まさかの鋼鉄の巨獣。
頼りの解決策をことごとく失い――
危地にあって姉は妹のために「マールスホルン」を吹き鳴らす。
……とても穏やかで優しい、その音色とは。
〔お姉さんと妹ちゃん〕シリーズ
第2話「君に捧ぐニーナナンナ」完結の第4節です!
それを目にして、二人ともに声を失った。
日の光を遮った影が長く伸び、彼女たちの足元まで達していた。
大地を踏みしめる四本の太く頑丈な脚。
隆々とそびえんばかりの躯体。
そして、底部から突き出された機関砲。
マンティコア――無人四足歩行戦車。〔鉄血〕の飼う、獰猛な鋼の獣。
銃撃戦に刺激されて再起動したのか、それとも〔ワンダラー〕の仕業か。
目を覚ました猛獣は、ゆっくりと大地を踏みしめながら近づいてくる。
「――ッ!
乙女たちは銃を構えて、射撃を再開した。
図体が大きいだけに、命中弾を得るのは容易だった。
だが、人形とは桁違いの装甲が、あっさりと銃弾を弾く。
数発を撃った後――空色の瞳が捉えた射線に乗って、必殺の銃弾が翔ける。
しかし、それはマンティコアの脚の関節部を貫き――それだけだった。
一瞬、鋼の巨獣は脚を止めたが、少ししてからまた移動を再開する。
仕返しとばかりに機関砲がぐるりと動き――紫の髪を狙った。
朱の髪の乙女が即座にとびついて、狙われた彼女を地面に伏せさせた。
人形のライフルとは比べ物にならない、凶悪な銃撃が空を切り裂く。
その一部が、M1918の背中をわずかにかすめた。
「――クッ」
かすかに呻きが漏れる。即座に痛覚リミッターをかけてなお、焼けるようだ。
猛獣の爪の威力に、感情パラメータがネガティブに跳ねる。
肝が冷えるとはこのことだ――あんな化け物、どうすればいいのか。
M1918が思わず歯噛みした時、か細い声でM91/38が言った。
「データリンクなら――」
廃墟の壁に身を隠しながら、そろそろと二人は躯体を起こした。
空色の瞳が揺れながら、ためらいがちに彼女は言った。
「データリンクを使って――二人でフィードバックしあえば、有効な攻撃を与えられるかもしれません。それができる能力があるのでしょう? M1918なら――」
そこまで言って、紫の髪の彼女は、かぶりを振って言い直した。
「――いえ、ワタシのお姉さんである、アナタなら」
すがるような声。空色の目に涙を浮かべ、いまにも泣き出しそうだ。
M1918は――いや、姉は、懐からデータリンクのケーブルを取り出した。
自分の頚椎に備えられたスロットに端子を差すと、もう片方を妹に手渡す。
妹がうなずいて、端子を同じく彼女の頚椎のスロットに刺そうとした瞬間。
再び、猛獣が咆哮を上げ、機関砲の無慈悲な斉射が行われた。
思わず、二人それぞれに地面に躯体を伏せた時――
妹の手から宙に放り出されてしまったケーブル。
それを機関砲の弾が撫でていった。
端子がたちまち砕かれ、ケーブルは寸断され、衝撃で彼方へ消し飛ぶ。
妹は、倒れ込んだまま、空っぽになった手のひらを見つめていた。
わずかな希望。かすかなよすが。意を決した勇気。
それらが、一瞬のうちに消え失せてしまった。
空色の瞳に、涙があふれた。あふれて、こぼれ落ちる。
それまでの澄まし顔がたちまち砕けて、脆い泣き顔が浮かんでいた。
「だめだよ――もう、無理だよ……ワタシ達、ここでもう……」
いまにも声をあげて泣きじゃくりそうな彼女の、空っぽの手。
そこへ――
姉の手が、そっと重ねられた。
這いながら妹に近寄った姉が、静かにささやく。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから――お姉ちゃんがなんとかする」
「でも、いったいどうやって……」
言いかけた妹は――姉の目を見て、はっと息を呑んだ。
碧の瞳に、真摯な光が宿っている。
陽気さと朗らかさは、見慣れた姉のものだった。
だが、込められた意志の勁さは、今までに見たことがない。
決然とした声で、姉は言った。
「ケーブルなんかなくてもだいじょうぶ。視覚センサは敵に集中して――その代わり、聴覚はお姉ちゃんの声と、銃の発砲音に焦点を絞ってちょうだい。だいじょうぶ、ワタシ達なら……カルカノ姉妹なら、あんなやつには負けないんだから」
力強い姉の声に、妹は涙をぬぐった。
