お姉さんと妹ちゃん   作:Tico Ruzel

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リー・エンフィールドの実地訓練は
実はとんでもない内容だった!

意を決して実弾を装填する姉妹。

二人きりで銃を構えつつ、
姉のM1918は自らの想いを振り返る――

〔お姉さんと妹ちゃん〕シリーズ
第2話「君に捧ぐニーナナンナ」、第3節です!

【作者から】
カルカノ姉妹は二人ともいい子だからこその
振る舞いだとおもうんですよね。



ep.2 君に捧ぐニーナナンナ Ch.3

「まあ、こんなところでいいでしょうか」

 エンフィールドが示した場所は、半壊したトーチカの残骸だった。

 すでに天井は抜けてしまって、残った壁がかろうじて身を隠せる程度だ。

 

「東に向けて射界を確保できるように。同時に、互いをカバーしあえる配置を取ってください。もう間もなく、標的――いや、獲物が来るかと思います」

 

 コーチ役の言葉に、M1918とM91/38はそれぞれ位置についた。

 朱の髪のライフル銃手が北側、すなわち対して左手。

 紫の髪のライフル銃手が南側、つまり右手。

 二人のいつもの配置だったが、確認はお互いにちらと視線を交わした程度だ。

 

 M1918が銃に弾倉を装着させながら、訊ねた。

「獲物――って何ですか?」

「いや、たいした相手ではありません……〔ワンダラー〕ですよ」

 

 さらりと言った淑女の言葉に、M1918は目を丸くし、M91/38は息を呑んだ。

 〔鉄血〕の個体だが、なんらかの理由で指揮系統から外れてしまったもの。

 それが〔ワンダラー〕と呼ばれるものだ。

 

 グリフィンが相手にしている〔鉄血〕は、指令中枢である〔エルダーブレイン〕の指示に従っている。全にして一、一にして全であるのが、彼らの特徴と言える。それは、それぞれ個性があるように見えるエリートタイプでさえ、例外ではない。

 ただ、エリートタイプはある程度の自律判断ができるものの、末端の個体はそうはいかない。なんらかの事情で指揮系統から外れてしまう個体も存在する。その場合、彼女たちは一定範囲内を周回しつつ、指揮系統下にある別の戦闘群と接触して命令系統の網に再度組み込まれるまで、戦場をさまよい続けるのだ。

 

 とはいえ、単なる“敗残兵(レムナント)”と片付けるには危険すぎる存在だった。ともすれば、自己保存の要求に従い、電力や弾薬を奪い取ろうとする。グリフィンの補給線を散発的に襲撃したり、後方支援任務に出ている部隊を攻撃することさえある。その意味では、放置するわけにはいかない〔敵性〕に違いなかった。

 

「“残党狩り(レムナントハント)”なら、それ専門の部隊を組むべきではありませんか?」

 M91/38が空色の目で怪訝そうな視線を送る。

 

 棘まじりの眼差しを、コーチ役はかぶりを振って、こともなげに払ってみせた。

「なに。偵察ドローンが確認した限りは、大した数ではありません。ライフルの射程ならここから鴨撃ちにできるでしょう。まあ、そうですね――訓練場ではやはり緊迫感がありませんから、ちょっとスリリングの味付けをした程度に考えてください。お疑いなら、貴女がたに届いている演習指示を確認なされるとよろしい。ちゃんとモルガナ指揮官も諒解済みのことですよ……さてと。では、わたしはちょっと外しますから」

 

 さらりと言って踵をかえした彼女に、配置についた二人はそろって目を剥いた。

「あの、ちょっと――三人で狩るんじゃないんですか!」

「外すって、どちらへ行かれるつもりですか?」

 

 不満げに声をあげる二人に、淑女は手袋に包まれた白い手をひらひらと振った。

「なに、そのへんを見回ってくるだけです。万一がありますからね。〔ワンダラー〕がそこまでの判断ができるとは思いませんが、あなた達が頑張っている間に背後から来られては厄介でしょう? では、お二人のベストを願っていますよ」

