149話です。さあ、いってみよう。
────足取りが重い。
何故かは言うまでもなく、僕に迷いがあるからだ。
税金、そんな当たり前のものを天使になってからは『知識』として知っていたけど、僕には縁遠いものであった。
僕がアクセルに来る前は山奥に住んでいたし、そういったことは大人であるお父さん達が処理していただろうから余計にそう感じていた。
そんな見慣れないものが急に目の前に現れたとなれば、誰でも困惑すると思う。
ついでに、僕達が頑張って稼いできたお金の半分を寄越せと言われれば、困惑も極まるというもの。
ヒカルも少し驚いていたけど、すぐに支払うと答えていた。
少し意外に思ったけど、ヒカルは根が真面目だからとすぐに納得した。
それでも、僕は───いや、余計な言い回しは無しで正直に言おう。
僕は税金を払うのに反対だ。
僕達が頑張って稼いできたのに、そんな思いもあるけど、このお金はヒカル達にきっと必要なもので、ヒカル達が使うべきものだとそう思っている。
僕はいらない。
僕は、近い将来にこの世ではなく天界に行くことになるから、お金は必要じゃない。
でも、他の三人は違う。
僕はダクネスさん達が帰った後に言った。
税金を払わない貴族のこと。
税金関連の決まりや抜け穴、そして払わずに済む手口。
ダクネスさんからの依頼は受けずに、少しの間紅魔の里にでも滞在すれば税金は支払わずに済むこと。
それらを話した。
ゆんゆんやトリタンは僕の意見に賛成しているような雰囲気に見えたけど、それでもヒカルの意志は変わらなかった。
僕はなんだか複雑な気持ちになりながらも、それ以上のことを言うのはやめた。
これは僕の気持ちの問題でしかない。
それに税金はこの世の中が回っていくのに必要なシステムだ。
だから、仕方のないことなんだ。
そう思っているはずなのに、僕の足は重い。
三人がもし病気になってしまったら……。
病気は魔法では治せない。
僕がなんとかしてあげられるかもしれないけど、万が一出来ない可能性を考えると胸が苦しくなる。
でも、お金があったら必要な薬や薬草を取り寄せることが出来る。
今税金を払ってしまって、薬や薬草が買えなくなってしまったら……。
トリタンが、いやもしかしたらヒカルも悪い女の人に騙されてしまったら……。
慰謝料とかをふっかけられて、路頭に迷ってしまったら……。
きっとそんなことは起こらないと思うけど、絶対じゃない。
三人に何かあったらと思うと、僕は気が気でなくなる。
「ふふ……」
なんだか可笑しくて笑ってしまう。
僕は随分と変わってしまった。
ほんの少し前のことなのに、変わる前の僕は遠い昔のように感じる。
変わる前の僕ならきっと、正しい選択をする。
正しくあろうとして、何があっても胸が張れる行動をする。
「あ、あー、僕教会に呼ばれてるんだったー」
これはきっと間違った選択だ。
変わってしまった僕は、自ら間違った行動をする。
それでもね、変わる前の僕。
僕は間違っていたとしても胸を張るよ。
愛する人がいて、愛する人たちに囲まれて、愛する人たちのために行動出来るんだから。
さっと方向転換した僕は教会へと駆けて行く。
重かった足取りが、どこまでも軽やかに。
晴れ渡った空を見ると、自然と笑みが浮かんだ。
「よーし、今日もお仕事頑張るぞー!」
まあ、でも、それはそれとして。
もしもの話ではあるけど、仕事が忙しすぎたらやるべきことの一つや二つ忘れてしまうこともあるかもしれないね。
「ヒ、ヒカル、ちょ、ちょっと待った!」
「なんだよこの野郎。まあ、いいや。言われた通り少し待ってやるよ」
俺の制止の声をあっさり受け入れたヒカルは凶悪な笑みを引っ込めて、しゃがみ込んだ。
「……ヒカルは今の状況がわかってるのか?」
「税金払えって言われてんだろ?」
しゃがみ込んで退屈そうに地面にある石を何個か拾ってもて遊ぶヒカルは何でもないことのように言った。
「分かってるならアホなことしてないで逃げるぞ! お前だってかなりの金額に……」
「俺は払うから特に問題無し」
「…………」
ヒカルは多分嘘は言ってないのだろう。
そして先程のダクネスの発言……。
「お前らグルか!」
「あ?」
「ナ、ナンノコトカナー」
ヒカルはしゃがみ込んだ姿勢で乱暴な返事をしてくるヤンキースタイルなのはともかくとして、目を逸らして分かりやすいダクネスのおかげではっきりとした。
「ダクネス、いいか? 俺は『スティール』を続けたっていいんだ。この意味がわかるよな?」
「カズマ……危機的状況とはいえ最低すぎるぞ」
「何でお前は頬を赤らめてるんだ」
何故か興奮した様子のダクネスに本当に『スティール』をかましてやろうかと悩みながら、周りの様子を確認する。
