お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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L211基地のリー・エンフィールドが示したジュピター砲無力化作戦。
それに挑む97式と95式の姉妹だったが……

危地に陥って明かされる意外な事実。

姉が妹に隠したがっていた“あの夜の真実”とは、
いったいなんだったのか?

新シリーズ〔お姉さんと妹ちゃん〕
第1話「恋慕のコランダム」第3節です!



ep.1 恋慕のコランダム Ch.3

「お姉ちゃん、ホントにあの人の考えに乗るつもりなの?」

「ええ。わたしだけで後方に退いても、どこかでバッテリーが尽きて動けなくなる可能性が高いもの。それなら、余力があるうちに活路をひらいた方がいいわ」

 改めてマガジンを装填しなおして、銃を鳴らしてみせる95式。

 

 すっかり覚悟を決めた表情の姉に、妹は眉をひそめてみせた。

「そ・う・じゃ・なくて。信用していいのかってこと」

 

 腰に手を当ててねめつける97式に、95式はそっと笑んでみせた。

「たしかに、つかみどころがないのは確かだけれど――」

「でしょう? この役割分担、ちょっと納得いかないよ!」

 紅いリボンで彩られたツインテールを震わせながら、97式は気色ばんだ。

 

 アサルトライフル型の姉妹が前衛、ライフル型のエンフィールドが後衛。

 否、後衛というよりは、二人を盾にしながら狙い撃つ態勢だ。

 いきおい、給電設備を守る〔鉄血〕の圧力をおもむろに受けるのは姉妹になるだろう。

 それを考えると、いかにも危険を押しつけられた感がある。

 

「だったらさあ……」

 頬をぷっくりふくらませる妹を、姉はじっと見つめたが、

「――えいっ」

 しなやかな指でつんと妹のひたいを突いてみせる。

「ひゃあ!?」

 不意をつかれた妹はといえば、軽く悲鳴をあげて目を白黒させた。

 

「よく考えて。あなた一人だけじゃない。わたし一人で行くわけでもない。姉妹いっしょに戦うの。それは普段と変わらないわ。あなたとわたしは姉妹で、B373基地で最優の戦術人形のペア。そうでしょう?」

「それは……そうだけど」

 妹がそっと顔をうつむける。

 

 表情を少し陰に隠しながら、上目遣いで何か言いたげに姉を窺っていた。

 その様子に――姉は愁眉を見せつつも、そっとつぶやいた。

「わかってるわ。あなたには、ちゃんと話さなくちゃいけないことがある。でも、もうちょっと待って……わたし自身の心の準備ができるまで、猶予がほしいの」

 姉の目が、妹の目を覗き込むようにじっと見つめる。

 黒真珠の瞳が、かすかに揺れていた。

 

 そんな姉の様子を見て、妹は息をつくと――ぺしんと自分の頬を自分の両手ではたいた。

「んんっ! わかった! とりあえず気にしないことにする!」

 そう声をあげた妹は、すっかり表情を改めていた。あどけないながらも戦士の面立ちとなった彼女が、マガジンを確かめ、薬室に銃弾を送り込んで、銃を鳴らす。

 

「あの紅茶マニアがグウの音も出ないぐらい、敵をやっつけよう!」

「ちょっと、それは言い過ぎよ……」

「だって、飲むならジャスミン茶がいい! 硝子のポットで茶葉の細工がお湯で開いていくのをじっくり眺めるのが楽しいんだもの!」

「そうね……基地に帰ったら、ジャスミン茶を一緒に飲みましょう。そうして、月餅でもつまみながら、お互いにわだかまりなしで話し合いましょう」

「あは、楽しみにしとく」

「そのためにもあれを陥とさないと……行きましょう」

「うん、行こう!」

 

 姉妹はうなずくと、銃を構えて駆け出した。

 


 

「ふむ、やはり良いペアですね。本番を前に素早く切り替えができる」

 スコープで姉妹を窺いながら、エンフィールドはひとりごちた。

 

「良い戦士で、良い姉妹で、そして良い乙女です――これはきちんと二人とも主の元に帰してあげねばなりません。そうでないと指揮官どのに叱られてしまう」

 

 淑女はそっと笑んだ。あの紫の瞳の煌めきが思い出される。

 自分の頭が“柔軟ではなかった”頃、「人形は使い捨てにすべきでは」と進言した時。

 あの人が少し悲しそうに、だが、断固として口にした言葉があった。

 

