111話
「ふう……」
沢山の買い物袋を抱えていたが、流石に限界になったので、軽く下ろして休憩した。
俺達が今いるのは、紅魔の里だ。
今も訳が分からないが、エリス様が言うには突然ニホンが崩壊し、三人を抱えたヒナが紅魔の里近くに落ちたのを、偶然見かけたあるえちゃんやねりまきちゃんが救助してくれたらしい。
それからゆんゆんのご実家にお世話になっているのだが、世話になっている以上何かしないと申し訳なかったし、ゆんゆんの両親といるのはなんとなく気まずかったので、こうして買い出しを手伝う事になったのだ。
「ヒカル、大丈夫?」
「ゆんゆん、来てくれたのか」
「うん。あのね、ヒカル。あまり手伝うこととか気にしなくていいと思うわ。今の体に慣れないんでしょ?」
「まだアクセルに帰れそうにないし、これぐらいはしないと落ち着かねえよ。体の方も、いつまでも慣れないなんて言ってられないし」
ニホンから出られたというのに、俺達三人の体は未だ中学生の頃のままだ。
身長は少し縮んでるし、体の力も上手く使えない。
色々と不便なことから、状況説明の際にエリス様に俺達の体を戻せないかと聞いてみたのだが、エリス様も難色を示していて、現在調査中だ。
調査前のエリス様の意見としては、ゆんゆんは戻せそうで、トリスターノは難しく、俺に至っては不可能だと言われた。
流石に十年分体をいじるのは難しい、というよりは体への負荷やリスクが高いらしい。
この状況下で冒険者稼業が出来るわけもなく、若返った状況を説明するのも面倒なため、俺達はエリス様の調査が終わるまではしばらく紅魔の里に居座る事になった。
「半分持つわ」
「いや、俺がどうしても持てない分だけで……」
「いいから。それにそろそろ帰らないと、ヒナちゃんが起きて大変な事になるわよ?」
「よし、半分持ってくれ」
「持つんだけど、何かこう、私としては複雑な気持ちなんだけど………」
ゆんゆんに買い物袋を半分ほど持ってもらい、俺達は軽い急ぎ足で帰路に着いた。
紅魔の里はそこまで広くもなく、大した時間も掛からずにゆんゆんの家に戻ってこれたのだが
「うわあああああああああん!!!!パパああああああああああ!!!!」
時既に遅し。
隣の隣の家にも聞こえるであろう大音量の泣き声が聞こえてきた。
俺は慌てて家に入ると、買い物袋を置いて、すぐにヒナの元へと向かった。
「ヒナ!今、帰ったぞ!」
「パパっ!?パパあああああああ!!!」
わんわん泣いていたヒナは俺を見た瞬間に、俺へと駆け出した。
俺はしゃがんで、とてとて走ってきたヒナを抱き止めると、がっしりと俺の服を掴み、またヒナは泣き始めてしまった。
「どこいってたのパパああああああうわあああああああああん!!」
「ごめんごめん、ちょっとお買い物にな」
「やだ!!おいてかないで!!」
「もう置いてかないからな。よしよし」
舌足らずに話すヒナを抱きしめて頭を撫でてやると、少しずつ落ち着き、泣き止んでくれた。
少し経つとトリスターノが見計らったように話しかけてきた。
「すみません、私ではどうにも泣き止んでくれなくて」
「いや、俺が買い出しに行ったのが悪かったよ」
「いえいえ」
「もう、ヒカルってば置いてかないでよ!ああ、でもヒナちゃんは泣き止んだみたいね、よかった」
文句を言いながら遅れてやってきたゆんゆんがヒナの状態を見てほっと息をついていた。
最近はヒナの世話が大変だが、上手くやっている。
恋人のゆんゆん。
親友のトリスターノ。
娘のヒナ。
俺達はやっと元の関係に戻れて……
「いや、戻れていませんよねこれ」
………。
「トリスターノ、お前さ。俺のモノローグにツッコミ入れるんじゃねえよ。世界観がおかしくなるだろうが」
「いや、既におかしくなってるんですよ。ニホンのこととか、ヒナさんの幼児退行とか」
「ニホンのことはともかく、ヒナは子供なんだからしょうがないだろ。何言ってんだお前は」
「リーダーこそ、何を言ってるんですか?正直いつまでボケが続くのか見守ってましたが、そろそろ終わりにしましょうよ」
ボケとか何言ってんだこいつ。
これだからイケメンは。
「お前、少し疲れてるんじゃないのか?ニホンでのこともあるし、今のうちに休んでおけよ」
