ガハマさん、逆行する。   作:あおだるま

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やはり彼女はやり直す。

「はぁ」

 

 それは幾度目のため息だっただろう。

 

 由比ヶ浜結衣は冷蔵庫から缶チューハイを取り出し、一息にあおる。表記されているアルコール度数は9%。濃いアルコールは仕事で疲れた体に染み渡り、ほんの少し頭を重くする。彼女は酒が好きなわけでも、特段強いわけでもない。

 

「プハー!この一杯のために生きてる!」

 

 だが呑まねばやっていられないことも、時にはある。彼女のわざとらしいほどに明るい声が、1kのマンションに空虚に響く。

 

 アルコールを含む息を吐きながら、彼女はクッションに腰を掛ける。ダン、と缶を小さな机に置くと、笑ったあの二人の写真と一通の案内状が目に入った。

 

「ははは……もう、なんだね」

 

 結婚式と披露宴のご案内。

 

 封筒を開くと、二つ折りの手紙の表には達筆な文字でそう書かれている。実にわかりやすく、あの二人らしいと由比ヶ浜は思う。恐らくこれは彼女が書いたのだろう。彼の字は下手ではないが、人に読まれることに配慮したものではない。

 

「手書きって……ゆきのん、やっぱり律儀だし。ヒッキーはこういうのはゆきのんにまかせっきりなんだろな――結婚式開くのだって嫌がったかも」

 

 懐かしむように彼女は遠い目をし、呟く。

 

 なぜか中身を読む気がしなかった。彼女はその二つ折りの案内を開かず、再び封筒に戻す。

 

 祝うべきだ。頭では彼女は分かっていた。大好きな、この世で一番大切な二人が結ばれる。歓迎すべきで、一緒に喜ぶべきだ。そう、喜びたい。心の底から彼女はそう思っている。

 

 でも、見たくない。

 

 それはより心の奥で、理性の外の声だった。

 

「あたし、ほんと嫌な子だ……って、25にもなって『子』はないか。嫌な奴だ、ほんと」

 

 自嘲気味に笑い、酒をあおる。嫌な奴。その響きはどこまでも苦く、反対に甘ったるいアルコールの味が喉にへばりつくように残り、気持ち悪い。

 

 気晴らしに由比ヶ浜はテレビをつける。画面の中の人々は皆楽しそうで、輝いていて。どうも今の自分自身がさも惨めな存在に見えてくる。そう、あの2人を前にした時みたいに。

 

 すぐにテレビを消した。

 

 なんとなく壁に掛けた時計を見ると、時刻は午後9時を回っていた。今日は園児の中に特に迎えが遅い保護者がいたから、仕方なかった。これでも早く上がれた方だ。

 

 スマホに目をやると、二通の着信があった。着信は件の彼女と彼からのもの。

 

 スマホの電源を切った。

 

「はあ、あたしって最低だ」

 

 また自嘲気味に呟いてみる。本当は由比ヶ浜はわかっていた。昔から彼女はそうだった。自分で自分を罰しておけば、自分で自分の弱さを認めてしまえば、誰からも責められない。誰からも悪く言われない。最低な面だって等しく由比ヶ浜結衣であるのに、あたかもそれを異物のように扱う。

 

「ほんと、どうしようもないなぁ」

 

 このままじゃあだめだ、と彼女は思う。ここで自己嫌悪と共に酒をあおっていても、状況は悪くなるだけ。明日も当然仕事があるし、朝は早い。このままの気分を引きずっていては、園児たちにいつも通り笑うことなどできるはずもない。

 

 思うと同時に機械的に体は動く。洗面所で手早くクレンジングを済ませ、シャワーを浴びる。彼女は浴槽に浸かることが好きだが、今日ばかりはそうする気にならなかった。風呂に浸かっても、余計なことばかり考えてしまいそうだった。

 部屋を暗くしアロマポットのスイッチを入れる。クッションに腰を掛けて髪を乾かしていると、また自嘲的な笑みが浮かんでくる。

 

