弱くてニューゲーム   作:双子うさぎ

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ある詐欺師の話【上】

 [前回までのあらすじ]

 

 

 

 

 

 霊幻「マツタケ旨かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊とか相談所には従業員がバイト一人しかいなかった。

 しかもそのバイトこと影山茂夫は中学生であり、いつでも呼び出せるわけではない。

 よって相談所の戦力が増えることは霊幻にとって悪くない話だった。

 たとえそれが人じゃなく悪霊であっても。

 緑の人魂、エクボ。

 かつて[笑]という可笑しな宗教団体で人々を洗脳し教祖をやっていた悪霊である。

 エクボの目的は全人類を支配する神になること。

 その野望を叶えるために茂夫の力を利用してやろうと、エクボはあの手この手でしつこく悪事を唆してるものの、良くも悪くも人に流されない茂夫には全く効果なかった。

 それどころか茂夫にパシリ的な扱い[自分の代わりに霊幻の仕事を手伝わせる等]されてる始末である。

 上級悪霊の俺様が何でこんなことを……と最初の方はブチブチ文句言ってたが、ずっと茂夫に憑いてても暇なのか[基本茂夫はエクボを無視してる]時々相談所に顔を出すようになっていた。

 今日も部活で来れなくなった茂夫代行として霊幻の出張除霊に同行し、現在廃墟で悪霊退治の真っ最中である。

 

「そういやエクボってモブに憑いてるんだよな?」

 

「ああ?なんだよ急に」

 

 うぞうぞ蠢く悪霊たちを次々と口の中に放り込み食らう様は完全ホラー映画にでてくる悪霊そのもの。

 エクボが噛み砕いたり、引きちぎるたびに、食われてる悪霊が悲鳴をあげてるのが余計ホラー感に拍車をかけていた。

 一言で表すならキモい、その一言に尽きる。

 ……やっぱり除霊はモブに任せた方がいいな。

 除霊はなるべくモブを呼ぼうと心の中で決めつつも、前から気になってたことを霊幻はエクボに尋ねる。

 

「何故お前はモブに固執する?悪巧みをしたいなら、全く靡かないモブより別のやつ探した方が早いんじゃないか?」

 

 霊幻の問いに対し、エクボは小馬鹿にしたように笑う。

 

「はっ、これだから力のないどノーマルは」

 

 最後の悪霊を食い終え、豪快なゲップを吐いた後、エクボは霊幻の目の前まで滑空する。

 

「この際はっきり言ってやる。シゲオはそこらの超能力者とは格が違う。お前なんかに騙され使われていい奴じゃねえ」

 

 ふんすと体を膨らませて、霊幻に対し凄む。

 

「俺様と手を組んで世界の頂点、神になるべき男なんだ!」

 

「いや無理だろソレ」

 

 モブはクラスの中心的な存在でなく、教室の隅にいるような大人しい地味なタイプなのだ。

 仮にモブがこの悪霊と手を組んで神様になったところで。

 モワモワと霊幻が想像したもの。

 それはーー

 

 ”……”

 

 ずらりと並んだ信者たちの前で、一言も喋らず顔面蒼白で石像のごとく硬直してる茂夫の姿だった。

 全人類の前で演説どころか、学校のスピーチもダメだろ。

 

「モブは普通の中学生なんだ。変なことに巻き込むんじゃねーぞ」

 

「シゲオが”普通”?”特別”の間違いだろ」

 

 何言ってんだこいつと訝しげな様子で霊幻をみるも、ああそうかと何やら納得した後、やれやれと言わんばかりにわざとらしいため息をつく。

 

「ノーマルで霊感も超能力もないお前にシゲオの凄さなんてわかるわけもねーか。」

 

 ハンと鼻で笑うエクボに霊幻はムッと顔をしかめる。

 

「失敬な。モブの強さはちゃんと把握してる」

 

「嘘こけ霊感・超能力ゼロのインチキ詐欺師」

 

 いや本当に理解してるぞ。

 あいつは[前世の]俺よりも弱い。

 

「と、に、か、く!俺様はシゲオの力で神様になるんだ!」

 

 俺様の邪魔するなよ!と牽制する悪霊を霊幻はしらーっと冷めた目でみる。

 

「モブの力、私利私欲のために利用しようとすんな」

 

特別な力は世のため人のために使うものだ!

 ビシっと悪霊に釘を差す霊幻に対し

 

「お前にだけは言われたくねえ!」

 

 緑のボディを真っ赤にしながら、エクボは心の底から叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーなんてやりとりがあったなあ……。

 前世の俺ですら悪霊とまともな会話などしたことなかったというのに、まさか悪霊と世間話する日が来るとは。

 全く人生一体何が起こるのがわからない。

 一度終わったはずの人生、やり直しできたと思ったら、何故か弱くてニューゲームだったりするし。

 超能力使えない縛り状態で超能力者の弟子ができるは、なんか変な超能力者集団に絡まれるなど波瀾万丈な人生である。

 人生山あり谷あり、一寸先は闇とはよくいったものだ。

 とはいえ、昔の俺ならいざしらず、今の俺は特別な力を持たないただの人間、一般庶民。

 これ以上おかしな事件や現象に巻き込まれることもないだろう。

 そう楽観視してたが、俺の考えは甘かった。

 今世の俺は前世の無敵最強チートな超能力者様ではない。小石一つも浮かせることができない一般ピープルであり、千里眼も未来予知も使えない。よって俺の予想、直感といったたぐいはいとも簡単に外れる。

今陥ってるこの状況も、想像すらしていなかった。

 意識せずため息が漏れる。

 視界の端に見えるは両手両足に幾重にも巻き付いた植物の蔓や根。

 

 雁字搦めに拘束され宙づり状態になった霊幻は一人心の中で突っ込んだ。

 

 

 触手プレイとかエロ同人かよ。

 

 

 

 

 弱くてニューゲーム4

 

 

 

 

 

 世の中にはいまだに科学では解明できない怪奇現象が確かに存在する。

 人々はそれらと出くわした時なす術もなくただ恐怖の闇に突き落とされてしまう。

 そんな混沌とした闇に一筋の光を差すべく日々戦い続ける者達がいた。人は彼らをこう呼んだ。

 ”霊能力者”と。

 そしてここにその霊能力者に救いを求める者が一人。

 

「あれは間違いない……この世のものじゃなかった……」

 

 暗い表情で男は目の前にいる青年に語り出す。

 己が体験した怪奇現象を。

 

「畑に異常が起きるのはいつも収穫前なので、夜中気になって様子を観察しに出たら……」

 

 一瞬躊躇うように口ごもるも、男は意を決したように口を開いた。

 

「私の畑の上で何者かがくねくねと踊っていたんです!」

 

 そのときのことを思い出したのか、男は小さく身震いしつつ、陰鬱なため息を吐く。

 

「翌朝農作物は全て枯れ果てていました……」

 

 植えてたキャベツ全滅ですと嘆く男の話に耳を傾けつつ、

 

「……」

 

 青年は無言で出された茶をズズっと啜る。

 

「暇つぶしに始めた畑ですが3年も立て続けにこんな具合だとさすがに気味悪くて……今度の収穫時期もそろそろです……そこであなたに電話したんです。霊能力がある方に解決を委ねてみようと……」

 

 どうでしょうか先生。

 不安げな表情を浮かべてる男に、青年は鷹揚に頷きながら「正しい判断です」とにっこり微笑む。

 

「この怪事件、必ずや解決してみせましょう。

今世紀最大の霊能力者、霊幻新隆が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”畑に巣くう何かを退治する”依頼を引き受けた霊幻は、さっそく調査に乗り出した。

 作物が駄目になる原因は一体何なのか。

 俺が超能力者だったら即問題解決できたんだけどなあ……。

 超能力で加速的に生長させることができるし、枯れてしまった植物も治癒の応用使えば復活できる。

 しかしこれはあくまで例外中の例外。

 広大な畑の再生など複数の超能力を完璧に使いこなし、膨大なスタミナを擁する超能力者じゃないと不可能な芸当である。

 さらに言うならこの方法は一時的なもの、根本的な解決にはなっておらず、来年、再来年、不作は続く。

 そもそも今の俺、超能力者じゃないしな。

 まずは地質調査から始めるか。

 そして調べた結果。

 

「俺なりに調べてみたが肥料や土には問題なさそうだ」

 

 手に持ってた畑の土を地面にパラパラと落とした後、霊幻はフウと一息ついた。

 

「そうなると俺にはお手上げだからな……どう思う?モブ」

 

 自分の隣に立っている弟子ーー影山茂夫に意見を仰ぐ。

 

「だからいきなり呼び出すのやめてくださいって」

 

 学校帰りなのだろう、学ランと学生鞄持ったままの茂夫が霊幻に文句を言った。

 まあいいじゃないか俺とお前の仲だろ?と霊幻は茂夫の文句を受け流しつつ、よっこらせと立ち上がる。

 土・肥料に問題なく野菜自体もカビや病気でダメになったわけでもない。

 となると野菜が枯れた原因はやはり依頼人がみた”畑でくねくねしてた変なやつ”か。

 畑の上でくねくね踊る生き物……。

 

「大根の妖精の仕業かもな」

 

 ぽわわんと霊幻の想像に浮かんだのは、畑の上でくねくね踊る白い妖精だった。

 

「そんなのいるんですか?」

 

「いないとは断言できないだろ」

 

 緑の悪霊がいるんだ、白い妖精がいたって不思議じゃない。

 ツチノコはいなかったけど。

 

「それに悪霊より妖精の仕業の方が何か許せるだろ」

 

「はあ」

 

 はたから聞けば何とも気の抜けたやりとりを二人がしてると。

 

「ん?今何か動いたか?」

 

 視界の端で何かが移動するのを霊幻は感じ、畑の方へ視線をやる。

 広大な畑の中、生き物の姿はどこにもない。

 唯一あるとすれば、ぽつんと立ったカカシがあるだけである。

 気のせいかと霊幻が首を傾げる横で、「確かに弱いけど霊気がありますね」と同じように畑を視てる茂夫。

 霊気があるってことは妖精じゃなくて悪霊の方か?

 霊幻が口を開きかけたときだった。

 何の前触れもなく突然カカシが動き出す。

 

”昼の会話も聞こえてきたぞ……わしを退治するだと?”

