お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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M029基地のカルカノ姉妹は仲良し……のはず。
少なくとも姉の方はそう思っていても、
妹の方は実のところは――。

なんとか実戦に出れるように、基地の指揮官が招いたコーチ役とは?

〔お姉さんと妹ちゃん〕シリーズ
第2話「君に捧ぐニーナナンナ」、第1節です!

【作者から】
少しお待たせしました、新シリーズの第2話をお届けします。
今回はみんな大好きカルカノ姉妹です。情熱的なお姉さんは好きですか?



ep.2 君に捧ぐニーナナンナ Ch.1

 起動信号を受領して、ワタシの思考パルスが回路を駆けはじめ――

 センサを覚醒させながら、ゆっくりとコンテナから出た時。

 ワタシの認識領域に映ったのは二人の人物でした。

 

 一人は、黒と臙脂の制服を着こんでいました。

 最初は細身の男性なのかと思ったのですが、ややあって女性と気づきました。

 

 引き締まった顔立ちながら、柔らかい印象でした。

 肩で短く刈った黒髪と、切れ長の目に黄玉色の瞳がよく似合っています。

 メモリに登録された情報をサーチして、目の前の人物が誰か分かりました。

 

 ワタシが配属された、グリフィンM029基地の指揮官です。

 

「あんたが新入りの人形かい。ここを預かるモルガナだ。よろしく頼むよ」

 ざっくばらんな、でも、いかにも親しみやすそうな声でした。

 

 ワタシは軽く一礼すると、パーソナリティ通りに挨拶しました。

「初めまして、指揮官」

 淡々とした声で、笑みも見せずに、

「見てのとおり、ワタシは明るい人形です。仲良くやりましょうね」

 

 そんなことを言うと、彼女は目を丸くして苦笑いしていました。

 

 問題は、もう一人の人物――いえ、人形ですね。

 朱色の髪に、快活そうな碧の瞳。端正な顔立ちの女の子でした。

 

 そして、なにより服装がとにかく派手です。

 髪と瞳に倣ったのか、同じく朱と碧を基調に金の差し色。

 やたら装飾のやかましそうな服ですが、儀仗兵か何かでしょうか?

 

 そして、妙に表情をきらきらさせながら、落ち着かなげにしています。

 実際、ワタシの近くで挙動不審にしていました。

 目をぱちぱちさせながら、ワタシをいろんな角度で見ては、嘆息しています。

 

 ――なんなのでしょう、この人? 

 そんなことを考えていると、指揮官が軽く咳払いをしました。

 それでようやく、ぶしつけな振る舞いを止めてくれました。

 指揮官の隣に立ち、軽く敬礼すると、彼女はこう名乗ったのです。

 

「ここの副官を務めているカルカノです! 歓迎するよ!」

 

 そう言うや、ワタシの手をいきなり握り、感極まった様子で、

「わあ……メーカーの人、ちゃんと送った衣装を着せてくれたんですね! 見てくださいよ、指揮官! この美人さんぶり! さすがワタシの妹だけはあります!」

 それはもう鼻息が聞こえそうなほどの興奮ぶりです。

 

 当のワタシはと言えば、目をぱちぱちさせて、改めて自分の格好を確かめました。

 

 ――なんですか? この無用なひらひらは?

 紫と黒を基調にしたシックな色使いではありますけれど……

 ケープは透けていますし、短いスカートは幾重もフリルが誂えられています。

 

 認識錯誤を起こしそうになって、ワタシはもう一度メモリを確かめました。

 グリフィンの戦術人形。武器を持って戦う、軍事転用されたガイノイド。

 だというのに、別の意味で“お人形さん”みたいなこの服は?

