このすば ハード?モード   作:ひなたさん

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138話です。さあ、いってみよう。



138話

 

 

「出来ればもう少し一緒にいたかったな」

 

「そうね」

 

「悪いな。助けてもらったのに、大したお礼も出来なくてさ」

 

 マーリンが開けた次元の穴の前で悲しげな表情を浮かべる別世界のゆんゆんとヒナギク。

 長くいることで時間や世界に影響があるかもしれない、というマーリンの一言で二人はこの世界に来て数時間と経たずに帰らさられることになった。

 そんな二人を前にヒカルやその仲間達は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「それは全然いいんだけどさ……」

 

「うん、事前にそういった説明は受けていたから」

 

 誰が説明したのかは言うまでもなく、その人物へと視線が集中した。

 どれだけ視線を受けてもどこ吹く風で、別れを見守るように微笑みを浮かべるだけであるが。

 

「あ、あの、マーリン、さん?」

 

「ん?なんだい?」

 

 別世界のヒナギクが恐る恐るマーリンへと話しかけることでマーリンの表情は微笑みから変化した。

 

「また、こっちの世界に来られたりとか、しないですか?」

 

「……すまないが、それは出来ないよ。今回は特別なんだ」

 

「でも貴方は次元とか世界を自由に行き来することが出来るんですよね?」

 

「そうだけど、どんな影響が出るか分からないのさ。私自身も未来からやってきたから、そこら辺は考慮して、彼らの記憶を都合の良いように変えるつもりさ。それに今回はヴォーティガンがめちゃくちゃしてくれたからね。そのカウンターとして君達を連れてきたってだけさ。この世界の人達を連れてくるよりリスクが少ないからね」

 

「あ?何で別世界の人間を連れてくる方がリスクが少ないんだ?普通逆だろ?」

 

「こちらの世界や人間にはリスクがある。何かのきっかけで今回の事件を思い出してしまえば、進むべき未来からズレてしまう可能性がある。その人数が増えれば増えるほど、その危険性は高くなる。だが彼女達の世界は私達の世界とは全く違う進み方をしている。言ってしまえば、この次元と彼女達の世界は別世界だ。彼女達を元の世界に帰しても記憶をいじる必要も無い。何故ならこの世界の人間とは違って今回の事件のことを知っていても彼女達や私達の未来に何ら影響は無いからだ。帰してしまえばいいだけで、こちらの世界へのリスクがない」

 

「あー、うん。なるほどね」

 

「本当に分かっているかな。まあ、私の手間も一つ減るってことさ。また送り返さなきゃいけないけど、ヴォーティガンが次元を渡る時に無理矢理通った影響で次元がめちゃくちゃになっていて、その修復も兼ねてるから問題無し。私としては無駄が無いんだよね」

 

「へえ、随分と働き者なんだね?」

 

 語気が強い尋ね方をしたのは、この世界のヒナギクであった。

 マーリンを睨み付けるようにして、今にも殴りかかりそうな雰囲気である。

 未だ彼女はニホンを壊された時の怒りや恨みがあるようで、マーリンの前では警戒を解かない。

 

「ああ、決まってるじゃあないか。何せ彼と私達の現在の為だ。君も同じような理由で頑張ってるんじゃあなかったかな?」

 

「……」

 

「おやおや、怖いものだ。別世界の君は縋るように私を見てくるのに、君は敵意むき出しだなんて。言っておくけど、私は君を何度か助けてるんだぜ?君がニホンなんて創り出した時もそうだし、今回もヴォーティガンに真っ二つにされるところを救ってあげたというのに」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「うーん、これは何を言っても無理そうだ。君と和解する未来に託すことにしよう」

 

「そんな未来は無いと思うけど?」

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 マーリンが意味深な笑みを浮かべてヒナギクを見ると、ふんとそっぽを向くヒナギク。

 やれやれ、と苦笑するマーリンは続ける。

 

「さて、話を戻そう。結論から言ってしまえば、もうこの世界とはこれっきりになるだろう。別れの時間はある程度作ってあげるけど、なるべく早い方が助かる。私が言うことはこれぐらいかな。では、悔いの無いように」

 

