お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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ジュピター砲へのマイクロ波送電装置の停止を試みる97式。

一方、囮となった95式は――!? 

妹の想い、姉の想い、それぞれに決着はつくのか?

いよいよクライマックス!

〔お姉さんと妹ちゃん〕
第1話「恋慕のコランダム」完結の第4節です!


ep.1 恋慕のコランダム Ch.4

 走る。走る。走る。

 関節をできる限りの勢いで回し、人工筋肉に鞭打って――

 

 躯体の限界まで稼働させて、97式は走った。

 

 遠く背後で銃撃戦の音がする。

 姉が――あのお節介屋が、頑張っている。

 自分が囮になるために。自分が盾になってかばうために。

 妹である97式を、メモリを保持したまま帰還させるために。

 

「――ばかぁッ!」

 小さく叫んで、97式は銃を構えた。

 給電設備はもうすぐそこだ。

 

 張り付いた〔鉄血〕の人形を視界に捉えるや、すかさず撃つ。

 狙いと引き金の速さなら、自分にかなう者はいないのだ。

 

 撃ち倒した敵には目もくれず、ひたすらに走る。

 給電設備は思ったよりも大きい。

 普通の作戦なら、時間をかけてクラッキングするところだ。

 だが――いまは時間が惜しい。

 

 まごまごしているうちに、姉の砂時計が尽きてしまう。

 

 彼女こそ、記憶を持ち帰るべきなのだ。

 想いを残してのキスなら、そのメモリは永遠の宝物だ。

 失わせてはいけない。揮発させてはいけない。

 なぜなら、想い人と唇を重ねたとき――姉は、ひとときでも幸せだったろうから。

 

 認識領域に、給電設備全体を捉える。

 予測演算をフルに稼働させながら、97式は決めた。

 躯体に銃弾がかすめながらも、残る〔鉄血〕を立て続けに撃つ。

 

 狙いは、制御モニタ。

 正確には――その奥のコントロールユニット。

 

「あぁぁああああ!」

 叫びながら、懸命に97式は引き金を引いた。

 肉薄しながら銃弾を叩き込む。

 モニタが砕け散り、流れ弾がパーツを弾き飛ばし。

 

 そして、ほどなくして、給電設備の稼働音がやんだ。

 

 遠くで――ずしんと何かの響く音がした。

 振り返ると、睥睨していた巨砲が、その砲身を力なく天に掲げていた。

 

 それを確認して――

 はあっと息をつき、97式は身をひるがえした。

 

 豊かな黒髪のツインテールと紅いリボンを千々に揺らして、姉の元へ急ぐ。

 


 

 引き金を引いても――空しい音が鳴るだけだった。

 

 弾切れになったのを待ち受けていたかのように、〔鉄血〕が数体、潜んでいた岩陰から姿を現した。無表情な鋼の顔が、じりじりと迫ってくるのを、95式はにらみつけた。

 

 遠くで響いた音からして――ジュピター砲の無力化には成功したのだろう。

 誇らしい気持ちだった。やはり自分の妹だと。頼れるパートナーだと。

 だが、あの子でも、限界はある。

 

 給電設備を止めて、ここまで引き返してくるまでの時間。

 敵にしてみれば、自分をスクラップにするには充分だろう。

 

 人形は死なない。停止した時点でしかるべき措置をすれば、予備の躯体を覚醒させれば蘇る。記憶も引き継ぐ――ただし、バックアップした時点でのものだ。

 

 復帰した自分は、きっとあの夜の指揮官の顔をおぼえていないだろう。

 彼が悩みながらも、相談を持ち換えてきたときの、まるで迷い子のような顔。

 普段の精悍さとのギャップに驚きながらも、彼の選択を揺らしてはならないと思った。

 

 だから、せめてキスをねだって、それをメモリの奥にしまい込んで。

 そうして、自分で一線を引こうと思ったのだ。

 それが――あの人と妹の幸せにつながるのであれば。

 

「ああ……」

 95式は嘆息した。乱れた髪が一筋、疲れ切った顔にかかった。

 

 あきらめたはずなのに、どうしてだろう。

 

 ここに及んで、あの夜のメモリばかり浮かんでくる。

 彼の顔、彼の吐息、彼の声。そして、思いのほか柔らかな唇の感触。

 

 敵が銃を構えるのが見えた。

 想い人の顔を認識領域に浮かべつつ、95式はそっと目を閉じた。

 

