143話です。さあ、いってみよう。
「では、負ければ何でも言うことを聞きましょう」
「上等じゃねえか!おい、お前ら聞いたな!?」
余裕綽々の笑みを浮かべるトリスターノの態度に腹を立てたキースはその場にいる全員に聞こえるように大声で尋ねた。
「あんた、やめときなさいよ。
「俺もギャンブルは好きだけど、一ミリも勝ち目のない賭けはしないぞ」
「やめとけ。損するだけだ」
だが、キースの信頼する仲間たちから返ってきたのはつれない返事であった。
ぐぬぬ、と更に腹を立てたキースはトリスターノに指を突きつけ、宣言する。
「ぜってえ勝つ!!」
「ええ、私も負けませんよ」
その様子を見て、呆れた顔になるパーティーメンバー達。
ため息をつきつつもリーンだけはまたキースを諭しに行った。
「キース、やめときなさいって。引き返すなら今よ?」
「はっ!誰が引き返すかよ!あのイケメンに赤っ恥を……」
「あんた、ヒカルが無茶苦茶に投げたビンを空中で射抜けるの?」
「……」
「あたし見たことあるけど、トリタンは何でもないように三つ連続でビンを射抜いてたわよ?」
「…………」
トリスターノの技量が凄まじいものだと改めて知ったキースは口も開けず、ダラダラと汗が滝のように流れていた。
そんな様子を見兼ねたリーンが代わりに勝負を断ってやろうとトリスターノへと話しかけようとした時、ギルドの扉が荒々しく開け放たれて、飛び込むように人が入ってきた。
「ぜぇ、はぁ……ト、トリスヒャ、はぁ……あぁ、トリスターノ様はいらっ、しゃいます、でしょうか?」
息も絶え絶えに立ってるのもやっとの状態だったが、声を張り上げて周りへと尋ねた。
呼ばれたトリスターノは不思議に思いながらも歩み寄り、事情を聞きに行った。
「ええっと、確かあなたは……」
「はい、アンナでございます!エリス教会でシスターをしております!趣味は料理と裁縫で、子供達の成長を見守るのが大好きです!特技は人を笑顔にすること!清き身体の十七歳!独身です!よろしくお願いします!!」
「えっ、は、はぁ。よろしくお願いします」
今にも倒れそうだったはずのアンナからは到底考えられないような勢いの自己紹介に軽く引きながらもトリスターノは言葉を返した。
「よろしくしてくれるんですか!?ありがとうございます!実はあたし、着痩せするタイプ……」
「あの、すみません。随分と急いでたみたいですがご用件は?」
「あっ、そ、そうでした!あたしったら、すみません。実はですね────」
アンナがこれまでのことを説明していくと、みるみるトリスターノの笑みは無くなっていった。
キース達も「またモテやがって」などと最初は思っていたが、トリスターノの雰囲気から察して黙っていることにしたようだ。
「──では、孤児院の方ですね?」
「はい。それとヒナギクは先に向かいました」
「……分かりました。ありがとうございます。わざわざ伝えに来ていただいて」
「いえ、滅相もありませんわ」
優雅に頭を下げるアンナは「名前を覚えてもらったぜイエイ」などと影で笑みを浮かべていた。
一方、トリスターノは静かに思考していた。
先にゆんゆんと合流するべきか否か。
ゆんゆんがいれば、確実に戦力になる上、万が一の時に逃げる事も出来るだろう。
テレポートで家へ帰れば、合流は一瞬で済む。
ただ入れ違いになる可能性もある。
ゆんゆんはヒカルやヒナギクの弁当より先にトリスターノの弁当を作り、ギルドまで届けてくれると言っていた。
テレポートで魔力を大量に消費しただけでなく、ゆんゆんと合流出来ないという最悪の事態は避けたい。
それにもし本当に円卓の騎士であるのなら、少しでも魔力は残しておきたい。
何より──
「──私が解決するべき問題ですね」
「はい?」
つい出てきた言葉を目の前で聞いていたアンナは首を傾げるが、トリスターノはすぐに「何でもありません」と返し、続けて言った。
「先程も言いましたが、ありがとうございます。後でお礼をさせてください」
「えっ、そんなお礼だなんて……でもトリスターノ様がそう仰るなら──」
