弱くてニューゲーム   作:双子うさぎ

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ある詐欺師の話【中】

 

 

悪霊祓いはとにかく金がかかる。

霊能者に相談するだけで数万、実際に除霊を頼めば数十万、さらに高名な霊能者にお願いすると百万を優に超えてしまう。

世間ではぼったくりと糾弾されるほど高級な価格設定されてるのが当たり前なこの業界で。

一番高い除霊でも2万円ぽっちという、前代未聞の価格で除霊を執り行う霊能者がいた。

どの組織にも属さずフリーで活動してる霊能力者”霊幻新隆”

しかもそんな価格破壊と言える値段なのに、除霊成功率が非常に高いらしい。

今世紀最大の霊能者を自称してるが、果たしてその実力は本物か。

同業者たちの間で”霊とか相談所”が噂されはじめた頃。

 

「は~。これが個人の持ち家なのか」

 

噂の霊能者は彼らの前に姿を現したーー

 

 

 

 

 

 

 

東京ドーム○個分と例えても違和感がない超広い庭に、これまたドラマに出てきそうな洋風のでっかい豪邸。

 

「でっけえ家だなあ」

 

感嘆を漏らすのは、灰色のスーツ姿と一見すれば普通のサラリーマンに見える格好した青年。そして。

 

「大きいですね」

 

まだ中学生と思われる少年が青年と同じ感想を呟く。

セレブには全く見えない庶民オーラ100%な二人に、正面門で直立不動で立っていた、いかつい顔した黒スーツの男が厳しい視線を向ける。

 

「……招待状は?」

 

男に聞かれ、青年ーー霊幻は懐から一通の白い手紙を取り出し、無造作に手渡す。

 

「……」

 

上質な紙で綴られたその手紙を、男は隅々まで念入りに確認すること十秒。

 

「どうぞ中へお入りください」

 

と男は厳かな声で二人を中へ通した。

資産家として知られる浅桐正志氏の邸宅に。

 

 

 

 

 

 

 

家の中も、外観に違わず豪華絢爛だった。

吹き抜けの玄関ホールには巨大シャンデリアが吊され、深紅の絨毯が床一面に敷き詰められている。

部屋に飾ってる調度品はどれも目玉が飛び出そうな金額っぽいアンティークものばかりだった。

 

「どうぞこちらへ。私の後についてきてください」

 

執事と思われる燕尾服姿の初老の男性が現れ二人に指示する。

男性の案内で、二人は玄関を抜け、長い廊下を歩きーーここでお待ちくださいと通された部屋は大広間だった。

それも普通の大広間ではない。

一般住宅が何個も入りそうなだだっ広い空間に調度品といったものは一切なく、天井も二階、いや三階くらいの高さはある。

四方の頑丈そうなコンクリート壁や薄暗い照明も相まって、これはなんとも。

 

「なんとも怪しいとこだな」

 

そう言いながら思わずため息がでたのは仕方ないことだろう。

有名な資産家から仕事のオファーがきた時点で、きな臭いとは思ってたけど。ホームページ効果で多少知名度はあがったものの、ビッグな客がくるほど”霊とか相談所”は有名になっていない。

怪しいのはこの空間だけではない。

中には既にたくさんの人が集まっていた。

インディアン、僧侶、宣教師、修道服などなど。

どれもこれも奇妙キテレツな格好した者ばかり。

むしろ普通の格好してる自分たちのほうがこの場では浮いている。

 

「見るからに胡散臭い雰囲気をまとってるな~。多分同業者だ」

 

あんなコスプレ衣装で客取れるのかと首を捻ってる霊幻の隣で茂夫は思った。

 

[師匠も人のこと言えないのでは?]

 

この場にいるいかにもな格好もアレだが、スーツ姿で霊能力者というのも大概怪しい。

 

「よう!お前ら」

 

聞き覚えのある声が二人の背後から聞こえた。

声のした方へ向き直り、その人物の姿を目に入れた茂夫が声を上げる。

 

「あ。森羅万象丸さん」

 

都市伝説の件で知り合った霊能者、森羅万象丸だった。

 

「よお、元気そうだな。体の調子は戻ったか?」

 

軽口叩く霊幻に、森羅は「おうよ」とぐっと腕に力を入れ力こぶをつくってみせる[脂肪に隠れて力こぶ自体は見えないが]

 

「おかげさまでな。まあ、あの後数日間全身筋肉痛で動けなかったが、今はこの通りピンピンしてる」

 

「よかった。元気そうで」

 

「おお、坊主じゃねーか」

 

あのときは助かったぜ、ありがとよと森羅が茂夫に向かってニカっと笑ったときだった。

 

「森羅君。誰だねその男は?」

 

しわがれた老人の声が3人の耳に届く。

声のした方へ3人が振り返ると、僧侶の恰好した小柄な老人が、屈強な男数人従えてそこに立っていた。

 

「浄堂様!」

 

老人の顔をみるや否や、森羅の顔がキリっと引き締まる。

なるほど森羅の上司か。

森羅の態度をみて、霊幻は瞬時に二人の関係を把握する。

そういや森羅のやつ、日曜連休連合[※日輪霊能連合]に所属してると言ってたな。

つまりこの爺さん、日曜連合のトップか。

 

「以前悪霊相手に共闘したことのある霊幻新隆というフリーの霊能力者です」

 

森羅がそう浄堂に霊幻のことを紹介したときだった。

周囲の空気がざわつく。

あれが噂のフリーで活躍しているという……

ホームページでおひきさんを退治したとか書いてあったが

まさか本当に?

ひそひそと小声で囁きあいながら、じろじろと値踏みするように見てくる同業者たち。

 

「おお。君が例の。おひきさんを退治したとデマを!吹聴しているという」

 

こら爺さん、デマの部分を強調して言うな。

俺だって証拠の写真、ホームページのトップに載せたかった。

何もかも心霊写真撮らせてくれなかったおひきさんが悪い。

 

「よろしくー」

 

嫌みを笑顔でスルーしつつ、握手するため手を差し出した霊幻だが。

 

「フン!」

 

浄堂は大きく鼻を鳴らし、握手することなく、霊幻たちに背を向けてわざと派手に足音を響かせながら去っていった。

 

「なんだか不機嫌そうでしたね」

 

「年とると高血圧になって、カッカしやすくなるんだ。お前はまだ若いから大丈夫だろうけど、食生活には気をつけろよ」

 

「部活の先輩から”いい筋肉ができる食事メニュー”教えてもらってそれを家で食べてます」

 

「意外と本格的な部活なんだな[筋トレばっかする脳筋連中の集まりと思ってた]後でそのメニュー俺にも教えてくれ」

 

「はい」

 

日輪霊能連合のトップである浄堂麒麟にあからさまに嫌われても、全く気にしないどころか、のんきに己の弟子と思われる少年と食事談義に花を咲かせている霊幻に、森羅を含めた同業者たちは皆一様に思った。

 

この男、ただ者じゃない。

 

 

 

霊幻 図太さ100%

 

 

 

 

ほどなくして。

 

「よく集まって下さいました先生方。私は皆さんが本物の霊能力者であることに疑いを持っておりません」

 

霊能者たちを集めた張本人、浅桐正志その人がこの場に姿を現した。

会社ホームページに載ってた写真と同じ顔……本人で間違いないな。

何十人も霊能者が集まってる中、臆せず堂々たるその様は流石日本有数の株式会社アサギリホールディングス代表といえる。

しかし。

 

[……写真よりも顔色が悪いな]

 

観察力が鋭い霊幻は浅桐氏の変化を見逃さなかった。

 

「しかしこの中に娘を救える方がいらっしゃるかどうか……ここから先はどうぞ内密に」

 

彼の背後にあった壁が無機質な機械音と共に、上へあがっていく。

壁の向こうに見えたものは。

 

「私の娘、浅桐みのり14歳です。マジックミラーなので向こうからは見えません」

 

部屋の中心に置かれたベッドに横たわる一人の少女の姿だった。

 

「……」

 

白いパジャマ姿の彼女は眠ってるのか、瞼を閉じており身じろぎ一つしない。

しかし一番異様なのは、少女のか細い手足に枷がついてることだろう。

 

「ちょっとやりすぎなんじゃねぇか……?」

 

霊能者たちの間からそんな声があがったのも無理はない。

そんな非難の声に対し「……これもやむ得ない処置なのです」と沈痛な面もちで浅桐氏は深い息を吐いた。

 

 

「最初は私も信じてなかったんですよ……霊など。しかしいくら心理カウンセラーや精神治療の権威にあたってみた所でまるで効果はない。彼女の中には悪霊が入ってしまったのです。先生方にはそれを退治していただきたい」

 

娘を救ってほしいと切々と訴える浅桐氏を横目に、霊幻が茂夫に確認をとる。

 

「どう思う?」

 

「今の所これっぽっちも感じませんね」

 

霊の気配はなし、となると。

 

「思春期の精神的疾患が妥当な所だな」

 

そう茂夫に話しながらも、霊幻は疑念を抱いていた。

果たしてあの”浅桐みのり”が心の病気になるのかと。

浅桐氏の一人娘”浅桐みのり”。ここにくる前から彼女のことは既に知っていた。

いや、浅桐氏について調べてたら、自然と情報が集まってしまったと言った方がいいかもしれない。

 

 

親の権力笠に着て、やりたい放題の我がまま娘。

 

 

それが浅桐みのりという人物についての総評だった。

父親である浅桐氏も一人娘のことは溺愛してるらしく、彼女を相当甘やかしてるという。

もちろん、ネットにある情報がすべて真実とは限らない。

これらの噂だって、金持ち妬んだ誰かが根も葉もない悪評をバラ撒いただけということも十分あり得るし、たとえあの悪評が真実だったとしても浅桐みのりが己のしたことにひどく後悔して心が病んでしまったという線も考えられる。

それならまだいい、霊関連じゃないなら本職の人にバトンタッチだ。

最悪なのはーー

 

「金目に糸目はつけません!救ってくれた者には特別な報酬を用意する!」

 

何にせよ。

 

「よーし!じゃあ今回も俺達がスパーっと解決してやるか!」

 

直接彼女と話してみて、確かめるしかない。

 

「なぁモブ。お前にもボーナスやるよ。いつもの給料の10倍」

 

娘に激甘な資産家が出す報酬、さぞかし大金になるだろう。

 

「ボーナス……初めてだ!」

 

それもバイト代の10倍なんて。

目をキラキラ輝かせる茂夫に、エクボ[実はずっといた]は冷静に突っ込む。

 

「つか今までが少なすぎんだろ。10倍っていっても3000円ぽっちじゃねーか、茂夫騙されんな」

 

はいそこ、余計な茶々入れない!

