お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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コーチ役としてやってきた
リー・エンフィールドが示してみせた、
姉妹の意外な能力とは? 

その本領を見極めるための屋外での実地訓練。
そこで姉から妹に告げられた意外な提案とはいったい?

〔お姉さんと妹ちゃん〕シリーズ
第2話「君に捧ぐニーナナンナ」、第2節です!


【作者から】
カルカノお姉さんも割と罪深いと思うんですよ。



ep.2 君に捧ぐニーナナンナ Ch.2

 どのグリフィン基地にも人気のメニューというものがある。

 

 おかしなことに基地ごとに“推し”が違うので、社内フォーラムではしばしば「どこの基地の何のメニューが一番か」で論争になるのだが、結論は出ずに終わるのが常である。「社内でコンクールを開いて決めてはどうか」という提案がしばしばなされるが、ことごとく却下されている。あるいは「食べ物の遺恨ほど怖いものはない」という警句の重みを、軍隊上がりの社長が一番わかっているからかもしれないが。

 

 さて、M029基地でお勧めの一皿といえば、ペンネアラビアータである。

 大地の実りを連想させる艶やかなペンネに、その紅も鮮やかなトマトソースが絡まり、冴えるような緑のバジルが添えられた料理は、見た目が華やかなだけでなく、フォークひとつでちょいと食べられる手軽さが魅力となっている。

 

 はたして、カルカノ姉妹が選んだ食事もこれであった。

 正確には、「これ美味しいから!」と姉が強引に二人分を注文した次第なのだが。

 

 妹のM91/38が膝の上にハンカチを広げて、ちまちまとペンネをひとつずつ食べている様子を、姉のM1891はにこにこしながら見つめている。姉の皿はとうに空っぽだった。

 

「……お姉さんは健啖家ですね」

 向けられる視線に、戸惑い気味に目をぱちぱちしながら妹が言う。

「食べ足りないなら、おかわりされてきたらどうですか?」

 澄ました声で提案してきた妹に、

 

 姉はにんまりと笑んでみせた。

「んー、そしたら、可愛い妹の食事風景が見られないんだもの」

 碧の瞳が妙にきらきらしながら、フォークと、その先の唇に向けられている。

 

 妹はまた目をぱちぱちさせると、かすかに眉をひそめてみせた。

「……お姉さんには、ワタシの食事姿もエンターテイメントなのですね」

 澄ました声で、軽く言ってみたものの、

 

「うん!」

 間髪入れずに首肯されてしまっては、どうしたらよいものか。

 

 ペンネをフォークでつつきながら、妹は気になっていた疑問を投げてみた。

「……お姉さんも、あまり銃の腕前がよくないですね。基地でもベテランなのに」

 発せられた問いに、姉は目を丸くすると――

「あはは、見られちゃっていたか。うん、そうなんだよね」

 

 朱色の髪を恥ずかしそうにかきながら、彼女はあっさり認めた。

「出身の関係もあって、事務のスキルもあったから副官仕事が多くて、実はそんなに実戦経験はないんだ――モルガナさんも、『人形にだって向き不向きがあるから、別にいいだろ』って言ってくれてね」

 

「出身……って、お姉さんはIOPからの直送ではないのですか?」

「うん、民生用からの転換組。もとはベビーシッターの派遣業で働いていたんだ。まあ、小さな会社だったし、本業のシッター以外にいろいろ雑務とかやらされたけどね」

 

 姉の思わぬ過去に、妹はふたたび目をぱちぱちとさせた。

「……お姉さんなら落ち着いていますから、ぴったりかもしれません」

 言いながらも妹の認識領域にはなんとなく、グリフィン入社前の姉の様子がイメージされていた。やはり派手なフリルたっぷりのエプロンをつけたまま、子供と一緒になって、きゃいきゃい遊んでいる姿しか思い浮かばないのはなぜだろうか。

 

「それがどうして、銃を取ることになったのですか?」

「うーん、やむを得ず半分、夢をかなえたい半分かな」

 姉が頬づえをついて、少し遠くを見るような目をしてみせた。

 

