ふと顔を上げる。
それは優しくて…とても悲しんでる匂い。そしてほんの嫌悪が入り交じった不思議な匂いがしたから。
そこには蜘蛛山で出逢った、あの男の人が佇んでいた。
「!!ッ、あなた、は……あの時居た…」
「うん?悪いな、あまり人の顔は見ないから覚えてないんだ。……あぁでも、その気遣い。それは覚えているよ。累が死んだ時にも、同じように庇ってくれた子が居た。君は多分、あの時の坊やなんだろう?ありがとう。その子達も俺の鬼なんだ。すまないが、あまり触れないでくれ」
「っ…貴方は、人間…ですよね…?なんで、」
先程漏らしていた無惨の名前と俺の鬼という台詞。
何よりも、どこまでも人間でしかない彼の匂いに、思わず疑問が口から出てきてしまった。
どうして貴方みたいな人間が、無惨の元に居るのか。
「何故俺が鬼と伴にいるのか。その理由は何か。それに間違いがあるのだとしても、それを教える筋合いはないな」
「!す、すみません…」
彼は上弦の鬼であった二人の遺骨に手を伸ばし、掬って微笑む。俺はバツが悪い顔になって反省すると、彼は面白そうな表情で俺を見つめ、そうだなぁ、と言葉を紡ぎ出す。
「しいていうなら、彼等が愛おしいからかな」
「!」
「鬼は虚しい生き物だよ。ただ道理から外れてしまっただけで、人間である俺と何一つ変わらないのに」
それが憐れで可哀想で、同じだから愛おしいんだ。
うっそりと微笑む彼に息を呑んだ。飲み込まれそうな雰囲気に慌てて視線を逸らすけど、俺と似た考えにどうしても引かれて、彼の言葉に耳を傾けてしまう。
「彼等は確かに悪だろう。だが彼等に触れてみて、彼等と言葉を交わしてみれば、何も変わらない事を知ったんだ。彼等は有象無象の人間と変わらない。変わっていないのに、君たちは可笑しいと言う。その匙加減は誰のモノ?そんなもの、自分次第でしかないだろうに。君が鬼を斬るのは、君の正義と性格と、それに繋がった出来事があったから。俺が鬼と居るのもまた同じこと。それだけの事だよ」
鬼は元々人間だった。
鬼となってから人を襲い、喰らうけど、それはただの食事と変わらない。俺達が食べている、ご飯や魚、肉、野菜なんかと、何も変わらないことをしているだけ。
・・・でもそれは、理不尽に奪っていいものじゃない。俺の家族を殺して良い訳じゃない。禰豆子を鬼にして良い訳じゃない。人を殺して、良い訳じゃない。
俺はそれが許せなくて、悲しくて、悔しくて、だから鬼を斬っている。だから鬼舞辻無惨を追っている。禰豆子を人間に戻す為に。人々の幸せを守る為に。俺自身の為に。
誰にだって理由があるように、この人にもある。例えそれが、鬼を庇護するようなものであろうとも。
「…………わかり、ます…」
「あはは、君は珍しい子だな」
帯を手に取り立ち上がる彼は、俺に対して、禰豆子に対して、ただただ優しい微笑みを向けている。
きっと彼にとって大切な鬼を殺してしまったのに、彼からは死んでしまった悲しみと、諦めにも似た慈しみの匂いしかしない。きっと最初の嫌悪の匂いは、鬼殺隊に対する当然の反応だったんだろう。今はそれすら消えているけど。
彼にも理由があるんだろう。俺に理由があるように。
でも、だからこそ、不思議で仕方ない。
こんなに優しい人が傍に居て、鬼舞辻無惨は何故変わらないんだ?彼を洗脳している訳でも無さそうだし、こうして好きに生かしている。鬼舞辻無惨にとって特別な人間だとでも言うのか。それならば何故何も変わって──いや。
違う……この人が可笑しいんだ。
なんでこの人は鬼舞辻無惨の傍に居れるんだ?なんで鬼達と交流を持って尚、こうして生きていられるんだ?
白衣から覗く優しい瞳は、左眼だけ閉じられていた。それに俺を真っ直ぐ視てるんじゃなくて、もっと他に視点を置いているように思える。さっき言ってたように、この人は俺をきちんと視てる訳じゃないんだ。一体どうして?