 

 そして、メモリを確認した際に、ワタシは別のことに気づきました。

 

 目の前の派手派手しい人形は、カルカノと名乗りました。

 そしてワタシもカルカノなのです――つまり、目の前の人形は……

 

「やっぱり、さすがワタシの妹! 綺麗な衣装がよく似合うよ!」

 ああ、この妙に熱量の高い人が、ワタシの姉ですか。

 

 そう認識すると同時に――パーソナリティに妙な違和感も覚えました。

 姉ならすぐわかるはずなのに、なぜワタシは気づかなかったのか。

 

 その疑問をそっと押し殺して、ワタシは涼しい声で言いました。

 

「ありがとうございます、お姉さん。会えて、とてもウレシイです」

 

 それが――

 

 ワタシが最初についた“嘘”でした。

 


 

 広大な訓練場は、土埃が舞っていた。

 空は太陽がじりじりと照りつけて、地にある者を焦がすかのようだ。

 

 カルカノ妹――M91/38は、眉をひそめながらも、狙いをつけた。

 岩陰から標的へ向けて、引き金を引く。

 軽い衝撃と共に、銃声が鳴り響き――的をかろうじてかすめる。

 

 自分の腕前にため息が出そうだが、そんな暇はない。

 リストバンドのタイマーがすぐカウントを始める。

 

「……やる気の出る趣向で実に楽しいですね」

 嘘である。こんな仕様、むろん愉快なはずがない。

 

 タイムアウトまでに、次の岩陰へと進出せねばならない。

 紫と黒の華やかな意匠をひるがえして、駆けだす。

 

 ところどころ現れる赤いレーザースポット。

 敵の射線を示すそれらをなんとか避けていったが――

 電子音から察するに、一、二発ぶんぐらいはもらった判定らしい。

 

 うんざりしながらも、なんとか目的の場所へ駆け込む。

 リストバンドのカウントが止まったのを確認して、また岩陰から銃を構える。

 狙いをつけようとして――だが、排莢を忘れていたことに気づいた。

 

 あきれ気味に息をつくと、レバーを引いて弾薬を入れ替える。

「本当に高性能な銃で、素敵なことです」

 

 これも嘘である。

 リンケージされた銃の、なんとも年代物で時代遅れなことか。

 こんなものまで使わざるをえないグリフィンの現状にあきれてしまう。

 

 カルカノ妹は、ちらと訓練場の別の端にいる姉の姿を探した。

 いや、探すまでもなく、目を向けるとすぐ視界に見つかったのだが。

 朱色の髪に、派手派手しい衣装は否が応でも目立つ。

 

 念のため、姉には訓練前に言ったのだ。

「普段着ではいいとしても、実戦や訓練では別の服がいいのでは?」と。

 

 対する姉の返答は実にシンプルで、脳天気なものだった。

「戦場は戦術人形の晴れ舞台だよ? 晴れ着を着なくてどうするの」

 虚勢ではなく、さりとて“かぶいている”わけでもなく――

 大真面目、かつ、当たり前だと言わんばかりの口調であった。

 

「……お姉さんは、なにごとも積極的で素晴らしいですね」

 

 もちろん、嘘であった。

 姉ということになっている、この人は思考回路がどうかしてると思った。

 だが、当の姉――カルカノM1918は、妹の評価にとてもご満悦なのだ。

 

 ――その姉が、射撃姿勢を取っているのが見える。

 凛々しい表情で狙いをつけて、引き金を絞る。

 発砲音が高らかに鳴り響き、標的を射抜いた。

 ど真ん中とはいかないものの、まずまずの腕前だ。

 

 そんな彼女を見て、妹が疲れたようなため息をついた時。

 リストバンドが赤く明滅し、訓練場全体にブザー音が鳴った。

 

『はい、タイムオーバー! M91/38、あんたの射撃タイミング逃しだよ。やれやれ、手のかかる子だね――まあ、ちょいと疲れたのかもしれない。いったん訓練は止めて休憩を入れよう。二人で食堂にでも行ってきな』

 

 指揮官――モルガナの、ややあきれ気味の声がスピーカーから流れる。

 

 途端に、砂と岩の訓練場は、白とグレーのフィールドに変わった。

 ごろごろと転がっていた岩は、灰色のオブジェに変わると、変形して床の一部へと戻っていく。空と太陽も消えてなくなり、全天井型のスクリーンは穏やかなクリーム色の照明に転じていた。そして、訓練ルームの壁に備えられたフィルターが土埃を吸い上げて回収していく。

