弱くてニューゲーム   作:双子うさぎ

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ある超能力者の話

 

 彼には世界がひどく陳腐なものに見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 

 辺りに光はなく、暗闇に包まれていた。

 虫の音一つしない静寂の中。

 唐突に光が浮かび上がる。

 柔らかな薄明かりに照らされ、周囲の様子が露わになっていく。現れたのは異様な雰囲気を発する廃屋だった。コンクリート造りの三階建ての建物で、玄関の壁には「○×病院」の文字が彫られている。

 廃墟の前で佇む人間が一人。

 光源を揺らしながら、そびえ立つ廃病院を見上げる。

 

「……ここが噂の場所か」

 

 死んだ魚のような目が印象的な男だった。

20代半ばに見える長身痩躯。灰色のスーツを着こなし、一見すれば会社帰りのサラリーマンのように見える。

 しかし彼の手には鞄はなく手ぶらだった。

 何より普通の会社員が深夜の廃病院に一人きりでいるわけがない。

 男は眠そうにあくびをしながら、廃病院の敷地内へと足を踏み入れる。

 立ち入り禁止の看板を無視し、玄関の扉を開く。

 建物内へ入った途端、前触れもなく男の周囲で小さな破裂音と共に青白い火花が散る。

 

「静電気か?」

 

 男が訝しげな声を上げたときだった。

 ちょうど男が立っている場所の真上、頭上の天井から突然に。

 

 ”~~~~~!!”

 

 判別不能な言語を喚き散らしながら、何かが出現した。

 それは人の形をした真っ黒な化け物。胴体部分は人間と変わらないが、頭部が胴体の2倍もある。歪に膨張した顔に目も鼻もない。ただ一つだけ口だけはあった。

 人一人丸飲みできそうな巨大な口が。

 鋭く尖った歯を剥き出しに、大口開けた化け物は獲物めがけて襲いかかる。

 化け物の叫び声に反応して、天井を見上げた男は、化け物を視認する。

 

「あー……これはダメか?」

 

 棒立ちになったままその場から動くことをしない。

 化け物の口が男を飲み込かけた時。

 閃光が迸り、大きな破裂音が周囲に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂塵が朦々と舞い上がる中、旋風が生まれ視界が開けてくる。

 さきほどまで確かにあったはずの病院はなく、後には瓦礫の山ができあがっていた。

 旋風の中心には、先ほどの男が立っている。

 男の周囲にはいくつもの光球が浮かんでおり、周囲を照らす電灯の役割を果たしていた。

 大きくその場で伸びをした男の体が宙に浮く。

 男の体はどんどん上へ上がっていき、病院を見下ろすほどの高さまであがる。

 

「やっぱりこうなるか。まあ、人の言葉話せない時点で怪しかったもんな」

 

 やる気なしに自身の頭をかきながら、ため息をつく。

 ため息が吐き出されたタイミングで、男の周りに散らばった瓦礫の山がぶわりと一斉に浮かぶ。

 残像が見えるほどの凄まじい速さで瓦礫が空を飛び交う。

 

「今回もハズレか。期待してたんだけどな」

 

 映像の巻き戻しのように、瓦礫が元の建物へ姿を変えていく様を退屈そうに眺めながら、男は大口開けてあくびする。

 さらに二回ほど男があくびをした頃には、全てが元通りに直っていた。

 

「……帰って寝るか」

 

 足下にみえる病院を男は暫し眺めるも、興味を失ったように病院から目をそらし、一言ぽつりと呟く。

 

「……つまんねー」

 

 男の姿は一瞬ブレた後、忽然といなくなった。

 同時に光源も男と共に消失し、周囲は再び闇に包まれる。

 最初から何もなかったかのように、男がそこにいた痕跡は全て消えた。

 

 

 

 

 

 

 高層ビルの最上階にあるスイートルーム。

 全面ガラス張りになったその部屋は360度、外の光景がよく見える。

 暗闇に浮かぶ人工の光の群はさながら天の川。

 しかし部屋にいる者は美しい夜景をみていなかった。

 巨大なベッドに寝っ転がり、何もない白い天井をぼーっと眺め続けている。

 俺は何をやってるのだろうか。

 一人自問自答しながら、悶々と何か考え込んでいる。

 

