早く続き書きたいので、連投ドンドンします。
ドサッ
背中の衝撃に思わず眉をひそめた。土の匂いと人の匂い。人通りが多い通りが近くにあるのか、足音の数も多い。
その中で、一つの足音が近づいてきた。
「ちょっとお嬢さん?んなところで寝てっと風邪ひくぞ」
体を起こさないでいたのが悪かったのか、知らない男に声を掛けられた。気配からして、体格も筋肉の配列もしっかりしている。実力はありそうだ。でも、敵意も殺意も感じない。とりあえず、来て早々戦闘にはならなそうだ。
目を擦りながら、体を起こして男の方を向く。そして、ある違和感に気づいた。
「いきなりで申し訳ないけど、聞きたいことがある」
「あ?」
「私の目は、開いているだろうか」
実を言うと、先ほどから私の視界は真っ黒なのだ。物どころか自分の手すら見えない。
「は?・・・ああ、開いてるけど・・・」
男は困惑した声で、答えてくれた。それは、まあ、変な質問をしてしまったからだろう。本当に申し訳ない。
「・・・これが“代償”か・・・」
視線を自分の手があるはずの位置に持っていく。が、やはり何も見えない。
視力が完全に奪われたということだろう。いかんせん、予想外だった。気配の探り方を知っていてよかった。
「お、おい」
しかしこれでは、およその時間も分からないな。
「もう一つ、今は何時か分かるだろうか」
「あ、ああ。だいたい夜の十一時くらいだと──」
十一時か・・・。完全に日が沈んだようだ。鬼の活動が活発になる時間帯、気は抜けない。目が見えない状態でどれほど戦えるか分からないが、少しは力になるだろう。
「おい、お前」
神様の言葉が正しければ、呼吸は全て使えるようになっているはず。なら、足でまといにはならない。
「もしもーし、人の話聞いてますかぁ?」
まずは鬼の気配探しからだろうか。ここでは人の気配が多すぎて分からない。一度移動しなければ。
「話を聞けよ!!その耳は飾りか、コノヤロー!!」
ん?ああ、そうだった。まだ男がそばにいたのか。すっかり忘れてしまっていた。知らない輩の前で考えに没頭するなど、気を抜きすぎていた。引き締めなければ、前回の二の舞になる。こちら側の人間たちの性格が分からない以上、気は抜けない。
「引き止めてごめんなさい。私はこれで」
男に一礼し、その場を後にしようと背を向けて歩き出した。
「お、おい!」
「っ──」
男はこちらに腕を伸ばしてきた。
咄嗟に飛び退き、腰の刀を抜いて構える。ついでに、見えない目で思いっきり睨んでしまった。
私は今、目が見えない。この状態だと、敵意がなくとも体が反応してしまうようだ。しばらくは、これが続くのだろうと内心ため息を吐く。
「っ・・・悪ぃ・・」
「いや、こちらが悪い」
気まづくなり、私は目を逸らした。逸らしたまま、刀を鞘にしまう。カチンと音を立てて刀をしまい、今度こそ歩き出す。早く、移動しなければ。というか、目が見えないせいでかなり疲れた。精神的にも身体的にも。とりあえず、今日は休むことにしようか。にしたって寝床が無い。まずは寝床探しからのようだ。
「ちょっ、お前どこに行く気だ?」
いちいち呼び止めるのやめてほしい。迷惑。こっちは疲れてるのに。早く休みたいのに。
「・・・寝る場所を探しに」
振り向かずに答える。
近くに宿屋はあるだろうか。いや、既に夜の十一時、あっても人がいないだろう。となると野宿になる。できれば木の上とかがいいのだが。
「お前、自分が今どこにいるのか分かってんのか?」
いいかげん、しつこくないだろうか。
といっても、答えるまで移動させてくれそうにないので、頭を回転させて今自分がいる場所の特徴を探った。
「裏路地」
辺りに広がる湿った空気、強く吹く風、音の反響具合、人通りの少なさ。
耳と鼻と手足の触覚器官から得られる情報を整理し、推測の結果を男に伝える。合っているといいのだが。
「じゃ、宿の場所は?」
