弱くてニューゲーム   作:双子うさぎ

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ある霊幻新隆の話①

 

 

 

前回のあらすじ

 

 

霊幻「芹沢が淹れた茶、濃すぎて客が噎せてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中には未だ科学では解明できない怪奇現象が確かに存在する。

人々はそれらと出くわしたとき、為す術もなくただ恐怖の闇に突き落とされてしまう。

そんな混沌とした闇に一筋の光を射すべく、日々戦い続ける者達がいた……。

人々は彼らをこう呼んだ。

”霊能力者”と。

そしてーー

怪奇現象は悪霊の専売特許ではない。

常識から外れた不可思議な力を持った人間もまた確かに存在する。

人々は彼らをこう呼んだ。

”超能力者”と。

 

 

 

 

これは”霊能力者”を自称する”超能力者”だった男の物語であるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弱くてニューゲーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万物は流転する。

 

かつて古代ギリシャの哲人ヘラクレイトスが遺した言葉だ。

この世にあるすべてのものは、絶え間なく変化してとどまることがない。

秋から冬へと移ろいゆく季節しかり、街のシンボルだった調味市タワーの代わりにそびえ立つ超巨大ブロッコリーしかり。そしてーー

 

「今から重要な仕事を任せるーー頼んだぞ芹沢」

 

「は、はははい頑張ります!」

 

霊とか相談所もまたしかり。

長らく霊幻とバイト(弟子)の茂夫の二人で細々やってきた事務所に新たな従業員が入った。

芹沢克也。

 

超能力集団”爪”に所属していた男だったが、紆余曲折あって現在霊とか相談所で働いている。

重要な仕事……いったい何をするんだろう。

”爪”にいた頃はボスの指示で『敵意を感じたら傘でぶん殴る』という荒っぽいことをしていた芹沢。

固唾をのみ身構える芹沢に対し、霊幻が差し出したのは。

 

「予約客がくる前にトイレ奇麗にしといてくれ」

 

掃除道具一式だった。

 

「そ、掃除ですか」

 

重要な仕事が掃除?

困惑した表情で洗剤やブラシの入ったバケツを受け取る芹沢をみて、霊幻はコホンと軽く咳払いする。

 

「接客業において清潔感は大事だ。便所が汚いと客のリピーター率が下がるデータがあるくらいだからな。何よりーー常に部屋の浄化を心がけなければ”やつら”が湧いてくる。それはなんとしても阻止しないといけない」

 

「やつら……(確かに悪霊や呪いといった類いは淀んだ負のオーラを好む。常に空間を清潔を保つことは霊能商売において重要なんだな……)わかりました」

 

「ああ、頼んだぞ(本当、油断するとすぐ発生するからな……ごきぶり)」

 

やつらは恐ろしくて危険だ。

世界を滅ぼす力を持っている。

……黒……群れ……うっ、頭が……

 

ガチャ。

 

「お疲れ様です……て、何してるんですか師匠。」

 

学校帰りの茂夫が扉を開いて真っ先にみえたもの。

それは己の師匠が机に突っ伏したまま、うんうん唸ってるという珍妙な光景だった。

 

「……ちょっと手強い呪い(前世の記憶)湧いたからセルフ除霊しててな……どうしたモブ。なんだか浮かない顔してるぞ」

 

「(僕より師匠の方が顔色悪いと思うけど……)実は今日学校でこんなアンケートもらって……」

 

そう言って茂夫が見せた紙は霊幻にとって見覚えのあるものだった。

 

”進路調査アンケート”

 

「へえ懐かしいなそれ。俺も学生時代にこういうの書かされたなぁ」

 

将来のことなんて前世でも今世でも具体的なビジョンなくて適当に書いたような……何書いたっけ?うーん……忘れた!

