緊急痴態宣言が発令されました
皆さま、早急に着ている服をお脱ぎください

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セックス(挨拶)!


第1話

「緊急痴態宣言が発令されました」

 

 スマホのニュースアプリで見た見出しに、わたしはタピオカを吹き出しそうになった。

 どうやら、謎のウイルスが蔓延しつつあって、そのウイルスは少々特殊らしい。

 

 なにが特殊なのかというと、そのウイルスは繊維質、革製品、シルク、果ては金属製品に至るまで、要するに人間の身体以外に対する感染力がめちゃくちゃ高いみたい。逆になぜか人間の身体に対する直接的な付着率は低めらしい。

 

 ファンタジーとかで服だけ溶かすスライムとかいるけど、そんなイメージ。

 

 直接的ではなく間接的な危険というのはもちろんある。

 感染した服を着ていたら、当然、身体のほうにもウイルスは忍び寄ってくる。

 どのくらいの確率で感染するのかまでは、頭の悪い私にはわからない。

 

 けれど、頭のいい先生たちが『全裸』で解説しているのを見ると、いやでもわかる。

 

 明日から、人間は服飾の類を一切身に着けず『全裸』で外にでなければならないということだ。

 

 これには法的拘束力はないって言ってた。あくまでも自粛らしい。

 

 つまり、自分自身で決めて行動しなさいってこと。

 

 大人がよく使うズルい手だ。どうせ、わたしたちが間違ったら、子どもの判断なので、自分たちは悪くないって言うに決まってるし、もしもうまい具合に正解にたどり着いたら、自主性に任せた自分たちの手柄にするに違いない。

 

 自粛って言葉はズルい。

 

 けど、わたしらは自粛に従わざるを得ない。

 

 

 

 

 

 自粛は『空気』が詰まった風船で、

 わたしら女子高生にとっては、『空気』が王様みたいなものだからだ。

 

 

 

 

 

 自粛とかなんとかいっても、みんながどう考えているかが重要。

 そういう空気がなによりも重要。

 周りの大人たちがみんな全裸だろうと、わたしら高校生は、みんながそうでなければそうしないし、みんながそうするのであればそうする。

 

 わたしらにとって大人も子どもも人間じゃない。

 わたしらにとって人間なのは同じ学校に通う同級生だけだ。

 

 

 

 

 

――――――――とはいえ、自分の考えがないわけじゃない。

 

 

 

 

 

 わたしはもちろん嫌だった。

 乙女の柔肌を知らないおじさんにいやらしい目で見られるなんてサイアクだし。

 同じ年齢の同性に見られるとしてもいやだ。

 

 みんなもそう思ってるはずだよね。

 

 そう確信したくて、わたしは親友のマチに電話した。

 

「なあに。ユズ」

 

 ユズはわたしの名前だ。マチは眠そうな声で答えた。

 

「緊急痴態宣言のニュース見た?」

 

「うぅーん。あれかー。見たよー」

 

「マチはゴールデンウィーク終わったらどうするの?」

 

 服を着ていくかいかないか。

 それが問題だ。

 

「えー、そーりだいじんが言ったんだよね? 従わないとダメじゃん?」

 

「マジメか。よく考えなよ。電車で真向いに座ってるおじさんとかにうちらの裸みられるんじゃん。それに、おじさんのイチモツとかわたしみたくないよ」

 

「んー。でも、ウイルスがパッと消えるわけじゃないから、うちらが服着ていくと、他の誰かに迷惑かけることになるよね。ウイルスは服飾をオンショーにするって言ってたし」

 

 マチの言うことも、たしかにありえるかもしれない。

 

 同じ世界、同じ空間に暮らしている以上は、わたしらが加害者になってしまうかもしれないんだ。

 

「じゃあ、マチは全裸で登校するの?」

 

「今のところはそうしようかなって思ってる」

 

「ふうん。じゃあ、わたしもそうしようかな」

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 実際にその段になると、急に怖気づくものだ。

 登校する時間。わたしはクローゼットの前で、自問自答する。

 わたしの人権意識と社会的公共の概念がスパークする。

 

 ゴールデンウィークという微妙なモラトリアムはわたしの決意も粉々にしてしまった。

 

 絶対に感染するってわけでもないんだし無意味じゃんと思う一方で、服を身にまとっていると逆に変に見られるかもしれないという考えもでてくる。

 

