Side:
目を覚ますと真っ白な空間にいた。
見渡せども見渡せども、そこには何もない。
ただどこまでも白い景色が広がっているだけだった。
ああ、きっとこれは夢だ。
いつも通りベッドで横になって眠りについたことを思い出した僕は、こくこくと頷いて自らを納得させた。
「もし、そこの貴方」
そのとき、声が響いた。
「ああ、よかった。お目覚めになられたのですね」
「──」
振り返り、言葉を失った。
綺麗な人だった。
ふんわりとうねるブロンドの長髪とエメラルドの瞳、純白のローブの上からでも見てとれる抜群のプロポーションをした妙齢の女性だ。
その表情は安堵しているように綻び、それでいてどこか悲しげで、二つの雰囲気が交わり絶妙な儚さを醸し出していた。
「あの……?」
「……はっ、す、すみません! すごく綺麗だから……つい見蕩れちゃって」
「っ!?」
って、僕は一体何を言っているんだ!
慌てて頭を下げ、すぐに内心でやってしまったと後悔した。
考えていたことをそのまま口に出してしまったのは、きっと気が動転していたからだ。
だが、それにしたって初対面の女性にあんなことを口走るなんて、我ながら失礼にも程がある。
「あの……本当にすみません」
「い、いえ……。それより、頭を上げてください」
おずおずと顔を上げて見た女性の顔は、一目で分かるほどに赤くなっていた。
怒っているのだろう、当然だ。
後悔の念が再び浮かび上がり、僕は女性から目を逸らして俯いた。
「……」
「……」
「……」
「……えっと、月嶋淳夜さん……ですよね?」
「へ? な、なんで名前を?」
名乗ってもいない名前を突然口にされ、僕は困惑しながら首をかしげる。
「申し遅れました。私は……いえ、こちらの素性を説明しても理解は難しいと思います。ただ、この場では上位者とだけ名乗らせていただきましょう」
「上位者……。それって、神様みたいなものですか?」
「……ええ。そう捉えてもらって構いません」
僕の問いに首肯する女性──もとい神様。
神様であるから僕の名前を知っている、答えとしてはそういうことでいいのだろうか。
「月嶋淳夜さん。大変申し上げにくいことなのですが……貴方は、亡くなられてしまいました」
「……え?」
「全てはこちらの責任なのです。こちらの手違いで、まだ死ぬ運命ではなかった貴方の命を奪ってしまった。本当に、なんとお詫びをすればいいのか……」
いや、そんな訳がないだろう。
僕は女性と会話することも出来ていれば、現在進行形で思考することも出来ているのだ。
胸に手を当ててみれば、心臓の規則正しい拍動だって確認出来る。
やはりこれは夢なのだ。
綺麗な女性が相手とはいえ、自分が死んだと言われる夢などあまり喜ばしいものではないが、しかしそうと分かればこの流れに任せるのも悪くない。
僕は死んだというのであれば、その体で話を進めていこうではないか。
「僕はこれからどうなるんですか?」
「貴方の死は定められたものではありません。すぐに蘇っていただきます。ただし、元の世界ではなく別の世界に、ですが……」
なるほど、復活は予想出来ていたが、別の世界にとはこれまたなかなかに飛躍した展開だ。
やはり夢だけあって想像していた以上のことが起きるらしい。
……これはなんだか楽しくなってきてしまったな。
「月嶋淳夜さん……謝って済むことではないのでしょうが、本当に申し訳ありません。貴方にはきっと、元の世界で素晴らしい未来が待っていたのに……」
僕を殺してしまったことに心を痛めているのか、神様の表情は今にも泣き出してしまいそうになっていた。
夢の中とはいえ、そんな顔をされるのはこちらとしても心苦しいところがある。
「大丈夫ですよ。蘇らせてもらえるなら全然気にしてないので」
「でも、貴方にも家族やご友人の方がいらっしゃるでしょうに……。貴方がもうそういった人に会うことは出来ないと思うと……」
確かに、言われてみればその通りである。
父さんや母さん、そして一緒に毎日を過ごした友達と会えず、一人別の世界へ行くというのは考えてみるとかなり寂しい。
もし本当に僕が死んでいたなら、今頃泣き崩れて元の世界に生き返らせてくれと懇願していたことだろう。
なんとも作り込まれた夢だ、我ながら感心する。
「いいんです。家族も友達も、向こうの世界で会った人たちと仲良くやりますから」
「……ありがとうございます。では、転生を開始します」
僕が笑ってみせると神様もつられて微笑した。
ゆっくりと伸ばされた細い指が、僕の胸をとんと突く。
「どうか、貴方の未来に幸福がありますように」
その言葉を最後に、僕の視界は光で覆われた。
Side:神様
全てはこちらの落ち度だった。
齢にしてまだ十七、成人すらもしていない未来ある少年の命を手違いで奪ってしまった。
一度失われた命は、元の世界に戻すことは出来ない。
彼は大切な人たちに別れも告げられぬまま、呆気なく死を迎えることとなったのだ。
なんと謝罪すればいいのか。
どう償えばいいのか。
内心で泣きそうになりながら、それでもどうにか外面だけは取り繕って真実を告げた。
きっと彼は涙を流す。
そして私を罵倒するだろう。
暴力を振るわれたって、それは当然のことだ。
何をされようとも受け入れるつもりだった私に、しかし彼は逆に気遣いを見せた。
一番悲しくて苦しいのは自分の筈だというのに、俯いた私に「大丈夫ですよ」と笑いかけたのだ。
──なんと心優しい子なのか。
感動に打ち震え、同時に彼を殺めた自分が情けなくて仕方がなかった。
「こんなこと、自己満足に過ぎないのでしょうが……」
せめて向こうでは何不自由なく一生を終えられますように。
転生のため光の球体となった彼の魂に指を走らせ、
身体能力の向上、伴い肉体の強化。
怪我、及び万病への耐性付与。
魔法適性の付与、伴い総魔力量増幅。
魔法耐性強化、精神異常系魔法の遮断。
順応性の向上。
成長性の向上、及び拡張。
あまりやりすぎては魂が変化し、本来の人格や記憶が失われてしまう。
それでは本末転倒だ。
細心の注意を払いながら一つ、また一つと作業を進め、魂を補強していく。
私は前世における彼の可能性を奪ってしまった。
故に、第二の人生を始める彼が何者にでもなれるような、比類なき潜在性を送ることにする。
秘められた可能性は無限大であり、彼が望めば商人にも、騎士にも、魔法使いにも、果てには王にでもなり得るだろう。
「こんなものでしょうか」
可能な限りの祝福を魂に施し、最後に間違いがないか今一度確認する。
また手違いがあり、彼の身に何かが起こったりでもすれば堪ったものではない。
……よし、どうやら問題はなさそうだ。
「では、いってらっしゃいませ。月嶋淳夜さん」
彼の魂はひとりでに浮き上がり、どこかへと漂っては消えていった。