マンティコアがゆっくりと歩いてくる音が地に響く。
姉妹二人は身を起こし、顔を見合わせて頷くと、廃墟を盾に銃を構えた。
軋みを立てながら迫りくる鋼の猛獣を前にして――
姉の唇から、静かに穏やかな旋律の歌声が紡がれだした。
♪
妖精のように光り輝く美しい女王様が
あなたの金色の揺りかごの側に座ってます
王様はあなたを見て 人々はお辞儀をしています♪
しっとりした歌声に合わせて、銃声が響く。
妹はすぐに気づいた。リズムに合わせればいいのだと。
ゆったりとした拍子に合わせて、引き金を絞る。
いつもは重い銃爪が、なぜかその時は軽く感じられた。
♪
陽気な太陽が緑の山に 日の暖かさを注いでいます
そして赤の美しいゼラニウムの花や
白いタイサンボクの花が花壇に輝いています♪
歌声に合わせて、銃声が立て続けに鳴った。
旋律を通じて、互いの撃つリズムが、お互いに把握でき――
自然と、射撃するスピードが先の戦闘よりも向上していた。
妹の放つ数発必殺、ヘルメスの仮面の一撃がマンティコアを貫く。
♪
あなたのところに飛んで来ます ハーモニーの揺り籠たる父の国から
楽しい甘美なメロディが届いて
空ではナイチンゲールが歌い返しています♪
それは子守唄の形を取った、
優しくゆったりした声が戦歌と化して、姉の唇から紡がれる。
姉の銃声が拍子をとる。妹はただ合わせればよかった。
関節を幾度も抜かれて、マンティコアがズンと地にへたりこむ。
♪
目を閉じて 人々の愛情があなたを見守っています
そしてあなたの名前は皆から祝福されています
なぜなら あなたはいつの日か皆を治めるのですから♪
姉の歌声がよどみなく流れていく。
妹が息を呑んで、引き金を絞った。
足をとめた鋼の巨獣、そのセンサ類の奥の制御ユニット。
獣の脳髄めがけて、銃弾が運命に導かれたように吸い込まれていく――
――ボン、という破裂音と共に、マンティコアが煙を吹いた。
姉妹を狙おうとしていた機関砲が力なく下がり、駆動音が沈黙する。
歌い終わった姉が、大きくため息をついて、へたり込んだ。
「な、な……なんとかなったあ――」
すっかり安堵した様子の彼女に、
「やった……やりました、お姉さん――!」
空色の瞳を潤ませながら、妹が抱き着いてきた。
「うわっ、あはは……ベビーシッター時代の経験も、役に立つもんだ」
照れながら言ってみせる姉を、妹はぽかぽかと拳で軽くたたいた。
「もう、もう! あんなふうにできるなら、最初からそうしてください! それなら、ワタシも迷ったり躊躇ったりしなかったのに――ホントに、お姉さんなんか大キライ!」
涙声で拗ねてみせる妹。
彼女の紫の髪をそっと撫でながら、姉はそっと訊ねた。
「ふふ、それは嘘なの? それとも――」
愉快そうな姉の声に、妹が顔を上げる。
空色の瞳を揺らしながら――妹が姉の頬にそっと口づける。
姉は目を丸くすると、くすくすと笑って、愛しの妹のひたいにキスを返した。
「――ターゲット沈黙。お嬢さん達二人とも、よくやりました」
エンフィールドが双眼鏡で窺いながら、そうつぶやくと、
『……まったく、どこまで待たせるかと思ったわよ』
ツンツンした感じの声があきれ半分の口調で、淑女の耳の奥で響いた。
『こっちは独断で対物ライフル使ってデカブツを狙撃するところまで考えたのに』
「言ったでしょう? あの二人ならなんとかすると。なんだかんだでやっぱり姉妹なのですよ。なにか驚いた時に目をぱちぱちさせる癖とかそっくりです――さあ、これでコイン十枚ぶん、わたしの勝ちでよろしいですね」
『はいはい。どのみち、L211から出張ったお駄賃分、後でたっぷり倍返ししてもらうから』
「ええ。あなたの言い分はよく分かっていますよ、もちろん」
『……そういう時の隊長って、絶対あとではぐらかすわよね……』
「フムン――あなたも少し小ずるくなったほうがいいですよ」
『いいのよ。隊長がいい加減な分だけ、わたしが真面目にならなきゃダメだもの――まったく、急な出動要請なんか来たもんだから。てっきりアグレッサー役でも務めるかと思ったら、実際はもっとエゲツないとか。そういうところ、本当に改めたほうがいいわよ』
「英国人の気質を受け継いだパーソナリティですから。仕方がありません」
そこまで言うと、エンフィールドは双眼鏡を下ろした。
