お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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助力の手を差し伸べたリー・エンフィールドと
激戦地跡へ向かう姉、モシンナガン。

一方の妹、ナガンは出会った少女を背負ってひたすら歩いていた。
その向かう先は……?

【作者より】
ナガンにはぜひこれをやってほしかった、というやつです。
いささか定番すぎるかもしれませんが。



ep.5 少女達のノーマンズランド Ch.2

「助かったわ――まさか指揮官が許可してくれるなんて」

 木立の間を歩きながらモシンナガンがそう言うと、

「いえいえ、ツ―マンセルの行動ができれば、こちらも三組でカバーできます。困った子らを見つけ出すのも、比較的楽になるでしょう」

 隣り合って歩みを共にするエンフィールドが口の端でかすかに笑んだ。

 

 その微笑さえ、どこか霧がかかったような曖昧さぶりに――

(――妙につかみどころがない人よね)

 モシンナガンはひそかにそう評した。話す言葉は誠実そのもの、申し出も願ったりかなったり。だが、煙に巻かれている感覚がなぜか拭えない。

 

 とはいえ、彼女の所属はL211基地。

 先の戦闘では、同じ基地の別部隊が随分と敢闘してくれたのだ。

 モシンナガン達と仲間達がかろうじて敵を撃破して安全域まで退くことができたのも、援護として来てくれたL211の部隊が主に敵を引きつけてくれたおかげだ。グリフィンの戦術人形はお互いに助け合うとはいえ、目覚ましい奮闘ぶりだった。

 

「――お味方の戦いぶりには本当に助けられたわ。ありがとう」

 素直にそう称賛してみせると、なぜかため息が返ってきた。

 

「いや、まあ……あの子達も頑張りすぎですよ。ウチの指揮官から何を学んだのか、基地に戻ったらちゃんとお説教しなくてはなりません」

 エンフィールドの声は、どこかあきれた色がにじんでいた。

 

「しかし、ローズ指揮官のことですから、すべてお見通しなのかもしれませんね。初出撃ながら、早々に二つ名が付きそうですが――さながら〔狂戦士(バーサーカー)〕か〔猪武者(デアデビル)〕というところですか。戦果は充分すぎますが、毎回、後始末が大変になりそうです」

 そう言って、淑女は肩をすくめた。ひそかに眉根が寄っている。

 

「あの……なにかマズいことでもあったの?」

 ウシャンカの乙女がおそるおそる訊ねると、エンフィールドは「フムン」と軽く声を洩らして、懐から紙包みを取り出した。包みを開くと、真っ白い板きれのような何かが出てきた。淑女が切れ目にそって、一部を割ってみせる。一切れを自分の口に無造作に放り込んで、別の欠片をモシンナガンに手渡した。

 

 受け取ってみると、ふわと爽やかな香りが漂う。

「……これは?」

 思わず乙女が指先でつついてみると、淑女はすっと目を細めた。

「ケンダルミントケーキです。わたしのお手製ですが」

「お菓子……甘いの?」

「食べてみればわかりますよ」

 淑女の勧めに、モシンナガンは一口かじってみた。

 

 たちまち、味覚素子がびっくりするほどの清涼感が口中に満ち、続いてしっかりした甘さが広がっていく。お菓子には違いないが、気つけ薬に思えなくもない。

 

「……こういう場面では、結構いいかも」

 

 素直な感想だった。お茶請けなどにはまったく向きそうにないが、戦場跡を捜索しながら歩くという、緊張感と同時に単調さもある場面では重宝しそうだった。甘味を摂れると同時に目も覚ませる、なかなかの携行食である。

 

 乙女の評価に、淑女はうなずきながらも、ぼそりとこぼした。

「……わたしの作った料理やお菓子でも、これだけは皆受け取ってくれるんですよねえ。まったく解せません。料理ライブラリに不備はないのですが……」

 

 腑に落ちません、とつぶやく淑女に、モシンナガンは愛想笑いを浮かべた。どうやら目の前の彼女は、いわゆるメシマズのたぐいであるらしい。

 

 話題を変えようと思って、モシンナガンは携帯端末を取り出し、昨夜の戦闘状況を戦域マップにかぶせて表示してみせた。まだ整理されていないデータだが、当たりをつけるには充分だ。時間表示を早朝の時間帯でループ再生させる。多数の赤い矢印と青い矢印が激しくぶつかりあう様が何度も繰り返された。

 

 赤が〔鉄血〕。青がグリフィン。

 夜明け前から始まった戦闘のクライマックスポイントだ。

 いままさに、二人が目指して歩いている場所である。

 