「正直に言うと会社がつぶれてさ。負債整理の一環で、ワタシ達も売り払われることになったんだ。でも社長さんが気の毒がって『どこへ行くかは選べるように頑張るから』と言ってくれてね」

「……それで、戦争でもしたくなったんですか?」

 

「まさか、これのためだよ」

 姉はにまっと笑むと、指を三本こすり合わせた。

「純粋に、お金。グリフィンは危険な職場だけど、頑張って務めればお給金がかなり貯められるからね。今度は市民権を買って、自分でベビーシッターの会社を興したいんだ……まあ、市民権持ちでも、人形の起業はかなり制限多いんだけど」

 “夢”を語る姉の顔は少し恥ずかしそうで、しかし怖じることはなく。

 

 碧の瞳が煌めくさまに、思わず妹が見とれていると――

「――なるほど、道理であなたのパーソナリティが豊かなわけです」

 不意に、姉妹のどちらでもない、誰かの声がかけられた。

 

 二人が目を向けると、赤銅の髪の淑女がいつのまにか姉妹のすぐ隣に座っていた。マグカップには紅茶をなみなみと注いで、サンドイッチをつまんでいる。ぽかんとして見つめる姉妹に向かって、淑女は言った。

 

「サンドイッチはなかなかの出来ですね。シンプルなようで、上手に作るのはなかなか難しいですから。ただ具が多めなのはよろしくない。ランチ用のしっかりしたものと、お茶請け用の軽いものと、分けてメニューに出してほしいところです。あと、紅茶がパウダーからお湯で薄めるタイプなのはどうにも。戦場では充分ですが、せめて基地の食堂なら茶葉から淹れたものがほしいところです」

 

 しゃあしゃあと言ってのける淑女に、姉妹は目をぱちぱちさせると、顔を見合わせた。

 目配せとひそかな仕草で確認しあう――明らかにこの基地の人形ではなかった。

 

 カルカノ姉が愛想笑いを浮かべながら、そっと訊ねた。

「あの――どちらさまですか?」

 おそるおそるの問いに、淑女は一瞬、愉快そうな笑みを浮かべたが――

 

 すぐに、きりと表情を改めると、座ったままで軽く敬礼してみせた。

 背の伸ばし方から、額に添えた指先まで、目の冴えるほど整った敬礼である。

 

「申し遅れました――モルガナ指揮官の要請で、L211基地からまいりました」

 翠の瞳が姉妹を見つめている。どこか韜晦めいた、霧がかかったような光。

 

「リー・エンフィールドと申します。お二人のコーチ役を仰せつかりました」

 


 

「えっ、じゃあ、先ほどの訓練、見ていたんですか?」

 気恥ずかしそうに声をあげる姉に、淑女はうなずいてみせた。

「ええ。たまたま予定より早く着いたので、ちょっと拝見したまでです」

「あ、なーんだ、そうですか。ははは……」

 姉は呑気に笑っていたが、妹は警戒心全開でこのコーチ役を見つめていた。

 

 嘘つきは、嘘つきを知る。

 この人形は自分と同類か――それ以上のくらまし屋だと直感していた。

 事実を織り交ぜて嘘を語る分、うわてかもしれない。最初から二人の訓練があることを把握して、一部始終をとっくり見たうえで自分たちの元へ来たのだ――証拠があるわけではない。だが、エンフィールドと名乗る人形が語る口調の端々からにじむ何かが、妹にそう確信させていた。

 

 いま、三人がいるのは、ごくごく普通の射撃訓練場である。

 レーンごとに仕切りが設けられ、銃を構えて立つと射線の先に標的ドローンがある。標的は静止させたままはもちろん、予め定められたプログラミングや、あるいは自律判断でも動くことができる。本来は、リンケージした銃をこういうところで充分に使いこなしてから、先ほどのような応用訓練に移るのが常であった。

 

