色が変わる程に毒を摂取していた。それほどまでに壊れてしまっていた彼女が、なんともないのだ。
その変化の無い今が、酷く嬉しい。
「ちょっ、ちょっと命…!……命?」
「……あぁ、何でもない。」
思えば、出会った時からそうだった。何かを失うことを恐れるような、儚げな笑顔。自分に触れる時。割れ物でも扱うかのように、本当に優しく触れる。その度に、もっと強くと願ってしまうのは、なんなのだろうか。
ずっと不思議だった。笑うより、喜ぶよりも、怒ったり、感情を表に出す事に、何より嬉しそうな顔を向けていた彼が。
自分を見ていると同時に、その先にいる人を見ているような。
ふと、寂しさを覚える。
自分だけを、見て欲しい。
何かが湧き上がる。
向き合う命の胸に、頭を預ける。グリグリと押し付けられる小さな体が、やっぱり愛しかった。
「ねぇ、離れないで。」
「…うん。」
「どこにも、行かないで。」
「俺はどこにも行かない。」
「一緒に、居て…」
「君が許す限り、決して離れない。」
抱き締めれば、すっぽりと覆ってしまう程に小さな体が、軽い体が、僅かに震えている。
嗚呼、失ってなる物か。この平穏を、この少女の感情を。
命は、いつかのように、優しく、されど強く抱き締める。
見つめ合った先に出た言葉は、奇しくも同じだった。
『
ただ、
鬼滅の刃最終回来ましたね。いい終わり方でした。
正直、ジョジョみたいに現代編突入はしたらしたで面白かったと思うのでそれはそれで良かったと思ってる。
感想、よろしくお願いします。
前回の第3話では、猗窩座を倒すルートと負けて鬼になるルートも考えてた。