「ええっ、私が変わり者扱いなんですか!?」
こいつ、自分が普通だとでも思ってるのか。
なんか様子がおかしいし、ヒナには近付かせないようにしておくか。
「トリタンさん、疲れてるなら本当に休んで大丈夫よ。ヒナちゃんは私達が面倒を見るから。ほら、パパにばかりくっついてないで、ママの元に……」
そう言ってゆんゆんがヒナへと手を伸ばしたその時。
パシンと乾いた音が響き、
「ゆんゆんはママじゃない。触らないで」
やたら流暢に喋るヒナの声が続いた。
ヒナが俺に抱っこされたまま振り向き、ゆんゆんの手を叩いたようだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
空気が死んだ。
四人全員に沈黙が訪れて、俺はどうすればいいか考えていると、ゆんゆんが最初に動いた。
「………なるほどね?そうね、そうだったわ。何故だか分からないけど、ヒナちゃんが娘のように思えて仕方なかったのは、きっとヒナちゃんがニホンの時のようにまた何かをしたからね?それで記憶がないフリしてるんでしょう?いい加減ヒカルから離れなさい!」
「やだあ!!パパたすけて!!!」
抱っこしてる俺から取り上げようと、ヒナの脇の下を持つゆんゆんだが、ヒナも徹底抗戦の構えで俺の耳と髪の毛を力の限り掴み……
「痛い痛い痛い痛い!ま、待てゆんゆん!一回落ち着けって!」
「ヒカルこそ一度冷静になって考えてみなさいよ!ヒナちゃんはこんな小さな子供でもないし、娘でもないでしょ!?私達の関係を思い出して!」
……そ、そう言われてみれば、何か変だ。
そ、そうだ!ヒナは……
「パパぁ?」
俺の娘だ。
「ゆんゆん、子供相手に大人気ないだだだだだだだ!!」
俺が冷静に言って聞かせようとしたら、ゆんゆんが引っ張るのを再開してきた。
「早く手を離しなさい!自分にも他人にも厳しいヒナちゃんはどこに行っちゃったの!?甘えてばかりいないで、ヒカルを返しなさい!」
「やだ!!パパはぼくの!!」
「ゆんゆん!ま、マジで一回ストップ!俺の耳と髪が大変なことになってるから!おいいいいいいい!ト、トリスターノ!お前も見てないで助けてくれよ!」
「そう言われましても……」
そう言ってトリスターノが苦笑した。
トリスターノの機転により、トリスターノが連れてきたりんりんさんに『スリープ』の魔法をかけてもらいヒナを眠らせた。
そして俺は新事実を知った。
ヒナは俺の娘じゃなかったのだ。
なんという事だ。
「ヒカル?まだ正気に戻ってないの?ビンタする?」
「い、いや、大丈夫ですはい」
ゆんゆんが睨んできながら手を振り上げて来たことに、恐怖を感じて思わず敬語になってしまった。
状況を整理しよう。
ヒナは俺の娘じゃない。
俺の仲間で、家族だ。
今回の騒動の原因はヒナだが、まずはそれを置いておこう。
今のヒナに何かを言ったところで意味はないだろうしな。
今のヒナは体も心も幼児になってしまっている。
見た目的には二〜三歳ぐらいの子供になってしまっていて、中身も体と同じように幼くなっていた。
エリス様が言うには、限界を超えるダメージを負ってしまったせいでヒナが幼児退行してしまったそうなのだが、それも俺達の体のことと同様に調査してもらっている。
俺が小さなヒナを見て、娘だと思い込んでしまったのは、ヒナが俺のことを父親呼びしてくるのとエリス様が心酔するヒナの可愛さ、それと庇護欲が原因だろう。
ヒナのことを完璧に娘だと思ってしまっていたことを考えると、エリス様をおかしく言うことがあまり出来なくなりそうだ。
今回の騒動『ニホン』で起こったことはわかっていない。
俺がヒナに勝負を挑んだあたりまでは覚えているのだが、俺が脳震盪で意識を失くしていたとを考えると多分負けてしまったのだろう。
あるいは『ニホン』の崩壊は俺が勝ったからなのかもしれない。
俺がヒナに勝ったあたりで、たまたま外からめぐみんの爆裂魔法を当てられて崩壊したとか。
そう考えると、突然『ニホン』が崩壊したこともヒナがダメージを負っていることも説明がつくのだ。
わからないことを考えても仕方がないか。