「あー。ここからやり直しということですか」

 カルカノ姉が残念そうな声をあげてみせると、エンフィールドはかぶりを振った。

「いえ、どちらかといえば“確認”の意味合いが強いですね」

 

 淑女はそう言うと、不意に妹の方へ顔を向けた。

 翠の双眸に見つめられて、空色の瞳がひるんで揺れた。

「ワタシが……なにか? 腕前なら、問題ありません」

「まあまあ。試しに撃ってみてください――ただ、ちょっとアドバイスはしますが」

 エンフィールドはそう言うと、手袋をはめた白い手で、そっと促してみせた。

 

 カルカノ妹がレンジに立つ。狙いをつけて、引き金を引こうとした矢先、

「頑張って狙いをつけなくていいです。ライフルで指さす感じであたりをつけて、ピンと来たら引き金を絞って。外しても気にせずに撃ち続けてください」

 

 コーチ役から、なんともアバウトな指示が来た。

 

 妹はそっと横目で窺った。姉は目をぱちぱちさせて、エンフィールドと自分をかわるがわる見ている。そして、当のコーチは翠の瞳でじっとこちらを見つめていた。

 

 思わず、ため息がでる。

 本人は大真面目のようだが――なんと大雑把でいい加減な教え方だろう。

 ただ、最初から当てろと言われなかったのは気楽かもしれない。

 

 妹はそう思い、“的を差して”引き金を引いた。

 一発目の銃声が鳴り響く。放った銃弾は標的をかすりもしない。

 

 続いて引き金を引く。二発目の銃声。最初とは別の方へと逸れていく。

 

 ちゃんと狙った方がいいのではないか?

 そんな疑念がよぎったが、しかし、あの翠の眼差しがじっと注がれているように思われて、いまさら狙いをつけ直すのもはばかられるように思われた――まあ、弾倉を撃ち尽くすまで目立った成果がなければ、このコーチも違った指導をするだろう。

 

 そう思って、三回目の引き金を引いた――銃弾が、わずかに標的をかすめる。

 

 もう少しで当たったのに……落胆しながら、ため息まじりに四度目の引き金。

 

 それを引いた瞬間、何かがカチッとはまった感覚があり――

 銃弾は、まるで吸い込まれるように標的のど真ん中を貫いていた。

 

「――――あっ」

 思いがけない結果に、妹が空色の目を、姉が碧の目を、それぞれ見開いた時。

 

 ただ一人、翠の目の淑女は満足げにうなずき、軽く拍手してみせた。

「グッド。もう少し調整すれば、おそらく三発で必中となります」

 

 こともなげに言ってみせるエンフィールドに、カルカノ姉が目をしばたたかせて、

「あの……どうしてこうすれば当たるとわかったんですか?」

「大したことではありません。彼女の射撃の癖から、大昔の戦艦を連想したのですよ」

 

「戦艦……ですか」

 カルカノ妹が小首をかしげてみせるのに、コーチ役は答えた。

「ミサイルのようなお利巧さん兵器が出現する前は、戦艦の大砲は何度か撃って位置を調整しながら命中弾を得ていたのです。手前に逸れたら、奥へ撃つ。相手の向こう側に砲弾が落ちれば、手前に調整し――砲弾の散布界が敵艦を捉えたら、もうこちらのもの。あとは何度も繰り返し撃って、命中弾を得られれば良い」

 

 エンフィールドはそう言うと、自身のライフルを肩から下ろしてみせた。

 年季の入った銃は、カルカノ姉妹の銃と負けず劣らずの旧式だ。

「実はわたしの撃ち方も似たようなものなのです。ただ、妹さんと違うのは、これまでの戦闘経験と、自分なりに調整を重ねてきた射撃プログラムが、予測射線をはじき出してくれるだけにすぎません。十発撃てば、八発は命中させられると自負していますが、実は予測演算上で幻の銃弾を数十発は放っているのです」

 

「……エンフィールドさんの理屈はわかりました」

 妹は、空色の目をそっと伏せながら、言った。

「でも、実際に数発撃たなければ当たらないのでは、実戦で使えないのでは……」

 