『きみ達は可愛い。そして、可憐な女の子はそれだけで価値がある。

 それは人形も人間も変わりないんだ。

 自分を犠牲にするな。戦友を犠牲にするな。もっと欲張りになれ。

 圧倒的な敵も、過酷な運命も、その執着で跳ね返してしまえ。

 強欲は罪だが、抗い難く魅力的で――

 そしてなにより克服する力の源だヨ』

 

 思い出しながら、薬室に銃弾を送り込む。

 使い込んだ愛用のライフルが小気味良い音を立てるのにうなずきながら、

「おっしゃる通りです、指揮官。可愛いは、なによりも素敵なものです」

 

 静かにつぶやいて、姉妹に銃を向けようとする〔鉄血〕の一体に狙いをつけた。

 


 

 駆ける。駆ける。撃つ。

 

 そしてまた駆ける。そしてまた撃つ。

 

 視界に入る〔鉄血〕を素早く捉えながら、97式は引き金を絞った。

 鋼の人形がどうと倒れる間に、姉である95式がまた先を進む。

 

 時折、遠距離から狙いをつけるライフル型の〔鉄血〕が見えるが、すぐに遠雷のような射撃音と共に急所を撃ち抜かれて倒れ伏す。エンフィールドも的確な位置取りをしながら姉妹のカバーに入ってくれているようだった。

 

「やるじゃない、あの人」

 そうつぶやきながらも、しかし。

 97式は感情パラメータがざわついて仕方がなかった。

 

 先程から、姉である95式の背中を追ってばかりだ。攻略にかかった当初は二人で並んで走っていたのに、いつのまにか姉がポイントマンで自分がバックアップになっている。勢い、敵の狙いは姉に集中してしまい、白いハーフコートは銃弾がかすめてところどころが裂けて黒ずみ、尾羽打ち枯らしたさまになっていた。

 

(これじゃ……まるであたしが守られているみたいじゃない!)

 97式は歯噛みした。本来なら手数勝負の自分が前に出るべきだ。

 姉の射撃スタイルなら、むしろ下がって援護した方がいい。

 

 なのに、当の95式は急かされているかのように前に前に出ていく。

「お姉ちゃん、待って!」

 たまらず声をあげると、95式がちらと振り向いた。

 妹の様子を認めると――少し微笑んだように見えた。

 

 その時。

 岩陰からダイナゲートの一群が湧いてきた。

 それほどの数はない。だが、先行していた95式は、たちまち取り囲まれてしまった。

 足元を這いまわり、ともすれば躯体に絡みつこうとする鉄血の蟲を、95式が一匹ずつ銃撃する。97式も追いすがって、厄介な邪魔者を排除していく。

 

 その一瞬の隙を――衝かれた。

 襲撃の機会をうかがっていたのだろう、〔鉄血〕の人形。

 そいつが飛び出してきて、銃を構える。

 

 短機関銃型のリッパーだ。

 動きを止めた95式を狙いすましている。

 気づいた95式が反射的に躯体をそらし――97式が必死に銃弾を撃ち込んだ。

 

 97式に頭蓋を撃ち抜かれながら、しかし、敵の銃弾は姉の膝を捉えていた。

 

 脆い関節部に痛撃をもらって、95式のしなやかな右脚があっけなく折れた。

 青い差し色で彩られた白のハーフコートがひるがえって、彼女がゆっくりと崩れ落ちる。

「――ッ!」

 声にならない叫びをあげて、97式は駆けながら銃を連射した。

 

 たかろうとするダイナゲートも、続くリッパーも撃ち倒して、姉へと駆け寄った。

 牽制しながらも、姉の躯体をひきずって、岩陰に隠れる。

「お姉ちゃん! 大丈夫!? お姉ちゃん!?」

 声をかける97式の嗅覚センサが、つんと甘い匂いを感知した。

 姉の躯体を流れる循環液だ――閉鎖が上手くいっていないのか。

 

 顔をゆがめながらも、姉は目を見開き、そっとほほ笑んだ。

「大丈夫よ――わたしは大丈夫。でも、もう走れそうにないわね」

 そう言うと、姉は、妹の腕をぎゅっとつかんで言った。

「あとはあなたに任せるしかないみたい。わたしがここから援護するから、あなたは給電設備へ急いで――たぶん、あなたの全速力なら、そうかからないだろうから」

 

「でも……でも!」

 妹は瞳を揺らして、声をあげた。

「お姉ちゃん、動けないじゃない! こんなところに置いていけないよ! もし〔鉄血〕が近づいてきたら、どうするの!?」

 

