東方茨木物語   作:青い灰

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2話「幻想郷、昔話」

「なら紫、コイツでも連れていけばどうだ」

 

「えっ?」

 

「うーん、それもいいんだけど、

 もう式を取っちゃったのよね………」

 

「あぁ、そうだったな、あの狐か」

 

「白面金毛九尾の狐をそんなただの

 狐みたいに言えるの多分貴方くらいよ………?」

 

「人間を殺すのも妖怪としては仕方ないが、

 少しあの狐はやり過ぎただけ、

 改心したならそれでいい。もはや興味もない」

 

 

鬼は戦慄する。

白面金毛九尾の狐といえば、四天王すら上回る

この日の本でも最強と名高い妖怪だ。

それをただの狐呼ばわり………

本当に一体なんなのだ、この男は。

 

男は彫刻刀を手の中で弄ぶ。

くるくると回るそれを男はじっと見ていた。

 

 

「…………それでも、何人もの人が死んだ筈です」

 

「ふん、それを許してはならん、と?

 (やつがれ)にお前らの考えを押し付けるな。

 そもそも人妖は相容れぬ。

 互いの生死も、全ては()()()()()()よ」

 

「…………っ」

 

 

紫は悲しそうに顔を伏せる。

男はそれを見て溜め息をつき、彫刻刀を持ち直し

目視できないほどの速度でそれを投げつけた。

 

 

「うわ危なっ!?」

 

 

紫はそれを間一髪で首を捻って回避。

彫刻刀は寺の木の壁を貫通、外の鳥を撃ち落とす。

 

 

「ふん、晩飯は鶏鍋だな」

 

「何してんですか!?」

 

「何を勝手に項垂(うなだ)れている?

 お前が幻想郷を創るのだろうが。

 まぁ、諦めるなら別に構わんがな?」

 

「ぐ………っ」

 

「僕の考えを否定する、そう言ったろうが。

 理想郷は理想でしかないと、お前は言うのか?」

 

 

そして持っていた木彫りの仏を再び投げつける。

今度は紫の頬に命中。

ガスッという音が聞こえた。絶対痛い。

 

 

「あいたぁっ!?

 悩める乙女に何するのよ!?」

 

 

男は紫を睨み付け、大きく息を吸った。

ゾクリと、背筋が凍る。

 

 

喝!!!

 

 

ビリビリと、肌が痺れるような咆哮に似た声。

 

それはただの威圧だった。

恐怖が一瞬、身体を駆け巡る。

そして、それ(恐怖)は身体を熱くさせた。

気合いが入った、というのだろうか。

鬼は、それを感じとる。

 

狼などの獣が獲物を狩るときにする咆哮、

それに似たようなものだろうか。

鼓舞する〝威圧〟、とでも言うべきものだった。

 

 

「「……………!!」」

 

「ふぅ、喉が枯れる………後悔した」

 

 

その気の抜けた声に、

固くなっていた身体は安堵によるものか、

力が抜けた。

 

 

「取り敢えず、だ。

 本当に辛いようなら僕を呼べ。

 軽く力くらいは貸してやろう」

 

「…………私、なんでこれぶつけられたの?」

 

「加護でもあるだろ、持っておけ」

 

「仏の扱いが雑すぎませんか!?」

 

 

紫は頬を押さえて座る。

 

 

「なんだ、居座る気か?」

 

「薬水」

 

「図々しいぞ………全く」

 

 

男はゆらりと立ち上がり、

寺の奥へと向かって行ってしまう。

 

紫はクスクスと笑い、

鬼と共にそれを見送る。

 

 

「図々しいと言いながら

 ちゃんと取りに行ってくれるのよ」

 

「あはは………なんだかんだ、優しいですよね」

 

「そうねぇ…………昔、私も

 死にかけたところを助けてもらったのよ」

 

「そうだったのですか!?」

 

 

鬼は目を丸くする。有り得ない、と思った。

彼女の力……………

〝境界を操る程度の能力〟は神すら恐れるほどだ。

 

その彼女が、死にかけた?

 

 

「ふふ、まだ未熟だったのよ。

 力の扱いに慣れていなかったころ。

 それが……大体、300年前だった筈よ」

 

「へぇー…………だから300年

 生きてることを知っていたんですね」

 

「えぇ、私、力のせいで

 昔から妖怪や神やらによく襲われてたのよ。

 神が妖怪と結託までしてね………

 その時にね、もう駄目だ、と思った時よ」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

(あやかし)と神が寄って(たか)って、

 女を襲うか、くだらんな』

 

『僧だと………?

 不敬な、神に平伏せよ』

 

 

女を庇ったのは、1人の男。

焼け爛れた顔が特徴の、鋭い目の男だった。

男は錫杖を手に、神と相対する。

 

 

『平伏………?

 クク、腑抜けたな、日の本の神も』

 

『腑抜けだと?』

 

 

神の一柱が男を殺そうとした瞬間だった。

女の目には、()()()()()()()()()のが見えた。

 

男は錫杖を一閃した。ただ、それだけで。

神だけでなく、周囲の神も、妖も、死んだ。

 

妖も、神も、本来は死ぬことはない。

それぞれの性質によるものだが、確かに死んだ。

頭だけが潰れ、残った身体だけが立ったまま。

 

 

『…………』

 

 

女は見惚れる。

その男を、ただ、見ていた。

 

 

『不味い』

 

 

男は、そう吐き捨て、顔を歪めて

血のついた錫杖を鳴らす。

 

瞬きの間に、死体は

錫杖のシャン、という音と共に、

全て幻のように消え失せた。

 

頭の潰れた血すら残さず、消え失せた。

 

 

『…………ぁ』

 

 

女は、男がこちらを見て、死ぬ、とそう思った。

目をぎゅっと瞑り、痛みを構える。

 

 

『……………?』

 

 

いつまでも、痛みが来ない。

それを感じて、目を開く。

 

男は、こちらを見ていた。

黙って、憐憫と優しさを浮かべた目で。

 

 

『立てるか』

 

『…………は、い』

 

『ついて来い、お前の傷くらいは治してやる』

 

 

フラフラと歩く女を見て男は溜め息をつき、

女を背負って寺へ向かったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「……………想像以上です、

 死なない筈の神と妖怪を殺した───?」

 

「えぇ、どんな力を使ったのかは分からないけど、

 それ以来、私を狙ってた奴らは見ていないわね」

 

「何かの能力……….?

 だとすれば、強力すぎる………まるで」

 

 

と、そこまで言った瞬間だった。

(ふすま)が開き、盃を持った男が出てくる。

 

 

「何だ?」

 

「……………いえ、何でもないわ」

 

「…………」

 

「…………………まぁいい、紫、飲め」

 

 

男は盃を紫に差し出す。

 

 

─────この男は、一体何者なのか。

 

鬼は、静かに恐怖を覚えた。

 

 

 

 


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