 ここ数日はウイルスのせいで不要不急の外出は控えていたから、わたしは情報収集に努めた。

 

 何か月かぶりに、テレビを見てみると、いつもクールなニュースキャスターのお姉さんがおわん型の綺麗なおっぱいを露わにしながら、頬を赤く染めて、もちろん下半身ももろだしのまま、今日の天気は絶好の全裸日和でしょうと言っていた。

 

 いまは5月だから北海道以外の地域は全裸でもいいかもしれないが、冬になればさすがに服を着なければ寒いんじゃないか。そんな考えも湧く。

 

 それ以上に、服飾というのは普段気にもとめていなかったけれど、プライバシーと自分自身を守る防壁としての役割は大きかったのだと思う。

 

 国会中継では、あるひとりの若手議員がどうしても服を脱がないでいた。

 

 その人はまだ30歳になったばかりで、誰それとかいうえらい人の二世議員で、イケメンだねとみんなから言われていて、わたしも知っていた。なにをした人なのかは知らないけど。

 

 それでイケメン議員はナンバーツーくらいの人にどうして脱がないのかと詰問されていた。みんながヤジを飛ばした。彼以外は全員すでに全裸で会議に出席していたからだ。

 

 それでようやく脱いだんだけど、彼は包茎だった。

 

 70歳くらいの先輩おじいちゃん議員さんに「君自身がそのように引きこもっているから、そのように自信がない態度をとるのだよ」といじられていた。国会は失笑の渦につつまれた。

 

 イケメン議員さんは泣きながら本当に引きこもりになってしまったらしい。それから三日もしないうちに議員辞職してしまったそうだ。

 

 わたしは包茎もかわいいと思ったんだけど、クラスのみんなは幻滅したとか言ってて、わたしも「それなー」と適当に意見を混ぜ合わせた。

 

 空気様はえらいのだ。

 

 それにわたしは空気に勝てるほど強くはない。誰だってそうだろうと思うし、みんながそうなら、わたしだけせめられることもない。みんなわかりやすい共感のランキング上位にのぼることを考えているし、それがクラス内のカーストというやつだろう。

 

 わたしは――そんなに恥ずべき身体ではないと思う。

 しゅるりと姿見の前で服を脱ぎ、まじまじと身体を見つめる。

 

 傷ひとつない白い肌。腰元まで伸ばした黒髪がわたしの自慢だ。

 

 包茎の彼のように、誰かに笑われるような身体ではない。客観的に見て、わたしのレベルは高いだろう。客観とはなんだろうと思いはするものの。

 

「あら、服を着ないで学校にいくのね」

 

 お母さんは家の中なので、服を着ていた。

 

 母親に見られるというだけでも恥ずかしい。

 

 しかしそれ以上に。

 

 服を身にまとわないで外に出るということの心もとなさといったら――。

 

 ゴリゴリと削られていく自尊心。

 

 鞄も持ってない。つまり、わたしが女子高生であることを示すものは何一つない。

 

 ただの裸身の少女が、なにひとつ隠すものなく、文字通り身一つで外に出るのだ。

 

 とても心もとない。

 

 玄関のドアを開けると、

 

 まだ少しだけ肌寒さを覗かせる春風が乙女の柔肌を軽く撫でた。

 

 駅までは百メートルもない。誰か見知った人に見られる前に駅に向かおう。

 

 そう考えて、一歩踏み出す。でも、

 

「冷たっ」

 

 アスファルトで覆われた道路は、冷たくそして硬い。

 

 足が固くなったら怨むぞ~、ウイルス。

 

 駅に近づくにつれ、当然、人の流れが増えてくる。

 

 みんな前を向いて歩いているけれど、ちらちらと突き刺すような視線を感じて、羞恥に頬が燃え上がるように感じた。

 

 駅のゲートは、いつのまにやら『身体』自体が切符の役割を果たすようになっている。

 

 空港とかにあった金属探知機のゲートがそのままゲートとして設置されていて、そこを通ると登録されている身体の情報から支払いが完了するという仕組みだ。

 

 切符やカードのような、前文明的なものはいつのまにやら姿を消してしまった。スマホも危険だからという理由で外に持ち歩くことはできない。なんのためのスマホなのかさっぱりわからないけど、これがいまの普通なんだ。