「キースさん、すみません。勝負はまた今度でお願いします」
「えっ、おいおい──」
モジモジしながらお礼を何にするかを考えるアンナと勝負を後回しにされて文句を言おうとするキース、その二人には急いでいるせいか気付かずにトリスターノはダスト達の方へと向き直る。
「みなさんもすみません。参加させてくださいと私から言ったのに……」
「いいから行ってやりなさい。私達の方は気にしなくていいわ」
「ああ、元々簡単なクエストだし、分け前が増えるだけだ」
「行ってやれよ。ヤバいんだろ?」
いいから行け、と言ってくれるリーン達に再度礼を行った後、トリスターノは飛び出すようにギルドを出て行った。
それを見届けたリーンはダストに尋ねた。
「ダスト、あんた意外ね。さっきは楽して金を稼げるって言って喜んでたのに、文句の一つも言わないなんて」
「あ?それはお前『何言ってんだよこの野郎』ってやつだよ」
「その真似全然似てないわよ?」
「うっせ。まあ、ヒカルとは喧嘩もするけど、結構面白いやつだからな。トリスターノが行って解決するなら、それでいいだろ」
「ダスト……」
こいつにも良いところがあったのね、とリーンが見直していると、
「それにあいつら金持ってるしな!また奢ってもらわねえと!」
「……」
上がった評価が下がり、ゴミを見る目でダストを見るリーン。
「お、おいトリスターノのやつ逃げやがったぜ!俺は勝負の撤回なんて認めてねえし、俺の不戦勝だよな!?」
「「「…………」」」
「な、なんだよ!?冗談に決まってるだろ!?いや、ほんとに!だから、その可哀想なものを見る目はやめろ!!」
パーティー全員にドン引かれたキース、そして。
「いやでも、いきなりデートだなんて……でも、トリスターノ様がどうしてもお礼がしたいと言うなら──」
トリップ状態のアンナが未だお礼の内容をトリスターノがいると思い込んだ状態で考えていた。
見える。
剣も、槍も、短剣も、無駄に多い腕も。
分かる。
相手の呼吸、間合い、足運び、狙い、技術。
俺に剣の技術は無い。
相手とは天と地ほどの差がある。
正攻法で行けば、きっと一瞬で殺される。
先程のベティヴィアの懐へ飛び込んで攻撃するような、そんなありきたりで無謀な戦法は死地へ飛び込むようなものだ。
トリッキーな動きで相手を混乱させる。
土埃、石も使う、使えるものはなんでも。
隙は付かない。
相手の懐に飛び込まない。
これではベティヴィアを倒せないだろう。
だが、
ヒナが来てくれて、俺はかなり冷静になれた。
向こうの勝利条件は俺を殺すこと。
それと存在もしない神器とやらを手に入れるために俺を無力化すること。
じゃあ、俺の勝利条件はなんだ?
死なないこと、それと時間を稼ぐこと。
今でもここの周りは騒ぎになっているはずだ。
それが街全体に行き渡れば、何かしら動きがある。
ヒナが来ると言っていたトリスターノや他の冒険者や警察組織、そこら辺から戦力が来てくれれば、ベティヴィアも困るはずだ。
この駆け出しの街の戦力なんて大したものではないだろう。
だが、ベティヴィアがここにいることを公に知られることはかなりの痛手であるはずだ。
この戦争中に敵国の騎士がいるのは問題どころの話ではないだろう。
街全体、国全体を相手にすることはベティヴィアも望んでないはずだ。
倒すことは出来ないが、相手取ることは出来ている。
なら、出来る限り時間を稼ぐ。
それに多分だが、何らかの戦力の援軍が来たとしても大した被害にはならないだろう。
何故かは今の状況を見れば、分かる。
「『ヒール』!」
「くっ!」
俺が傷付いた瞬間にヒナは離れた場所から回復魔法を使い、ベティヴィアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
だが、その後もヒナを狙うようなことはしていない。
こいつの目的はあくまで俺一人。
悪人を倒すため、そして同僚を洗脳から解放するためにやってきた善良な騎士さま、ってやつなんだろう。