 

「じゃあまずは俺から」

 

「待てい!抜け駆けは許さんぞ!」

 

しれっと一番最初に行こうとする霊幻にめざとく気付いた森羅が待ったをかける。

森羅が声をあげたのを皮切りに他の霊能者たちも俺が先だと騒ぎ出す。

 

「皆さん!そう慌てずに!じゃんけんで決めるというのはどうでしょう?」

 

暴動一歩手前になってる状況に、慌てて浅桐氏が順番の決め方を提案した。

 

「あ?ジャンケン?」

 

ジャンケン。

それは和の精神を大事にする日本ではもっともポピュラーで平和的な解決法であり、年齢、性別、体格、霊感などのハンディキャップがなく、”運”で勝者が決まる。

 

「それなら公平だな」

 

「いいだろう」

 

「だな」

 

霊能者たちも皆一様に納得したようで、騒ぎも収まった。

 

「よし!俺はパーを出すぞ」

 

高々と宣言する霊幻に、近くにいた霊能者が訝しげな顔をする。

 

「あ?」

 

「なんだその宣言は?」

 

「やっぱりチョキを出す」

 

「いやだからさ……」

 

一部でよくわからないやりとりはあったものの、ジャンケン大会は始まった。

 

結果ーー

 

 

霊幻は優勝した。

 

 

「すごい……どうやったんですか?」

 

初戦敗退した弟子が目を丸くしてる。

 

「心理操作、相手の目線、手の角度、腕の引き、観察、他色々でじゃんけんは勝てるんだよ」

 

それもこれはただのじゃんけん必勝法じゃない。

かつて超能力者だった俺が編み出した究極最強のじゃんけん必勝法なのだ。超能力者の思考パターン[自身の思考を自己分析]も計算にいれている。そう。

 

「じゃんけんなら誰にも負けねぇ自信がある!」

 

たとえ相手がテレパシストでも!!

例え心読まれてもそれを逆手に、相手の考え見抜くのが今の俺だ[多分]

 

「ふふーん。じゃあお先~」

 

ギリギリ悔しそうに歯ぎしりする霊能者たちの間を、霊幻はふふんと得意げな笑み浮かべながら、悠々と歩いていった。

霊能者たちの集団を抜け、厳重にロックされてる扉の前にたどり着く。

 

[精神的疾患を初対面の素人がケアするのは厳しい……]

 

独学で心理学研究してカウンセリング技術はかなりの腕前だと自負してるが餅は餅屋、本職のカウンセラーに任せるのが一番だ。

側に控えてたSPの男に無言で頷き合図を送る。

霊幻の合図を受け、男は壁のボタンを押し、扉をオープンした。

開いた扉を確認し、霊幻は部屋に向かって歩き出す。

 

[ここで俺ができるのはあくまで霊能者としてだけ]

 

「……」

 

部屋の主である浅桐みのりは既に目覚めており、ベッドに腰掛けていた。

ネットでみた彼女の写真は、勝ち気そうな表情が印象的だったが、今この場にいる浅桐みのりは、その面影が全く残っていない。

目に生気はなく、虚ろな表情をしていた。

ひとまず彼女から少し距離をとってからベッドに腰掛け、親戚のお兄さんのような親しみある優しい声で彼女に挨拶する。

 

「こんにちは[そう。いつも通りだ]」

 

まずは小手調べだ。

 

「なんで閉じこめられてるのかわかる?」

 

ここでの会話は部屋のどこかにある盗聴器で、向こう側にも聞こえるようにしてあるが、逆に向こうの会話はこちらに聞こえない。

霊幻の問いに、彼女は暫く黙ってたが、おもむろに語りはじめた。

 

「私……わからないの。パパ最近おかしいのよ……」

 

「お父さんが?」

 

少し驚いたように声をあげる霊幻に、彼女は顔を俯かせたまま震える声で続ける。

 

「少し前からアタシを閉じこめたりベッドに縛り付けたり……怖い顔で睨んだり叩いたりもするのよ……」

 

素早く彼女の体へ視線を走らせる。

ゆったりとしたパジャマと太い枷で彼女の肌は殆ど見えなかった。

 

「いろんな大人達を連れて来ては私の体をべたべた触らせたりもしたのよ」

 

思春期の女の子なら耐え難い仕打ちだろう。

 

「お父さんを信じちゃ駄目よ。最近まで何かに取り憑かれたみたいにおかしいの。アタシが呪われてるとか悪魔に乗っ取られてるとか言い出したのよ……」

 

お父さんが、ね。

 

「そりゃちょっと反抗期もあったかもしれないけどここまでするなんて異常よ!」

 

両手両足の自由奪って部屋に閉じこめるなど人間扱いではない。

 

「私……ずっとこのまま出られないのかな……ねぇ……霊能者さん。これ外してくれない?痛くてしょうがないの」

 

そう言い、彼女は目を潤ませながら両腕をスっと持ち上げてこちらに差し出してきた。

……

「お父さんに聞いてみるよ」

 

にっこり微笑みつつ、少女との会話を切り上げた。

部屋を出て、扉が完全に閉まったのを確認してから、肩の力を抜き大きく息を吐く。

はー……緊張した。

 

「どうだった?」

 

そばの壁によりかかって待ってた森羅が、霊幻に所見を求める。

 

「ふむ……」

 

霊幻は顎に手を当て、難しい顔で考え込む。

……どうしたものか。

 

「調べるまでもない。あの子は正常じゃよ」

 

そう言葉を発したのは霊幻でなく、日輪霊能連合のトップ、浄堂麒麟だった。

 

「なんだと!?どういうことだ!」

 

「彼女に悪霊が憑いた可能性はゼロだということだ」

 

何より彼女から悪霊の気配を感じない。

浄堂の言葉に、他の霊能者たちも「確かに」「感じないな」

「おまえは?」「俺もそうだ」と口々に言い始める。

 

「これだけの人数が集まってるのに、誰一人として悪霊の気配を感じていない。やはり浄堂様の言うとおりーー」

 

「いや!そんなはずはないんだ!」

 

私を信じてくれ!と訴える浅桐氏だが、もはや彼の言い分を信じてる者はいなかった。四方八方から冷ややかな視線を向けられ、浅桐氏は言葉を詰まらせ口をもごもごする。

 

「問題があるのはあなたでは?家族の変化に対応できず認めようとしない」

 

「挙句霊や悪魔の仕業と言い張る」

 

霊能者たちの間で次々と浅桐氏への非難の声があがる中。

 

「お前ら依頼人に何言ってんだ。ありゃタチが悪いぞ。間違いなくクロだ」

 

そうあっさり言ってのけたのは、一番最初に浅桐みのりと会話した霊幻だった。

たく、さっそく悪霊に騙されてやんの。

気配遮断なんて下級悪霊でも普通にできるだろうに。現にほら、ここに下級悪霊代表のエクボが現在進行形でやってる。相手が年端のいかない女の子だからって、みんな目が曇ってるぞ。

 

「根拠は?」

 

森羅の言葉に、霊幻は小さく肩をすくめる。

 

「アレと話せばわかる。子供と会話してる気がしなかった」

 

こちとら子供と接する機会が多いんだ、それも彼女と同じ中学生の子と。相手が本当に14才の少女かどうかなどある程度会話すれば判断がつく。

だいたい爽やかイケメン[自称]の俺と話して、お年頃の女の子が照れたり頬を染めたりせず、眉一つ動かさず淡々としてる時点で可笑しいだろ。

 

「とか言って報酬を独り占めしたいだけじゃ?」

 

疑惑の目を向ける霊能者の一人に、霊幻は冷静に言い返す。

 

「あの子に騙された奴は帰った方がいい。まんまと取り込まれるぜ。一人称がコロコロ変わったりパパと言ったりお父さんと言ったり」

 

自我が安定しないのも、悪霊憑きの大きな特徴。

そしていまのこの状況ーーかなりマズい。

そのことを伝えなければ。

 

「それと俺はただ話をしただけなのに彼女は俺を霊能者と言った」

 

医者やカウンセラーと間違うことはあっても、霊能者などと言うはずがない。

他のコスプレ集団と違って、俺はーー普通のスーツなのだから。

 

「つまりこっちの会話が筒抜け……」

 

そう霊幻が言い掛けたときだった。

盛大にガラスが割れる音がするのと同時に、砕けた大量の破片が霊幻たちめがけて降り注ぐ。

 

「っ……!!」

 

咄嗟に腕で顔を庇う。

雨霰と飛んでくるガラス破片。

その中の一つが霊幻の頬をかすめるも、腕でガードしたおかげなのか、それ以外の怪我はしなかった。

あっぶねえ、危機一髪!

警戒してなかったら、まともに食らうところだった。

どでかい穴のあいたマジックミラーの壁。

そこらじゅうに飛び散ったガラス破片。

床には無数のガラス片と共に、少女と話してたはずの霊能者が白目を剥いて倒れてる。

ついさっきまで和やかなじゃんけん大会してた空気などもうどこにもない。

 

 「化け物だ……」

 

どこからともなく、そんな声が漏れる。

集まった霊能力たちは突然の出来事に対応できず、その場で固まっていた。

 

「師匠!」

 

「俺は大丈夫だ。それより」

 

頬の血を手の甲で乱暴に拭いながら、ガラス片が飛んできた方向へ視線を向ける。

 

「……」

 

壁を破壊した張本人、浅桐みのりがそこに立っていた。

 

「フ……ふふふ、はははは!!」

 

愉しそうに、嘲るように、狂ったように。

静まりかえった空間で、少女が笑い声をあげる。

その姿は誰の目からみても”異常”だった。

 

「化けの皮が剥がれるのが早かったな」

 

もっとしらを切るのかと思ったぜ。

 

「フフ。見破られたのならもういい。私をこの娘から追い出してみろ!」

 

ニタリと歪んだ笑みを浮かべ、少女に取り憑いた何かは高らかに宣言した。これだけの霊能力者に囲まれてこの余裕綽々の態度。……俺も似たようなこと、前世で言ったなあ。

 

「誰か娘を助けてやってくれ!とにかくあの悪魔を追い出してくれれば報酬は惜しまん!」

 

床にへたり込んでた浅桐氏は必死に声をあげ霊能者たちに訴え叫ぶ。

 

「2億でも!5億でも!」

 

浅桐氏の叫びを合図に、霊能者たちの除霊大会は始まった。

 

そして。

 

霊能力者66人中、38人が除霊に挑みーー

 

「飽きてきたな」

 

悪霊は健在だった。

ダメージを受けた様子は全くなく、退屈そうにあくびまでしてる。

わかるよ。その気持ち。

俺も前世のとき、襲撃者相手にそうだった。

 

