今週末は投稿出来なさそうなので、この中途半端なタイミングで投稿です。
今回のお話はエピローグでもあり、プロローグでもあります。
書き上げていた話にさらにもう一つエピソードを入れたので、いつもより文字数多めです。
どちらも絶対に書きたかったシーンなので、やっと書けて嬉しい。
久しぶりに一人称視点で書いたのでなんか変だったらごめんなさい。
今回前書きも本編も長いですが、後書きも長いです。
時間のある時にお読みください。
140話です。さあ、いってみよう。
「あ、王都に連れてきてくれたんだ」
「流石にグレテン王国国境付近のヴォーティガンの研究所に送るのは可哀想かなって、ね。感謝してくれてもいいよ」
「じゃあね、マーリン。しばらくは出てこないでね」
「辛辣すぎるだろ、君ぃ」
夕焼けに染まる王都をゆりは歩き出す。
ゆりは疲労もあったが、輝かしい過去の出来事で無性に冒険に出たい気分でもあった。
これからどうしようか、とゆりは思考を巡らせながら歩いていると、
「きゃあああああああああっ!!引ったくりよーーーー!」
「退きやがれ!!」
悲鳴と怒号が聞こえてきた。
怒鳴りながら走り去ろうとする引ったくり犯を見て、ゆりは思わずため息をつく。
(この王都で今時、引ったくりなんて)
呆れつつもゆりは引ったくり犯を捕らえようと走ろうとして、やめた。
引ったくり犯の進行方向には彼がいた。
それは黒髪黒眼の和服を着た一風変わった男。
「てめえ、退……………あ?」
引ったくり犯は間抜けな声を上げた。
引ったくり犯からすれば、走っていた次の瞬間には地面を仰向けで寝っ転がっていたように感じただろう。
それほど速く綺麗な技だった。
その技をかけた人物は何事も無かったように引ったくり犯から取り上げていた荷物を掲げて、周りに尋ねた。
「この荷物、誰のだ?」
この時代において、武人と呼ばれている人物。
シロガネ流道場師範にして、ゆりの父親、シロガネヒカルであった。
あれから引ったくり犯は忍ばせていたナイフで反撃するなどの抵抗を見せたが、ヒカルがあっさり無力化してしまい、警察や衛兵に引き渡された。
「シロガネ師範、見事な技の数々でした。見惚れてしまい、駆けつけるのが遅れてしまいました。申し訳ありません」
「街中でよしてくれ。恥ずかしいだろうが」
「そんなことはありません。余計な労力を取らせてしまいました。なんとお礼を言ったらいいか……」
「たまたま居合わせただけだ。悪いけど、今日は早めに帰るよう言われてるから先に失礼するよ」
「押忍、今後ともご指導よろしくお願いします」
「ああ、また今度な」
ヒカルが色々な人達に頭を下げられながら人混みを抜けてきたあたりで、ゆりは父へと話しかけた。
「お父さん、お疲れ様っ」
「ん?ああ、ゆりか」
「今日はもう帰るの?」
「ああ、お母さんがたまには早く帰ってきてってな。お前は?」
「うーん、出来れば冒険に繰り出したいんだけど、珍しくお父さんが早く帰るなら私ももう帰ろうかな」
「そうか。じゃあちょっとお母さんにプレゼント買うから、少し付き合ってくれ」
「え、いいけど、私には?」
「そういえば……」
「え、私には?」
「知り合いから悩み相談をされててな。ゆりの意見も聞かせてくれないか?」
真剣な表情で話す父にプレゼントをせがむのを一旦やめることにしたゆりは姿勢を正す。
「う、うん。なんの相談なの?」
「とある父親の話でな。その父親には娘がいるんだが、もう成人してて冒険者をやってるんだ」
「へぇ、私と一緒だね」