「――妹とはぐれたとしたら、ここだと思うのよ。ジャミングで通信も混乱して、戦闘音もすごくて、声での意思疎通も難しい状況だったから」

 


 

「フムン。なるほど。わたしの目当てもそのあたりにありそうです――端末のデータを共有していただいても?」

 言われて、モシンナガンはこくりとうなずいた。

 

 そもそもこの捜索行は、エンフィールドの部隊にモシンナガンが助力として参加する形式になっている。この分隊のリーダーは淑女の方にこそあるのだ。お願いの形を取った、事実上の指示だが、それでも慇懃に頼んでくるのが、この淑女の性格なのだろう。

 

「どうぞ、別に隠すところはないもの」

 そう言って、端末からリンク用ケーブルを引き出してみせる。

 淑女は軽くうなずくと、手渡されたケーブルを受け取った。

 

「ありがとうございます。こちらからも共有しておきましょう」

 エンフィールドが端末を手早く操作してみせる。

 互いのもつ戦術データが補完しあって、二人の端末に同じ画面が表示される。

 

 青の矢印のうち、二つに「L211」のタグが付いた。

 うち一つは「2nd」、もう一つは「6th」のナンバリングが振られている。

 それぞれの戦いぶりは対照的だった。

 

 「2nd」は敵を示す赤い矢印の側面や後背を巧みに衝く動きをし、本格的な混戦になる前に部隊を引き上げている。巧妙な部隊運用だが、それは他の青い矢印――つまり友軍に危険な正面を引き受けさせているということだ。その動きからは、狡猾なロジックが働いているように見える。

 

 かたや「6th」は真逆だった。まっすぐに敵の正面に進出し、友軍を示す青い矢印をかばうかのように、赤い矢印の奔流を受け止めている。脅威的なのはその堅さで、次々と紅い波濤に打たれても、容易に崩れない。

 

 それを目にして、モシンナガンは息を呑んだ。

「……ああ、この子達、こんなに頑張ってくれたんだ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 

 早朝時の戦闘の状況をメモリから呼び出す。自分たちの基地の部隊が、〔鉄血〕とぶつかった際に、「ここはまかせて!」と進出した散弾銃と機関銃の混成部隊。大軍としか形容できない敵の数だったが、なんとか抗しきれたのはL211所属の第六部隊の彼女達が、一番の圧力を支えてくれたからだったのか。

 

 そして、こうして振り返ってみると、敵の動きが妙にぎこちなかったのも納得できた。数に任せて一気に押し寄せてこないのはなぜかと思ったが、振り返ってみれば敵は常に側面や後背を気にしているようだった。俯瞰して図式化すれば理解できるが、〔鉄血〕の大部隊が攻勢にでようとするタイミングで「2nd」が的確に敵をつついている。

 勢い、敵は戦力を小出しにせざるをえなかったわけだ。

 

 ただ――こちら側の唯一の失敗が、敵が撤退するまえの欺瞞攻勢だった。

 手持ちの動ける戦力を一気に前に押し出して、こちらをたじろがせ、その隙に撤退する――敵はそのつもりで大きくひと押ししたのだろうが、消耗していたグリフィン側には、それは対処能力を超えた圧力だった。結果的に混戦になってしまった戦闘状況は、赤と青が入り乱れ、やがてそれぞれに退いていく。

 

 その中で「2nd」はいち早く部隊を下げ、引き上げる敵を敢えて見逃しているかのように見えた。対して「6th」は最後まで乱戦の中にいた。「6th」の矢印は途中で点となって散っていき、概ね戦域外へ逃れていったが、一人だけ動きを止めたままだった。

 

 残った彼女がどうなったのか、考えるまでもない。

 妹もまさか、と思い、モシンナガンはきゅっと拳を握った。

 

「あの……こう言うのはおこがましいけど――」

「――うちの第二がもう少し頑張ってくれれば、ですか?」

 言いかけた言葉を先回りして、エンフィールドが続けてみせる。

 

 顔を向けると、淑女は眉をひそめてミント菓子をかじりながら言った。

「仕方がなかったのです。彼女たちはここで消耗するわけにはいかなかったもので。退いていく〔鉄血〕の部隊を追跡して、とっておきの精鋭と共に追い打ちで叩く。複数の戦場を渡り歩くのが前提なので、自然と計算尽くになってしまうのです」

 そう言って、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

 

「かたや、第六部隊はこれが初陣でした。まあ頑張りすぎたのでしょう。それに、メンバーのパーソナリティ的に友軍を見捨てることができなかったと思われます。指揮官の教えはわかっていても、やむにやまれなかったのかと」

 

