2001年2月1日
アメリカ合衆国 アラスカ
アンカレジ
2001年2月1日、日米間の戦争であった第二次太平洋戦争は日米講和の成立という形で終戦を迎えた。
この戦争の講和会議はアンカレジで開かれ、講和条約«アンカレジ条約»が締結された。
このアンカレジ条約には以下のことが盛り込まれた。
·ユーコン川以南をアメリカに返還。
·ハワイ王国の独立
·相互安全保障条約の締結
·相互不可侵
·アメリカの大東亜連合への加盟
·貿易の再開
·キューバとの戦争において日米連合軍を結成すること。
·モンロー主義の放棄
·捕虜の返還
·賠償金はなし
·大西洋への日本海軍の派遣
この講和条約が締結されたことにより、日本連邦は中東やヨーロッパへの軍隊の派遣が出来るようになり、ドイツ帝国軍に押されつつある中東戦線において、反攻に出ることが出来るようになる。
2001年2月13日
中東
日本連邦陸軍&オスマン帝国陸軍&アメリカ陸軍vsドイツ帝国陸軍&ロシア帝国陸軍
かばんちゃん視点
2001年2月13日、日土米連合軍はイスタンブールで独露連合軍と衝突した。
戦力はこんな感じ。
日本連邦陸軍
戦車 500台
砲兵 2師団
狙撃兵 6師団
歩兵 15師団
工兵 4師団
オスマン帝国陸軍
戦車 700台
砲兵 4師団
狙撃兵 16師団
歩兵 20師団
工兵 8師団
アメリカ陸軍
戦車 800台
砲兵 3師団
狙撃兵 10師団
歩兵 30師団
工兵 10師団
ドイツ帝国陸軍
戦車 1000台
砲兵 4師団
狙撃兵 14師団
歩兵 35師団
工兵 14師団
ロシア帝国陸軍
戦車 1500台
砲兵 14師団
狙撃兵 16師団
歩兵 60師団
工兵 11師団
(ロシア帝国陸軍のすべての兵器は1960年代のもの。)
どうやら、イタリア軍は北アフリカ戦線にすべて出払っているため、中東戦線にはイタリア軍はいないようだ。
まぁ、そうなったらスエズ運河を越えて、イタリア軍を押し返せばいい。
そもそも、イタリア軍はすごいスピードで撤退しているみたいだ。(笑い)
「戦車部隊、砲撃用意! 目標、ドイツ帝国陸軍。撃てっ!」
ドカーン!
「続けて撃て。」
ドカーン!
3時間後・・・
「独露連合軍は全滅しました。」
「そうか。次はアフリカだ。イタリア軍を倒すぞ。」
「了解!」
この2日後、イタリア軍16師団がチュニスで包囲され、全滅した。
以降、イタリア軍のほぼすべてを北アフリカ戦線に派遣したため、本土のイタリア軍はわずか4師団であった。
この数日後、日本連邦陸軍がフィレンツェに上陸。わずか半日でローマが陥落し、イタリア王国は降伏した。
戦後、イタリア王国はシチリア島を30年間、日本に割譲することとなる。
ドイツ帝国が降伏した後、ドイツ帝国皇帝はどうしますか?
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廃位させる。
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存続させるが、日本の影響下
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存続させるが、政治上の権限を剥奪する