 

 ウイルスの影響で、テレワークも増えて、無駄に羞恥心を消費する必要のない人たちは当然お家でぬくぬくと暮らしている。

 

 電車の中は、ウイルスがはびこる前よりは明らかに少なくなっていて、わたしは椅子に座ることもできそうだったけれど、ウイルスは席にも付着しているだろうから座るのも危険だ。それに誰かのお尻がついたところに座りたくない。もしも、それが汚いおっさんだったらと思うと、ちょっと引く。

 

 つかまるところも危険。

 

 だから、一番マシなのは、ずっと立ってること。

 揺られながら、自立するのは、結構疲れる。

 

「お嬢さんつらそうだね。学生さんかい」

 

 突然、隣にいた腹のでっぷり出たおじさんに話しかけられた。

 

 舐めるような視線に危険を感じ、わたしは無視する。

 

「お嬢さんがつらいなら、おじさんにつかまってもいいんだよ」

 

 人間同士の接触ではウイルスの危険はない。

 しかし、貞操の危機まで補償するものではないだろう。

 

 わたしはそいつをにらんだ。

 切れ長で、どちらかといえばクールな感じのするわたしの容姿は、そいつをひるませるに十分だったらしい。すごすごと所在なく、離れていった。

 

 ほっと一息。いまでもおぞましさに胃の裏側に鳥肌がたったようだったが、そのまま立ち続けなければ逆に危険だ。

 

 あと二駅。

 

 学校につく一駅前になると、マチが乗ってくるはず。

 

 そしたら、女子高生バリアでおっさんなんかには負けない。

 

「あ、マチ……」

 

 電車の扉が開き、わたしは軽く手を挙げてマチを迎え入れる。

 

 でも――。

 

 あっ……と思った。

 

 どうして、とも思った。

 

 いや、本当のところはそんな言葉もないほどに、私の内心は真っ白になっていた。

 

 どうして、マチは服を着ているんだろう。

 

「あ、ユズーって。あんたー、まさかー、ほんとに服着てこなかったのー?」

 

 耐えきれないといったように、クスクスとマチが笑う。

 

 その笑いに釣られるようにして何人かのクラスメイトが、わたしを見た。

 わたしらの仲良しグループ。ヨウコとリンとサクだ。

 

 みんな、服を着ていた。

 

 なんで?

 

 あのとき、みんな全裸で行くって決めたじゃん。

 

「んくっ」

 

 でも、そんな言葉すら投げかけることができなかった。

 

 いつのまにか、わたしは空気から逸脱しているように思えたから。

 

 空気様に逆らったら、生きていけない。

 

 恐怖と羞恥で、頭の中がごちゃまぜになって、わたしは――。

 

「あ、あれ、みんな服着てきてるとかおかしーよ」

 

 と、半笑いになりながら言った。

 

「え、だって、裸とか見られるの嫌じゃん。ねー?」

 

 隣にいるヨウコに笑いかけるマチ。

 ヨウコはコロコロと小動物みたいに笑った。

 

「あたりまえじゃーん。ていうか、ユズってば、マジメちゃんだねー。自粛ってことはするもしないも自由なんだよ。なに言うとおりにしてんの? そんなにあんたの裸って安っぽいんだ」

 

「ほんと、ちょっと綺麗だからって見せつけてんじゃん」とリン。

 

「いじめはよくないよー。ユズっちはいい子ちゃんなんだからさぁ」とサク。

 

 薄気味の悪い張りついた笑みだった。

 みんなが笑う。目が見えない。口。口。口。口。口だけが見える。

 

 そうか。わたしいじめられてるんだ。

 いつのまにか空気が薄く感じる。

 

 

 

 

 

 息――吸えない。

 

 

 

 

 

 苦しかった。いつまちがったんだろう。何をまちがったんだろう。どこでまちがったんだろう。

 わたしは誰かを陥れたり、さげすんだりしたことはない。

 

 マチにもヨウコにもリンにもサクにも、既読スルーの一回だってしたことはない。どうして、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないの。

 

 燃え上がるような憎悪とともにマチをにらむ。

 

「どうして?」

 

「んー?」

 

「どうしてこんなことするの。わたし、あんたに何かした?」

 

「したよ」

 