 そう言ったマーリンは質問される前のように口を閉ざした。

 別世界のヒナギクは泣き出してしまいそうなほど落ち込み、そんなヒナギクを見兼ねて先に別世界のゆんゆんがヒカルへと話しかけた。

 

「何から話せばいいのか、分からないけど一応元気にやってるわ」

 

「そうか、よかった」

 

「今はヒナちゃんと二人で冒険者やってる。拠点はもちろんアクセルよ。だけど、もう少ししたら王都や別の街に拠点を変えるつもり」

 

「元魔王様にはアクセルは狭すぎたか?」

 

 茶化すように尋ねるヒカルに笑ってしまうゆんゆん。

 別れを惜しんで表情の硬かった彼女はやっと表情が柔らかくなった。

 

「ふふ、そうね。手応えが無さすぎるわ。城でヒカルと戦った時ぐらい」

 

「やかましいんだよこの野郎。まったく、思ったより大丈夫そうだな。間違っても魔王に返り咲くなよ?」

 

「それは後々考えることにするわ」

 

「考えるな。もう未来永劫考えるな」

 

「どうしよっかな〜」

 

「お前な……」

 

 はしゃぐ子供のような返しにヒカルは呆れるが、ゆんゆんは一瞬俯き、ヒカル達の方を向いた。

 ヒナギクのように泣き出してしまいそうな表情で。

 

「あのね、この世界すっごく羨ましいわ」

 

「……ああ」

 

「トリタンさん?」

 

「はい」

 

「ヒナちゃん?」

 

「……うん」

 

「ええっと、わ、私?」

 

「う、うん」

 

「それにヒカル」

 

「ああ」

 

 この世界のヒカル達を一人ずつ呼んで、満足したように頷くと、笑顔を作って続けた。

 

「最高の仲間たちよ。私の大好きな人達。みんながいたから、私も私自身を好きな人達の中に入れられる。こんな世界があるなんて羨ましくて仕方がないけど、でも嬉しいわ」

 

「ゆんゆん……」

 

「絶対に幸せになって。そうじゃなかったら、許さないわ」

 

「分かってるよ」

「もちろんです」

「任せて」

「うん」

 

「それなら……あ、そうだ!」

 

 四人の返事を聞いて、嬉しそうにしていたゆんゆんであるが、急に何かを思い付いたように声を上げる。

 

「もしこれで幸せになれなかったら、今度こそ私は魔王になるわ!」

 

「はあ!?」

 

 ヒカル達が驚愕する中、別世界のゆんゆんは瞳を紅く輝かせて続ける。

 

「これよ、今決めたわ!私が魔王になるか、ならないかはこの世界のヒカル達次第!もし幸せな未来にならないのだとしたら、この世界で魔王となって、みんなを蘇らせて、絶対にみんなを幸せにするんだから!」

 

「ちょっと!?ゆんゆん何言ってるの!?」

 

 別世界のヒナギクでさえもゆんゆんの高揚ぶりに驚き、

 

「ぷっ!あはははははははは!それは実に面白そうじゃあないか!彼らが良くない道を進んだのであれば、私が君達を責任を持ってこの世界に連れて来よう!」

 

 マーリンまで話に乗ってしまう始末。

 ヒカル達は絶句して固まり、マーリンは腹を抱えて笑い、別世界のヒナギクはどうしていいか分からずオロオロし、ゆんゆんは堂々とした様子でヒカル達に指を突き付けた。

 

「約束よ、みんな!」

 

 一方的に言い放つゆんゆんの表情はどこまでも晴れやかで、最高の笑みを浮かべていた。

 瞳も燃えるように輝き、真っ直ぐとしていた。

 どんな困難にあったとしても、跳ね除けてしまえるようなそんな力強さを感じて、ヒカル達は安心しつつも、とんでもないことになったと重圧を感じるのだった。

 

「というわけで、ヒナちゃん。お別れの挨拶、交代!」

 

「えぇ!?この空気で!?ゆんゆんが変なこと言うから何言っていいか、分からなくなっちゃったじゃん!」

 

 ゆんゆんがヒナギクの背中を押して促してくるが、ヒナギクもまさかの事態に呆然としていたせいで思わずツッコミを入れた。

 

「ふふ、ごめん。でも、さっきよりはなんとか挨拶出来そうじゃない?」

 

