体に仕込んであるワイヤーを使って脱出!……なんてことが出来るのフィクションの中ぐらいなんだろう。
エリス様から貰ったテレポート装置も今は没収されたポーチの中にあり、支援魔法の切れた俺では牢屋を素手で破壊するのも難しそうだった。
フォークも無ければ、ケチャップも無いし、大事な時に腹を下す間抜けな見張りもいない。
そもそも俺は伝説の英雄ではない。
どうしようもない程の平凡な人間でしかない。
まあ、なんだ。
つまり。
詰んだ。
即死刑、なんてことはない、はず。
無理矢理テレポートで飛ばされたことを必死に伝えるぐらいしか俺には思い付かなかった。
───牢屋に入って、どれほどの時間が過ぎただろうか。
二人分の足音が聞こえてきた。
俺は牢に齧り付くようにして、その二人が来るのを待った。
少しでも自分が助かる可能性を増やそうと足りない頭を振り絞って弁明する言葉を考えた。
そして二人が現れて、俺の思考は止まった。
一人はルンルン気分で、後ろのもう一人は心底嫌そうな顔をして、俺の牢屋の前までやって来た。
ルンルン気分の一人は見覚えがある程度の、もう一人の不機嫌全開な方はトラウマを思い出す。
「………ぷ、ぷふぅ!」
「………」
ルンルン気分できたと思いきや、俺を見るなり指をさして吹き出した。
もう一人はゴミを見るような目を向けてくる。
「あはははははは!あーっはっはっはっ!ほんと君何でそんなことになるの!?面白すぎるんだけど!あはははははは!」
「………」
「………」
閉じられた空間のせいか良く響く笑い声。
不思議と心地の良い声に感じるのだが、牢屋の中にいる俺を見ながら腹を抱えて笑ってくるのは流石にイラッとする。
とはいえ、俺からはどうすることも出来ない。
最低限の衣服しか身につけていない俺は牢屋の中だし、向こうは杖を持った魔法使いに、全身鎧の最強無敵の存在だ。
金と銀。
どちらも目が眩む程の美人なのに、心は全く躍らない。
どうすればいいかを考えてはいるが、どうしようもない状況に思考停止が続くばかりであった。
「マーリン、貴様いい加減にしろ。帰るぞ、私は」
「いやいや、待ってくれたまえよ。アルトリウス、我が王よ。私の言った通りじゃあないの。『面白い』だろう?」
「貴様の感性を押し付けるな。まさか貴様みたいな碌でなしが、人と同じ感性をしていると思っているのではあるまいな?」
「酷い言い草じゃあないか。何はともあれ、素直に面白いと認めたまえよ。君が視た『未来』に関わる彼が偶然にも此処に飛ばされてきたんだから」
「貴様……」
人をからかうような態度で、睨まれても自身のペースを崩さない銀髪の女性はアンブローズ、いや、マーリン。
ニホンで記憶を操作された際に、何故か助けてくれた。
トリスターノからは「これ以上は絶対に関わらない方がいい」と言われていたのだが、目の前にいるし、なんだか俺の話をしているように聞こえる。
マーリンを睨んでいるのは、騎士王アルトリウス。
グレテン王国の王にして、戦場無敗の存在。
かつてトリスターノ達を逃すため、命のやり取りをした相手だ。
その時は俺が負けたというのに、何故か殺されずに済んだのだが。
「アルトリウスがすでに名前を言ってしまっているし、どうせトリスタンの奴から私のことは聞いているんだろう?改めて自己紹介をしよう。私の名はマーリン。グレテン王国専属の魔法使いさ」
「……ええっと、俺は」
「いやいや、知っているとも。ファンだからね。でも普通は手助けなんてしないはずなのに、これで三度目だ。もう少し賢く動いてほしいものだよ。まあ、君が賢いムーブするとか解釈違いだけどね」
一応名乗られたので、名乗り返そうとしたら阻まれてしまった。
ファンとか、確か前に夢で会った時もそんなことを言っていた気がする。
だが、それよりも気になることがあった。
助けるのは三度目だ、と言った。
今回も助けてくれるのだとしたら嬉しい限りなのだが、ニホンの時と今回で二度目なんじゃないか、そう思った時、彼女は口を開いた。
「ああ、君は知らないのだったね。ほら、そこの彼女。アルトリウスと君がバトった時の話さ。君は負けて、殺されるはずだっただろう?それを私が止めたということだよ。どうだい、感謝してくれてもいいよ?」
「ありがとうございます」
それは素直にお礼を言うしかない。
