水平の彼方 作:#Ext
水平線の彼方に、あの日望んだものが在ると信じてる。
林の中を手を繋いだ二人の少女が駆け抜ける。
息を切らしながら駆け抜けた林の先には、見渡す限りの大海原が広がっていた。
「もうすぐ通るよ! もかちゃん!」
「うん」
「わぁーー」
胸に大きな感動が沸き上がって、目が離せない。
圧倒的な威容を見せつけるその巨艦は、近づくにつれ次第に大きくなって、
「来たぁ!」
ついに二人の横に差し掛かる。
青いニ本のストライプが走る船体に、三基の大きな砲塔。大和型超大型打撃艦一番艦大和。
その巨艦は、日光を反射して照り輝く海と鮮やかなコントラストをなして、いたく幻想的に見えた。
「おーい! おーーーい!」
「すごいね。みけちゃん!」
精一杯手を上げて、振る。
「おーーーい!」
こちらに気づいたのか、艦首の乗組員がひらひらと帽子を振った。
「あっ、手振ってくれた!」
視界に入りきらないくらい大きなあの艦を、思うがままに操るブルーマーメイドは、
とてもカッコよくて、
絶対にブルーマーメイドになりたい、って思ったんだ。
「もかちゃん、わたしたち、ぜったい、ぜぇーったい、ブルーマーメイドになろうね!」
「うん」
衝動的に手を握り合った二人は、あの誓いの言葉を放った。
「海に生き」
「海を護り」
「海を征く」
「「それがブルーマーメイド!」」
あの時の記憶は、未だ鮮明に思い出せる。
あの時は、無邪気に私も人を救えるって信じてたんだ。
❖
「すごい、すごーい! もかちゃん武蔵だよー! しかも艦長ー!」
大和型超大型直接教育艦二番艦武蔵。
老朽化しミサイルが登場した今、最早骨董品とも言える戦艦だが、大和型だけは幾度に渡る近代化により、まだ一線級の戦力を保持している。
そして……
「武蔵ってあのレールガンが搭載された唯一の戦艦だよね!」
「そうね」
明乃は武蔵の甲板上で主砲を見上げる。
前部主砲二基は、換装されていない後部主砲と違い、RCS(レーダー反射断面積)を意識したとひと目で分かる非常に角張った形をしている。艦橋付近には、砲撃用に調整された、射撃管制用レーダーFCS-4Cが装備されていて、時代の相違が甚だしいのに奇妙に調和している。
「大和型超大型打撃艦。長年続いた東側諸国との対立の中、切り札として建造され、ソ連崩壊を機に明確な敵国が消滅し、日本海軍が解体されからも、他級戦艦が退役する中、大和型だけは象徴としてブルーマーメイドに有り続けた」
明乃は登校する前にちらりと見た記事を、脳裏から引っ張り出しながら続けた。
「ミサイルのコスト高騰に対する設備研究課の解答が、大和型に搭載するレールガンとGPS/INS誘導の延伸砲弾がセットになった対地攻撃モジュールの開発だった。
当然ながらレールガンという新技術、それに伴う大容量電源に開発は難航した。しかし、実用化した暁には水平線の向こう遙か彼方から一方的に狙撃し、アメリカの開発したあの海上要塞の装甲さえ貫通出来るという圧倒的な海上機動打撃力を、巡航ミサイルより安く利用出来るのだ。
これは、『プロの海賊』が蔓延る東南アジア諸島地域の平定を見据えたブルーマーメイドには、あまりにも魅力的だった」
つい先月地上での射撃実験が終了し、数週間の改修を経て搭載されたばかりでピカピカの新装備であるそれは、太陽光を反射し鈍く輝いていた。
「そして新たな力を手に入れた武蔵は、再び
でしょ、もかちゃん」
「よく知ってるね、みけちゃん」
「えへへ、前にネットニュースで見たのを覚えてただけ」
「でもみけちゃんもすごいじゃない。最新鋭イージス航洋艦の艦長さんでしょう」
明乃は手元のボードに軽く目を走らせる。
そこには晴風クルーの名簿、性能諸元、簡素な設計図等。艦長が頭に叩き込まねばならない最低限のことが書かれている。
「陽炎型イージス航洋艦三番艦晴風。
全長172m、全幅21.0m、基本排水量6700t、最大速力37kt。武装は、62口径5インチ単装砲2基と高性能20mm機関砲2基、VLSは前部64セル後部32セル。艦載機なし」
手前の弁天型が動き出し、晴風の姿があらわになる。
武蔵が最強の矛だとすれば、晴風は最強の盾だ。およそ50年前の冷戦において、ミサイルの飽和攻撃に対抗する為にアメリカで開発された本システムは、半世紀経った今も世界一の守護者であり続けている。
城郭のような高い艦橋には、イージス艦のトレードマークとも言える、六角形の多機能レーダーAN/SPY-6が装備されている。そのレーダーは全周1500kmを一瞬の内に走査し、(最も水平線の影響で水上艦はその限りでないが……)500近くの目標を追尾出来る。