 

 素早く、そして鮮やかに、目の冴えるような敬礼をしてみせるや――

 エンフィールドはすたすたと歩み去ってしまった。

 

 碧の目も、空色の目も、思わず丸くしてその様を見送ったが……

 赤銅の髪が見えなくなると、二人して大きくため息をついた。

「……あの人、どうにも食えないところがあるよね。ホントにもう……」

「L211基地の人形はクセモノしかいないと聞いています。その通りでしたね」

 

 互いに愚痴をこぼすと、どちらからともなく顔を見合わせた。

 真顔で見つめ合いながら――先に相好を崩したのは、朱の髪の乙女だった。

 

「仕方ないね。生き残るために頑張ろう――M91/38」

 その言葉に、空色の瞳を少し揺らして、紫の髪の乙女は答えた。

 

「そうですね。おね……いえ、M1918」

 いつもは涼やかな声は、しかしこの時、かすかに震えていた。

 


 

 碧の瞳が獲物――いや、敵を捉えたのは、三十分ほど経過してからであった。

「来た! イェーガー型、数は十体余り!」

 自分の声に、M91/38がうなずいてライフルを構える。

 

 それを確認したM1918は、きりと表情を引き締めると、同じく銃を構えた。

 視界に、おぼろげに歩いてくる鋼色の人影が見える。

 

 それを認めて――彼女は銃を構える手が震えそうになっていることに気づいた。

 感情パラメータにリミッターをかけて、落ち着かせる。

 

「……待て(テナー)

 そっと相方に声をかける。視界の端で紫の髪がかすかに揺れるのが見えた。

 

 いったん姉妹でいることをやめよう、と言ったのは自分だ。

 妹が来てくれて嬉しかった。パーソナリティ上、そのように認識できる人形がいることは誇らしく、そして安心できることだった。民生用の人形でベビーシッターをしていた頃にはそんな存在はいなかった――面倒を見ている人間の子供たちの“そういう関係”が微笑ましく、そして羨ましくさえあった。

 

 だから、妹に当たる人形が来ると聞いて、感情パラメータは大きく弾んだ。

 趣味の裁縫を活かして、彼女の顔に似合う服まで作って、可愛がった。

 そういうことができる存在があることが、心地よかった。

 

 お姉ちゃんぶることは、快楽でさえあった。

 

 だから、妹が嘘をついてまで自分に合わせているのに、見てみぬふりをした。

 妹が――紫の髪と空色の瞳が綺麗な子が、実は自分を姉だと認識できないことに。

 気づいていても、認識領域の片隅に追いやっていた。

 そうして、都合のよい虚像を彼女に投影していたのだ。

 

 エンフィールドと交わした会話が、いやでも思い出される。

 

『どうして、ワタシには、あの子の才能が見抜けなかったのでしょうか』

 その問いに、赤銅の髪の淑女は冷ややかな声で言ったのだ。

『簡単です――貴女は、本当の彼女に向き合っていない』

 碧の双眸に射すくめられて、言われた。言い放たれてしまった。

 

『仮面をかぶっているのは、貴女も同じ。そうではないのですか?』

 

 妹が嘘つきなら、自分はもっと嘘つきだ。

 ピノッキオである人形は、むしろ自分の方なのだ。

 

 姉でいたいためだけに、形だけの姉妹を演じていた。

 でも、そのことが彼女の真価を見抜けずにいたのなら……

 自分は、彼女の姉を演じ続けるべきではないと思った。

 

 だから、同じカルカノの名前を持っていたとしても――

 敢えて別々の存在になってみようと思ったのだ。

 離れてこそ、見えることもあるだろう。そう考えて。

 

 ――だが、このような事態になるとは。

 M1918は、ひそかにエンフィールドをのろった。

 コンビネーションが何よりも問われる戦闘状況。

 形だけでも姉妹のままの方が、よい結果を出せるのではないか。

 