 

 そう、土埃! いまいましいことに、これだけは本物なのだ。

 M91/38は眉をひそめながら、衣装についた土埃を手で払った。

 服の色が黒と紫だけに、砂っぽい粉塵が余計に目立ってしまう。

 手で払って払っても、みっともない様子がいっかな解消されないところへ、

 

「おーい、だいじょうぶ? けがしていない?」

 なんとも見当はずれな声をあげながら、姉が駆けてきた。

 自分も土埃にまみれて、なんともくたびれた様子だというのに、

「あらあらあら、せっかくの美人さんが台無しだよ、もう」

 妹の様子を見るや、その髪や服についた土埃を払おうとする。

 

「……お姉さん、心配なく。この程度は別に気にもなりません」

 またしても嘘。もう鬱陶しいこと、このうえない。

 さっきから感情パラメータがネガティブ方向に波打っている。

 

 妹の涼やかな声に、姉は目をぱちくりさせたが、

「うん。でもお互いにシャワーを浴びて、さっぱりしてから着替えた方がいいと思うな。ちょっと指揮官にお願いして、休憩時間を伸ばしてもらおう。そうだ、食堂でパスタでも食べよう、うん!」

 そう言って、姉がにぱっと太陽のような笑みをみせる。

 

「……リラックスできるのはうれしいですね。お姉さんはいつも優しいです」

 もう何度目になるかの、嘘。

 

 本当はゆっくりなどしていられない。

 もっと射撃の腕をあげなければいけない。

 なぜなら、自分は戦術人形なのだから。戦うことが役割の道具なのだから。

 

 だというのに、この姉の世話焼きぶりときたら――

「ほら、替えの服は用意してあるんだ! さっさとカラダ洗っちゃおう」

 手をぶんぶん振りながら、先をさっさと姉が歩き出す。

 

 あわてて妹はついてくと、そっとささやいた。

「こんなに素敵なお姉さんをもって、ワタシはシアワセ者ですね」

 

 口をついて出るのは、やっぱり嘘。

 こんな人が姉とか……煩わしいことこのうえない。

 そんな妹の本心などまるで気づいていないのか――

 

 朱色の髪の彼女は、妹を振り返ると、朗らかに笑ってみせた。

 


 

「まあ、がんばっているし、ベストは尽くしているとは思うんだが」

 モルガナはモニタで姉妹の様子を窺いながら、ため息まじりに言った。

「それで、コーチ役としては、あの二人をどう見る?」

 ちらと後ろを振り返って、モルガナは黄玉の瞳を背後の人物に向けた。

 

 赤銅の髪に、端正な顔立ち。そして凪のような表情の淑女。

 着ている服は、かつての戦列歩兵のいでたちに似ている。

 そして、肩から提げているのは年代物のライフルであった。

 よく手入れが行き届いたそれは、軽々に骨董品扱いできない鋭さを感じさせる。

 

「……ベストを尽くした、とは、往々にして成果を出せない者の言い訳です」

 片眉さえ動かさず、赤銅の髪の淑女は断言してみせた。

「求められた仕事には結果を出し、それが戦いであれば勝たねばなりません。努力や過程の重要性を否定はしませんが、それはすべて、最終的に成功の果実を手にするための段取りでなくてはなりませんから」

 

 遠慮のない評価に、モルガナは苦笑いを浮かべた。

「やれやれ。手厳しい言葉だね。それにしても、“カサンドラ”のお嬢ちゃんにライフル型のコーチ役を頼んだら、まさか43地区の英雄が来るとは思わなかったよ」

 

 その賛辞に、淑女は口の端をそっと持ち上げた。

「働いてくれたのはわたしの部隊のメンバーです。わたし自身は、敵の脆い箇所を見抜いて指示したまでですよ。実際、撃った弾の数なら副隊長が断然多いのですから」

 

「ほう? しかし、隊長自らこんなところまで出張って大丈夫なのかね」

「副隊長が頑張り屋さんでしてね。いまごろ隊長不在に文句を言いながら、存分に働いてくれているでしょう――まあ、張り切りすぎるのが常ですから、あまり長期間不在にすると抱え込んでまいってしまうのが難しいところですが」