「それは、そうだけど……」

 

 ヒナギクは自信無さそうに呟くと、ゆんゆんが耳元でヒカル達に聞こえないように言った。

 

「ヒカルに思う存分、想いを伝えてきたら?」

 

「え、ちょ、何言ってるの!?ゆんゆん、さっきから変だよ!?」

 

「私が思いっきり行ったんだから、ヒナちゃんも思いっきり行かないと」

 

「ノリ悪い、みたいな言い方しないでよ!絶対そういう問題じゃない!」

 

「最悪、この世界で私達が魔王になるんだから、無駄になるってわけじゃないわ!」

 

「それは……ええ!?僕も魔王になるの!?聞いてないんだけど!?」

 

「じゃあ独り占めしていいの?」

 

「え……い、いや、そ、そういうわ……」

 

「いいからヒナちゃんらしく、どーんとぶつかってきな、さいっ!!」

 

「うわあ!?」

 

 コントのように二人で盛り上がっていたが、ゆんゆんがヒナギクをヒカルの方へと無理矢理押し出した。

 ヒカルが抱き止めようとしてるのを見て、ヒナギクは慌てて急ブレーキをかけてヒカルの前に立ち止まった。

 

「え、あ、えっと、その……」

 

「お、おう」

 

(あぁ、どうしよう!?本当に何言っていいか、分からなくなっちゃった!!もう、ゆんゆんのバカ!大バカ!!)

 

 ゆんゆんの方を振り返り、恨めしげに睨んでもゆんゆんはニッコリ笑って右手を上げて応援してくるだけである。

 それでゆんゆんの先程の発言がヒナギクの頭の中で再生された。

 

(あ、挨拶……。どーんと、お、想いを……!)

 

「ヒナ、その、無理しなくていいんだ。元気にやってるみたいで嬉しいしさ」

 

「え、あ、うん。だ、大丈夫。ごめんね」

 

 ヒカルが助け舟を出してきたが、ヒナギクはいよいよ決心して一歩前に出る。

 

「ヒカル、ちょっとみんなには内緒の話なんだけど、いい?」

 

「なんだ?」

 

 ヒカルがヒナギクの背に合わせて、少し前屈みになる。

 ヒナギクはヒカルが近くなったことで少し頬を朱に染めながらもヒカルへと尋ねる。

 

「ヒカルが僕達の世界に来た時のことなんだけど」

 

「おう?」

 

「牢屋に入れられた、じゃない?」

 

「それお前とゆんゆんに入れられたんだろうが。しかも脇差勝手に持っていきやがって」

 

「い、いいじゃん、別に!ちゃんと実家で大切にしてるもん!……って、そんなことはどうでもよくて!」

 

「いや、よくないだろ」

 

「いいの!」

 

「ああもう、わかったよ。牢屋のことがなんだって?」

 

「だから、えっと、僕が、告白したこと、覚えてる……?」

 

「え、あ、ああ、まあ、もちろん」

 

 ヒナギクは照れているのか、赤面しながら尋ねてくる。

 そんなヒナギクの様子にヒカルも少し赤くなりながら、覚えていることを伝えた。

 

「そ、そっか、よかった」

 

「忘れるわけないだろ」

 

「え、えへへ……じゃあ、えいっ」

 

「え、ちょっ!?」

 

 ヒナギクが突然ヒカルの首元へ抱き着き、驚いていると、

 

「僕の気持ち、ずっと変わらないから……んっ」

 

「────」

 

 ヒカルの頬には温かく柔らかい感触がして、ヒナギクはスルリと離れる。

 ヒカルの視界には赤面しながらも悪戯な笑みを浮かべるヒナギクと顔を赤くして口を開けているゆんゆん、目を丸くしているマーリンが見えた。

 

「ヒ、ヒナちゃん、そ、そこまでしちゃうんだ!?」

 

「ゆ、ゆんゆんがどーんと行けって言ったんじゃん!」

 

「いやあ、青春だねえ」

 

 そして、後ろからは──

 

「え、ええっ!?ちょ、どういうこと!?」

 

「ぼ、僕の姿でなんてことを──っ!?」

 

「これはまた面白そうな展開ですね」

 