「……はあ」

 

 自分の納得いく答えは見つからなかったらしい。

 陰鬱なため息をついた後、灰色のスーツを着たままの男は緩慢な動作で上体を起こした。

 ボリボリと自身の頭を掻きながら、ベッド脇に備え付けてある冷蔵庫の扉を開き、水入りペットボトルを取り出す。

 一緒に入ってたガラスコップも手に取った男は、ペットボトルの水をコップに注ぎ始めるも、ふとした拍子で、男の手からコップが滑り落ちる。

 水の入ったガラスのコップは床にぶつかる直前、弧を描くように浮き上がった。

 コップからこぼれた水も大小様々な丸い球となり、コップと一緒に空中遊泳している。

 まるで無重力空間のように。

不可思議な光景に男は驚くことも感動することもない。

 何故なら目の前の現象は、男にとって見慣れたものだった。

 男の手の中にコップが収まり、こぼれた水もコップの中へ吸い込まれていく。

 そして何事もなかったように、コップを傾け水を飲む。

 

 

 男の名前は霊幻新隆。

 彼の正体は会社員でも富豪でもない。

 生まれつきの超能力者、ナチュラルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超能力を発揮したのは、彼が生まれてすぐのこと。

 彼は産声をあげるのと同時に、あらゆるものを宙に浮かした。

 医療器具、椅子、棚、母親や医者、看護師たち。

 病院の中だけでない。

 その日、世界は地上にある全てのものが宙に浮かぶという、前代未聞の超常現象に見舞われた。

 当時を知る人がいうには、世界滅亡の前触れだの根拠もない噂があちこちで飛び交い、世界中が大混乱になりパニックだったという。

 さて、世界全てのものを一時的に浮かすという、とんでもない力を発揮したこの赤ん坊。

 赤ん坊の持つ力はサイコキネシスだけではなかった。

 自力で満足に動けず、喋ることもできない赤ん坊は、声をあげて泣くことで自分の存在を周囲にアピールし、自らの欲求を満たそうとする。

 しかし霊幻新隆は他の乳児と違い、泣いたりしなかった。

 なぜなら。

 

 ”お腹すいた”

 

 ”抱っこしてほしい”

 

 ”ねむい”

 

 これの欲求を直接伝えることができたから。

 それも自分の近くにいる大人の脳内へ直接テレパシーで。

 たちが悪いことに飛ばすのはテレパシーだけではない。

 確実に自分の要求が通るように催眠波もテレパシーと一緒に流すのだ。

 今も発したテレパシーと催眠波を受信した大人が、甲斐甲斐しく赤ん坊の世話をしている。

 常に快適な状況に、赤ん坊はご満悦した様子で笑っていた。

 周りにいる大人は自分の世話をみてくれる都合のいい存在。

 世話をしてくれるのなら、親でも他人でもどうでもいい。

 ”親が我が子に与える無償の愛”など、超能力を使えばいくらでも誰からでも好きなだけ作れるのだから。

 倫理観、道徳。

 そんなもの、生まれて間もない赤ん坊にあるはずもない。

 あるのは本能的な欲求のみ。

 それが満たされるためなら手段は問わない。

 別にこの赤ん坊に限った話ではなく、他の赤ん坊だってそれは一緒だ。

 ただその手段が泣くか超能力の違いだけである。

 もっともその違いが決定的な差だったが。

 こうして赤ん坊は一度も泣くことなく、すくすくと大きくなっていった。

 乳児の時点で既に言葉を覚えるより先にテレパシーを使い、歩く前に自身の体を浮かして空を飛ぶことを覚えていたが、成長し自我がはっきりしてくると、より頻繁に超能力を使うようになっていく。

 周りのもの全てが遊び場であり玩具そのもの。

 自分に備わった強大な超能力を使ってやりたい放題だった。

 道路を走る車を次々に浮かせ、玩具のミニカーのように遊んだり。

 またあるときは、映画に登場した空中都市を真似して、調味市丸ごと空中に浮かせた。

 しかしどれだけはた迷惑な行動しても。

 人々は蜘蛛の子散らすように逃げるだけで、誰も叱ったり注意しなかった。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに、周りの大人は知らんぷり。