量子コンピューターの高い演算能力に支えられた戦術情報処理装置は、対空戦闘、対水上戦闘、対潜戦闘、対地戦闘に関するありとあらゆる索敵システム、武器システムを統合、連結し、一元管理している。そして敵の位置関係、脅威度を識別、攻撃目標の割り振りまで、熟達したクルーが時間をかけて行っていたそれを、全て一瞬の内に自動で行ってしまうのだ。
これは空、水上、海中からの同時立体攻撃と、オケアン70演習────90秒以内に100発ものミサイルを着弾させることを目標とした────以来悩まされてきた飽和攻撃に対して有効な対処を可能とした。
この晴風の高度な演算力は、まるまる艦隊一つ分の情報処理を肩代わりすることさえ出来る。
「私はね、晴風は人を救えるみけちゃんにぴったりの船だと思うな」
「でも何で、私が最新鋭艦に配属されたんだろう」
もえかは、声のトーンを落として言った。
「実は最近知ったんだけど、晴風は三年前に就役した直後、横須賀所属の第ニ保安即応艦隊の司令部が置かれていたの」
「えっ……」
強制執行課保安即応艦隊一桁台は、大規模海上犯罪が起こった際に真っ先に緊急出動が掛かる実働部隊である。文字通り海難救助が主任務の救難課と異なり、武装したテロリストの鎮圧が主任務となる。
「なのに何故か、晴風が教育艦に回り、陽炎型より性能が低いはずの木曽型が代わりに司令部になった」
木曽型は近年になって国際ブルーマーメイドで標準採用された、改インディペンデンス級の後継である航洋艦であるが、艦隊指揮能力や長期作戦遂行能力等一部強化が図られたものの、弁天の拡張型という域を出ていない。
「だから、晴風は『訳あり』かもしれない」
「訳あり?」
「何らかの致命的な欠陥があって、それが大きな事故に繋がったとか」
❖
なんで晴風なんだろう……。ましろは訝しんだ。入試の問題は殆ど解けたが、数科目で解答欄の一つずつズラして数百点吹っ飛ばした自分が最新鋭艦に乗れるほど、海女の偏差値は低かっただろうか。
無論違う。
ブルーマーメイドは女性の花形の職業で、将来も安定であることから、この不景気によりますます入試の倍率が上がっている。
ということは、実技試験が良かった?
「宗谷さん」
沼に嵌まりかけていた思考を断ち切って、落ちていた視線を上げる。そこには黒髪の少女がいた。
「久しぶりだね、元気出して。宗谷さんが艦長じゃないなんて何かの間違いだよ。成績トップクラスなのに」
「そうかな」
ましろには優秀な姉が二人もいる。片やブルーマーメイドの最高責任者である、安全監督室の室長たる宗谷真霜。もう一人は、根性注入と称して尻を揉む迷惑極まりない性癖があるものの、文武両道で武蔵の艦長を務め、現在弁天の艦長の宗谷真冬。
周囲に期待されて育ったましろは、持ち前の不運が祟りいつも大事な時に実力を発揮できずに終わってしまう。その時、どうしても二人の立派な姉と自分を比べずにはいられないのだ。
だからこそ艦長という役職には強い渇望があった。自分の本当の実力を示してやるのだ、と。
全く難儀な性格だとましろは自嘲した。
「あーーっ! 一緒の船なんだーー!」
甲高い声を上げて教室に入って来たのは、入学式直前に残橋から自分を突き落としたあいつだった。よりにもよって同じ船だったとは。
ついてない。本当についてない。
「もしかして縁があるのかなぁ?」
「絶対ない」
えへへと苦笑する彼女を見て、お気楽な奴だ、と思った。
馴れ合うつもりは毛頭ない。何故ならそれは、船員に妥協と甘さを生む原因となり、結果として大事故への引き金を引くことに繋がるからだ。
「私、岬明乃。二人は?」
「宗谷さん、知り合い?」
黒髪の彼女が尋ねてきた。
「知らない。知らないったら知らない」
「宗谷さん……宗谷ましろさん? 副長さんだよね」
明乃は軽く頷いて、黒髪の少女の方に向き直った。
「あなたは?」
「私は機関助手の……」
「黒木ひろみさん?」
「あぁ、うん……」
「よろしくね!」
明るい声で挨拶をする彼女を横目で見て、
岬明乃……。そう呟いた。
❖
「晴風クラス、全員揃ったか」
入ってきた先生に対する宗谷ましろの第一印象は厳しそうな先生というものだった。入室と同時に、騒がしかった教室も一瞬にして水を打ったように静まり返り、小気味よい緊張感が辺りに満ちる。
「艦長」
「はい」
艦長……!? あいつが?