 いつもの面子の声が聞こえて、更に後ろから。

 

「ゆ、許すまじいいいいいいい!!!ずっと黙って見てようと思ってたけど、違う世界のヒナギクにまで手を出すなんてえええええええ!!!」

 

 ダガーを引き抜いて突っ込んで来る銀髪盗賊の姿が。

 

「ちょ、待て待て待て待て!!どこをどう見たら俺が手を出したことになるんだ!?」

 

「そっちのヒナちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」

 

「なんて恥ずかしいことしてくれたのさ!!」

 

「はっはっはっはっ!!よーし、二人とも今のうちに逃げるとしよう!」

 

「そうですね。じゃあね、みんな!次会うとしたら魔王としてだね!」

 

「バイバイ、ヒカル!僕のこと、忘れちゃいやだよ?」

 

 状況がめちゃくちゃになる中、次元の穴へと入り込む三人。

 今生の別れになるかもしれないというのに、何故だか騒がしく笑顔に溢れるものになった。

 

 別世界のこの二人が未来に魔王になることは無いのだが、そんな世界線も可能性としてはあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、少しよろしいですか?」

 

「え、あ……トリタンさん」

 

「トリタン……」

 

 壮年のトリスターノがゆんゆんとヒナギクへと別れの挨拶をしに来ていた。

 トリスターノの変わってしまった姿に二人は悲しげな表情を見せるも、トリスターノは変わらず続ける。

 

「お別れを言う前に少しだけ。この四人が揃っているのを客観的に見るのは、なんだかおかしく感じますが、別世界のゆんゆんさんが言った通り、最高のメンバーですね」

 

「そうね」

「うん」

 

 トリスターノの変わらない笑みに二人は自然と微笑みを返し、頷いた。

 

「何がなんでも生きてください。それで最高に幸せになってください。私から言えるのはそれだけです」

 

「ええ、わかったわ。でも、トリタンさんもよ?」

 

「そうだよ、トリタン。そっちこそ自分の幸せを考えないと」

 

「……それは確かに。ふふ、そうですね。それも模索しながら思いっきり生きてみることにします。それではお二人とも、お元気で」

 

「うん、元気でね」

 

「頑張ってね、トリタン!」

 

「はい!」

 

 そう返事をしたトリスターノは二人に背を向けて、歩いていく。

 最後に声をかけるところは決まっている。

 

「リーダー、私も魔王になった方がいいですか?」

 

「やめろこの野郎、収拾が付かないとかいうレベルじゃなくなるだろうが」

 

 壮年のトリスターノが盗賊に追いかけ回されたせいで肩で息をするヒカルへと話しかけていた。

 

「冗談ですよ。私は私で自分の世界でやるべきことをやります」

 

「トリスターノ、お前……」

 

「貴方に会えて本当に良かった。あの時からずっと私は生きた心地がしなかった。やっと、あの時から私は踏み出せる」

 

「……俺やあの俺モドキにこだわらなくていいんだからな」

 

「ふふ、分かりました。私は魔王にはなりませんが、絶対幸せになってくださいね」

 

「ああ、元気でな」

 

「はい、リーダーもお元気で」

 

 壮年のトリスターノはあっさりとヒカルと別れを済ませる。

 まるでまた明日会うかのような足取りで。

 彼の目はすでに前を見ている。

 ヒカリもびっくりするような男の顔つきで。

 





別世界のゆんゆんとヒナギクが帰る時のシーンはもっと短めで泣きながら帰るようなものを想定していましたが、書きながら「なんだか違うな」と思うようになり、明るい未来へ突き進む力強い二人になっていきました。
すでにこの二人の未来は書いてしまいましたが、もしかしたら面白おかしい別世界侵略魔王ルートがあるのかもしれません。
可能性が0でなければ、それは無いとは言い切れないのです。

トリスターノは逆にあっさりと。
すでに答えを得た彼は、別の可能性を見るのではなく、ただ自身のやるべきことを考えて、それを為すのみ。
本当はモノローグで済ませちゃおうかなと思いましたが、やめました。

思ったより長くなってしまったので、ゆりのお別れパートは次回になります。
二話ぐらいやったら、この章は終わりです。
今の章名の『騎士道』は次の章に回すことになります。

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