逃げ出す冒険者とそれを追いかける徴税官という図は最初から変わらないが、先程ヒカルの周りで倒れていた冒険者達がズルズルとギルドに引き摺られて連れて行くのと、こちらをチラチラと見てくる徴税官やギルド職員が見えた。
もう完全にあいつらグルだ、ヒカルが俺をぶっ倒すのを今か今かと待ってやがる。
「なんというか、ここまで来たら剥かれるのも悪くないかなと思ってしまった私はダメなのだろうか」
「お前は最初からダメだったよ! いいから、協力しろダクネス! ヒカルに邪魔しないよう言うんだ。そうすれば──」
枷を引きダクネスを説得しようとしていると、俺とダクネスの顔の間を凄まじい風切り音を立てて何かが通り過ぎていき、後ろの壁に衝突した。
「あ、外した」
「…………」
ダラリと冷や汗が流れる感覚を味わいながら、恐る恐るヒカルの方を見ると、いつの間にか立ち上がり、左手に何個も握り込んだ石の一つを右手に持ち始める姿が。
「俺のコントロールが悪いのか、それともお前の幸運がすごいのか。どっちなんだろうな」
「ちょ、待て待てヒカル!」
「ずっと待ってただろうが。まあ、どっちでもいいや。当たるまで投げれば分かることだ」
ゆっくりと投球フォームに入るヒカルから逃れようと枷を引きながら走ろうとするが、ダクネスを引っ張りながらでは確実に逃げきれない。
もう覚悟を決めるしかないのかと固く目を瞑ったその時。
「んぅっ!」
鈍い音とともに、何故だか変態の嬌声が聞こえた。
「えっ、何やってんのお前」
ヒカルの困惑した顔と俺の前で大の字で立ち塞がるダクネスの姿があった。
「くっ、カズマに脅されて従うしかない私はこうして盾にされているわけだが構うな。私ごとやれ。仕方がない、カズマに従うしかないのだから仕方がないのだ!」
「盾にはしてねえだろ!! 謂れのない発言には断固抗議するぞ俺は! それと説明口調やめろ!」
興奮した様子でとんでもないことを言う変態にすかさず言い返すが、その時にダクネスが勝手にやってる盾から俺の身体が出ていたらしく、その瞬間を目ざとく狙ったヒカルがまたもや石をぶん投げてきた。
「あぁっ!」
明らかに常人が当てられたら怪我で済まないスピードで飛来する石に嬉々としてその身を投げ出すダクネスはまた悦びの声を上げた。
守ってもらえるのはありがたいはずなのに、すごく嬉しくない。
「どうした、ヒカル。ドSと呼ばれるお前はそんなものか。私のことは気にしなくていい。さあ、やれ! やるんだ! バッチこ──い!!」
どうしよう、この変態。
「何がバッチこいだお前は! 自ら石に当たりに来てんじゃねえよ! 貴族の威厳は何処行ったんだ! いいから退きやがれこの野郎!」
「超断る!!」
「マジでなんなんだこいつ……」
ヒカルがダクネスの変態っぷりに頭を抑えているこの瞬間がチャンスだ。
俺は初級魔法をこっそり唱えて、土を生成する。
そして、ダクネスの後ろからゆっくりと手を出してさらに初級魔法を唱えた。
「『ウインド・ブレス』」
風魔法で土を飛ばして、相手の目潰しをする。
はずなのだが──
「っらぁ!」
ヒカルは瞬時に反応して目を瞑り、木刀を腰から引き抜くと地面に突き刺し、そのまま力任せに俺たちの方へと振るった。
「うおっ!?」
「うぅんっ!?」
初級の風魔法が可愛く思えるほど、土や石が物凄い勢いで飛ばされて来る。
俺の前にいるダクネスは散弾銃でも浴びたかのように石が飛んで来たせいか、満足気な声が聞こえてきた。
「ダクネス、本当にお前ごとやるからな」
「ああんっ!!」
ヒカルの声が先程よりも近くから聞こえてきたその直後、ダクネスが吹き飛ばされて後ろにいる俺ごと地面へと倒れ込んだ。
「ごほッ! やばい、死ぬっ! ダクネス重い! 早く退いてくれ!」
「なっ!? 失礼すぎるぞ! これは重りの影響だ!」
「いいから退いてくれ!! 早くしろって! うわあっ!?」
ダクネスの下敷きにされて死にそうになりながらダクネスに退くように言っていると、ダクネスの後ろからこちらへと跳んで木刀を振り上げているバーサーカーの姿が見えた。
俺はダクネスと転がるようにしてヒカルの一撃をなんとか避けることが出来た。
ヒカルとある程度の距離が出来て転がるのを止めると、土埃を払いながらヒカルが面倒そうに立ち上がる姿が見えた。
「ったく、カズマを足止めするとかなんとか言ってたのに、余計厄介になってどうすんだよ」
「あ! やっぱりお前らグルなんじゃねえか!」
「お前だってダストを買収したりなんだりしただろうが。それにグルとかグルじゃねえとかどうでもいいんだよ。お前が税金を払えば、俺もダクネスもついでに周りの奴らも嬉しいってだけの話だ」
…………どういうことだ?
