水平の彼方   作:#Ext

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いつも失ってから気付くんだ。



02/Peace

 

 

「スローガンを決めるわよ」

 

 チャットアプリで、友達登録をしている艦長仲間の高橋千華から連絡が来たのは今日の朝だった。今、千華から呼び出されて学食のテーブルに集まっているのは、艦長の三人だ。

 そのうちの一人は千華である。

 

「いきなりですか?」

 

 二人目の榊原つむぎは千華の突破的な行動には慣れたのか、お茶を飲みながら平然と受け流している。

 

 そして三人目、晴風の艦長の明乃は、最近になってやっと艦長という役職に実感が沸いてきた。

 いまだ何故艦長を任されたかは分からないが、それでも職務をこなす過程で晴風のみんなと一番仲良くなれた自信がある。

 

 思えば、この半年はあっと言う間だった。

 晴風に乗って対空戦闘訓練をして、定期試験前はせめて艦長らしい成績を取ろうと、もかちゃんに勉強を教えてもらい、海難救助訓練の時は教官の福内先生に意味深な助言を貰って、息を付く間もなく次の定期試験が来た。

 

 その過程で掛け替えのない友達もできた。

 実技演習で一位を取った晴風に突っかかってきた天津風艦長の高橋千華と、晴風のお嬢様な水測員の万里小路楓との格ゲーバトルから始まった他艦との交流は、面白そうだと乗っかった時津風副長の長澤君津によって時津風も巻き込み、結果として晴風と天津風、時津風の交流は、艦に流れる陽気な気質もあるのか長く続いている。

 晴風クルーは、半年間順調に技術と経験を積み上げていた。

 

「チーム戦が終わったでしょ。最近三艦で艦隊を組むのが増えてきたことだし、ちょうどいいんじゃない?」

 

 一週間に開催された横須賀総合海洋演習、通称チーム戦。そこで晴風、天津風、時津風はタッグを組み見事優勝をもぎ取った。 

 

「じゃあ、ちーちゃんの案は?」

「よくぞ聞いてくれたわ。それは────世界一の艦隊よ」

「はぁ、私の平穏が……」

 

 千華の言葉につむぎが肩を落とす。

 

「じゃあつむぎは何がいいと思うのよ」

「平穏の艦隊」

「平穏……の艦隊!?」

 

 千華は衝撃を受けたように固まった。

 それを見て、つむぎが明乃に振った。

 

「岬さんはどうですか?」

「海の仲間を守れる艦隊がいいな」

「うーん、見事にバラバラね」

 

 明乃が何かを思いついたように手を打った。

 

「そうだ、世界一海の仲間の平穏を守れる艦隊にすればいいんじゃないかな」

「何その、とりあえず全部詰め込みました、みたいな」

「まぁ、他に折衷案がないんだから……」

「しょうがないわね」

「じゃあそれに決定で」

 

 二人は不承不承頷いた。

 それでも確かに、私達の艦隊のスローガンに他ならなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い、少し不気味な戦闘情報室で話を切り出したのは、ダーツが得意な射管員、小笠原光だ。

 

「私達戦いに出るらしいよ」

「……どこに?」

「フィリピン」

 

 聞き手の輪投げが得意な射撃員、日置はあまり驚いた様子でない。

 

 日置は、近々ブルーマーメイドがフィリピンに投入されることは薄々勘付いていた。

 日本のシーレーンはフィリピン近海を通っている。シーレーンは海に囲まれ、ほぼ全ての資源を自給できない日本にとって、本当の意味での生命線だから、あんだけきな臭くなっていれば鎮圧部隊が派遣されるのは時間の問題だろう。

 ただ、自分達までもがその内に入っていたのは流石に想定外だった。

 

「人魚見習いに実戦の雰囲気を味わせたいんだとさ」

 

 罰ゲームで飲み物を買って来た美千留が皮肉げに言う。

 

「へー」

 

 光は、美千留から炭酸ジュースを受け取り、キャップを開ける。

 しゅわしゅわと小気味よい音。

 ペットボトルを傾け、口いっぱいに含み、飲み干す。喉を爽快な液体が突き抜ける。

 

「でも、」

 

 そして、色鮮やかに光る無数のボタンが付いている壁を軽く叩きながら言った。

 

「こいつを押す機会はないでしょ」

 

 

────誰もがそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「貴方達は、第33任務部隊を編成し、フィリピン近海で作戦行動に入ってもらいます」

 