 桁外れの力を持った子供の悪戯を注意できる大人は一人もいなかった。

 誰からも注意されず、野放し状態の子供の行動はさらにエスカレートしていく。

 

 その結果ーー

 

 

 

 

 

 

 学生服を着た少年が何やら熱心に本を読みながら横断歩道を渡っていく。

 歩行者信号が赤色でも気にせずに。

 信号無視した少年に向かって、けたたましいクラクション鳴らしながら大型トラックがつっこむ。

 激しい衝突音が周囲に響きわたる。

 遠巻きに眺める野次馬のざわめきと遠くで聞こえる救急サイレン。

 無惨にひしゃげた車体は横倒しになり、タイヤが空回転していた。

 一方、トラックにぶつかったはずの少年はというと。

 

「へえ、こんな力の使い方もあるのか」

 

 全く意に介してなかった。

 トラックをバリアではじき返した少年は周囲を気にする様子もなく、本を読み続けている。

 ちなみに手に持ってる本は異能者バトルマンガ。

 

「試してみるか。お、これも面白そう」

 

 気になるページを見つけては、嬉々としてペンでマークをつけていく。

 彼は自らの超能力を開発、訓練することにハマッていた。

 ただ物を浮かせるだけでなく、様々な使い方を模索し研究する日々。

 なお参考にしたのは、映画や漫画などのフィクション、創作物だった。

 面白そうだと思えば挑戦してみて、会得していく。

 人の身に余るほどの強大な力を持った少年。

 力に振り回され苦労する日々を送ってる思いきや、この少年、  自分の力を完全にコントロールしており、暴走させたことは一度もなかった。

 漫画の中にでてくるあらゆるタイプの超能力も、見様見真似ですぐに自分のものにしてしまう。

 何でも器用にこなし、特に応用力は突出して優れていた。

 今も本片手に、新たな超能力を開花させ発動させている。

 霊幻の掌に浮かんでるのはゴルフボールサイズの黒い球。

 

「楽勝」

 

 ニヤリと笑った後、用なしといわんばかりに、作り出した黒い球を乱雑にポイとその辺に放り投げると、その場から一瞬で姿を消す。

 少年がいなくなり、後に残ったのは黒い小さな球のみ。

 ふよふよと風に揺られるシャボン玉のごとく、頼りなげにゆっくりと地面へ落下していく。

 チョンと地面に接触するや否や、黒い球は弾け、凄まじい圧力が 周囲一帯に広がる。

 数秒後、地面には数百メートルにわたって、巨大なクレーターができていた。

 

 

 霊幻新隆。

 

 彼は”超能力の天才”だった。

 

 

 

 

 テレポートで自宅に戻った霊幻は、鞄をひっくり返し中身を床の上にぶちまける。

 教科書やノートの他に広がるは、バラバラと散らばるあらゆる超能力に関しての書籍やコピー。

 学校の教科書やノートに目もくれず、超能力関連のものだけを拾い上げ、軽く目を通して用済みと判断した資料を片っ端からパイロキネシスで燃やしていく。

 その途中、参考資料に紛れて、一枚の紙が滑り落ち、霊幻の目に映った。

 超能力で浮かせ、自分の眼前まで持っていき確認する。

 それは”進路希望用紙”。

 学校のHRで担任から配布されたものだった。

 第一希望、第二希望、第三希望がかける大きな欄が設定され、欄の中に文字は何もかかれていない。

 霊幻は小馬鹿にしたように鼻で笑いながら、紙を指ではじく。

 弾いたのを合図に、紙が一気に燃え上がった。

 灰すら残さない高温で焼き尽くすと、霊幻はベッドに寝っ転がる。

 将来の進路?