「なんとか、がんばってみるわ」

「そんなの、答えになっていないよ!」

 97式はぶんぶんとかぶりを振った。

 豊かなツインテールと紅いリボンが乱れて舞う。

「お姉ちゃんはちゃんと無事に帰らなきゃ! だって指揮官が待って――」

 

「――いいえ。違うのよ、97式」

 気色ばむ妹に、姉は儚げな笑みを浮かべて、言った。

「指揮官が待っているのは、あなた。あの人が〔誓約〕の相手に決めたのは、あなたなの」

 姉の言葉に――妹は言葉に詰まった。

 

「な……ッ?!」

「気づいてなかったでしょう? でもね、あなたがいつも賑やかしく、楽しげにしているのを見て、あの人の心はいつも助かっていたのよ。軍から身を退いて、グリフィンに入って、何のために戦うのかわからないときに、いつも97式の笑顔が支えになったって――ふふ、あなたは全然その気がなかったでしょうけれど」

「そんな。そんな――!」

 97式はまたかぶりを振りながら、岩陰から銃を突き出して、撃った。

 

 近寄ってきていた〔鉄血〕がたちまち倒れるのを確認して、そして叫ぶ。

「お姉ちゃんは! あなたはそれでいいの? お姉ちゃんもあの人が好きじゃないの!? じゃないと、キスなんかしない! わたしはてっきり、お姉ちゃんが〔誓約〕の相手に選ばれたと……」

 

 妹の言葉に、姉は大きく息をついてみせた。

「あの人も悩んだみたい。指揮官の職務をささえてくれる人形にこそ、指輪は捧げるべきじゃないかって――それで、よりによって、当のわたしに相談してきたのよ。『俺は一体どうしたらいいと思う?』って。二人いっぺんに愛を注げないから、どちらを選んだらいいだろうって――ふふっ、もう、本当に不器用な人……」

 姉の声がわずかに震えたのを耳にして、妹は彼女の顔を見た。

 

 黒真珠の瞳から涙があふれて、しずくが一筋、頬を伝って流れた。

 人形は、正確には泣かない。涙に見えるそれも、視覚素子を包む保護液にすぎない。

 それでも――想いが満ち堰を切って流すのであれば、まぎれもなく乙女の涙であった。

「わたしは正直に答えたわ。わたしも、指揮官を想っていると。そして、もしかなうことなら、わたしを選んでほしいとも……」

 

「だったら――っ!」

 銃を再び構えて撃ちながら、97式が叫ぶ。

 発砲音にまじってあげる声は、いまにも泣き出しそうだった。

 

 そんな妹に向けて、姉は静かに言った。

「でも……あの人が、最初にあなたにと決めた選択には意味があるはずだから。あの人の意思を曲げたくなかった。いったん振れた天秤を勝手に動かしたくなかった……だから、諦めるつもりで、最後に口づけだけを願ったの」

 

「あああ、もう! なんで! なんで!」

 97式が叫びながら銃を撃ち、空になったマガジンを捨て、再装填した。

「そんなときまで、お姉ちゃんぶらないでよ!」

 

「……仕方がないじゃない。あなたのお姉さんなんだから」

 苦笑気味に言うと、95式は岩陰を支えに、残った脚と両手で態勢を整えた。

「ここからわたしが援護するわ。あなたは給電設備を叩いて」

 

「でもっ!」

「わたしを想ってくれるなら……わたしの覚悟を認めてちょうだい」

 穏やかな、しかし、断固として譲らない声。

 それを聞いて、97式は目に涙をあふれさせそうになり――

 だが、腕でごしごしと拭うと、キッと表情を改めて、言った。

「――なるべく急ぐから。なんとか持ちこたえて!」

 

 97式は駆けだした。駆けながら、声をあげる。

「帰る時は、二人一緒なんだからね!」

 泣きわめくような、叫ぶような声。

 

 妹の“わがまま”を聞いて、姉はそっとほほ笑んだ。

 岩陰から銃を突き出し、射撃を開始する。

 

 派手に、騒がしく――そう、獲物はここだと言わんばかりに。

 




次回ep.1完結の第4節は、明日20:00アップ予定です。

給電設備に迫る97式。

だが、姉の95式の砂時計は尽きようとしていた。

姉妹の想いは、かなえられるのか?

いよいよクライマックス。お楽しみに!
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