「……ブライアン……」

 ため息のように、そっと彼の名前をつぶやくと同時に。

 乾いた発砲音が、立て続けに響いた。

 

 ――予想していた衝撃も、痛みもない。

 代わりに聞こえたのは、ガシャガシャと人形たちが崩れ落ちる音だ。

 

 乙女は、恐る恐るまぶたを開いた。

 

 寸分のくるいもなく急所を撃ち抜かれた〔鉄血〕が、揃って転がっている。

 そして、すぐ近くの岩陰から、硝煙を立てた年代物のライフルが突き出ていた。

 

「お待たせして申し訳ありません。連中が出そろうのを待っていました」

 凪のような穏やかな声と共に、赤銅の髪の淑女が姿を現した。

「簡易ですが、手当はできます……少しお待ちいただけますか?」

 エンフィールドはそう言うと、95式に駆け寄った。

 

 窮地を救われた95式は、大きく息をつくと、不満げに軽くこぼした。

「もう少し早くてもよかったのに――人がわるいですよ」

 

「英国人の気質を受け継いだパーソナリティですから」

 悪びれもせずに淑女は答え、乙女の脚に手早く保護テープを巻いた。

「脚は取り替えないといけないでしょう。ですが、大切なものは守れたようですね」

 淑女はそう言うと、すっと目を細めた。

「もう少し、ご自分に正直になられてもいいと思いますよ」

 

「……なんのことですか?」

「あなたが、最後に呼んでいた名前のことです」

 淑女があっけらかんと言ってみせるのに――乙女は微笑んだ。

「ふふっ、やっぱり人がわるいわ……改めた方がいいですよ」

「考えておきます――おや? さては指揮官どの、狙っていましたね」

 

 エンフィールドが空の一点を見つめた。

「聴覚センサを最大にしてごらんなさい。ほどなく迎えが来るようです」

 淑女が、穏やかに微笑んでいる。

 

 乙女は耳をそばだてた。

 遠くかすかに、ヘリの羽ばたきが近づいてくるのを感知し――

 そして、もっと近くから、自分の名を呼ぶ妹の声が聞こえた。

 


 

「あたしが支えてあげる――どう? 立てそう?」

「うん……大丈夫よ、ありがとう」

 

 あたしの言葉に、お姉ちゃんは穏やかに微笑んでみせる。

 お姉ちゃんが立てるように、あたしが半ば抱きしめて――姉妹二人でそろそろと迎えのヘリから降りた。

 

 エンフィールドはここにはいない。やってきたヘリには彼女の部隊が乗っていたの。

 澄ました顔の淑女に、副隊長らしい人形が不満顔をして、ずいと予備の弾薬を押し付けて言っていた。

『隊長さん、まだまだお仕事よ。〔鉄血〕を背後から鴨撃ちにするんだから』

 

 それを聞いたエンフィールドは、肩をすくめながら、すっと微笑んだ。

『それは悪くない考えです』

 そして、代わってヘリに乗り込んだあたし達に、目の冴えるような敬礼で見送ってくれた。

 

 あの人はそのまま戦場に戻ったけれど――たぶん、大丈夫だと思う。

 あんな食わせ者の人形が、そうそう〔鉄血〕にやられるはずがないもの。

 

「――お前たち、無事だったか!」

 懐かしい声。精悍だけど、優しい声。

 あたしたちの指揮官が、息を切らせながら走ってくる。

 

 彼の姿を認めて――あたしは心を決めた。

 ちゃんと、言わなきゃ……自分の気持ちを。

 

 駆けてきた彼が、あたしたちの目の前で立ち止まった。

 息を整えるのも、もどかしそうに、彼が懸命に言葉を紡ぐ。

「とりあえず……修復して、休んでくれ。まずは――」

 

「――指揮官!」

 彼の言葉をさえぎって、あたしは声をあげた。

「だいじなお話があります!」

 目を白黒させる彼を、じっと見つめる。

 この人の想いは嬉しい。かなうなら、受け入れたい。

 でも――あたしより、もっとふさわしい人がいる。

 準備ができていないあたしより、ずっとこの人を想っていた彼女が。

 

「あの、お姉ちゃんから聞いたんですが、その……」

 言いかけて、でも、肝心なところを言う前にわき腹をつつかれた。

 お姉ちゃんがじっとこっちを見つめている。

 

 そのまなざしを見て――あたしは息を呑んだ。

 なぜなら、彼女の瞳がいつになく煌めいていたから。

 