「その娘さん冒険者になって独り立ちするかと思ったんだが、結局夜になると家に帰ってきて、飯も食べて風呂入って寝て、朝にはまた出て行くんだけど、また夜になると帰ってくるんだと」
「わ、私とい、一緒だね……」
どこかで聞いたことがあるような話にゆりは気まずそうに目を逸らしながら返事をするが、その様子に気付いていないのかヒカルは話を続けた。
「で、父親はこう思ったわけだ。『本当にこの子は冒険者をやれているのだろうか。実はただ王都で遊び歩いてるだけなんじゃないだろうか。ゆりはただのニートなんじゃないだろうか』って」
「いま私の名前が出てきたんだけど!!?」
「あ、ごめん。間違えた。まあ、それは置いとくとして、困った父親は娘さんが心配らしくてな。こうして相談するに至ったというわけだ」
「わ、私はちゃんと冒険者やってるもん!お金も稼いでるもん!ま、まだ少ないけど……」
「稼ぎが少なかそうが何だろうが、ちゃんとやれてるならいいんだ。ただな、嫁の貰い手とか先の将来のことを考えるとな……」
「あー、あー、聞こえない聞こえない」
「それに、いつになったらニートのゆりは嘘をつかなくなるんだろうって思うと」
「ニートじゃないし!働いてるし!」
「あ、すみませーん。これください」
「聞いてよ!!」
ゆりが懸命に言っても、ヒカルはマイペースにとある店で妻へのプレゼントを購入した。
そして会計を終えるとゆりへと尋ねる。
「一応聞くんだけど、ゆりは今日何をやってたんだ?」
「え、そうだ!聞いてよ、お父さん!」
ゆりは今日起こったことをドヤ散らかしながら、そのまま伝えた。
「今日はマーリンと一緒に過去のお父さんのところに行って、一緒に戦ったんだよ!」
「わあ、すごいね、ゆりは」
「お父さんが実の娘を信じてない!!」
「明日一緒に冒険者ギルドに行こうね」
「信じてよ!!あ、そうだ!お父さんは記憶が無いんだった!マーリンに聞けばわかるよ!」
「そうかそうか。元気なのは嬉しいけど、あまり街中で騒いじゃダメだぞ」
「やっぱり信じてない!!ねえ、マーリン!どうせヒマで覗いてるんでしょ!?マーリンってば!」
「おいこら、人様に迷惑になるような大声を出すなって言っただろうが。それに変なのを呼ぼうとするなよ。本当に来たらどうすん……」
「そこで私、参上」
何の予兆もなく、元から居たかのようにヒカル達の数歩先に現れたマーリンは微笑みを浮かべていた。
「うわ、出てきた」
「あ、マーリン!来てくれたなら説明してよ!」
ヒカルはドン引きしながら、ゆりは光明が見えたとばかりに喜ぶ。
「悪いんだけど、説明って何だい?先程までヴォーティガンがめちゃくちゃにしてきた次元を修復してきたところでね。何の話をしてたのかな?」
「ゆりがいつニートを卒業するのかなって話だ」
「全然違う!マーリン、過去のお父さんの元に行った話をお父さんが全然信じてくれないから説明してよ!証人でしょ!」
ライバルに勝負に挑んでは負けて涙目になって帰る誰かさんを彷彿とさせる様子のゆりは懸命にマーリンに訴えかけるが、
「まあ、それはどうでもいいとして」
「よくない!!」
ゆりを無視して、ヒカルへと歩み寄り話を続けた。
「ヒカリ君、実は面白い話があって……」
「聞きたくない」
即答で拒否するヒカルにマーリンは変わらぬ調子で話しかける。
「ゆんゆんちゃんのことなんだけど」
「一応話だけは聞こうか」
「お、お父さん……」
一瞬で手のひらを返すヒカルを見て、軽く引くゆり。
満足そうなマーリンはウンウンと頷き、話を続ける。
「大変チョロくて結構。先程次元の修復作業をしてたんだけど、そこでまたとある世界を見てきてね」
