このすば ハード?モード   作:ひなたさん

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説明回なので文字数多め。

91話です。さあ、いってみよう。



91話

 

「起きて」

 

「むり」

 

 何度も身体を揺さぶられて目を開けるが、窓の外は暗かった。

 ふざけんなこの野郎。

 昨日疲れ倒してようやく帰ってきて、まだ数時間しか寝てねえだろうが。

 

「エリス様が呼んでるんだ。僕も疲れてるから行きたくない気持ちは一緒だよ。お願い、起きて」

 

 こいつがエリス様に呼ばれてるのに行きたくないと言っているのに違和感を感じて布団から顔を出すと目が合った。

 表情を見ると、なんとなく面倒くさそうというか疲れた顔をしていた。

 前のこいつだったら使命感に駆られた感じで俺を引き摺ってでもエリス様の元に行きそうなのに。

 

「エリス様も上の神様に報告する為にも早めにしなきゃいけないんだって。準備して」

 

「はあ……まあ、生き返るチャンスもらったしなぁ」

 

 しょうがない、起きてさっさと向かうとしよう。

 

 

 

 

 まだ朝三時過ぎ。

 外は暗く、少し寒い。

 俺達がこれから向かうのはアクセルの街の一番大きなエリス教会。

 俺やヒナにはお馴染みの場所だ。

 いつもエリス様に呼ばれて行く場合は大抵碌でもないことになるが、今回ばかりは違う。

 隣を歩くヒナはクソ真面目な顔をして、しばらく無言で歩いていたが、教会まで半分を切ったあたりで口を開いた。

 

「ねえ、クリスさんって、エリス様だよね?」

 

「えっ。ああ、そうだけど…」

 

 いきなり聞かれたので特に考えもしないで返事をしてしまった。

 でも、今更隠したりしてもしょうがないし、特に問題は無い……はず。

 

「やっぱり…」

 

 そう呟いたヒナの目は鋭く、まるで睨んでいるかのように教会を見ていた。

 

「あー、ヒナ?何でわかったんだ?」

 

「僕が天使になったからかな」

 

 なんか不機嫌だ。

 どうしたんだ、こいつは。

 

「そんな天使ってすごいのか?」

 

「うーん、そうじゃないんだけど色々理由があるんだ。これも後で説明するよ。もう一つ質問いい?」

 

 そう言いながら足を止めて、俺すらも睨みつけるかのような視線で見てきた。

 俺も止まって何だ?と聞くと

 

「ヒカルはいつからクリスさんの正体を知ってたの?」

 

「初めて教会に行った時に、知った、けど?」

 

 初めて教会、のあたりでヒナの目は完全に俺を睨みつけるようになっていて、その迫力に少し負けてしまった。

 一体何だと言うのだ。

 

「じゃあヒカルはほとんど最初からクリスさんの事は知ってたわけだね?」

 

「あ、ああ、うん。色々あって…」

 

「ふーん、色々ね」

 

 そう言うと、また歩くのを再開した。

 俺が急いで着いていくと、そこからは無言になってズンズン歩いていく。

 なんとなく気まずく感じて後ろから話しかけた。

 

「あー、その、プレゼント何がいい?」

 

「プレゼント?」

 

「今日はお前の誕生日なんだろ?お前ってなんか物欲無いから何選んでいいのかわからないんだよ」

 

「えー、うーん」

 

 悩み始めたヒナは目の鋭さが無くなった。

 我ながら良い話題の変え方かもしれない。

 

「まあ、今すぐじゃなくてもいいけど何か希望があれば言ってくれよ」

 

「んー、ニホンの食べ物とか食べてみたいなぁ」

 

「……なるほどね、食欲だったか」

 

 物欲は無かったが食欲はあったな。

 そんなことを思っていると教会に着いたのだが、ヒナは扉の前でウンウン悩んだままだ。

 そして何かを思い付いたようか顔になり、

 