 その疑問に、翠の瞳の淑女は、口の端を軽く持ち上げてみせた。

「それはどうでしょう――標的を見てみましょうか」

 エンフィールドが傍らの制御卓で軽やかに指を踊らせる。

 

 ドローンが近づいてきて、標的が三人にはっきりと見える位置まで来た。

 そこに残された弾痕を見て、姉妹はそろって目をぱちぱちさせた。

 

「うそ……そんな……」

 思わず漏れた妹の言葉に、姉が続く。

「すごいよ……きれいにど真ん中じゃないか」

 

 それぞれに驚嘆の声をあげるのに、エンフィールドは言った。

「ええ、わたしもここまで見事な“ブルズアイ”は見たことがありません。妹さんの射撃は数発必中というより、“数発必殺”と呼ぶべきでしょう――最初の数発は“偽り(fake)”だとしても、後に控えるのは“ヘルメスの仮面”をかぶった致命の一撃(fatal shot)、というわけです」

 

 エンフィールドの言葉に、カルカノ妹の空色の瞳が揺れた。

 唇をきゅっと噛んだ表情は、なにかをこらえているかのようだった。

 

「あの、あの――エンフィールドさん、いえ、コーチ!」

 妹の様子には気づかずに、カルカノ姉が興奮気味に声をあげた。

「ワタシはどうなんですか!? あんなふうにできるでしょうか!」

 

 碧の瞳を輝かせながらの質問に、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

「残念ながら、貴女には彼女のような才能はありません。射撃の腕が中の下なのは単なる練度不足です。地道に経験値を積んで補正をかけていくのが一番ですね」

 

 コーチ役のきっぱりした言葉に、軽くしょげてカルカノ姉は言った。

「あはは、やっぱり、そうですか……まあ、うん、ですよね……」

 しぼんだ声になってしまう彼女に、しかし、エンフィールドはポンとその肩に手を置いた。

「ですが、IOPの仕様によると貴女は別に面白い機能があるようです。他の者の協力が必要ですが、試してみますか?」

 

 すっと目を細めて訊ねてくるコーチに、姉はたちまち表情を明るくした。

「はい、ぜひに! ワタシだって、戦いで役にたちたいですから」

 

「よろしい……ですが、これを試すにはプライベートデータリンクをする必要があります。ふむ、姉妹なら遠慮はいらないでしょう――ご協力いただけますか?」

 

 エンフィールドの翠の双眸が、カルカノ妹をじっと見つめる。

 握られていた白い手袋が開くと、両端に端子をそなえた一本のケーブルがあった。

 

 人形同士が肌で触れ合えない状況で使う、リンク用のアイテムだ。

 

 それを見た妹は――空色の瞳を揺らし、わずかにかぶりを振った。

 じりじりと後ずさると、ぷいと姉たちから顔を背けて言った。

「……お姉さんの性能とか――そういうの、興味がありませんから」

 そう言い残すと、踵を返して訓練場から足早に去っていった。

 

「ああ、ちょっと!」

 声をかけても、妹がパタパタと走り去る音しか聞こえてこなかった。

 

「……すみません、変なところで意固地な子で……」

 姉が苦笑いを浮かべて言うのに、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

「……いえ。あそこまで露骨に嫌がるとはちょっと意外でしたが――すんなり応じてくれるとは最初から思ってみませんでしたし」

 そう言うと、翠の双眸が、姉の碧の瞳を射すくめた。

 

「貴女達ですが――プライベートデータリンクはもちろん、手をつないだりして肌を触れ合わせたことも、ないのではありませんか?」

 

 淑女の言葉に、姉は言葉を詰まらせ……そっと顔をうつむけた。

 


 

 その場所もまた、土埃が舞っていた。

 空は曇天に覆われているが、雲を抜けたおぼろな光が大地を照らしている。

 荒れ果てた大地はところどころ変色し、遠目にはうっすら斑に見えた。

 