「こんな時のやり過ごし方だけは、うまくなっちゃったな」

 

 短大を出てすぐに今の幼稚園に勤め、早5年。辛いことは向き合うものではなく、やり過ごすもの。辛いたびに涙を流すほど、彼女は子供ではなくなってしまった。涙を許される立場ではなくなってしまった。子供は感情の機微にとても敏感だ。どれだけ辛くても、そんなことを子供たちに悟られるわけにはいかない。

 

「さ、早く寝ちゃお」

 

 時刻は午後10時。就寝には少し早いが、どうせすぐに眠れる気はしない。彼女はベッドの中で眠くなるのを待つことにする。

 1人でベッドに入り電気を消すと、何か世界には自分しかいないような感覚に陥る。気晴らしにスマホでラジオでも流そうかと思うが、すでに電源は切っている。そもそも彼女は今、スマホに触りたくもなかったことを思い出す。

 

 無理やり目を瞑って、布団を被り直す。眠れない気分でも体は仕事で疲れている。思ったよりも楽にまどろみがやってきた。彼女はそれに身を委ねる。

 

 そして意識を手放す瞬間、なぜかあの部室の光景が由比ヶ浜の頭に浮かぶ。暮れかけた陽光が斜めに窓から入り、それが足元を照らす。彼女が淹れる紅茶の匂いが部室いっぱいに広がり、外からは運動部の声が聞こえる。彼はそんな声を疎むように顔を上げ、また本に視線を落とす。

 

 すぐ隣の彼女。少し遠くの彼。間の、私。

 

 一筋だけの涙と共に、由比ヶ浜の意識は途切れた。

 

 

 

「……きて。起きて、起きて!由比ヶ浜結衣」

 

 うるさい。由比ヶ浜はまずそう思った。布団を頭まで被り、駄々をこねる子供のような声を出す。

 

「んー、ママぁ、あと五分……」

「僕は君のママじゃないし、今一人暮らしじゃないか、君」

「もう、もうちょっと寝かせてよぉ。一人暮らしは怒られないのがいいんだからぁ――」

 

 あれ。自分で行っていて彼女は違和感を覚える。そうだ、ここには彼女以外、いるはずがない。

 

 覚醒しかけた頭で、恐る恐る彼女は声の主に目をやる。

 

 そこには真っ白な布を纏った、真っ白な髪の少年がいた。彼女はベッドの上で小さく飛び跳ねる。

 

「だれ!? もしかして迷子? でも外国の子っぽいし、あたし英語苦手だし……って、迷子も何もここあたしの部屋じゃん!」

「……はぁ、うるさいねぇ、君。近所迷惑だよ。お口チャック」

 

 少年は人差し指で口にチャックをする動作をする。すると不思議なことに彼女の口は全く開かなくなってしまう。

 

(なに、この子! っていうかなんであたし話せないの!? 声が出ないってか、口が開かない!)

 

 んー、んー、と唸る彼女に、少年はまあまあと語りかける。

 

「ま、お互い穏便に、仲良く行こうよ。悪い話じゃあないんだからさ」

 

(こんな状況で、いい話も何もなくない!?)

 

「ああ、そうさ。こんな状況だが、これは間違いなく、君にとって飛び切りいい話だ」

 

 不思議な光景だった。声の出ない由比ヶ浜と少年の会話は確かに成立していた。

 

 彼女がそれを不思議に思う間もなく、少年は本題に入る。

 

「人生をやり直せるとしたら、どうする?」

 

 一瞬、由比ヶ浜の瞳が揺れた。

 

 途端に静かになった彼女の言葉を、少年は解放する。彼女は息を吐き、ベッドから降りて少年と目線を合わせる。

 

「……ぷは。あのね、『ぼく君』。どこの子かわかんないけど、勝手に人の部屋に入ってきたりしたらいけないんだよ。おうちは?」

「まあ、そうなるか」

 