 マチはどちらかといえばかわいい系の顔つきだ。

 身体も小さく、小学生にまちがえられるくらい。

 愛くるしくて男子だったら思わず抱きしめたくなるくらいかわいい。

 

 その可愛いらしい顔つきが、死体のように白くなった。

 

「ごめん。覚えがない」

 

「だったら、ユズは裸の王様だよ」

 

「どうして」

 

「自分がどんなに恥ずかしいことをしてるのか気づいてないから」

 

「……」

 

 わたしは絶句するほかなかった。

 

 そうまで言い切られると、本当になにかしてしまったのかもしれない。

 

 マチにとっての地雷を踏みぬいてしまったのかも。

 

 気づかずに、空気を読まずに……。

 

 共感と自罰で、がんじがらめになって、わたしはその場に裸で立ち尽くすほかない。

 

 裸だったからというわけではないけれど、身が震える想いがした。

 

 先に降りていくマチたちのあと、わたしは自分の足ではないかのように、ただ無意識に歩みを進める。どうしたらいいんだろう。

 

 マチが何に怒ってるのかわからない。

 

 そんなの友達じゃないって捨てるのが正しいの?

 

 ひとりで生きていくのがつらくて哀しいから『空気』のいうとおりにしてるのに。

 

 なにをまちがったのかを『空気』は教えてくれない。

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 テレビ番組で政治家の偉い人たちが談笑している。

 

「しかし、あー、あれですな。今回のウイルス騒動もとらえようによっちゃいい面もあるかもしれません」

 

「ほう、どういうことでしょう」

 

「たとえば、テロ対策ですな。ウイルスのせいで、みんなほとんど全裸なのでテロのしようもありません」

 

「なるほど、しかし、わたしは逆だと思いますね」

 

「ほう。どういうことでしょう」

 

「例えば、テロが起こるとするじゃないですか。そして、わたしのような政治家がテロに巻き込まれてケガをするわけです」

 

 そこでポンと相方が膝をつく。

 

「なるほど、同情票か」

 

「そのとおりです」

 

「そう考えるとウイルスも悪くありませんな。HAHAHAHA」

 

「まったくです。ウイルスなんてあってもなくてもそれをうまく利用するだけです。HAHAHAHA」

 

 

 

 

 

 ウイルスがあってもなくても世界はまわる。

 

 

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 

 

 痴立満々高校。わたしの通ってる学校。

 

 都内でも有数のマンモス校で、少子高齢化のこのご時世に1000人もの生徒数を抱えている。

 

 いわゆるガラはそんなに悪くもなく良くもなく普通だ。

 

 校門へと続く道をとぼとぼと歩いていると、生徒たちの姿がまばらに見えた。

 

 堂々と前を歩くフルチンの男性。

 

 筋骨隆々のマッチョマンなのに、下はミニマムなかわいらしいサイズの人。

 

 ドラマのように手で上と下を隠す乙女たち。

 

 清楚そのものなのに、下の茂みはジャングルの王者な女王様。

 

 みんな、様々だった。

 

 案外――――、裸が多い。

 

 ていうか、裸ばっかり?

 

 逆に、ほんの二十メートルほど前を行くマチたちのグループのほうが浮いていた。

 

 校門のところには、お局様と呼ばれている齢70近くと噂されているタニガワが垂れた乳を堂々と風塵にさらしながら仁王立ちしている。

 

 そして、捕まった。

 

 タニガワはマチの肩をむんずとつかむと、周りにも聞こえるような大きな声で言い放ったのだ。

 

「あなたは由緒あるこの満々高校で、どうしてそんな破廉恥な恰好をしていらっしゃるのですか」

 

「え、なにいってんかわかんないしー」

 

「どうして服を着ているのかと聞いているのです」

 

「え、服を着たっていいでしょう先生。自粛なんだから」

 

「もちろん自粛ですから自由です。ただし校則は自由ではありません! 逆らうなら退学ですよ」

 

「そんなぁ。横暴だよっ」

 

「いますぐここで脱衣するか。帰宅するかを選びなさい」

 

 しぶしぶながらマチたちは先生に従った。最初から全裸であればまだしも、みんなの見ている前で服を脱ぐというのは、それはそれで一段階上の恥ずかしさがある。

 

 みんなのクスクスとした笑い。ぶしつけな指差し。

 