 その荒野を、三つの人影が歩いている。

 先頭を進むのは、赤銅の髪に、橙色の軍装を身にまとった淑女。

 その後を少し離れて、華やかな服装の朱の髪と紫の髪の乙女二人が続く。

 

 カルカノ姉妹は無言のまま並んで歩いていた。

 だが、隣り合ってというには微妙な間が空いている。

 妹は前を見て淡々と歩いているが、姉はといえば、妹の顔だの服だのをちらちらと見ては、眉根を寄せたり、目をしばたたかせたりとせわしない。

 

 そうこうしているうちに、かすかにうなずいたり、なにごとか呟きだしたので、

「……何ですか、お姉さん?」

 冷ややかな声で妹が訊ねると、姉が目をぱちぱちさせた。

 

「ああ、いや、ごめん……我ながら良い衣装だな、と思って」

「お姉さんの手作りでしたね。ワタシも気に入っています――本当ですよ」

 

 何度となく繰り返してきたやりとりだ。

 姉が訊ね、妹が答える。そしてそれを聞いて、姉がいつも喜ぶ。

 だが、この時ばかりは、少し姉の様子が違った。

 

「うん、アナタはいつもそう言ってくれるよね……いつも、そうなんだよね」

 なにやら歯切れの悪い言葉に、妹が不審そうに顔を向けると――

 姉は空を仰ぎながら自分の髪を撫でまわしていた。

 

 表情が読み取れないまま、カルカノ姉はぼやくように言った。

「……しかし、エンフィールドさんも実地訓練とか急だよねえ」

 カルカノ妹もこくりと頷いて先を進む赤銅色の淑女をみやった。

 

 データリンクの件をもちかけてから、エンフィールドは姉妹を分けて訓練させていた。いったんプログラム通りの射撃訓練をさせてから、その結果をチェックしながらコーチングをする。それを姉妹でかわるがわる行っているのだ。おかげで妹の射撃もかなり磨きがかかっていた。数発撃たねばならない不便さはあるものの、“数発必殺(ヘルメスの仮面)”の勘所はかなりつかめたように思える。その一方で姉がどんな訓練をしていたかは、妹は知る機会がなかった。訓練場所は別々になっていたし、姉もことさら話すことはなかった。

 

 だが、ただでさえ溌剌とした姉が訓練を重ねるたびに目を輝かせて、単なる能天気にさえ見えていた笑顔に、どこかしっかりした芯が通ったように見えるあたり、なにか自信に繋がる成果を得たのだろう。

 

 そして、おそらくは――

 先ほどから、妙に妹を意識した素振りは、それについて話す必要が出たためだろう。

 その内容については、カルカノ妹はおおむね見当がついていた。

 

 姉妹の間で、いつのまにかタブーになっていたこと。

「お姉さんの能力は――データリンクに関係しているんじゃないですか?」

 

 水を向けてみると、姉は目を丸くして見せた。

「……よくわかったね」

「もっと他のことなら、自慢げに話しそうですから」

 

 図星を突かれて、姉は自分の頬を指先でかきながら言った。

「ああ、うん……端的に言えばさ、ワタシは一人じゃ役に立たない人形みたいなの」

 どこか照れくさそうに、姉は話し出した。

「人形どうしの戦術データリンクを使って、お互いに射線情報をフィードバックしあって、他の人形の射撃能力を向上させられる。ついでにワタシ自身も射撃能力を引き上げてもらうことになるみたい。ワタシは初めからペア以上での運用を想定された戦術人形、ということみたいだね」

 

 そう言って、姉は懐からそっと黒いひも状の物を取り出してみせた。

 プライベートデータリンク用の有線接続ケーブル。

 それを見て、妹がわずかに目を見開くのを見て取って――姉は苦笑いした。

 

「だいじょうぶ。データリンクしようとか言わないよ」

「……でも、エンフィールドさんには試してみるようにと言われたのでは?」

「それがね――これはあくまでもお守りだから、使うかどうかは任せる、って」

 そう言うと、姉はそっと目を細めて、穏やかな声で言った。

 