 少年が軽く指を振る。

 

 するとベッドの上に白い穴が現れ、そこからまさかの二人が姿を現す。

 

「ヒ、ヒッキーにゆきのん!?」

 

 彼女の理解は追い付かなかった。ベッドに横たわっていたのは、間違いなく元奉仕部の二人。彼らは小さく寝息を立て、そこにいる。手の届くところにいる。

 

 少年がもう一度指を振ると彼らはいずことなく消え、白い穴も消える。

 

 何もかもが、信じられなかった。速すぎる展開に彼女の頭はついていかない。

 

 少年は驚きしきりの由比ヶ浜を見て満足気に微笑み、ベッドに腰を掛ける。

 

「自己紹介が遅れたね。って言っても名前があり過ぎてあれなんだけど――まあ、端的に言えば神だ。今みたいに大体のことはできる」

「夢?」

「夢だと思うならこれで殴ってみようか。今度こそ一生覚めることのない夢が見られることだろう」

 

 その言葉と共に神の腕が二倍、三倍にも大きくなり、拳を固める。それを見て由比ヶ浜は反射的に首を激しく横に振る。

 

 由比ヶ浜は座る神と再び目線を合わせ、園児に言い聞かせるように言う。

 

「わかった、ぼく君が神様だって言うことは、お姉さんよーっく分かった」

「……何もわかっていない気がするけど、まあいいや」

 

 神は目を細くして彼女を見るが、いくつか咳ばらいをし、すぐに大仰に手を広げる。

 

「手短にいこう。さっき言った通り、ぼくは君に機会を与えに来た。人生をやり直す機会を!」

 

 シン。二人の間に重い沈黙が降りる。当然だ。彼女の目の前にいるのが神だろうと、見た目はそこらにいそうな少年。どれだけ大仰に振舞おうと、どこか滑稽に見えてしまう。

 

 しかし彼女は違った。滑稽さから黙ったわけではない。少年が現れた時からそうだった。

 

「やり直すって、どこから」

 

 やり直す。その言葉に、由比ヶ浜はどうしても惹かれてしまう。たとえそれがただの少年の悪戯だったとしても。

 

 神はあまりに長い沈黙に肩を震わせ、顔を赤らめていた。由比ヶ浜の問いに安堵の息を漏らし、答える。

 

「1回に戻れるのは最大1年まで。2回戻れば2年、3回戻れば3年戻ることができる。回数に制限はない」

「……でも、そんなの、ずるい」

 

 彼女の心は矛盾していた。その言葉に惹かれるのに、それを嫌悪する。神は彼女の言葉に幾度も頷く。

 

「ああそうとも、ずるいさ。『人生は一度きり』なんてよく言うけれど、君はその一度の人生すらまだ碌に全うしてない。この時点でやり直しなんて、まさしく人生への冒涜だ」

「そうだよ。だから――」「だから条件がある」

 

 神の言葉に、由比ヶ浜は目を丸くする。呆けた彼女の顔を見て、神はくつくつと喉を鳴らす。

 

「ふふ。君はマルチでもねずみ講でもすぐに騙されてしまいそうだ。これからの長い人生、1つ覚えておきたまえ――うまい話には裏がある」

 

 そう前置きし、神は人差し指を立てる。

 

「1回過去に戻る度に、君は記憶を1つ失う。1年でも1秒でも同じ、きっかり1つだ。最大1年の限界を超え、仮に5年戻りたくなった時は5回分、つまり5つ君の記憶を頂く」

「記憶、を」

 

 言葉を反芻する由比ヶ浜に、神は頷く。

 

「それは昨日の晩御飯のことかもしれない。小学校の時の担任の先生のことかもしれない。君のペットのことかもしれない。大切な友人のことかもしれない。いやいや、もしかしたら」

 

 また大仰に手を広げ、神は片目を瞑る。

 

