151話です。さあ、いってみよう。
「パーパッ! パパ!」
俺の腕に抱かれて幼児がきゃっきゃっと喜んでいる。
あれから数年が経ち、俺とゆんゆんの間に子供が産まれた……なんてことはなく、最近お馴染みのエリス様の元で仕事をして帰ってきたヒナが疲労して幼児化しているだけである。
ちなみにゆんゆんさんはバチバチに俺を睨んできてる。
子供が産まれててこの状況なら多分俺達は終わりだろう。
ついでにトリスターノのやつは一人微笑みながらコーヒータイムだ。
あいつの表情筋はどうなってるんだろうな、なんてクソほどどうでもいいことを考えてしまうぐらいに俺は逃避したい状況なんだろう。
「次にヒナがエリス様のところに行く時にこっそりついて行こうと思う」
「……ふーん」
ゆんゆんさんはご機嫌斜めであまり話を聞いてくれなさそうだ。
返事を求めてトリスターノに視線を向けると、トリスターノは苦笑気味に俺に尋ねてきた。
「それはいいのですが、天界……でしたっけ。そこへ行くにはヒナさんの力が必要なのでは?」
「ああ、だけどいい加減どうにかしないといけないからな。最悪の場合はエリス様からもらったアレを使う」
アレとは栞のような形状をしたテレポート出来る道具のことだ。
回数制限がある代物だが、俺一人で行く手段はこれしかないから仕方が無い。
「……そんなにエリス様に会いたいんだ。ふーん、そうなんだ。女神様だもんね、ふーん」
なんか誤解してらっしゃる。
いや、というか。
「ゆんゆん、聞いてくれ」
「なに?」
「俺はヒナが絡んだ時の
「……」
疑わしげな目でこちらを見てくるが、こればっかりはマジだ。
エリス教の御神体であるエリス様の外見が美しいというのはこの世界の住人の常識で、それを深読みしてか俺がエリス様に会いたがっているとゆんゆんは誤解しているみたいだが、大変遺憾です。
外面がいいのは確かだが、ヒナが関わると本当にロクでもない女神になる。
やっぱり中身が大事なんだ。
それと胸。
「とりあえず次にヒナがエリス様のところに行く時はこっそりついて行くことにするから、二人もヒナが夜に出掛けそうな時は言ってくれ」
「……ヒナちゃんがそばにいるのにそんなこと言って大丈夫なの?」
俺に抱っこされておねむになり始めたヒナを軽く睨みながら不機嫌そうに尋ねてくるゆんゆん。
トリスターノも同じくそう思ったのか頷きながらこちらを見つめてくる。
「最近幼児化してる時の記憶が無いらしい。ヒナが自分で言ってたから、多分大丈夫だ」
ヒナ自身も理由はよく分かってないらしいが。
「それは大丈夫なんですか?」
「分からん。ついでにエリス様に聞いてみるか」
とはいえ、ヒナはかなり特殊みたいだから分からないかもしれないが。
とりあえずあの女神様に丸投げしとけばいいだろう。
とにかくこの幼児化をどうにかしなきゃな。
数日後、ヒナが夜遅くに家を出たのを確認し、俺も外へと繰り出した。
どうやら天使になって飛んで行ったりはしないようで、尾行は出来そうだった。
そう思ったのも束の間、ヒナの追跡は困難を極めた。
視線でも感じるのか、それとも野生の勘なのか、ヒナは振り向いてきたり、元来た道を戻ったり走り出したりと明らかに警戒していた。
俺がスニーキング技術を某ゲームから学んでいなければ確実に途中で見つかっていた。
身体能力が上がっていたのも素早く隠れられたり、ヒナの動きの些細な変化に気付けたのも見つからずに済んだ大きな要因だろう。
と、良い感じのことを言ってはいるが、暗い夜道にゲームで学んだだけの素人技術、そしてヒナの警戒の高さ、それらは俺が手に負えるものではなかった。
わかりやすく言えば見失ったのである。
だが俺は結果として物陰からヒナがとある建物へ入っていくのを確認していた。
ヒナの向かった先や道選びから行き先は予想が付いた。
俺は見失ってからはヒナの追跡を諦めて、別の道を通って先回りすることで、なんとかヒナの行き先を見届けることに成功した。
これで予想を外していれば悲惨だったが、苦労をした甲斐があった。
先回りする際に、俺のケツを狙うアクシズ教徒や「絵のモデルになってくれないか!?」と迫ってくる絵描きのアクシズ教徒を相手にするのは本当に苦労した。
まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