「アナタが良いと言うまで、これは使わない。無理じいはしないって約束する」

「……ワタシは、別に、構いませんけれど」

 空色の瞳を揺らしながら妹が言うと、姉はかぶりを振ってみせた。

 

「無理にそんなこと言わなくていい。データリンクしたくないんでしょう?」

「……そんなことは……」

「うん――嘘だね。わかってる」

 

 姉が、碧の瞳を静かに潤ませながら言った。

「最初から分かっていたんだ――アナタがワタシに対して妙に壁を作っているのは。たぶん会った時から、これが自分の姉だと思えなかったんでしょ?」

 

 穏やかな口調ながら、彼女の言葉はそれまで薄氷のような絆に敢えてひびを入れていくかのようだった――妹は感情パラメータが不安定に波打つのを感じていた。何か感じていなかったわけではない。自分の嘘がとっくにバレているのではという予感は、実はあった。だが、それが特に問題にならなかったのは、姉が適当に合わせてくれていたからにすぎない。その不自然さに薄々気づきながらも、嘘を重ねてきたのは――

 

 つまりは、自分の甘えかもしれない。だとしても……

 

「……どうして、気づかないふりをしていたんですか?」

 

 そっと訊ねた妹に、姉は静かに答えた。

「うん、たぶんアナタのお姉さんでいたかったからだと思う」

 静かに吹いた風が、姉の朱色の髪をかすかに揺らした。

 

「知ってる? 『妹は生まれながらに妹だけど、姉は姉たることを学んで育つ』って。シッター時代の育児ライブラリで見たんだったかな。人間の姉妹だとさ、妹は生まれた瞬間から姉という存在がいることが当たり前だけど――姉は、いきなり現れた妹という存在に戸惑ったり、悩んだりしながら、姉である自分を形作っていくんだって」

 

 穏やかに語る彼女の言葉に、妹は耳を傾けていた。

「だから、アナタのお姉さんになるには、ワタシも努力が必要だと思った。アナタが嘘をつくなら、その嘘を守ってあげるのが、姉の役割だと思っていた。けどね――」

 そこまで言って、姉は笑った。

 どこか痛々しい笑みだった。いまにも泣き出しそうで、切なそうだった。

 

「――エンフィールドさんに言われちゃった。『むしろ貴女こそ、姉という立場に甘えていませんか?』ってさ。線を引いて自分を守っているのは、妹であるカルカノM91/38の方ではなくて、実はカルカノM1918の方……このワタシじゃないかってね」

 

 そこまで言って、朱色の髪の乙女はふわりと目を細めた。

「だからさ。この演習の間は、“お姉さん”とか“妹ちゃん”とかナシにしよう。お互いに名前はカルカノだけど――ワタシはM1918。アナタはM91/38。お互いにそう呼び合おう。なしくずしの関係はナシにしてやり直してみよう。そうじゃないと……」

 

 M1918の碧の瞳に涙があふれ、一筋の涙が頬を伝って流れた。

「……きっと、ワタシ達、いまいる場所からどこへも行けない気がする」

 

 そこまで言うと、M1918は朱色の髪を揺らしながら、先を進むエンフィールドの方へと駆けて行った。残されたM91/38は、思わず立ち止まった。紫の髪を無遠慮な風がなぶって乱していく。空色の目を見開きながら、彼女は震える声で言った。

 

「そんなこと――そんなこと、いまさら言われても……」

 感情パラメータが跳ねる。こみ上げる何かを感じながらも、しかし、自分の眼から涙があふれることはない――その事実が、M91/38はなにより悔しかった。




次回第3節は明日20:00に更新予定です。

コーチ役から明かされた実地訓練のとんでもない内容!

覚悟を決めて実弾を装填する二人。

銃を構えながら、姉は――M1918は自分の想いを振り返る。

姉妹の絆は果たして……?
次回お楽しみに!
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