「てことは違う次元のゆんゆんか?」
「そうなるね」
「じゃあ話は聞かない」
「おや、それは何故だい?」
「別世界ってやつにあまり干渉するなって言われたしな。それにこの世界のゆんゆんを愛してるんだ。違う何処そこのゆんゆんじゃない。ただでさえこの世界のゆんゆんだけでいっぱいいっぱいなんだ。他に何人もの女性や別次元のゆんゆんをどうにかこうにかしたりなんて無理な話だ」
「おやおや、家族だけじゃ飽き足らず、多くの子供たちや人達に愛情を注いでる君が、らしくないじゃあないか」
「変なことを言うんじゃねえよこの野郎。俺はただ武道を教わりたい奴に教えてるだけだ」
「では、今から話すことは聞いてもいいし、聞かなくてもいい」
「そうかい。帰るぞ、ゆり」
「え、う、うん」
マーリンに背を向けて、帰ろうとするヒカルの隣へゆりが追いつくと、その反対にマーリンが位置付きペラペラと話しだした。
「そこはサトウカズマ、女神アクア、シロガネヒカルが存在しない世界」
「ゆり、テレポートはできるか?」
「ごめん、ちょっと魔力が足らないかも」
「じゃあ、ちょっとスピード上げるぞ」
「う、うん」
二人が目指しているのは王都のテレポート屋。
そこへ向かうまでにマーリンを振り切るべくスピードを上げるのだが、マーリンはピッタリと並走してくる。
「そんな世界でめぐみんとゆんゆんは紅魔の里から、始まりの街アクセルへとやってきました。二人はアクセルに着くのも大変だったのですが、着いてからも大変でした。上位悪魔との死闘はエリス教徒のクルセイダーと盗賊の協力を得て、なんとか誰も死なずにやってきました。それからしばらくは無事な冒険者生活が続きましたが────」
いつまで経ってもヒカルの真横で物語調で話すマーリンに嫌気が刺したヒカルは立ち止まり、マーリンへと怒鳴る。
「ああもう、うるせえなこの野郎!それの何処が……」
「ある時、ソレはやってくるのです。ソレが通過した場所は何も残らず、街も国も全てを無に帰す。地獄そのもの。災厄を撒き散らす最悪」
「……」
「その名は『デストロイヤー』」
「……」
「デストロイヤーって、本当に存在したんだ」
ゆりが生まれる前に討伐されてしまったデストロイヤーではあるが、その話は聞いたことがあった。
話される内容がどうにも信じられず、話半分で聞いていたみたいだが。
「デストロイヤーはアクセルの街を通り過ぎようとしている。目指しているわけではなく、ただの通過点。通過点でしかないのに、そこは全てが死に壊される」
「デストロイヤーの動向はそれなりに早い段階で分かるはずだ。避難できるだろ」
「それがそうもいかない。ダスティネス家の御令嬢がアクセルを守ろうと躍起になっていてね。その御令嬢と仲良くなったゆんゆんも友人と共にアクセルに残るだろう」
「……」
「デストロイヤーの魔力障壁はね、普通じゃあ破れない。爆裂魔法すら数発耐えることが出来る。この世界では規格外の存在がいたから破ることが出来た。だから温存した爆裂魔法をデストロイヤー本体にぶつけることが出来た。でもその世界にはその規格外は存在しない。敗北は確定しているのさ」
「……」
「その世界で何が起こっても、死は免れない。だけど、その世界の外からの奇跡ならどうかな?」
「……」
「さあ、その世界の運命は君に託された。どちらを選んでも君には全く影響がないだろう。だがしかし、君が奇跡を望むと言うのなら、私は喜んで手を貸そう」
「…………ちっ、てめえこの野郎」
「お、お父さん……?」