俺からすれば、言いがかり吹っかけてきたクソッタレ野郎だけど、それは今はいい。
相手の狙いも俺がどうすればいいかも分かった。
なら、相手の狙いを潰して自身の勝利条件に合う動きをするだけだ。
それに今の俺はかなり有利だ。
この状況下でトリスターノさえ来てしまえば撃退も可能だろう。
ある程度の傷はヒナが治してくれる。
ゆんゆんもいれば完璧だが、まともに戦えてる今なら特に問題無い。
「くっ、こんな男に……っ!」
相手も焦りのせいか動きが単調だ。
それになんというかチグハグに感じる。
こいつの四つの腕は確かに脅威だが、それ以上に操作が大変なのだと思う。
こいつの右半身を前に出して長剣を構えるのに合わせて、背中越しに槍を構える姿はまるで背中合わせで剣と槍を構える二人の騎士だ。
一人なのに二人を相手にしているような感覚。
だが、多い腕の操作と焦りがもろに影響していて、上手く機能していない。
「……やっと、追い詰めたぞ」
「それはどうか、うおっと!最後まで言わせろよ!」
ほぼ防御や避けることに重点を置いていれば、少しずつ後退するのは当然のことで、今はアクセルの街をぐるっと守っている外壁まで追い詰められていた。
上手く扱えていないとはいえ、相手が弱いわけじゃない。
なるべく付近に迷惑をかけないように動いていたのもあって、順調に相手の狙い通りに来てしまった。
だが、ここまで来るのにかなり時間を稼いだ。
もう少しで────
「はぁ……はぁ……時間を、稼いでいたのだろう?」
「……」
まあ、あれだけ逃げてれば分かるよな。
バレてたのは仕方ない。
追い詰められたとはいえ、俺もしっかり時間を稼がせてもらったし、相手も疲労してる。
俺もぶっちゃけかなりしんどいけど、まだやれる。
「屈辱だ。他人に力を借りてばかりの男をこうも手間取るとな」
「言ってろよこの野郎」
チラリと横目でこちらを見ている衛兵を視界に捉えた。
どうやら完全にビビっているらしく、武器を持ってはいるものの助けに入る気はないみたいだ。
まあ、そうだろうなと苦笑する。
どう考えても目の前の騎士は強いし、それに機械仕掛けの腕が背中から生える異様な姿は人間離れしている。
来なくて正解だ。
「……その余裕もここまでだ。こちらも余計なこだわりを捨てることにした」
「それでどうなるって……っ!?」
ベティヴィアが構えを解き、直立不動の姿になった。
壁を背にした俺をさらに追い込んでくるものだと思ったが、何もして来ないのか?
「なんだ休憩か?」
「ここは外壁の影になっていて涼しいから、そうかもしれないな」
「……」
今までこいつが冗談を吐いてきたことは一度もない。
何かある、そう思い緊張感が増す。
俺が木刀を油断なく構えると、ベティヴィアの機械仕掛けの腕の一つが持つ漆黒の短刀が妖しく光ったように見えた。
すると、
「は……?」
自分の見ている光景が信じられず、間抜けな声が漏れ出た。
ベティヴィアの体は直立不動のままだ。
だが、そのまま地面に沈み込んでる。
ぬるりと、音も立てずに、何でもないことのように地面へと飲み込まれていく。
まるで下降するエレベーターに乗っているかのように、ベティヴィアは数秒の間に完全に地面へ沈んでしまい、姿が見えなくなってしまった。
一体、何が起こったのか、全く分からない。
俺は辺りを警戒しつつ、離れているヒナへと呼びかけた。
「ヒナ、無事か!?」
「僕は大丈夫だけど、今の人は!?」
「分からない!気をつけろ!」
木刀を握る手に力が入る。
頬を汗が伝うのすら鬱陶しく感じるほど、自身の感覚を研ぎ澄ます。
何が起きているのか分からないが、いなくなって終わりなわけがない。
数人の衛兵がこの状況を見てはいるが、ベティヴィアが撤退するほどのものではないはずだ。
もう少しで───
「ヒカルッ!!!」
悲鳴のようなヒナの声が聞こえ、やっと捉えた光景に思わず体が硬直した。
思考停止でもあり、恐怖でもある。
もう目の前に死が迫っていた。
すぐ目の前の地面から漆黒の短刀を持った機械仕掛けの腕が地面から伸びているのが見えた。
