昔々あるところに、一人の少女がいました。
幼くして両親を魔女によって喪った彼女は、一人の魔法少女に助けられました。
魔法少女もまた魔女によって両親を喪っており、魔女への復讐を願い魔法少女となったのでした。
全ての存在は、滅びるようにデザインされているという。
無限は有限の中に見る儚い幻、永遠なんてものは存在しない。
……もしそれが本当ならば。滅びゆく魂から産声をあげた私という存在は、この世界に対する冒涜。
これは福音か、それとも罰か。
呪われた運命を定めた神に、いつか私は刃を突き立てるのだろうか。
──────────
哀しみ。最初に感じたのはそれだった。
周囲の光景が、日常が哀しみに塗りつぶされる。壊れて、歪んで、ぐちゃぐちゃになって。非日常が顔を出す。
魔女の結界。対して私は、ただ手をかざす。
溢れ出す光と明滅するソウルジェム。瞳を閉じれば、魔力が自身を包み込むのをはっきりと感じた。
瞬き。その一瞬で私が身に纏う衣装は変わっている。
まるで全てを燃やし尽くした後のような灰色のロングコート。ソウルジェムは長い後ろ髪を纏める髪飾りとなって。
「これを懐かしい、って言うのかな」
初めての経験のはずなのに。そんなことを考えながらも、私の身体は止まらない。
空から掴み取るようにして取り出した刀を手に、わらわらと群がってくる蜂のような使い魔を両断。そのまま跳躍して、いつの間にか手にしていたもう一本の刀を一閃。
ふわりと地面に着地し振り返れば、刻まれた使い魔が地面に落ちて消えるところだった。
手元に目を落とせば、まるでカッターナイフのように鋭い二つの刀。自分の武器だが、怖いくらいに鋭利。そんな感想を抱いたところで、私ではないもう一人の声が耳に届く。
「天乃さん!」
声のする方を向けば、丁度マスケット銃を手にした黄色い衣装の魔法少女が隣に降り立つところだった。
魔法少女。たったひとつの願いと引き換えに、魔女と戦う運命を背負わされた者達。
そういえば彼女はどんな願いをそのソウルジェムに込めたのだろうか。ふとそんな場違いなことを考えながら、私は口を開く。
「巴マミ」
それが彼女の名前だった。
彼女はこの見滝原一帯をテリトリーとするベテランの魔法少女だとキュゥべえは言っていた。
別にキュゥべえの言葉を疑っている訳では無い。しかし改めてその軽やかな身のこなしを目の当たりにすれば、彼女が只者ではないことが分かる。
そんな彼女が言おうとしている言葉は何となく予想がついたので、私は先回りして口を開く。
「大丈夫、私は戦える」
「相手は魔女なのよ!危険すぎるわ!」
マミは私の言葉に納得できない様子だった。
魔女。己の結界に篭って使い魔を従え、呪いを振りまく異形の存在。
彼女の言いたいことも分かる。初めての戦闘、それも使い魔ではなく魔女が相手となれば命を落とすかもしれない。きっと彼女はそう思っているのだろう。
優しいんだな。素性の分からない私に住む場所を提供してくれたことからなんとなく分かってはいたが、私は改めてそう感じた。
「無茶はしないよ、危ないと思ったら撤退するから」
「でも……」
「いずれ魔法少女なら魔女と戦わなくちゃいけない。早いか遅いかの違いでしかないなら、私は今戦っておきたい」
マミは暫し私を見つめていたが、やがて諦めたようにため息をつくと、手にしたマスケット銃を構え直した。
「使い魔を相手にしてもキリがないわ、本体の魔女を集中して狙いましょう。動きを止めるのを手伝ってもらえるかしら、天乃さん?」
「カイネでいいよ。その苗字は私じゃないみたいだから」
そう答えると同時に、私は走り出す。
そうだ、身体は覚えている。
刀が空を切る時にあげる悲鳴のような音も。