「このままだと出番が回ってくるぞ。ウォームアップしとけ」

 

モブのターン[46番目]がくる前に除霊タイム終了するかと危惧してたが、その心配はなさそうだ。

うちとしてはありがたいが、大丈夫かこの業界。

ここに集まってる連中、俺と同類[詐欺師]ばかりというオチだったらシャレにならんぞ。

 

「筋トレみたいな言い方ですね。ないですよそんなの」

 

そんなことないぞモブ。超能力の出力は気分によって変わってくる。要は気持ちの問題なんだ、もっとテンションあげていこうぜ。

ああそれと。

 

「あの悪霊、エクボより格上だから気をつけろよ」

 

霊幻の思わぬ助言に、茂夫の目が数度瞬く。

 

「どうしてわかるんですか?」

 

茂夫の問いに、霊幻はずいと壊れたマジックミラーの壁を指さす。

 

「あんな分厚い壁越しに会話盗み聞くレベルの聴力強化やってんだ。やつが本気で暴れたら死人がでる」

 

「なるほど。わかりました」

 

「しかしまだ終わらねぇのかよ」

 

いい加減みてるこっちも飽きてきた。

なおも続く無意味な除霊風景を眺めていた霊幻だが、ふと隣で浮かんでるエクボの異変に気付く。

 

「どうしたんだエクボ?えらく怯えてんな」

 

「チワワ?」

 

こらモブ、エクボがそんな可愛いわけないだろ。チワワに謝れ。

 

「まだ間に合う……この案件から手を引け!」

 

ぷるぷる震えながら警告するエクボに、二人は顔を見合わせる。

これまでエクボと多くの除霊をしてきたが、このようにはっきりと除霊そのものを制止することはこれが初めてだった。

 

「お前らも名前ぐらいは知ってるだろ!最上啓示!」

 

”最上啓示”

 

かつて霊幻が”霊とか相談所”を立ち上げる際、参考にした霊能力者の一人だった。

既に彼は故人だが、オカルト雑誌にもたびたび”最上啓示”の話題が出ており、オカルト業界に属するものなら知らない者はいないだろう。

しかしエクボは語る。

彼の本当の素顔はーー金次第で人を呪殺する呪術師だったと。

売れっ子霊能者の正体が金で人を殺す呪術師って、どこのハードボイルド小説だよ。事実は小説よりも奇なりとはよくいったものだ。

しかも。

 

「ありゃ本人だよ!世紀の霊能力者最上啓示!その成れの果てだ」

 

霊能力者が悪霊になるとか何の冗談だ。世も末だな。

それも生きてるときから悪霊取り込み続け……え、生身で悪霊食ったの?

勢いよく悪霊もとい最上の方へ視線を向ける。

 

「……」

 

最上は相変わらず霊能力者による除霊を大人しく受け続けていた。

意外とノリいいな。流石、元バラエティ番組レギュラー出演の人気霊能者タレント。いやそれよりも。

死後からじゃなく生前から悪霊取り込んでたの?マジで?すげぇ。

前世で一度興味本位で悪霊かじってみたことあったが……この世の味と思えないほど、凄まじい破壊力のまずさだった。

どれくらいまずかったかというと……食った瞬間意識が飛び、気付いたら世界は氷河期になってて[どうも無意識で地球のマグマに干渉したらしく、世界中の火山噴火させてた]、危うく人類も恐竜と同じように絶滅しかけたくらい滅茶苦茶まずい。

そんな劇物を大量に食って悪霊になった最上、マジぱねぇ。

など、霊幻の中で最上の評価があがったタイミングで。

 

「ようやく順番が回ってきたようだ。まったくじゃんけんが弱くて参った」

 

この場にいた霊能者たち一同が待ち望んでた人物が悪霊の前に姿を現す。

お、あの爺さんの番になった。

 

「往生……せいぃーー!!」

 

浄堂は悪霊に対し声を張り上げると同時に、体から目映い光を迸せる。

 

「浄堂様の本気だ!」

 

「勉強になる!」

 

浄堂のお付きと思われる男達が口々に感嘆の声を上げる中、浄堂がさらに奇声をあげると、溢れ出る青白い光は稲妻のように走りそしてーー

 

「ーー」

 

少女の身体を貫いた。それも体の中心、胸の部分に直撃する。

終わったか?それにしても。

 

「お経を唱えたり塩撒いたりしないんだな」

 

まあ塩じゃ安定さに欠けるか。溶ける悪霊と溶けない悪霊といるし。

などのんきに見物してた霊幻たちだったが。

 

「この程度で……おい教えてくれ。こいつのどこが大物なんだ?」

 

悪霊は消えるどころか浄堂の体を乗っ取ってしまった。

人間とは思えない妖怪じみた動きをしながら、もの凄い早さで茂夫たちに向かって突っ込んでくる。

 

「うわっ来る!」

 

「逃げろ茂夫!」

 

あまりのキモ、異様さに一瞬超能力を使うことを忘れ思わず怯む茂夫だったが。

 

「対被憑依者飛膝蹴り!」

 

代わりに動いたのは霊幻だった。

浄堂の鳩尾に強烈な一撃を加え、意識を強制的に飛ばす。

霊幻の膝蹴りをもろに受け、浄堂[最上]は為すすべもなく大の字に倒れ込む。

不意打ちノックアウトは悪霊相手にも有効だった。

しまった、ついやっちまった!

このままだと俺、暴行の現行犯で捕まる、誤魔化さなければ!!

 

「やい悪霊!俺の勘だとお前の正体は最上啓……」

 

とりあえず意識のない浄堂に向かって、凄腕の霊能者っぽく話す霊幻だが、その口上は途中で途切れ、代わりに

 

「ぐっ……」

 

苦しげに呻く声が霊幻の口から漏れ出た。

 

「私を知っているのか?」

 

いつの間にか最上は浅桐みのりの体に戻っており、見えない死角から霊幻の首を掴んでいた。

なんつー馬鹿力……これだから身体強化系は嫌なんだ。

小手先のテクニックなど圧倒的なパワーの前では無力でしかない。

 

「何が目的で女の子に取り憑いてんだ……?生前もロリコンだったのか?」

 

今こいつの意識は俺に向けられてる。

俺が引きつけてる隙にモブ、なんとかしてくれ。

酸欠で苦しい中、なんとか口の片端をあげ最上を挑発する。

 

「……」

 

しかし最上はそれに反応することなく、ギリギリと首を絞め続ける。

成人男性である霊幻の体を軽々と持ち上げる最上の力。

それは。

 

[止まらない!]

 

茂夫の念動力の制止を超えるものだった。

やべえ……意識が……。

既に視界はぼやけ、思考はまともに働かない。

後少しで霊幻の意識が落ちる、そのときだった。

 

「みのり。もうやめなさい。パパが一緒にいてやるから」

 

優しく諭す声と共に、浅桐正志は自分の娘を抱きしめた。

 

「……」

 

父親に抱きしめられ、浅桐みのりの動きが止まる。

娘に父の声が届いたのかーー否。

血飛沫が宙を舞う。

目を大きく見開く浅桐氏、それを何の感情もこもらない目でみてる浅桐みのり。

身体強化が施されたその腕は。

 

[刺した……!]

 

人体を貫通させるのに、充分な威力を持っていた。

 

「……」

 

少女の顔には何の感情も浮かんでない。

無表情のまま、彼女は深々と突き立てた己の腕を引き抜き、淡々と浅桐氏の体を突き飛ばした。

どさりと浅桐氏が床に倒れ込む。

仰向けに倒れ込んだ彼は動かない。

浅桐氏の腹を中心に、大きな血だまりがじわじわと広がっていく。

その光景はまるで悪魔に捧げられた生け贄のようだった。

 

「嘘……だろ……」

 

霊幻は呆然と呟く。

既に首絞めから解放されたというのに、息がまともにできない。

まさか、こんなことが起きるなど。

あり得ない、いくら最上啓示がすごい悪霊であっても。

体の支配権は体の持ち主が圧倒的強い権限を持つ。

”浅桐みのり”の体を使ってる限り、その父親である浅桐氏を殺すことなどできるはずがないのだ。

”浅桐みのり”である限り、彼女の家族を傷つける行為などたとえ意識がなくても体が拒否反応を起こす。

 

これはーーただの憑依、乗っ取りじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪霊に憑かれた娘が父親を刺す。

 

眼前で起こった惨状に、周囲の霊能者たちの間で恐慌が起きた。

 

「人が死ぬなんて聞いてないぞ!」

 

「こんなの相手してられるかー!」

 

「逃げろー!」

 

「助けてくれー!」

 

もはや除霊どころではない。

それまで破格の報酬につられ、嬉々として除霊してた時と打って変わり、今度は、我先にと出口へ殺到しこの場から逃げようとした。

しかし。

 

「どこに行こうっていうんだ?」

 

悪霊はそれを許さなかった。

つい先ほどまで霊能力者たちの除霊[おあそび]に大人しく付き合ってたのが嘘のように、彼らを掴んでは投げ飛ばし、まるで嵐のごとく暴れ回る。

 

「とんでもない有様だな……」

 

本来地獄にいる魑魅魍魎を退治するはずの霊能力者たちが、揃いも揃って阿鼻叫喚の地獄に陥ってるとは、ちょいと皮肉が効きすぎて笑えない。

 

「モブ。肩は温まってるか?」

 

順番的にはまだまだ先だが、もはや順番など誰も気にしないだろう。

 

「はい……全然温まってないけどやるしかないのはわかります」

 

 

頼んだぞ。”霊とか相談所”の最終兵器。

 

 

 

 

 

 

 

 

除霊は困難を極めた。

 

 

何せ相手は素手で壁を破壊し、大人数人をまとめて吹っ飛ばすことができる、動く兵器そのもの。

普通の人間が太刀打ちできる相手ではない。

それなら直接彼女に触れず、動きを止めてしまえば。

 

「ほう。誰かはわからないが優れた念動力者だな。確かに体の関節は可動域以上に動かすことはできない」

 

茂夫のサイコキネシスで一時的に浅桐みのりの動きを制限することに成功する。

しかしそれも。

 

「だが人形の関節はどうだろう?動けるよ……」

 

悪霊には無意味だった。

バキボキと嫌な音が周囲に響く。

彼女の腕が足があらぬ方向へ曲がり、顔から鼻血が流れる。

 

[あの子の体が!]

 

やむなく茂夫は力の発動を止め、彼女の体は自由になった。

 

「わかったか?この体に負荷をかけても何の解決にもならん」

 

それなら力づくで悪霊を引きずり出す……!