 

 そうカカシが喋るのと同時に、ギュルギュルと高速回転を始める。

 何か仕掛けてくる気か。

 

「モブ。早いとこ終わらせちまおう」

 

 時刻はもう夕方。

 モブの一時保護者として暗くなる前にモブを家に帰さなければ。

 

「はい」

 

 霊幻の指示に従い、茂夫はカカシに向かって力を発動する。

 瞬間、茂夫たちに襲いかかろうとしてたカカシは、茂夫の力で吹き飛ばされ爆散した。

 バラバラと雨のようにカカシの破片が畑を降り注ぐ。

 

「終わりか?」

 

 意外と呆気なかったなとのんびり感想を漏らす霊幻に、同じく緊張感ない茂夫が答える。

 

「はい。かかしに入ってただけで害はそんなになかったんじゃないかな」

 

 何はともあれこれにて一件落着。

 さっさと依頼人に報告して報酬……報酬は来年の収穫物の30%貰える。

 これで食費が浮く。

 など心の中で霊幻が悪どい算段していたときだった。

 突如爆音を立てながら畑の土が盛り上がり、マグマのように噴出する。

 いや土が盛り上がっただけではない。

 

「あー!」

 

 霊幻の体は勢いよく吹っ飛ばされ、天高く舞い上がる。

 視界がぐるりと反転し、霊幻の目にはどこまでも広がる空が見えた。

 何か凄いデジャブ。

 そのまま地面に落下して激突と思いきや、霊幻の体は宙に留まったままだった。

 いや正確に言うなら、植物の蔓に絡まり、拘束された状態で。

 

”ここはわしの土地じゃ。何人にも渡さん”

 

 

 上級悪霊くねくね

 

 植物の蔓や根でできた、数メートルはあろうほどの巨人の姿で、拘束してる霊幻と茂夫[バリアで防げたはずだが律儀に捕まってる]を睨んでいる[目はないが雰囲気的に]

 悪霊の主張に拘束されたままの霊幻が叫ぶ。

 

「だったら権利書を見せろ!収穫まで育てるのにどれだけの手間がかかると思ってんだ!ひねくれた嫌がらせだな!」

 

 お百姓さん[依頼人は趣味で作ってるけど]が時間と手間かけて作った尊い作物を枯らして無駄にするとか、くねくねした見た目に違わず、心もくねくねねじ曲がってやがる!

 

”畑で育った野菜の生気を吸い取ることはできる。ちゃんとわしの糧になっとるわ”

 

 金払わず無断で野菜の生気吸うとはなんて悪霊だ!

 

「野菜泥棒め、モブ!ぶっ飛ばせ!」

 

「はい」

 

 そう茂夫が返事するのと同時に、体に巻き付いてた蔓が見えない力で引きちぎられ、茂夫の体は自由に動けるようになる。

 しかし。

 

「やるな小僧……だがもう一人の方は凡人と見た!」

 

 やっべ、バレた。

 霊幻の体に巻き付く蔓の数はどんどん数を増していき、霊幻を覆い隠していく。

 体に食い込んきて地味に痛い。

 パイロキネシスで一気に燃やしてえ……

 もしここにいる霊幻新隆が前世の”霊幻新隆”だったなら、周囲一帯のもの全て、何もかも焼き尽くすことができただろう。

 しかし悲しいことに今の霊幻はくねくねが言ってた通り、ただの凡人。

 無能力者である今世の霊幻新隆には対抗手段がない。

 モブも使えるのは念動力だけでパイロキネシス使えないんだけど……どうすんだコレ。

 完全に視界がなくなる直前まで、霊幻は茂夫と悪霊の戦いを観察していたが。

 モブが何度も植物に向かって力を当てても、悪霊が操ってる植物の蔓は尋常じゃない数があり、いくら引きちぎっても焼け石に水といった様子で苦戦しているようだった。

 こういう時一つの超能力しか使えないと不便だよな。

 無限に増殖する植物操作系と物理破壊系のサイコキネシスとでは相性が悪い。

 植物破壊しても悪霊は痛がってないし、これはあれだ。

 植物に憑依してるわけじゃなく、本体は別にあって外から植物を操ってるタイプ。

と、冷静に分析ながら弟子の戦いを見てた霊幻だが、その行為は長く続かなかった。

 霊幻を包み込む強固な植物の檻で何も見えなくなったからである。

 真っ暗な視界の中、植物の蔓で全身拘束された霊幻は身じろぎすらできない。

 俺の人生これで終わりか……前世よりも少し長生きしたが短かったな。

 せめて苦しまずに逝きたい。

 触手プレイからの苗床エンドはマジ勘弁。

 ……いや待てよ。

 自分ではどうしようもないこの現状に半ば諦めかけてた霊幻だ が、あることを思い出した。

 モブの力はサイコキネシス。

 サイコキネシスならーー”あれ”ができる……!

 前世の記憶、超能力者としての知識を。

 

 あーあー、弟子よ、師匠の声を聞くのです。悪霊を倒すにはーー

 

 つらつらと茂夫に向けて、悪霊の退治方法をメッセージを送り終え、これで一安心、ふうやれやれと一息ついた霊幻。しかし数秒後、はたと我に返る。

 今の俺、テレパシー使えないじゃねーか!

 茂夫に携帯で連絡したわけでなく、ただ頭の中で念じただけだった。

 いや頑張って念じ続けたらモブに通じるかもしれん。

 蔓で身動きできない状態で携帯は使用不能、分厚い植物の檻の中、大声で叫んでもモブに届く可能性は限りなく低いだろう。

 しかし希望を捨ててはならない。

 俺もモブもテレパシー使えないけど、師弟の絆パワーとか何やらで奇跡が起こって心が通じ合い、そして師匠の助言で見事敵を打ち倒す。

 少年マンガならお約束な展開、今こそ奇跡よ起これ!

 

 届けーモブに俺の声とーどーけーー!

 

 うーんうーんと霊幻が必死に念じていると。

 

「ん……あれ?」

 

 体を縛ってた植物の蔓がしゅるしゅると力を失ったように解けていく。

 同時に真っ暗だった空間に光が溢れる。

 隙間なく覆ってた植物の檻が解除されたのだ。

 

「植物が動きを止めた……?」

 

 もしや。

 霊幻がバっと勢いよく振り返った先に見たのは。

 

「植物に命令してみたんです。悪霊より強い念波を送り込んでみたら操ることができました」

 

 植物の根っこを掴んでる茂夫の姿だった。

 やった奇跡が起こった!

 見たか悪霊、これが師弟の絆パワー!!

 ”植物に念波を送ってジャックしろ”という俺のメッセージ、無事モブに届いたんだな!

 サイコキネシスとは意志の力だけで物質を動かす能力。

 モブがやってみせたのは、その意志の力を外側だけでなく生物の内部に干渉し操作する、サイコキネシスの応用技だった。

 なお人に念波を送れば相手を思うがままに動かせたりできる。

 所謂”洗脳”である。

 ただしモブにはそのことについて教えていない。

 洗脳して人を操るなど人としてやってはいけない倫理観の欠いた最低な行いだからだ。

 悪用ダメ、絶対![※洗脳で世界征服した人]

 

 ”くそ……小僧!植物への支配を上書きしおって!”

 

 操ってた植物の大半を茂夫に乗っ取られ、それまで余裕の表情だった悪霊の顔に怒りと焦りが現れる。

 これで形勢逆転、反撃開始だ!

 

 

 

 

 

 

「終わったか?」

 

「はい。もう霊気は感じません」

 

 悪霊くねくねは無事モブの手によって退治された。

 ミッションコンプリート!

 とばっちりでなんか俺、ぶっ飛ばされたけど……まあ気にしないでおこう。

 悪霊とモブが植物使った怪獣大乱闘!みたいな戦いしたせいで、畑はめちゃくちゃ、作物も全部おじゃんになっていた。

 全部悪霊のせいだって依頼人に報告しておこう。

 

「俺のアドバイスのおかげだな!」

 

 師匠の凄さ、思い知ったか!

 鼻高々に主張する霊幻に、茂夫は不思議そうに首を傾げる。

 

「師匠のアドバイス?」

 

「俺が放った念話で悪霊を倒せるようになっただろ」

 

「いえ、師匠の声は届いてないです」

 

「……」

 

「テレパシー使えないって自分で言ってたじゃないですか」

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間にひゅるりと風が吹く。

 

「……そうだったな」

 

 ついと茂夫から視線をそらした霊幻の視線の先には何もない。

 どこまでも広がる空があるのみ。

 

 カーカーカー。

 

 どこかでカラスが鳴いている。

 時刻は夕暮れ時。

 西の空には真っ赤な夕日が浮かんでいた。

 

「……帰るか」

 

「はい」

 

 夕日に染まった畑に写った二つの影法師がゆらりと動き、やがて畑から姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

「なんですかそれ」

 

 無事、悪霊くねくねを退治した翌日。

 いつものように相談所へ顔を出した茂夫の目に映ったのは、床に並んだ複数のプランターだった。

 

「家庭菜園を初めてみた。うまくいけば食費の節約になるだろ」

 

 野菜ソムリエ資格持ちの俺なら大丈夫大丈夫。

 超能力なくてもなんとかなるだろ。

 

「報酬の収穫野菜は木っ端みじんになってしまったが、代わりに土や肥料や野菜の種をもらい受けた。お前にもほら。前回のバイト代だ」

 

 そう言い、霊幻が茂夫の手の平にポンと乗せたのは、お馴染みの100円硬貨三枚でなくーー

 

「ブロッコリーの種」

 

 ゴマ粒のような種が入った小さなビニール袋だった。

 

「ブロッコリーは体にいいぞー。100g食べれば一日に必要なビタミンCが摂れるし、他にも葉酸、ビタミンE、ビタミンK、カリウム、食物繊維といった色んな栄養素が豊富に含まれている。特に成長期であるお前にとって野菜摂ることは大事なことだ。好き嫌いせずちゃんと食べろよ」

 

「……」

 

[ついに現物支給に……]

 

 普段の時給300円も大概ひどいが、まさか報酬が現物支給[野菜の種]になるとは。

 

「……ありがとうございます」

 

 じーっと手の中にあるブロッコリーの種を見つめながらお礼を言う茂夫の姿は物悲しかった。

 哀愁漂う弟子に気づいてるのか気づいてないのか[あえてスルー してる可能性大]

 

「ああそうだ!こっちにミニトマトの種を植えたんだが、試しにこれにエネルギーを送って野菜成長させてみろよ」

 

 そう言い霊幻が指さした先には、植木鉢がテーブルの上にちょこんと置いてあった。

 当然芽は出ていない。

 トマトが収穫できるまで約二ヶ月かかる。

 超能力使えばその期間すっ飛ばせるのだ、使わない手はないな!

 霊幻の指示するがままに、茂夫が超能力を発動する。

 

「おおおお!」

 

 ドキュメンタリー番組でみる植物の高速再生動画のごとく、にょきにょきと芽が生え成長していく。

 そこからはもうあっという間。

 僅か数秒たらずで真っ赤な実が成った。

 鈴なりにぶら下がったミニトマトに、霊幻の目が爛々と輝く。

 

「すげー!これは新たなビジネスの予感!」

 

 これからの時代、農業ビジネスは儲かる!

 

「どれどれ……」

 

 うきうき気分で、できたばかりのミニトマトを口に放り込むも。

 

「……まじぃ」

 

ミニトマト 旨み0%

 

 赤く熟した外見とは裏腹に苦みとえぐみを凝縮したひどい味だった。

 なまじ見た目が見るからに完熟してて美味しそうだったから余計ダメージが大きい。

 見た目詐欺だ。

 

「……このミニトマト、持って帰っていいぞ」

 

「え」

 

「部屋にでも飾っておけ。かつてトマトは食用でなく観賞用として用いられてたんだ。何ら不自然じゃないぞ、うん」

 

「はあ」

 

 霊幻の新たなるビジネス計画は頓挫した。

 

 

 

 

 

 

 超能力で作った野菜はまずい。

 霊幻にとってそれは、前世では知り得なかった、衝撃の新事実だった。

 う、嘘だろ……?