 

「ま、お前はよかったな。将来の働き口が確保できてて」

 

「はい?」

 

「ここだよここ。転職だろお前の?ははははは」

 

霊幻的にはこの後茂夫が”そうなんですかね?”と首をかしげつつ”じゃあ就職決まらず困ったときはお願いします”なんて冗談交じりの軽い返事をするのを待っていたが。

 

「あの。これアルバイトじゃないですか」

 

霊幻が考えるよりずっと茂夫は真面目に将来を考えていた。

 

 

時給300円でたまに現物支給にもなるし。正社員で働くにはちょっと……

 

 

……もうテレパシストじゃないのにモブの心の声が聞こえた気がする。

確かに時給300円の将来性のない職場には就職したくないよな。

て、いかんいかん。所長の俺が霊とか相談所の未来悲観してどうする。

 

「いいやわからんぞ。将来的には正社員を数名抱えた立派な事務所になる可能性もある」

 

あと美人秘書もいたら最高だけどなー。まあこんな胡散臭い職場で働きたいなんて物好きな美人秘書なんて現れないだろうけど。

 

「将来ですか……」

 

茂夫は少し考え込んだ後、おもむろに口を開く。

 

「霊幻師匠って中学の時からこの相談所をやろうと思ってたんですか?」

 

「あ?んなわけないだろ。どんな中学生だよそれ」

 

こんな怪しい仕事やろうなんて考える中学生いたら世も末だ。

詐欺師の素質あるぜ。

 

「じゃあ何でやろうと思ったんですか?」

 

「えっ!なんでってそりゃ……」

 

前の仕事が平凡でつまらなかったから。

なんて馬鹿正直に言えるわけもなく。

 

「あれだ。ある時~……自分には希有な特殊能力があるって気づいたんだが……ちょうどその時の仕事もだいたい究めちまっててさ。新たなことに挑戦しようと思ったんだよ」

 

師匠っぽく適当に誤魔化した。

実際は希有な特殊能力どころか力全て失ったんだけどな。

ノー超能力ライフ慣れるまで大変だった……(遠い目)

 

「仕事も究めて自分で事務所も開いて……やっぱり師匠はすごいですね」

 

「…………まあな!」

 

人間頑張ればなんとかなるもんだ!

 

ギー……ガチャ。

 

「トイレ掃除終わりました」

 

「おう。っていちいち全部の報告しなくていいからな」

 

「は……はい!」

 

まだ仕事に慣れてないのか上司である霊幻に少々ぎこちない様子の芹沢だが、ふと茂夫の存在に気づき、掃除道具持ったまま、ぺこりと頭をさげた。

 

「茂夫君。お疲れ様です」

 

「あ。どうも」

 

芹沢につられて茂夫も頭をさげる。

従業員同士の挨拶を交わした後、時計確認した霊幻がもうこんな時間かと小さく呟く。

 

「そろそろ依頼人が来る。いいか芹沢よ!正式採用されたからといってもお前はまだホヤホヤのルーキーだ!」

 

声を張り上げビシっと芹沢を指さす。

 

「俺の客対応をよーく見てノウハウを学ぶんだゾ」

 

「は、ハイ!」

 

ふふんと偉そうにふんぞり返る霊幻に対し緊張した面持ちで威勢良く返事する芹沢。

そんな二人を見て

 

(師匠の方が年下なのに)

 

心の中で突っ込む茂夫だった。

 

コンコン、ガチャ。

 

「失礼しまーす……予約してた○○ですが」

 

ノックの音と共に人が中に入ってくる。

それは約束の依頼人であり、げっそりとやつれた様相した中年の男だった。

男は陰鬱な表情で霊幻たちへの挨拶もそこそこに、持参してきた紙袋から何かを取り出す。

 

「旅先の古物商で見つけた置物です。思い返せばこれを手にした時から嫌な事ばかり起きてる気がしてまともに眠れません……」

 

そういって男がテーブルの上に置いたのは、手のひらサイズの薄汚れた埴輪の置物だった。

 

「顔色も悪いと言われるようになったし……霊視していただけますか!?」

 

「かしこまりました。うん。ほうほう。ん?」

 

呪いの品を手に取って隅々まで確認し気づく。

あ。底に値札貼ってら。

 

500円。

 

(やっす)

 

「ちなみにいくらで購入されました?」

 

「8万円です」

 

(たっか)

 