再び発動させたサイコキネシス。

茂夫の全身から放出した力の光は、浄堂のものより遙かに目映く強い。

 

「みのりさんから……出ていけ!」

 

力の波動が彼女に当たり、その衝撃で彼女の体から禍々しい何かが出現する。

どうやって少女の体に入ってたのか不思議になるほど、際限なく溢れ出るそれに、茂夫は全力で力をぶつけた。

上級悪霊エクボ、上級悪霊くねくね、おひきさんといった強敵相手をも溶かした茂夫の強力な力。

しかし。

 

ーーニタリ。

 

少女は不気味に笑う。

茂夫の力を全身で受けたにも関わらず、何事もなかったように。

悪霊はなおも浅桐みのりの体に居続けていた。

 

[失敗した!]

 

「師匠……状況がもっと悪くなりました……」

 

顔色悪く除霊失敗を報告する茂夫に、霊幻はため息をはく。

 

「そうみたいだな……ありゃ憑依じゃない、”最上啓示”は”浅桐みのり”に魂レベルで同化してる」

 

たとえるなら、”最上啓示”は風呂場のしつこいカビ、地中深く根を張る雑草。

中まで浸食してるから表面だけ削り取っても、葉っぱの部分だけむしり取っても、根っこの部分が残り消えないのだ。

よほど”浅桐みのり”の魂[土壌]は悪霊”最上啓示”と相性がよかったらしい。ネットの情報は本物か。あの娘、どれだけ性格が腐ってんだか。

しかしこれはまずい。

 

「モブより強いってのか……?」

 

「はい……」

 

うちの最終兵器でも無理だったとは。

これはもう仕事降りるのも考えておくか。

お金払ってくれる依頼人も倒れたし。

素直にお家へ帰してくれそうな雰囲気ではないが、そこはこの俺、交渉術のプロフェッショナルにお任せあれ。

交渉材料はすでにある。

生前から悪霊食ってるということは、奴は相当な悪霊グルメ。

前世の俺が実際に現地へ行って確認した、世界の激ヤバ[世界基準]心霊スポット6選の情報で見逃してくれるはずだ!よしこの作戦でいこう。

など密かに作戦練ってる霊幻を余所に。

 

「ハハハ!終わりか小僧?」

 

悪霊は高笑いし暴れていた。目に付いた霊能力者たちを片っ端から捕まえては投げ飛ばしたりと、やりたい放題である。

もう誰にも止められない。

周囲には絶望ムードが漂っていた。

 

「奴はなっていたんだ……望み通り最強の悪霊に!まぁ……死んで成仏できなかったら改めてよろしくな」

 

そういいながらポンとモブの肩を叩く、諦め100%のエクボ。

 

「縁起でもねぇぞ!」

 

来世で弱くてニューゲームとか一回で充分だ。

しかしどうしたものか。

単純に力の出力をあげて、体の中から根こそぎ全て消してしまうのが一番手っ取り早い方法だが、”最上啓示”は”浅桐みのり”と融合してる状態。

雑に浄化してしまえば最悪、浅桐みのりの魂まで悪霊と一緒に消し飛んでしまう。そうなってしまえば”浅桐みのり”は魂の消えた空っぽの廃人、生きた死人と成り果てる。

一度混ざったジュースは元に戻せない理論だ。

正攻法で”浅桐みのり”は救えない。

 

「そっか……みのりさんの中に入って内側から悪霊を追い出せば……」

 

そう、正攻法では。

 

「アホか!生身の人間がどうやって他人の中に入るんだよ!」

 

「幽体離脱だよ……」

 

以前のストーカー野郎がしたことか。

 

「成程な……だがその間お前の肉体は無防備になるぜ」

 

モブに魂分割のやり方、教えておくべきだった。あ、いやでもまだ思春期の子供じゃ自我が分裂する危険あるから教えなくて正解か。

 

「それに幽体になった所で侵入を拒絶してくるぞ~」

 

”浅桐みのり”と融合してる”最上啓示”の力が最大限発揮できるのは、彼女の精神世界の中。

さらにいうなら現実世界と精神世界とでは力の使い勝手も違う。

ただでさえ、悪霊のホームグラウンドなのに、精神訓練もまともにやってないモブでは分が悪すぎる。

下手すれば悪霊に取り込まれ”影山茂夫”という自我が消えることもあり得るんだぞ。

なのに何故彼女を救おうとするんだ。

女の子見捨てるのは、倫理的にどうかとは思うが、そもそもここまで悪霊と融合したのは、彼女自身の問題が大きい。

悪霊は自分とよく似た性質の人間に好んで取り憑く。

”浅桐みのり”が”最上啓示”に目をつけられたのは、たまたま、でない。自分と同じ”匂い”に引き寄せられて”浅桐みのり”を選んだのだ。

我が侭放題やりたい放題のろくでなし娘と娘を甘やかしきちんと教育できなかった父親。

これは二人が招いた災い、自業自得でしかない。

ろくでなしなんて救う価値無いだろ?

茂夫はテレパシストではない。よって霊幻の胸中など知る由もなく。

ただ一人、覚悟を決めたように、緑の悪霊の目をまっすぐみた。

 

「でもやるしかないんだ。エクボ。少しの間憑依して僕の体を守ってくれないかな?」

 

とんでもないことを言い出した茂夫に、頼まれてた当人と傍らで聞いてた霊幻双方が同時に驚愕の声をあげる。

 

「はぁ!?」

 

「いやいやそれはやめとけモブ!こいつそのまま乗っ取るぞ。多分」

 

お前の体使って、新しいカルト宗教始めちゃったらどうすんだ。

全世界に、ドヤ顔した教祖様スタイルのお前の姿が晒されるぞ。

思春期まっさかりのお前にそんな羞恥プレイ耐えられるか?

 

「……」

 

いくらモブの体を狙ってるといっても、こんな形で体を預けられるとは思いもしなかったのだろう。

「どういうことかわかってんだろうな……へへ……」

 

悪い笑みをつくってるつもりだが、その顔はひきつっている。

 

「マジでエクボを信用するのか?」

 

再度確認する霊幻に、茂夫は笑う。

 

「きっと大丈夫ですよ」

 

「……」

 

モブに全幅の信頼寄せられ、悪霊はばつが悪そうに黙りこむ。

 

[ちょっと変わったかこいつ?いや……自分を変えようとしてるのか?]

 

何事も受け身で消極的だったモブが、こんな風に誰かを救うため、自らアイディアを出し、また他者を信用し協力する姿勢は悪くない。

……。

エクボから精神世界へのダイブ方法を聞き終え、幽体離脱の準備を始めてる茂夫に、霊幻はいつになく神妙な顔つきで「なあモブ」と声をかける。

 

「本当に”浅桐みのり”を助けるつもりか?」

 

自分の命を賭けてまで。

 

「浅桐みのり”は偶然悪霊に憑かれた可哀想な女の子じゃない。あの子は」

 

「師匠」

 

モブが俺の言葉を途中で遮る。

おそらく、俺がその先何言うのか知っててわざと。

モブ自身薄々感づいてはいるのだろう。

何せ悪霊や呪いと身近に接して生活してるのだ。

あれらの習性など、本能的に理解してても可笑しくない。

それでもモブは。

 

「だったら尚更、あの子を助けたい」

 

ハッキリそう答え、そして凄く凄く小さな声でぽつりと呟いた。

 

 

人は変われるんだ、チャンスさえあれば。

 

 

俺に向かって言ったのではない、おそらく独り言のつもりだったのだろう。

でも。

 

「……」

 

自分に言い聞かせるように呟いたモブの小さな小さな声は、俺によく届いた。

 

 

 

 

 

準備は整った。

後は作戦通りに動くのみ。

作戦と言うには、あまりにも稚拙で運任せでしかない計画だ。

失敗するリスクの方が高いし、俺にも危険が及ぶ可能性もある。

でもやるしかない。

弟子が文字通り命張って頑張るんだ、師匠の俺が体張らなくてどうする。

震える体に叱咤し、大きく深呼吸し気持ちを落ち着かせる。

大きく息を吐くのと同時に体の震えは止まった。

既に幽体離脱に成功し、ふよふよ浮いてる霊体のモブに話しかける。

 

「師匠からのアドバイスだ」

 

小さく咳払いし、できうる限りのかっこいい師匠顔をつくって。

 

「悪霊に負けるな。お前はお前。自分をしっかり持て」

 

俺のアドバイスに、霊体のモブはこくりと頷く。

エクボも準備完了の合図をこちらに送る。

 

「よっしゃ行くぞお前ら!」

 

 

霊とか相談所、除霊再チャレンジだ。

 

 

 

 

そしてーー

 

予定通り、茂夫は浅桐みのりの体の中へ侵入した。

茂夫の霊体が入るのと同時に、浅桐みのりは電池が切れたように、その場から動かなくなる。

その隙に霊幻たちは浅桐みのりを縄でぐるぐる巻きにして拘束した。

ひとまず暴れてた彼女が大人しくなり、その場に一時的な平穏が訪れる。

 

 

後は浅桐みのりの精神世界から茂夫が帰ってくるのを待つだけだがーー

 

 

 

 

「駄目だ。こりゃ茂夫負けたぞ」

 

おいこら悪霊。諦めるの早すぎだ。

 

「まだ30分も経ってないだろ」

 

全然焦った様子もなく、のんびり待機してる霊幻に、エクボ[体は茂夫]は血相を変えて叫ぶ。

 

「かかりすぎだ!普通は1分もありゃ終わるもんだろ」

 

それは一般的な掃除[除霊]の場合であって、”最上啓示”の場合だと話は変わってくるじゃん。

何せやつは浅桐みのりと融合した、頑固な汚れシミ。

一度こびりついたカビはなかなか落ちないし、雑草だって根っこから引っこ抜くのも大変苦労するものだ。

まして清掃業者[モブ]は新人[精神世界初心者]なんだ、時間かかっても仕方がないだろう。

 

「このままじゃあいつの自我は崩壊する。死ぬってことだ!」

 

「モブは自分の力で解決できる男だ。俺と違ってちゃんと強い部分がある」

 

俺と違って、何でもかんでも超能力に頼らず、自分を律する強い意志がモブにはあるんだ。

悪霊の甘言に惑わされない、しっかりとした自分を持っている。

その弊害で周りの空気読めないとこもあるけど。

何事もバランスは大事だな、うん。

 

「甘めーよ。次に奴が目覚めたら今度こそ皆殺しだ!」

 

「そうなったら俺の体使って最上と対抗してくれ」

 

「阿呆か!ドノーマルのてめーの体借りたところで焼け石の水にもなりゃしねーよ!」

 

いやいや器としていいと思うんだ。”俺”は”俺”だし。

 

「まあこの程度のピンチで”俺”を使うのも勿体ないな。もっと世界がヤバい時じゃねーと」

 

やっぱ体貸すのナシなとへらへら笑う霊幻に、エクボのイライラゲージは限界まで高まる。

こいつ、危機意識がまるでねえ!!

