指揮官への想いを巡って、微妙なわだかまりを抱えたまま、
不慮の出来事で戦場に取り残された二人。
なんとか撤退をこころみる最中に、意外な遭遇にでくわすのですが……?
ドルフロファンノベル新シリーズ、〔お姉さんと妹ちゃん〕開幕!
第1話は「恋慕のコランダム」。全4節を毎日更新!
あたしのお姉ちゃんは、自慢の美人さんだ。
白いハーフコートに青の差し色。
黒いストッキングに包んだ脚はすらりと伸びている。
そして、さらさらした長い髪が、とても艶やかに光っている。
でもお姉ちゃんは単に美人ってだけじゃない。
この基地の戦術人形で、お姉ちゃんほど射撃の上手い子はそういない。
狙いが上手いんだって、指揮官が褒めていた。
確実に敵の急所を狙って撃ち抜くのが、お姉ちゃんの得意技。
――バンバン撃って手数勝負のあたしとはそこが違うの。
でも、あたしたち二人は同じ部隊で上手くやってきた。
後衛として部隊の火力のメインになるアサルトライフル型。
うちの基地じゃ、お姉ちゃんとあたしの部隊が一番戦果をあげている。
お姉ちゃんは、あたしにとって頼れるパートナーでもあるんだ。
「やっぱりあなたとペアを組むのが一番しっくりくるわね」
「当たり前じゃん! 姉妹なんだもん!」
でも、お姉ちゃんと一緒で大変なこともある。
お姉ちゃんは世話焼きさんだ。
お節介屋といってもいいかもしれない。
それに、ちょっと規律に厳しい人だ。
あたしが少し羽根を伸ばしていると、すぐにお小言なんだよ。
正直、それにはちょっとうんざりしていた。
基地から外出して街で遊んで来たら、必ずゲートで待ち構えている。
そしてお土産を両手に抱えたあたしに、あきれたような顔。
もっと訓練しなさい、とか言われて喧嘩するのはいつものこと。
あたしとお姉ちゃんの言い争いに、一緒に行った子が決まって青くなる。
「またそんなに買い込んで! 無駄遣いはだめでしょう?」
「もーう、何を買ってもいいじゃん! 命の洗濯だよっ」
でもそこは、同じ姉妹で気兼ねないからこそだと思うんだ。
言い争いになっても、ほどほどでおさまるし。
それにお土産を渡せば、お姉ちゃんは喜んでくれる。
だから、喧嘩して十分後には笑顔でおしゃべりなんて当たり前。
お姉ちゃんは街の様子をいつも聞きたがる。
何が流行ってるのか、どんなお店があるのか。
「それで? その人、あなたになんて声をかけたの?」
「えぇ……ナンパされた話とか、恥ずかしいよぉ」
本当はわかってる。
お姉ちゃんは基地の副官も務めているから忙しい。
戦術人形として戦う以外に、事務仕事だってある。
だから、気軽に街へ行けない。
だから、羽目をはずしている子がいれば注意する。
お姉ちゃんの事情もわかってるから――
お小言も、土産話も、お姉ちゃんにとってせめてもの楽しみなら。
あたしはつきあってあげられる。
お互いに想いやるのが、姉妹ってものだから。
二人はずっと仲良し。ずっと一緒。
そう思っていた。
だから――あの夜のこと。
灯りも少ない食堂で、指揮官とお姉ちゃんが話し込んでいて。
そして、指揮官がそっと小さな箱を出してみせて――
それを見たお姉ちゃんが二言三言交わしてから、指揮官とそっとキスした時。
あたしは……すごくモヤモヤしてしまった。
指揮官の持っていた箱は、きっと〔あれ〕に違いない。
そして、副官を務めるお姉ちゃんは、あの人と過ごす時間も長い。
別に不思議なことじゃない。考えてみれば自然なことだもの。
でも――あたしはなんかイライラしてしまった。
どうしてお姉ちゃんだけ? どうしてあたしじゃないの?
