ところがG11の振る舞いがなにやらおかしくて……?
怠惰なはずの相方のまさかの行動に疑念を持つ416だが……
くだんのお節介な人形と再会したのは、すぐのことだった。
宿舎にG11を寝かしつけて――というか、背中におぶっていたのをベッドに置いて、とりあえず毛布をかけてやっただけではあるが。背負って運んできた時には、一発たたいてやろうかとさえ思っていたのだが、いざベッドで幸せそうに眠るG11の顔を見ると、そんな気持ちは失せてしまった。
平手打ちをくれてやる代わりに、彼女のぼさぼさした灰色の髪をくしゃっとかき回して、さっきの人形は誰だったのかと思って調べようとして――肝心の携帯端末を食堂に置いてきたのを忘れたことに気づいたのだ。
ため息交じりで宿舎を出た矢先。
「――お忘れ物ではありませんか?」
穏やかで慇懃な声が、するっと耳に入ってきた。
内心ぎょっとして振り返ると、そこにははたして食堂のあの人形だった。
凪のように静かな表情だが、霧がかかったかのような韜晦の面立ち。
昔の戦列歩兵のように整った衣装に、肩から提げた年代物のライフル。
ただ、古めかしいと片づけるには手入れがよく整っているのがみてとれた。
その彼女は、口の端をほんの少し持ち上げながら端末を差し出していた。
笑んでいるつもりなのだろうか――416は何度かまばたきしてから、
「……どうも、ありがとうございます」
ひとまずお礼を言って、端末を受け取った。
宿舎へすぐに引っ込もうかと思ったところへ、まるで先回りしたように、
「いかがです? ご一緒にお茶など。軽めですが携行食もありますよ」
「あ、いえ……せっかくですけれど――」
言いかけて、しかし、416は考え直した。
あまりこそこそしても不審に思われるかもしれない。
どんな行動をしても結局は記録消去するから構わないのだが、不慮の騒ぎになって待機期間の途中で〔
むしろ、ある程度の親交は交わしておいて、こちらの都合のよいように利用できる人形がいた方がいい。人のトラブルを見捨てずに、それどころか忘れものをわざわざ届けに来るようなヤツだ。それなりに人のいいパーソナリティなのだろう。
それらの考えを、まばたき二つの間に考えて――
416は外向けの笑顔を作ってみせた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えようかしら」
その言葉に、ライフル持ちの人形はうなずいて、手を差し出してきた。
「リー・エンフィールドと申します。どうぞ、よろしく」
差し出された手を握り返して、答える。
「416です。こちらこそお願いします」
お互いに笑みを交わす。416のそれは、欺瞞の笑みではあったが。
「えっ、それじゃ、あなたも避難組なの?」
エンフィールドの身の上を聞いて、416は声をあげた。
赤銅の髪の淑女は、翠の瞳を憂いで曇らせて答えた。
「ええ……先の68地区の戦闘で部隊が散り散りになりましてね――」
そう言うと、彼女は紅茶の入ったマグカップを口につけた。
二人は通路途中のミーティングスペースに腰を落ち着けていた。
ミーティングスペース、とは仮の名称で、本来は〔RDP〕と呼ばれる。
もっとも、そんな不幸が起こることは滅多にない。
勢い、人形同士がちょっとしたおしゃべりを交わしたい時に用いられることが専らとなって、いつの間にか指揮官でさえ正式名称をちゃんと覚えているかどうか怪しい。
その一つに、エンフィールドは持ち込んだ茶道具や軽食を持ち込んで、ささやかなお茶会を催していた。紅茶といってもパウダーを溶かした即席のドリンク、軽食といっても野戦糧食をちょっとマシにした感じのビスケットなのだが。
だが、416にはこれぐらいシンプルな方が、むしろ人心地がついた。
「でも、あなたは帰るべき基地が分かっているんでしょう?」
手元に返ってきた携帯端末で確認しながら416が訊ねると、
「ええ、まあ。私のホームはL211です。ただ、人形ひとりを運ぶのにわざわざヘリを飛ばすのは電気のムダだと言われましてね。そのうち不定期便を飛ばす時に便乗する予定になっています――フムン、ささやかな小旅行といったところですね」
言いながらも、エンフィールドの声に悲壮感はない。
むしろどこか伸び伸びとしたゆとりさえ感じられた。
「……なんか呑気なのね、あなた。リー・エンフィールドって他でも見たことあるけど、もうちょっと真面目で堅苦しい印象があったわ」
「フムン。ホームでは割と古株ではありますからね。パーソナリティが育っているだからかもしれません。おかげで副隊長にはいつも怒られてしまいます」
「それはまた――隊長をしている人が大変そうね」
「ああ、いえ。わたしが隊長を務めているのですよ」
あっさりと答えてみせたエンフィールドに、416は眉をひそめた。
「……自分の部隊が心配じゃないの?」