 つまりあれか、前世の俺はくっそマズい野菜を得意げにドヤ顔で量産してたのか?

 うわあああ。

 新たに増えた黒歴史に霊幻は悶絶する。

 さらに[霊幻にとって]悪いことは重なるもの。

 なんとあのモブに彼女できた[何か妙に機嫌よく除霊するモブに対し冗談半分で彼女でもできたのかとカマかけたら、わかりやすく動揺した]

 本来なら初彼女おめでとうと祝福し、彼女と長続きする方法など伝授してやるのが師匠の仕事だろう。

 だがしかし。

 モブだけは、モブだけは!俺と同じ彼女できない仲間だと安心してたのに!

 この裏切り者ー!

 己の黒歴史ダメージによって既に心の余裕がなかった師匠は一人地団駄を踏んでいた。

 中学生相手になんと大人げない。

 とはいえ、霊幻も立派な社会人、大人である。

 何日も時間かけて自分の気持ちに折り合いをつけ、人生の先輩らしく恋愛相談[※恋愛経験ないため、雑誌で見つけたそれっぽい情報を頭の中にたたき込んだ]に乗ってやろうと意気込むもーー

 

「彼女?別れました」

 

 時既に遅し。

 師匠の出番はなかった。

 え、マジで?

 はえーよ、まだ一ヶ月も経ってねーだろ。

 しかも話を聞くに、円満な別れ方だったらしく、彼女とはその後普通に友達として接してるという。

 え、マジで?[二回目]

 空気読めなくてコミュ力に問題ありな、あのモブが?

 というかモブが人間関係のことで、俺に頼らず自分で解決したの、これが初めてなのでは?

 自分の知らないところで、弟子が成長してる。

 師匠として喜ばしい出来事のはずなのに。

 

「……」

 

 何故か素直に喜ぶことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中平和が一番である。

 毎日どこぞの超能力者が好き放題に暴れまくり、荒くれ者たちが徒党を組んで我が物顔で町を闊歩するような世紀末など、頭のイカれたバトルジャンキー以外誰が望むだろう。

 無敵の超能力を持っていた、昔の自分ならいざ知らず、今世のようなただの一般人と化した今の自分なら尚更、その想いは強い。

 前世では考えられないほど、穏やかで平和な日々が続くこの日常、大事にしなければ罰があたる[※前世ではひっきりなしに襲撃を受けてた&24時間フルタイムで自動バリア発揮してたせいで、霊幻の周囲だけ毎日台風状態だった]

 しかし、かといってこの状況もなんだかなあ……。

 椅子の背もたれによりかかったまま、ぼへーと窓の外を眺める。

 目に映るは澄み切った青い空と白い雲。

 力の抜けたあくびをしつつ、視線を外から部屋の中へ戻す。

 客もおらず、少し離れた受付所にはモブが陣取り、のんきに漫画 を読んでいる。

 朝からずっと閑古鳥が鳴いており、今日やったことといえば、仕事と何も関係のないネットサーフィンと、たこ焼き食べたことのみ。

 

「あー……暇だなー」

 

 口の端に青海苔くっつけた霊幻の姿は完全オフモード、やる気0%である。

 

「霊に悩んでる人がいないってことじゃないですか」

 

 完全だらけてる大人に視線を移すことなく、平坦な口調で茂夫が答える。

 霊幻と茂夫以外、誰もいない相談所。

 

「平和だなーおい」

 

「平和ですね」

 

 命の危機にさらされることなく、安全に人生過ごせることは喜ばしい。

 大多数の人はその意見に賛同するだろうーーが。

 

「だがこれじゃ食えん!」

 

 人の不幸ごとで飯食ってる”霊とか相談所”にとって、町が平和なことは死活問題だった。

 

「このままだと今月赤字だなあ」

 

「……バイト代ちゃんと払ってくださいよ」

 

 独り言で呟いたつもりだったがモブのやつ、耳聡く聞いてたらしい。

 いつの間にか読んでた漫画を閉じ、じとりと俺のこと睨んでいる。l

 現物支給[野菜の種]のこと、まだ根に持ってるのかよ。

 ラーメン奢ってやったんだからそれでチャラにしろ。

 しかしどうしたものか。

 従業員しかいない事務所で小さなため息をはく。

 客がこなければ仕事にならない。

 となれば。

 

「何かこっちから動き出さないとな……」

 

 売り込みは営業の基本だ。そうと決まったなら行動あるのみ。

 カチカチとマウス操作してネットで情報収集を始めた。

 霊幻が打ち込んだ検索ワードはーー

 

 

 

 

 

「”都市伝説”?」

 

「ああ。お前もその手の話を友達としたことがあるだろ?」

 

「ないですね」

 

 同意することなくふるふる首を横に振り否定する茂夫の格好は、いつもの制服でなく私服姿。

 とある休日、電話で呼び出し受けた茂夫は、呼びつけた張本人である霊幻と共に電車に乗っていた。

 

「今向かってる”深爪町”と何か関係あるんですか?」

 

「関係大ありだぞモブ。都市伝説が流行ってる地域はそういう雰囲気にのまれやすい人種が多い。つまり除霊依頼が山ほど埋もれてるって寸法だ」

 

 カモれる客は多ければ多いほどいい。

 

「不幸探しにイキイキしてますね」

 

「飛び込み営業の基本は笑顔だ!」

 

 そう笑顔で答える霊幻だが、どう見ても邪気100%の完全詐欺師スマイルだった。

 

 

 

 

 

「あの……もしかして霊能力者さんですか?実は相談したいことがあって……」

 

 霊幻の読み通り、出張霊能相談始めて早速、やつれた様子の女性が話しかけてきた。

 顔に覇気がないな……目に薄ら隈もできてるし、寝不足か?

 しまった、アロマキャンドルとマッサージオイルは相談所に置いたままだ、暴走アロマ特急が使えない。

 カウンセリングでなんとかなるか?と内心焦るも、女性の悩みは不眠症などではなかった。

 立ち話では何だからと近くのファミレスで女性の話を聞くことになったが、どうも女性は霊感がある体質で、ここ最近街全体が嫌な気に覆われていてのが気になってるらしい。

 部屋に盛り塩置いてなんとか生活してるが、一向に嫌な気はなくならず、気が滅入ってるのだという。

 

「私気づいたんです。嫌な感じが大きくなったのはこの街で急激に広まってる都市伝説のせいだって……」

 

 暗い表情で語る女性に対し、ふむふむと相づちを打つ。

 

「人面犬。ダッシュ婆。赤いレインコート。あとは……ひき子さん、ですね?」

 

「ええ、そうです!その四つの都市伝説!」

 

 あらかじめ”都市伝説”についてリサーチしてた霊幻がつらつらと都市伝説の名前を挙げると、女性が勢いよく声をあげた。

 

「お願いです!これらの都市伝説を消し去ってください!」

 

 必死にそう訴える女性に対し、霊幻は自信たっぷりに胸を張り、いつものように安請け合いした。

 

「この霊幻新隆にお任せください!必ずや消し去ってみせましょう!」

 

「……」

 

 なお実際に問題解決するのは大見得切った霊幻でなく、その隣で黙々とフライドポテト食べ続けてる茂夫である。

 

「で、どのコースにしましょう?土日はこのパック」

 

 女性に料金コースを説明する霊幻の横で「あ」と声があがった。

 

「どうしたモブ、何か気になることがあるなら言ってみろ」

 

 都市伝説に関することか。

 その場に緊張が走り、張りつめた空気が漂う。

 

「師匠」

 

 暫し沈黙が続いた後、茂夫はゆっくりと口を開く。

 

「ケチャップのお代わり、もらってもいいですか?」

 

 山盛りに詰まれてたはずのフライドポテトは、いつの間にか半分ほどに減っていた。

 

 あんま食うなって言ったのに……。

 

 

 

 

 

 

 町に蔓延る都市伝説を解決するなんて、本音を言うならぶっちゃけ面倒くさい。それも一つでなく、四つもとかやる気が萎える。

 しかし依頼を引き受けた以上、泣き言なんて言ってられない。

 今月の家賃がかかってるんだ、仕事のえり好みなんかしてられっか。

 誰かを呪い殺すといったド外道な依頼は断るが。

 モブの教育に悪すぎる。

 はあ……前世の力があれば、ここいら一帯丸ごと浄化してはい終了お疲れ解散ってできたのに……無い物ねだりしても仕方ない。

 

「まずは現状把握、情報収集から始めるか」

 

 女性が選んだのは本気のCコース、一番高いコース。

 顧客満足度をあげることで、後のリピーターにつながる。

 手抜きはできない、この依頼、必ず成功させねば。

 

 そのために必要なものはーー

 

 ちらっと後ろを見やる。

 霊幻の視線の先にいるのは、霊とか相談所の最終兵器モブともう一人。

 

「驚いたぞ。まさか引き受けるとはな。しかも成果報酬2万円だと?うちは基本料20万円からだぞ」

 

 首から大きな数珠をかけた小太りの男だった。

 霊幻と同業者、つまり詐欺師……ではない。日輪霊能連合とかいう謎の組織に属する霊能力者であり、妙な成り行きで現在霊幻たちと共に行動している。

 当然女性の話もファミレスで一緒に聞いていた。

 

「この案件なら正式に見積もれば50万円……」

 

 一人納得いってない様子で何やらブツブツ呟いている男に対し、霊幻の口片端がニヤリと小さくあがる。

 

 

ーー人海戦術、人手だ。

 

「まーお前にも手伝ってもらうけどな。ほら行くぞ。うかうかしてたら日が暮れる。えーと……森林丸?」

 

「森羅万象丸だ!俺は手伝わんぞー!」

 

 名前を間違われ憤慨する森羅に霊幻はまあまあと宥める。

 

「一緒に話聞いてたんだから逃げんなよ。分け前やるからよ。二手に分かれて聞き込み調査だ」

 

 そう言うなり、霊幻は相手に口を挟ませる隙を与えず、素早く自分の名刺を手渡した。

 

「お互い報連相を怠らないように!」

 

 霊幻流交渉術その1。

 勢いで協力させる。

 

「……ふん。仕方ない。慈善事業と思って手伝ってやる」

 

 元より人がいいのだろう、霊幻の強引なやり口に腹を立てつつも、森羅は渋々といった様子で名刺を受け取り、ポケットにしまい込む。

 よし人手確保、これで仕事の効率があがる。

 ズンズンと巨体揺らしながら去っていく森羅の後ろ姿を見送りつつ、霊幻一人ほくそ笑む。

 俺の読み通り、押しに弱く流されやすい性格だったな。

 あとは念のため。

 

「モブ。エクボはいるか?」

 

 保険かけておくか。

 

「エクボ。呼んでるよ」

 

「んだよ!お前と話すのうんざりで見えないモード強めてんのに」

 

 茂夫に促され、スウと緑の人魂ことエクボが出現する。

 あ、最近姿見せないと思ったら。俺がウザいみたいに言うなよ。いつもモブに無視されて可哀想だから、仕方なく話し相手になってやってただけだ。寂しすぎて成仏しないようにな!