高額転売かよ。ボロい商売してんな。

たく、こちとら経営カツカツだというのに。

内心ため息吐きつつ、埴輪をテーブルに置く。

値札の500円といい、年季の入った曰く付きってわけじゃなさそうだ。

おそらく依頼人の思い込み、気のせいだろう。

 

「私が確認したところ霊的なものは一切……」

 

病は気から。

適当に洗って綺麗にすれば大丈夫だろう。重曹で汚れ落ちっかなー。

汚れ度合いを確認しようと軽い気持ちで再度霊幻が置物を手に取ろうとしたときだった。

 

「師匠。その置物それ以上触らない方がいいですよ」

 

思いもよらない弟子の忠告に霊幻の手が止まる。

 

「あ?」

 

怪訝な声をあげる霊幻を尻目に茂夫は真顔で置物を凝視していた。

 

「怨念っていうのかな。いろいろ嫌なものが渦巻いてますけど。多分このままにしておくと結構危ないと思います」

 

え、このワンコイン埴輪、そんなにヤバいの?

再度置物をじーっと観察してみる霊幻だが、今世では霊感ゼロなので当然禍々しい気配など1ミリも感じ取れない。

ただの埴輪だ。

 

「……やっぱりお祓いしておきましょう。一旦上のカフェでお待ちいただけますか」

 

すぐさま己の言葉を撤回した霊幻は依頼人を一時避難させ、相談所には三人だけになった。

 

「モブの見解はわかった。で、芹沢。お前はどうだ?」

 

「俺ですか?」

 

霊幻から急に話を振られ一瞬戸惑うも芹沢は置物をチラ見しながら己の意見を述べる。

 

「俺から見てもかなり凶悪な置物にしか見えないですけど……」

 

芹沢の返答に霊幻は「はーやれやれ」と言わんばかりに大げさなまでに深いため息を吐く。

トイレ掃除とかどうでもいいことは律儀に報告するのに、一番報告してほしいところで何も言わず黙ってるだけとは全く。俺が呪われて死んだらどうする。

 

「芹沢よ。なぜそれを言わずにボーッと見てた?」

 

「え?」

 

「もし俺が本気で呪いに気づいていなかったら大問題だったぞ」

 

「え!?」

 

「お前が俺の間違いに気づくどうかテストしてたんだよ」

 

「なっ!?」

 

この人は俺を試すためにこんな危険なものに顔色一つ変えず平然と触ってたというのか……!

霊幻の胆力に驚嘆しつつ、これが自分へのテストだと知り愕然とする芹沢。

 

「じゃ、じゃあ俺は……」

 

所長の真意に気づくことができなかった。

これではテスト失敗、辞めさせられる……!?

青ざめる芹沢を落ち着かせるように霊幻はポンと軽く肩を叩く。

 

「ま、ルーキーだからここは大目に見よう。今から挽回してみるか?」

 

「!」

 

「一人で祓ってみろ」

 

「は……はい!」

 

よしよし。自然な流れで芹沢一人に除霊させるよう誘導できたぞ。

こいつの実力わからんからな、頼むー即戦力であってくれー!

心の中で念じてる霊幻をよそに芹沢は真剣な顔つきで置物に向かって手をかざす。

数秒後。

 

「やりました」

 

芹沢が除霊完了の報告するも。

……全然わかんねえ!

今世ではただの一般人でしかない霊幻にはどうなったか何も視えない。

ただの埴輪だ。

 

「どうだ?モブ」

 

ちゃんと除霊できてるか?と隣にいる弟子にこそっと耳打ちして確認する。

 

「綺麗に全部消えましたね。芹沢さんの力強いですよ」

 

モブのお墨付き即戦力やったぜ。

 

「力は申し分なし、まあ及第点ってとこだな。いいか芹沢。情報の共有は重要だ。報告・連絡・相談!ほうれんそうと覚えておけ!」

 

「は、はい!」

 

よかったこれで挽回できた……と胸をなで下ろしつつ芹沢が自分で除霊した置物へ再度目をやるも。

 

「あっ!さっきの衝撃で……」

 

ポッキリ折れた埴輪の腕がテーブルの上に転がっていた。

 