そう訊ねると、淑女は軽くかぶりを振ってみせた。
「心配はしていますが、信頼していますから」
言葉に、微塵の揺らぎも虚飾もない。
当たり前なことを、至極もっともだと言ってみせた言葉に――
「いい部隊なのね。きっと……」
ビスケットをひとかじりしながら、416は言った。
それを聞いて、淑女が片眉をあげてみせた。
「おや、貴女の部隊も、なかなかいい部隊だと思いますよ」
不意に言われて、416は思わずエンフィールドの顔を見直した。
一瞬、翠の瞳が鋭く光ったように見えたが――
改めて視界に捉えた淑女の顔は、霧がかかったような表情をしている。
「どうして……そう、思います?」
あるいは、返答次第では――
416がそう思って、ひそかに躯体の戦術回路をオンにすると、
「いや、なに。お連れの方と随分気安いように見受けましたので」
淑女はこともなげに言うと、にんまりと笑んでみせた。
同情するような、ほほえましく思っているような、気遣いの笑み。
それを見て、416は一気に力が抜けてしまった。
「……気安いというか、あいつがだらしないだけ」
416はかすかに口をとがらせて、ぼやいた。
「もともとよく寝るやつだけど、この基地に来てから特に……」
「おや、てっきりお連れさんは不眠症なのかと思いましたが」
エンフィールドが、首をかしげながら言った。
「昨晩も見回りをしていたら、寝間着姿で歩いていましたし」
予想もしない言葉に――
416は思わず椅子から転げそうになった。
「寝間着!? 見回りってどういうこと?」
問い詰め口調になる416に、淑女は肩をすくめてみせた。
「いえ、無為徒食の身に甘んじているのも居心地が悪いものですから。夜間の基地見回りを買って出たのですよ。そうしましたら、灰色髪の痩せた子が寝間着姿で通路を歩いているのを見かけまして――デフラグ中になにか誤作動かと思ったのですが、声をかけると『喉がかわいたし、寝付けないから食堂まで散歩』と答えられた次第です」
「いや……そこで宿舎に返すのが見回りの仕事でしょう?」
「とは思ったのですが、まあ同じ避難組どうし。きっと落ち着かないのだろうと思って、まあさわらずにおいたのですよ。その後もたびたび夜に出歩いているので、夜間のデフラグが苦手な人形なのかなと思ったものですから」
エンフィールドの説明に、416は黙りこくった。
G11はとにかくだらしなくて、怠惰が服を着ているような人形だ。
働きたくない、戦いたくない、動きたくない、がモットーでさえある。
だから暇さえあれば寝ているし、逆に寝るためなら用意周到でさえある。
そのあいつが――眠れなくて夜に歩くなんてことはないのだ。
「……しかし、よその基地に間借りというのは落ち着かないものですね――」
他愛のない会話を続ける淑女に、相槌を打ちながらも。
416の思考回路では、相方の謎の行動に疑念がぐるぐる渦巻いていた。
お茶会が終わって、416は宿舎に戻ってきた。
エンフィールドとはお開きの際に握手を交わした。
「互いに困ったことがあれば、助け合いましょう」
そう言って、淑女は少し安堵したような笑みを見せていた。
同じ避難組と考えて、勝手に親近感を持ってくれているようだ。
気を許すつもりはないが、いろいろ手助けしてくれそうなのは好材料だろう。
「……殺風景なところよねえ、しかし」
宿舎の内装を見回しながら、416はぼやいた。
急にあてがわれた宿舎なためか、家具らしいのはわずかだ。
ベッド二つに、キャビネットひとつ。
テーブルやソファのたぐいさえないのに、床や壁は妙に凝っていた。南国リゾートをイメージしたような壁面のディスプレイに、砂を敷き詰めたようにみえる床タイル。もともとはプールなどを設置して、照明もガンガンに明るくしてレクリエーションスペースになる予定だったのかもしれない。
もっとも、当のプールもなく、照明もぼんやりした間接照明しかない現状では、どこかさびれたテーマパークの廃墟跡に住んでいる感じがなくもないのだが。
はたして、二つあるベッドの片方で――G11はすやすやと寝ていた。
かけておいた毛布をいつのまにかひっぺがして、束ねて抱きしめている。
寝こけている顔は、思いのほかあどけなく、愛らしい。
そんな相方をベッドのそばでまじまじと見つめながら、
「ずるいわよね……寝顔が可愛いとか」
あきれ気味にため息をつくと、416は脱ぎ捨ててあった寝間着を拾い上げた。
サスペンドモードの人形が何を着て寝ても構わない、とは思う。
とはいえ、起きた後に普段着がしわだらけでは、一緒にいるこちらが恥ずかしい。眉をひそめながら、416は眠っているG11の服を脱がし始めた。別にいまに始まったことではない。〔
ジャケットをひっぺがし、ホットパンツを脱がし、Tシャツを剥ぐ。
パンツ一丁でも色気のない痩せっぽちの身体に寝間着を着せようとして――