……それに、さっきからこの人の優しさは、なんだろう?優しくて、慈しくて…とても心地好い匂いなんだけど、少し怖い。全て平等のようで、どこか間引いていて……。
俺は気がつけば、ただこの人に惹かれていた。
「さぁお帰り。子供がこんな処に居てはいけないよ」
「──そいつぁ聞けねぇ話だぜ。悪いが来てもらおうか。ていうか話してんじゃねェよ竈門炭治郎、捕まえとけ」
「何故あんな剽軽とした輩を見逃せていたのか甚だ理解出来ん、が。敵と仲良く話す隊士が実際に居る時点で頭が痛い。ソイツは捕獲対象だ、これだから若手は…」
「?っえ、…あっ!!」
横から声を上げたのは宇隨さんと…蛇?柱の人だ。
双方に叱られて、彼を見て、俺はそうだった!!と思い出す。彼はそんな俺達を横目にしても動じなかった。
「俺を捕えようと何も結果は出ないよ」
「それを判断するのは貴様じゃない。貴様は大人しく我々に連行され、貴様の知り得る限りの情報を吐けばいい」
「真面目で結構。だが聞いてやるつもりは無い」
「ならば強引にでも聞かせるまでだ」
「おい伊黒、例え鬼とつるんでようが恐らく何の力も持ってないただの一般人だ。手荒な真似でもいいだろうが、俺達への指命はあくまでお館様の前に連行するだけだぞ」
「心得ている。しかし抵抗されるならば多少の事は許してくださるだろう。それに、以前胡蝶までもが取り逃したんだ。その際ほざく口を抑えとくのは当然の事だろう」
対極した位置にいる彼等は、正反対の匂いを纏っていた。
俺は痛みで動けないし、禰豆子が参戦してもどうしようもない。伊黒さんの言ってることは理にかなってるんだろうけど、あの人にそこまでする必要があるんだろうか?
話を聞き流し、帯を撫でていた彼はふと口を開いた。
「ただの一般人…そうで在れば、思考も閉ざしたのに」
「…?」
「生と死に脅かされ、ひたすらに生き続けるのがただの人間であるというなら、きっと俺は人間だ。けれど、人間だと胸を張るには…少し永すぎた。俺はきっと人間だろう。人間で在りたいと思うから。人間で在ればと願うから…でも、それももう潮時やもしれぬ。あまりにも長く長く、永く時に在り続けて、理解せねばと、追い求めなければと、考えれば考えなくてはいけないのに、もう始めの形すらも見失ってしまった。そう在りたいのに、それでなくてはならないのに、きっともう、俺は人の道すらも見失っているんだろうなぁ……君達は、己の形を捉えているか?」
「……何言ってんだぁ?彼奴…」
「ただの妄言だろう。真面目に聞いてやる義理など無い」
「……(違う。きっと、妄言なんかじゃない)」
あまりにも唐突な語りに、揃って不審な顔になる柱。
俺も意味が分からなかったけど、決して惑わせる為に言ってるんじゃないことは、匂いでハッキリと分かった。
俺は意を決して、彼に尋ねる。
「っあの、……貴方の、名前は?」
「…馬鹿か貴様。そんなもの今聞く必要はないだろうが」
「だがあの胡蝶の時も一切話さなかったらしいぜ?毒々しくて相手にしたくなかったと文句言ってたくらいだ」
「だとしても、時と場合による。それくらい読んで然るべきだ。あの隊士はかなり頭が足りてない」
「う!」
「……鬼を連れてる時点で可笑しかったな。っておい、なんでこっちに来る?なにす、っ!?」
「伊黒が燃えたァ!?!」
ね、ネチネチ…!!!