そう考えた時……気づいちゃったんだ。
あたしも、お姉ちゃんと同じ人が好きなんだって。
だけど、選ばれたのはお姉ちゃん。
あたしは選ばれなかった子。
一緒だった道が二つに分かれてしまって――
永遠に離れ離れになるような気持がして。
怖くて。寂しくて。切なくて。
そして、そんな想いを抱えている自分がイヤで。
「――ねえ、どうかしたの? このあいだから変よ?」
「なんでもないよっ。お姉ちゃんには関係ないもん!」
作戦に向かう最中のヘリでもつっけんどんにしてしまって。
戦闘の最中も感情パラメータが不安定なまま……
いつものスペックが出せないのにすごくイライラして。
そうすると、ついお姉ちゃんの方へ視線が向いちゃって。
こんな気持ちになるのはお姉ちゃんのせいだって――
そんなふうに考えちゃって。
別にそんなことはないはずなのに……
……全部、あたしの勝手な想いなのに。
“ガラスの家に住む者は石を投げてはならない”って言う。
本当にそうだね。人を妬むと、災いは自分に返ってくるんだ。
作戦で敵に押されて撤退するときに、ふと思った。
“お姉ちゃんだけ戦場に残ったらどうなるんだろう”って。
バカだな、あたし。
そんなことを考えるから、こんな目に遭うんだよ。
急ごしらえで設置された、〔鉄血〕のジュピター砲。
あの忌々しい大砲にヘリが狙われたとき――
「あなたは逃げなさい!」
お姉ちゃんがそう叫んで、あたしを突き飛ばした。
そして、あたしは――お姉ちゃんのその手を思わず掴んだ。
二人して落下して、地面に投げつけられて。
からくも急上昇したヘリをかすめて、砲撃が宙を裂いた。
仲間たちが空高く逃れていくのをただ眺めながら――
あたしたちは、呆然と戦場に立ち尽くすしかなかった。
「目は覚めた? 97式?」
姉の言葉で、彼女の思考パルスがデフラグから浮上した。
ぱちぱちと目をしばたたかせて、視覚素子を覚醒させる。
認識領域に、心配そうに自分を覗き込む黒髪美人が投影される。
パーソナリティ上、〔姉〕と認識している95式だ。
それを確認して、97式はぶんぶんとかぶりを振った。
豊かな黒髪のツインテールと紅いリボンを盛大に揺らすと、ふうと息をつき、
「うん――いま起きた」
しっかりとした言葉で答える。
それを聞いて、彼女の姉がそっとほほ笑んだ。
「よかった……メンタルモデルに負荷がかかっていたのね」
「もしかして……ずっと見張っていてくれた?」
妹の問いに、姉――95式は、こくりとうなずいた。
たちまち、妹――97式が、ばつの悪そうな顔をみせる。
「あたしだけダウンしちゃうなんて……」
「気にしなくていいのよ」
姉がそっと妹の頬を撫でた。優しく、柔らかい感触。
だが、その手の甲に黒ずんだ擦過傷を見つけて、97式は顔をくしゃっとゆがめた。
姉の手をにぎると、自分の額に当てて涙声で、
「巻き添えにしちゃった……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「いいのよ。わたしこそごめんなさい。びっくりしたわよね」
こんな時でも姉の言葉は気遣いにあふれている。
「わたしが急に突き飛ばそうとするものだから――でも、かえってよかったかも。二人一緒なら、なんとか切り抜けられるかもしれないわ」
自分の手を握りしめる妹の手を、さらに自分の手でくるんで、
「さあ、立ちましょう。なんとか後方へ撤退しないと」
そう言って、姉が手を引いてくる。
妹は、こくりとうなずいて、そろそろと立ち上がった。
腕をくるりと回し、とたとたと足踏みしてみせる。
「ん――躯体はだいじょうぶみたい」
「よかった」
ほうと息をつきながら、姉が微笑んでみせる。
「とりあえず移動しましょう。この岩陰だと、また〔鉄血〕に見つかるかもしれない。どこか落ち着ける場所を探して、撤退ルートを考えないと……」
姉がうなずき、妹が頷き返す。
それぞれの銃を携えながら、二人並んで歩きだす。