どんな人生送ったらこんな脳天気に育つんだよ!

悪霊と一般人の認識のズレなのか何なのか、とにかく話が合わない。

 

 

だからこいつと話すのは嫌なんだ!

 

 

 

 

 

 

さらに時間は過ぎていく。

その間、茂夫の体を使って、エクボが壁に大穴を開けることに成功した。[それまで最上の力で外へ出られないよう閉じこめられていた]

我先にと外へ逃げ出す霊能力者たち。

やがて人はいなくなり、残ってるのは拘束された浅桐みのり、影山茂夫[中身エクボ]そして。

 

「逃げねぇのか?もう茂夫を助け出すのは不可能だ。どうして残る?」

 

その場に留まって、何事もなかったかのように携帯いじる霊幻に、悪霊は訝しげな表情を浮かべる。

エクボの認識だと、この霊幻新隆は茂夫の力を利用してるだけの男。

その茂夫が使えず、自分の身が危ないとなったら、すたこらさっさと逃げるのが詐欺師の常套手段だろうに。何故こいつは残ってる?

悪霊の疑問に、霊幻は即答する。

何でもない、普通のことのように。

 

「信用してるからだ」

 

あいつはまだ負けてない。絶対帰ってくる。

 

「この状況で……そんなに馬鹿だったのか!」

 

信じられないものをみるような目で見てくる悪霊に、霊幻は口の片端をあげて笑う。

 

「ああ。馬鹿だと思うぞ。お前もここまで他人に信じてもらえたのは初めてだろ?モブは俺たちを信用してるんだ。馬鹿だからな。あいつはまだまだ利用できる。そう思ったら逃げてる場合じゃねぇだろ」

 

あいつが一人前の超能力者になるまで利用し続けてやる。

霊幻の言葉を聞いて悪霊は「はぁ……」と諦めのため息をはく。

師弟揃って馬鹿なやつらだ……俺様も人のこと言えねぇけど。

 

「気が変わった。俺様も残る。待ってても茂夫は戻って来ねぇ。俺様が一肌脱いでやるぜ」

 

俺様、茂夫の助太刀してくる。

そう宣言した悪霊に、霊幻は携帯画面を注視したまま、ひらひら手を振って了承した。

 

「おう、そんじゃ頼んだ」

 

モブ一人だけじゃ掃除[除霊]大変だもんな。猫の手も借りたいほど忙しいに違いない。下級悪霊でもいないよりマシだろう。

やる気満々で浅桐みのりの中へダイブしようとするエクボに、霊幻は静かな口調で声をかける。

 

「モブに会ったら聞いといてくれ」

 

「何だよ急に改まって」

 

真剣な顔でズイと携帯画面をエクボに見せつけた。

 

「ドリンク、オレンジとコーラどっちがいいか」

 

エクボの目に映るは、とあるハンバーガー店の携帯クーポン画面。

 

ピキッ。

 

「知らねーよ!」

 

悪霊はそう全力で叫んだ後、思いっきし霊幻の頭を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

茂夫に引き続き、今度はエクボも浅桐みのりの中へ突入する。

茂夫もエクボもいなくなり、残されたのは霊幻一人のみ。

霊幻は待った。

己の弟子を信じて。

刻々と時間は過ぎていく。

静かな時の中。

霊幻は一人待ち続けた。

 

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

「君は選択をした。その生き方が正しいかどうか遠くから見ている……」

 

除霊は成功した。

長い時間かかったが、悪霊が支配する精神世界という圧倒的不利な状況下、モブは見事悪霊に打ち勝ってみせたのだ。

今目の前には”浅桐みのり”の体から追い出され、弱々しい霊体の”最上啓示”がいる。

まーだ消滅してないとは。どんだけ悪霊を食い溜めてんだこいつ。

なんかモブを監視する的なストーカー発言もあったが。

 

「思わぬ収穫だったわ。ありがとう」

 

突如現れた謎の影によって、最上は回収された。

 

「あいつは!」

 

悪霊いっぱい飼ってたオカマ!

 

「全然気づかなかった……」

 

まさか悪霊使いが悪霊祓いの仕事にきてたとは。あーそういや、あいつの悪霊たち、俺たちで殆ど消してしまってた。新しい悪霊[ペット]探してたのか……いい悪霊[ペット]見つかってよかったな。

 

[その悪霊[ペット]、大食漢で餌[悪霊]用意するの大変だろうけど、頑張って育てろよー]

 

心の中でエールを送りつつ、颯爽と去っていくオカマこと魔津尾を温かい目で見送る霊幻だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

泣きじゃくりながら、何度も何度も謝る。

浅桐みのりには、精神世界で彼を散々虐げ、傷つけてきた記憶が残っていた。

彼女の心に重くのしかかる罪悪感。

私はあの悪霊と同じだった。

醜くておぞましい怪物と。

 

「……ごめんなさい……影山くん……」

 

しゃくりあげながら、目の前にいる男の子に謝る。

口先だけじゃない、本心からの謝罪だった。

 

「いいんだ。もうわかったから」

 

壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す彼女を、茂夫はそっと制止する。

 

「人は変われるってこと。最上さんと浅桐さんが教えてくれたんだ」

 

あの精神世界で恐怖、絶望、悲しみ、怒り、色んな負の感情を感じた。でも同時に現実世界での人との繋がり、思いやり、優しさ、大切さ、感謝など温かい感情を再確認させてくれた。

 

「僕もみんなに変えてもらった。僕も誰を変えられるかもしれないってわかったから」

 

あのとき勇気が出たのも僕一人だけの力じゃない。

 

「こうやって……会えてよかったよ」

 

浅桐みのりさん。

茂夫は笑う。

精神世界で、自分を虐めてた女の子に。

屈託のない笑顔で。

 

「ありがとう……」

 

彼女も笑う。

精神世界で、自分が虐めてた男の子に。

目を真っ赤に腫らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅桐みのりから悪霊”最上啓示”は出て行った。

除霊の立役者だった”霊とか相談所”、資産家の浅桐氏からさぞ凄い大金を貰ったと思いきや。

 

「師匠。なんで報酬を貰いに行かないんですか?」

 

そんなことはなかった。

事務所は相変わらず簡素な作りだし、テーブルの上に広がってるのは庶民御用達のハンバーガーチェーン店のセットメニュー。

客もいない相談所で、霊幻と茂夫はのんびりおやつタイムを満喫していた。

それは茂夫が相談所に来だしてから変わらない、日常風景そのもの。

茂夫の質問に、霊幻はこともなげに答える。

 

「あんなに怪我人が出たんだ。成功とは言えんだろ」

 

本当、死人が出なかったのが奇跡だったな[依頼人の浅桐氏もなんとか生きてて現在入院中だ]

何よりーーモブをあんな危険にさらしてしまった。

何故そうなってしまったのか。理由はわかる。

前世では脅威になる悪霊なんていなかったもんだから、今回もなんとかなるだろうと高をくくってしまったのが一番の原因だ。

悪霊なんて全部モブに任せて問題ない、大丈夫だろうと。

そうだ、前世の俺基準で危険具合を判断しちゃいけない。

悪霊を退治するのは”俺”でなく、モブなのだから。

よし次からは気をつけよう。

と、心の中で反省しつつ、期間限定メニューのベーコンチーズバーガーに思い切りかぶりつく。割と旨い。

 

「微妙な金は受け取らねぇ方がマシだ。でないと今後も楽な方向に流れていくだろう」

 

プロである以上、常に仕事のクオリティは高くを心がけておかないとな。

と、頬に一杯食べ滓つけたまま、かっこいい言葉で締める霊幻に、悪霊[ずっといた]はニヤニヤとあくどい笑みを浮かべて言う。

 

「とかいって、責任追及されんのが怖えーんだろ」

 

そうそう、変に金取ったら、後で訴えられたときこちらが不利になる、て。

 

「違げーよ馬鹿!」

 

プロとしての心構えだ!

 

「ま、金でも権力でも力に溺れるとロクでもないことになっていくんだ。最上も自分の能力に飲まれたってことだな」

 

モラル、大事。

まあモブの場合、もうちょい自分を出した方がいいと思うけどな。

我慢ばっかしてストレス溜めてると、限界超えて爆発するぞ。

 

「お前もさ。有名になったり偉くなるよりは俺の手伝いでバイトやってるくらいがちょうどいいバランスなんだよ」

 

俺も世界最強の超能力者目指したり、世界征服やったり、正義のヒーローになってみたり、色々やってみたが、そんな楽しいもんじゃなかったし。

 

「まーた勝手な事言ってやがる」

 

騙されんなよ相棒と、馴れ馴れしくモブの肩を小突く緑の悪霊。

あんにゃろう、ちょっとモブに信頼されたからって調子に乗りやがって。

モブに信頼されたエクボにジェラシー抱く霊幻だった。

なお実際は。

 

「エクボ近い」

 

食べるのに邪魔。

ポフン。

茂夫の力で外へ追い出される自称茂夫の相棒。

 

 

最上との戦いで多少エクボのこと信用するようになった茂夫だが、塩対応なのは相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見渡す限り一面焼け野原だった。

ついさきほどまでここに高層ビルが立ち並ぶ大都市が存在してたとは誰も想像できない程の荒廃した大地。

方々で火の手があがり、建物だった残骸が無惨に散らばっている。

その光景を見て、俺の口元が弧を描く。

 

全部、俺が壊した。

 

一歩進むごとに、纏う力のオーラは衝撃波のように弾け、周囲にあるもの粉砕し塵芥に変えていく。

あちこちで雷鳴が轟き、いくつもの竜巻が発生し何もかも飲み込む。

声が聞こえる。

痛みを訴え、誰かの名を連呼する人の声。

五月蠅い。

近くに転がってた車を浮かせ、声のしたところへ落とす。

 

ぐしゃり。

 