 それで、マチたちの顔は険しくなった。

 

 わたしが校門を潜り抜ける。それと同時に――、

 

「笑ってるんでしょ」

 

 と、マチから蜂が刺すように言われた。

 

 なにをどう言いつくろっても、もはや友情はおしまいなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 

 

 下校時。

 

 マチたちは服を没収されたわけではないから、校門の先生が見えなくなったあたりで、再び服を着ていた。服を身にまとった彼女たちは、プライドも取り戻したらしく「つーか、タニガワまじ最悪なんだけど」「それな」「校則で人権侵害とかマジうちの学校ごみじゃね?」とか言い合っている。

 

 言葉を回すように会話をして、

 それでマチたちは自分が正当だと確信していく。

 

 わたしはその後ろを、無言のままついていく。

 

 もしも、声をかける機会があるなら仲直りしたい。

 

 なにかわたしに悪いところがあったのなら謝りたい。

 

 電車内。わたしはぽつんと一人立っている。

 

 マチたちは談笑している。

 

 笑い声が響くたびに、胃をギュっとつかまれたような感覚に襲われた。

 

 手を伸ばしたら届くくらいの距離にいるのに、それ以上近づけない。

 

 まるで別世界に住んでるみたいに。

 

「君たち学生かなぁ」

 

 そのとき、朝にも聞いた、あのいかがわしいおじさんの声が聞こえた。

 

 おじさんはハァハァと荒く息を吐きながら言った。

 

「ダメじゃないか。そんなかわいらしい制服なんか着て。ウイルスまみれになっちゃうよ」

 

「何言ってんだよ。おっさん」一番背の高いサクが抗議の声をあげた。

 

「君たちのやってることは、社会に損害を与える行為だよ。わかってるのかね」

 

「わたしたちの裸を見たいだけなんでしょ。変態」

 

「自粛なんだからなにやったって自由でしょ」

 

「そう自粛だよ。自粛! わかってんのかお嬢さんたち。自粛っていうのは自治のルールで解決しなさいってことだ。警察だって見て見ぬふりをするに決まってる。他のお客さんだってそうだろう」

 

 おっさんは電車内を見まわした。

 髪の薄い頭部をふりまわし、イッっちゃった目をしたおっさんは狂人そのもので、みんな関わりたくないから目を伏せた。

 

 それを承認だと勘違いしたらしい。

 

 おっさんは、サクの制服に手をかけると、びりびりと引き裂いてしまった。

 

「きゃああっ」

 

「電車でうるさくしちゃいけないって言われなかったのか! 怒るよ僕は!」

 

 マチたちがおびえたように身体を揺らした。

 

 やがて、おっさんはマチに視線をやった。

 

「あ、君。ちっちゃくてかわいいねえ。小学生とまちがわれない?」

 

「ああわわわわわ……」

 

 震えて動けないマチ。みんなも変態キモおっさんに触れるのは怖い。

 

 私も怖い。

 

 でも――――。

 

「やめなさい!」

 

 わたしはおっさんの前に身を投げ出していた。

 

 大の字に手足を広げ、マチの壁になる。

 

 あけっぴろげな防御力のろくにない壁だけど。

 

 今日、こなごなに友情にヒビが入ったけど。

 

 それでも友達なんだ。

 

 まだ友達を終わらせたくない。

 

「んだよ。朝の僕を無視したやつじゃん。おまえいいよもう来なくて。うざいから」

 

 無造作につかんでくる腕。

 

 それをわたしは、ひっつかみ。

 

 一本背負いを決めた。

 

 裸のおっさんは身を守る防具もなにもなく、硬い床に叩きつけられ、一発で気絶してしまった。

 

 電車内に、なんとはなしにパチパチと拍手が鳴る。

 

「ユズ……」

 

「大丈夫だった?」

 

「わ、わたし怖かった」

 

「うん。うん」

 

 抱き着いてくるマチの身体を、わたしは優しく受け止める。

 

 それで、また拍手が大きくなった。

 

 わけがわからないけど、そういう空気らしかった。

 

 

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 

 

 マチだけがわたしの降りる駅まで着いてきた。

 

 近所のよく遊んだ公園のブランコ。

 

 たぶん、子どものおしりくらいしか乗ってないだろうと思って、わたしとマチは腰かけた。

 

