少女の志は高く、強かった。
だが、少女の精神は幼かった。
そんな少女がとある選択を迫られた。
愛する人の死を受け入れるか。
もしくは
自身のこれからの人生の全てを捧げて、愛する人を死から守るか。
気高く、そして幼い少女が選んだのは当然……
94話です。さあ、いってみよう。
ヒナの誕生日パーティー中ずっと酒を飲んでいた。
今朝の話を忘れるように。
数年後にはヒナとは会えなくなると考えると、パーティーなんか楽しめるわけが無く、酔って現実逃避をしようとしていた。
結果はトイレと
ずっと前のパーティーでゆんゆんの介抱をした俺が今度はされる側になったわけだ。
吐き過ぎのせいで喉が痛くて深夜に起きた。
考えるのは当然ヒナのことだった。
どうしても、何をしてでもヒナを引き止めるべきだ。
そう考えた俺はどうにか出来ないかと考えを巡らせつつ、外に出た。
なんとなくじっとしていられなかった。
考え続けるためにも、二日酔いの気持ち悪さを忘れるためにも散歩に出た。
夜空は透き通るように綺麗で星がはっきりと見えた。
空気が汚れていないからか、それとも街の明かりが少ないからか、なんてことは分からないが日本にいる時より綺麗に感じた。
そんなことを考えて少し立ち止まっていたら、後ろに人の気配がしたので振り返ると、そこにはなんとヒナがいた。
「どうした?良い子は寝る時間だぞ?」
「そっちこそどうしたのさ?こんなところで物思いにふけちゃって。似合わないよ?」
「やかましいんだよこの野郎」
いつもなら寝ている時間だというのに。
「何を考えてたの?」
まるで見透かしたように先に聞いてくる。
俺が似合わないことをやってるからだろうか。
「パーティーで食いそびれた高めの肉をどうやったらまた食べられるか考えてたんだよ」
「食べてたじゃん、いっぱい」
「あー…そうだっけ?」
「うん、トイレに戻してたけど。忘れちゃうほど酔ってたんだね」
「まあ、結局はトイレに
「……最低だよ」
「はいはい」
これで誤魔化せただろうか、なんて甘く考えていたが、ヒナが俺に近付いてきてまた聞いてきた。
「ねえ、さっきの続きだけど、変な顔して何考えてたの?」
「誰が変な顔だこの野郎。別に何でもねえよ。酔い潰れて早めに寝たから変な時間に起きちまったんだよ」
嘘は言ってない。
でも本当のことを言う気もない。
お前のことで悩んでた、なんて言うわけない。
本当に?
表情でそう聞いて来てる気がする。
いつもは猪突猛進で察したりするとかは苦手なはずなのに、どうしてこういう時だけ察しが良いのか。
はあ、とため息が出る。
そうすると、やっぱりみたいな顔になるヒナ。
「名探偵にはお見通しだよ」とでも言いたげだ。
「ごめん…。実は知ってて聞いちゃったんだ。ヒカルが僕のことで悩んでること」
「……おい」
「えへへ、ごめんね」
そこまで察しがいいと思わなくて、おいとしか言えなかった。
「エリス様にでも聞いたのか?それとも天使の素敵パワーか?」
「どっちも違うよ。というかそんなことエリス様にわざわざ聞くわけないし、天使の力なんて使わないよ」
じゃあ、何故わかった?そう思っていると、すぐに答えが返ってきた。
「ヒカルのこと見てればわかるよ。ずっと一緒にいたんだもん。それぐらいすぐにわかるよ」
表情に出過ぎてたかもしれない。
察しの悪いヒナにバレるなんて、大人としてどうなんだ。
少し反省しよう。
まあ、その反省は後にして、バレたのなら仕方ない。
正直に言おう。
「ほら、お前が数年後には天界に行く話があるだろ?」
「……うん」
少し表情が暗くなった。
やはり行きたくないんだろう。
それなら、俺がやるべきことは一つだ。
「俺も一応お前と似た存在みたいだし、もうちょい無理言えば天界に行かなくても済むんじゃないかと思ってさ」
「……」
黙ったままだが、軽く微笑んで俺の言葉の続きを聞こうとしてくる。
その微笑みがあの女神様と重なって見えて、少し目を逸らして夜空を見上げて続けた。
「俺がエリス様に頼み込んでさ。それでダメそうならアクアも巻き込もう。カズマ達に事情を話せば絶対に協力してくれるはずだし…」
「あのね」