俺はしばらくしてから物音を立てないように近付き、エリス教会の扉をそっと開けて身を滑り込ませた。
教会に入り、外と同じように視界の悪さに悩まされるかと思ったが、不思議と教会の中は明るかった。
明かりが点いているというわけではなく、自然と、不思議と、月明かりが差し込んでいた。
そのおかげで俺は正面奥の祭壇の一番近くのベンチタイプの椅子にヒナが腰掛けているのを簡単に見つけることが出来た。
後ろ姿しか見えないが、特に何かをしているようには見えないことを不思議に思いながら、なるべく気配を消しながらヒナへと近付いていった。
近付く途中でベンチの高さに合わせてしゃがみながら移動したおかげで全く気付かれることなく、席の横側からそっと顔だけ出して覗き込んだ。
「バブッ! バブバブッ! キャッキャッ! マーマッ! バブバブ、オギャッ!」
そうバブバブ言っているのは幼児化したヒナ、なんてことはなく────ヒナに膝枕された
そのあまりに地獄な光景に隠れるのがバカらしくなり立ち上がると、
「はっ! 誰ですか!?」
「えっ!?」
いち早く俺に気付き、おしゃぶりを取りながら起き上がるエリス様と遅れて気付くヒナ。
「なんだ、ヒカルさんですか。まったく、驚かせないでくださいよ」
「な、なんでヒカルが……?」
「なんだ、じゃねえんだよこの野郎。あんた何してんだ」
俺だと分かるとすぐにヒナの膝へと横たわるエリス様に若干イラッとしつつも俺は尋ねた。
「何って、見て分かりませんか?」
「分からないから聞いてんだろうが」
あまり分かりたくないけど。
「私、気付いたんですよ。赤ちゃんっていいなって。好きに甘えてもいいし、泣いても許される。前のヒナギクの赤ちゃんプレイを見て気付きああああああああああああッ!!? あんよがああああああああああああああああ────ッッ!!」
額に青筋を浮かべたヒナがエリス様の足を鷲掴みするぐらいの勢いで
「ちょ、ちょっとヒナギク!? 一体赤ちゃんに何をするんですか!? 『あんよが上手』が出来なくなったらどうするんですか!?」
「はあ、すみません。何か聞き捨てない言葉が聞こえたので。あと、エリス様の足がどうなっても別にどうでもいいです」
転げ落ちたエリス様はすぐに立ち上がり抗議するが、そんなエリス様をゴミを見るような目で一切心のこもっていない謝罪をするヒナ。
「まったくもう、ヒナギクはツンデレさんなんですから。まあ、いいです。続きをさせていただきましょう、よいしょっと」
そう言って少しばかり呆れた様子を見せながら、無駄に華麗にヒナの膝枕へと戻る変態女神は俺に視線を寄越しながら尋ねてきた。
「それで、ヒカルさんは何しに来たんですか?」
俺と話す気があるのに、なんでこの女神は起き上がらないんだろう。
「正直聞きたいことはまだまだあるんだが、まあいいや。ヒナがあんたの仕事を手伝った後、疲れきって帰ってくるもんだから心配になって様子を見に来たんだ」
「なんと。それは本当ですか、ヒナギク?」
予想だにしなかったのか、エリス様は驚いた様子でヒナギクを下から覗き込んで尋ねた。
「……ええ、まあはい」
「そこまで負担になっていたとは知りませんでした。最近は貴方達の家の様子は見ることが出来ませんでしたからね。でも、不思議です。ヒナギクには私の休憩時間にこうしてママになってもらうことと幾つかの仕事を任せているだけなので、そこまで無理をさせているとは露知らず……少し考える必要がありそうですね」
多分だけど、他に何をさせられているのかを聞くまでもなく、今のこの状況こそがヒナの一番の負担だと思う。
死んだ目になって表情が抜け落ちてるヒナとか初めて見たし。
「一応聞くけど、他には何をさせてるんだ?」
「……天界のことなのですが、ヒカルさんにも話しておきますか。天界の一人の天使が行方不明になっており、その天使の簡単な調査をヒナギクに任せていました。天界として由々しき事態ではありますが下界に渡ったことだけは分かっていて、それ以外は目的も含めて不明です」
エリス様が思ったより変態だったのがバレて逃げ出したんじゃないだろうな。
ヒナへと視線を向けると、ヒナは首を横に振った。
「エリス様からは調査のためにこの街から出たりする必要はないって言われてたから、僕でも分からなかった。上手く隠れてるのか、それとももう……」