静かになった。

晴れ晴れとした気持ちで歩き出す。

聞こえてくる雑音は全て処理しながら。

俺の行く手を阻むように、うじゃうじゃと獲物に群がる蟻のごとく無限に沸いてくる。

それは人だったり、悪霊だったり、よくわからないものだったり。

襲ってくる奴が人間なのか人外なのかどうでもいい、邪魔するなら排除するまで。

気色悪い怪物も、武装した人間も区別なく片っ端から超能力でなぎ払う。

血飛沫が、肉片が、断末魔が飛び散る。

襲ってくるのはそれだけじゃない。

空から戦闘機が、地から戦車。

一斉放射しかけてくる。

雨霰と降り注ぐミサイル、砲弾。

爆音が鳴り響き、周囲一体砂煙で何も見えなくなる。

何発、何十発、何百発打ち込まれたか。

朦々とあがる硝煙の中、現れたのは無傷の俺。

あいつらの攻撃は俺の髪の毛一本揺らすことすらできない。

サイコキネシスで空を飛んでる戦闘機をとらえ、容赦なく地に落とし、戦車の群も全方位に放った衝撃波で吹っ飛ばす。

中に人がいようといまいが関係ない、邪魔なやつは全部消してしまえばいい。

轟く爆発音、硝煙の臭い、鉄屑の山。

邪魔者は全て排除された。

両手を大きく広げ、荒れ狂う空を仰ぐ。

もう誰も俺の行く手を阻まない。

本当に、ああ俺は本当に。

 

 

「俺は一体何やってるんだ?」

 

 

最高にハイな笑顔と対照的に、出てきた声はどこまでも冷めたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は一体何やってるんだ?」

 

そう自ら発した声で霊幻の意識は覚醒した。

パチリと瞼は開いてすぐに、むくりとその場から起きあがり、自分の右手をじっと見つめる。

 

「……」

 

力の気配は何も感じない。

 

「……夢か」

 

ここしばらく見ないと思ったら。

大きくため息を吐きながら、額に浮かんだ汗を袖でぬぐい取る。

汗でぐっしょり濡れた寝間着が不快でたまらない。

まだ日は昇ってないのか、部屋は夜のように真っ暗だった。

しかし枕元の目覚まし時計は夜でなく、日の入り前の早朝の時刻を指している。

……もう起きて朝シャンするか。

二度寝する気分もねえ。

鉛のように重い体を無理矢理起こし、浴場へ向かう。

 

「はあ……」

 

最悪の目覚めだった。

 

 

 

 

 

 

朝からテンションだだ下がりだと、仕事なんてやりたくねえ。

だが社会人になったのなら、そんな甘ったれたことはまかり通らない。

まして個人事業主なら尚更だ。

 

「ありがとうございましたー!」

 

仕事とプライベートで気持ちを切り替えるのは得意分野。

今日もニコニコ笑顔100%で客を見送る。

誰が見ても今の俺が不機嫌度MAXとは思うまい。

完全に客がいなくなったのを確認してから、貼り付けた営業スマイルを解除し、どさりとそばにあったソファへ倒れ込む。

 

「やっと一段落ついた……」

 

朝一から客がきて、ずっと対応に追われ続け、今やっと一息入れることができた。寝ころんだまま壁時計の確認すると、時計の針は正午を指している。

もう昼か。

あと30分で予約の客がくる。

それまでに飯食わねーと。

昼飯用に買っておいたコンビニ弁当が冷蔵庫の中に入ってる。

疲労で強ばった肩をぐりぐりほぐしながら、特大のため息をつく。

立て続けにマッサージの客3人はなかなかにキツい。

ただでさえ昨日は家で深夜まで心霊写真の加工[お祓いグラフィック]やってたから、その疲れも蓄積してる。

心身ともに絶不調だ。早く仕事終わらせて泥のように眠りたい。

そう思ってた矢先だった。

 

「随分お疲れのようだな」

 

俺しかいないはずなのに、声がする。

それは俺もよく知ってるやつの声。

億劫ながらも、ゆっくり上体を起こす。

モブの背後霊やってる悪霊がふよふよ浮いていた。

普段モブに引っ付き回ってる悪霊が、モブ同伴なしに相談所へ顔出してるとは珍しい。

 

「なんか顔色悪くねーか?」

 

そういいながら緑の人魂は俺の顔を不躾にじろじろ見てる。

チッ、変なところで目ざといやつめ。

深夜遅くまでお祓いグラフィックやって、さらに嫌な夢のせいであまり寝れてないせいで、俺の顔には隈ができてる。

でかい隈はファンデーション[女子校潜入するため、制服と一緒に購入したやつ]で消したつもりだったが、完璧には隠せてなかったようで、悪霊はその微妙な変化に気づいたようだ。

 

「最近妙に客足が増えてな。おかげで心霊写真の加工とか家に持ち帰って残業だ。まあホームページ効果が出たんだろうな」

 

大げさにあくびをした後、ニヤリと口の片端あげて笑みをつくる。

 

「知名度あがってる今が売り込みのチャンスだ。もっと依頼引き受けて”霊とか相談所”を有名にするぞー。ゆくゆくは最上みたいな人気霊能者タレントになるってのも悪くないな」

 

そうなったらおまえも霊とか相談所のマスコットキャラとして活躍してもらう。キモカワキャラは女子高生に人気だからな。そんときはギャラも期待していいぞー。

どうだ嬉しいだろーとニヤニヤしながら聞くも、エクボは黙り込んだままだった。

あれ、エクボのやつ怒らないな。

てっきり、上級悪霊の俺様をマスコット扱いするなー!ってキレると思ったんだが。

 

「お前さんよお、わかってんのか?てめーの人生計画なんざ知ったこっちゃねーが、シゲオをそれに巻き込むな」

 

声を荒げることなく、まるで子供を諭すようなエクボの物言いは、ただでさえ疲労、空腹、寝不足[+夢見の悪さ]のトリプルコンボで機嫌の悪い俺の癪に障った。

 

「はあ?なに言ってやがる。ちゃんとモブの学校に支障の出ない範囲で仕事請け負ってるだろ」

 

つっけんどんに言う俺に間髪入れず悪霊は言い返す。

 

「放課後の時間とか、休みの日も、ほとんどここで潰されてるじゃねーか。あいつにも友達とのつき合いってもんがある。もっとシゲオのこと思ってだなあ」

 

「モブに友達?そんなのいるわけないだろ」

 

何やら悪霊が変なこと言ってきたが、俺はそれを一笑に付した。

これまでモブが俺にしてきた相談のほとんどは、人間関係の悩み関連だ。

それも友達と喧嘩したとかではなく、クラスに馴染めないだの、話についていけない、空気読めなくて相手を怒らせてしまったなどの、友達以前の人付き合いのことばかり。

最近部活始めたと言ってはいたが、上手くやっていけてるのかも疑わしい。

肉体改造部だぞ?筋肉0%のモブが筋肉100%の連中と楽しくやってるビジョンが全く浮かばねぇ。

さらに変なオカルト部の先輩に目をつけられてるって聞いてる。あと彼女ともすぐ別れてるし。……今考えてみるとその彼女だって本当に彼女だったのかどうかも怪しいな。あれじゃね?クラスの陰キャと付き合う的な罰ゲームのターゲットになってたとか。もう終わったことだし、詮索はしねえけど。とまあ、色々総合的に考えても、モブにまともな友達はいないはず。

だいたい本当に学校生活楽しけりゃ、俺にも色々報告するだろ?

でも俺はモブからそんな話聞いてない。

 

「……ああそうかよ。どうやら俺様の買いかぶりだったようだな」

 

苛立たしげに舌打ちした後、エクボは「霊幻」とただでさえ低い声をさらに低くした声で、凄むように告げる。

 

「シゲオの師匠という座に胡座かいてるとな、足掬われるぜ」

 

いつまでもシゲオがてめーの都合のいい駒でいると思うなよ。

よくわからん忠告めいた言葉を俺に言い残し、悪霊はその場から煙のように消えていった。

 

「……フン、なんだよエクボのやつ」

 

モブとのつき合いは俺の方が断然長いんだ、最近モブにつきまとうようになった悪霊にとやかく言われる筋合いはない。

と、悪霊にムカついても仕方ない、余計腹が減るだけだ。予約客がくる前に腹ごなし済ませないと。

急いでソファから起きあがり、冷蔵庫が置いてある給湯室へ向かおうとしたときだった。

ガチャリとドアが開く。

 

「あのー、予約した○○ですけどー、すみません予定より早くついちゃって……」

 

げ、もうきた。仕方ない、客優先だ。

 

「いらっしゃいませ、ようこそ霊とか相談所へ!いえいえ気になさらず、どうぞこちらへ」

 

あの雑魚悪霊の言う事なんて気にするな。

そう意気込み、満面の笑みで客を出迎えるも。

 

ぐるるるー……。

 

あ、やべぇ。

 

「今、変な音が」

 

「霊のうめき声ですね!霊能力者の私に威嚇してるんですよ!この時間帯の霊は凶暴ですから!ですがご安心ください、今世紀最大の霊能者であるこの霊幻新隆が、貴方に取り憑いた悪霊を綺麗さっぱり退治しましょう!それで本題ですが、まずコース説明をーー」

 

ぺらぺら話しながらも、心の中ではここにいない悪霊に悪態をつく。

くっそー、昼飯食い損ねたじゃねーか。

余計イライラしてきた。

これも全部、悪霊[エクボ]のせいだ。

後でモブにいいつけてやる。

 

 

 

 

 

それからも客足が途切れることはなかった。

 

「ウユニ塩湖から採取された非常に希少な岩塩で除霊効果に優れて……」

 

肩のこりを訴える客に暴走アロマ特急を施してる最中に、またも電話がかかる。これで一体何件目だ?

 

「おっと失礼。霊とか相談所……え?凍った豆腐の霊ですか?聞いたことありますね~。お任せください」

 

時間指定は今から○時間後の夕方。

ちょうどモブの学校が終わるころだな。

いつもモブには「急に呼び出すのやめてください」って言われてるからなあ……今日は早めに連絡しとこう。

そう思い、携帯の履歴からモブに電話かける直前。

 

”あいつにも友達とのつき合いってもんがある。もっとシゲオのこと思ってだなあ”

 

悪霊の言葉が脳裏によぎる。

 

「……」

 

コールボタンを押すことなく、そのまま携帯を折りたたみ、ポケットにしまい込んだ。

 

「お待たせしました。除霊の続きをしますね!この岩塩に含まれる成分ですが実は除霊効果以外にもーー」

 

途中にしてたマッサージ、もとい除霊を再開する。

凍った豆腐の霊の除霊とかいうふざけた内容の依頼だし、十中八九ガセだだろう。俺だけでもなんとかなるだろ。

 

 

 

 

 

そう判断した数時間前の俺よ。

 

「豆腐を見る度俺を思い出せてやろうかー!!」

 

正しい判断じゃなかったぞ。

まさか本物案件だったとは。

依頼人たちと共に、現場へ行ったら本当に出た。

うっそだろ、こんなときに限って出やがって。

 

「凍った豆腐の角に頭を打ち付けて死んだ男の霊出るという噂は本当だったとは……」

 

いやどんな霊だよ。

と、一人突っ込みしてる場合じゃねえ。

早くモブを呼ばないと依頼人たち[と俺]の命が危ない!