 霊幻の口の片端は歪にあがっていた。

 放課後、教室内で将来について、色々話してクラスメートたちを遠目で眺めながら、そのとき霊幻は内心嘲笑していた。

 周りの連中は進学だの就職だの色々言ってるが、そんなの俺には関係ない。

 普通の人生なんてまっぴらごめん。

 クツクツと声をあげながら、ベッドの上で一人、霊幻は笑い続ける。

 自分には輝かしい未来が待っているのだと、疑うこともなく。

 

 

 学校卒業と同時に、霊幻新隆は調味市から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊幻がまず最初に目指したのは「世界最強の超能力者」。

 超能力研究で異能者バトルマンガを多くみた霊幻は、マンガの主人公や他のキャラに強い憧れがあった。

 世界最強になろう。

 そう一念発起した霊幻は武者修行という名目の世界旅行をはじめる。

 どこかに超能力者がいると聞けば、テレポート使って飛んでいき、また超能力者の情報がないときは、全世界に超能力者だけがキャッチできる思念をとばして、反応あった場所へ片っ端から当たっていくなんて無茶苦茶なこともやって、出会った超能力者に片っ端から勝負を持ちかけた。

 色々な超能力者たちと熱いバトルを繰り広げ、互いに切磋琢磨し強くなっていく。

 そんな熱い展開を期待してた霊幻だが、現実は全く違っていた。

 誰も自分と勝負してくれない。

 霊幻と顔を合わせた瞬間、皆が一様に顔色を変え、戦意喪失してしまうのだ。

 他の超能力者たちは霊幻の纏うオーラで自分との圧倒的な実力差を悟り絶望し、戦う前から白旗をあげる。

 特に力が強いとされる超能力者ほど、霊幻のチート的な強さに気づき無謀な戦いを避ける傾向が顕著であった。

 そのため勝負の結果はいつも霊幻の不戦勝。

 まれに霊幻の勝負を受けたり、奇襲しかける者もいたが、それらは霊幻の実力すら見極められない雑魚でしかなかった。

 

 結局、特段、激闘を繰り広げることなく、霊幻新隆は「世界最強の超能力者」になった。

 

「……なんか違う」

 

「世界最強」の称号を得ても、霊幻の心には空しさしか残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き抜けになった巨大ホールに多くの超能力者たちが集まっていた。

 皆が一様に頭を下げ、その場に跪く姿はまさに圧巻の一言に尽きる。

 そんな彼らを見下ろすように、数段高い場所から豪奢な椅子に座ってる若者が一人。

 頬杖をついたまま、自分の部下たちを眺めてる。

 傲岸不遜の態度で椅子に腰掛けてるのは「世界最強の超能力者」。

 霊幻新隆の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 世界中をまわり、名実ともに「世界最強の超能力者」となった霊幻新隆がが次に目指したのはーー「世界征服」だった。

 強い超能力者探して世界中旅した霊幻は、はたと気づいたのである。

 俺より強いやつがいないなら「世界征服」……楽勝じゃね?

 思い立ったら吉日とばかりに、霊幻はその場の勢いとノリで「世界征服」をはじめる。

 世界中に洗脳波を流してはい終了。

 ○月×日■時△分、霊幻は「世界征服」を成し遂げた。

 全世界の人間すべて、俺の思うがままに動かせる。

 フフンと自慢げに鼻を鳴らした世界の支配者、しかしその上機嫌も長くは続かなかった。

 額にしわを寄せ、頭を抱え込む。

 

「……なんか違う」

 

 マンガの悪役がやる「世界征服」ってのはもっと大がかりで壮大なものである。

 こんなお手軽簡単三分クッキングみたいに完了させるのダメダメ、よしやり直そう。

 全人類にかけてた洗脳を解いた霊幻は二回目の「世界征服」へ向けて準備を始めたのだったーー。

 

 

 

 二回目の「世界征服」のため、霊幻はこれまで会ってきた超能力者たちに再コンタクトして、スカウトをしだす。

「世界征服、一緒にやってみないか」と。

 多くの超能力者たちは、この誘いに乗った。

 それができるだけの力をこの男が持ってることを知っていたから。

 中には誘いを断る者もいたが、大多数は霊幻と共に「世界征服」することを選んのである。

 かくして「世界征服を目指す超能力者集団」がここに誕生した。

「世界征服」計画は順調に進んでいく。

 なにせ世界の超能力者の大半がこの「組織」に所属しているのだ。

 並の人間が束になってかかっても、超能力者に勝てない。

 あるときは町を占拠し我が物顔で闊歩し、またあるときは大国の首脳を拉致し無茶な要求を呑ませたりなどやりたい放題。

店を襲撃し金品を奪ったり、気に入らない人間を超能力で痛めつけたりと、私利私欲のために力を行使していた。

 なお、組織運営に関しては、トップの霊幻は関与していない。

人事や仕事振り、計画など諸々全て部下たちに丸投げし、自身は豪奢な椅子にもたれかかったまま、千里眼で「世界征服」計画を遂行するメンバーを観察していた。

 地面を這う蟻の群を観察するがごとく。

 