「僕、カレー食べてみたい」

 

 などと宣った。

 

「お前、カレー知ってんの?というかこの世か…じゃなくてこっちでカレー作るのは難しい気がするぞ」

 

 この世界には他にもラーメンとかも無い。

 あとソースとかの調味料もない。

 日本から伝わった料理も多いが、色んな香辛料を混ぜないといけない調味料だったりを使う料理はこの世界には無い。

 その料理の一つがカレーだ。

 

「多分大丈夫だよ」

 

「何で?」

 

「僕がちゃんとこっちでも作れるように代わりになる食材を見つけるから」

 

「……何でそんな自信満々なんだよ」

 

「とにかく僕なら見つけられるよ。後で説明した時にわかるからさ。じゃあ入るから着いてきて」

 

「はいよ」

 

 カレーの話をしている時は楽しそうだったというのに、扉に触れた途端にまた睨みつけるような視線の鋭さになった。

 エリス様に会うのに緊張しているのだろうか。

 俺の高校の後輩で先輩相手にガチガチに緊張して表情が硬くなりすぎてるせいで先輩の一人に「お前なにガンつけてんだこら」と理不尽にボコボコにされた奴を思い出す。

 あれは可哀想だったが、あの後輩とは違って肩の力は抜けてるし、緊張ではない気がする。

 以前会ってた時はもっと嬉しそうな感じだった気がするんだが…。

 

 ヒナが扉を開けて入るのに後ろから続く。

 中は少し薄暗かったが、祭壇の前にいる存在はまるで何処からかスポットライトでも当たっているかのようにハッキリと見えた。

 

「エリス様。ヒナギク並びにシロガネヒカル、両名ただ今参りやしゃ…」

 

 噛んだ。

 俺が隣からヒナを見ると、ドンドン顔が朱に染まっていく。

 

「お前そんな難しい言葉使わなくていいんじゃねえの?」

 

「う、ううううるさいな!たまたま噛んじゃったの!いつもならスラスラ言えるもん!」

 

「嘘つくなよ。天使になったからって格好つけなくてもいいだろ」

 

 俺の言葉を聞いたヒナの顔は耳まで真っ赤になって、唾を飛ばしてギャンギャン吠えるように俺に返してくる。

 

「違うから!そんなんじゃないよ!神様相手に改まるのは当然でしょ!?ヒカルがおかしいんだよ!」

 

「報告に来ましたーとかでいいだろ。背伸びするからそうなんだよ」

 

「誰がチビだ!」

 

「言ってねえよ!」

 

 睨み合いになって数秒後には取っ組み合いが始まるかのように思えたが、コホンとエリス様がわざと咳き込んだ。

 

「こんばんは。ヒナギク、ヒカルさん」

 

 まるで女神のような微笑みで挨拶してくる。 

 あ、女神だったわ。

 ヒナがいるせいかニコニコしている。

 

「ヒカル、さん…?」

 

 ヒナが小さく呟いたのが聞こえつつも俺が挨拶すると、ヒナも俺に続くように挨拶した。

 めちゃくちゃエリス様を睨みながら。

 

 エリス様もすぐにヒナの様子に気が付いたのか、俺を何度も見てきて「ヒナギクはどうしたんですか?」と言いたいかのようにアイコンタクトを送ってくる。

 俺が知らん、と顔を横に振るとショックを受けた顔で固まった。

 

「随分と仲が良いんですね?」

 

 ヒナから冷たい声が聞こえて、ヒナの方を見ると、俺とエリス様を交互に見ていた。

 

「え、ええ、ヒカルさんは下界での私の協力者ということになっていますから。そ、それも後で説明しましょう」

 

「……はい、納得がいくまでお願いします」

 

 エリス様がその言葉を受けてから、めちゃくちゃキョドりながら

 

「で、では報告をお願いします」

 

 と言われて、平行世界で起きた事の報告が始まった。

 