 

「そう邪険にするなよ。仕事仲間だろ。それより」

 

 霊幻がくいと背後を親指で指す。

 指した方向にいるのは。

 

「あのデブをそのステルスモードで尾行しといてくれ」

 

「なんで俺様が……逃げたら逃げたでほっとけよ」

 

 嫌そうに顔をしかめる悪霊に「いいや」と霊幻は至極真面目顔で首を振る。

 

「あれは多分真面目なマニュアルバカだ。」

 

 教本にない想定外の事態に出くわして、あたふたする光景が目に浮かぶ。

 

「だからこそあいつに危険が及んだら指示した俺のせいになっちまう」

 

 何かよくわからん組織に属してるってことは、その組織がしゃしゃりでる可能性もある。慰謝料や損害賠償を請求されるとか冗談じゃねえ。

 なおも渋ってる様子のエクボに「頼むよエクボ」とだめ押しでお願いするモブ。

 

「事故はない方がいいから」

 

「わかったよ……ギブアンドテイクな。茂夫もそのうち俺様の頼みを聞いてくれよ!」

 

 深いため息をついた後、悪霊はスウーっと空気にとけ込み消えていった。

 エクボがついてるなら最悪死ぬことはないだろう。

 万一に備えての保険をかける。

 人生において非常に大切なことだ。リスクヘッジはビジネスの基本!

 千里眼持ちで常に危険察知でき、なんでもできる力を持っているなら、その場その場でごり押せばどうとでもなるけどな[事実それで誰も俺のこと殺すどころか傷一つつけられなかった。最期の核爆弾もわざと食らったし]

 だがそんなの持ち合わせてない一般人は、あらゆる危険を想定し、前もって備えておかないとな!安全第一!

 今の俺は前世の俺と違って慎重な男なのだ。

 その証拠に事務所もちゃんと火災保険に入ってる。

 これである日突然何者かに放火されて全焼しても超安心!

 

「よし、俺たちも聞き込み始め……どうしたモブ?」

 

「師匠」

 

 そう霊幻に呼びかける茂夫の声は普段のおっとりした口調とまるで違う。

 

「依頼人の言ってた通り、この街なんかおかしいですよ。本当にいるかもしれません」

 

 気をつけてくださいと忠告する茂夫の姿をみて霊幻は静かに悟る。

 あ、この依頼、ガチめにヤバイんだ。

 生暖かい風がひゅうと駆け抜けていく。

 灰色の雲に覆われた空という視覚的効果も相まって、霊感などないはずなのに、何か妙な胸のざわつきを感じさせた。

 街に巣くう4つの都市伝説。一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 なあモブ、この辺一帯全部除霊とかできない?え、無理?ああそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”人面犬”

 

 リストラされて自殺した中年男性の霊が犬に憑依したものかと言われている。

 繁華街でゴミ箱を漁っており、声をかけると「ほっといてくれ」と言う。

 

 

 霊幻と茂夫、二人がまず最初に取りかかったのが、この都市伝説だった。

 人面犬の目撃情報がある場所へ向かった二人がみたものは。

 

「これが人面犬か」

 

「マジックですね」

 

 黒いマジックで悪戯書きされた犬だった。

 

「デマ情報だったのか」

 

「いや。これが人面犬だ。噂の正体なんてこんなもんなんだよ」

 

 人懐っこい性格なのだろう、突然やってきた二人に対し吼えることなく、人面犬[仮]は無邪気に尻尾を振っている。

 よしよし可愛いなこいつ[なでなで]。

 

「あれ?俺らの人面犬小屋に誰かいっぞ」

 

「見物料取ろうぜ」

 

 愛嬌ある人面犬[仮]を思う存分撫でてた霊幻だが、ぞろぞろと小学生と思われる少年3人がやってきたことに気づき、撫でてた手を止める。

 

「この犬誰が飼ってるの?」

 

 そう尋ねる茂夫に、小学生の一人がこともなげに答えた。

 

「ここの家のじいさん」

 

「目が悪いから落書きに気づかないのさ」

 

 野良犬ならまだしも[いや野良でもよくないけど]、人様の飼ってる犬に手を出し悪戯書きとはとんでもないクソガキ連中だ。

 悪びれた様子もなくへらへらと笑ってる子供、もとい悪ガキたちに対し、霊幻は目を剥いて怒鳴りつけた。

 

「コルァガキ共!またこの犬に顔書いたらブチのめすからな!!」

 

「殴った後で言ったよこいつ」

 

「PTAに訴えてやる」

 

 食らった拳骨がよほど痛かったらしい。悪ガキたちは目に涙浮かべて殴った霊幻を恨めしげに睨む。

 

「おーおー好きにしろ。世の中にはお前らクソガキを堂々と叱れる大人が必要なんだよ」

 

 誰からも叱られず好き放題してるとなあ……将来ろくな大人にならないぞ!!

 

「教師に使った手がこの鈴木太郎に通じると思うなよ!」

 

 ビシっとかっこよく言い切る霊幻のそばで、茂夫はボソっと小さな声で呟く。

 

「でも偽名使うんですね」

 

 世間体は気にする霊幻だった。

 

 

 

 

 

 人面犬は存在してなかった。

 ではどうやって問題解決するか。

 

「テロルを洗ってくれるって?ご親切に。そんなに汚れてたのかい?じゃあ頼もうかね」

 

 霊幻が取った行動は飼い主に許可をとり、犬を洗うことだった。落書きが消えて普通の犬に戻れば、人面犬の噂もなくなるだろう。

 

「ほらテロル。物騒な名前して尻尾振ってやがる」

 

 本当警戒心全くないなこいつ。

 そんなんだからクソガキ共に落書きされるんだぞ。

 

「さてとビフォーアフターの写真で調査報告しないとな」

 

 手にスポンジと犬用シャンプー持ち、いそいそと洗う準備にとりかかる霊幻の顔は嬉しさがにじみ出ている。

 

「師匠って犬好きなんですか?」

 

「んーまあな」

 

 鼻歌交じりで袖をまくりあげる。

 あいつら素直で人懐っこいし。

 前世では色んな動物相手によく会話したもんだ。[ぼっちで寂しかったからじゃない、断じてない]

 

楽しげな様子でゴシゴシ洗い始めた霊幻の姿をぼーっと眺めてた茂夫だが、ふと何かを思ったらしく「もしかして」と声をあげる。

 

「師匠、最初からいたずらってわかってたんですか?」

 

「当たり前だ。お前人の顔した犬でも探してたのか?」

 

 世に蔓延る都市伝説なんて所詮眉唾物。

 ツチノコも宇宙人だっているわけがないもんな、はっはっは。

 あ、いや宇宙人はいるな。

 面白半分で宇宙と交信したら本当に宇宙人きた。

 それもなんか触手いっぱい生えたキモいエイリアン。

 しかも最悪なことにそのエイリアン、いきなり分裂増殖したと思ったらそのまま地球侵略しはじめて、危うく人類滅亡するとこだった。

 いやあ、ははは。軽い気持ちで宇宙人呼び寄せたらいけないな!

 とまあ、昔の話はそれくらいにして。

 この世界はは前世の世界ほどオカルトが身近ではない。

 世に広がる不可思議な話の殆どが偽物、空想の話である。

 残ってる都市伝説3つもガセで終わってほしかったが。

 

 プルル……ピッ。

 

「SOSだ。おひきさんに襲われてる」

 

 世の中、そう甘くはいかないようだ。

 すぐに携帯を切り、モブに声をかける。

 

「行くぞ。おひきさんが出たらしい」

 

 保険かけておいて正解だった。

 

 

 

 

 

 エクボから緊急要請を受け、二人は現場へ急行した。

 たどり着いたのは、人気のない林道。

 晴れた天気であれば森林浴が楽しめそうだが、生憎空は今にも雨が降りそうな曇り空であり、不気味な心霊スポットにしか見えない[実際幽霊は出てるからあながち間違ってないが]

 おまけに薄らと霧が立ちこめてるせいで、余計ホラーっぽい雰囲気を醸し出している。

 エクボ[体は森羅]は林の奥にある池のそばにおり、刃物を持ったおどろおどろしい雰囲気の女性に襲われていた。

 あと数センチで顔に刃物が刺さる、まさにその瞬間。

 女性の体が勢いよく吹っ飛び、近くの木に叩きつけられた。

 木にぶつかった衝撃でぐにゃりと歪み崩れる姿は明らかに人ではない。

 

「エクボありがとう」

 

 守ってくれて。

 念動力を発動し弾き飛ばした茂夫がエクボにお礼を言う隣で霊幻はこっそり安堵の息を漏らす。

 ふう、最悪の事態は免れたか。間に合ってよかった。

 と、それはそれで良しにするとして。

 

「おー!あれがおひきさんか。本物か?写メで証拠にしないとな」

 

 若干テンション高めで霊幻が携帯構えるも。

 

「あれ?画面に映らねぇ」

 

 本物の心霊写真撮れると思ったのに。

 どうしたものかと霊幻が頭悩ませたときである。

 うずくまってた悪霊が急に起きあがったと思ったら、人間ではあり得ない動きで跳躍し、そのまま木々の間に入り姿を消していった。

 

「逃げやがった!」

 

 写真はNGだったか!?都市伝説のくせに性格シャイかよ、あ、噂じゃ虐められっこだから案外そうなのか?

 

「あれは噂から生まれた怪物だ。本物とか偽物とかじゃ分類できねぇ」

 

 そう霊幻に説明するエクボの顔は険しい。

 どぼんと大きな水音が轟く。

 池に逃げ込んだようだ。

 

「というと?」

 

「多くの人間の想像力、恐怖や好奇心を媒介にしてこの世に出現した。あの容姿も強さもすべて人間が設定したんだ!」

 

 よかった。ひどい虐めを受けて自殺した女の子なんていなかったんだな!

 なんて言ってる場合じゃねえ。

 

「イメージが実体化してるってのか」

 

「そうだ……おひきさんを知ってる我々では除霊できない」

 

 あ。森羅のやつ起きた。

 体ズタボロだけど、死ぬよりマシなんだから俺のこと訴えるなよ。

 いやそれよりも。

 

「え?なんで?」

 

 俺たちでは除霊できない?

 

「お前にも噂を聞いて震えあがった子供時代があるだろ」

 

「ああ……そうだな」

 

 超能力使えない状態でそんな化け物と出くわしたらどうしようと、恐怖で震え夜しか眠れなかったものだ。

 

「夕方の下校中におひきさんが現れて児童を連れ去り沼に引きずり込む。サンタクロースを信じなかった俺でも雨の日の街角でふと意識した時には鳥肌が立ったな……」

 

 懐かしい思い出である。巷で流行ってたおひきさんの対処法とか必死に覚えたなあ……結局使う機会はなかったけど。

 あ、今なら使えるのか?