素早くポケットから携帯取り出し、履歴からモブへコールする。

数コールも経たずして電話に出たモブに矢継ぎ早で話す。

 

「あ。モブ?ちょっと悪霊に手こずっててさ~。いや俺一人でも余裕なんだが最近立て込んでてな。力の放出は避けたいっていうか……モブ?」

 

いつもなら、ため息と一緒に「わかりました」と返してすぐ切るのに、電話の向こう側は何も喋らない。

それどころか。

 

「今日は師匠……一人でやってくれませんか?」

 

「は?」

 

一瞬、モブが何言ってるのか理解できなかった。

 

「いきなり呼び出すの……いつもやめてほしいって言ってるじゃないですか」

 

急にどうしたんだこいつ。

 

「何言ってるんだ?どうせ暇だろ?来れない理由があるのか?こっちには困ってる依頼人がいるんだぜ。待ってるからな。できるだけ早めに頼む」

 

そう言い終え、さっさと電話を切る。

 

「早く除霊してください!」

 

霊を見てガタガタ震える依頼人たちを安心させるため、自信たっぷりの笑顔で答えた。

 

「ご安心ください。急いで私の弟子を向かわせています」

 

 

後は弟子がくるまで時間稼ぎだ。

 

 

数十分後、無事除霊は完了した。

 

 

 

「いや~助かったぜ。まさか凍った豆腐の角にぶつけて死んだ霊がいるとはなあ!こりゃ迂闊に豆腐の角ぶつけて死ねなんて言えねーな!」

 

そう思わないか?と、隣にいるモブに話を振ろうとするも、隣には誰もいない。思わずその場に足を止め、後ろを振り返る。

 

「……ん?どうした?」

 

モブは数メートル離れたところで立ち止まってた。

 

「僕にだって学校やプライベートがあるんだからいきなり呼び出すのもうやめてください」

 

電話で呼び出すたび毎回言われるモブの苦言。

いつもなら軽ーく聞き流すところだが、この日の俺は虫の居所が悪かった。

 

「プライベートって……せいぜい筋トレの部活ぐらいじゃないのか?」

 

他に誰と遊ぶってんだ、友達いないくせに。

 

「それかまたデート詐欺か何かに引っかかったのか?すぐ利用されんだから。成長しねぇなぁ。お前はよぉ」

 

今度はどんなカルト宗教勧誘受けたんだ。それともマルチ商法か?

 

「同級生と何やってたか知らんがそいつらはお前の理解者なのか?」

 

超能力もない、普通の人間がお前のこと理解できるわけねーだろ。

 

「こっちは人助けだぞ人助け!お前が俺を手伝うことには大きな意義がある!」

 

それが正しい超能力者のあり方。俺の元で超能力使って人様の役に立てることが今のお前には必要なんだよ。

自分の欲望のままに力は使うのは絶対ダメだ。

気をつけなきゃいけない。俺が見てやらないと。

モブが”俺”にならないよう、ちゃんと見ておかないと。

他の奴らじゃダメなんだ。

 

「しかも俺はお前の師匠!お前が自分の力をコントロールできてるのは実は俺のお陰でもある」

 

俺だけがモブを正しい道に導いてやれるんだ。

超能力は使わずそのエネルギーを蓄積することもできるが、そうなった場合、己の体に溜まった膨大な力を自分でコントロールしきれず暴走する危険性がある。

こまめにモブを呼んで除霊させてるのにもちゃんと意味があるのだ。

ついでに俺も助かるし、互いにメリットがある、ウィンウィンじゃねーか。なのに何で俺の言うこと聞けない。イライラを通り越し、ドス黒い感情が胸の中に渦巻く。

 

「いいか。関わる相手を選べよモブ!除霊バイトができなくなるくらいだったら片方を切り捨てろ!」

 

だからつい口走ってしまった。

 

「どうせお前の事なんか大切に思っちゃいねぇ。弱い人間を内心で馬鹿にして楽しんでんだよ」

 

言ってはいけない、最低最悪の言葉を。

 

「あ……」

 

気づいたときにはもう遅かった。

 

「違う」

 

初めて聞くモブの強い口調。

 

「馬鹿になんてしてない……」

 

モブの目は、俺をじっと見てる。

怒ったり悲しんだりといった表情は浮かんでない。

いつもと変わらないのっぺりした顔。

だがしかし。

 

「きっと霊幻師匠の言うことが正しいとは限らないんだ」

 

モブの目は雄弁に物語っていた。

俺への不信感を。

 

[あ……ミスったー]

 

「な……何言ってんだモブ……疲れてんだな?ラーメンでも食って帰ろうぜ……」

 

気まずい雰囲気をなんとかしようと、食い物で懐柔を試みるも。

 

「僕は馬鹿にされてもないし簡単に利用もされない」

 

そんなのが通用する段階はとっくに過ぎていた。

 

「師匠」

 

お疲れさまでした。

それだけを言って、モブはスタスタ一人帰っていく。

俺に目もくれず。

しんと静まりかえった廃墟の中。

 

ぎゅるるるー……。

 

盛大に鳴った腹の音はどこまでも響いていったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人きりの霊とか相談所。

霊幻は一人頭を抱え悩んでいた。

モブの野郎今日は事前に約束してたのに……いよいよバックレやがったか。やはり昨日はちょっと嫌な感じで言い過ぎたか……。

茂夫が霊とか相談所にアルバイトとして働き出してから数年間。

”爪”での一件を除いて、これまで茂夫はバイトを休むことなどなかった[霊幻からの急な呼び出しにも茂夫は律儀に応じてた]

茂夫の変化に、霊幻は戸惑いと苛立ちを感じつつ、心の中で悪態をつく。

なんだよモブめ、薄情なやつ。

俺たち、一緒に都市伝説の事件解決したり、すごい悪霊と戦った仲だろ。

これが噂の反抗期ってやつか?

まさかモブ……このまま此処……辞めたりとか……。

頭によぎった一抹の不安に、霊幻は眉根をしかめ軽く頭を振るう。

あいつが俺以外に悩みを相談できる相手がいるはずがない。

そうだ、慌てることはないんだ。

俺と関わりを絶てばまた元の孤独に戻る。案ずるな。あいつは必ずここに戻ってくる。

そう自分に言い聞かせてる霊幻の思惑とは裏腹に。

 

 

 

 

 

「僕は今まで霊幻師匠の言葉に乗っかかり過ぎていた。それで全部ががうまくいくような気がしてなんか楽だったんだ」

 

 

「でも……それだけじゃよくないことに気付いたから。もう少し自分のやりたいことを考え直してみる」

 

 

件の弟子は己の師匠といったん距離を置くことを決めたのだった。

 

 

 

 

茂夫がバイトにこなくなってから○日が経った。

全く霊感がない霊幻と違い、茂夫は霊感もあり除霊ができる超能力者。

茂夫がいなければ”霊とか相談所”は存続できない。さぞかし所長である霊幻は困ってるーーと思いきや。

 

「あ~。憑き物が落ちたような気分です……」

 

客からの評判は上々。

霊幻一人でも”霊とか相談所”は意外とうまく回っていた。

体の不調を訴えてた客も、霊幻とヨガをやって[悪霊を祓う儀式と称して]心身共に爽やかスッキリ。

 

「また通ってもいいですか?」

 

晴れやかな笑顔で次回の予約して帰って行った。

よかった……本物じゃなくて。

客がいなくなった後、霊幻はホッと胸をなで下ろしながらも、広げたヨガセットを片づけていく。

でもそうだよな……。

ふと片づける手を止めて、相談所をぐるりと見渡す。

部屋の内装は4年前と殆ど変わらない。

そう、4年。

霊幻が霊能商売を始めたのは茂夫がくる前からである。

この家業は元々俺の身一つで成立してきたんだ。

今後のためにと実践的で便利スキルから偏執的な趣味スキルまで幅広く習得し続けてた霊幻は、世間一般で言われる”資格マニア”だった。

こんなの何の役に立つんだと、たまに我に返って空しくなったこともあったが……いやあ、人生何が役立つかわからんもんだな全く!

今の状況は4年前のあの頃に戻っただけだ。

モブがいなくて困ることなんてあるのか?

今まで通り俺は自分の手に負えることだけ要領よくこなしていけばいいんだ。

霊退治は本物に任せればいいし。

そうだ、新羅万象丸がいるじゃねーか。よし面倒な案件はあいつに回そう。

肩が重いと悩む客にはマッサージ、気分が滅入って落ち込んでる客にはアロマとカウンセリングなど臨機応変に対処し、客がいない暇な時間にはこっそりかっこよく塩を撒く練習する。

そして今日は新しい宣伝ポスターをパソコンで作成していた。

慣れた手つきで自分の写真修正しつつ、すっかり相談所に来なくなった弟子に関して深く悩まないようにする。

別にモブがいなくても俺はやっていけるのだと自己暗示をして。

そうだよ人件費[※時給300円]だって削れるしガキの思春期相談だって聞かずに済む。

願ったり叶ったりじゃねーか。

一旦作業の手を止め、霊幻は大きく体を伸ばす。

時間は有限だしな。その分勉強したり見聞を広めるべきだ。

おー!なんかすげー前向きになってきたぞ!

ウキウキと気分があがり、パソコンで作業する手もカタカタと調子よくスピードアップしていく。

悪いなモブ。お前の計算外だろうが俺は全然悔しくないぞ。お前は今頃寂しがっているだろうがな。ははははは!

独りぼっちで寂しさの限界超えて”すみませんでした師匠。僕が間違ってました”とベソかいて謝りでもすりゃあ、俺だって鬼じゃない。師匠として寛大な心で受け入れてやるさ!

 

 

 

 

 

しかし待てど暮らせど一向に、茂夫が相談所にやってくる気配も、霊幻の携帯に茂夫からの着信がくることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

調味市の繁華街をスーツを着た男性ーー霊幻新隆は一人ぶらりと散策していた。

今頃モブのやつひどく後悔してるだろうな~。意地を張って気まずくなってるかもな。大人の俺は事情も察するし気にしてないというのに。

本当に、これっぽちも全然気にしてない!