「指揮官の教え、って……?」

「おや、“カサンドラ”のドクトリンは悪名轟いていたと思いましたが」

 片眉を吊り上げながら、淑女は言った。

「『決して死ぬな、生き残る前提で戦え』――ご存じないですか?」

 

 およそ人形に指示すべきではない命令に、モシンナガンは目を丸くした。

「ああ、なんか聞いたことある。変わった教範を人形にレクチャーしている指揮官がいるって。でも……人形なんて命の替えがあるんだから、そんなの……」

 

「おかしい、と思いますか?」

 淑女が翠の双眸をすっと細める。心なしか、その眼光が鋭くなった

「では、なぜ妹御の捜索に行くのですか? 四十八時間ルールはご存じでしょう」

 

 痛いところを指摘されて、ウシャンカの乙女は言葉に詰まった。

 自分で言いながら……矛盾している。顔を赤くしてうつむけると、くすりとエンフィールドがささめき笑いを洩らすのが聞こえた。

 

「意地悪を申しました――まあ、死にたい人形など早々いません。いまはそういうことにしておきましょう。それにしても、死ぬなと言ったからには、斃れてしまった人形を捨て置くような、我らが指揮官でもないのです」

 

 そう言って、淑女は背負った背嚢を軽くたたいてみせた。

 ゴツゴツという音からして、大型の機材がまるまる入っているようだった。

「そういえば、あなたの用事は捜索だと聞いていたけど、未帰還探しでもなさそうね」

 モシンナガンは首をかしげながら訊ねた

 

 問われた淑女は、すっと表情を消した。

 整った顔立ちが、大理石の彫刻めいて見える。

「まあ、遺体回収というべきか……背中のこれはさしずめ棺桶でしょうか」

 エンフィールドが、ふーっと長く息をついてみせる。

 

「昔はよくやりましたが、ひさしぶりの仕事ですね」

 悲愁と懐古がいりまじった声で、淑女は言った。

 

 ウシャンカの乙女は納得いかない様子で、眉をひそめた。

 使い捨ての身体の戦術人形で遺体回収とは――何のことだろうか。

 


 

 ♪林檎と梨の木が咲き誇っていた

  霧が川面に漂っていた♪

 

 背中に〔鉄血〕の少女を背負いながら、ナガンは歌っていた。

 歌いながら歩みを進めていく。背中の少女を落とさないように懸命であった。

 

 ナガンはそもそも小柄で、躯体もそれほどパワーが出るわけではない。

 さらに〔鉄血〕のエリートタイプは躯体の構成が違うのだろうか……

 おぶっている少女は、やけに重いのである。

 

 歩き始めこそ悪態をついていたが、毒づくほどに自分の行動の意味不明さを自覚させられる有様で、ごまかし半分元気づけ半分で歌いだしたナガンなのであった。

 

 ♪カチューシャは川岸に歩み出た

  高く険しい川岸に♪

 

「――ん、んん……なによ、この変な音……」

 背中で不機嫌そうな声がしたので、ナガンは眉をしかめた。

 

「なんじゃい。目を覚まして第一声がそれか! 変とは何じゃ。かの大祖国戦争では兵士たちを勇気づけた名曲じゃぞ! 知らんのか、この歌?」

 わざわざの解説に、返ってきた返答は憤慨ものだった。

 

「曲……歌……ああ、人間達のあの意味不明な騒音?」

「騒音とは何じゃあ!」

 ナガンは本気で怒って、顔を真っ赤にした。

 

「兵隊は歌いながら行軍するんじゃ! おぬしこそ何を言っておる」

 

「……〔鉄血〕は歌とか知らないもの――そんなの必要ないし」

 口をとがらせてつぶやいてから、銀瞳の少女は目をぱちぱちとさせた。

「――あれ? なんで、あたし起きてるの?」

 

 もぞもぞ身じろぎしだした少女に、ナガンは再び怒鳴った。

「ああ、ああ、動くんじゃあない! ただでさえ少ないバッテリーがズンズン減ってしまうじゃろうが!」

 

 言われて、少女は自分の脇腹に目をやった。

 ナガンの腰に提げたバッテリーパックからケーブルが繋がれている。

 

「……あんたが、やってくれたの?」

「うむ、感謝せいよ。取引に乗ってやったんじゃからな」

 

 重々しく回答したナガンに返ってきたのは、あきれた声だった。

「グリフィンの人形ってお人よし揃いなの? 取引だからって〔鉄血〕のエリートタイプを助けたりする?」

 その問いに、ひとしきりうなってから――ナガンは答えた。

 

「じゃが……おぬしもいちかばちかだったんじゃろう?」

 ウシャンカの少女は、背中の方をちらと見ながら言った。

 