「お……俺のせいで8万円の置物が~!」

 

バリア張ったり物を動かす力はあっても、壊れた物を元に戻す力は持っていない。

直せないとなれば弁償する他ないが……。

芹沢の頭の中でグルグルと諭吉のお札が回る。財布に8万なんて大金入ってない、すぐさまお金を用意するには。

 

「ちょっと消費者金融行ってきまーす!」

 

「待て!」

 

半泣きで部屋を飛びだそうとする芹沢を霊幻が制止する。

 

「安心しろ。俺がなんとかする」

 

こんな安物、接着剤使うまでもない。

霊幻がおもむろに懐から取り出したるはコンビニのツナマヨおにぎり。

厳かな顔で指に米粒をいくつかひっつけ、埴輪の腕と本体もってーー

 

「米粒ビッグバーン!」

 

全力でくっつけた。

 

”米粒ビッグバーン”

 

米粒の潜在能力を最大まで解放する霊幻の必殺技である。

少しの静寂の後。霊幻がゆっくり手を離すとーー

 

「な!直ったー!!」

 

米粒の力でピッタリくっつき、綺麗に直った埴輪がそこにあった。

 

(す、すごい、超能力使わず……!)

 

この瞬間芹沢は霊幻の底知れない実力に感動し世界の広さを知ったという。

 

(ご飯粒って接着剤の代わりになるんだ……)

 

ついでに現代っ子の茂夫もちょっと感動した。

 

 

 

おばあちゃんの知恵袋は偉大である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その家はまさしく”悪霊が棲まう家”だった。

 

「私は……間違いなく悪霊に取り憑かれています。これまで多くの霊能力者に掛け合ってみたが誰も悪霊を祓うことはできなかった……」

 

鼻をつく悪臭が周囲に漂う中。

陰気な顔した男がぼそぼそと事情を話していく。

 

「ふむ……なるほど……私が思うに確実にいると思われます……」

 

周囲をチラチラ気にしながら話を聞く霊幻。

ぞわぞわと鳥肌が立ち、冷や汗が止まらない。 

姿は見えないが気配は感じる……!

目の前に広がる異様な光景。

男の周りを囲うように、ゴミ袋の山が積み上がっていた。

 

「やはり!あなたに依頼してよかった!」

 

パアっと明るい表情を浮かべる依頼人とは対照的に霊幻の顔は強ばりひきつっていた。

これまで霊とか相談所は数多の悪霊を退治し呪いも浄化した実績がある。

また仕事を選ばない(ただし人を呪う依頼は除く)ことにも定評ある霊幻だが。

この依頼に関してのみ、霊幻は引き受けたことを後悔していた。

 

(ゴ……ゴキブリ怖ぇー!!)

 

まさか依頼人の家がゴミ屋敷だったとは!電話の時点でわからなかった、失策!

 

「ちなみに……具体的にどのような原因でそう思われたのでしょう?」

 

どこだ、いったいどこにいる……!?

依頼人の話を真摯に聞いてるようにみえて、霊幻の意識は完全に別のほうにいっていた。

 

「まず肩が重いのと金縛りにあいます。歯磨きしてるのに虫歯になったのも奇怪」

 

なんで今の俺超能力使えないんだ!

超能力あったら今すぐバリア張ってガードしてるのに!

 

「おそらくバイトをクビになったのも悪霊のせいだ。女性社員の尻などなでていないのに言いがかりで……」

 

カサカサっ

    

(ひっ!)

 

「たまに手の甲をかすめるだけだったのに……」

 

依頼人の後ろ横切った!ああっ、カーテンにも!