 とはいえエリス様が世界を渡る前に言っていた情報規制とやらでかなり忘れてしまっている。

 なんとなくぼんやりとしたような、夢の中の出来事を思い出すかのようだった。

 俺が死んでしまって、ひとりぼっちになってしまったゆんゆんは魔王の娘と結託し、俺や()()を蘇らせる儀式を行おうとしていた。

 それを止めるのが俺の役割だった。

 カズマ達と()()()()()で行おうとされている儀式を止めに行ったのだが、何処の城だったか覚えてないし、カズマ達の姿も曖昧にしか思い出せない。

 その城の主となったゆんゆんと最終的には『喧嘩』という素手の勝負に持ち込んだ。

 何故か『喧嘩』のところはハッキリと覚えているが、多分情報規制する必要がないからだと勝手に思っているが、詳細はわからない。

 あっさり勝てるところをヒナに乱入されて二体一で戦うハメになったが、なんとか勝利を収めた。

 ()()()()()()卑怯な手を使ったせいで二人を怒らせてしまい、気絶したところにこの世界のヒナがやってきた。

 俺はここまで報告して、ヒナを見ると呆れた顔で俺を見ていた。

 

 そういえば帰る帰ると言っていたヒナに何があったかは説明していなかったな。

 多分だが、喧嘩という手段で世界を救ったのかこのバカは、とでも思っているのだろう。

 ヒナは呆れつつも、すぐに表情を正して俺の報告の続きを話し始めた。

 

「成程、だいたいわかりました。まずはご苦労様でした。そして、よくぞ成し遂げました。創造神様もきっと納得することでしょう」

 

「今更何言われても、エリス様にしがみついてでもこの世界に居座るからな」

 

「ふふふ、わかっていますよ。ですが、ヒナギクが連れ戻しに行くと言って勝手に向かっていった時はどうしようかと思いましたよ」

 

「僕なら出来ると思いました。それに天界規定は破っていません。僕はまだ天界の存在ではありませんから」

 

 軽く注意するように言ったエリス様に対し、平然とヒナは言ってのけた。

 その言葉を受けて、エリス様は引き攣った苦笑を見せた。

 本当にヒナはどうしてしまったのか。

 

「ヒ、ヒナギクに聞きたいことがあります。私のこの部屋に自力で来ましたし、翼で飛ぶのも世界を渡るのも時間を超えるのも一瞬でやってのけました。つまりあなたは」

 

「はい、僕は『全知』の能力があります」

 

 え、なに?ぜんち?

 

「……天界での修行何百年分をスキップしたのは、やはりそれが原因でしたか…」

 

 よくわからないが、ヒナが俺を連れ戻しに来たことは普通じゃ出来ないことなのか?

 

「ヒナギク、正直言ってかなり危険だったのですよ。『知識』があっても実際『行動』するの は別物です。翼で飛ぶことは良いとしても世界や時間を超えるのは下手をすれば戻って来れなくなっていたのですから」

 

 は?

 このお子ちゃま、やべえことやってんじゃん。

 

「向かう時は何回も失敗して、紅魔族の瞳をしたヒカルがいた世界とかにも行きましたが、すぐにコツは掴みました。帰りは少し迷った程度で済みましたので問題ありません」

 

「問題大ありだよ馬鹿野郎!お前戻れなくなってたらどうすんだ!?というか俺が気絶してる間にお前迷子してたのかよ!」

 

 もう紅魔族の格好した俺とかスルーだよ、相当愉快な世界か血迷ってるかのどちらかだろう。

 そんなことはどうでもいい。

 こいつ、帰れなくなるかもしれないのに何でわざわざ俺のこと連れてったんだよ。

 エリス様に送ってもらえば何もかもが済んだ話だっていうのに。

 

「だってヒカルがすぐ気絶するから…」

 

「俺のせいかよ!」

 

「似た世界も多いし…」

 

「……おい、待てこの野郎。どうやってその多くある内の世界の中からこの元の世界を見つけたんだ?」

 

 

 

「勘」

 

 

 

「おいいいいいいいい!!!エリス様!ここは元の世界だよな!?違う世界じゃないよな!?」

 

「え、ええ、この世界で合ってますよ」

 

 エリス様が落ち着くように言ってくるが、これが落ち着いてられるか。

 こいつ何でこんな滅茶苦茶してくれてんだ!?