凹む俺を彼はまた見据えて、面白そうに笑った。
「鬼狩りは嫌いだが、君は本当に珍しいなぁ……君ならば忘れないのかもしれない。──特別に教えてあげよう」
「!その…でも俺にだけ教えてもらっても…」
チラリと柱に目を遣ると、恐らく禰豆子に焼毒してもらっていたであろう伊黒さんが睨んでくる。
「……必然的に情報は拡散される。無駄な抵抗はよせ」
「あはは、お前は嫌われっ子だろう?嫌いな子に喜んで話したいと思う子は居ないと思うよ」
「方法は幾らでもある。頭が足りんのか貴様は」
「あぁ、自分が嫌われてるとは自覚していると。確かに人格の悪さを改善しない時点で、僕は相当頭が足りないらしいな。方法は幾らでもあるというが、善人というのはそもそも方法を考えなくても手に入れられるのだよ。その点この子はお利口だ。苦労せず手に入るのだからさ」
「……」
「……ド派手にキレてやがんな。伊黒抑えろー」
ニコニコと微笑む彼に睨む伊黒さん。なんだかこっちにも殺気向けられてる気がするけど、俺悪くないよね!?
恐縮する俺だけど、すっと屈んだ彼にドキリとした。
「少年。俺の名前は──鬼卿。大切な名前だ」
「!」
「少年の名前は?」
「ぁっ、か、竈門炭治郎、です…!」
「炭治郎…炭治郎か。良い名前だ。忘れないでおくよ。──炭治郎も、俺の名前を忘れないでおくれ」
「え?……はい。絶対に忘れません、貴方のこと」
「あははっ、うん。いい子だ」
立ち上がる彼は、何故か悲しい匂いをさせていた。
「ではまたな、炭治郎。死なないように気をつけて」
「──貴様、逃がすとでも?」
「!」
そのまま笑う鬼卿さんに、怒気に満ちた伊黒さんが急接近するのが視えた。殺すつもりでないのは分かったけど、あまりの速さに思わず手を伸ばしてしまうところだった。
「残念。生憎、諸君より場数は踏んでいる」
「!(避けたっ!!)」
「チッ、だが今更ッ」
ベベンッ、と琵琶の音が何処からか聴こえた。
瞬間、鬼卿さんはこの空間から姿を消し去ってしまった。伊黒さんは掴んでいた白布に視線を落とすが、すぐに不快そうに舌打ちをするとその白布をパッと宙に棄てる。
「ハッ。くだらぬ時間だった。小僧、貴様が手に入れた奴の情報は洗いざらいお館様に報告しろよ。虚偽の報告があった場合、即刻処分を下す」
「!はっ、はい!」
「隠がじきに着くが、後始末諸共その体たらくも揃って頼み込むことだな。全く、俺は茶番に付き合わされる為に来た訳ではないんだぞ。最近の奴はこれだから……」
「まぁまぁまぁ」
宇隨さんが伊黒さんを鎮めているのに苦笑しながら、ふと横を見ると禰豆子が丸まって眠っているのに気付いた。
ああ、疲れたもんなと微笑みその頭を撫でてから、軽く周りを見遣る。あんな騒動があったにも関わらず、遠くの方で善逸と伊之助はグースカと寝入っていた。満身創痍で痛々しいけど、充分休めばまたいつも通り騒げるだろう。
「……」
落ちたシミ一つない綺麗な白衣をじっと眺める。
彼が鬼ではないと確信しているけど、人間であるとハッキリ言うには、彼の台詞が引っ掛かって仕方ない。
『あまりにも長く長く、永く時に在り続けて』
『俺は人の道すらも見失っている』
『君達は、己の形を捉えているか?』
嘘なんて一つ混じりもなかった。本当のことしか言ってないって分かるから、尚更彼に惹かれていく。
「…珠世さんは、きっとあの人のことも救ってほしいんだ。だってあんなに優しい匂いをしてるんだから…」
あの人のことは何も教えてはくれなかったけど、最後まで何か言いたげだったのはよく覚えている。
「………よしっ!!」
禰豆子を人間に戻す。鬼舞辻無惨を倒す。
──鬼卿さんの事を知る。
増えた目標に頷き、まずは上弦の陸を倒したことを喜ぼうと、そして更に強くなろうと拳を握り込んだ。
私漫画本持ってないので、頑張って創造しましたよ。
ちゃんと原作には沿ってるはず。
一応書き留めはこれで最後です。
あとは気紛れに続きを……いや、ifとか番外編が主になりますね。
もう完結とか……それがほぼ続きみたいなものになりますから…!
こういうのが欲しい、みたいなネタ提供くださってもよいんですよ?うまく、うまぁく、私好みに改ざんして出しますから。
感想・評価・提供、お待ちしております。ではでは!