 

「悪霊のせいで恋人にも逃げられました」

 

俺も逃げたい。

 

「……ほう……恋人が……」

 

他の霊能力者たちが除霊失敗したのもこんなゴキブリ大量発生してるゴミ屋敷に長時間滞在できなかったのが原因だろ絶対。

 

「ええ。若くていい子だったんですが金欠だと言ったら態度が急変して……まるで悪霊だ」

 

これが彼女です。と見せられた写真には。

 

「私の事タイプだと言ってたはずなのに……」

 

「……」

 

露出度の高い服に派手な化粧をした女が写っていた。

 

「ああ!異常に抜け毛が増えたのもありますね。まるで誰かにむしられてるかのように」

 

「そうですか……(フサフサに恨みあるハゲの悪霊の仕業とかか?)ところでこのゴミの山は……」

 

「ゴミじゃない!私の財産だ!バリアーのようなものですね。囲まれてると安心して眠れるんです」

 

ゴミ屋敷住人あるある。ゴミをゴミと認識しない。

 

「バリアーですか……ん?」

 

ふと手元に写真立てが転がってることに気付く。

 

「この写真は……」

 

何気なく手に取ろうとし。

 

「おおーっ!!」

 

悲劇は起きた。

い、い、今っ、手にあ、あ、あああア、!

 

「昔の写真ですね。やんちゃしてた頃の」

 

て、手を洗いたい、消毒、消毒ーーー!!

心の中では泣き叫んでるが依頼人の手前、取り乱すわけにもいかない。

必死に平静を装いつつも、隣に居る弟子と一緒に改めて写真を確認する。

愛用のバイクと共に写る目の前にいる中年男の面影が残ってる若い青年。

なお青年の髪は。

 

((元々……))

 

既に後退していた。

 

かさ……かさ……かさ……

 

「……」

 

無言のまま、すくっとその場から立ち上がる霊幻に、横にいた茂夫と芹沢(霊幻と一緒にきており、芹沢は熱心に依頼人の話をメモしてる)が何事かと顔をあげる。

 

「お前ら……お客の話聞いててくれ……」

 

そう二人に指示する霊幻の顔色はまるで悪霊に憑かれたかのようにひどく悪かった。

 

かさ……かさ……かさ……

 

「俺は……強力なお祓い道具を取ってくる……」

 

今の俺は弱い。

やつら相手に丸腰は危険すぎる……!

 

「うっ……」

 

もう無理……吐きそう。

 

かさ……かさ……かさ……

 

「わかりました」

 

こくりと頷き了承する二人。

決して二人を見捨てて俺一人だけ逃げるわけじゃない。

あいつらならバリア張れるし、なんなら念動力で触らずに退治できるから放っても大丈夫だからだ。俺は二人の力を信じてる。

待ってろよ悪霊(ゴキブリ)たち、今世紀最大の霊能力者、霊幻新隆様が一匹残らず駆逐してやるからな……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「670円が2点」

 

「540円が1点」

 

某有名コンビニ店。

大量の殺虫剤、駆除アイテム購入する霊幻の姿がそこにあった。

 

「あらっしましたー」

 

やる気ない店員の声に送られ、コンビニを出た霊幻。

 

『悪霊は奇麗な部屋が大の苦手だからな。これで……』

 

またあのゴミ屋敷に入るのは気が滅入るが……。

はあ……と陰鬱なため息を吐きつつも、これも仕事だと気持ち切り替え、前を向いたときだった。

 

「ん?な……何だこれ?」

 

霊幻はようやく異変に気付く。

それまで至って普通の景色だったはずなのに、周囲は妙な霧が充満し、あちこちで人々が倒れていた。

一体何が原因かときょろきょろ見渡し。

 

「おいおいおい……ゴミ屋敷の方か!?」

 

それはついさっきまで霊幻がいた家の上空。

得体の知れない謎物体がおどろおどろしく渦巻いている。

なんてことだ、まさか本物も潜んでたのかよ、やっぱり汚い空間は悪霊の温床になるんだな!……相談所の掃除、手を抜かないようしっかり芹沢に言い聞かせておこう。

 

『お前も頑張るなよ~』

 

どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「悪霊の子分か!?」

 

身構える霊幻をよそに、視えない何かは囁く。

 

『そんなに頑張るなよ。もう休もうよ』

 

「くっ……!」

 

耳元でしゃべるな!ゴミ屋敷から発生した悪霊なんてばっちい!

こうなったら。

膨らんだコンビニ袋の中に勢いよく手を突っ込みーー

 

「ダブル水素水-!ミストー!」

 

(水に溶解した水素ガスの力で悪霊の攻撃を防ぐ霊幻の必殺技である)

 

二つの水素ガスを同時噴射しながら、360度回転すれば水素バリアの死角なし!