 

「ぼ、僕だって今思えば無計画で危ないことをしちゃったなって思ってるよ!でもヒカルが心配だったんだよ!」

 

 ……そう言われると、何も言い返せないが…。

 

「それに、あっさり死んじゃったヒカルが生き返る為に別の世界を救いに行くなんて無茶振りにもほどがあるでしょ!『銅の剣一本支給するから魔王を退治してくれ』っていうぐらい無理な話だよ!」

 

「うるせえこの野郎!お前は俺を心配してるのか、貶したいのかどっちだ!」

 

 まあまあ、と仲裁に入ってくるエリス様のおかげで喧嘩にならなかった。

 

「ヒカルさんには『全知』の説明をしておきましょうか」

 

 そういえばヒナがやった事がヤバすぎて、聞いてなかった。

 

「『全知』とはあらゆる知識を知る事が出来、物事の本質を見極めることが出来る能力です。全知全能の全知の意味ですね」

 

 えーっと、つまり

 

「僕の頭の中は図書館とかインターネットになったってことだよ」

 

 やっぱりそんな感じの解釈でよかったのか。

 ………ん?

 

 

 こいつ、インターネットって言った?

 

 

 

「……ヒナギク、その様子だと」

 

「はい、僕は『全知』の能力でニホンが異世界だという事を既に知っています」

 

「っ!?」

 

 俺、それに多分ヒナの父親もその事に関してはかなりデリケートに扱ってきた話なのに、こいつはあっさり意味の分からん能力とやらで知っちまったのか。

 

「ヒカルもお父さんも僕がニホンの場所を聞くと、いつも曖昧だったり誤魔化してくるから何かあるとは思ってたけど、まさか違う世界だったとはね…」

 

 ヒナの表情は悲しそうな顔で目を伏せていた。

 当然だ、こいつの憧れの場所はこの世界には存在しないのだから。

 

「ヒナ、その、悪い」

 

 上手く言葉が出てこなくて、言葉少なに謝ってしまった。

 ヒナは悲しそうなままではあったが、少し微笑み頷いてきた。

 

「僕がカレーの食材を探せるかもしれないって言ったのは『全知』の能力があるからだよ」

 

 教会に向かう道中に自信満々に言ってたのはそういうことか。

 もしかしてクリスとエリス様のことに関してもその『全知』が関係しているのかもしれない。

 それにしてもあらゆる知識、か。

 ヒナが日本のことを知ってしまったのは心苦しいことだが、カレーが食べられるかもしれないのは正直楽しみでしょうがない。

 日本からこの世界に来て、何度もこの世界で食べられない食べ物のことを懐かしんだことか。

 

「報告や情報の交換をしましたが、これで以上ですか?」

 

 エリス様に聞かれて、ヒナに視線を送ると首肯が返ってきたので俺もエリス様に向かって頷いた。

 エリス様は俺が頷いてきたのを確認するように頷き、真面目な表情で切り出してきた。

 

「では、今後の話をしましょうか」

 

「はい?」

「今後?」

 

 報告も終わったし、この秘密会議みたいなのももう終わりかと思っていた俺とヒナはきょとんとして聞き返した。

 

「ヒナギク、貴方には天界に来ていただきます。天界での修行は無しで、そのまま私の元で私のサポートをしながら仕事を覚えてもらいます」

 

「……」

「い、いやいやいやいや!ちょっと待ってくれ!」

 

 呆然とするヒナの代わりに俺がツッコミを入れる。

 

