東方茨木物語   作:青い灰

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3話「義手、仙道の始まり」

 

 

八雲紫はその後、去っていった。

それから2日が経過した、その昼のこと。

 

 

「…………やはり、腕がないと不便か」

 

「え?」

 

 

端を手に、食事を取る鬼を見て

男は彫刻刀を床に置く。

 

 

「不便か?」

 

「え、いや、まぁ………そうですね」

 

「はぁ………ならば早くそう言え」

 

 

いや怖くて言えなかったですけど、

とは鬼は言えない。

 

だが、鬼も最近は分かってきた。

この男───予想以上にお人好しだ。

腹が減ったと言えば早目に食事が出るし、

暇だと言えば昔話を語ってくれる。

 

そんな不器用な男は寺の戸棚を開け、

そしてそこから包帯を取り出す。

 

 

「包帯………?」

 

「来い」

 

 

男は床に広げた包帯に右の掌を当てる。

鬼は言われた通りに近づくと、

男は左手で鬼の肩を掴む。

 

 

「え?」

 

「少し力を抜くぞ」

 

 

言われた通り、なんと肩から力が抜ける。

それは煙のようになって、鬼の腕の形を取った。

すると包帯が浮かび上がり、その煙に巻き付いた。

 

 

「ふん、こんなものか」

 

「?…………え!?」

 

 

鬼は驚く。感覚がある。

失くした腕の感覚、そして、包帯の感覚まで。

 

 

「1つ言っておくぞ、

 その腕では神仏には触れられん。

 (やつがれ)の木彫り程度なら問題ないが、

 神社で貰う札に人前で触れるなよ」

 

「分かりました………

 けど、一体どうやったんですか?」

 

「…………」

 

 

男は顔を一瞬だけ歪め、元に戻す。

鬼はそれを不審に思うが、聞けなかった。

聞いてはいけないような気がした。

 

 

「僕の能力、それの応用だ。

 お前の腕に肩の力を分散させた」

 

「分散………」

 

 

嘘だ。

分散、ではない。

鬼は嘘には敏感だが、これはきっと…………

 

 

「動かせるだろう、

 そこの棚、閉めてみろ」

 

「あ、はい」

 

 

開けっ放しだった包帯の入っていた棚へ

手を伸ばし、そして閉めることが出来た。

どうやら力も入るようだ。

 

 

「義手として使うといい。

 力が入らなくなったら言え、直してやろう」

 

「…………」

 

「なんだ、何か不満か」

 

 

不満、ではある。

今の鬼の状況だ。

死にかけだったとはいえ、無償でここにいる。

何か、出来ることはないだろうか。

 

 

「何か、私に出来ることは「ない」……」

 

 

即座に断られる。

だが、男は思い付いたように

彫刻刀へ伸ばしていた手を止める。

 

 

「いや、あるか」

 

「何ですか!?」

 

「そうさな………暇潰しだ」

 

「はぁ!?」

 

 

鬼は落胆するが、男はクク、と笑い、

鬼の肩を叩く。

 

 

「お前、仙道を学ぶ気はあるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、鬼は久しぶりに寺の外に出る。

どうやら雷獣が消えたらしい。

寺の外には砂利が敷き詰められており、

庭のようになっていた。

 

広い庭だ。

おそらく、山1つ分以上はあるだろう。

と、男が寺から出てくる。

 

 

「いつまでもお前、では不便だろう。

 茨木童子と人前で名乗るわけにもいくまい」

 

「まぁ………そうですね」

 

「本来の名を失えば同時に妖は力をも失う。

 茨木は残すか…………そうさな」

 

 

男はしばらく考えるように目を瞑り、

そして。

 

 

茨木(いばらき) 華扇(かせん)、と。

 これからはそう名乗れ」

 

「華扇………はい!」

 

 

鬼、否、華扇は嬉しそうに笑うのだった。

そして、妖怪ではなく、仙人として歩みを進める。

 

 

それを腕を組んで見つめる男は、

ただ、軽く微笑むのだった。

 


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