合っていたのかわからない・・・。
それに、宿の場所は知らない。この街どころか、この世界に初めて来たのだ。まあ、もしもの時すぐ行動できるように、宿屋ではない方がいいのだが。
「私はもう行く」
これ以上付き合ってられないと思い、そばの壁に手を当てる。ヒヤリと冷たく硬い感触が手を伝う。ある程度の衝撃なら耐えられそうだ。
「お前・・・目、見えねぇのか・・・」
後ろから、確信めいた声が聞こえた。
(しまった・・・)
少しは壁の方を向くとかしとけば良かった。見る必要がないから、前を向いたまま壁に手を当ててしまった。今思い返してみれば、最初の質問も迂闊すぎた。
これでは、目が見えないことが丸分かりである。
「・・・気配で分かる。問題ない」
そう言って、壁と距離をとろうとするが──
「っ!」
「っぶねぇ!!」
何かにつまづいたらしく、前のめりに転びかけた。男が腕を回して支えてくれたおかげで、転ばずに済んだのだが。
「ったく・・・何が大丈夫なんだ?」
「・・・・離して」
はからずも後ろから抱きつかれた体制になっている。早く離してほしい。
「ダァーメ」
「・・・何で?」
「危なっかしいもんお前」
「平気、今のも受け身取れた」
「転んだのは認めるんだな?」
「・・・・離して」
何故だろう。この男、ものすごくニヤニヤしている気がする。
「ハイハイ、分かりました」
二度目でやっと解放された。壁を跳んで屋根を伝って行こうと思ったけどやめにしよう。この男、どこまでも着いてきそうだ。
「お前、名前は?」
「・・・・」
「俺は坂田銀時。好きに呼んでくれ」
嫌味のつもりで黙ったのに、聞いてもいない名前を名乗られた。もう二度と会わないと思うんだけど。
「はぁ・・・美桜」
仕方ない、渋々であるといった感情をこれでもかと言葉に乗せて名乗った。
「美桜、俺んちに来い」
「は?」
引くどころか泊めてやる宣言が返ってきた。ありがたい、ありがたいのだが。何故だろう、気が引ける。
「頭、大丈夫?」
「いきなり失礼だなオイ!銀さんの心はガラスのハートだからね!こなっごなに砕け散ったからね!」
おどけた調子で返される言葉に毒気を抜かれた。どうやら、本当に泊める気らしい。
「危ないからやめた方がいい」
「何がですかぁ?」
「気安く、他人を家に上げること」
こういう奴に限って、夜に訪ねてきた輩を家に泊め、それが鬼で喰われる。それで死んだ奴らを沢山見てきた。
「夜に出かけるのも控えた方がいい。・・・鬼がでる」
「お前なぁ、鬼って・・・ガキじゃねえんだから」
嘲笑うような声。そうか、この男は鬼を知らないのか。いや、そもそもこの世界には鬼がいないのかもしれない。
でも──
「いるよ。・・・少なくとも私は、鬼に殺されたから」
「・・・・・・は?」
キョトンとしているらしい。意外な子供じみた声が聞こえた。
言っといてなんだが、私の発言矛盾しているな。死んだんなら何でここにいるんだ、とか聞かれたら上手く答える自信が無い。
「ま、深くは聞かねぇけどよ。とりあえず今日はウチに来い」
「話聞いてた?他人を家に上げるのはやめた方がいい」
別にお前がどうなろうと気にはしないが、忠告を数秒で無下にされたのは腹が立つ。
「お前、本当に頭大丈夫か?」
「お前じゃありません〜。銀さんですぅ〜」
「・・・・・・・・」
「あれ?無視?無視ですか美桜さん?」
「・・・・・・・・」
「名前、呼んでくれねぇの?」
「・・・・・・・・」
「ねぇ、美桜。呼んでくれねぇの?」
・・・・何でそんなに名前にこだわる?呼ぼうが呼ばまいが、どうでもいいことだろうに。
「やめておく。・・・うつるから」
「何が?風邪でもひいてんの?まさか、銀さんのバカがうつるとかじゃないよね?」
変わらずのからかい口調で、踏み込んだことを聞いてくる。この男はいつもこうなのだろうか。
男の質問に、私は頭を横に振った。