まさかあの時生きて帰れたのは、マーリンが助けてくれたからだったとは。
「わあ素直。アルトリウス、君もこうあるべきだ。つんけんした態度で神器を振り回してるだけじゃ人は付いて来なくなるものさ」
「黙れ」
「わあ怖い。君は力を持っても、ああはなってはいけないよ。にしてもやっぱり面白いな君は。ランダムテレポートされて生きてるなんて相当幸運なんだぜ、君」
「こんな敵地のど真ん中でも?」
「そうだよ?ランダムってマジでランダムなんだぜ?空間が繋がってればどこにだって飛ばされる可能性があるんだ。海や湖の底かもしれないし、地面の中かもしれないし、数百メートル上空に飛ばされたりするかもね」
皮肉を返したら、とんでもない事実が返ってきた。
俺が飛ばされた後に普通に立ってたのは、めちゃくちゃ運が良かったのか。
「いやあ本当に楽しませてくれるよ。ファンとして本当に嬉し……いや待てよ、これもしかして『ムードメーカー』の力かな?無意識的に君に惹かれるようになってるのかも。それとも君自身が面白いのかな、どっちなんだろうね」
知るか。
俺としては最早『ムードメーカー』のことは考えないようにしてるんだ。
だって、目に見えるような能力じゃないのだし、あるか無いかもハッキリとしないような能力なんだから。
「おい、マーリン。無駄話ばかりするのなら帰るぞ」
「おっと、ごめんごめん。話が逸れたね。ところで彼の処遇はどうするんだい?」
「っ……!」
「………」
そんな軽いノリで俺の今後のことを聞かれるとは思わず、俺は息を呑んだ。
アルトリウスはすぐに答えを出さず、俺を冷たい視線で見てくる。
即答しないことが、ほんの少しだけ意外に感じる。
マーリンが面白がって助けてくれるのは、まだ分かるにしても、この騎士王はすぐに俺を処分しても構わないはずなのだから。
「貴様、何故若返っている?」
唐突にそんなことを尋ねられて、俺はすぐに答えられなかった。
死刑とかなんとか処分を言ってくるかと思っていたが、何かを尋ねられるなんて思ってもみなかった。
「神のいたずら、みたいなものさ。そこまで深く考えなくていい。君の視た『未来』に関わりは無いとも」
俺が答えあぐねていると、マーリンが代わりに答えた。
『未来』というワードが出てくるのは二度目だ。
そのワードが出る度に騎士王の機嫌は目に見えて悪くなるのも、なんとなく分かってしまった。
「……血の繋がった家族はいるか?」
「……え?」
またもや唐突な問い。
俺がすぐに答えないことにイラついたのか声を荒げてくる。
「答えろ。血の繋がりがある者がいるかと聞いている。親、兄弟、子供、なんでもいい」
「い、いない。この世界にはいない。子供もまだだ」
「……………ちっ」
何が気に入らなかったのか、舌打ちが返ってきた。
困惑する俺にくすくすと笑い始めるマーリンに更に機嫌を悪くする騎士王。
「残念だねえ。まだ彼を殺すわけにはいかないわけだ。まあ、この私に任せてくれたまえよ。私の気まぐれで彼を逃したことにすればいい。実際にそうするわけだしね」
『まだ殺すわけにはいかない』。
先程から俺の重要な話をサラッとしないでほしい。
「ふん、好きにしろ」
「え、おいおい、帰る気かい?」
踵を返す騎士王に軽く驚いた様子で尋ねるマーリン。
会話の流れ的に、見逃してくれるのか?
「暇を持て余した奴に任せる。私は忙しい」
「おや、いいのかい?私が色々と喋っちゃうかもしれないよ?」
「どうせ貴様は勝手にペラペラと話すだろう。だから『好きにしろ』と言ったのだ」
振り返りもしないで、そう言った騎士王は去っていった。
助かったのはいいのだが、正直わけがわからない。
置いてけぼりもいいところだ。
俺は困惑したまま、マーリンへと顔を向けると微笑んできた。
「マーリンお姉さんに任せなさい。君が聞きたいであろうことに、だいたいざっくりと良い感じに説明してみせよう」
本当に頼っていいのか少し不安になったが、頼らざるを得ないので、俺は説明を促すためにも頷いた。
ヒカルの心身の成長により、『ムードメーカー』が強化されています。
ざっくり説明で、近くにいる仲間を強化、というものですが、距離の概念が無くなりました。
仲間であれば強化するようになっています。
ちなみに世界を超えても作用します。