敵の攻撃が自身の傍を通り過ぎる時の緊張感も。
切り返して使い魔に打ち込むこの太刀筋も。
その全てに感じる自身の微かな高揚も。
背後で銃の発砲音が聞こえたかと思えば、眼前に佇む一際大きな蜂が黄色のリボンに絡め取られるところだった。
この短時間で魔女を特定しただけではなく、魔女に対して最善の一手を放つ。その極めて高い分析能力と判断力は、数々の戦いで得た経験から来ているのだろうか。
「面倒見のいいお姉さん、か」
そう呟いて、何故か胸の奥がギュッと締め付けられる感覚が私を襲う。
大切なことを忘れている、そんな気がする。
私は首を振ってその痛みを無視した。
まずはこの戦いを終わらせないと。そう自分に言い聞かせ、同時に地面を強く蹴って跳躍する。
マミに気を取られていた魔女が私の存在に気付いたがもう遅い。至近距離で放たれる攻撃を危なげなく回避して、すれ違いざまに刀を振り抜く。
手応えはあった。無造作に刀を振るって突撃してきた使い魔をバラバラにしつつ着地すれば、頭上から耳をつんざくような叫び声が降ってくる。次いで背後から響く何か質量のあるものが落下する鈍い音。
そこにいたのは羽をもがれた魔女。私が空中で放った一撃は、魔女の羽を根元から切り飛ばしていた。
「やっぱり覚えてるんだ、身体」
そこに驚きはなかった。ただ自分が本当に魔法少女という存在なのだという微かな諦めがあった。
「ナイスよ、天乃さん!見掛け倒しのトロい子ね……これなら」
マミが胸元のリボンを解くのが見えた。するとそのリボンはまるで生き物のようにうねると、その姿を巨大な砲身へと変えた。
私の身長よりも遥かに巨大なそれを構えるマミに、苛立ちを込めて声を張り上げる。
「だから、カイネでいいって───」
ぞわり。そんな音がはっきりと聞こえたような気がした。
背筋に走るこの悪寒、この感覚を私は知っている。
「巴マミッ!!!」
考えるよりも早く私が叫んだ瞬間、マミの立つ床が"盛り上がった"。そのはずみで発射された砲弾の弾道が逸れ、魔女を掠めて結界の壁に着弾する。
結界の形が変化を始めていた。
まるで蜂の巣のようなハニカム構造だった結界の壁から、無数に生えてくる巨大なツタ。その先端にはトゲが無数に付いた葉が一対、口のように合わさっている。
さながら意識を持っているかのように蠢く結界。
「いや、違う……?」
結界が意志を持っているのではない。
これは、この植物たちから感じるのは、さっきまでとは異なる魔力反応。
「まさか、あの魔女は囮……」
「気をつけて天乃さん!結界の中に別の魔女が潜んでいるかもしれないわ!」
思わず足を止めていたこと。それが私の運命を決めた。
振り返って刀を振りぬこうとした右手が飛んできたツタに拘束され、次の瞬間には全身がツタで覆われる。
「ッ!?」
一拍遅れて痛みが襲ってくる。締め付けられている腹部から自身の血が溢れ出す感覚と共に、眼前に魔女が現れた。
先程とは別の魔女。対して私は全く身動きが取れない。
死んだな、私。
締め付けられ、次第にぼやけてゆく意識の中で、そう思う私はひどく冷めていた。
別に私が死んでも、悲しんでくれる人はいない。この世界に対する執着もない。
何故なら私は──空っぽだから。
記憶喪失。それが数日前に目覚めた私、カイネの全て。
今の私にあるのは、マミと共に過したこの数日と、カイネという唯一覚えていた自分の名前だけ。このソウルジェムに込められた願いすら、私は知らない。
遠くでマミの叫び声が聞こえる気がするが、彼女は結局最後まで私のことをカイネとは呼んでくれなかった。
ただ……彼女と過した日々は悪くはなかった、と思う。
「さようなら──」
───もう、忘れたくないよッ!!