 突然の呼び出しを受けた岬明乃が、第5会議室に着くと、既に二人の先客がいた。最近艦隊を組むことが多い、つむぎと千華だ。数分後、PCと紙束を抱えた古庄教官が入室し、手早く説明の準備を整えた。

 

 始まったのはやはり、フィリピンに関する話題だった。

 

「最近のフィリピン情勢が予断を許さないものに成っていることは、知ってのとおりだと思います。数年前発足したフェルディナンド政権は、前政権までの方針を一転、極端な親米路線を取りアメリカ軍を国内に招き入れ、イスラム過激派への弾圧を強めました」

 

 そう言って、古庄教官はプロジェクターにフィリピンの地図を映す。

 

「反政府勢力であるミンダナオ独立解放戦線はこれに反発、ミンダナオ特別自治区で武装蜂起が発生、内戦は急速に拡大。今フィリピンは、破壊と混沌のさなかにあります」

 

 地図上のフィリピン中部を、内戦地域を表す赤い染みが広がっていく。

 

「そんな中、日本の貨物船『臨海丸』が解放戦線側のミサイル艇に攻撃を受け、轟沈されました。海上安全整備局は、シーレーンに対する重大な危機と認定、保安即応艦隊による鎮圧を決定しました」

 

 艦隊の針路を示す青い矢印が伸び、いくつかの港に✗印がついた。

 

「攻撃目標はダバオ、セブ、バタンガス。参加兵力は、第一、第二保安即応艦隊の計8隻に加え、

補給艦数隻と学生艦10隻。横須賀女子海洋学校からは、晴風クラス、時津風クラス、天津風クラス、間宮クラスが参加します。詳細は配布資料を参照のこと。質問は?」

 

 明乃が手を上げる。

 

「敵の水上戦力は?」

「ゲパルト級、ペガサス級が主なミサイル艇15隻とオリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート4隻、ソヴレメンヌイ級ミサイル航洋艦2隻です」

「わかりました」

 

 東側、西側が入り混じっているが、概ね旧式だ。

 損害が出ることは考えにくい。そう結論づけた。

 

「他には?」

 

 古庄教官は、周りをぐるりと見渡して、

 

「ないみたいね。それでは解散」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、心配です」

 

 ミーティングが終わった後、艦長三人でお茶でも、と食堂まで来ていた。

 今日の夕方にかけて物資の積載をし、明日早朝には出港する。顔を合わせる最後の機会だ。

 

「なーに心配してんのよ。フィリピン沖まで行って帰って来るだけでしょ」

「……そうだよね」

 

 明乃はぎこちなく頷く。脳裏にこびりつく言いようのない不安を頭を振って掻き消した。

 

「出てきてせいぜいミサイル艇数隻と旧式の防空航洋艦でしょ。ブルマー本隊どころか、私達相手でも鎧袖一触じゃない」

 

 そうだ。危険性なんてあるはずがない。

 解放戦線の艦艇と今回派遣されるブルーマーメイドの弁天型や木曽型には、幼児とプロレスラー並の性能差がある。

 

「両方ともに充分な攻撃はできる。だけど片方はほぼ完璧に攻撃を防げるけど、もう片方はほとんど防げない」

「要は、『我々には対空ミサイルがある』『彼らにはない』ってとこかしらね」

「マキシム機関銃の有名な一説ですね」

 

 原文は、機関銃の凄惨な殺傷力を表した一文で、初舞台となったシャンガニの戦闘ではわずか四挺で約百倍の敵、5000人を撃退したというから驚きだ。これはそれまで主流だった突撃戦術を過去の遺物へと変えた。

 つまり機関銃は戦場を変え戦術を変えた。

 

 明乃は、同様に対空ミサイルもまた、戦術の転換を表す象徴的な兵器だと思う。

 以前、防御は攻撃を耐える事に重きを置いていた。戦艦は自艦の主砲と同サイズの口径の砲弾を耐えられる装甲を持っていたし、戦車も同様だった。

 しかし次第に攻撃力がインフレするにつれ、攻撃力がアンバランスに肥大化したことで、それに釣り合う装甲を持てなくなってしまった。

 だから攻撃そのものを撃ち落としたり逸らしたりし、いわば攻撃を攻撃するように防御は変化したのだ。アクティブ防御システムである。

 艦艇ならスタンダードミサイルやESSM(発展型シースパロー)、車両ならアイアンフィストやクイックキルというように。

 

 広大な後部甲板のミッション・パッケージに、SeaRAM一基、VLS32セルを増設する対空戦モジュールを搭載した木曽型は、一時的に対空要塞と役割を変え、一方的なワンサイドゲームを展開するだろう。