どうみてもメチャクチャ茂夫のこと気にしてるが、本人はそのことに気付いていない。

自分は気にしてない、気にしてるのはモブ。

俺がいなくてモブはぼっちで可哀相。

そう思いこんでた霊幻だが。

 

「!」

 

前方に見知った姿ーー影山茂夫を発見した。

私服姿で友達数人と談笑している茂夫を。

思わずサッと俊敏な動きで物陰に移動し、茂夫たちから隠れる。

隠れた霊幻に気付くことなく、茂夫たちは通り過ぎていった。

友達と和気藹々と楽しげに歩く茂夫はどう見てもボッチじゃない。

可哀相なボッチどころかリア充、輝いていた。

馬鹿な!?あのモブが楽しそうにしている!?あんな友達がいたのか~!

唖然として言葉を失ってる霊幻に

 

「何隠れてるんだてめぇ?」

 

いつの間にか現れた緑の人魂ーーエクボが声をかける。

強がってみせるけど本当は茂夫のことが気になって仕方ない霊幻に、エクボは懇切丁寧に茂夫の現状報告した。

 

「茂夫はお前の事まったく何も気にしてないみたいだしとても平和だな」

 

へっと悪い顔で笑うエクボをみて、霊幻はエクボの思惑を読みとった。

モブの力を利用しようとしてるこいつにとって、俺の存在は目の上のたんこぶ。

俺がいなくなれば、モブに取り入るチャンスが出来ると考えたのだろう。

緑のウンコの癖に生意気な。

いいだろう……売られた喧嘩は買ってやる!

 

「フン……お前はいいのかよエクボ?俺から遠ざかればモブはますます能力を使わなくなるぞ。お前はただの中学生の金魚のフンをこの先もずっとやっていくのかよ?そりゃ平和だな」

 

口喧嘩で俺に勝てると思うなよ!

 

「ぐっ……!」

 

図星をつかれてエクボが怯む。

 

「モブの力利用して何かしたかったようだが残念だな」

 

バーカバーカ!

言葉が詰まったエクボをみて、霊幻はニヤリと笑いながらさらに畳みかける。

 

「何も起きない日常に身を置くことを選んだモブに利用価値はもうなーい!ただの中学生に引っ付いてせいぜい楽しく過ごすといい~!その代わり俺は次のステージに行かせてもらうぜ」

 

モブが超能力使わない人生歩むなら、それでいい。

元々超能力者とは関わらない、”安全”な人生送るつもりだったんだ、清々するさ!

 

「ま……相変わらず元気でなにより。そんなギャグが言えるくらいなら心配ねぇな」

 

霊幻の強がりに対し、エクボはそれ以上深く追求することはなかった。

 

「もう二度と会うこともないかもな」

 

それだけを言って、エクボはスーッと茂夫たちの方へ向かう。

小さくなっていく緑の人魂を見送りつつ、霊幻は小さく笑みをつくる。

 

「……ああ、そうだな」

 

くるりと反転し来た道を引き返す。

茂夫たちから背を向けて。

 

 

師弟ごっこはこれでお終い。

……終、わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

アパートの一室で霊幻は一人黄昏れていた。

壁によりかかり、しばらくぼーっと虚空を眺め続けていたが、おもむろに立ち上がる。

 

「……ホームページの更新でもするか」

 

気怠げにあくびしつつ、デスクチェアに座り、パソコンの電源を入れ、マウス操作を始めた。

ホームページ更新ついでに、ネットニュースも漁る。

さてさて、今日のトップニュースは……。

 

「新人アイドルブログ炎上か~。ふ~ん」

 

どうやら、とある一定の人を小馬鹿にした言い方が問題になって炎上したらしい。ちょっとした失言で、よくもここまで人のこと叩けるもんだ。

ネット掲示板にずらりと並んだ罵詈雑言の嵐コメントに目を通しつつ一人思う。

世の中暇人が多いなー。俺も気をつけなければ……て、俺。すでに失言した後だった。人のこと言えねえ。

ガシガシと頭を掻きながら、別サイトをクリックする。

 

「そういやしばらくフレンドブックチェックしてなかったな。今はSNSでいつでも知人と交流できるから便利な時代だよな~」

 

登録しただけでろくに使ってないけど。

 

「ん!メッセージ来てるじゃん。放置してて悪かったな~私生活が忙しくて……誰だ?あいつかな?高校の時の……」

 

沈んだ気持ちが少しだけ浮上し、期待しながらクリックすると、画面いっぱいにそのメッセージが表示された。

 

”おめでとうございます!今日はあなたの誕生日です。”

 

パソコン画面の隅に表示してある日付は10月10日。

 

「そうか……すっかり忘れてたな」

 

今日、俺の誕生日だった。

誰かお祝いメッセージ送ってるかも。

そんな淡い期待を抱きつつ、詳細クリックした。

結果は。

 

”友達からのお祝いメッセージをみる[0通]”

 

「マジかよ」

 

そんな気はしてた。

呪いのメールが届いてないだけまだマシか。

 

「ん?メール」

 

メールボックスの中に、新着メールをみつけた。

差出人はーー

 

”誕生日おめでとう。元気でやっている?お仕事の方はどう?まだインチキ臭い商売やってるの?お隣の小林家の長男の子は先月結婚したって聞いたわ。安定した就職活動に早めに切り替えて、頑張って探せばまだまだ28歳なら間に合うと思うの。人生やり直すなら、そろそろ決断しなおしたらどう?健康には気をつけなさいね。これが母からのプレゼントです”

 

 

プレゼント?メールと一緒にくっついてる添付ファイルか?

拡大した画像ファイルの正体は。

 

 

”ホワイティー求人案内”

 

 

 

「……」

 

 

 

 

パソコンの電源を切りシャットダウンさせた。

そのままふて寝するつもりだったが。

 

「あ~ら新隆ちゃんいらっしゃい。かなり久しぶりじゃない」

 

思い切り酒が飲みたくなった。

 

「レモンサワー。サワー多めで」

 

カウンター席に座り、マスターに酒を注文する。

 

「お酒大丈夫なの?」

 

前世では超能力で毒無効状態にしてたから、どれだけ酒を飲んでも平気だったが、今世の体は滅法アルコールに弱い。マスターも俺の酒の弱さを知ってるため、心配そうな顔でこちらを見てる。

 

「ああ」

 

もう仕事も入れてないし、人と会う約束もないのだ。俺が泥酔しようが誰にも迷惑かけないから問題ねえ。

 

「霊幻さんだ!霊幻先生が来たぞ!」

 

「先生!先生こっち座って!」

 

俺の姿を見るや否や、他の客たちが目の色変えて俺に話しかけてくる。

 

[ここの常連はマルチ商法やエセ宗教などに引っかかりやすい体質の者ばかり。そういった類の悩みや愚痴を誰かに聞いてもらいたい連中がここでストレスを吐き出していく]

 

そう。

 

[俺みたいな業者にとっては格好の釣り堀。弱い人間のたまり場だ]

 

一時期はここに通い続けて、客を確保していた。

今はリピーターもついてきたおかげで、ここに通う必要もなくなり、しばらく足が遠のいていたけど。

ほら早速。

 

「聞いてくれ霊幻さん!この前綺麗なねーちゃんに話しかけられてついて行ったら絵画の展示しててさ~」

 

馬鹿な人間が俺に話しかけてきた。

 

「名画のコピーの展覧会に連れていかれてんだな。デート商法だ」

 

[相談を聞いて適当な助言をするだけでやたら慕われる]

 

ぺらぺらと喋ってる間にも人は集まってくる。皆一様に俺を先生、先生と連呼しどんどん悩み相談を持ちかけてくるのだ。

 

[俺にとって友人……に近いのか?]

 

よくわからねーけど。

 

「……俺今日誕生日なんだ」

 

なんとなくそいつらに伝えてみる。

 

「おめでとう」

 

「先生おめでとうございまーす」

 

「おめでとー」

 

今日初めて祝いの言葉を貰った。

 

「誕生日だったら丁度良かった!今ね特別なルートから紹介されたいい枕があってね。低反発でぐっすり眠れて定価12万円が……」

 

目を爛々に輝かせながら、俺に枕を売りつけようとする女を無視し、ぐいと酒を呷る。

 

「新隆ちゃんまだ1杯でしょ?顔真っ赤よ。大丈夫?」

 

一気に飲み干し、ダンっとテーブルへ空になったコップを叩きつける。

 

「駄目だな……」

 

本当にこの体は脆弱だ。

毒どころかアルコールにも勝てないなんて。

 

「お会計~」

 

さっさと会計を済ませ、店を出る。

全く、入る前より気分が悪い。

 

[逆効果だったな。誰とでもいいから会話しようなんて]

 

夜の繁華街を一人歩きながらしみじみ思う。

 

[俺って……本当に友達いなかったんだな]

 

昔も今も。

 

 

 

 

ーー気持ち悪い。

そのまままっすぐ家に帰るつもりが、吐き気に襲われやむなく裏路地へ移動した。

頭が割れそうなほど痛いし……もう無理。

わき上がる吐き気を抑えきれず、そのままげーげーその場で嘔吐し、胃の中空っぽにするも、胃のムカつきは収まらない。

すえたような臭いが鼻につき、さらに気分が悪くなる。

胸のむかつきもそうだが、ぐるぐる思考が悪い方へ悪い方へ向かっていた。

 

[この状況はまずい……まずい流れに乗ろうとしている……この俺が……]

 

落ち着け、気持ちの切り替えは得意だろ俺。

精神訓練だって超能力研究したとき、散々やったじゃねーか。

 

[……?そもそも俺……俺は……何だ?

 

『霊幻新隆』は超能力しか取り柄のない人間だった。その超能力がなくなって空っぽの今の俺はーー?

ひどい目眩に襲われ、体がよろめく。

自分のアイデンティティがぐらついて、頭が可笑しそうになる。

ガラガラと何かが音を立てて崩れゆくような恐怖が襲う。

気持ちのやり場がなく、絶叫しかけたとき。

 

 

人は変われるんだ、チャンスさえあれば。

 

 

モブの言葉を思い出した。

喉元まで出かけてた叫びは寸で収まる。

瞳を閉じて、大きく深呼吸し、ざわついた気持ちを徐々に収めていく。

そうだ、今がそのチャンスなんだ。

モブだって自分を変えようと自らの意志で部活を始めた。

それなら俺も。

 

[俺もなるしかない……何者かに!]

 

俺も変わるんだ。

前世でも見つけられなかった、俺がなりたいもの。

一体何になりたかったのか、今でも答えはでない。

もう超能力者じゃないし、モブの師匠でもなくなった。

それでもなるんだ!

”霊幻新隆”が目指した何かに!

 

 

袖で口についた汚れをぐいと拭き取り、裏路地から表通りへ出る。

もう体はふらつかない。

ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩進んでいく。

 

 

いつの間にか空は白み、朝日が昇っていた。

 

 

 

→[続く]

 

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