東方茨木物語   作:青い灰

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6話「仙道、生命の業」

 

 

 

「…………元とはいえ、流石は鬼だな。

 もう走るのも飽きてきた頃だろう?」

 

「ぜぇ、ぜぇ、いや、はぁ、死ぬほど

 ふぅ、キツイん、はぁ、ですけど、ふぅっ…….」

 

 

いつもように草の上に伸びる華扇を見て

男は右手の錫杖をシャン、と鳴らして

クク、と笑う。

 

 

「まぁ良くやってはいる。

 そろそろ仙術にも手を出すか」

 

「え、もう、ですか?」

 

「そう言っている。

 思った以上だったからな。構わんだろう。

 それとも何だ、まだ走りたいか?」

「仙術でお願いします」

 

 

食い気味に華扇が言う。

また男は軽く笑う。

 

 

「なら………妖術を封じさせてもらおう。

 似た術もある。修行にならんからな」

 

「ならどうするんですか?」

 

「見ていれば分かる」

 

 

華扇が起き上がる。

男は目を瞑る。

そして、息を吐きながら右手の錫杖を振り抜く。

 

それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────たったそれだけで、2~3キロは

離れていた筈の山が音も無く、消し飛んだ。

 

 

「────!!?」

 

「こんなものか」

 

 

目を開ける男の足元の地面は大きく抉れており、

抉れは徐々に広がっていき、山を削り取った。

消し飛んだ、削り取った、という表現が

正しいのかなど、華扇には分からない。

 

 

「これは極端な例だ。

 刀を初めて持つ者に燕を太刀で斬れと

 言っているようなものだぞ」

 

「その例えとは次元が違う気がしますけど!?」

 

「ならば暇な時にやってみろ。

 それに対しては(やつがれ)も無理だと言ってやる。

 絶対に()()だ」

 

 

おかしな例えだ、と思いつつ

今度やってみよう、と考える華扇。

抉れた地形を改めて見た

男は再び錫杖を振ると、一瞬で

何事もなかったかのように地形が元に戻る。

 

 

「す、凄すぎる…………」

 

「修復に関しては僕の仙境故に楽なものだがな。

 今のは目指すべきもの。

 これから見せるのが、次の課題だ」

 

 

男が左手を持ち上げる。

すると、掌の中に光る珠が浮かび上がった。

力の塊──それを言葉で表すのならば

これが正しいだろう。

 

男はそれを握り潰す。

パリッ、と硝子の割れるような音だった。

 

 

「…………仙術とは霊力ではない。

 ましてや妖力でも神力でもない。

 生命の力を操ることこそ、仙術。

 生命力を高めれば力も強くなることだろう」

 

「生命力………あっ!?

 私が延々と走ってたのってまさか

 体力と生命力を高めるためだったんですか!?」

 

「今更気づいたのか阿呆。

 元よりそれしか目的がないわ」

 

 

男は溜め息をつき、華扇は納得する。

 

 

「これは1日かかるまい。

 あれだけ走らせたのだからな。容易だろうよ」

 

「分かりました!」

 

「待たんか阿呆!

 仙術は生命力。加減を間違えると

 どうなるかお前にも分かるだろう!」

 

 

華扇が目を輝かせながら立ち上がるが、

男がそれを見て止めに入る。

男の言葉にハッとした華扇は

すぐに止める。

 

 

「妖術を使えるのなら

 使うことだけは容易だろうがな。

 仙術は繊細だ、今のでも加減を間違えれば死ぬ」

 

「あ、危なかった………」

 

「まずは座禅を組め。立つことすら雑念だ」

 

 

はい、と言って華扇は草の上で座禅を組む。

風の音が大きく聞こえるほどに、静かに。

 

 

「俺の声以外の音も脳内から排除しろ。

 俺の声もいずれ聞こえなくなるほどに集中しろ。

 集中の邪魔になるものは全て聞くな」

 

「…………─────」

 

「それでいい」

 

 

その声は既に華扇に届いていない。

何も無い。

自分の一部を取り出すように、力を込める。

ただ、それだけを意識する。

 

 

「──────!」

 

 

何か、暖かさを感じた。

きっとこれだろう。

これを固めて、慎重に───

 

 

「────あっ」

 

「む」

 

 

パキン、と、音が聞こえた。

集中が切れる。

視界に一瞬入った力の塊はすぐに消えてしまう。

 

 

「…………そこそこだな」

 

「そ、そうですか」

 

「今日は休め。過度な集中は身体に毒だ。

 この練習は1日に一度だけにしておけ」

 

 

そう言って男は歩いていく。

華扇には見えなかったが、

男は嬉しそうに笑っていた。

 

 

 


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