63話です。さあ、いってみよう。
「今日も良い天気だね!」
「はあ?なんだお前」
とある日の朝食後、満面の笑みのヒナがやたら声を張り上げてそう言った。
「ヒナちゃん、いきなりどうしたの?」
「今日はみんなでクエストにでも行こうよ!シッ!シッ!」
そんなことを言いながら、シャドーボクシングを始めた。
なんだこいつ。
「え、ヒナちゃん、ごめんね。私今日はお父さん達に呼ばれてるから、一度紅魔の里に戻らないといけないの」
「あれ!?そうだっけ!?じゃあ三人だね!三人で行こう!」
ゆんゆんが手紙を貰ったのは数日前で、一度紅魔の里に戻ることは、ここにいる全員が知っている。
それにトリスターノも今日は用事がある。
ヒナはいつも全員のスケジュールを覚えているはずだが、今日はどうしたのだろうか。
「なんか様子がおかしくないですか?」
「昨日の夜、拾い食いでもしたんじゃねえだろうな」
そう言ってる間もヒナはシャドーボクシングをしていて、どんどんギアを上げる様に、体の振りが早くなる。
今は顔が真っ赤になるぐらい…って。
「おい、止まれ。何必死こいて動いてんだ」
素直に止まって、肩で息をしている。
「はぁ…なにさ…はぁ…まだ…はぁ…」
「息絶え絶えだろうが」
はぁはぁ言いながら、顔を真っ赤にして、また動こうとするのを、頭を叩いて止める。
「あいたっ」
頭を叩いた時、異様にヒナの頭が熱い気がした。
「ヒナちゃん、ちょっと?大丈夫?」
そういえばこいつ、ホーストに倒された時、安静にしてなきゃいけないのに、悪魔を倒したいからって元気アピールで、シャドーボクシングしてたな。
ゆんゆんが座るように言ってるところに割り込んでヒナの額を触ると、火傷しそうな程熱かった。
あまりの熱さにすぐ手を離し、ヒナの汗だらけになった手を見て
「お前、めちゃくちゃ熱あるだろ」
「「えっ」」
よくよく考えたら、ヒナは風の子と言われる程の体力を持ったやつが、少し動いたぐらいで息なんか切らさない。というかいつもなら汗すらかかない。
早めに気付いてやるべきだったな。
「トリスターノ。クエスト前に悪いんだけど、氷を少し作っていってくれないか?」
「了解です。すみません、こんな時に。受けるべきではなかったですね」
「んなわけにいかないだろ。こいつは任せろ」
「すみません。すぐに用意します」
トリスターノはアーチャー職が必要なクエストに駆り出されていた。わざわざ名指しされるくらいだ、行った方がいいし、ヒナの看病は俺がいれば十分だろう。
「私もごめんね。どうでもいい話だったらすぐに戻ってくるから」
ゆんゆんは両親にどうしても話があるからもう一度里に戻ってくるように手紙が来ていた。
「俺一人で十分だよ。一日ぐらいは家族水入らずで過ごしてこい」
「ヒカルが見てくれれば確かに安心だけど、心配で過ごせないわよ」
「心配すれば治るわけじゃないだろ?」
「そうだけど…」
「ほら、行った行った」
ゆんゆんと入れ替わりでトリスターノが部屋に入ってくる。
桶のような容器に水と人の頭サイズの氷が入っていた。
「でけえよ!どうすんだこれ!?」
「すみません。つい気合が」
「お前はヒナか。もう時間だろ?とりあえずこれでいい。ありがとな」
「すみません、後はお任せします」
そう言って、慌ただしく去っていくトリスターノ。
ゆんゆんがまた入ってきて、ぶーぶー文句言ってくるのを聞き流して、テレポートするのを見送った。
苦しそうに寝るヒナの横でなんとかアイスピックで氷を割ろうとしてるが、音をあまり立てないようにするのが難しい。
「おとーさん…」
そんな寝言が聞こえてくる。
そうだった。こいつに一度帰るように言おうと思っていたのに、忘れてた。
自分のことやゆんゆんのことばかり考えて、何やってんだ俺は。
わかってただろう。俺が一度帰って、両親に会ってこいと言ってやるべきだったのに。
こいつらをまとめるリーダーが聞いて呆れる。
そんなことを考えていたら、スッとヒナが起き上がる。
俺が驚いていると、焦点が合ってない目でこちらを見てくる。
「おとーさん、のどかわいた」
誰がお父さんだこの野郎。
そう言いかけたが、今のこいつに言ってもしょうがないだろう。
ピッチャーに大量に入った水をコップに渡してやると、落としそうになるので、そのまま口に持っていくとゴクゴクと音を立てて飲んでいった。
「まだ飲むか?」
「うん」
また同じように飲ませて、次もいるかと聞いたら、首を横に振った。
「おとーさん、きもちわるい」
「しばくぞこの野郎」
思わず口に出たが、なんでいきなりキモい扱いされなきゃいけないんだ。
「きもちわるい」
そう言って、いやいやと首を横に振った後、両手を広げてくる。
「あせ、きもちわるい」
そういうことか。
見ると、パジャマが全身に張り付く程、濡れていた。こんなの着てたら、確かに気持ち悪いだろう。もしかして、これは俺に脱がせろと言ってるのか?