また俺は────
後悔すらも追いつかないその刹那、
目の前が爆発し、爆風に吹き飛ばされた。
「どわあっ!!?」
「ぐぅっ!?」
後ろへと吹き飛び、すぐに体を起こすと同じようにベティヴィアが体を起こし、機械仕掛けの腕で飛来する矢を払っているのが見えた。
「トリスタンッ!!」
怒りの声を上げるベティヴィアに応えるようにトリスターノが弓を構えながら現れる。
ということは、いつもの爆発するポーションを仕込んだ矢が俺達二人の間で着弾させて爆風で助けてくれたってことか。
まあ助かったのだし、何でもいい。
「ヒカル、大丈夫っ!?」
「ああ、大丈夫だ」
ヒナが駆け寄ってくれて、回復魔法を掛けてくれて立ち上がるのを助けてくれる。
「お久しぶりです、ベティヴィア。こんなところで奇遇ですね」
コイツのイケメンスマイルにここまで安堵する日が来ようとは思わなかった。
遅いくせに格好つけてんじゃねえぞ。
これだからイケメンは。
「ったく、遅えんだよこの野郎」
「お誘いが無かったもので」
「じゃあお前、このクソッタレ同窓会に呼ばれたら来たのか?」
「お口が悪いですよ。ええまあ、貴方がいるのなら多少は我慢しますとも。反吐が出そうですけど」
「お口が悪いぞトリスターノ」
「おや、失礼しました」
不敵な笑みを浮かべるトリスターノに思わず座り込んでしまいそうになるほど、安堵する。
「トリスタン、本当に何をしているッ!?同士に刃を向けるかッ!!」
「えっと、弓矢なのですが?」
「馬鹿にしているのかッ!!円卓の騎士ともあろう者がこんなところで、そんな格好で何をしているかと聞いている!!」
激昂するベティヴィアに油を注ぐような態度のトリスターノはベティヴィアの問いかけに眉に皺を寄せた。
その後、トリスターノの表情は引き締まり、真剣な面持ちでベティヴィアへ話しかけた。
「私からもいくつか聞きたいことがあります。貴方が何故、騎士王の所有する武器である“カルンウェナン”を持っているのか、まずはそれをお聞きしたい」
「何故ここにいるのか、ではないのか?」
「それは後で」
「……単純な話だ。借り受けた、騎士王からな。それと何故ここにいるかは貴様のせいだ。貴様を連れ戻しに来たからな」
「そうですか。誠に申し訳ありませんが、今のグレテン王国に戻る気はありません。お帰りください」
「トリスタン……そうか、呼びかけに応えてくれないか」
「はい、お帰りはあちらです。どうぞ、今すぐに」
トリスターノが門の方へ一瞬だけ視線を飛ばし、アクセルから出ていくことを促す。
だが、ベティヴィアは首を横に振る。
「トリスタン、私からも騎士王に掛け合う。簡単にはいかないだろうが、今は国の危機だ。きっと許しをもらえるはずだ」
「……」
「何故だ……トリスタン。そこまでその男に操られてしまっているのか……?国のため、王のために戦うと誓ったではないか……!」
「……今の王のためには戦えません。私は戻りません。即刻お帰りください。私も貴方を力で追い返すようなことはしたくない」
「そうか」
苦しむような表情でベティヴィアはユラリと立ち上がる。
そして覚悟を決めたような顔でトリスターノを睨み、
「では力尽くで貴様を連れて行こう」
五つの腕であらゆる武器を構えてベティヴィアはそう言った。
◯カルンウェナン
騎士王が所有する武器の一つ。
影の中に潜り込める能力を持つ短刀。
能力だけでなく、一振りで人を真っ二つにしてしまえるほど凄まじい切れ味でもある。
このファンでも固有武器でカルンウェナンが存在するが、あれとは別物で今ベティヴィアが持っているものが本物。
ベティヴィアが少し弱そうな表現になってしまいましたが、あの戦法自体はまだ未完成であり、試行錯誤段階といった感じです。
合計五本の腕を扱って戦うなんて誰もしていませんからね。
扱いきれていないのと、彼自身が戦場に出ることは少ないことが関係しています。
円卓の騎士ではありますが、実力は下の方で、大半は騎士王の身の回りの世話をしていることが多いからですね。
これ以上はまた次あたりに。