脳裏に響いた。
その言葉は、一人の少女の慟哭。
それは、決して忘れちゃいけない衝動。
「……あ」
全部思い出した訳では無い。でも、私は確かに約束したんだ。
何があっても、最後まで生きてって。
忘れてしまうのは、いなくなってしまうのは、きっと一番哀しいことだから。
「私……泣いてる?」
そう思ったら、どうしようもなく哀しくなってきて。
それは私が多くのものを喪ってきたから?
それとも──
「死にたくない、から?」
私の心に何かが灯る。燃えるような、それでいて不思議と心地よい熱。
こぼれた涙を蒸発させる炎、それが私に宿るのを感じた。
いや。帰ってきた、という表現の方が正しいだろうか。
「──炎舞」
静かな、それでいてよく響くその声と共に、私の持つ刀が発火する。炎は私に巻き付くツタを燃やし尽くすだけでは飽き足らず、その向こうに佇むもう一体の魔女にも燃え広がる。
見渡せば、私の周囲に浮かぶ炎で形成された刀。私の命令を待っているのか、微動だにしない。
「あなたなら、今の私を見てなんて言うのだろう」
この魔力を、私は知らない。
でも一つ確かに憶えているのは、この力は大切な人から受け継いだものだということ。
「継承──」
手にした刀を強く握りしめた。もう二度と手放さないように、強く、強く。
そして振り抜いた。激しく、しなやかに。
「──不知火ッ!!!」
私の声と共に、周囲に浮かんでいた刀が飛び散った。まるで意志を持っているかのように、その一つ一つが疾く、鋭角な動きで魔女を追い立てる。
使い魔が必死に魔女を守ろうとするが、文字通り燃える刀の前には無力だった。それに触れることすら適わず、使い魔は次々と蒸発してゆく。
そしてついにその刃全てが魔女を串刺しにした。身動きが取れなくなった魔女は、まるで苦悶の表情を浮かべているかのように身をよじる。
私は手にした刀を十字に構え、いつの間にか閉じていた瞼を開く。既に涙は乾いていた。
そのまま言葉にならない叫び声をあげながら、私は魔女に向かって突っ込んだ。
あっという間に距離を詰め、手にした刃を魔女へと突き立てる。瞬きする間もない、一瞬のことだった。
「終わりよ」
ふとどうしようもなく哀しくなった私は、無意識のうちにそう呟いていて。
その一撃がトドメとなり、魔女はグリーフシードを残して消滅した。
──────────
私が拘束していた蜂のような魔女にトドメを刺した瞬間、魔女の結界が消滅した。
それが意味するのは、結界の中の魔女がすべて倒されたということ。恐る恐る振り返れば、彼女は私に背を向けて立っていた。
静かに変身を解いて、魔女の落としたグリーフシードに目を落とす。そんな彼女の沈黙は、やけにうるさく感じた。
どう声をかけようか。そう逡巡する私の背後から、聞きなれた声が飛んできた。
「記憶が戻ったのかい、天乃鈴音?」
「カイネよ」
キュゥべえの声に、天乃さんは静かにそう応えた。その声色は、初めて私と出会った時からは想像も出来ないほど力強いもので。
「記憶が人を決めるんじゃない、人の足跡が記憶になる」
彼女がゆっくりと振り返る。
魔女の攻撃によって血を流す天乃さんは、見ていてあまりにも痛々しかった。でも私を見つめるその表情は、確かに微笑んでいた。
ひどく哀しそうな、そんな微笑みだったけど。
「だから今の私は天乃戒音がいい。改めてよろしく、巴マミ」
天乃鈴音-弐-
やがて少女は憧憬から魔法少女となりました。
命の恩人である魔法少女の指導のもと、少女はめきめきと力をつけます。
そして全てを受け継いだ時、命の恩人である魔法少女は魔女となりました。
少女は涙を流しながらも、かつての恩人である魔女をその手にかけました。