「さて、あの子たちを迎えに行きましょう。とりあえず、紅茶の差し入れですかね」
『……二人ぶんのマグカップでぶっかけられる方に、コイン十枚賭けるわ』
棘のある、だが、愉快そうな声に、淑女は軽く笑んでみせた。
「いいですね。分の悪い賭けは嫌いじゃありません」
そう言うと、エンフィールドは姉妹の元に悠然と歩いて行った。
マンティコア狩りのあった日の夜。
ワタシは宿舎のソファに、身を預けていました。
M1918は――お姉さんは、指揮官のモルガナさんへ報告をしていました。
報告というか、むしろ文句です。
あのコーチがどこまで仕組んでいたかを問いただしに行ったのです。
ワタシは別に構わないと言ったのですけれど――
お姉さんは妹が危険にさらされたことが我慢ならなかったようです。
まあ、あの人のことです。いつのまにか妹のろけになってそうですけれど。
エンフィールドさんはもう自分の基地へと戻っていきました。
ワタシ達二人分の紅茶でずぶ濡れになりながらも、
「あなたがたなら、成し遂げると信じていましたよ」
とか、いけしゃあしゃあと言ってのけたのです。
あの人の嘘つきぶりはワタシなんかでは到底及ばないほどでした。
ただ、エンフィールドさんを迎えにきたメンバーを見た時。
ワタシは、自然と背筋が伸びる思いがしたのも確かです。
その眼光。身にまとう雰囲気。
どこまでも自然体なのに、ぴんと張り詰めた雰囲気。
あれこそを、まさに精鋭と呼ぶのでしょう。
ワタシ達は、彼女たちの立つ頂きの――
その麓にようやく足をかけたばかりにすぎません。
でも、頂きへ至る道は見つけたように思います。
一人きりじゃなくて、二人で登っていくだろう、その道を。
宿舎の扉がそっと開いて、朱色の髪が目に入りました。
「はあ、もう疲れたなあ――ごめん、待った?」
いつもどおり朗らかで、そして前より気楽になった感じの声。
ワタシはすっと微笑んで、答えました。
「全然、待ってなんかいませんよ」
もちろん嘘です。待ちくたびれました。
そんな嘘に、姉はふわりと笑んでみせました。
隣に腰かけると、ワタシの髪を優しく指で梳きながら、
「なんというか――うん、これからも、よろしく」
妙に照れ臭そうに、ささやきました。
「モルガナ指揮官がさ、今度の休暇の時、家に来ないかって言ってくれているんだ。お疲れ様とおめでとうを兼ねて、ホームパーティに招待したいって――どうする?」
彼女の問いに、ワタシはそっとうなずきました。
「あまり期待しないでおきます」
そんなふうに言ったのも、もちろん嘘。
でも、ワタシの髪をわしゃわしゃとかきまわすあたり、姉にはお見通しのようです。
「お子さんがいるみたいだから、何かプレゼントを持って行かないとね」
そんなことを言うものだから、ワタシはちょっとねだってみました。
「自慢のカワイイ妹にも、なにか贈ってほしいです」
「ふふっ――なにがご所望なのかな?」
碧の瞳が煌めいて尋ねてきます。
そんな彼女の目を、空色の瞳で覗き込みながら、ワタシは言いました。
「あの時の歌を――もういちど聞きたいです。銃声とか無しで、静かに」
「子守唄だからなあ、寝ちゃうかもしれないよ?」
「まさか、起きていますよ」
これも嘘。お姉さんの歌声を聞きながら、デフラグに入るつもりでした。
「そっか――わかった」
姉がワタシの肩をそっと抱き寄せて、ぴったりと体をくっつけました。
ぽんぽんと優しく肩をたたきながら、彼女は歌いだします。
♪
穏やかで静かな歌声に誘われて。安心感に包まれながら。
ワタシは、姉の肩に頭を預けて、そっと眠りに入りました――
その後暫く経ってから。モルガナさんのご自宅に招かれて。
ちょっとマセている息子さんに、軽い気持ちで嘘をついてみたら。
当人がすっかり本気になってしまって――
姉も巻き込んだラブコメディになったのですけれど。
それはまた、別のおはなし。
〔「愛しの君に捧ぐニーナナンナ」 End〕
〔――Next.Ep. 「天使の叶えるプレイヤ」〕
カルカノ姉妹の絆の物語、いかがだったでしょうか?
さて次回は「天使の叶えるプレイヤ」と題して、G36とG36cのお話し。
「お困りです」シリーズでお馴染み、L211基地が舞台ですよ!
次回ep.3は木曜日にアップ開始予定です。お楽しみに!