「起立」
立ち上がりながら声の出どころをちらりと見る。教室の端の席に立つ彼女の髪は、橙色のツインテール、そして髪を束ねる黄色のリボン。あいつだ、間違いない。
事実を再確認して、再び衝撃が自分の身を襲った。
あいつは、私より成績が高いのか?
いかにも楽観的でそそっかしそうなあいつが?
これまで培ってきた自分の価値観が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく気がした。
❖
「指導教官の古庄です」
首を左右に振って、生徒達を見渡した。数えると三十人。全員揃っている。
「今日から皆さんは高校生となって海洋実習に出ることとなります。辛いこともあるでしょうが、『穏やかな海は良い船乗りを育てない』という本校の指導方針によるものです」
ここまでは、謂わば決まり文句である。毎年どの艦でもどの教官でも言うことだ。そしてこの後は艦にまつわる言葉を贈ることになっている。
あなた達が人々の盾となれるように、と続けようとして違和感を感じた。
人々を惨禍や厄災から守るのが盾とするならば、盾は晴風でなく、むしろ……。
「先生……?」
思考はそこで中断させられた。
いきなり止まった私の言葉に、皆不思議そうな顔をしていた。
「仲間と助け合い、厳しい天候にも耐え、荒い波を乗り越えた時に、あなた達は一段と成長しているはずです。えーー、丘に戻った時、立派な船乗りになったあなた達と会えることを楽しみにしています」
無難な言葉を紡いで終わった。
❖
「あの! 古庄教官」
教室での説明を終え、振り返ると艦長の岬が言いにくそうな顔で立っていた。
「なに? 岬さん」
「あの……どうして私が艦長なのでしょう? その……私は、艦長のなれるほどの成績では……」
なるほど確かに、岬は筆記試験の成績が悪かった。実技試験の成績は公表されないから、疑念を抱くのも無理はない。
だが、筆記試験で高成績を修めることに意味があるのだろうか、と考えてしまう私は教員失格だろうか。
カタログスペックが本当に実地で使えるかに直結しないのと同様に、たかが筆記試験如きで実務能力が測れるわけがない。
私は教官だから、現場の些細なミスでいとも簡単に命が失われることを理解している。だが、きっと分かっていないのだ。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという。
しかし本当の意味で歴史に学ぶことできない。
目の前で人の命が手の隙間から零れ落ちていく絶望を経験せずに、知ったかぶりでそれを語るのは、侮辱以上の何物でもないのではないか。
「では聞くけど。あなたの理想の艦長とは?」
だから古庄は苦し紛れに論点をズラすことにした。
全く自分が嫌になる。
「船の中のお父さん……みたいな。あの、海の仲間は家族なので」
彼女のたどたどしかった物言いは、言葉を重ねるにつれてしっかりと芯を持ったものに変わっていった。
「では、そうなればいいわ」
明乃の姿が眩しく見えて目を細めた。私が大人になる道中で荒波に揉まれる内に、いつの間にか何処かへ置いてきてしまった純粋な願いを持っていた。
そして同時に壊れやすいとも思った。
それでも、彼女の理想が叶えられるとすれば、それは素晴らしいことだと思ったのだ。
あの日の誓いを絶対に忘れませんように。
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お気に入り、とても励みになります。ありがとうございます。
実は、かなり悪戦苦闘しながら文を書いています(主に日常描写)。様々な作品の描写を参考にさせてもらっているため、気をつけてはいますが、極端に似ている部分があるかもしれません。見つけたら感想等でご指摘お願いします。
これからも明乃達の絶望、苦悩、そして希望。彼女達の戦いを通じた粗削りの感情の発露を描ければと思います。今後とも水平の彼方をよろしくお願いします。