ヒナが元に戻れた時に、何があったのかを聞くしかない。
俺が意識を回復した頃には、紅魔の里にいて介抱されていた。
脳震盪で前後の記憶が無くなっているせいで、俺はかなり混乱したものだ。
ヒナは幼児になって俺に抱きついて離れないし、ゆんゆんやトリスターノもどういうわけか記憶を取り戻しているし、『ニホン』でのことも覚えているせいで、俺と同じく二人も状況がわからずに混乱していた。
俺達が目を覚ました日の夜に、エリス様からコンタクトがあり、状況確認や情報交換をして、更に色々と調査をしてもらう事になって、今に至る。
それから約一週間が経ったが、未だエリス様からは何も無い。
「ヒナさんは元に戻れるのでしょうか?」
「なんとかなる、と思いたい」
トリスターノがすうすう寝ているヒナを眺めて言ってきた質問に、俺は自信無く答えた。
エリス様もヒナのような前例を知らないらしく、戻れるかわからないと言われた。
戻れなかったら私が引き取りますと言ってきたので、全力で無視した。
のは、どうでもいいか。
「ですね」
「私もヒナちゃんには元に戻ってほしいわ。言いたいことが山ほどあるもの」
ゆんゆんはかなりご立腹だ。
ニホンでの扱いや記憶を消されたことなど、親友としても我慢ならないらしい。
ヒナには早く元に戻ってほしいが、ゆんゆんの機嫌がもう少し落ち着くまではそのままでいた方がいいのかもしれない。
「話は変わりますが、エリス様から何かありませんでしたか?」
「いや、何も無いな。あの神様も一応神様だから忙しいだろうし、まだ調査に時間がかかる可能性はあるぞ」
「そうですか。困りましたね……紅魔の里の長閑な雰囲気も嫌いではありませんが、私達が出来ることは少ないみたいですし、暇を持て余してしまいますね」
「モンスターの討伐でも行く?……報酬は無いけど、モンスターの毛皮とかの素材を売れば、一応お金にはなるわ」
「それがいいかもしれないんだけど……」
「残念ながら装備がありませんからね」
俺達の装備は多分アクセルにあるのだろう。
姿もそうだが、服装なども俺達はニホンの中学生のままだった。
「私、仕送りしてた分を少しお小遣いに貰ったからそれで装備を……」
「いやいや、それは……」
「流石にな」
「で、でもせっかく紅魔の里に来てるのに、みんなが暇そうにしてるのを見てるとなんか申し訳無くて……あっ、そうだわ!買った装備の分、討伐したモンスターの素材のお金で、私に返してくれれば特に問題無いと思うんだけど、それならどう?」
まあ、返せればいいかな。
ゆんゆんもなんだか落ち着かないみたいだし、体を慣らす為にも、モンスターの討伐でもしてレベル上げたり小銭稼いでる方がいいかもしれない。
そう思った俺達はヒナをりんりんさんに預けて、装備を買うべく里の商業区へと向か──
「おや、三人とも。もう落ち着いたのかい?」
「こんにちは、どこに行くの?」
おうとして家を出た時に現れたのは、あるえちゃんとねりまきちゃんだった。
「こんにちは。二人とも、この前は助けてくれてありがとうな」
「本当にありがとうね」
「ありがとうございました」
俺が礼を言うと、二人が続いて礼を言った。
「いいよいいよ。恩返しが出来てラッキーだったしね」
「偶然見かけたからね。まあ、どうしてもお礼がしたいと言うのなら、どうして若返っているのかとかを詳細に語ってくれるだけでいい。さあ、さあ!」
あるえちゃんは手早く懐からメモ帳とペンを取り出すと、興奮した様子で俺達に迫ってきた。
「はーい、落ち着こうね」
そんなあるえちゃんをねりまきちゃんが抑えようとしてる姿を見るに、本当に仲が良いみたいだ。
「あー、悪いんだけど、まだ思い出せないことが多くてさ」
正直言って上手く説明出来る気がしない。
とりあえず誤魔化す事にした。
嘘は言ってない、気がする。
「だって。諦めよ、あるえ」
「むぅ……でも、思い出したら絶対に教えてほしい」
「約束するよ」
俺がそう言うと、あるえちゃんはメモ帳とペンを仕舞った。
あるえちゃんがメモ帳とペンを仕舞うのを見届けた後、ねりまきちゃんが俺に話しかけてきた。
「ところで、どこに行こうとしてたの?」
「ああ、ちょっと暇でさ。装備を調達して、モンスターの討伐に行こうと思っててさ」