「ふふ、どうしたのかな?」
睨みながら舌打ちするヒカルはマーリンへと手を伸ばす。
「俺の部屋にある剣を取ってきてくれ。お前なら出来るだろ」
「すでにこちらに」
マーリンは背後から取り出したかのように剣を両手に抱え、恭しく頭を下げられながらヒカルへと差し出す。
それはシロガネヒカルが所有する聖剣であった。
「まったく、面倒事どころか知らなくていいことまで教えてきやがって」
ヒカルは聖剣を受け取り帯刀する様子を見て、ゆりは尋ねる。
「お父さん、行くの?」
「ああ、面倒だけど仕方ねえ。さっさと終わらせるぞ。お前も付いてこい」
「え、ええっ!?私も!?」
「冒険者として多少は活動してるなら、どれぐらいの実力があるか見てやる。それでニートかニートじゃないか見極めてやるよ」
「ニ、ニートじゃないし!て、ていうかいいの?いつものお父さんなら止めそうだけど」
「早く終わらせて帰りたいからな。それに一人で戦うのは慣れてないんだ。多少は戦力が欲しい」
「た、多少って……ば、馬鹿にしないでよ!私は英雄譚を超える者、なんだから!」
「はいはい、わかったわかった」
「準備はいいかな?」
ムキになるゆりを適当に流すヒカルはマーリンに話しかけられ、二人は頷く。
「準備もクソもないけどな」
「お父さんのせいで、やる気マックスだよ。もうすっごい活躍するから」
「ふふふ、いいね。いやあ、デストロイヤーが討伐されるのを間近で見られるなんて、ワクワクしちゃうね」
「お前がそうなるように仕組んだだろうが」
「選択したのは君だろう?」
「ああはいはい、そうだな。帰りは家まで送ってくれよ」
「分かっているとも。帰る時間も今と変わらない時間にするさ」
「よし、じゃあさっさと行こう」
「オッケー、では足元にご注意を」
三人の足元に次元の穴が開き、三人はそこへと落ちていく。
ヒカルは仏頂面で、ゆりとマーリンは笑顔で。
「こういう時はこう言うんだよね、知っているとも」
ヒカルの冒険はすでに終わっている。
だが、そう。
ヒカルの娘、ゆりの冒険はまだまだ始まったばかり。
ここに新たな冒険の一ページが刻まれる。
ゆりは過去に行った時のように胸を高鳴らせた。
苦難はあれど、希望に満ちた旅路。
過去の英雄譚を超える伝説の続き。
「さあ、いってみよう!!」
『紅伝説Ⅱ』第二巻、はじまりはじまり。
頭がぼーっとする。
疲労感で身体も重い。
それもそうか、紅魔の里でずっと戦いっぱなしだったんだから。
シルビアの復活なんて、本当に意味が分からなかったけど、俺達全員でなんとか勝てた。
というか何で俺は木刀で戦ってたんだろう。
まあ、いいや。
アホほど疲れたし、里も取り返せたし。
「にしても、やっぱおかしいわ」
「おかしいって何よ」
「いや、おかしいだろ。里がここにあったのか疑いたくなるぐらいめちゃくちゃになってたのに、もう元に戻り始めてるじゃねえか」
「まだ元には戻ってないわ。里の柵とか家が少し直っただけよ」
「直ってんじゃん。おかしいじゃん」
あれから里の人達が戻って来て数時間しか経ってないのに、何でもう復興しかかってんだよ。
大災害レベルの荒れ具合だったのに、早すぎだろ。
「おかしい、とかいう言い方じゃなくて、褒める感じで言って欲しいんだけど」
「一応褒めてるんだけどな」
「もっとちゃんと」
「すごいすごい」
「もう」
膨れるゆんゆんを横目に二人で歩く。
さっさと帰ろうかと思っていたが、里の人達が無事に里の復興が出来る様に、少しぐらいは里の周りに来るモンスター掃除をすることになった。