黙って聞いてるかと思えば、ヒナが遮ってきた。
どうした?首を傾げて聞くと、
「僕ね、天界に行くよ」
そんなバカな答えが返ってきた。
「お、おいおいおいおい。お、お前何言ってんだよ?」
あまりの動揺に言葉が出て来ない。
行きたくないって、言ってたじゃねえか。
俺に泣きついてきたじゃねえか。
さっきの表情もそう物語ってたじゃねえか。
ヒナの表情は少し悲しげだが、目は真っ直ぐだった。
少しも迷ってないような、そんな覚悟を決めたような。
「お前、変な正義感出してんじゃねえよ。アレだろ?エリス様にいろいろな事情を言われて舞い上がっちゃったんだろ?そうなんだろ?」
「ううん」
そう言って首を横に振る。
「行かなきゃいけないって言われて、はいそうですかで俺達とお別れするってか?俺はそんなんで納得しねえよ。ふざけんなこの野郎!」
俺は自然と拳を強く握り、怒鳴っていた。
そんな俺を見たヒナは悲しさが増して、少し困ったような表情になった。
「うん、僕ね。ヒカル達やお父さんやお母さんとお別れするのだけは、怖くて、悲しくて、嫌かな」
じゃあ答えは一つだろうが。
何をトチ狂ってんだこいつは。
「だったら行かなきゃいいだろうが!俺がなんとかしてやる!何してでもエリス様を説得してやる!言っておくが、強請るネタはたくさんあるからな!だから…」
「それでも行くよ。やらなきゃいけないことがあるんだ。」
覚悟を決めた顔ではっきりとそう言った。
ふざけるなよお前。
なんでだよ。なんでそうなるんだよ。
「それはなんだ?俺達といるよりも大事なことか!?家族を放り出してやらなきゃいけねえってのか!?」
「……そうだよ」
なんなんだよ、お前。
わけがわからない。
別れたくないって泣いたのは何だったんだよ。
「……なんだよそれ。何がしたいってんだよ」
「それは、言えない」
「……」
「……」
「……ああ、そうかい!勝手にしろこの野郎!」
どうして。
なんで。
そんな疑問で溢れ返って、俺はガキみたいに怒鳴り散らした。
この時から俺はヒナのことがわからなくなってしまった。
だって、そうだろう。
喧嘩しようが取っ組み合おうが、一緒にいることだけはやめなかったのに、何が原因で自ら離れると言い出したのか全くわからなかった。
俺はこの一件からヒナを避けるようになり、その次の日にゆんゆんから死んだこととか無茶したこととかをまとめて怒られて泣かれた後に、ゆんゆんとの時間を一週間ほど作ることを決めた。
まるでヒナから逃げるように。
別に嫌いになったわけじゃない。
ただヒナは変わってしまったように思えて仕方がなかった。
ゆんゆんとの時間が終わり、帰ってきてからは前と同じ生活に戻った。
ヒナの態度が少し変わったり、ヒナと二人でいることは避けていたが、それ以外は前と変わらない。
「僕といるのそんなに嫌なの?」
「違うつってんだろ」
「じゃあ何でそんな不機嫌な顔なの?」
「……アクシズ教徒のおかげで飯食ってねえのに、お前が俺を連れ回すからだよ」
「あれ、食べてなかったの?ヒカルのことだから食べてると思ってた」
「お前食ってたの?」
「うん。いろんな人が僕にくれたんだ。断ったんだけど、みんな無理矢理渡してくるから」
……餌付けされてたな。
ヒナはこの街の人達にかなり好かれている。
エリス教のアークプリーストとしても。
この街のマスコット的な存在としても。
エリス教のアークプリーストってだけで居るだけでありがたがられるのだが、ヒナの人の良さでも人を惹きつけている。
怪我を無償で回復したり、様々な奉仕活動や危険なクエストを受けたりで教会や街に貢献してきたのだから当然と言えば当然だ。
だが、やっぱり幼さも目立つ。
恐らく国の中で最年少のアークプリーストで多くの才能に恵まれているせいで、そのことを気に入らない大人もいる。
その大人にケチを付けられ、割とすぐ怒るヒナは喧嘩になることも珍しくはなかった。
まあ、そのケチを付けてくるような大人は極小数で、それ以外の大人は孫のように接してきたり、アークプリーストとしてありがたがったりするのがほとんどだ。
だからヒナは警備の途中に屋台の側を通り、みんなから餌付けされたのだろう。