 

「恐怖の象徴に対し恐怖を抱いている者の力は糧でしかない。俺の霊力も効かなかった。奴は恐怖する者の力を利用して大きくなっていく。攻撃は逆効果だ」

 

 ということは”おひきさん”に恐怖持ってる俺が撃退法やっても意味がないのか。ちぇっ、せっかく退散呪文覚えたのに。

 

「仕方ないモブ。一旦引くか……なんだこりゃ!?」

 

 いつの間にか周囲一帯、濁った泥に浸食されていた。

 動こうにも粘着質ある泥に足をとられ、身動きできない。

 その間にも池から泥が際限なく溢れ続けている。

 猛烈に嫌な予感が……。

 100%的中する超直感とは違う類のものだが、こういう嫌な感というものは普通の人でもよく当たるもの。

 大量の泥と共に”おひきさん”が池から現れた。

 いや、これを”おひきさん”といっていいのだろうか。

 

「でっけぇ~!!」

 

 もう女性の原型は殆ど残ってない、泥の化け物だった。

 以前倒した巨大くねくねに遜色のないデカさである。

 特撮怪獣かよ。

 巨大おひきさんが咆哮あげると、その声に共鳴したように周りに湧いてた大量の泥が一斉に霊幻たちめがけて押し寄せてくる。

  ヤバイ。

 泥津波に呑まれたら一巻の終わりだ。

 万事休す。

 このまま全員お陀仏か!?

 そのときだった。

 一人沈黙してた茂夫がスッと皆の前に立ち、念動力を発動させる。

 茂夫の手から放出された力は化け物の攻撃を蒸発させるどころか、そのまま化け物の体に風穴を空けていく。

 だが敵は普通の悪霊じゃない。

 

「モブ!お前の力も吸収されちまうらしいぞ!」

 

 全身泥まみれの霊幻が、慌てて茂夫を止めるも「いや!ちょっと待て!」とエクボが何かに気づく。

 本来なら茂夫の力で修復するはずの化け物の肉体がぼろぼろあっけなく崩れていた。

 

「効いてる効いてる!そうか……茂夫都市伝説とか流行とかそういうみんな盛り上がる噂話から隔離されてんだよ」

 

 巨大なおひきさんの体は茂夫の力で分解され、蒸発し消えていく。

 おひきさんに苦戦することなく、圧倒的な力で倒す茂夫の姿は非常に頼もしい、頼もしいがーー。

 

「要するにみんなの話題についていけない。だからおひきさんの何が怖いのかも知らねぇってよ!」

 

「……」

 

 あまりにも悲しい強さだった。

 

 モブ……おまえってやつは。

 

 

 

 ”おひきさん”

 

 白いボロボロの服を着ていて、出会った人を肉塊にするまで引きづり回すという。彼女は人間だった時、酷いいじめを受けており、その恨みから子供を捕まえては引きづり回すらしい。

 

 このように”おひきさん”は数多ある都市伝説の中でも特に危険で恐ろしい存在なのだが。

 

「雨の日に出るおばけでしょ?怖くはないよね」

 

 無事”おひきさん”を退治した後、あらためて霊幻から”おひきさん”の話を聞いた茂夫の第一声がこれである。

 

「わかってねぇな。おひきさんってのは握力が500kgあって一度捕まると脱出不可能で100mを20秒で泳いで……」

 

 おひきさんがいかに怖い存在であるか身振り手振り加えて力説する霊幻だが。

 

「なるほど!そういうキャラなんですね」

 

 ”おひきさん”の凄さは茂夫に全く伝わらなかった。

 

「版権フリーの二次創作みたいなレベルで認識してるな……お前もうちょっと驚いたり怖がったフリしろよ。だから話題に入れてもらえないんだよ」[※経験者]

 

 本当よくそれで彼女ができたな。

 

「前は人に合わせなくてもいいって言ってたのに……」

 

「大人になると社交辞令が重要になってくんだよ」

 

 個性も大事だが協調性も身に付けろ。

 それが社会で生きるってことだ。

 いや本当マジで大事。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして深爪町の都市伝説問題は無事解決した。

 残り2つの都市伝説はどうなったかって?

 

 

 ”赤いレインコート”

 

 雨の中、全身身に付ける者が赤色で町をさ迷い歩く。もし赤いレインコートを見てしまえばその人は死んでしまう。ただし、何か赤い色の物を身に着けていれば、命は助かるそうだ。

 

 →露出狂の変態

 

 

 ”ダッシュ婆”

 

 深夜の高速道路を車で走っていると、窓を叩く音。

 そこには車と同じ速度で走るお婆さんの姿。

 ここで、お婆さんに追い抜かれた車は事故を起こすらしい。

 

 →ランニング日課してる婆さん

 

 ……まあ、都市伝説の正体なんてものは、大抵そんなもんである。

 

 

 

 今回の仕事は色々と収穫の多いものだった。

 都市伝説の問題解決して依頼人も大満足。

 その後も何かと霊とか相談所を贔屓にしてくれてる。

 さらに森羅万象丸とは連絡先交換し仲良くなった。

 超能力者の伝手はあったが、完全霊能力者となると、この森羅万象丸が初めてである。

 人脈は多くて困ることはない。

 これから色々と頼りにさせてもらおう。使える者はとことん使うのがオレ流だ。

 新しくホームページ開設したし[あの”おひきさん”を退治した!という宣伝文句つき]、これからたくさん客がくるはず!

 

 

 ”都市伝説”は霊とか相談所に新たな人の縁をもたらしたーー

 

 

 

 

「……」

 

「おまえまだ落ち込んでるのかよ」

 

 

 茂夫に大きなトラウマも。

 

 

「部活で走り込みしてるのに……お婆さんに負けた……」

 

 

 どんまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はやけに仕事が舞い込む一日だった。

 

 

 

「ふざけんな!遠方からわざわざ来てやったってのに」

 

 霊とか相談所に、客の怒号が響く。

 このペテン師、詐欺師!ここにくるまでかかった交通費払え!

 こめかみに青筋立てて、唾まき散らして喚く男に、所長である霊幻は何度目になるかわからないため息をついた。

 霊とか相談所のホームページ。その反響は意外に良く依頼される内容も本格的な除霊が増えつつあったものの、その分中にはとても引き受けられないような依頼が舞い込むこともある。

 この男の依頼も、そうした”引き受けられない”ものだった。

 

「うちのホームページみたのならわかるでしょう。うちは呪い解く専門であって、呪う仕事は請け負ってません」

 

 ”人を呪う”など、真っ当な霊能力者がする仕事ではない。

 

「はあ!?ふざけんな、俺がやれっていってるんだから、さっさとやれよ!」

 

 霊幻の断り文句を聞いて、ますます男の機嫌は悪くなり、怒鳴り散らす声量も増していく。

 あーもう面倒くさい。一体何回同じこと言えばいいんだ。

 暖簾に腕押しとはまさにこのこと。

 このまま男が居続けると迷惑だし、何より今ここにモブがいるのだ。

 呪いとかクレーマーとか、子供の教育に悪い。

 こうなったら。

 

「わかったわかった……しょうがないな……やりますよ。ただし今日だけですよ。責任は一切取れませんからね」

 

 霊幻流仕事術その2。クレーマーは適当に言いくるめて追い出す。

 

「呪いを込めたアレです。それを持っていればいつか何か起きるでしょう。お代はいりません。ただし決して他言はしないように」

 

 ”呪い”と書いた紙を手渡しながら厳かにそう忠告する霊幻に、男はニタリと笑う。

 悪意100%の嫌な笑みで。

 

「信じてるけどよ……もし俺を騙してるなら」

 

 貰った”呪い”の紙をポケットの中にしまい込みつつ、男はじとりと霊幻をみる。

 

「あんた、呪うからな」

 

 底の知れない濁った目で。

 バタンと扉が閉まり、男がいなくなったことを確認した後、霊幻は深く深く息を吐いた。

 

「やっと帰った……呪いたいほど憎い相手がいるっつうのはわからなくはないがな」

 

 タンスで足の小指ぶつけるたび、タンスに呪いあれっていつも念じてる。

 まあ昔は足の指どころか顔面ぶつけてたから、それよりマシになった方だけど。

 バリアない生活マジ不便。

 

「師匠にもいるんですか?」

 

 人に対してってことか?

 

「いやいないけど。お前いんの?」

 

「呪いたい人……」

 

 顎に手を当て、思案し始める。

 

「……いや、そんな深く考えんでも」

 

 一秒、二秒、三秒ーー。

 

「……」

 

 まだ考えてる。

 

[……え?]

 

 まさかいんの?

 ツウと嫌な汗がこめかみを伝って流れた。

 お、俺じゃないよな?ブロッコリーの種そんなに嫌だったか?!

 

「……」

 

 長い沈黙の末、茂夫が出した答えは。

 

「いませんね」

 

「溜めんなよ!ビビらせやがって!」

 

 お前、呪おうと思ったら、マジで呪えそうだから怖えーんだよ!

 前世の俺なら常に張ってるバリア[物理攻撃だけでなく呪いや精神攻撃も弾くすぐれもの]でそのまま呪詛返しできたけど、今の俺は物理的にも精神的にもノーガード、ガバガバ状態、受けたら一発アウトさよなら世界である。うん。人間、誰かに恨まれないよう清く正しくいきるのが一番だな!

 

「でもさっきの人あれでよかったんですか?」

 

「本当に”呪い”をかけたわけじゃねえから心配すんな。あの紙持ってても実害は出ない」

 

「……」

 

 誰も不幸にならないから安心しろと告げるも、弟子の顔は晴れることなく曇ったままだった。

 

「たとえそれが嘘でもあの人の中では他人に呪いをかけたことになってる。一生そのまま生きていくのかな?それってとても怖いことなんじゃ……」

 

 あのおっさんがどうなろうと俺の知ったこっちゃないが、モブは気になるようだ。

 妬み誰かを蹴落とす行為自体不毛であり、己の首を絞めてるだけにすぎない。

 人呪わば穴二つって、格言があるしな。

 それにしても。

 

[珍しいな……こいつが自分の考えを持って意見するなんて・・・いや、こいつには何か強く引っかかるものがあったんだ。俺が何かを見落としている?]

 

 ちらりとモブの方へ視線をやると目があった。

 

「……」

 

 ついと視線をそらす。

 自分の適当さ、いい加減さを見透かされたようで居心地が悪かった。

 

 

 ガチャリ。

 

 

「すみません、ホームページ見てきたんですけど……」

 

 霊とか相談所ってここで合ってますか?