「・・・私は汚れているから」
「どこが?美桜は綺麗だけど?」
私は男の言葉に耳を疑った。
私が綺麗?どこにそんな要素がある?髪か?いや、真っ白で色素が抜け落ちた髪は気味悪がられたことしかない。なら、目か?いや、こちらも血の色だと蔑まれたことしかない。いったいどこが綺麗なのだろうか。
「・・・え・・あ・・わ、たしは、綺麗なんかじゃない。汚れている」
「だからぁ、どこが?」
頭のてっぺんから足の指先、爪の先に至るまで、鬼の血で汚れている。この男は鬼を見たことがない。なら、恐ろしさも知らないだろう。どのように人を喰らうのかも、どれだけの人が犠牲になったのかも。
人の命を守るために、私が鬼を斬り続けたと知ったら、男は離れていくだろうか。いや、離れてくれないだろうかお願いだから。
「いや、言わなくていいわ。でもさ、名前呼ばないのとは関係ないんじゃねぇの?」
「・・・・私は、人を守るという大義名分をかざして、たくさんの命を斬り捨てた」
「・・・それが“鬼”か?」
「そう。鬼の食料は人間。私の父さんも母さんも兄さんも、目の前で喰われた・・・。唯一生き残った妹と家族の敵を討つために、鬼を人に戻す手立てを探すために、毎日毎日鬼狩りをした」
男は黙って私の話を聞いていた。今、どんな顔をしているのだろう。私も男も。
「分かってた・・・はずなんだ。どうせ敵なんて討てないと。力不足だと。どんなに努力したって無駄なんだと。妹はずっと言ってた、私さえ無事でいてくれるなら、一緒にいられるなら、それでいいって。鬼を人に戻せず、救うこともできず、ただ殺すことしかできなかった。・・・私は・・・」
私の顔はとても歪んでいるだろう。夏羽への申し訳なさと、自分への不甲斐なさで。
鬼の中には人間の頃に難病に冒された者や人に差別されていた者だっていた。鬼を人に戻す薬だって、もっと探れば作れたかもしれない。
生きるために鬼になる選択肢を迫られた者がいたのに、私は彼らを斬ることしかできなかった。
「分かった?私は汚れている。爪の先まで返り血でまみれてる」
この汚れは、決して取れることは無い。私への罰であり、贖罪なのだ。今まで斬ってきた命を全て背負い込んで生きていく。生きていかなければならない。
「・・・そうか」
男の声が聞こえてくる。こちらの感情が乱れているせいで、相手の感情を読み取れない。軽蔑しただろうか、怒っただろうか、可哀想だと思ったのだろうか。
そう思っている内に、男が手を伸ばしてきた。何故か避ける気になれず、目を固く瞑って待ってみる。
すると、
「頑張ったんだな」
頭に優しい重さを感じた。優しく頭を撫でられる。何で撫でるのだろうとか、何か企んでるのかなとか、色んなことが頭を駆け巡ったけど──
「・・・・・・」
──結局、何も言葉にならなくて。口をついて出たのは別のことだった。
「私は、とても強い鬼と会った。鬼の中でも五本の指に入る強い鬼に。私は鬼狩りをする隊の中でも強い方だから、仲間を逃がして、一対一で戦った。けど、全然かなわなかった。両目は潰されるし、肺は片方握り潰されるし、腹に穴はあくし、刀は折られるし。何もかも及ばなかった」
男が息を呑んだのがわかった。驚かせてしまったことも、体の動きでわかっている。でも、言葉は止まらない。
「鬼を殺す方法は二つだけ。日光を浴びせるか、特別な刀で首を斬るか。この二つに一つ。もう、刀を折られてしまったときに分かった。私は死ぬんだって。日の出までには時間があるし、戦える武器も無い。それでも、素手で戦おうとした。かなわないのは分かってたけど、せめて死ぬなら抗っていたかったから。本来の鬼なら、標的の人間は必ず食べる。でも、運良くその鬼は女を喰わない主義だったらしくて、確実に死ぬだろうってところまで攻撃して、そのままどこかに行ってしまった。鬼の弱点になりうる女は喰わない主義というのを伝達して、そのあと妹が来て、妹の腕のなかで私は死んだ」