しかしこの水素バリアは有限、長時間保たない。

ガス欠になる前に早くモブたちと合流しなければ……!!

霊幻はフィギュアスケートの高速スピンのごとく華麗にクルクル回りつつ、全速力で依頼人の家へ向かったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんとかガス切れる前にたどり着いた……うっぷ」

 

回りすぎて気持ち悪い……。

 

「てかこれだけ事態悪化してるのになんでモブと芹沢は除霊してない?全く、何のために二人置いていったと思ってんだ!」

 

能力者が二人もいれば大丈夫だろと思ってたのに!俺の部下なら気を利かして先に除霊しとけっつーの!

そう一人憤ってる霊幻に対し。

 

ゴキブリ怖さで真っ先に逃げた人が言えた立場かよ。

 

そう突っ込める人は残念ながらこの場にいなかった。

 

 

 

 

 

 

「悪霊の悪霊による悪霊のための……」

 

外に居る悪霊の影響なのだろう。

元々陰気だった男がさらに暗く、異様とも言える暗鬱な雰囲気を纏っており、また男の口から飛び出すのはもはや愚痴ではない意味不明な言葉だった。

 

「おいお前ら!何やってる!」

 

襖を勢いよく開け、どうみても異常としか思えない依頼人を放置したまま、ぼけーっとしてる二人に対し力の限り叫ぶ。

 

「あっ師匠。帰ってたんですか」

 

「帰ってたんですか、じゃねー!」

 

お帰りなさいとのほほんと出迎える二人の腕を引っ張り外へ連れ出す。

 

「見ろ!悪霊が出てきちゃってんだよ!」

 

そう言って霊幻が指さした先には、上空でとぐろ巻いてる異形の化け物がいた。

 

「あっ。ほんとだ。こんなに大きいのに取り憑かれてたんですね」

 

気がつかなかったなと緊張感0%で巨大な悪霊を見上げる茂夫の横で。

 

「いえ……あれ多分この人の生き霊だと思います」

 

芹沢がかぶりを振って訂正する。

 

何十年も心の内で燻ってた鬱憤が本体である依頼人にも影響し、その結果依頼人の魂は悪霊へと変質してしまったのだろう。

 

「どっちでもいい。(前世の)俺じゃ力が強すぎて周りに被害が出ちまう(ところだった)。お前ら頼むぞ」

 

今回の依頼は本気のCコース、本物はもちろん、家に居る悪霊(ゴキブリ)たちまとめてぶっ飛ばせ!

 

「「はい」」

 

二人の超能力者は空に浮かぶ巨大悪霊に向かって同時に力を放出する。

一人は巨大超能力組織No.2の実力者であり、もう一人はそのボスを倒した世界最強超能力者。

その二人が放った力の威力は凄まじかった。

あっさりと上空の悪霊を消滅させるだけでなく、激しい力の奔流はそれ以外のものも容赦なく破壊する。

竜巻のごとく屋根を吹き飛ばし、さらに部屋を陣取ってたゴミ袋の山全て巻き上げ、どこかへ飛ばしていく。

 

「おお」

 

力の波動が収まり、ひとしきり落ち着いた後、霊幻が感嘆の声をあげる。

 

「この部屋こんなに広かったのか」

 

夕日に照らされるその部屋はどこまでも広く、開放的だった。

 

 

すっきり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事、悪霊(ゴキブリ含む)は退治した。

 

「どーもありがとうございました!」

 

霊幻たちに勢いよく頭をさげて礼を言う依頼人。

 

「おかげでこれからの人生前を向いて生きていけそうです」

 

心の内に溜まってた鬱屈した感情が物理的(?)に奇麗さっぱり浄化されたことによって、最初のときとは別人のように明るくなっていた。

 

「それはよかった」

 

ニコニコと愛想良く相づち打つも、霊幻の心中は穏やかではなかった。

 

「しかし……屋根が大変なことになってしまって……」

 

チラっと霊幻が視線を向けた先には、屋根が吹っ飛び吹きさらしとなった家。

除霊のため不可抗力とはいえ、家を半壊してしまったのだ。

手痛い出費になるだろう。

ただでさえ新しい従業員雇って財政状況厳しいっていうのに!