 澄ました顔に涼しい声で言うと、淑女は翠の双眸でモルガナを見つめて言った。

 

「なにより、うちの指揮官――ロゼ・ローズ自身が、モルガナどのの依頼なら、とわたしを指名したのです。彼女がグリフィンに入る前、ヘリアンさんから見せられた貴女の兵站レポートがとても勉強になったので、恩を返せるなら、と」

 ライフルを携えた淑女が、すっと目を細めた。

 それまでの凪のような表情がさざめいて、かすかな笑みが浮かんでいる。

 

「……なに、『誰でも自分の仕事を一番よく知っている』というだろう。あたしはもともと後方幕僚。あんたのとこのカリーナ嬢ちゃんと同じ専門だ。それが何の間違いか、たまたま動けなくなった指揮官の代わりに、作戦の面倒を見たら存外上手くいって、抜擢されたというだけでしかないさ」

 モルガナは肩をすくめてみせた。

「家庭持ちの女なのに、旦那と息子から離れて単身赴任とはね。それなりに自宅ヘは時々帰してもらっているし、給料は上がったから息子が進みたがっている芸術スクールの学費も助かっているんだが……あたしの料理の味を家族が忘れていないかが、いつも心配さね」

 

「帰るべき家がある、というのは良いことです」

 淑女は、ふっと軽く笑うと言った。

「うちの指揮官にもぜひ見習っていただきたいところですね」

 

「“カサンドラ”の嬢ちゃんは、自分の城を築いているじゃないか」

「まあ、さながら領地で好き放題の伯爵夫人、というところですね」

「ははは、違いない」

 モルガナは、からからと笑うと――

 

 きりと表情を改めて、言った。

「あんたはどう見る? どうも最近のIOPから来る人形は調整がなってないんじゃないかと思うよ。たしかに烙印システムで銃とリンケージされているが、肝心の腕前が十分な水準になっていないんじゃないかと思うんだが」

 

「それはたしかに。ローズ指揮官も懸念されていました。ただ――」

 赤銅の髪の淑女は、コツコツと足音を響かせて、制御卓に近づいて操作した。

 

 先ほどのカルカノ姉妹の訓練の様子がモニタで再生される。

 二人の動きを見つめながら、エンフィールドは言った。

「この訓練はグリフィンの標準カリキュラムですが、行うに際しては二通りの目的があります。ひとつは互いに競い合わせて、個々の能力を引き上げるもの。そしてもうひとつは、ツ―マンセルでの行動を訓練させて、ペアの相性を高めるもの。ですが……」

 赤銅の髪の淑女が振り向く。翠の双眸がモルガナをじっと見つめた。

「今回、あなたは敢えて、二人に“どちらなのか”言いませんでしたね」

 

「……なるほど、コーチ役の眼は確かなようだ」

 モルガナは腕を組むと、モニタに映る訓練記録を眺めた。

「問題が明らかになると思ってね。姉の方は妹にずいぶん世話を焼いているし、妹も表向きは姉に感謝してなついているように見えるが……どうもね」

 

「なるほど……二人と少し話してみた方がよさそうです」

「それなら、この資料をちょいと目を通してくれないかい」

 モルガナはそう言うと、制御卓を操作して、エンフィールドを手招きした。

 

 淑女然とした人形が認証パネルに手を載せる――データリンクの要請。

 彼女のメモリに、IOP製のドキュメントが転送される。

 それを認識フィールドに展開した淑女は、こくりとうなずいた。

 

「……なるほど、悪くない。なおのこと、会話の必要がありますね」

 翠の瞳が、興味深そうに煌めいていた。




次回第2節は明日20:00に更新予定です。

コーチとして招かれたライフル銃手の戦術人形。
その彼女が見抜いた、姉妹の意外な才能とは?

そして屋外での実地訓練となってから、
姉が妹に告げたある提案とは?

どうなるの、カルカノ姉妹!? 次回お楽しみに!
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