さあ、いってみよう。
ヒナギクはヒカルから読み取った記憶から、女神エリスの犯行現場やその他もろもろを目撃した。
ヒナギクはとうとう女神エリスの本性を知ってしまったのだ。
ヒナギクからすれば、今まで敬愛し信仰してきた神に裏切られたようなもの。
女神エリスは一番守りたい存在を手に掛けようとする敵に他ならず、記憶を読み取った後すぐに家を飛び出してきてしまったのは仕方のないことだろう。
「……それは、えーっと、なんというか勘違……」
「誤魔化そうとしても無駄です。僕は『全知』の力でヒカルの記憶を知識として読み取っているので」
「ええっ!? 『全知』の力ってそんなことまで出来るんですか!?」
「出来ますが?」
「うそ…………うちの子、天才すぎ」
手で口を押さえて、驚愕に染まるエリス。
だが、そんなちょっとしたギャグの空気に流されるヒナギクではなかった。
「詳しく、説明してください」
「え、えーっと」
「今、僕は冷静さを欠こうとしています」
「ひえっ……わ、わかりました。説明しますので、どうか落ち着いてください」
包丁を突き付けられているかのような圧力に流石の女神エリスも怯えはじめる。
ヒナギクなら何でもいいと思いがちのエリスも流石に身の危険を感じ取り、殊勝な行動を取ることにしたようだ。
「エリス様次第です」
「は、はい、そうですね。まず始めに言っておきますが、私がヒナギクのことを大事にしていることだけは覚えておいてほしいのです。ヒナギクは幼少のころから、それはもう可愛くて可愛くて……」
「…………」
「ご、ごめんなさい! 謝りますから、無言でシャドーボクシングをするのはやめてください! 体を温めないでください!」
「早くしてください。僕の拳がそちらに向かう前に」
「ひえっ……」
それからエリスは語った。
どうしようもなく不安であった、と。
ヒノヤマからほとんど出たことがないヒナギクが一人旅をすることは事前から決まっていたことなので心の準備が出来ていたものの、まさか何処の馬の骨ともわからない男……それも二人と同じ屋根の下で暮らすことになるとは思いもしなかった、と。
「それで天界に保存されている聖剣ジュワユーズを取り出したと? それを人に振り回したと?」
「あの、その……」
「神として恥ずかしくないんですか?」
「うっ……」
自然と正座している女神エリスは冷たい視線を向けてくるヒナギクから目を逸らした。
エリスも当時はヒナギクに
「エリス様が僕を大事に思ってくださっていることはよく分かりましたが、僕に対する愛情が、その、通常とは違うというか、正直歪んでるとしか思えません」
「───」
ヒナギクの一言に女神エリスは血の気が引く思いであった。顔面は蒼白、手足は震え、呼吸は落ち着かず、思考が止まった。
「今思い返すと、心当たりがあります。お風呂に一緒に入った時とか、なんだか様子がおかしくて、鼻血も出てましたし。今思うとドン引きです」
「ごふっ!」
ヒナギクの発言にダメージを受けて吐血するエリス。
だが、ヒナギクは止まらない。
「パーティーでお酒を飲んで僕が眠ってしまった時とか熱が出ていた時とか、冬の間にクリスさんとして一緒に暮らしてた時期に、好き放題布団に入り込んだり、僕の私物を勝手に持って行ったり、本当にありえないと思います。気持ち悪いです」
「ごふあっ!」
「それをヒカルに自慢げに語っていたところもどうかと思います。ぼ、僕の胸がヒカルの顔に当たってたとか、当たってないとか……最低です」
「がはあっ! ……も、もう、堪忍し……」
「一番気に入らないなと思ったのは、ヒカルのことを殺そうとしたくせに、すぐにヒカルに頼ったところです。それでヒカルの上司面出来るとか、どれだけ面の皮が厚いんですか?」
「ごばあっ!! ひ、ひとおもいに! どうか、ひとおもいにやってくださぃ……!」
ダメージを受けすぎたエリスは這いつくばりながら、トドメを懇願し、プルプルとヒナギクに手を伸ばす。
そんなエリスをヒナギクはゴミを見るような目で見下ろした後、続けて言った。
「エリス様には確かに恩があります。でも、僕の大切な人を傷付ける、殺そうとする神様のことは信仰出来ません」
「!!」
「変な目で見られるのも嫌ですし、天界に行ったら別の神様のもとに……」
「ま、待ってくださいヒナギク! それだけは! それだけは!」
今までのダメージは何だったのかと思う素早さでヒナギクの腰に縋り付いて懇願する女神エリス。
ここに来て、無駄なガッツを見せるあたり流石は女神といったところか。
「やめてください。触らないでください」
「謝ります! なんでもします! なんでもしますから、許してください!」
縋り付いてくるエリスをゴミでも払うかのように押し退けようとしていたヒナギクであったが、その発言によってヒナギクの手は止まった。
ヒナギクは怒り心頭であったが、ことこの重要な場面で思考はクールになっていた。
ヒナギクの目的は変態女神の糾弾では無い。
怒りのあまり勢いに任せて詰っていたが、思わぬところで重要な言葉を引き出すことが出来た。
「なんでも、ですか?」
「はい! なんでもです! 私の体でも何でも差し出し……」
「いらないです」
「んっ……なんだかヒナギクに雑に扱われるのも、あいたっ!」
頬を紅潮させるエリスを咄嗟に押しのけたヒナギクは冷静に続けて言った。
「僕に協力してくださるのであれば、先程の別の神様の元に行くという発言を撤回します」
「協力しますとも! 任せてください!」
何も聞いてないくせに、キラキラした笑みで引き受けようとするエリスに、ヒナギクは事情を説明した。
「ヒナギク、あのですね……」
「なんでも言うことを聞くんですよね?」
「そう、言いましたけど……」
ヒナギクから全てを聴き終わったエリスはあまり良い顔はしなかった。
だが、ヒナギクもその程度で諦めるぐらいなら、ニホンを創り出したり、今ここでエリスに事情を語ったりはしない。
「個人に肩入れするのは良い気はしませんか? 誰かさんは好き放題してらしたと思いますが?」
「うっ……。そ、そうですね。肩入れしすぎるのは良くないと思います。それが人の生死に関わるとなると、特にそうです」
「……」
「私個人としても、ヒカルさんには死んでほしくありません。う、疑いの目で見ないでください、本当です! …………話を戻しますが、人の運命や寿命を変えるのは大きなリスクが……」
「運命でも寿命でもありません! 先程説明したじゃないですか!