今のところあまり出番は無いが、二人で里の外周を見て回っている。
ちなみにトリスターノは里が一望できる丘から数人の紅魔族と異常がないか見渡したり、戦闘があれば援護したりしていて、ヒナは怪我した里の人達に回復魔法をかけて回ってる。
「一応何か手伝いたくて残ったけど、残る必要はなかったかな」
「ううん、そんなことないわ。修復が進んでるのもモンスターの警戒に人員を割かなくていいからだし」
「そっか、なら良かった」
「うん。協力してもらってばかりで、おもてなしも出来ないのは心苦しいけど……」
「こんな状況で何言ってんだ。ヒナもトリスターノもそんなの目当てで残ってるんじゃないぞ」
「それはそうだけど……」
「そういうのはまた今度だ。ところで今日はどうする?あと少し見回ったら帰ることにしないか?俺達が泊まったりする方が負担かかりそうだし」
「うん、そうね。そうしましょう」
ゆんゆんが微笑んで頷いてくれた。
友人をもてなしたい気持ちも分かるが、今回ばかりは状況が悪かった。
そんなことで暗い表情になってほしくない。
「ヒカル、ここ覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
「ふふ、よかった」
俺達が着いたのは思い出の場所であった。
今回と同じように紅魔の里で戦って、そしてその後この場所でゆんゆんに告白された。
そんな場所忘れるはずがない。
里の様子は荒れていても、はっきりと分かる。
あの時、勇気を出して告白してくれたゆんゆんのあの力強さに俺は惚れ込んだ。
きっと、今言わなければならないことがある。
今度は俺が勇気を出す番だ。
何故か分からないが、そんな気がしてならない。
俺は、ぶっちゃけてしまえば怯えていた。
先の見えない未来なら、怯えることもなかったかもしれないが、俺は何の因果か自身が十年以内に死ぬことを知ってしまった。
先のことを考えないようにしていた。
だって俺にはその先が無いんだから。
でも、それでも、俺は。
やっぱり諦めたくない。
どんな辛い未来だって、素晴らしい未来だって、今諦めてしまえば、きっとダメになる。
俺は今まで努力しても、結果は得られなかった。
でも、今は違う。
ゆんゆんがいて、
トリスターノがいて、
ヒナがいて、
俺はようやく戦えるようになれた。
結果は出たんだ、出せるようになった。
あいつらがいれば、きっと俺はやれる。
見てしまった未来を想定して動いてどうする。
足掻いて足掻いて、足掻き続けよう。
俺が行った『すでにシロガネヒカルが死んでしまった平行世界』も可能性の一つ。
騎士王にあそこで殺されてもおかしくなかったけど、今のここにいる俺はもう一つの可能性を拾った。
だったら十年後に死んでしまっている世界も、あれもまた可能性の一つなんじゃないだろうか。
実際、騎士王のところで死ななかった俺はあれからも何度も死にそうになりながら、というか一度死んでしまっているが、結局は生きている。
ということは多分未来は決まってないはずだ。
希望的観測かもしれない。
根拠が無いかもしれない。
めちゃくちゃな理論かもしれない。
だけど、諦めるよりずっと良い。
それに何故だか、もっと良い未来があるような、そんな気がする。
未来を諦めて進むのではなく、これからは変えようと決意して進んでいく。
俺のこれからは今の俺の意思にかかってる。
手が届かないとしても、伸ばし続けよう。
最高の未来に向けて。
だいたいそういうのは、散々俺が今までやってきたことじゃないか。
だったら、出来るはずだ。
──うさん、頑張って!