 男と入れ替わるようにやってきたのは、若い女性だった。

 立て続けに依頼がくるなんて珍しい。

 おどおど不安げな様子でこちらを見てる依頼人に対し、霊幻は瞬時に営業モードへ切り替えた。

 

「はい!霊とか相談所へようこそ!ご依頼ですね、ささ、どうぞ中へ!」

 

 ニコニコ愛想良く女性を出迎える。

 

「は、はい……」

 

 女性はしきりに周囲を見渡し何かを警戒してる様子で、そわそわ 落ち着きがなかった。

 霊幻に促され応接ソファに座っても、体から力は抜けず、強ばってるのがわかる。

 これは初めて入る店に緊張してるだけではないな。何かに怯え神経尖らせてる人の特徴だ。

 

「モブ、コーヒーじゃなくてハーブティ用意してくれ」

 

 クッキー缶に入ってるティーパックのやつだ。依頼人に聞こえない小声で霊幻は茂夫にそう指示した後、くるりと女性の方へと向き直り、にっこり微笑む。

 

「霊とか相談所は、どのようなお悩みごとでも真摯に向き合い解決します。もちろん、お客様の依頼内容に関して他言いたしませんのでご安心を。ああでも、人を呪いたいといった依頼に関しては受け付けませんので」

 

 その辺はご容赦をと、苦笑してみせる霊幻をみて、女性の強ばってた体から少しだけ力が抜ける。

 暫し沈黙が続く。

 うーん、こちらから聞き出すか。

 霊幻が口を開きかけた時。

 

「実は……」

 

 女性は重い口を開き、ぽつりぽつり語り出した。

 

 

 

 

 

 誰かにずっと見られている。

 

 食事しているとき、友達と電話してるとき、お風呂からあがったとき。

 部屋で一人くつろいでるときに唐突に前触れもなく、それは始 まる。

 全身なめ回すように、じいっと。

 どこからか感じる、おぞましい視線。

 粘つく不快なそれは、吐き気を催すほど気持ち悪い。

 どうして。

 部屋には誰もいない、誰もいないはずなのに。

 

 

 

 誰かにずっと見られている。

 

 

 

 

 

 

「もう私、怖くて……」

 

 そのときの恐怖を思い出してか、女性はわなわなと体を震わせていた。

 

「なるほどそのようなことが」

 

 女性の話に神妙な顔で頷きつつ、横に立ってる茂夫にこっそり「何か見えるか」とたずねるも「特に何も感じません」と返され、霊幻は思案する。

 彼女本人に異常はない。

 それに話の内容からして霊の仕業というよりこれはーー

 

「一度部屋を見せて貰ってもよろしいですか?」

 

 百聞は一見にしかず。

 何か痕跡が見つかるかもしれない。

 慌ただしく店の戸締まりをし、急遽、彼女の住むマンションへ赴くこととなったーー

 

 

 

 

 

 

 五階立てのよくあるマンスリーマンション。

 建物自体は新築というわけでもないが、かといって幽霊が出そうなおどろおどろしい雰囲気があるわけでもない。

 自室へ通された霊幻は、ざっと部屋を見渡し周囲をチェックする。

 備え付けの家電と家具に、女性の私物と思われる可愛らしい小物の数々。

 曰く付きの呪いアイテムが飾ってあるわけでもなく、一見すればごく普通の部屋だ。

 窓が段ボールで覆い隠されたり、壁のあちこちに御札が貼ってなければ、の話だが。

 

「最初はストーカーかと思って警察に相談したんです。でもどうも人間じゃないみたいで……」

 

 ため息まじりで話す女性の表情は陰鬱そのものだった。

 

「警察の人に調べてもらったんですが、誰か侵入した形跡とかなくて、結局見られてると感じてるのは気のせいだろうと突き放されて私……どうしたらいいのか悩んで」

 

 今にも泣きそうな声で、女性は切々と現状を訴える。

 

「ずっと誰かの視線を感じるし……凄く気味が悪いんです」

 

「こないだは窓から覗いてたんです!」

 

 そうヒステリックに叫びながら、女性は窓を指さした。

 既に窓は段ボールで塞がっており、外の様子は何も見えない。

 

「ふむ……。ちょっと失礼、確認しますね」

 

 女性に断りを入れてから、段ボールを剥がし、窓を開ける。

 

「5階でベランダもなし……成程な。」

 

 下をのぞき込むと、はるか下に地面が見えた。

 上下左右の外壁も、ぱっと見足場はなく人が侵入できるような経路はない。

 ふむふむ。

 

「エクボいるか?」

 

「なんだよ」

 

 スウとエクボが現れる。こいつ、また見えないモード[強]でいやがった。たく、そんな嫌そうな顔するなって。不細工な顔がさらに不細工になるだけだぞ。

 

「ちょっと窓周り調べてくれ。屋上にロープの跡でも残ってるかもしれん」

 

 女性の部屋は最上階。

 屋上からローブで降りて外から覗き見してる可能性も0じゃない。

 

「なんで俺様が……」

 

「悪霊いたら食っといてくれよー」

 

 ぶつくさ文句言いながら出て行ったエクボに霊幻はひらひら手を振って送り出した後、一人手持ち沙汰になってる茂夫にたずねる。

 

「モブ。何か感じるか?」

 

「はい。ほんの少しですけど」

 

 今回の依頼は”本物”か。

 しかし少ししか感じないということはーーこの部屋に霊は憑いてないことになる。もしくは決まった時間に出現するタイプの霊とかか?

 

「ないない。何の痕跡もねぇよ……て何窓閉めてんだこらー!」

 

 なるほど。見えないモード弱めると透過できなくなるか。

 どうでも豆知識が増えた。

 幽霊も意外と不便なんだな。

 

「あーはいはい、悪かった悪かった」

 

 プンスカお怒り状態のエクボを宥めつつ、窓を開けてやりながらも霊幻は目まぐるしく頭を回転させる。

 人的痕跡は見つからず、霊的痕跡があるなら、うち案件だ。

 でもなあ。

 幽霊の犯行にしては……やることが妙に人間くさい。

 

「被害内容はストーカーのそれで間違いない……幽霊が生きた女に興味持つのって何が目的なんだ?」

 

「さぁな。性欲が残ってる霊は結構レアなケースだろうな。そもそも生殖機能ないしな」

 

「恋に必ずしも性欲が伴うか?……お前とこんな話したくない」

 

「こっちの台詞だ馬鹿野郎」

 

 悪霊と恋愛話とか何の罰ゲームだ。

 こういう話は夜のバーで色気100%のお姉さまとしたい。

 げんなりと気落ちしたときだった。

 突如部屋がガタガタ揺れ出す。

 地震という可能性もあるが、タイミングから考えるに。

 

「これは……ポルターガイストか!?」

 

 例の霊が現れた!て、うわ、駄洒落になっちまった!

 親父ギャグが自然と出てくるあたり、俺もおっさんの仲間入りか!?いやまだ俺三十路はいってない、ギリ若者の範疇だ!

 

「どうしよう……きっと怒ってるんだわ。霊媒師さんをここに呼んだこと……」

 

 内心焦ってる[違う意味で]霊幻の隣で、女性は今にも泣き出しそうだった。

 依頼人の精神ケアしたいところだが、今はそれどころでない。    このポルターガイストを何とかせねば。

 霊幻が茂夫に除霊の指示を送ろうとしたそのときだった。か

 部屋の隅でへたり込んでた女性が突然声をあげる。

 

「いやー!!窓の外!!」

 

 女性の叫びにつられ、一同が窓をみる。

 窓の外にはーー

 

「ーー」

 

 人の影があった。

 ベランダのない5階の窓の外に。

 白くてぼんやりとしたまさに幽霊そのもので、こちらをじっと見ながら、不気味に笑っている。

 こいつが元凶か!

 

「モブ!蒸発させろ!」

 

 いつもなら、霊幻の指示にすぐさま応じる茂夫だが、普段悪霊を祓う力を放ってるその手は、外の幽霊に向かって翳されていない。

 僅かに眉根を寄せ、茂夫は困惑したような顔で己の師匠に告げる。

 

「これは……生きた人間ですよ」

 

 窓の外にいる”何か”の正体を。

 生きた人間?!……生き霊か!!

 おそらく幽体離脱でもして、女性の私生活を覗き見してたのだろう。

 犯人の正体は超能力が使える人間だったのだ!

 超能力[幽体離脱]を悪用するなんてーーなんてふてえ野郎なんだ!

 とっ捕まえなければ!

 

「やはりストーカーか!……くそ!姿を消しやがった」

 

 急いで窓を開けて外を確認するも、影も形も残ってない。

 いったいどこいった!?

 能力者の力量にもよるが、生き霊はそんなに遠くへ飛ばせない

[離れすぎると肉体と繋がってる生命の糸が切れて本当に死んでしまうため]

 この近辺に奴はいるはず。少なくともこの町のどこかにいるだろう。

 すぐさま茂夫に生き霊の気配を追うよう霊幻が指示する前に茂夫がハっと何かに気づいたように声をあげ、それを聞いた部屋にいた一同は皆、大きく息を呑んだ。

 

「隣の部屋だ!」

 

 いや近すぎじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン

 

 真っ昼間に、けたたましいピンポンの音が鳴り響く。

 居留守使っても無駄だ、さっさと出てこい!

 近所迷惑などお構いなしに鬼ャイムを繰り返すこと数分。

 ガチャっとようやく隣の部屋から人が出てきた。

 現れたのはジャージ姿の見るからに陰気な空気を出してる男。

 

「……確かに幽体離脱で人様の生活覗き見したのは悪かったよ……」

 

 ばつが悪そうにボソボソくぐもった声で言い訳してる。

 滑舌悪いな、もっとハキハキ喋れ。

 

「でも僕本気で一目惚れしちゃったんだー!」

 

 先ほどまでの謝罪モードはどこへやら、完全開き直った様子で男は女性に言い寄る。

 

「……」

 

 なお言い寄られてる女性は絶句してた。どん引きである。

 当然の反応といえるだろう。

 しかし男はそのことに全く気づいてない。

 

「本気なんだよ……僕は彼女と付き合うんだ!邪魔すんなよブッ殺すぞー!」

 

と霊幻に啖呵を切った男だが。

 

「あぁ?」

 

 霊幻流防衛術その4。陰気で根暗野郎と対峙するときは、まず先に威圧し相手の威勢を削ぐ。

 身長180近い霊幻に凄まれ、男は一瞬怯むも、「このー!」とやけくそ気味で突進する。

 フッ、馬鹿め!その動きは見切った!

 男の突進を華麗にスッと避け、そのままカウンターで男を地面に押さえ込む。

 

「この陰気な出歯亀が……!」

 

 ギリギリと腕を捻りあげ、男が逃げないよう拘束する。

 対超能力者戦用にと覚えた護身術がこんなところで役立つとは。人生、何が役立つかわからないものだ。

 

「痛い痛い痛い!暴力反対!助けてー!警察呼ぶぞこのやろー!」

 

 ハン、少林寺拳法緑帯の俺に勝てると思うなよ!

 しかし超能力者ってみんな肉体軟弱すぎるだろ[俺も含めて]

 筋肉ムキムキの超能力者とかいないのかなー。

 いるのなら是非とも見てみたい。

 など、ちょっと油断したのが悪かったのか。

 火事場の馬鹿力なのか、霊幻の拘束を振り払い、男は女性の元へ這いながらにじりよる。

 

「すいませんでした!僕が悪かった!もうしません!どうか許してください!あなたを好きな気持ちは本当に真心なんです!」

 

 土下座し、必死に自分の気持ちを訴える男。

 だがしかし、返ってきた女性の答えは男の望むものではなかった。

 

「本当に……本当に超キモいわお前!」

 

 女性 嫌悪100%。

 

 台所にいる黒い虫でもみるような女性の恐ろしいほどまでの冷たい視線に

 

「!!」

 

 男は完全に心が折れ撃沈した。

 

「……」

 

 

 

 夕暮れ時。

 閑静な住宅地に赤いサイレンの光が煌めく。

 とあるマンションのエントランス付近にパトカーが止まっており、何事かと数人の野次馬たちが遠巻きで眺めている。

 

「ストーカー行為を怪奇現象のせいにしようとしたんだな」

 

 全く、救いようのないアホ男だったと、霊幻は肩をすくめる。

 あの後、女性にトドメの一撃を食らい、完全意気消沈した男を再度取り押さえ、ストーカーの現行犯として警察を呼んだのだ。

男はもう抵抗する気力もないようで、大人しく警官についていく。

 パトカーに乗せられるストーカー男を遠目で見送りつつ、霊幻は満足げに頷いた。

 これで依頼人も安心してあの部屋に住めるだろう。

 いや本当、やつの使える超能力が幽体離脱でよかった。

 もし洗脳だったら被害者の女性も自分が操られてることにも気づかず、ストーカー野郎の良いように扱われてたもしれない。

 まったく。超能力を己の欲望のために使うとは、超能力者の風上にもおけないな!

