「渡しておいてなんだけど、今回はカリバーンを使わないでくれ」
「え、なんで?」
あるえちゃんから紅魔の里のことを聞いた後、俺達は家へ蜻蛉返りした。
孤児院に行く予定だったから装備の類は一切持っていなかったから、それも含めて手早く準備している最中だったのだが、マーリンからそのようなことを言われた。
トリスターノも事情を話して連れて行こうとしたのだが、外出したみたいで不在だった。
「あー……その、うーん……ごめん、事情は言えないんだけど、今回ばかりはカリバーンを使うとまずいんだよね」
「はあ、なんだよそれ」
マーリンがここまで言い淀むのは珍しい。
困ったような表情もなんだかマーリンらしくない。
「とにかく色々あってさ。カリバーンは持っていかないでくれ」
「でも俺の武器はカリバーンしかないぞ」
「あれま、困ったな」
「お父さん、これは?」
マーリンが困った顔で辺りを見回していると、ゆりが俺の部屋に立て掛けてある木刀を手に取った。
いや、木刀て。
「あのな、悪ガキ退治に行くんじゃないんだぞ。俺達が相手にするのは……」
「そうだね、これにしよう。むしろこれしかない」
「は?」
満足そうに何度も頷き、木刀を手に取るマーリンは続けて言った。
「いや、ある時を境に君の木刀が超強化されていたから、私も常々疑問に思ってたんだけど、今わかった。未来から来た私が君の木刀を強化したんだ。だから今強化しないと辻褄が合わなくなる」
「お父さんのメイン武器みたいになってたし、持ってかないのかなって思ってたけど、そういうことだったんだ」
えい、というマーリンの掛け声で強化の魔法をかけたのか木刀が何度も輝いては点滅を繰り返した。
点滅が収まると俺に木刀を渡してくるので、一体どれだけの魔法をかけたんだろうと思いながら受け取る。
「っ、お、おお?」
木刀を握った瞬間、体が一気に軽くなった。
まるでヒナに支援魔法をかけてもらった時のようだ。
「どうだい? それなりに気を遣ってチューニングしてみたよ。木刀自体の強度強化、ムードメーカーの弱体軽減、私特別製の支援魔───」
(ちょっと、ヒカリ君! のんびりしてる場合じゃあないよ!)
「あ?」
目の前で自慢げに語るマーリンのセリフに重ねて、俺を呼ぶマーリンの声が聞こえた。
思わず間抜けな声を出した後、周りを見たが不思議そうな顔で俺を見る二人しかいない。
「どうしたんだい?」
「お父さん?」
(早く紅魔の里に行くんだ! 私の妨害が間に合わなくなる!)
普段の態度のマーリンと、珍しく切羽詰まった感じのマーリンの声がまた同時に聞こえてきた。
どういうことだ?
(ああもう、そうか! 目の前にいるのは恐らく未来の私だろう!? 今君の頭に直接話しかけているのがこの時間軸の私だ!)
なるほど、元々いたマーリンの声か。
でも今は未来のマーリンに装備を整えるよう言われて俺の部屋に戻ってきたところなんだけど。
(君からの説明も私からの説明も省略だ! 二人目のヴォーティガン、多分未来のヴォーティガンが何かやろうとしてるんだろう!? なんとか私の方で妨害をしてたんだけど、訳あってそろそろ限界なんだ! 早く未来の私と紅魔の里に向かってくれ! 頼んだよ!)