「ああ、すみません。ちゃんと数日間の猶予は与えますよ?お別れの時間は必要なのは理解していますから」

 

「そういう問題じゃねえんだよこの野郎!」

 

「では何でしょう?ヒナギクは人の身を超えて天使となったのです。天界に来るのは必然でしょう?」

 

「だ、だからいきなり過ぎるだろ!ヒナもびっくりしすぎて何も話せてねえし!」

 

 俺が慌てて口を挟むのとは対照的にエリス様は落ち着いてニッコリ笑って俺の言葉に返してくる。

 

「いきなりも何も、天使になってしまった以上、下界でフラフラ出来るわけがありません。ヒナギクは神に通じる程の『神聖』を宿しています。その『神聖』の力強さ故に、既に創造神様にもヒナギクが天使になってしまったこともバレてしまっています。それに『天界の存在では無いから規定は知りません』という屁理屈がまたあっては困りますからね」

 

 こ、こいつ!

 理屈は確かに通ってる…ように感じるが、早くヒナギクに来て欲しいだけだろ。

 ヒナは来る前の睨む程の眼力は何処へ行ってしまったのか、ただ俺とエリス様のやり取りを呆然と眺めている。

 

「ちょ、ちょっと待てって…」

 

「待ちますよ?数日間の猶予を与えると言ったじゃありませんか」

 

「だからそうじゃねえっての!ヒナが天界に行くこと自体に反対してるんだよ!」

 

「反対、ですか?」

 

 わざとらしく首を傾げながら聞いてくるせいで苛々が募る。

 この神様は、頭の中がお花畑になっているのだろう。

 

「反対だよこの野郎!こいつは、あれだよ!その、マジであれだから!」

 

 やばい、何も思いつかない!

 何か無いか!?

 このヒナギク大好き神様を説得出来る何かは無いのか!?

 

「あれ、と申されましても…」

 

「お、俺の…その、家族だ、し」

 

「ええ、存じてますよ」

 

 そりゃそうだ。

 クリスとして俺達ともいたことがあるんだから、そんなことは知ってるわ。

 ああもう、くそ。

 家族……そうだ、家族だ。

 

「エリス様、ヒナはまだ十四だ」

 

「今日で十五ですよ、めでたいですね。パーティーは是非私も参加させてください」

 

「やかましいんだよこの野郎!ヒナはまだ十五だ!どう考えても天界に行くには早すぎるだろ!それにまだ家族と一年も離れてないのにホームシックになってるんだぞ?まだまだ精神は、あーいや精神も未熟だ」

 

「ねえ、何で今『も』って言ったの?」

 

 いきなり再起動したヒナが俺を睨みながら聞いてくるが、そんな場合じゃない。

 

「お前は何でこんな時だけ突っかかって来るんだよ!お前も言い返せ!天界に行くことになっちまうんだぞ!?」

 

「それは、でも…」

 

 何で言い淀んでだよ。

 

「ヒナギクは人としても、天使としても天才です。その才能を野放しにしておくと思いますか?家族の仲を引き裂くのは私としても辛く思います。ですが、ヒカルさんが思っている以上にヒナギクの存在は大きいのです。天使となってしまった以上、諦めてもらうしかありません」

 

「諦める!?家族を諦めろって!?ふざけんなこの野郎!!」

 

「ヒ、ヒカル…」

 

「私は大真面目ですが」

 

「俺は絶対に諦めないぞ!断言するが、こいつにはまだ早い!」

 

 日本にいる家族は俺が死んでしまったせいで置いてきてしまった。

 それはもう、どうしようもないことだ。

 だから、だからこそ。

 今いるこの世界の家族だけは絶対に失わないし、失わせない。

 ヒナが天界に行くことになれば、失わせる痛みを、失う痛みを同時に味わうことになる。

 大人になったヒナはどうか分からないが、今のヒナにはきっと耐えられない。

 いつも気を張っているが、たまに甘えてくるヒナを見ているとよくわかる。

 まだヒナには早い。

 

「……では、ヒナギクはどう思っていますか?」

 

「え、ぼ、僕ですか?」

 

「はい、貴方自身はどう思っていますか?」

 

 余裕ぶった態度に腹が立ってしょうがない。

 天界に来ると言ってくれますよね?