「奉仕部のことかもしれない」

「知ってるんだね、やっぱり」

「当然、神だからね。何でも知っているさ」

 

 由比ヶ浜は、もうこの少年が神であることを疑ってはいなかった。彼女は1つの疑問を神に問いかける。

 

「……なくなっちゃう記憶に順番とか、パターンとかはあるの?大切な記憶からなくなっちゃう、とか」

「おっと、君らしからぬ的確な質問だ。人生がかかると頭の回転も速くなるのかな、人間というのは」

 

 その言葉に少し彼女はムッとする。これでも25年生きてきたのだ、どう見ても少年である神にバカにされるのは面白くはない。

 

 神はそんな彼女を見て面白そうに笑う。

 

「だがそこはトップシークレット! 神に誓って、僕が口外することは無い」

 

 つまり、僕に誓って。

 

 それは意味があるのだろうか。得意げな顔をする神を前に、由比ヶ浜は激しくそう思った。

 

 神はひらひらと手を振り、一息つく。

 

「さて、僕からの説明は以上だ。注意しておきたいが、選択権は100%君にある。断ったからと言ってここから先、僕が意地悪に君の人生に干渉するなんてことはないから、安心して欲しい。

さあ、選んで。やり直すか、このままの人生を歩むか」

 

 神の問いに、彼女は問いで返す。

 

「もう一つ質問、いいかな?」

「一つと言わず、いくつでも」

「記憶が無くなるって言ったけど、正直あんまりピンと来ないっていうか……忘れちゃった記憶は、もう思い出せないの?」

「そうだよ」

 

 あっさりと神は問いに答える。

 

「君は1つ誤解している。記憶を『忘れる』んじゃなく、『失う』と言ったんだ、僕は。元々存在しない記憶をどうやって思い出すんだい?」

「どんなに大切な記憶でも?」

「親だろうが親友だろうが、例外なく。綺麗さっぱり消え失せる」

 

 ポン、とね。神の言葉で由比ヶ浜の顔は曇る。

 

「さあさあ、他に質問はない?」

「……神様は、なんであたしを選んだの?」

「なに、ただの偶然だよ。気まぐれに人間の願いを叶えようと思ったところに、君が強く願った。それだけだ」

「願った、あたしが」

「そう。何よりも、誰よりも強く。あの招待状が来た瞬間に、君は願ったんだ。意識的にか無意識的にかは知らないけど」

 

 続く神の言葉に、彼女は息をのむ。

 

「『あの時に戻れたら』ってね」

「……あはは、まだそう思ってるんだ、あたし。割り切ったと思ったんだけどなぁ」

「人間はそう簡単に忘れることも、諦めることもできないさ。それができたらこの世はもうちょっと平和で、つまらないことだろう」

 

 慰めるような神の言葉に、少し由比ヶ浜は穏やかな気持ちになる。(神は事実を言っているにすぎないが)

 

「ちなみに、未来に行くことはできるの?」

「できない。私が君に与えるのは、あくまでやり直しの機会のみだ。だから過去に戻る時は慎重に選ぶことだ。やっぱり気に入らないから未来に戻りたい、なんてことは不可能だよ」

「じゃあ、最後に」

「どうぞ」

 

 何よりも真っ直ぐに、彼女は問いかける。

 

「やり直したら、あたしはヒッキーと一緒になれる?」

 

 これが、彼女にとって最も重要だった。彼女の願いも想いも、今はたった一つ。大切なのはそれだけで、それさえ叶えば後は壊れても構わない。いま由比ヶ浜結衣は本気でそう思っていた。

 

 昔はもっと多くのことを願っていた気がする。皆仲良く、ずっとこのまま。青くて酸っぱい、夢のような想いを。

 

 だが所詮、夢は夢でしかない。選ばれる彼女と、選ばれない私。

 

 由比ヶ浜結衣は今、それを知っている。

 

「……ふふ。本当に君は馬鹿で、愚かで、真っすぐだね」

「バカにしてる?」

「いや、そんなことはないさ。それでこそ人間だ」

 