 思考パルスが論理回路をぐるぐると巡り、「しかし」と結論する。

 姉妹のままでいても、状況は変わらなかっただろう。

 空色の瞳の彼女が――M91/38が応じなければ、データリンクは使えない。

 

 この期に及んでも、彼女からの申し出はない。

 そして、自分から彼女に求める勇気も出てこなかった。

 

 情けないな、と我ながら思う。

 恰好だけの姉をやめた途端、自分の弱さが痛感された。

 

 それでもなお――できる限りのことはしよう。

 彼女だけは無事であるようにしよう。

 それが、姉という以前に、先任である自分の役目だ。

 

 迷い迷った思考パルスが結論を出すまで――ほんの数瞬。

 

 M1918は再度、声をあげた。

「……待て(テナー)

 そう言った瞬間、じわじわと歩いていた敵が、不意に足を止めた。

 提げていたライフルを両の手で携えようとしているのを見て――

 

 彼女は鋭い声で、叫んだ。

撃て(スパーラ)!」

 号令と共に、自分の銃と彼女の銃、二挺ぶんの銃声が鳴り響く。

 

 銃弾が鋼の人形の足元の地面を抉り、その躯体の表面をかすめる。

 出鼻をくじかれた敵は、わずかによろめいたが、次々に態勢を立て直した。

 

 〔鉄血〕の武骨なライフルがこちらを狙っている。

 自分の銃弾は相変わらず、有効な命中弾を与えられずにいる。

 

 思わず唇を噛んだ瞬間――

 隣で何度目かの銃声が鳴り響くや、敵の一体がばたりと倒れた。

 

 胴体の動力コアへの、正確無比な一撃。

 鷹の目のように鋭く、虎の牙のように重い。

 

 そんな銃弾を撃ち放った彼女は、空色の瞳をちらとこちらに向けた。

 どこか硬い声で、M91/38は言った。

「アナタは牽制を。ワタシが仕留めます。この距離なら間に合います」

 

 落ち着き払った声。

 そして、空色の瞳に込められた強い光。

 

 これまで見たことのない目の輝きを見て、M1918はうなずいた。

 ああ、そうだ――おそらくこの場では、彼女の方こそ強い。

 すっかり守る気でいた自分が、なんとも情けない。

 むしろ、彼女に守られるのは、自分ではないか。

 

 自嘲気味に口の端をあげて、M1918は射撃を再開した。

 牽制というなら話は早い。敵の足を止めさせ、銃の狙いをそらせるのだ。

 何発も何発も銃弾が鳴り響き、その合間に鋼の人形が倒れていく。

 

 そして――最後の一体が、どうと地に倒れ伏した。

 二人の足元には、排出した薬莢がいくつも転がっていた。

 

 抑えきれない感情パラメータが、波打っている。

 朱の髪の乙女は、隣の乙女へと顔を向けた。

 かすかに頬を上気させながら、空色の瞳が、かすかに潤んでいる。

 

 そして、彼女がゆっくりとこちらを向く。

 端正で整った、そして、感情を表に出さない、澄ました表情。

 その口が、わずかにほころんでいるかのように見えた。

 

 M1918の感情パラメータが大きく跳ねた。

 たまらずこみあげてきた衝動にかられて、彼女に抱きつこうとした――

 

 その時、だった。

 瓦礫の山にしか見えなかった、そこから。

 

 咆哮にも聞こえる鋼の軋みをたてながら、巨体が姿を現した。

 




試練をくぐりぬけたかに見えた二人の前に
傲然と現れた鋼鉄の巨獣。

打開策が次々と失われる仲、
「姉」が「妹」のために思いついた行動とは?

二人きりの戦場に、いま優しく穏やかな
マールスホルンが響き渡る……

いよいよクライマックス、次回お楽しみに!
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