 そう言ってるようにしか聞こえない。

 

「しっかり言え!行きたくないって!」

 

「ぼ、僕は…」

 

 ヒナは迷うように俺とエリス様を交互に見た。

 何を迷う必要があるんだ。

 

「ヒナギク、どうしたんですか?」

 

「お前、まだヒノヤマの両親に会ってないだろ!?俺みたいに両親に別れが言えないまま天界に行くのか!?」

 

「っ!」

 

 ヒナは迷っていたのが嘘のように俺の言葉に反応し、俺の方を見て表情を崩した。

 

「そんなのやだ!」

 

 ボロボロと泣き始めて、力の限り叫んだ。

 子供が駄々を捏ねているようにしか見えないかもしれない、それでも今のヒナには必要な行動だった。

 俺に向かって走って、胸に飛び込んでくるヒナを受け止める。

 

「お父さんとも、お母さんともまた会いたい!ヒカル達ともお別れなんて、したくない!」

 

「わかってる。わかってるよ」

 

 頭を撫でて、落ち着かせるように優しく言葉を返した。

 

「お父さんとお母さんに負けないぐらいの仲間が出来たんだって、まだ言ってない!ヒカル達とも、まだやりたい事がいっぱいあるよ!」

 

 涙ながらに叫ぶヒナを抱きしめる。

 ヒナを渡してたまるか。

 そう思い、ヒナを抱きしめながらエリス様を睨んだ。

 俺を冷たい目で見てきている、と思ったが予想は大外れだった。

 エリス様の反応は全くの逆で、優しく微笑みながらこちらを眺めていた。

 俺が呆気に取られていると、エリス様は少しだけため息をついた。

 しょうがないなぁ。

 そんな感じのため息だった。

 

「わかりました、ヒナギクの意思を尊重します」

 

「え……?」

「え?」

 

 あっさりとヒナが天界に行かないことを受け入れた。

 あのエリス様が。

 ヒナギク狂いの女神エリスがヒナギクを諦めた。

 その事実が信じられなくて、逆に何を企んでいるのかと疑う。

 ヒナも俺の胸から顔を離し、エリス様を見つめていた。

 

「ヒカルさんが言うようにまだ精神面は未熟ですしね。本当に、残念でなりませんが今回は諦めます。ですが、数年後には確実に天界に来てもらうことになるでしょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。数年?」

 

「はい、ヒナギクの存在を誤魔化せても数年です。創造神様は説得するとして、ヒナギクの存在を知ってしまった違う神々は先程の私のように天界に来るように言ってくるでしょう。その神々を誤魔化すことが出来るのは多分数年が限界です」

 

 ヒナを抱き締める手に自然と力が入った。

 数年なんて、あっという間じゃねえか。

 

「その数年を少しでも延ばすために、ヒナギクの天使の力を封印します。少しでも違う神々にバレないように。あとは幾つかの決まり事を守ってください。いいですね?」

 

 俺とヒナが頷いたのを確認してから、エリス様は話を続けた。

 

「まず封印ですが、天使の力を使えないようにします。簡単に言ってしまえば、天使になる前の状態に戻ると思ってください。この封印を解かない限りは力を使えません。ですが、ヒナギク程の力が有れば封印を自力で解くことも可能でしょう。それは極力避けてください」

 

「は、はい」

 

「次に天界の規定を守ること。規定破りや規定を曲げるのはどうしても目立ってしまいますから、違う神にバレるリスクが高くなりますので」

 

「はい」

 

「それと」

 