 なぜか嬉しそうに笑う神は、しかし大きく首を横に振る。

 

「残念だけどそれには答えられないよ。神って言っても、万物の運命を見ることができるわけじゃあないんだ――そうだな、ちょうど子供が遊ぶチ〇ロQみたいなものだ。車を用意することはできる。それを引いて動力を与えることもできる。でも車が行き着く先は、分からない。

ただ、一つ言える事実があるとすれば」

 

 神は最も残酷なそれを彼女に突き付ける。

 

「過去に戻れば、君はいくつか記憶を失う。比企谷八幡が君の記憶から失われる可能性だって、充分あるんだよ」

「わかった」

 

 だが、彼女の返答に時間はかからない。

 

「神様。あたし、やり直す」

 

 由比ヶ浜の目は神のその先。過去と未来に向かっていた。

 

「……へぇ。意外だな」

「え、や、やっぱだめ?」

 

 低い声で顎を触る神に、由比ヶ浜は慌てて問う。

 

「いや、少し驚いた。君は能天気なようで、常人よりもバランスや道理を大切にする。それに酷く臆病でもある。大切なものを失う可能性を提示したら、最後には断る確率の方が高いと踏んでいたから」

 

「……怖いよ、そりゃ。今までの25年の人生がなくなっちゃうかもしれない。出会った人たちとの思い出が、いっぱい頑張ってきたことが、楽しかった記憶が無くなっちゃうかもしれない。それがあたしは怖い。

それにずるいって思うのもそうだよ。皆今を必死で生きてるのに、あたしだけ過去にいって今を変えようとしてる。ずるくて卑怯で、汚い」

 

 でもね。彼女は消え入りそうな、泣きそうな笑みで一言絞り出す。

 

「ヒッキーの記憶から消えることの方が、もっと怖い」

 

 それきり彼女は黙ってしまった。

 

 神はただ待っていた。彼女が再び話すまで、辛抱強く。

 

 時計の秒針を刻む音がうるさくなってきた時、ようやく彼女は切り出す。

 

「あの案内状が来た時、二人の幸せそうな写真を見た時、思ったの。ああ、あたしはこれから、二人とは別々に生きていくんだなって。このままフツーに働いて、フツーに遊んで、もしかしたらフツーに結婚して。でも相手は当然ヒッキーじゃなくて。ヒッキーはゆきのんと一緒に、二人にとってのフツーの人生を歩んでいく。フツーに家事をして、フツーに子供が生まれて、フツーに家族で出かけて、フツーに幸せで」

 

 普通。その言葉は時に酷く曖昧で、利己的だ。普通なんて個々人の感覚の問題でしかない。

 

 だが彼女はその嘘を、欺瞞を繰り返す。

 

「それでいつかあたしは、フツーに二人の記憶から消えていくんだ。別にいなくなるわけでも、忘れられるわけでもなくて。ただ二人にとってあたしはアルバムの片隅だけに存在して、段々印象が薄くなっていって、声も、顔もよく思い出せなくなる。

それが急に怖くなった」

 

 つかえながら初めて吐き出した言葉は、彼女自身醜いと思えるものだった。ああ、自分勝手もいい所だ。選ばれなかった女がみっともなく駄々をこねている。汚くて卑怯で、傲慢。

 

 だが、その想いは真実だった。

 

「だから、やり直す」

 

 神は彼女の言葉を正面から受け止め、問い直す。

 

「そのために君は道理を歪めるのも厭わないのかい?」

「うん」

 

 卑怯でもずるくても、彼女は彼の隣に立つと決めた。

 

「君は雪ノ下雪乃から比企谷八幡を奪うことになる。今の彼女の位置に収まろうとしている。その自覚はあるかい?」

「うん」

 

 酷いことをすることになる。彼女は一番の友から大切な人を奪う。そんなことは分かっていた。

 

「もう一度だけ聞く。一回のやり直しで、君は比企谷八幡の記憶を失う可能性だってある。そうなればやり直しも今までの人生も、一瞬で無駄になるかもしれない」

 

 覚悟は、あるかい?