 夕暮れ時は少し寒い。

 

「上着だけ貸すよ」

 

「その下、ブラでしょ。やめとく」

 

「そう」

 

 そして沈黙。

 

 なんか気まずい雰囲気。

 

 言い出すタイミング。

 

 空気。よくわかんなくなってくる。

 

「「あの」」

 

 声が重なってしまった。

 

「「先に」」

 

「「じゃあ」」

 

 三連発のハモリに、私たちは子どものように笑った。

 

「あの……、本当に何がマチを怒らせたのか、わかんなかったの。でも、あんたの友達やめたくないから、教えてほしい」

 

「いじわるしてごめん」

 

 マチはぎこちなく微笑んだ。

 

「本当はたいしたことなかったのかもしれない。本当の本当は――」

 

 言葉が夕闇の中に吸い込まれていく。

 

 それでも、わたしは待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユズが、マチはマッチ棒みたいって言うから」

 

 は?

 

「そんなこと言ったっけ」

 

「言ったよ~~。四年前くらいに」

 

「小学生のころ? 待って今思い出すから……」

 

 あ~。

 

 あったかな。

 

 そういうこともあったような気がする。

 

 小学校のころは、まだわたしたちの羞恥心はそこまで肥大化してなくて、お互いの肌を見るのに躊躇もなかったから、お家でお泊りをしたときにいっしょにお風呂に入ったりもした。

 

 そのときに、マチがあまりにも小さくて、儚くて、触れれば折れそうなくらいだったから。

 

 つい冗談でそんなことを言ったかもしれない。

 

「そっか――――」

 

「ユズちゃん。わたしと違って、どんどん成長するし、膨らんでくし。わたしは子どもみたいな身体のままで。あのウイルスのせいで、みんなに見られちゃうんだよ」

 

「うん――――」

 

「嫌だったの」

 

「ごめん。マチがそんなに悩んでたなんて知らなくて」

 

「わたしは自分の身体が嫌い。みんなが裸になれって言われてもそうしたくない」

 

 しなきゃいいじゃんって言うこともできた。

 でも、空気に逆らえないのは自分も同じだ。

 

「でも、マチはきれいだよ。ちいさくてかわいくて好き」

 

 代替の言葉はあまりにも弱い。でも。

 

「ほんとに?」

 

 返ってきた応答は案外に明るかった。

 あれだけ空気を読んでいるわたしたち。

 それでも、たったひとりの、こんなわたしの言葉だけでいいと言ってくれる人がいる。

 

「ほんとに」

 

「へへ……」

 

 マチは決意のまなざしになると、勢いよく上を脱ぎだした。

 プチプチとボタンをはずし、白いレースの入った大人みたいなブラをとる。

 無い胸。ぺたんこ。あいかわらず変わらない。

 そして子どものようにモチモチしている。

 下も脱いだ。生えてなかった。

 

「マチ、なにもここで脱がなくても」

 

「ウイルスで危ないんだよー。しょうがないじゃん」

 

「そうね。そうかもしれない」

 

「いっしょに帰ろう。あの時みたいに」

 

 手を伸ばしてくるマチ。

 

 わたしはマチの手をとった。

 

 絵面的には姉妹みたいに見えちゃうかもしれないとか想いながら。

 

 

 

 

 

裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸裸

 

 

 

 

 

 それで、一か月後。

 

「えー、緊急痴態宣言は一か月延長の見込みです。皆さんにはさらなる自粛をお願いいたします」

 

 テレビではそんなことを言っていた。

 

 自粛するのはわからないでもない。

 

 わたし自身のため。みんなのため。

 

 そう考えていくと、誰か大切な人のために、みんなが我慢したりするのも必要だろう。

 

 その一方で『空気』に流されすぎるというのも怖いと思う。

 

 もしもわたしが空気に流されていたら、暴漢からマチを救えなかったかもしれない。

 

 そうだとしたら、きっと仲直りもうまくいかなかったかもしれないから。

 

 だから―――――――、そう、わたし達はいつだって決断しなければならない。

 

 間断なく、自分の意思と『空気』を見比べて、どちらが良いかを選択しつづけなければならない。

 

 それで、今日もまた。

 

 わたしはクローゼットの前で悩んでいる。

 

 あなたもそうでしょう。




セックス(御礼)!

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