 あのストーカー野郎も、陰でこそこそ覗き見するのでなく、真摯に女性と向き合いアタックしてれば、また結末も違っていたかもしれない。

 想いを伝えたいのなら、超能力に頼らず、自分の口からちゃんと言えばいいのにな。

 相手がテレパシストでもない限り、思ってるだけじゃ何も伝わらないぞ。

 いや本当マジでそう思う。

 

「真似すんなよ茂夫」

 

 そう茂夫に釘を差す悪霊の隣で、うんうんと頷く元超能力者。

 普段の茂夫なら、他者の忠告に対し「わかった」と素直に了承する。しかしこのときの茂夫は違っていた。

 

「なんで……正体が悪霊か人間かでこんなに違うのか……わからない……」

 

 依頼してきた女の人。

 ストーカーが幽霊だと思ってたときは、あんなに怯えてたのに。

「本当に……本当に超キモいわお前!」

 

 犯人が人間だとわかった瞬間、嫌悪丸出しで男をなじっていた。

 

 どうしてあんな極端に反応が変わるのだろう。

 人と霊に違いなんてーー

 

 

「モブ……?」

 

 悶々と何か悩んでる弟子に、霊幻はまた引っかかりを感じた。

 

[今日はやけにいろいろ考えてるなこいつ……後で話を聞いてみるか]

 

 何かに疑問を持って、色々思考することは悪いことではない。

 思考放棄して他人に物事の判断任せっきりなど、他者にとって   いいカモ、都合のいい駒として使われるだけだ。

 

「よし!一旦戻って帰り蕎麦でも食うか」

 

 つとめて明るい声を出して、絶賛考え中のモブの肩を軽く叩く。弟子の悩みを聞いてやるのも、師匠のつとめである。

 1日に2件も仕事をこなせば十分、今日はもうこれで店じまいだ。さて、どこの蕎麦にするか、あ、駅前の蕎麦屋のクーポンあるからそれ使おう。

 足取り軽く事務所へ向かう霊幻の頭は既に仕事オフモードだったが。

 

「あ!来た来た!」

 

「待ってましたよー」

 

 雑居ビルの前で、ちゃらい若者数人が待ちかまえており、霊幻の姿を確認するや否や、テンション高めに声をかけてきた。

 うわあ、マジかよ。

 

「おい。バイト拘束時間なげーぞ」

 

「1日で3件……ホームページ効果だな」

 

 効果ありすぎるのも考えものだ。

 

 

 

 

 若者の人数は3人。

 男2人、女1人で、見た目的にまだ大人ではないが、未成年にも見えない。おそらく大学生だろう。

 どんな相手でも最初に話だけはちゃんと聞くのが”霊とか相談所”のモットー。

 ひとまず彼らの話を聞くため、事務所の中へ入れたのはいいが。

 

「へー、霊能事務所ってこんな感じなんだ」

 

 なんか普通ー、つまんなーいーと文句言いながら、パチパチと勝手に仲間と写真撮るケバい格好した女の子、略してケバ子。

 そしてケバ子の隣にいるメガネの男は、ケバ子と一緒になってウエーイと騒いでいた。

 ただの冷やかしなら、さっさと帰ってくれ。

 蕎麦が待ってる。

 

「で?依頼内容は?」

 

 いつも依頼人に対して胡散臭い笑顔浮かべてる霊幻に珍しく、スンと真顔での応対だった。

 話聞く前から既にやる気ゼロの霊幻だが、若者たちは大して気にした様子はない。

 3人のリーダー的ポジションだろうチャラい金髪男、略してチャラ男が

 

「卒業前に思い出作りしたいんすよー。で、流行の心霊スポット行ってみんなで写真撮りたいって感じで?」

 

と、霊幻に依頼内容を伝える。

 

「そうそうー、心霊スポットとか映える感じじゃーん?」

 

 チャラ男の後ろで写真撮り終えたケバ子が話に割り込み、そのケバ子の隣でメガネがへらへら笑っていた。

 友達と遊び半分で心霊スポットにいくって、それ死亡フラグ。

 ここがB級ホラー映画の世界なら、こいつら冒頭で死んでるモブ1、モブ2、モブ3だな。

 

「なんかあったらヤバいんでー」

 

 幽霊いたらよろしくー。

と、なぜかキメ顔みせるチャラ男。

 それをみてケバ子がキャーキャー騒いでメガネがバカ笑いしてる。

 

[遊びか……まぁ否定するつもりもないが]

 

 友達とワイワイ馬鹿騒ぎするのもまた、青春の1ページ。

 人様に迷惑かけない範疇ならそこまで目くじらをたてるつもりもない。

 前世の俺がやってきたことに比べれば可愛いもんだ[※ひどすぎて詳細話せないレベル]

 しかしこいつらの場合、ちょっと不安がある。

 仲間と馬鹿騒ぎを楽しむ人種ってのは、高確率でトラブルメーカーだ。

 仲間と一緒にいることで変に気が大きくなるのか、増長し色々やらかす。

 そんな光景を俺は過去に散々見てきた。

 霊幻の脳裏に浮かんだ光景、それは。

 

”超能力を持ってない人間など生きるに値しない!我々”選ばれた特別な人間”がこの世界を征服し支配すべきなのだ!”

 

 超能力で好き放題町を破壊し暴れ回ってたかつての自分の部下たちの姿だった[まあ、組織運営にはノータッチで人事も全部ほかのやつに任せっきりだったからあいつらが部下という認識は薄いけど]

 

 ……仕方ない。これも社会貢献の一環だ。頭パッパラパーな大学生たちが人様に迷惑かけないよう、変なことしないよう、監視役のつもりで行くか。

 

「日時と場所は?」

 

 来週の日曜とか既に何件か予約入ってるが、肝試しなら時間的に夜だしそのへんは問題ないだろう。

 まずはその行く心霊スポットについて情報集めておかないとな。心霊スポットが実はヤクザが裏取引に使う場所で、人を遠ざけるためにあえて幽霊の噂を流していた、なんてパターンもある。

 あとその日は遅くなるだろうから、前もってモブの両親に連絡してーー

 つらつらと頭の中で計画立ててた霊幻だが。

 

「今からっす!外に車止めてあるんで!」

 

 チャラ男のこの一言で、脳内で組み立ててた段取りは全て無駄になった。

 

[こいつら内定なさそう]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は沈み、夜の帳がおりている。

 電灯も立ってない真っ暗闇の山の中。

 一台の車が走っていた。

 舗装されてないでこぼこ道を、ガタゴト車体を揺らしながら。

 

「本当に20分で着くのか?もう30分経つけど」

 

 鬱蒼とした木々が次々に通り過ぎていく様を眺めつつ、隣で運転してるチャラ男にたずねる。

 大丈夫大丈夫、心霊スポットすぐそこっすから!車で20分なんすよ!

 写真撮ったらすぐ帰るんで、ささ、早く乗っちゃってください!と急かされ、渋々モブも連れてチャラ男たちの車に乗り込んだというのに。

 

「あと30分くらいかかるかもっす」

 

 ……こいつの言葉、信じるんじゃなかった。

 後悔先に立たず。

 

[蕎麦食いに行けないかも]

 

 腹いせに時間外手当という名目で報酬に+加算しとこ。

 

「それで、目的の心霊スポットってのはどんな噂があるんだ?」

 

「あー、実は俺らもよく知らないっす。適当にネットで近場の心霊スポット検索してヒットしたんでー、でも何も情報なしで行ったほうが楽しいっしょ!」

 

 また死亡フラグ立ててるなこいつ。

 油断して前情報なしで敵地[心霊スポットなど生きた人間にとって敵地のようなものだ]に行くなど、自殺行為のなにものでもない。

 慢心していいのはどんな状況でも即対応できる完璧パーフェクト超能力者だけだぞ全く。

 それからさらに20分経過し。

 

 

 

「うぉー!雰囲気怖えー!」

 

 ようやく、目的の心霊スポットにたどり着いた。

 それは山奥にある一軒家、だったもの。

 屋根に穴があき、外壁はところどころ崩壊してた。

 なるほど。確かに出そうな雰囲気はある。

 

「霊の気配は?」

 

 テンションあがりまくって、わいわい騒いでる若者たちをよそに、霊幻は茂夫に霊の有無を確認する。

 

「少しはあるけど……」

 

「流行りの心霊スポットって程じゃねぇな」

 

 茂夫とエクボ、双方の意見を聞き、霊幻は心得たと言わんばかりに頷く。

 特に悪さするやつじゃなければ、放っておいて問題ない。

 心霊写真も撮れたら撮れたで連中も喜ぶだろう。

 

「はーい。じゃあさっさと写真撮ってください」

 

 早く用件済ませて帰ろう。

 

「ていうか撮ってくんなーい?」

 

「……」

 

[激しく断りたいが依頼人だし仕方ない]

 

 これも仕事のうちだ。

 ケバ子から渋々カメラを受け取り、シャッターを切ろうとする。

 

「はいチー……」

 

「あ。フラッシュよろしくでーす」

 

「はいチーズ」

 

 パチリ。

 

 薄暗い廃墟に、カメラのフラッシュ音が響く。

 これで若者たちの思い出の一枚は撮れた。

 

「そろそろ行かないと。弟子も中学生なもんで」

 

 モブたちが変なアジトへ行って帰りが遅くなったときは、親御さんすごく心配してたからな。

 

「はーい。あざーっす」

 

「えーと。報酬の件なんですけども」

 

 今回は特に何も起こりませんでしたので、お代は○円でいいですよ。とコース最安値の金額[+蕎麦代]を言おうとした霊幻だが。

 

「え!報酬!?」

 

「報酬ってマジ何の事?」

 

 先ほどまでテンション高く廃墟探索楽しんでた若者たちの声色が変わる。

 

「はい?依頼のですけど」

 

 あーなんか嫌な予感がする。

 

「何も起きなかったし霊能力者さんだって何もしてないわけじゃないっすか!この場合お金払う必要マジあるんすか?」

 

「それって詐欺ってやつじゃん?」

 

「それじゃ詐欺じゃん詐欺!」

 