銀髪の乙女は、それに気づいた。
「……なによ、これ……」
人形の表皮を覆う疑似生体。とりわけG11の肌は磁器のように白い。
その胸元に赤い斑点がついていて、胴にはうっすら青い痣が残っていた。
考えられることがあるとすれば――
たとえば、誰かがきつく抱きしめて、胸元に口づけたかのような。
よもやあり得ない不吉な予測演算が頭をよぎって、
「ないないない……こいつに欲情するやつなんているわけないわッ」
慌てて囁いて自分を納得させると、手早く寝間着をすっぽりと着せた。
なされるがままに着替えさせられたG11は――
そのままむにゃむにゃ言いながら、ぱたりとベッドに倒れ込んだ。
何もなかったかのように、穏やかな寝息を立てている。
416は――G11のぼさぼさの髪をそっと手で梳いた。
灰色の髪を、自分のしなやかな指が櫛代わりに流れていく。
しばらくそうやった後で、416はそっとつぶやいた。
「――何か困っていたら言いなさいよ。お姉さん代わりなんだから」
そう、結局、こいつの面倒を見るのはわたしなのだ。
404小隊が次に合流するまでに、しっかり世話してやらないと。
決意まじりのため息をまたひとつ。
それだけ相方の枕元に残すと、416は自分の寝床へ戻った。
ベッドに腰かけて、この基地の指揮官からの連絡を見る。
予定タスクは、ずっと〔待機〕のままだ。
戦闘任務まではいかなくとも、雑用は任されるかと思ったのだが。
「――まあ、娯楽のない休暇だと思っておこうかしらね」
そうひとりごちると、416も手早く寝間着に着替えて横になった。
目を閉じると、すぐにデフラグと自己診断が始まり……
サスペンドになった躯体の中で、416の思考パルスは眠りについた。
あらかじめ仕掛けておいた論理タイマーで、彼女は目を覚ました。
ぱちぱちとまばたきをして、横のベッドの様子を窺う。
銀髪の相方が安らかな寝息を立てて、寝ている顔が見てとれた。
しばらく観察して――深いデフラグに入っていると確認する。
さて、寝床から身を起こすかと思ったところで、
「……わざわざ着替えさせなくてもいいのに」
自分が寝間着姿になっているのに気づいて、思わず苦笑いをした。
姉なのか母なのか。相方はどうも世話焼きなのだ。
たまに手ひどく罵倒したり、拳骨をくれることもあるが――
結局は、自分の相方が感情豊かだということなのだろう。
クールで完璧をもって任じている本人は否定するかもだけれど。
「……身体の痕、見られたかな……」
バレたからと言ってどうもこうもないのだが、たぶん彼女はずいぶんと気を揉むに違いない。いや、混乱してちょっとパニックになるかもしれない。
だが、〔
うまく演じられるUMPの姉妹がいない現状では――
この役目は自分がやるのが一番いいのだ、うん。
「……考え込まなくていいんだからさ……」
そうひとりごちて、抜き足差し足で宿舎を抜け出す。
寝間着にスリッパだけのしどけない姿で、基地の中を歩いていく。
「――あの人が教えてくれた通りだね」
彼女はつぶやいた。
エンフィールドと名乗る人形。あの人がわざわざ基地の見回りのルートを教えてくれたのだ。たぶん、自分がどこで何をしているのかは承知の上なのだろう。
その意味では、あのライフル持ちも善人とは言えないのだ。
けれど、善悪とかは興味がない。使えるものは使う――それだけ。
そして、それは別に戦術人形に限った話ではないのだ。
ある部屋の扉の前で、彼女は足を止めた。
あらかじめ決められたナンバーでコールをかける。
ほどなく扉のロックが解除され――
開くなり、太い腕がやや乱暴に彼女の華奢な身体を抱きすくめた。
「おお……おお……き、来てくれたのか……」
涙まじりの野太い声。吐息にまじるアルコール臭。
彼女は目を細めて艶っぽく微笑みながら、男の耳元囁いた。
「約束を破るわけないでしょ……今夜も眠れないの?」
そうして、彼の背中に手を回して、ぽんぽんとたたいてあげる。
抱きすくめる彼が泣きじゃくりながら、こぼすように言った。
「ああ、待っていた……待っていたんだよぉ……」
細い首元に顔をうずめて嗚咽を洩らしながら――
男は少女を抱きすくめたまま、部屋へと連れ込んだ。
二人を世界から切り取るかのように、扉が静かに閉まった。
エピソード中のあるアイデアはyamotoさんのツイートからお借りしました。
(https://twitter.com/yamoto/status/1256858343743737858)
※本人ご諒解済み。本文お読みになってからご覧くださいませ。
さて、次回第3節は明日20時に更新予定です!
G11の行動をいぶかしむ416。
相方と射撃訓練場へと向かう最中に出くわした、
この基地の指揮官の言動から、ますます疑念が強まるのだが……?
さてどうなってしまうのか? 次回お楽しみに!