「……」
「だから僕が見守るんです! 迷惑はかけません! 仕事だって完璧にこなしてみせます! エリス様に協力してほしいのは、僕が見れないほんの少しの時間だけ代わりになって欲しい、ただそれだけです! エリス様なら、これぐらいは可能でしょう!?」
「……」
「僕とエリス様が見守れば、きっと何とかなるはず、いや何とかなります。どうかお願いします!」
先程、力関係が変わりつつあったが、ヒナギクは立場とは関係無く真摯に頭を下げた。
エリスはそんなヒナギクを見つめた後、重い口を開いた。
「……ヒナギク、いいのですか?」
「何がですか?」
「ヒカルさんが長く生きれば、あなたはそれだけヒカルさんに会えなくなる」
「……」
「逆に言えば、ヒカルさんの生が短ければ短いほど、天界で早く会え……」
「やめてください」
「……」
それ以上言うなと、睨みつけるヒナギク。
エリス自身も問い掛ける以前から答えは分かっていたようなものだが、今のヒナギクを見て、どうしても尋ねずにはいられなかった。
今のヒナギクはどう見ても無理をしている。
シロガネヒカルを助けたいことは確かだろう。
それは、ヒカルの為に天界に行くことを決めたことから明らかである。
だが、それ以上にヒナギクは自身の気持ちを殺している。
ヒカルと一緒にいたい、いや、むしろ
それなのに、天界に来てまで助けようとしている。
一緒にいること以上を望む相手のそばにはいられないけど、幸せになってくれるのなら、生きていてくれるのなら、自分の人生を投げ出そうという自己犠牲。
なるほど、それは美しい生き様かもしれない。
後世に語られるような愛の物語かもしれない。
だが、いざ目の当たりにすると、その残酷さが嫌に目につく。
ヒナギクはこれから辛い選択をし続けることになる。
心に傷を負い続けることになる。
だから、エリスは助けない道もあると言いかけた。
ヒカルを助けなければ、ヒナギクは救われるのだから。
「申し訳ありません、ヒナギク。愚問でしたね」
「いえ、そんな……」
エリスは心の中でため息を吐く。
ヒナギクは純粋に、真っ直ぐに育ちすぎてしまった。
そうなるように望んで、実際に叶ったというのに、エリスは悲しかった。
ヒナギクが下界で人間として過ごす時間はもう短い。
あまりにも、短い。
もっと生を謳歌するべきで、
もっと多くのことで活躍するべき逸材で、
もっと多くの人を導く聖人で、
もっと下界で多くのことを知るべきだった。
「分かりました。ヒナギクに協力しましょう」
「本当ですか!?」
「はい。私もやるからには全力でやりますよ。私とヒナギクでヒカルさんがヨボヨボのおじいちゃんになるまで見守りますよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
こうなってしまった原因は私にもある。
それならば、責任を果たすべきだ。
どれだけ力になれるかは分からないけど、この子を支えよう。
エリスは心の中で固く誓った。
……それはそれとして。
「ヒナギク、一つ確認なんですけど……」
「はい? なんでしょう?」
「先程、天界に行った後は別の神様の元に行くと言っていた件なんですけど……」
「ああ、もちろんエリス様に協力していただくのですからエリス様の元で天使として活動させていただきます」
「そ、そうですか! そうですよね!」
ふう、よかったとパットが入った胸を撫で下ろす、エリス。
全ては解決したのだ。
バレてはいけないことを知られて危機的状況になったが、なんとかなった。
流石は『幸運』の女神である。
「はい! エリス様の元は嫌ですけど、ヒカルが生を終えるまで、僕が立派な神様になるまで頑張って耐えてみせます!」
「えっ」
「ちなみになんですけど、セクハラはちゃんと創造神様に報告しますので」
「えっ」
「今日はありがとうございました。もし協力していただけなければ、創造神様の元に飛んでいって色々と報告しようと思っていたんですけど、その必要はなさそうですね」
「えっ」
「大事な話が出来て良かったです。それでは……あ、それから僕のことや、僕達のことを覗くのはもうやめてください。これからは僕達の家に特殊な結界を張るので覗けませんけどね。それでは失礼します」
「えっ」
ヒナギクがにっこり笑って教会を出た後、一人ぽつんと残るエリス。
ヒナギクの言葉が理解出来ずに、いや理解を拒否して呆然と立ち尽くしたエリスは十分ほどで我に帰ると、
「えっ」
もう一度そう呟くのだった。
幸運の女神
この世で最も恐ろしいモノを司る女神。
どれだけ絶望的でも、どれだけ危機的状況に陥っても、最終的に自身の望んだ結果を手繰り寄せる。
運が介入するのなら、それは全てがひっくり返る可能性があるということ。
これから少し日常編を書くか、少し時系列飛んで思い付いている話を書いてしまうか、少し悩んでいるので、多分投稿は遅め。
いろいろ話を考えていると、何故か本編終了後の話ばかりポンポン浮かんでくるのは何でだろう……。