数十万、いや百万以上?くっ、賠償費いったいいくらだ……!?と戦々恐々な霊幻だが。

 

「ああ。まぁ親が保険に入ってくれてたんで大丈夫です」

 

ネガティブ思考全て取っ払われ、ポジティブ思考になってる依頼人は太っ腹だった。

 

(ほっ……)

 

助かった……。

 

「やはり頼りになるのは保険ですね(保険大事!俺もかけてて助かったし)ではこれも保険代わりに」

 

ススーっと自然な流れで名刺を渡す霊幻。

この家が再びゴミ屋敷になってるというぞっとしない話だが、そのときはあれだ。

有能な上司は部下達を信頼して現場に送り出すもの、モブたちに行かせて俺は一人留守番するから問題なし!

 

「ふぅ……ん?」

 

笑顔で依頼人と別れた後、あー疲れたと愚痴る霊幻だったが

 

「ううっ……」

 

背後でえづく声に気付いた。

何事かと振り返ると、振り返った先で芹沢が顔色悪く口元を抑えていた。

 

「どうした芹沢?気持ち悪いのか?」

 

芹沢が吐きそうになってるのも無理もない。

あんなゴキブリまみれのゴミ屋敷に居続けたんだ、体調悪くならない方が可笑しいのだ。

水素水ミストでもかけてやれば多少は落ち着くか?

残量はまだあったはず……あ、しまった、買ったグッズはあの家に全部置いてきたんだった!

また買うか?でも意外と高いんだよなあ水素水……と悩む霊幻だったが、芹沢が暗い原因はゴキブリではなかった。

 

「他人事とは思えない……俺も同じです……30年も生きてきて何も持ってない……」

 

依頼人と同じように己の人生を悔いていた。

そういやこいつ、爪に入るまでは引きこもりだったって言ってたな。

 

「いちいち客に影響受けてたらもたねーぞ。人生まだ折り返してもいねーだろ」

 

生きてりゃこれからいくらでもやり直しはきく。

 

「これまでを後悔してるなら早めに気付けばラッキーじゃねぇか。なぁモブ」

 

そばにいる茂夫に同意を求める霊幻だが。

 

「僕も……今は他人事には聞こえない……」

 

茂夫もまた芹沢と同じくどんよりと暗い顔していた。

 

「お前も!?」

 

なんでだモブ!14歳で人生悲観するのはいくらなんでも早すぎるぞ!

 

「僕は……たまたま大きな失敗をしてないだけでいつかその瞬間が訪れるかも……想像すると自分の道を選ぶのが怖くなりますよ……」

 

「お前……そんなこと考えてたの?(ああ……ちょうど進路決めの季節だったな)」

 

来年受験生だから余計悩んでるんだろう。

まだ中学生なんだからそんな深刻に考えなくてもいいと思うけどなあ。

たとえ失敗したとしても、その後挽回すればいいだけの話だし。

 

「芹沢さんは大丈夫だと思います。あそこで働くといろんな人の話が聞けるし勉強になるから。でも……僕は……」

 

そう言ったきり茂夫は顔を俯き黙り込む。

なんともいえない沈黙が三人の間に広がる中。

 

「……よし!今からラーメン食いに行くか!」

 

重苦しくなった空気を変えようと、霊幻がつとめて明るい声で言う。

 

「今から、ですか?師匠」

 

「腹が減ってるからそんなネガティブ思考になるんだよ。ほら芹沢も突っ立ってないで早くこっちこいよ、置いてっちまうぞ」

 

「は、はい!」

 

相談所の所長らしく部下二人を強引に行きつけのラーメン屋へ連れて行き。

 

「喜べお前ら。今日は好きなだけ食っていいぞ。トッピングも自由に選んでいいからな」

 

二人のメンタルケアのため、尽力を尽くした。

 

「え、いいんですか?いつもトッピングはチャーシュー2枚までって煩いのに」

 

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」

 

一人は訝しげに、もう一人はおずおずと。

各自それぞれ注文を決めていく。

 

「おう、ジャンジャン頼めよー」

 

依頼人に弁償費払わずに済んだおかげで懐はあたたかい。

たまにはこうして従業員たちにサービスしないとな!