 明乃達にとっては、期末試験前のいつもより少し長い、ただの航海訓練になるはずだ。

 

「でも地対艦ミサイルが出てきたら……」

「最近東南アジアの闇市場に流通しているっていう?」

 

 かつて東側諸国は、資金不足から西側諸国に対抗し得る水上戦力の整備を諦めた。ソ連一国で、イギリス、アメリカ、日本の海洋先進国家達に対し海軍力で対抗すること自体が無茶である。

 艦隊の火力が足りないならば、陸上から支援して補えばいい。そこで生まれたのが、沿岸部に大量に配備された長距離地対艦ミサイル群である。

 この時代のソ連軍は、『攻撃は最大の防御』という言葉通り、西側に比べ攻撃に重心が偏っていた。ゆえに強力な対艦ミサイルが多数生まれたのである。

 冷戦終結と同時に明確な敵が消え去った東側諸国は、これらを大幅に削減し、予算的な都合で本格的な艦艇を保有出来ない中小国に大量に売払われ、接近阻止戦略の礎となっている。

 

「確かに無駄にデカくて速いP-700シリーズが出てきたら厄介ね」

 

 ムムッと腕を組みながら千華は眉間にシワを寄せる。

 

 P-700シリーズを一言で表そうとすれば、『究極の対艦ミサイル』となる。最も、『()()()()()()()()』と注釈をつけなければならないが、今でも十二分に通用する兵器である。

 何故究極なのか。それはバーゲンセールのようにこれでもかと詰め込まれた高機能にある。

 まず速度がマッハ2.5、同時期に西側で運用されていたハープーンがマッハ0.85であると考えればかなり高速である。

 射程は600kmと西側の長距離対艦ミサイルトマホークを優に超える。

 

 だが注目すべき点は、スペックではない。スペックを最大限引き出すための複雑なソフト面である。

 対艦ミサイルというのは、発射前に敵を発見し、飛行中動く敵を捕捉し続けなければならない。

 敵の位置が何処で、自分の位置が何処か。 

 命中を期すためには前衛観測が不可欠である。

 だが水上戦力が低いソ連は前衛観測が困難だった。だから自律捜索のために高高度を飛ぶ編隊長ミサイルと隠密性のために低空を飛行する他僚機に分け、多数の偵察衛星を運用することで代替した。

 この凝りすぎた誘導システムによって大型化、高騰化し、量を揃えられなかった為見放されることになるのだが、しかし質の面では御影石(墓石)という愛称にふさわしい凶悪な性能を誇っている。

 

「超音速対艦ミサイルを持っているというのは、現代の海賊のステイタスと聞きますし」

「何とも夢がない話ね。……まぁ私達には女神の加護があるから大丈夫よ。ね、つむぎ」

「そう……ですよね」

 

 イージス、またの名をアイギス。

 ギリシャ神話の最高神、全知全能のゼウスが娘の女神アテナに与えた盾。それはあらゆる邪悪と厄災を打ち払う。その名の通り、イージス艦は艦隊に迫るあらゆる厄災を払うために造られた。

 

 晴風艦長の明乃は誰よりも晴風の力を理解している。

 対空訓練でS判定が下りるのは性能上当然のことで、正直どんな悲観的に考えても晴風の盾を破られる気がしなかった。驕っている訳でも何でもなくて、誰だろうと同じような判断を下すに違いない。

 超音速対艦ミサイル(   P-700   )は確かに脅威だし、飽和攻撃も本来なら警戒すべきことだ。しかし晴風は対空戦闘を主目的として設計されている関係上、多機能を売りにしている弁天型とは本当に格が違う。

 

 

────なのに、何故だか嫌な予感が拭えないのだ。

 

 

「ぱっぱと片付けて、帰って来たらみんなでパーティしましょ」

「マロンちゃんに言っておくね。つーちゃんも?」

 

 明乃は、嫌な予感を払拭するために、明るい雰囲気を出そうと試みた。

 

「わかりました。きみちゃんに伝えていておきます」

 

 そこで席を立ち、別れた。

 

 なんとなく振り返ったその時、二人の後ろ姿が薄れた気がした。

 

「えっ……」

 

 目をこすってもう一度見た。その時には二人は視界から消え去っていた。

 

 

────その約束が果たされることが永遠にないなんて、その時の私は知りもしなかったのだ。

 

 





みんなで夢を追いかけたかっただけなのに。




 今回は平穏回でした。後三話ほどで追憶編が終了し、原作本編に入る予定です。
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