なんだか、そんな声に背中を押された気がして、俺は一歩踏み出した。
「ゆんゆん、ちょっと、いいか」
「どうしたの?」
決意したはいいが、口の中が乾燥して、言葉に詰まった。
なんだかやらかした気分になって、誤魔化したくなるのを必死に抑えた。
この第一歩で躓いてどうするんだ気張れこの野郎。
「俺は、ゆんゆんのことが好きだ」
「うん、知ってるわ」
幸せそうに微笑むゆんゆん。
愛おしい気持ちが溢れる。
この気持ちだけは、誰にも負けない。
誰にも否定させない。
「だから、っ、ぁ──」
一番大事なところで、俺は気付いてしまった。
一番大事なものを用意してない。
というか用意するための準備すらしていない。
やっちまった。
この第一歩は間違いだらけだ。
なんで勢いに全てを任せてしまったんだろう。
後悔する気持ちと自身への嫌悪感でいっぱいになる。
「だから、その、なんというか、好きだって伝えたくて」
「うん」
「ほら、ここ、思い出の場所だから」
「ヒカル」
「あー、なんだ?」
「落ち着いて」
「……落ち着いてるよ」
「それなら、ヒカルの言いたいことをちゃんと言って」
「でも、俺は大事なものを……」
「必要ないわ。私はヒカルの気持ちが聞きたい」
「……」
「ヒカル、教えて」
優しい紅い瞳、柔らかい笑み。
それだけで俺は冷静になれた。
いつまで経っても情けない自分に苦笑してしまいそうになるが、伝えるべきことを伝えようと口を開いた。
「俺、これからも無茶なことする」
「ええ、知ってるわ」
「バカなことだってするし」
「ふふ、それも知ってる」
「失敗も、多分めちゃくちゃする」
「うん、知ってる」
「迷惑も、かける」
「うん」
「でも、俺はゆんゆんと一緒にいたい」
「──うん」
「だから──っ」
「俺と、結婚してくれ」
「────はい、喜んで」
一番大事なものだと思ってたものは全然必要じゃなかった。
大事なのは心だ。
とはいえ、用意しなかったら怒られてしまうだろう。
薬指のサイズは後でしっかり確認するとして。
そんなのはまあ、これからいくらでも出来るだろう。
今はただ、抱き締めよう。
壊れてしまいそうなほどの華奢な身体をしっかりと。
ずっとずっと隣にいる為に。
幸せな未来を迎える為に。
やったね、──うさんっ!
そんな声と花のような笑顔が見えた気がした。
ふと何かを感じて、里の方を向いた。
『あ』
「あ」
大勢の声と俺の声が見事にハモった。
今はゆんゆんを抱きしめている。
それはまあ当然だろう。
そんな状況を大勢の紅魔族が柵の向こうから見ていた。
「えっと……」
『おかまいなく』
「構うわ!!ちょっと、何見てんすかマジで!!」
「ここは居住区だって前も言ったじゃないか」
「いや、そうだけど!!見せる為じゃないんですよ!」
「またまたぁ」
「違うっつーの!!そっと空気読んで聞かないようにするとかあるだろ!!」
「ある?」
「ない」
「ないよねぇ」
「紅魔族ってやつは!!」
俺が叫んでしまった後、慌ててゆんゆんを見ると苦笑していた。
どうやら俺と同じくデジャヴを感じているらしい。
「あるえ、何書いてるの?」
「何って、決まってるじゃないか。先程のプロポーズのセリフだよ」
「は?」
とんでもないセリフが聞こえてきて、思わずその方向を見ると、あるえちゃんがメモを持って得意げな顔をしていた。
「私に手を出そうとしたくせに、あっさりゆんゆんにプロポーズしたんだから覚悟してほしい。具体的には鋭意執筆中の『紅伝説』に先程のセリフが丸々採用されると思っていい」
「はあ!?ちょ、何言って──」
「そうだ、こうしちゃいられない。族長の娘ゆんゆんのおめでたい話をみんなに伝えなきゃ!」
「え──」
「そうよ、早く行きましょ!」
「里の一大ニュースだ!」
「ねりまきはどうする?私はこれからこのメモを大事な場所に保管しに行くつもりだけど」
「私は友達のみんなに伝えてくるよ!」
「おいいいいいいいいい!!!広めなくていいわ!!待てこの野郎!!テレポートまでしてんじゃねえよ!!あ、くそっ!!この柵、魔法で強化されてやがる!!」
「あはははははは!」