「討伐か……」
「……」
俺がねりまきちゃんの問いに答えると、何故か二人とも気まずそうな雰囲気になった。
「えっと、二人ともどうしたの?」
ゆんゆんが尋ねると、あるえちゃんはねりまきちゃんにアイコンタクトを取り、頷き合ったあと、重い口を開いた。
「………実は、まだ君達に話していないことがあってね」
「話していないこと?」
「うん……本当は三人が目を覚ました時にそのまま報告しようと思ってたんだけど、そんな状況じゃなかったしさ」
ねりまきちゃんも少し言いづらそうだ。
俺達が目を覚ました時は、状況が分からず軽いパニックになっていたから、何かあっても話すことは難しいだろうな。
「それで、その話していないこととは?」
「……君達を見つけた時は、とにかく驚いてね。見覚えのある人達の年齢が若返ったりしてたりとか、空から落ちてきたことかね」
「それでね、三人とも見知った顔ではあるんだけど、一応冒険者カードを確認する事にしたの。冒険者カードは嘘をつけないし」
まあ、それはそうかもしれない。
別に見られて困るものではないし、それぐらいは全然構わないのだが、間違って冒険者カードを操作してしまったとかだろうか。
それならこの二人が気まずそうな雰囲気になるのもわからないでもない。
「冒険者カードの身元確認は問題は無かったんだ。君達だってことは確かに驚いたけど、君達だということがちゃんとわかったからね。問題は、身元以外なんだ」
あるえちゃんの言葉にハッとした顔になったトリスターノは急いで自分の冒険者カードを取り出した。
「こ、れは……」
「う、嘘でしょ!?」
ゆんゆんも冒険者カードを取り出していたのか、自分の冒険者カードを見て、驚きの声を上げた。
「な、なんだよ一体……?」
「多分だけど、君達の今の状況も関係していることだと思う」
あるえちゃんから言われながら、俺は恐る恐る冒険者カードを取り出した。
そこには俺の名前や年齢、ステータスなど様々なことが書かれているのはいつも通りだ。
だが、何もかもが変わっていた。
ステータスはまるで病人か、呪いをかけられているように低い。
スキル項目の欄は、何も書かれていない。
所持スキルポイントは0。
職業の項目は『冒険者』。
レベルの項目は1と書かれていた。
……………………。
「は?」
脳が理解することを拒否して、何かが間違っているんだと思い、俺は冒険者カードを裏返したり、目を擦ったりしてみたが、特に何も変わらない。
汗が噴き出して、心臓の鼓動が周りに聞こえているんじゃないかと思えるぐらいに高鳴り、呼吸が上手く出来なくなった。
俺は縋る思いで、あるえちゃん達を見ると、どこか同情のような視線を向けられた。
「……悪戯とかじゃないよ。身元を確認しようとした時にはそうなっていたんだ」
「これは私の推測なんだが、体が若返っているのと同じように、
そんな、馬鹿な。
「……その推測は多分当たりですね」
トリスターノがそう言ってきたので、振り返ると冒険者カードを見せてきた。
「私はアーチャーの職に戻っています。レベルはそこまで上がっていません。私がこの年齢の頃はまだ実戦訓練を始めたばかりでしたから、当時の冒険者カードに戻っているという推測は当たりかと。ゆんゆんさんはどうですか?」
「わ、わ、わたしは……」
ゆんゆんは愕然としたままで、あまり話せそうにないのを察してか、あるえちゃんが続いた。
「ゆんゆんは冒険者カードを作って間もない頃だろうね。学校に通い始めたばかりさ。スキルポイントは多少あるみたいだが、その……」
「すきるがなにもない……」
ゆんゆんはそう言うと、へなへなとへたり込んだ。
マジかよ、ゆんゆんのスキルが……?
じゃあ、俺のカードがこうなっているのはもしかして……。
「おにーさんはまだその年齢の頃は、冒険者になってなかったんじゃないかな。だから、その、ええっと……」
ねりまきちゃんが言いづらそうにしているのに、答える気力は無かった。
まじかよ、くそ。
また俺は、守ってもらってばかりの頃に逆戻りかよ。
8章に入りましたが、まだ七章の傷痕は残ったまま。
ヒナギクの幼児状態の詳細とかは次回で。