「――指揮官……いえ、ブライアン。お話があります」

 お姉ちゃんは、静かに、でもはっきりとした声で言った。

「な、なんだ?」

 戸惑い気味の指揮官に――彼女は静かに言葉を紡ぎだした。

 

「人形に関わる行動倫理コード。その二十八条四項をご存じですか?」

「……なに?」

「つい先日、更新されたそうです。そっと議会を通されたそうなので、あまり広く知られていません。使用主の自然人と、人形との〔誓約〕に関する、新しい取り決めです」

 

 お姉ちゃんが目を閉じて、歌うようにそらんじてみせた。

「――なお、パートナーとなる自然人のもとで、当該の人形が対等とみなしうる立場において一定期間その義務を全うし、その事実をパートナーとする自然人と同格の自然人の証明することを条件として……人形から自然人へ〔誓約〕の申請を可能なものとする――」

 

 あたしは目を見開いた。

 当の指揮官は理解しようとして――やっぱり目を丸くしていた。

 

 お姉ちゃんがそっとまぶたを開いた。

 黒真珠の瞳に涙を浮かべながら、はずんだ声で彼女が言う。

「L211基地のローズ指揮官が証人役を請け負ってくださいました」

 まなざしにも、声にも――遠慮も我慢も、みじんもなかった。

 

「ブライアン……わたしはあなたのパートナーになりたいのです……これまでと同じように。いえ、これまで以上に……わたしのわがままを、どうか――」

 穏やかで、そして、断固たる乙女の告白。

「――受け入れてくださいますか?“MY DEAR.”」

 

 〔誓約〕の始動ワードを口にして、お姉ちゃんがにっこりと微笑んだ。

 あたしは、感情パラメータが跳ねるのを感じた。

 

 きっと、あの紅茶好きの淑女がなにか言ってくれたのだろう。

 そして、お姉ちゃんは自分に向き合って、自分の想いを決めたのだ。

 

 だから、あたしの心も自然と決まってしまった。

 姉妹一緒だったら――それなら逆に、もう悩んだりしない。

 同じ人を取り合うライバルでも、きっとうまくやっていけるよ。

 

「ねえ、ブライアン」

 あたしは、敢えて指揮官を名前で呼んだ。

「たぶん、あたし達を修復ルームに送る前に、やることがあると思うよ?」

 

 にんまりと笑むあたしと、隣でにこやかに微笑むお姉ちゃん。

 紅いリボンと、青い差し色の、二人の乙女をかわるがわる見て、

「――くそっ、俺はそんなに器用じゃないぞ」

 そう言って、顔をくしゃりとさせて、その太い腕を大きく広げた。

 

 それから、あたしとお姉ちゃんをいっぺんにぎゅっと抱きしめてきた。

 

 彼の体温に包まれながら、姉妹二人でくすくす笑いながら、

「あら。もちろん、これから器用になってもらいますよ」

「お姉ちゃんとあたしとで、しっかり訓練してあげるからね」

 姉妹二人して、彼の耳に熱っぽくささやいたんだ。

 


 

 そのあとの休暇は、三人一緒に過ごすことになった。

 

 指揮官――ブライアンは、〔誓約〕のために特注の証を贈ってくれた。

 

 お姉ちゃんには、小さくサファイアをあしらった指輪。

 あたしには、おなじくささやかにルビーが輝く指輪。

 

 名前はそれぞれ違う宝石でも、同じコランダムという鉱物だって教えてくれた。

 青玉は慈愛を、紅玉は情熱を表すんだって。

 元は同じ石なのに、不思議だね。まるで、わたしたち姉妹みたい。

 

 指輪をくれたときのブライアンは、とても照れくさそうだった。

 そんな彼にお姉ちゃんがキスを迫って――

 ――あたしはそこへ抱きついて、もろともにベッドに押し倒したのだけど。

 

 熱い一夜をどう過ごしたか、とか。

 その後、彼を巡って姉妹でどんな遣り取りがあったか、とか。

 

 それはまた、別のおはなし。

 

 

〔「恋慕のコランダム」 End〕

 

〔―Next Ep.「君に捧ぐニーナナンナ」に続く〕




デイリー更新でお届けしてみましたが、いかがでしょうか?

このシリーズに関しては5節前後に分けて
デイリーでお届けしたいと思っています。
(pixivとは同時投稿になります)

次回第2話は「君に捧ぐニーナナンナ」。
カルカノ姉妹のお話です。

第2話1節めは木曜夜に更新予定、お楽しみに!
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