「ゆんゆん、笑ってる場合にはじゃねえだろうが!!あの野次馬ども、全力で広めるつもりだぞ!!あるえちゃんなんか鬼畜の所業だぞアレ!!」
「諦めた方が楽よ?」
「おい嘘だろ!?ああもう、なんなんだよこの野郎おおおおおおおお!!!」
紅魔の里の夜空に俺の叫びが響き渡る。
この叫びは誰も聞いてくれない。
というか無視されてる。
でもまあ、アレはアレで紅魔族流のお祝いなのかもしれない。
俺は照れくさい気持ちを抑えながら、ゆんゆんの方を見ると幸せそうな笑みが返って来た。
その笑顔を見るとこう思うのだ。
俺は世界で一番幸せな男なんだ、と。
俺はゆんゆんを力いっぱい抱き締めて、この幸せが少しでも長く続くように願った。
『未来からの復讐』編はこれにて終了。
◯未来のヒカル
二児の父であり、武術ではなく武道をこの世界に広めた第一人者でもあり、聖剣エクスカリバーに選ばれた男でもある。
子育てが落ち着いた頃、誰も使おうとしない四人で稼いだお金を使い、王都で道場を建てる。
シロガネ流武道を子供たちを中心に武道を教える予定だったのだが、ジャティスやアイリスがヒカルの道場のことを大っぴらに宣伝したおかげで子供たちだけでなく、多くの門下生を抱えることになった。
教えきれない人数を抱えたヒカルはアクセルの街の孤児院を訪ね、武道を教えていた子供たちの中で希望する者達を引き取り、道場の指導員として雇うことで、なんとか道場を回すことに成功した。
道場経営に加えて、アクセルの孤児院での指導も続けていて、更には王都の王城の衛兵や警察などにも護身術を教えている。
ゆりの言う通り毎日ほぼ休みもなく、落ち着いたかと思えばマーリンに何処かへ連れて行かれたりと忙しい身ではあるのだが、夜には必ず帰ってくる愛妻家。
『紅伝説』などで戦争を止めた人物として知られているが、腕の立つ人物というより教育者として有名で、『武人』や『聖人に最も近い人間』と呼ばれている。
とある世界のボクシングを教えて、多くの人々を導いたスパルタ聖女と似た人生を送っている。
彼はひとりぼっちの少女をモンスターから守るべく、老いた身体で木刀を使って無理矢理戦ったことで寿命よりも少し早く最期を迎えた。
彼が関わった多くの人々に看取られながら、眠るように彼は死んだ。
とはいえ、これで最後ではなく、彼はこれから天界で激動の日々を過ごす。
人生の終わりを迎えても彼にはまだまだ『先』があるのだが、それはまた別のお話。
◯白銀ゆり
多くの才能、加護、縁、運命に恵まれた女性。
ゆりからすれば現在、ゆりからすれば過去、二つの『ムードメーカー』の影響を受ける唯一の人間。
彼女の冒険が終わりを迎えるのは数年後。
マーリンに唆されて、とある地に連れて来られた時のこと。
あるものを探している円卓の騎士たちと出会い、ゆりも同じくその捜索に参加した。
そこでゆりはとある円卓の騎士と惹かれ合うようになる。
それから彼女は本当の恋を知り、その騎士と結ばれた。
ゆりの冒険はここで終わり、神聖もヒナンドも失ったが、ファザコンを卒業し、人として幸せな家庭を築いた。
ファザコンを卒業したが、ヒカルが亡くなった日に一番泣いたのがゆりであることはまた別のお話。
◯マーリン
未来のほんの少しお人好しのマーリン。
ゆりとは多分親友のような間柄。
ゆりの冒険が終わってから段々と姿を見せなくなり、ゆりが亡くなってからは一切現れることがなくなった。
それもそのはず、マーリンはその次元から姿を消していた。
遙か未来で起こる災厄を見越して、すでに行動していたのである。
◯現在時点のヒカル
ゆりのことや今回の事件をマーリンの記憶操作で完全に忘れてしまっているが、なんとなく覚えていることもある。
無意識的にしろ意識的にしろ、ヒカルは死んでしまうことが分かっているので未来のことをなるべく考えないようにしていた。
だが今回のことで前向きになることができた。
最高の未来に向かって、突き進むことを決めたのである。
シロガネヒカルの精神の成長により、ムードメーカーの強化。
『信頼している仲間達』への強化から『愛する者達』への強化に変化。