「何で俺が税金を払うとヒカルが得をするんだ? まさか俺にとんでもない賞金でもかかってるんじゃないだろうな?」
「金の話じゃねえよ。気持ちの問題だ」
「気持ち?」
「お前が税金を払うことで少しでもお前の懐に打撃を与えられたら、俺は気持ち的にスカッとするってことだ」
「……お、お前、そんなことで!?」
「おう、俺的にはグッドタイミングってやつだ」
「い、いやちょっと待て! お前にそこまで恨みを買うようなこと……あっ、さっきの口ぶりからして腕相撲の時のことか!?」
「いや、別に? 俺がそんなことで根に持つわけないだろ。全然あんなんで怒んないよマジで」
「うそつけ! 完全に根に持ってるだろ!」
ヒカルの表情は笑っているが、青筋が立っているのが丸わかりだった。
グッドタイミングってそういうことか。
やり返すにはこれ以上ないぐらいの絶好のシチュエーションだ。
くそ、これはマジでまずい状態だな。
「な、なあカズマ……その、道の往来でこのような格好をいつまで……」
「お前さっきからもっと恥ずかしい姿を道の往来で晒してたくせに今更何言ってるんだ」
ダクネスの言葉を受けて下を見ると、まるで俺がダクネスを押し倒したかのような図になっており、赤面するダクネスが見えた。
いつもなら慌てて立ち上がってるところだが、先程ダクネスのアレっぷりをこれでもかと見せられてるせいか冷静に言い返した後、ダクネスの手を引き二人で立ち上がった。
「ダクネス、これ以上は邪魔するな。手錠ももう外しちまえよ」
「……手錠は外せない」
「お前な、いい加減に……」
「鍵は屋敷の庭へ放り捨ててきたから、その、外すことは出来ない」
「「は?」」
俺とヒカルの声が綺麗にハモった。
え、こいつ、今なんて言った?
「鍵なんか持っていたら、どうせお前のことだ。一発でスティールされるに違いないと思って捨ててきた」
「じゃあ帰るまではずっとこのままってことか!? 鍵はすぐ分かるところに置いてあるんだろうな!?」
「……適当に放り投げてきたから、探すしかないな」
「お、お前は本当にバカなんじゃないのか!?」
「う、うるさい! これもお前が厄介極まりないのが原因だ!」
俺がダクネスと口論をおっ始めていると、
「俺に良い考えがある」
などとヒカルが言ってきた。
正直あまり期待出来ない。
「……一応聞こうか」
「カズマの手を切って、アクアに治してもらえば手錠をはずせる」
「ざけんな! 却下だ、却下!」
「アクアなら治せるだろ」
何でもないことのように宣うヒカル。
やっぱり期待出来るものじゃなかった。
やっぱり頭バーサーカーじゃ……うん、バーサーカー?
「ていうかお前なら手錠を壊せるんじゃないのか?」
「壊したらもったいないだろうが」
「どう考えても俺の手の方がもったいないに決まってんだろ!!」
「手錠が壊れてもアクアには直せないからな」
「そういう問題じゃねえ!!」
俺の方が確実に正論を言っているのに、あまり納得がいかない顔をするヒカルには多分何を言っても無駄なのかもしれない。
本当にこの状況は、どうしたものか。
なんだかんだで二次創作を投稿し始めて二年が過ぎたというのに、原作主人公のカズマ視点を書くのが珍しいという意味の分からない状態で、書くのにだいぶ時間がかかりました。
カズマってこんな感じだっけ、という不安から何回も原作を読みに行ったりするのもだいぶしんどかった。
最後まで書きたかったのですが、ここまでにして、つぎからはヒカル視点に戻そうかなと思っております。