「超能力を持ってない人間など生きるに値しない!我々”選ばれた特別な人間”がこの世界を征服し支配すべきなのだ!」

 

 車を凹ませ破壊しながら、怯える民衆たちへ得意げに演説している部下たちの光景を暫し観察してた霊幻は、ため息をつく。

 

「……なんか違う」

 

 思い描いてた「世界征服」と。

 もう一度ため息をついた後、霊幻はテレポートを発動させその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 廃墟と化した街の中心にいた人々は凍り付いたようにその場から動けずにいた。

 街を占拠していた略奪者たちが演説してた最中、突如空から何か出現する。

 ゆったりと地上に降りてきたのは人間、明るい髪をした青年だった。

 救世主でなく、新たなる略奪者かと誰もが絶望にうちしがれたそのときだった。

 事態は思わぬ方向へと動く。

 突然現れた青年がこの街を占拠してた超能力者たちへ向けて手を翳した瞬間。

 超能力者たちが吹っ飛ばされた。

 勢いよく近くのビルに衝突し、轟音と共に民衆たちの視界から消える。

 状況が飲み込めずにざわめく民衆たちをよそに、青年は肩をすくめ空を仰ぎながら、ぼそりと一言呟いた。

 

「やーめた」

 

 その声に合わせて、巨大な旋風が青年を中心に巻き起こり、渦巻いたそれは周囲へ広がっていき街すべてを飲み込んでいく。

 街の住民たちは咄嗟に目を瞑り、身を守るためうずくまるがいつまでたっても衝撃がこない。

 訝しげに思いつつも、おそるおそる目を開けた先に見えたのは。すべてが元通りになった、見慣れた町並みが広がっていた。

 

 

「本当……つまんねえ」

 

 アジトへ戻った霊幻は豪華な椅子に座ったまま瞑目し、本日何度目になるか分からないため息をつく。

 なにもせずみてるだけの状況に嫌気がさしてきた。

 

「潮時だな」

 

 

 

 

 

 

 部屋に「飽きた」とだけ書いたメモ一枚だけを残して、霊幻は「組織」のアジトから姿を消した。

 ボス自ら「組織」を抜け出すなど前代未聞の出来事だろう。

 その後、「組織」が「世界征服」をどうしたのか。

 ボスがいなくなったのなら、「組織」は自然消滅?

 それとも他の奴がボスになって続けるのか?

 組織を抜けた霊幻にとって、もはやどうでもいいことである。

 ただ一つ霊幻が学んだこと。

 

 他人任せの「世界征服」は面白くなかった。

 

 その事実のみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「組織」のボスを辞めて、一人になった霊幻はふらりと生まれ故郷の調味市へと戻ってきた。

 特にあてもなく町中をぶらぶらと歩いていくうち、ふと立ち止まる。

 街路樹の前で、小さな女の子がジャンプしていた。

 ピョンピョンと跳びはね、必死に上へと手を伸ばしてる。

 木の枝にはピンクの風船が引っかかっていた。

 

「……」

 

 無言で風船に向けて手を翳す。

 フワリと風船が独りでに浮き上がり、ゆっくりと下に降りていく。

 自分の手元まで引き寄せた霊幻は、目を丸くして驚いてる女の子に

 

「ほらよ」

 

 ぶっきらぼうに風船を手渡した。

 普段の霊幻なら、他人のためなんかに動かない。

 この行動はただの気まぐれだった。

 しかし。

 

「ありがとう!」

 

 パアっと満面の笑みで女の子にお礼を言われたとき、ストンと何かが腑に落ちた。

「ああ、俺が求めたのはこれだ」と。

 そうか、なんだそうだったんだ。

 

 俺はーー「ヒーロー」になりたかったのか!

