残念系天才魔術師と禁忌教典 作:ヒトでなし筆者
必ず誰かの世話になり、他人を傷つけながら生きていくのです。
この日、教室はざわついていた。
「昨日はすまんかった」
唐突な謝罪。予想だにしないグレンの行動に、システィーナは呆気にとられる。
「じゃ、授業を始める」
いままで自習ばかりさせていた男のセリフに、教室に電流が走る。
「お前らにまず最初に一言言っておく。お前らってホントに馬鹿だよな」
そろそろ真面目に授業をするかと思えば、いきなり暴言が飛び出した。
「お前らの授業態度見てて分かったよ。お前らって魔術のこと、なぁ〜んにもわかっちゃねーんだな。
わかってなら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出てくるわけないし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似するわけないもんな」
教室は凍りつき、次に嘲笑が聞こえ始めた。
「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないですね」
確かに魔術師としては三流だろう。だが、だからと言って一流より魔術に理解がないというわけではない。
「あ~、それを言われると耳が痛い。
でも今【ショック・ボルト】程度って言ったか? ならやっぱりお前らは馬鹿だ」
教室内に苛立ちが募っていく。まあこんな状況でも眠っている図太いやつがいるが。
「まぁいい。じゃあ今日はその件の【ショック・ボルト】について話そうか。お前らのレベルならこれでちょうどいいだろ」
「今さら【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても…」
「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めているんですが?」
「じゃあ究めてるお前らに質問だ。
《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》
こう唱えるとどうなる?」
沈黙。
「なんだ、全滅か?」
「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ずなんらかの形で失敗しますね」
「ははははは!何らかの形で!?当たり前だろ、わざと間違えた呪文でやってんだから!
俺はどう失敗するか聞いてるんだ!」
グレンの嘲笑に、生徒たちはますます苛立っていく。
「んん…あれ?なにこれ?」
「あ、エア君。実は―――」
「あー…。そういうことかー」
そんな雰囲気を察したのか、むっくりと起きたエア。ルミアが語るまでもなく授業の内容を理解した。
「答えは…「右に曲がりまーす」…正解だ。なんだ、わかるやつがいるじゃねえか」
グレンの問いにもあっさり答えてしまった。
どうやら天才の名は伊達ではないようだ。
「実際にやってみるのが早いか。《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」
グレンの左手から発生した電流は、目の前の黒板には当たらず、大きく右にそれて壁を叩いた。
「じゃあここで区切るとどうなる?」
「射程が短くなりまーす」
「ならここを無くすと?」
「威力が落ちまーす」
「大正解。まっ、究めたっていうんならこれくらいできないとな!」
チョークをもてあそびながらグレンは言う。
「そもそもさ。お前らなんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議な現象が起こるかわかってんの?だって、常識で考えておかしいだろ?」
「そ、それは…術式が世界の法則に干渉して」
「そりゃあ違うぞー。呪文で自分の深層意識に呼び掛けて改変することでー、世界の法則に介入してるんだー。ですよねせんせー?」
「おう。よくわかってるじゃねえか
要するに魔術式ってのは超高度な自己暗示っつーことだ。だからお前らが魔術は世界の真理を求めて〜なんてカッコイイことよく言うけど、そりゃあ間違いだ。
魔術ってのは人の心を突き詰めるもんなんだよ」
今までにない話に、約一名を除いてすべての生徒が引き込まれてゆく。
「何?たかが言葉ごときに人の深層意識を変えるほどの力があるのが信じられない?
ったくしょうがねえなあ…おい、そこの白猫」
「だから私は猫じゃありません!私にはシスティーナって名前が…」
「愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」
「は?…な、な、なななな、アナタ、何を言って…ッ!?」
だしぬけな愛の言葉に、システィーナの頬は良く熟れたトマトのようになってしまった。
「はい、ちゅうもーく。白猫の顔が真っ赤になりましたねー?
見事に言葉ごときが意識になんらかの影響を与えましたねー?
比較的理性による制御の容易い表層意識ですらこの有様なわけだから、理性の効かない深層意識なんて…ぐわぁっ!?ちょっ、この馬鹿!教科書投げんなッ!ごふぁ!?」
「馬鹿はアンタよッ!この馬鹿馬鹿馬鹿ァァァッ!」
「ははは」
なかなか愉快な光景に、珍しくエアは楽しさを覚えた。
「まったく、なにしやがんだ…つーわけで今日、俺はお前らに、術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。
まあ興味ないやつは寝てな」
「ぐおぉ…」
言うまでもなくエアは速攻で寝た。
「確かに寝てなとは言ったがこんな速く寝るやつがあるかッ!」
「こらエア!寝るなーッ!」
「やめてー…耳が取れるー…」
◇◇◇
「…遅いッ!」
自分の時計とにらめっこしながら体をプルプルと震わせるシスティーナ。
「あいつったら…最近は凄く良い授業をしてくれるから少しは見直してやったのに、これなんだからもう!」
「でも珍しいよね? 最近グレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」
「それにエアの奴も全然来ないし!休校日と間違えてるんじゃないの!?」
「さすがにそれはないんじゃ…ないかな…?」
エアに至ってはただ単なる寝坊と言う可能性まである。
だがそんな平凡ながら充実した日常は突如終わりを告げる。
県外の人全員を追い出しても、ウイルス全ては追い出せない!
本当に恐れるべきなのは人じゃないんだ!