「さ、流石にそこまでのことにはなってないはずです。何があっても天使ですから。と、というわけでこのお話はお終いです。ヒナギクに任せているのは身近な情報収集程度で、大したものではありません。というかいい加減ヒカルさんも座ったらどうです?」
そう言われて、確かにこの光景に圧倒されて立ちっぱなしだったなと気付く。
俺はヒナ達の近くへ座ると、エリス様が微笑むと。
「ふふ、では貴方には『娘に孫が出来て温かく微笑むお爺ちゃん』の役をやらせてああああああああああああッ!!? 頭がああああああああああああああああ────ッッ!!」
ヒナの逆鱗に触れたエリス様はアイアンクローを食らい、痛みから逃れるようにじたばたしながら転げ落ちていった。
「ヒナギク、何をするんですか!? 赤ちゃんの頭は一際デリケートなんですよ!?」
「はあ、すみません。頭おかしくなっちゃったのかと思って、ついやってしまいました」
先程のように転げ落ちたエリス様はすぐに立ち上がり抗議するが、そんなエリス様をカスを見るような目で一切心のこもっていない謝罪をするヒナ。
「まったくもう、ヒナギクは照れ屋さんなんですから。まあ、いいでしょう、よいしょっと」
そう言ってまたヒナの膝枕に収まるエリス様。
とりあえずエリス様はいいや。
ヒナに少しばかり聞いてみるとするか。
「ヒナ、お前何でこんなことやってるんだ?」
「うっ、そ、それはその……」
「それについては私から説明しましょう。あむっ。ひまぎくひは」
「おい、外せ。それ腹立つから外せ」
何故かおしゃぶりをつけ始めてから説明をし出すエリス様にイラついたせいか乱暴な言い方になってしまったが、特に気にするようなことでもないだろう。
「……仕方ありませんね。私もヒナギクにはこんなことをお願いするのは大っっっ変心苦しいのですが、ヒナギクがどうしてもしたいと」
「言ってません」
「……」
「言ってません」
「…………私が預けた指輪を勝手に譲渡したヒナギクが悪いのです。私はとても悲しいです。ヒナギクを信頼して預けたというのに、よよよ……」
嘘泣きを始めるエリス様にムカついたのか、拳を震わせるヒナを見て、俺はなんとなく思い出していた。
確か『聖女の指輪』とかそんな感じの指輪だ。
あの指輪は俺が死んだ時に行った平行世界で……。
「大丈夫だよ、ヒカル。後もう少しでこれも終わるから。あと少し耐えればいいだけだから」
疲れた笑みでそんなことを言うヒナからは全然大丈夫には感じないのだが、このエリス様に早くやめるように言っても聞きそうにないしな。
もう少しで終わるらしいし、俺が出来ることも無さそうだから、負担をどうにかするっていうのを聞いたら帰ることにするか。
「で、エリス様? ヒナへの負担軽減はどうするんだよ」
「そうですね……はっ、思い付きました! ヒナギクにママになってもらうのは譲れませんが、ヒナギクの休憩時間の間は私がママに……」
「嫌です」
「えっ」
「絶対に嫌です」
「ひ、ひどいっ! 私のママ役に何の不満があるんですか!?」
「全てです」
うぅ……と泣き始めるエリス様を冷たい目で見下ろすヒナ。
「辛いならいちいち朝まで付き合わなくていいからな」
「うん、そうする」
「ちょっ!? 私がこの至福の時間の為にどれだけ頑張ってると思ってるんですか!? 無理は良くないと思いますけど、この赤ちゃんタイムは私に必要なことなんですよ!?」
これでヒナも帰ってくる度に幼児化したりはしないだろう。
俺は帰るとしよう。
「じゃあ俺は帰るけど、無理はするなよヒナ」
「うん、帰り気をつけてね」
「ヒカルさん、もうお帰りですか。お気をつけて。さて、私はご飯の時間ですね。ヒナギク、おっぱiああああああああああああッ!!? お手てがああああああああああああああああ────ッッ!!」
大絶叫と転げ落ちる音を聞きながら、俺は教会の出口に向かう。
「酷いですよ、ヒナギクっ! 赤ちゃんのお手てを捻るなんて! 赤ちゃんの身体は繊細なんですよ!?」
「はあ、すみません。僕の身体には必要以上には触れないという約束をエリス様が破ったので」
「じゃあ赤ちゃんの栄養は一体どこから──」
そんなやり取りを聞きながら、俺は教会を後にした。
久しぶりに書いてて楽しいお話でした。
忘れた人のために言っておくと、指輪は平行世界のヒナギクが持ってます。
伏線も出せて解決(?)もしてギャグも出来て、かなり満足です。
爆焔アニメの新PVが8月26日の19時に公開されるそうです。
要チェックですね。