「おとーさん、きもちわるい!」
手を大きく広げながら、そう言ってくる。
…後で殴られたりとかしないだろうな。仕方ない。今は俺しかいないしな。
「ほら、バンザイしろ」
「ばんざい?」
「上に手挙げろ」
そう言って、服の下から腹まで上げたところで、
「ヒカル。ヒナちゃんは、ど…う…」
ゆんゆんが帰ってきた。
ゆんゆんは俺達を見て固まり、徐ろに杖を手に持った。
「ゆんゆんも手伝ってくれ」
「看病が必要なのに、随分と私のことを追い出そうとするのはそういうことだったの…?」
はい?
ゆんゆんの目は紅く輝き始めている。
え、なに?どういうこと?
「私に言ってたことは全部嘘なの?女の子ならなんでもいいの?」
「うー!きもちわるい!」
「ゆんゆん、さっきから何言ってんだ?脱がすの手伝ってくれよ」
「私に手伝わせる気っ!?」
驚愕の表情で当然のことを聞いてくる。
「なんでだよ!?俺が体拭くより、ゆんゆんが拭いた方がマシだろうが!」
「…え?あ、そういう…?」
「おとーさん!はやくぬがしてよぅ!」
バンザイ状態のヒナが催促してくる。
早くしてやりたいのは山々なんだが。
「お父さん!?今聞き捨てならない呼び方してたんだけど、どういうことなの!?」
「知るか!こいつが俺を父親に間違えてんだよ!いいから手伝ってくれよ!」
「変なことしてないよね!?変なプレイじゃないんだよね!?」
「してねえよ!!俺をなんだと思ってんだ!?ヒナ相手にするわけねえだろうが!」
「おとーさん!はやく!」
「あーわかったわかった!ほら、バンザーイ」
「ちょ!?ちょっと待って!!私が!私がやるから!!」
ゆんゆんが俺とヒナの間に入り込んで、脱がそうとするが
「おとーさんじゃなきゃやだ!」
ゆんゆんが服を持った瞬間、バンザイ状態から手を下ろして綺麗な気をつけ姿勢になった。
「え、ええっ!?お、お父さんは忙しいから、私が……そう!お母さんがやるわ!」
ゆんゆんが自称お母さんになった。
まじか。正式に結婚もしてないのに、大きな子供を抱えてしまった。
「おとーさん、たすけて!へんなひとがかってにおかーさんをなのってくる!」
娘の危機。俺の、お父さんの出番だ。
「変な人!?全然変じゃないでしょ!?普通よね!?普通のお母さんだよね!?」
「待ってろ。今お父さんが助けるからな」
「何で本格的にお父さんになってるの!?」
その後ゆんゆんに怒られて正気に戻った俺は、ゆんゆんに体を拭く役をバトンタッチした。
しかし、未だ納得していない俺の娘は「おとーさんじゃなきゃやだ」の一点張りで、猛獣のように暴れて、手が付けられない状態になったところ、どこから湧いたのかクリスが登場した。
「ほら、ヒナギク。熱が出てるんだから、安静にしてないと」
「だれですか?」
「ぐっ、ごはぁ!」
「どうして吐血したんですか!?大丈夫ですか!?」
クリスの突然の吐血に驚くゆんゆんだが、クリスなら当然の反応と言っていいだろう。
「な、なに言ってるんだい?ヒナギク、君のお母さんだよ?」
なに母親ヅラしてんだ。
ヒナは俺の娘だぞ何言ってんだ。
「えっ、クリスさんまでなに言ってるんですか!?」
「おとーさん、へんなひとがふえた!」
「最近暖かくなってきたからな。ヒナは気を付けるんだぞ」
「うん!」
「何で父親ヅラしてんのさ!!」
「そうよ!何その優しさに満ちた表情!?」
「何言ってんだこの野郎、ヒナは俺の可愛い娘だ。当たり前だろうが」
「「違うでしょ!!」」
「ごほっ!ごほっ!」
「ヒナ!」
「ヒナちゃん!」
「ヒナギク!」
自称母二人がふざけるせいで、俺の娘の体調は最悪だ!
コイツらを追い出して、早く体を拭いて着替えさせて、安静に寝かせないと!