「死んだのか?」
そう。私は間違いなく、妹の目の前で息絶えた。死んだんだ。
「じゃあ、俺の前にいる美桜は何?」
「・・・そのあと、なぜか目が覚めた。そばには男がいて、自分は神様だと言った。私を気に入ったから、生かしてあげるって。でも、元の世界の私はもう死んだ。だから、違う世界なら私を生かしてやれる。私の場合はその移動にも代償が必要になってしまうけど、私が望むなら・・・って言ってきた」
「で、それが視力ってことか」
「ん。で、ここでお前に会った。あとはお前も知ってる通り。別に信じなくて構わない。ありえないのは私が一番わかってる」
死んだら目の前に神様がいて、別の世界に飛ばしてくれたなんて、信じてくれという方がおかしいだろう。あまりに突飛すぎて、私自身ですら完全に処理しきれていない。
「そ。でも、信じるかどうかは俺が決めることだろ。俺は美桜を信じる」
「信じる?私を?なぜ?」
今日会ったばかりで、裏路地に倒れていた怪しい輩を信じるなど、正気の沙汰ではないだろう。この男、酔っているのだろうか。でも、酒の匂いはしないな。全くもって意味がわからない。
「俺が信じたいと思ったから」
再び、頭に重さを感じる。その手はなぜかさっきより温かく感じて、その温もりを離したくないと思ってしまった。
こういうときは、なんと言えばいいのだろうか。この男は私を信じると言ってくれている。なんと返せばいい?
「・・・え・・・あ・・・っ・・・」
どうしていいか分からず、口をパクパクと動かす。この見た目のせいで妹や隊の一部の人間としか話したことがない私は、こういったときの対応ができない。
私が一人であたふたしていると、不意に頭の手が離れて腕を引かれた。自然に体が引き寄せられ、温かいぬくもりと甘い匂いに包まれる。
「美桜、名前呼んで」
耳元にある口がゆっくりと言葉を紡ぐ。
それに答えるために、私もゆっくりと口を開く。先ほど教えてもらったこの人の名前。
「・・・・・・ぎん・・とき・・・?」
「うん」
名前を呼べば、抱きしめる腕の力が僅かに強くなった。喜んでくれたのだろうか。
「・・・俺もな、綺麗じゃねぇんだよ。昔、戦争に参加して、何人も殺した」
肩に顔をうずめて、そういう銀時の顔は見えないけれど、悲しんでいるのはわかった。望んでいなかった戦いだったことも。
「ん。同じ」
「そうだな」
そう言うと、銀時は体を離した。もう少しあのままが良かったけど、残念。
ん?何か忘れている気がする。
あ──
「おい、美桜。どこに行くんだよ?」
「寝る場所まだ見つけてない」
もうそこらの並木でいい。いいから早く体を休めたい。
「だからぁ、俺んちに来い・・・っておい!!」
「っ」
気づいた時には体は傾いていて、倒れるなと確信する。受身を取ろうと体をひねる前に、体が支えられた。
「はぁ・・・ビビったぁ・・・んとに危なっかしいな・・・美桜、銀さんに感謝しなさいよ?」
「ん。ありがと」
「お前、また同じ石につまづいてたぞ」
「そこ、石がある?」
「ああ」
しゃがんで手探りでその石を探してみる。
「これだ。分かるか?」
銀時に差し出された石を手に取ってみるけど、拳一つ分ほどの大きさで、全く認識できていないことが分かった。
「武器とかだと分かるんだけど・・・困った・・・」
てっきり全部気配で分かると思っていたけど、そうもいかないようだ。小さいものは殺気がないと認識できないようだ。
「はぁ、とりあえずウチ行くぞ。お前、危なっかしいし、行くあて無いんだろ?」
「・・・ん。でも、ぎん・・ときに迷惑じゃ・・」
「迷惑なわけねぇだろ。ほら、行くぞ」
手を引かれて立ち上がり、繋いだまま歩き出す。本当に大丈夫だろうか。繋いだ手に少し力を込めてみると、優しく握り返された。そんな些細なことに、私の頬は緩んだ。
「銀」
「ん?」
「ありがと」
「どーいたしまして」