 失礼かもしれないが、変なこと言いそうな予感がしてきた。

 このエリス様はそういう神様だ。

 

「この事は内緒にしてください」

 

 口の前に人差し指を添えて、少し悪戯な笑顔を見せてきた。

 なんだ、このエリス様。

 中身が変わってるぞ、もしくはやっぱり違う世界に来てしまったのかもしれない。

 

「ヒナギクのご両親やヒカルさんのパーティーメンバー、それとアクア先輩には話してもいいですが、あとは内密にお願いします」

 

「わかりました」

 

「あと最後に、健やかにお過ごしください」

 

 ヒナギクの頭を優しく撫でて微笑む女神エリス。

 やばい。

 エリス様は多分頭を強く打ったか、ヒナが来ないと知ってショックすぎて人格が変わってしまったかのどちらだろう。

 何はともあれずっとこのままでいて欲しい。

 

「二人の『親子愛』に私は感動しました。それほどの『親子愛』でした。二人の『親子愛』の絆がここまでになっているなんて私は嬉しく思います。二人の『親子愛』を信じて、私はなんとか他の神々を誤魔化してみせます」

 

 めちゃくちゃ『親子愛』を強調してくる。

 何がなんでも俺とヒナを親子設定にしたいらしい。

 

「ヒナギク、数年間しか時間を作れず、申し訳ありません。出来る事なら二人の『親子愛』やヒカルさんのパーティーの行く末を見守りたかったのですが」

 

 心底申し訳なさそうに目を伏せて謝る女神エリス。

 その様子を見たヒナは俺を突き放し、エリス様に向き直る。

 

「そ、そんな!エリス様がぼく、じゃなくて私なんかの為に尽力していただいた事は痛い程に感じました!なんとお礼を言ったらいいか…」

 

「お礼だなんて水臭いじゃないですか。貴方は可愛い我が子同然なのですから」

 

「エリス様!」

 

「おいで、ヒナギク」

 

 ヒナに突き飛ばされて尻餅をついた状態で、ひしっと抱き合う光景にデジャヴを感じていた。

 ヒナを抱きしめてどうしようもない程に緩み切ったエリス様の顔には全くデジャヴは感じないが、なるほど。

 この女神、俺達が親子という脳内設定を保つことで冷静さを失わず、完璧女神を演じることでヒナの好感度を上げた、と。

 いつから頭を使うようになったんだ。

 

 十秒ほどが経ち、恥ずかしそうに顔を赤くしながら離れるヒナと離れていくのを名残惜しそうにヒナを見つめるエリス様を眺めながら俺もいい加減立ち上がった。

 ヒナと目が合う直前で女神の微笑みを取り戻したエリス様は口を開く。

 

「ヒナギク、貴方も少しは我儘に生きてもいいと思います。その年齢で大したものですが、私はずっと心配だったのですよ」

 

「エリス様…」

 

「もし何かあればこの教会に来てください。私が力になりますから」

 

「ああ、そんな勿体無いお言葉…」

 

「ふふ、甘えたくなったらまた私の胸を貸しますからね?」

 

「エ、エリス様…」

 

 女神の微笑みのエリス様に照れながら笑うヒナ。

 なにこれ、ハッピーエンド?

 

 

 

 その後家に帰ることになり、帰る道中に不機嫌だったのは何故か聞いてみたところ。

 

「クリスさんがエリス様ってことは教会でヒカルと戦ってたのはエリス様ってことだよね。でも、よくよく考えたらエリス様があんなことするわけないし、ヒカルがなんかいやらしいことしたり考えたりしたんでしょ?恥ずかしいし、もうやめてよね」

 

 あ、あの女神いいいいいいいいい!!!

 




最近のお話は文字数が多くなることが多いのですが、それにしても文字数が多くなってしまった。
ギャグを挟んだせいとか言わない。

これにて六章はおしまい。
七章以降はこれまで以上に無計画に書いていきます()
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