「とりあえずお前らは部屋の外にいろ。ヒナ、俺が体拭いてやるからな」
「なんでそうなるのさ!あたしが隅から隅まで綺麗に舐め、舐め、舐められるぐらいに綺麗に拭くから、そこ退いてよ!」
「いやクリスさんも何か様子が変だし、私が拭きます!ヒナちゃんの一番の友人として、これは譲れません!」
「くしゅん!」
まずい、これ以上は本当に娘の体調が悪化する。
クリスに任せるのは絶対にNO。
しょうがない、俺がクリスを抑えてる間に、ゆんゆんに拭いてもらうしかない。
「よし、クリスは外で待機。ゆんゆんは『スリープ』で眠らせてからヒナを拭いてやってくれ」
「ええっ!?なんであたしが外に行」
「『スリープ』」
魔法にかけられたクリスが糸が切れたように倒れそうになるのをなんとか支える。
ゆんゆんがニッコリと笑ってくる。
うん、なんか怖いけど、よくやった。
「クリスさんに変なことしたら…わかってるよね?」
「もちろんです。何かお手伝いすることは?」
「早く部屋から出て」
「はい」
なんか怖いどころじゃなかった。めっちゃ怖かった。
「おとーさん…」
ヒナが不安そうに俺を見てくる。
クリスを下ろして、ヒナの頭を撫でてやる。
そうすると、嬉しそうな、安心したような表情に変わった。
ゆんゆんの方を向くと、頷いてきた。
「『スリープ』」
ヒナが穏やかな寝息を立てたのを見守ってから
「ゆんゆん、俺の娘を頼む」
「いつまで父親気分なの?ヒカルも寝とく?」
ゆんゆんに全てを任せて、リビングのソファーにクリスを寝かせてから、のんびりと待っていた。
何度かノックして確認しに行ったが、「大丈夫です。入ったら魔法を打ちます」と言われるだけだった。
意識の無い人間の世話をするのはかなり大変のはずなんだが、何か便利な魔法でもあるのだろうか。
一時間ほど過ぎた頃、クリスが起き始めて、不機嫌な顔を見せる。
「はあ…。合法でヒナの体を好きに出来るチャンスだったのになぁ…」
「好きに出来るなんて誰が言ったんだよ馬鹿野郎。体を拭いて着替えさせるだけだっつーの」
「ヒカルが邪魔してくるのは想定してたから、大型モンスター用のワイヤーを用意してたんだけど、まさかゆんゆんまで邪魔してくるなんて」
「おいこら、俺になんてもん使おうとしてんだこの野郎」
「はいはい、ごめんなさーい」
ついでに……しときたかったんだけどな…。なんて小声が聞こえて、何の話かと聞こうとしたら、ゆんゆんが戻ってきた。
「ふぅ…」
「ゆんゆん、ひどいよ!魔法で眠らせるなんて!」
ゆんゆんが戻ってきた途端に、クリスが食ってかかる。
「ご、ごめんなさい。ヒナちゃんがこれ以上悪化したら嫌だったから…」
「クリス。ヒナの為だったんだよ。許してやってくれ」
「……そう言われたら、何も言えないけどさ」
不機嫌そうにそっぽを向かれたが、納得はしてくれたらしい。
「ヒナはどうだ?」
「落ち着いた様子で寝てるよ」
じゃあ、あたしが様子見ててあげるよ!と言ってすぐに部屋に入っていった。
「…ねえクリスさんって、たまにヒナちゃんにすごい執心しない?」
「…可愛い後輩みたいなもんなんだろ?」
「えー、絶対そんな感じじゃないと思うんだけど…」
「まあ、そんなことより、ヒナの体拭くの大変だったろ。汗すごかったんじゃないか?」
「聞いてよ、もうベッドも使えないぐらいビショビショ。ヒナちゃんのあの小さな体のどこからあんなに…。とりあえず私のベッドで寝かせてきたわ」
「お疲れ様。ありがとな」
「…まだお父さん気分なの?」
少し睨んでくる、ゆんゆん。
「違うって。純粋にお礼言ってるだけだよ。体拭いたのが俺だったら後で殴られたかもしれないしな」
「そうよ、それぐらい考えて動いて。ヒナちゃんも女の子なのよ」
「はいはい」
そんなやりとりをした後、少し不機嫌だったゆんゆんが、一転してモジモジし始める。
「あのね。ヒナちゃんに、ベッド貸しちゃったから…」
「おう?」
「今日の夜、寝る場所が無くて…」
「ほう?」
「えっと、あの」
顔が赤くなりながら、俺を上目遣いで見てくる。
「俺のベッド使うか?」
「……ぅ、ぅん」
消え入りそうな声で、でもしっかりと頷いてきた。
ヒナギクのお話は三話構成ぐらいにしてエリス様のお話とセットになりそうです。
ヒナギクの精神の未熟さを書くのが難しい。
ギャグパートは勢い良く書けるんだけどなあ…。
お気に入り、感想、評価ありがとうございます。
読んでいただいた実感があるので、大変モチベーションに繋がります。今後ともよろしくお願いします。