 

 

 新たな人生目標をみつけた霊幻は、瞬間移動、テレポートを使って世界各地を巡り始めた。

 

「ヒーロー」、それは悪と戦う存在である。

 

 これまで培ってきた超能力を駆使して、「世界最強の超能力者」は「正義のヒーロー」として活動した。

 マフィアがいるアジトを丸ごと消滅させたり、贈賄なんかやってる政治家を洗脳して悪事をテレビの前で吐かせ。

 他にも紛争地域では常に弱い者の味方をし、民衆苦しめる独裁者はやっつける。

 世の中は悪に溢れており、戦う相手に困ることはなかった。

 たとえ表向きは善人ぶっても、テレパシーで心を読めば裏の悪事なんてすぐわかる。

 せっせと悪人退治してるうち、霊幻の活動は人々の間で話題になった。

 霊幻がどこかで悪人退治してると、その様子がネット上にあがり、人々から賞賛されたのである。

 マスコミにもとりあげられ、一躍有名人になった霊幻はまんざらでもない表情でテレビの取材に応じた。

 これで俺は「人とは違う特別な存在」になれたんだ。

 空虚だった霊幻の心は満たされ、幸せの絶頂にいた。

 しかしその絶頂は長く続かない。

 どれだけ悪人退治しても世の中から「悪」がなくならないのだ。マフィアのアジトを一つ壊滅しても、別の場所にまた新たなアジトは生まれ、汚職政治家は牢に入ってもすぐに釈放され元の政界へ帰ってくる。

 紛争地域で肩入れした勢力は一時的にその地域で支配側になっても、長くは維持できず内部崩壊して消滅した。独裁者が消えた後、その国が辿る未来は新たな独裁者の誕生か、泥沼の内戦。

 これでは鼬ごっこ、きりがない。

 どうしたものかと、内心ため息つきながらも、テレビの取材を受けてた時だった。

 周囲から悲鳴があがる。

 なんだ?

 一体何事かと声のした方へ顔を向けると、大振りのナイフ構えて男が突進してくる。

 

「死ねえ!!」

 

 叫びながらナイフを振りかざし、霊幻へ突き刺そうとする男に対し、狙われた本人は平静そのものだった。

 

 

 

 

「ああ、すみません。話の途中で。ええと、何の話でしたっけ?」

 パンパンと服の埃を払い、一息ついた後、霊幻はにこやかな笑顔でキャスターに話しかけるも。

 

「ひっ……!」

 

 キャスターは何故か青ざめた顔で、後ずさりして霊幻から距離をとっていた。

 どうしたんだ一体?

 訳がわからず首を傾げる霊幻の耳に、声が聞こえた。

 野次馬の一人が呟いたその声が。

 

「なにも殺すことはないだろ」

 

 その声を皮切りに、人々の声があがる。

「みたか?あんな簡単に人の体を……」

 

「怖すぎる、なんだよあれ」

 

「人殺しだ」

 

 こいつら、何言ってるんだ?

 さっきまで俺のこと「救世主」とか「英雄」って讃えてたのに。

 殺されそうになったからやり返しただけだろ。

 フツフツと沸き上がる怒りの中、霊幻はその言葉を確かに聞いた。

 

「化け物」

 

 プツン。

 

 その日、霊幻は「ヒーロー」から一転、「大量殺戮者」となった。

 

 

 

 

 テレビの前で大失態やらかした霊幻は、すぐさま超能力を使ってテレビ中継映像を抹消し、偽装工作をしようと考えた。

 しかし。

 

「……」

 

 結局何をするでもなく、そのまま現状を放置し、霊幻はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 その後「ヒーロー活動」は辞め、人の多い場所へ行かなくなった。

 代わりに足を運ぶようになった場所は、「人外」の存在が噂される呪われた心霊スポット。

 同じ”化け物”なら、話が合うかもしれない。

 そう期待しつつ、禁断地へ足を踏み入れ、人ならざる者に会いへ行く。

 しかし大概はガセ情報ばかりで、滅多に遭遇することはなかった。

 稀に本物がいたとしても、”化け物”だからか自我がほとんどなく無差別に人を襲う奴らばかり。

 