 

 神は最後に、そう聞いた。

 

 しかしそれは問いですらなく、問題ですらなく。

 

「うーん、それは最初っから心配してなかったかな」

 

 この碌でもない奇跡の夜に、初めて由比ヶ浜結衣は綺麗に笑う。

 

「何回忘れたって、何回目の人生だって。きっとあたしは、何回でも同じ人を好きになる」

 

 バカだから、あたし。

 

 彼女の言葉に神は顔を伏せる。その表情は夜の闇も相まって、とても推し量れない。

 

 しかし次の瞬間、部屋の中を眩い光が満たした。

 

 神はバッと顔を上げ、やはり大仰に手を広げる。

 

 その顔は、心の底から喜ぶような、輝かんばかりの、少年の笑顔だった。

 

「――由比ヶ浜結衣! 君の覚悟、しかと聞き入れた! ここに人生をやり直す機会を提供しよう!」

「わわ、なにこれ! ど、どうしちゃったの私の部屋!?」

 

 光と共に部屋の中のものは消え失せ、学校の休み時間、仕事場の幼稚園、実家の食卓。様々な光景が現れては消える。

 

「時間流だ。君の頭で理解できるわけないから詳細は省くけど、ここからあらゆる時間を選択することができる。君はそれに飛び込めばいい。選択する時間は――」

「――9年前の、入学式の朝」

「物語の始まりの時、だね」

 

 彼女に迷いはなかった。全てはそこから。あの朝から始まったのだ。

 

「では契約に則って9回分、つまり9個君の記憶を頂くことにする。次に会うのは君がまたやり直したくなった時だろう。当然その時も記憶を頂戴するけど」

「……ね、ねえ、その記憶って、君が選んで消したりしてるわけじゃ、ない、よね?」

 

 記憶を失う。改めて聞くと、その響きはいかにも不吉だ。不安になる彼女に、神は片目を瞑って答える。

 

「トップシークレットだ」

 

 時折あった神の片目を瞑る動作が下手過ぎるウインクだったとわかったのは、実家のベッドで目が覚めた時だった。

 




どうも、あおだるまと申します。この度は拙作を読んでくださりありがとうございます。感謝カンゲキ雨嵐です。雨アラレだっけ?

ここから多少の原作のネタバレを含みます。ちゅうい!わーにんぐ!最終巻まで読んだよって人だけ、気が向いたらお読みください。





さて、元々私はssでガハマさんのことを書く気はありませんでした。というか、メインヒロインの二人を書く気はありませんでした。だってそもそもこの二人のことは原作者様が書いてくれるし。
でも原作がああいった形で終わり、昨日酒飲みながら俺ガイルアンソロを読み、その後シャワー浴びてる時に、私は思いました。

「ガハマさんェ……」

どれだけ綺麗に原作が終わっても、思っちゃうものは思っちゃうんです。私はどこか八幡は二人のどちらも選ばないと、そう決めつけていたところがありました。だからより思っちゃいました。
でも原作が綺麗に終わったことも事実です。原作の枠組みの中でガハマさんとヒッキーのハッピーエンドを書くのは、ちょっと難しい。だからこういう形になりました。

この作品は、私のssの中でもちょっと特殊です。まず初めての三人称視点。別に考えて書いたわけではありません。何となく気づいたらこうなっていました。おかしなところがあったらバンバン指摘いただけると助かります。
そして初めての逆行もの。うーん、大丈夫かなまじで。勢いで書いてしまいましたので、大枠は決まっていますが細部を詰められていません。ほどほどに頑張って書いてみようと思います。

まあ言いたかったことは、「色々不都合あるかもしれないけど我慢して読んでくれたら嬉しいよ☆」ってことです。はい。

では、よろしければ次話で。
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