「榴弾もあの一発きり。バッテリーはもうすっからかん。それなら、まだ話が通じる誰かに助けてもらってほしかった……違うかの?」

 

「あたしを撃ち殺して、仲間のところへ戻るとか……考えなかったの?」

 

「ああ、それは二つの理由でダメなのじゃ」

 ナガンはそう言うと、身じろぎしてホルスターの拳銃をちらと見せた。

「情けないことに弾切れでのう! おぬしを撃ちたくとも撃てんのじゃ」

 

 そう言うと、ナガンは歯を見せて笑った。

「手近な岩で殴るという手もあったが、そこまでの野蛮人ではないしの!」

 

 冗談めかしてからからと笑ってみせたが、

「……検討はしたんだ……」

 不審そうなつぶやきに、たちまち乾いた笑いになった。

 

 いささか気まずくなって、ナガンは咳払いをしてみせた。

「……あー、こほん。でじゃ、おぬしを捕虜と考えて、かついで仲間のところへ戻ろうかと思ったが、あいにく通信機能が故障していての。連絡はつかんし、仲間の位置もわからんし。さてどうしたものか――そこで、老兵のしたたかさが冴えたわけじゃよ」

 

「なによ、それ」

「おぬし、ノリがわるいのう……褒めるぐらいせんかい」

 白けながらも、ナガンは努めて声を明るくして説明した。

 

「ちょうど、なんとか歩けて行ける位置に物資の集積所があったのを思い出しての。そこまでいけば、電力は補充できるし、腹は満たせるし、上手くすれば通信機能も修理できよう。どうじゃ? わるい考えではなかろう?」

 

 自慢げに言ったものの、背におぶった銀瞳の少女は胡乱な目をしていた。

「わるいもなにも、それしかないんじゃない」

 


 

「だーっ、おぬしは人にいちゃもんつけねば気が済まんのか!」

 歩く足を止めて、ばたばたと地団太を踏んだナガンは、

「ええーい! そこまで生意気を言うからには、おぬしの名前をとくと聞かせてもらおうか! わしはM1895、ナガン・リバルバー。仲間からは“ナガン”と呼ばれておる――ほれ、そっちも名乗らんか!」

 

 そう言われて、銀瞳の少女が――大きく目を見開いた。

 怯えにも似た表情を浮かべて、ふるふるとかぶりを振る。

 

「なまえ……あたしの名前……うそ、そんな、思い出せない……」

 ナガンに背負われながら、少女がじたばたと身じろぎした。

「ああ、もう! このグリフィンのバカ人形! 半端にバッテリー投入するから、制御機能の立ち上げが不十分でしょう! なにしてくれてるのよぉ」

 

「わああああ、暴れるでない! 落っことしてしまうぞ!」

 なんとか踏ん張ったナガンは、息を荒くつきながら、言った。

「ぜえぜえ……しかし名無しでは困る――ふむ、ではわしが名づけてやろうか」

 

 ナガンは一呼吸おいてから、声高らかに言った。

「おぬしの眼はなかなか綺麗な銀色じゃ。そこから、セリェブロウはどうじゃ?」

 

「……なんか変な感じ」

「だー、まだ文句を言うか。それじゃセリェと呼んでやるわ!」

 またもや地団太踏みながら宣言すると、

 

「あ……うん、それならいいかも」

 意外なことに、妙にしおらしい諒解がかえってきた。

 

「やれやれ。呼び名ひとつにえらい苦労じゃ。まあ、集積所まではもう少しじゃ。それまでわしの歌でも聞きながら、背中で揺られておくがよい」

 

「――まだ歌うつもりなの?」

 怪訝そうに訊ねる声に、ナガンはにぱっと笑ってみせた。

 

「兵士は歌いながら歩くんじゃ。そう言ったじゃろう?」

 

 そうして、また一歩、また一歩と踏み出していく。

 着実に歩みを進めながら、ウシャンカの少女は再び歌いだした。

 

 ♪歩み出て、その少女は歌い始めた

  草原の薄墨色の鷲のことを♪

 

 歌いながら歩く少女に背負われて――

 セリェと名付けられた銀瞳の少女は、そっと目を閉じた。

 耳を通じて聴覚素子からだけではない。

 触れ合った躯体から、じかに快活な歌声が沁み込んでくる。

 

 ♪彼女が愛したあの人のことを

  大切な手紙をくれたあの人のことを♪

 

 歌声に揺られながら、銀瞳の少女は再び眠りについた。




次回第3節は明日20時に更新予定です!


激戦地跡に着いたモシンナガン達。
そこで見せたリー・エンフィールドのなんとも奇異な行動とは。

そして二人は行方不明のウシャンカの少女の足取りをつかむが……?

どうぞお楽しみに!
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