早口でそう捲し立てられて、それきり声は聞こえなくなった。
とりあえず二人にこのことを伝えることにした。
「この時間軸のマーリンが里に急げって」
「ん、私が?」
「ああ、妨害が間に合わないとかなんとか」
マーリンが少し思案して、何か思いついたように手を叩いた。
「そうだ、この時期の記憶を封印していたが、今思い出した。私めっちゃ頑張ってたんだった」
「マーリンが頑張る??」
ゆりが心底胡散臭いものを見る目でマーリンを見ると、マーリンは遠い目をして語り始めた。
「未来の私とゆりが来た事はもちろん観測していた。そこで私は一瞬で察したんだよ。未来か平行世界から来たんだって。そこで私は君達の観測をやめて何か異常が起きていないか調べることにしたんだ。そこでヴォーティガンの魔力が二つあることに気づいて、目と耳を塞いで妨害することにしたんだよ」
「なんで目と耳を塞いだの?」
「未来から来た私達だったら壮大なネタバレになるじゃあないか!!」
当然疑問に思った事をゆりが尋ねると、マーリンの迫真の声が響き、俺とゆりはビクついた。
「あの時の私はね、ヒカリ君がどんな物語を繰り広げるのかを楽しみに楽しみにしてたんだよ! ヒカリ君に接触するようになってからは最早親心に近いものを抱いていたね! それなのにネタバレなんか食らったら、もう生きる希望を失うよ!」
「……えっ、じゃあ今この時間のマーリンにネタバレを話に行けばマーリンを殺せるってこと?」
「私を殺そうとするんじゃあない! それにそんなことしたら未来が変わるのが確定するよ!」
「……ちっ」
「舌打ちをするんじゃあない」
ゆりが名案を思いついたとばかりに尋ねるが即却下された。
ゆりとマーリンは仲良さげなのに、たまにとんでもない毒を吐くというか、遠慮がないな。
「それと限界とかなんとか」
「当たり前だよ! 私に妨害されないようワープしまくるヴォーティガンの魔力を感知しながら手探りで次元魔法の妨害をしまくるのがどれだけ大変だと……」
「じゃあ急がないと。もう里の中でシルビアが暴れ回ってるんだよね? あの『紅伝説』三巻で登場した魔王軍幹部の───」
「ああ、はいはい急がないとね! はい、はい、はい!」
はいの掛け声に合わせて、俺の装備が魔法少女の変身のように一瞬で身に付いてしまった。
語りを遮られたゆりも驚いた様子で拍手している。
「準備はいいかい?」
「待った。トリスターノとヒナは連れて行けないのか?」
俺が待ったをかけるもマーリンは首を横に振る。
「悪いけど、里に向かおう。後で隙を見て連れて来れれば私が連れてくる。じゃあ行くよ!」
言い終わると同時に俺達の足元に穴が開いて、そのまま重力に従い、穴の中に落ちていく。
その時、
「ああっ!? お父さんにパンツ見られたあああああああああああ!!!」
ゆりのスカートが捲れて見えてしまった。
黒だった。
とりあえず不可抗力とはいえ謝っておこう。
「悪い。でも、なんとも思ってないから」
「それはそれでムカつくよ!!」
ゆりの叫び声を聞きながら落ちていく。
いやだって、本当になんとも思わないんだから、しょうがないだろ。
娘のせいか、Tシャツみたぐらいの気分でしかないわ。
「お父さんっ、早く逃げてって言ったのに!」
「娘を戦場に置いて逃げる父親が何処にいる? たとえ魔法が使えずともお前を守る」
そこは戦場であった。
元は何百人も住んでいた人里であったが、焼け野原と化し見る影もない。
人は皆逃げ去り、代わりに魔物が跋扈していた。
そんな中、まだ逃げずに抗う者達がいた。
その里の族長とその娘、ひろぽんとゆんゆんだ。
「くっ、こんなことならヒカル君の申し出を受けておけば……ッ!」
「こんな事になるなんて、誰も想定できないわよ」
二人に相対するのは多くの魔物と一つの巨影。
二人を嗤って見下してくる巨影の名はシルビア。
『ふふ、ふふふ、あーはっはっはっはっ! 良い気味よ! もっと向かって来なさい! もっと苦しんでちょうだい! 少しずつ痛ぶって残酷に惨めに殺してあげるわっ!』
かつてこの里で倒されたはずのシルビアが里の奪還作戦の最中、突如として現れ里を蹂躙し始めた。
厄介なのはシルビアが『魔術師殺し』という兵器の性能をその身に秘めていること。
更にいえば凄まじく巨大であった。
燃えるような恋と愛を夢見たシルビアが道半ばで死にかけて、行き着いた冥府の狭間で出逢ったデッドリーポイズンスライムとデュラハン。
その者達の魂の残滓を喰らい、シルビアの身に喰らった者達の力と特性を宿して蘇りを果たした。
シルビアの執念深さが生んだ奇跡、その奇跡はシルビアの身体を大きく変化させて、山と見違えるほどの巨体となった。
シルビアは『魔術師殺し』を得る前から魔王軍幹部と呼ばれるほどの実力があった。
それが『魔術師殺し』を取り込み、デッドリーポイズンスライムとデュラハンの力を得たシルビアはまさに鬼に金棒であり、誰も手が付けられないほどであった。
この世界に名高い武闘派集団である紅魔族もお得意の魔法を封じられれば逃げることしか出来ない。
だが、そんな中唯一魔法を使える存在がいた。
それが、ゆんゆんであった。
ゆんゆんはすぐにそのことに気付き、囮となって里の人達が逃げられるように単身で戦い続けていた。