ハっハっハっと余裕綽々な様子の霊幻は忘れていた。

バリバリの現役運動部(?)に所属してる男子中学生と働き盛りの30代男の食欲の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

ーー1時間後。

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

美味しい物をお腹いっぱい食べ、満ち足りた表情してる茂夫と芹沢。

霊幻の目論見通り二人のメンタルは無事回復したが。

 

「……」

 

代わりに霊幻のメンタルと懐はダメージ受けた。

 

 

……トッピング。

チャーシュー2枚までにしとけばよかった。

 

 

 

霊幻 後悔100%

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後のことだった。

 

「いろいろ考えたんですけど………僕の将来の進路希望は霊とか相談所じゃないと思って」

 

茂夫が霊幻にそう告げたのは。

どこか思い詰めた様相で茂夫がやってきた時刻は夕方の○時ちょっと過ぎ。

外の窓からオレンジの西日が差し込んでいる。

霊とか相談所に通い出してから数年。電話で呼び出される等特殊な場合を除き、茂夫は小学生から中学生になるまでずっとこの時間にいつも相談所に来ていた。

夕日に染まった事務所の中。

 

「……そうか」

 

霊幻がそう小さく呟くのと同時で机の下で霊幻の指がぴくりと動く。

 

「ここは居心地がいいし霊幻師匠に何でも相談できるけど……それが当たり前になると僕はこのまま年齢だけが大人になってしまう気がするんです」

 

霊幻の目をまっすぐ見つめながら茂夫は己の率直な想いを伝えた。

 

「すみません霊幻師匠。将来ここに就職する約束できません」

 

「……」

 

相談所に沈黙がおりる。

茂夫から直接就職の件を断られ、霊幻もさぞ落胆あるいは動揺すると思いきや。

 

「はぁ……モブよ。あんなのは冗談に決まってるだろ」

 

霊幻の表情は意外にも穏やかで落ち着いていた。

 

「これからやりたいことなんていくらでも見つかる」

 

苦笑しつつも、霊幻は茂夫に語っていく。

 

「この前聞いたよな。なんでこの相談所開いたかって。あん時はああ言ったがほんとはな。前の会社に飽きてただの思い付きでこの相談所を始めたんだ」

 

霊とか相談所を始めた本当の理由を。

 

「最初は1年くらいで飽きてやめようかと思ってたんだけどな」

 

霊幻の脳裏に当時の記憶が蘇る。

殺風景な相談所、積み重なった煙草の吸い殻、一人だけの孤独な時間。

 

「丁度その時……」

 

そしてーー

 

霊幻の口元が緩む。

 

「ま、紆余曲折あって現在に至るってわけだ」

 

ここまで続くとは思わなかったけどなと肩をすくめてみせる。

 

「最初は単なる思いつきだったけど今はやりたいことになったって言っても嘘じゃねーな」

 

超能力使えない不便だらけの人生だけど、案外そんなに悪くない。

 

「とにかく。やりたいことなんて別に仕事じゃなくていいしお前はお前の好きなように生きればいいんだ」

 

かといってただ感情の赴くままに好き勝手して周りに迷惑かけるのは駄目だけどな。

まあモブは”俺”じゃないし、そのへんの心配は不要か。

 

「霊幻師匠……はい!」

 

霊幻の話を聞いて心のつっかえがとれたのだろう、茂夫の顔は生き生きしており、とても晴れやかだった。

 

「ありがとうございました!」

 

霊幻に一礼し、元気よく事務所を出て行った。

 

……て。

 

「え……?まだ営業終わってないのに……」

 

モブがここにきてから1時間もたってない。

 

「戻ってくるの……か?」

 

帰ってこいモブ。このままだとお前……

今日のバイト代ーージュース1本も買えないぞ。

 

 

 

 

 

 

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