と、馬鹿三人組による詐欺だ詐欺だの大合唱。

 いやいや、時間拘束してる時点で支払い義務が発生するの、大学で習ってこなかったのかよ。経営者だって1日客がこなくても従業員に給料支払わないといけない。一昨日とかまさにそうだった。一人も客が来ず、モブと一緒にたこ焼き食って終わったけど、ちゃんとバイト代出したんだぞ[※時給300円]

 げんなりしつつも、いやだからね、と猿でも理解できるよう懇切丁寧に経済の仕組みを教えようとするも。

 詐欺、詐欺、訴えてやる、ネットに晒すだの喚くばかりで人の話をちっとも聞きやしない。

 挙げ句の果てには。

 

「支払い拒否からの……現場解散だと?」

 

 山奥に置き去りだ。

 これ、下手したら警察案件だから、よい子の皆は真似すんなよ。

 

「起きたな。不測の事態」

 

 どうすんだよ霊幻と、非難がましい目で俺を見てくるエクボ。

 あーはいはい、あいつらの行動読めなかった俺が悪い悪い。

 報酬前払いにしとくべきだった。

 

「仕方ない。公道出てタクシー拾うぞ。蕎麦はなしだ」

 

 ここからどれだけ歩けばいいんだが。

 はあ……テレポートできないのマジ不便。

 

 

 その後、霊幻たちは運良く山を攻めてたトラックの運ちゃんに拾ってもらい、無事、下山することができたのだったーー

 

 

 

 

 

 霊能者という胡散臭い職業に就いてると、依頼人が仕事に難癖つけて金払わないなんてこともよくあることである。

 犬に噛まれたとでも思って忘れるか。

 あいつらの内定、全部落ちますように。

 若者たちの不幸をこっそり心の中で願いつつ、霊幻はすっぱり気持ちを切り替えた。

 もうあいつらとは顔合わすことないだろう。

 そう、思っていた霊幻だったが。

 

 

 

 

「え?心霊写真が撮れた?」

 

「はい……それでまたお願いがあるんです……」

 

 再び、あの若者たちが霊とか相談所にやってきた。

 たく、どの面さげてここにやってきたんだが。

 そもそも、心霊写真撮りたくてあの廃墟に行ったんじゃねーのかよ。

 

「そんなに気になるなら塩でも撒いとけよ。ボランティアはやってないんだ」

 

 なんならわけてやるぞ。お徳用サイズの。

 

 「すいませんでした!お金は払います!」

 

 後生です助けてください!と勢いよく頭を下げて懇願するチャラ男と愉快な仲間たち。

 こいつら……俺が依頼引き受けるまで梃子でもここから動かない気だ。

 はあと盛大なため息をはく。

 全く仕方ない。

 

「……内容は?」

 

「これからもう一度あの心霊スポットに行ってこの写真に写ってる幽霊を消し去ってください!」

 

 またあの廃墟に行くのかよめんどくせー。

 

「その写真を除霊することはできますけど?別に現場に行かなくても」

 

「無理です!こういうのが存在するってだけで気持ち悪くて!消してください!」

 

 一度見つけたGは始末するまで安心できないタイプか。

 だったら最初から肝試しするなと説教したいが、それは仕事が終わった後でやろう。

 

「除霊依頼ですね。じゃあコースを説明するので……」

 

「高いやつでお願いします!」

 

 まいどあり。

 前回の分も合わせて依頼料ぼったくってやろうとも一瞬考えたが、それは大人げないのでやめといた。

 

 

 

 

 再びあの心霊スポットへ向かい走行してる車の中。

 

「「「……」」」

 

 昨日は馬鹿騒ぎしてた学生たちだが、今日の彼らは誰も口を開くことなく、完全お通夜モードで車内はとても静かだった。

 

「また呼び出されたな。昨日は日曜潰れたしキレていいんだぜ~」

 

 この悪霊を除いて。

 ぶんぶんモブの周りを飛び回って、俺の悪口言ってる。

 やかましい、俺だって二日続けて中学生を夜に連れ回したくなかったつーの。

 

 

 

 

 

 暗い山奥にひっそりと存在する朽ち果てた廃墟。

 月の光に照らされ、ぼんやり浮かぶ様は幻想的でもあり不気味な光景でもある。

 

「……3人います、別に悪い霊じゃなさそうですけど」

 

 じっと、廃屋の前を見つめながら茂夫が隣にいる霊幻に伝えた。なお大学生たちは車のそばで怯え震えながら待機してる。

 ……こいつら、いざとなったら俺たち見捨てて逃げる気だ。

 

「まぁ依頼人が怖がってるからしょうがねぇな。除霊してやれ」

 

 たとえ客がいけ好かないやつでも、しっかり依頼こなすのがプロの仕事である。

 面倒くさそうに頭をかきながら、霊幻はいつもの調子で茂夫に除霊を頼んだ。

 これまでの茂夫なら、霊幻に除霊を頼まれるとすぐさま悪霊に向けて手を翳し、淡々と流れ作業のように除霊をする。

 だがしかし。

 

「じょ……除霊する必要ないですよ。悪さしないって言ってますし。家族ですし」

 

 この日の茂夫はいつもと違っていた。

 

「モブ?」

 

 茂夫の視線はひどく泳いでおり、呼吸も浅く速くなっている。

 それは極度のストレスに晒されてる人の典型的な特徴だった。

 茂夫の異変にいち早く気付いた霊幻が、何事か声をかけようとするも、それよりも先に怒号が轟く。

 

「ちょっと!必要あるから頼んでるんですけど!」

 

「気味悪くてしょうがないんだよ!」

 

「悪さするしねぇは関係ねぇから!つーか金払うって言ってんじゃん!」

 

 大学生連中のヒステリックな叫び声に、霊幻は顔をしかめながらも、様子の可笑しい茂夫に言葉を投げかける。

 

「モブ。どうしたんだ?今まで散々悪霊を消してきたじゃねぇか」

 

 それが今になってなんで急に。

 

「この人達は平和に暮らしたいだけなんだ……僕がそれを壊すことなんてしたくない……」

 

「私たち本当に困って依頼してるんですけど!」

 

 ちょっと黙っててくれませんかねお客さん。

 ケバ子が悲劇のヒロイン気取ってぎゃんぎゃん騒いでるが、連中に呪いはかかってない。それはモブやエクボが確認済みだ。

 本当に偶然、やつらの写真に幽霊が映り込んだだけなのだろう。

 とはいえ仕事は仕事。

 

「依頼人の要望は最優先するものだ」

 

 客からのニーズに応え、顧客満足度をあげることは、商売するにあたって重要なことだ。

 だが霊にも生者と同等の尊厳があるとしたら。

 

[本当にそこで家族3人が慎ましく暮らしているだけなら……?    そこで土足で踏み入って強制退去させるなんてそんな外道をモブに強いるわけにはいかん]

 

 そんなド外道は”俺”だけで充分だ。

 

[が、依頼人の恐怖心も本物だ。どうする?プロとして。依頼人より幽霊を尊重するのか?]

 

 仕事をとるかモラルをとるか。

 ふうと一度深呼吸し気持ちを落ち着かせる。

 

「モブ。霊はまだ何か言ってるのか?」

 

「……」

 

 顔を俯かせたまま、モブは何も答えない。

 でも。

 

「震える程除霊したくないみたいだな」

 

 モブの想いは痛い程までに伝わった。

 

「そんなにか……OK。わかった。除霊はよそう。俺だって命令してるわけじゃないんだ。別にいいんだぞ?自分の感情に従って」

 

 後のことは師匠の俺に任せとけ。

 ちゃんと連中いいくるめて、納得させるから。

 

「そうそう。もっと気楽に判断しろよ。茂夫は強ぇんだからよ」

 

 霊幻とエクボが茂夫に気遣う言葉をかける。

 しかし。

 

「わからないんだきっと……ああ……これはきっと僕にしかわからないんだ……」

 

 茂夫の顔は苦しげに歪んでいた。

 ぎゅっと自身の胸ぐら掴んで、ぎゅうと身を縮こまらる。

 自分にしかわからないっていったいどういう意味だ?

 超能力者だからか?いや元超能力者の俺でも今のこいつの気持ちがわからない。いったい何がそんなにモブを苦しめてる?

 

「だって……感情に任せていいわけがないんだ……気楽になんて……僕が……この家族を守りたいと思ってしまったら……今度は依頼人が怪我をするかもしれないんだから」

 

 唇を噛みしめ必死に感情を押さえ込もうとする茂夫の姿をみて、霊幻はようやく気付いた。

 茂夫がなぜここまで追いつめられてるのかその理由を。

 

 そうか。モブはーー”俺”じゃない。

 だからこんなに悩んで苦しんでるのか。

 

「いつまでやってんだよ!バイトのガキぐらい言う事……」

 

 チャラ男が悪態つきながら、霊幻の胸ぐらを掴もうとしたときだった。

 

「うわっ!」

 

 何かが勢いよく撒かれ、チャラ男を含め、大学生たちは驚いたように声をあげ、あわてて腕で顔をガードした。

 おそるおそる彼らが目をあけ、振ってきた何かの正体を確かめる。

 

「何すかこれ……塩?」

 

「今ので除霊は終わりだ」

 

 困惑してるチャラ男たちに、霊幻はにべもなく言う。

 

「え!?ちょ待てよ!ほんとかよ!?今ので……」

 

 霊幻の雑な除霊に文句いいかける彼らだが。

 

「終わりだ」

 

 霊幻の迫力に押され。

 

「……はい」

 

 それまで喚いてた大学生たちはシュンと猫を借りてきたように大人しくなった。

 彼らは互いに顔を見合わせた後、気まずそうにそそくさと車の中へ乗り込んでいく。

 そんな彼らの様子を気にすることなく、霊幻は自分の失態にぎりっと歯噛みした。

 

[そういうことか……どうして気付かなかったんだ!]

 

 なにがモブの師匠だ、くそっ!

 

[あいつは普通の人よりできる事が多いんだ。見えてる世界が遙かに大きい。呪いも霊もモブの日常と繋がってんだ]

 

 それはかつて超能力者だった前世の俺も同じ。

 霊なんかくっきりはっきり見えすぎて、肩に乗っけてるタイプのマスコットと見間違えたくらいだ。

 

[人間もそれ以外もあいつにとっては同じような距離にある]

 

 今の俺がこれまで様々な悪霊に出会っても、平静を保っていられたのは、そうした前世の記憶があるおかげ。

 

 でも。

 

 霊や人と同じ目線にたち彼らに寄り添おうとしたモブ。

 霊も人も区別なく邪魔な奴は全て排除してきた”俺”。

 

 根本的なところで、俺たちは違っていた。

 だから俺はモブの苦悩に気付けなかった。

 

「帰るぞ。蕎麦でも食うか?」

 

 慰めるように、ポンポンと軽く背中を叩きながら、大学連中の車へ向かうよう促す。

 

「はい……」

 

 ズズっと鼻をすすりながら、モブは消え入りそうな声でこくりと頷き、俺の隣を歩き始めた。

 

 ……本当ごめんな。

 

 

 その日の蕎麦は特大エビ天のトッピングをつけてやった。

 

 

 

 

 

 今思えば。

 この頃からモブは変わりだしていたかもしれないーー

 

 

 

 →続く

 

 

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