「お父さん、里の人達は?」
「避難完了だ。あとは、私達だけ」
「……『テレポート』するしか、ないかな」
「里のことは諦めるしかない。『テレポート』は使えそうか?」
「出来るとは思うけど、ちゃんと目的地まで行けるか、わからないわ」
ゆんゆんは『魔術師殺し』の影響を受けていても魔法を使えるのだが、当然いつも通りではなかった。
全力で魔法を使っても、力を抑え込まれたように威力が激減してしまう。
どの魔法でもそれは変わらない。
だから『テレポート』もどうなるか、分からない。
撤退するのは確実だが、ゆんゆんは何が起こるか分からない『テレポート』を使うか使わないか、その決断を迫られていた。
ゆんゆん一人であれば、すぐに決断出来たかもしれない。
もしくは戦いながら撤退出来ていたかもしれない。
だが、隣には父がいる。
それがまたゆんゆんの決断を躊躇させた。
『あら、逃げないの? じゃあ、そろそろ私も本格的に攻撃しましょうか、ねっ!!』
シルビアは一瞬で距離を詰めて大剣を振り下ろす。
巨体に似合わないほどの素早い動きにゆんゆんとひろぽんも避けるだけで精一杯でお互い連携を取れる場面でも無く、左右に分断された。
それとただ避けるだけでは不十分であった。
家よりも大きな剣が地面へと叩きつけられた衝撃は凄まじいもので、二人は当然ゴミのように吹き飛ばされた。
「ぐっ、うぅ……」
激しく地面に叩きつけられ、転がされて呻きながらもゆんゆんは体勢を立て直そうとした。
「やめろ!! その子には手を出すなっ!!」
『何で魔法が使えるのか分からなかったけど、貴方だけは邪魔になりそうだし、早めに殺すとするわ』
父の声が遠くから聞こえた後、近くでシルビアの声が聞こえた。
ゆんゆんが身構えようとした時にはシルビアはすでに大剣を振り上げていた。
そして、振り下ろされる。
「っ、『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」
父を置いての撤退はあり得ない。
そう考えての反撃。
だが、それは───
「ぁ」
何の効果も無かった。
ゆんゆんの決死の反撃は大剣に当たって霞のように消えた。
猛然と迫る大質量。
かすかに聞こえる絶叫。
死の絶望。
ごめん、みんな。
ごめん、ヒカル。
ゆんゆんが自身の最期に想ったのは仲間と想い人であった。
負けて悔しいとか、あれをやっておけばよかったとか、そんな後悔の念ではなく、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ヒカルの死を経験して、置いていかれる側の気持ちを知っている。
残されるのがどれだけ辛いかを知っている。
今度は自分がみんなにその思いを味合わせることになると考えるとゆんゆんは謝罪せずにはいられなかった。
あと一瞬で終わり。
この状況を覆す術も能力も、都合の良い覚醒なんてものもない。
『魔術師殺し』という理不尽に対抗出来るはずがなかった。
何処にでもあるような死が、ここで起きる。
それを許さない者がいた。
それは何処にでもいるような男だが、少し変わっていて、冒険者としての実力もこの状況をなんとか出来るほどのものではない、ありふれた人間。
シルビアに『魔術師殺し』とデッドリーポイズンスライムとデュラハンの力が合わさった理不尽の権化である化け物に一瞬で刈り取られるような男。
「ざけんなこの野郎おおおおおおおお!!!」
そんな男が、棒切れ一本で振り下ろされる規格外の大剣の前に躍り出た。
本来であれば、その男は大剣を止め切れるはずがない。
だが、その男は木刀で大剣をなんとか受け止めた。
踏ん張った足で周りの地面が砕け、不安定な足場になり、拮抗していた力が負けそうになる。
「お父さんっ!!!」
『ヒナァ!!!』
少女二人の叫びと共に大剣にアッパーをぶちかます天使。
そこで力のバランスは変わり、大剣を木刀で振り払うようにしてかち上げた。
「ゆんゆん、大丈夫か?」
「…………」
ゆんゆんは呆然として、答えることが出来なかった。
本来あり得ない光景が広がっている。
いるはずのない男がここにいる。
ゆんゆんが返事が出来なかったのも無理はない。
理不尽な化け物をどうにか出来るはずのない男は、その理不尽を片手で払ってしまうようなクソチート野郎と未来の大いなる可能性を秘めた少女を引き連れてやって来た。
◯『紅伝説』第三巻
ヒカル達が紅魔の里に来た時の話が本になっている。
ゆんゆんがヒカルに告白した時のセリフが一言一句間違わずにしっかりと本に使われていて、ゆんゆんは悶絶した。
◯平行世界のシルビア
今回出てきているのは、ヒカル達がいない世界線のシルビア。
マーリンの妨害を受けたヴォーティガンがヤケクソ気味に魔法を使うと、違う次元に行ってしまった。
そこで出逢ったのがレールガンでぶち抜かれた後のシルビア。
シルビアは執念により復活をしようとしていたので、ヴォーティガンはこれ幸いとばかりに利用することにした。
◯ゆんゆん
『魔術師殺し』の影響下で魔法を使えるのは、元々魔法使いとしての才能もあって実力があったことと、『ムードメーカー』の恩恵があったから。