「僕はお腹いっぱいだし、祭りの分お小遣い多めに持ってきたし、奢ろうか?」
「んじゃあ頼むわ」
「何がいい?」
「肉がいいな」
「また肉?野菜も食べなよ」
「野菜は動くせいか苦手なんだよ」
「僕もニホンの方の知識を知ってるから言えるけど、動かない野菜なんて不思議なものもあるもんだね」
動く野菜の方が摩訶不思議なんだよ、こっちは。
聖歌隊のエリス様を讃える歌に、エリス様に感謝する言葉と乾杯の音頭がそこら中から聞こえてくる。
笑顔で献身的に酒を振る舞うエリス教徒達に楽しむ人達を見ると、祭りの警備をやってよかったと少しだけ思った。
「いいから受け取れこの野郎」
「いえいえ、それはヒナギクさんにお渡しした物で…」
「だから、こいつは腹一杯なの。今買おうとしたのは俺の分なの」
「でしたら『エリス教の狂戦士』さんに…」
「その呼び方やめろこの野郎。もうここに金置いてくからな。じゃあな」
「あ、ちょっと!困りますよ!」
屋台に金だけ置いて、呼び止めてくるのは無視してヒナを連れて足早にそこを離れた。
ヒナと屋台を回って、食いたいものを見つけたのでその屋台に行くと、ヒナを見た屋台のおっさんはヒナに一つ商品を渡してきた。
お代は結構です、そんなわけには、と言い合っていたがヒナが根負けしてきたので俺が割って入ったが、それでも屋台のおっさんの意見は変わらなかったので無理矢理金を置いてきたのが先程のやり取りの内容だ。
普段ならラッキーとでも思って受け取るところだが、この祭りの屋台の商品を無償で受け取るのは気が引けた。
「ねえ、何で無理矢理お金を渡してきたの?ヒカルなら受け取ると思ったんだけど」
「俺は別にあの人に感謝されるようなことはしてないし、それにエリス教の屋台はほぼ材料費のみの値段設定にしてるんだろ。利益がなかなか出ないのに無料で渡してたら赤字だろ」
もちろん働いた人にお金が出るようにはなってるのだろうが、それにしてももう少し利益の事を考えてもいいと思う。
エリス様もここまでしろなんて言わないし、そもそも思ってもないだろうに、『エリス教徒なんだから当然』みたいな面でヒナ達は頑張っている。
宗教的な考えに口を挟むことはこの前してしまったし、これからはあまりしないようにする予定だ。
だから俺がしてやれるのはこうして手伝うことや、出すもんは出してやるぐらいだ。
「……ヒカルってたまに大人だよね」
「たまにじゃなくて、大人だよ馬鹿野郎」
大人だとヒナに言ったが、俺は多分ガキみたいな考え方しかしていない。
バカ真面目な奴が頑張って、何も得られないのは嫌だ。
頑張った分報われて欲しい。
「ヒカル?」
それがその通りならないのはよくある事なのだが、俺はやっぱりそう思ってしまう。
「ねえ」
でも、そう思ってしまうのは俺が
「ねえってば」
頑張っても何も得られなかった間抜けに成り下がったからだ。
「ヒカル!!」
「うわ、なんだこの野郎!?」
ヒナの大声で飛び上がってしまった。
「なんだ、じゃないよ。さっきからずっと呼んでるのに、返事してくれないからだよ」
「ああ、悪い。なんだ?」
つい昔のことを思い出してしまった。
「もしかして体調悪いの?それともまだ怒ってるの?」
……。
「ヒカル?」
「ちょっと考え事してただけだ。次はどこ行くよ?」
あの日の夜みたいにガキのように怒鳴りそうになるのを必死に耐えて、話を逸らした。
「……まだ怒ってるんだね」
俺はこの時いろんな感情や思いが吹き出して、何を口に出していいかわからなくなった。
ごちゃ混ぜになった気持ちの中で、確実に言えるのは、この時一番強く感じた感情は怒りだということだ。
「うるせえ」
「……」
「もう今日は終わりだろ?先に上がるから、あとはよろしくな」
「ヒカル…」
一方的に言って、ヒナに背を向けた。
寂しそうに俺の名を呼ぶヒナの声がやけに俺の耳に残った。
まずはお詫びを。
前回の後書きで『支援絵とおまけ』のところでもう一枚絵が見られると書いたのですが、完全に貼り忘れておりました。
大変申し訳ありません。
今は見られるようになってますので、良ければ見に行ってください。