「……つまんねえ」

 

 心霊スポット巡りは長続きすることなく、すぐに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 拠点に使用してるホテルの一室で、霊幻は一人目を閉じ嘆息する。

 

 結局、俺はなにものにもなれなかった。

 

 カチカチと時計の音が聞こえる。

 周囲に人の気配は感じない。

 誰もいないのだろう。

 ホテルの中だけじゃない。おそらくこの街の中全員待避してるんだろうな。

 ゆっくりと口の両端が持ち上がる。

 核爆弾投下、5分前。

 既に感知していた。

 俺を抹殺するために世界が動いてることに。

 4分前。

 街全体を包むようにバリアが張られており、バリアの外側にはうじゃうじゃと人が配置されてる。

 全員武装してる兵士か超能力者ばかり。

 俺が逃げないための措置か。

 3分前。

 それでもこの場を切り抜けるのは難しくない。

 核爆弾食らっても「世界最強の超能力者」の俺がバリアを展開すれば余裕で生き残るだろう。

 2分前。

 でも俺は何もしない。

 もうどうでもよかった。

 これ以上生きても面白いことはないだろう。

 1分前。

 世界中飛び回り、また特別な存在になりたくて、色んなことをやってみた。

 でも。

「世界最強の超能力者」になっても仲間はできず、孤独でつまらなかった。

「世界征服」しても達成感はまるでなかった。

「ヒーロー」になってみても俺は「本物」になれなかった。

 10秒前。

 一体何がダメだったんだろう、何が間違ってたのだろう。

 5秒前。

 わからない、誰も教えてくれなかった。

 1秒前。

 ああ、そうか俺はーー

 0秒。

 全てが真っ白に染まり、そしてーー何も感じなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、俺の人生終わったのはいいんだが、どうなってるんだよ。

 真っ白な天井を見上げながら、心の中でぼやいてる。

 ぼやけた視界の端に写るのは、小さな小さな手。

 俺の意志で握ったり開いたりを繰り返してる。

 そう、今の俺は生まれたばかりの赤ん坊になっていた。

 この状況はつまりあれだよな?

 前世の記憶を持ったままの転生。

 まさか本当に来世があるとは思わなかった。

 それもまた同じ”霊幻新隆”とか……いやなんでだよ。

 周りにいる大人たちの会話から、自分が「霊幻」の子供だと判明したのだ。

 「霊幻」という名字はそうあるものじゃないし、俺が「霊幻新隆」なのは間違いないだろう。

 ……俺、ゲームは二週目しない派だって言うのに。

と嘆いたところで仕方ない。

 腹も減ったし、食い物……ミルクよこせ。

 そうテレパシーで指示を送った。

 すぐにでもほ乳瓶持った看護師がくるだろうと思っていたのだが。

 ……あれ?

 誰も反応しない。

 念を送ったはずなのに、俺の目の前を何事もなかったように看護師が通り過ぎていく。

 力弱くしたかと気を取り直して再度強く念じる。

 だがしかし。

 またも別の看護師が素通りしていった。

 え、どうなってんだよ。

 仕方ない、こうなったら自分で取りに……へ?

 テレパシーを諦めて、念動力で自分の体を浮かそうとするも、体が全然持ち上がらない。

 え、なんで、嘘だろ!?

 何度も何度も念じてみるも、結果は変わらずじまい。

 訳がわからず、頭の中がパニックになった俺は。

 

「あう……おぎゃああ!」

 

 普通の赤ん坊のごとく、声をあげて大泣きしたのだったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊幻新隆。

 

 二回目の人生は。

 

 全ての能力を失った、弱くてニューゲームだったーー

 

 

 

 

 →To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊幻新隆

 

前世ではチートレベルの世界最強超能力者だった。強さのイメージは常時1000%+他のあらゆる超能力を自在に扱える感じ。前世の記憶があるため、人生イージーモードと思いきや、めっちゃ超能力に依存しまくってたせいで、人生ハードモード状態になってる。割と楽観主義なのは、前世で無双チートライフしてた影響。

これくらい平気だろと楽観視してちょくちょく死にかけてる。

 

 

 

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