姉は左。妹は右。
いつのまにか、自然と決まった位置取りだ。
それぞれの〔持ち場〕を見張りながら、慎重に歩を進める。
黙りこくったまま、三十分ほど歩いただろうか。
はたして、沈黙に耐え切れなくなったのは、妹のほうだった。
「……ねえ、どうして、あたしだけヘリから降ろそうとしたの?」
ためらいがちの妹の問いに、姉はちらと目を向けると、
「あなただけは助かってほしかったのよ」
「変だよ。だって、あそこで撃墜されて全滅したって、バックアップから復帰できるじゃん――そうだよ、そっちの方がこんな苦労せずに基地へ戻れたのに――」
「ダメよ。それはいけないわ」
繰り言じみてきた妹の言葉を、姉はぴしゃりと遮った。
「今回の作戦は急だったから、記憶の完全バックアップは四日前まで戻ってしまうもの。あなたにはちゃんとメモリを保持したまま、帰還してほしかったの」
姉の言葉は、真摯そのもので気遣いに溢れていたが――
それだけに、妹の感情パラメータはズキンとネガティブに跳ねた。
姉と指揮官が話し込んでいたのは、一昨日のことだ。
針で心臓を刺されたような、あんな痛みを抱えて生き残れというのか。
むしろ姉の方こそメモリを持ち帰るべきではないのか。彼女がメモリを失えば、おそらく指揮官の告白の言葉も、キスの思い出も失ってしまうだろうに。それとも、姉にとってそれらは取るに足らないことなのだろうか。
もし、姉にとってその程度のものなら、いまも自分の思考回路を疼かせるこの痛みはなんだというのか――まるで、自分の想いなんて、どうでもいいみたいではないか。
「……なんなのよ、もうッ」
苛立たしげにつぶやいて、気が付くと妹は目についた石ころを蹴り飛ばしていた。
「こらっ、なにしているのっ」
姉が眉をひそめる。妹はぷいとそっぽを向いた。
蹴られた石ころは予想外に何度も跳ねていき――
とうの昔に残骸となって打ち捨てられたバスにぶつかった。
……いや、そのように見えたが、違った。
バスに石がぶつかった瞬間、車体に見えたそれが波紋をさざめかせて揺らめく。
姉妹は顔を見合わせると、すかさず銃を構えた。
――熱光学迷彩だ。
石ころがぶつからなければ、気づかずに前を通ったかもしれない。
カモフラージュの向こうに敵性が潜んでいたら、背中から撃たれていただろう。
いや――いまこの状態でも、相手の方が数は上かもしれない。
敵である〔鉄血〕の人形は、より軍事向けの躯体だ。グリフィンの戦術人形が対抗できているのは、部隊として訓練して、チームワークで戦えているからにすぎない。
それが、たとえ息の合った姉妹であっても、二人きりではなんとも心もとない。
「……先に撃っちゃう?」
「いえ――下手に銃声を鳴らしたら、周辺の敵性に気づかれるかも」
妹の提案に、姉がかぶりを振ってみせる。
二人で息を殺しつつ、バスに潜んだ何者かを睨みつけていたが――
不意に、何かを叩くような金属音が小さく聞こえた。
コーンコン・コン。コーンコン・コン。
「……モールス信号?」
姉がつぶやいた。だとしたら“NE”――“Not Enemy"だ。
妹が身をかがめ、足元の石で地面をたたく。
コツコツ・コツ。コツコツ・コツ。
“MT”――“Me Too”と伝える。
ややあって――バスの車体に見えていたそれが、地面に近い端から、さも当然のようにめくりあげられた。熱光学迷彩が切られてダークグレーの布に変じる。
ほんのわずかに開いた隙間から、誰かの顔が見えた。
整った顔立ち、白い肌、赤銅のような艶の長い髪――グリフィンの戦術人形。
姉妹を認めると、その人形がそっと手を突き出した。
真っ白い手袋をはめた手で、素早く手招きしてみせる。
姉妹は目を合わせてうなずくと、思いがけない遭遇者の許へ駆け寄った。
次回、第2節は明日20:00にアップ予定です。
姉妹が遭遇した人物とは?
指揮官たちの思惑とは?
そして事態打開の活路とは?
お楽しみに!