水平の彼方   作:#Ext

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正義の御旗の下にそれを肯定した。



03/Fake

 

 

「合流地点まで後3時間」

「わかった。周囲の警戒を続けて」

 

 明乃の座るCICの艦長卓の前方には、3面の広角ディスプレイがある。

 かつて唯のホワイトボードだったそれらは、自艦のレーダー、友軍とのデータリンク、人工衛星からの偵察によって得られた全ての作戦に必要な情報を自動で集約し、一目で戦域全貌を把握することを可能にする。

 

 それこそが現代戦闘の本質だと明乃は思う。

 現代戦闘の凄まじさを象徴するのは、砲弾に変わる新兵器ミサイルでもなければ、巡航速度でさえ音速を越えるステルス戦闘機でもない。

 戦闘形態が短期決戦型に変化し、瞬きする間に数百メートル接近してくる数百単位の敵ユニットに対して、これまた数百の味方ユニットを管制し、効率的な迎撃を可能にする支援システム群だ。

 

 明乃は、手元に目を戻す。そこには支援システムの成果たる、リアルタイムで更新される友軍の戦況が映されている。

 昨日早朝の作戦開始から予定通り順調に戦況は推移していて、解放戦線の港湾、艦艇はほぼ全滅、こちらの被害はゼロ。これでフィリピン近海の制海権は完全にこちらの手に落ちた。

 当然の結果だ、そう思う。

 性能差を考えれば、この作戦はパーフェクトゲームでなければ、到底成功とは言えない。

 

 現在第1任務部隊群は、武装勢力の地上掃討を担当するアメリカ軍と連動した対地支援攻撃を、弾薬切れにより一時中断し合流地点に東進している。そして合流地点で弾薬と燃料の補給を受け次第、フィリピン沖に舞い戻り、発展型へと更新が始まった旧式トマホークの『在庫処分』を継続することになるのだ。

 

「海上安全監督室から入電」

「読み上げて」

 

「第33任務部隊晴風は、司令部機能を天津風に移行し、単艦でフィリピン沖150海里まで進出。対地支援攻撃を実施せよ」

 

 その瞬間、艦長卓のディスプレイに作戦概要が提示される。

 

「晴風が……!?」

 

 明乃は電信員の八木鶫に聞き返した。

 

「通信ではそのように」

 

 困惑した表情の八木が頷く。

 

 変だ。

 晴風は一応対地攻撃にも対応した対艦ミサイルを積んでいるものの、最小限のたった4発しかない。それもまだ実戦配備はされておらず、まだ開発段階の物だ。つまり畑違いもいいところだ。

 

「変だな……。アメリカ空軍は何をしている」

 

 副長の宗谷ましろが怪訝な声を上げる。

 それはCIC要員全員の心の内を代弁していた。

 

 対地支援攻撃、すなわち火力支援は、味方の陸上部隊の侵攻を阻む敵を大火力によって瞬時に制圧し、機動部隊による電撃的な侵攻を補助する目的がある。高速を持って混乱の内に敵を制圧する現代の戦闘は、これ無しでは成り立たないと言っていい。

 火力支援に含まれる近接航空支援は、電話一本で駆けつけるピザの出前のように、極めて素早く即応し、適切な場所に瞬間的な高火力を投射できる。

 即応、適切、瞬間的、高火力。現代戦のキーワードがこれでもかと揃った近接航空支援は、全ユニットの有機的な結合を図り、常に最善手を打ち続けなければならない戦場に置いて必要不可欠なものであった。

 その概念の産み親たるアメリカ軍は、第5空軍傘下第47戦闘航空団、F-16を40機、充分な空爆用航空戦力を配置していたはずだ。

 少なくとも、わざわざ補給部隊に配置されている晴風が手伝わなくていいほどには。

 

 

「なるほど……」

 

 CICの隅で手持ちのタブレットと格闘していた船務長の納沙幸子が顔を上げた。

 船務科は主に情報、電測、通信業務を行う。つまり艦の内外から得られた情報を取捨選択し、取りうるオプションを提示することが求められる。

 納沙は船務長でありながら、情報員を掛け持ちしている情報収集のプロだ。

 

「理由がわかりました」

 

 そう言って、タブレットをこちら向きに掲げた。

 

「第1任務部隊群は17式SSM(17式艦対艦誘導弾)、トマホークともに残弾0発。近接航空支援は既に飽和しており、米軍第47戦闘航空団はオーバーワーク気味です。なけなしに向かわせた3機も、強固な対空ミサイル陣地を前に被撃墜を出し後退中です」

 

「強固な対空ミサイル陣地?」

 

 疑問が浮かぶ。ただの武装組織如きがそんな物を持っているのか……?

 

「なんでも最新型のイスラエル製中SAM(中距離地対空ミサイル)が確認されたとか」

「なんでそんな物があるんだ……」

 

 ましろがため息をつく。

 そりゃそうだ。ただのテロリストだと思っていた輩が最新の装備で武装していたとなれば、ため息の一つや二つつきたくなる。

 

「まぁまぁ、あるものを考えても仕方ないし──」

「つまり、晴風の持つ極超音速ミサイルなら防空網を破れるんじゃないかと?」

「そのようです」

 

 幸子が頷く。

 

「じゃあさ、」

 

 水雷長の西崎芽衣が小さく手を挙げる。

 

「『あれ』を撃つの?」

「そうなるね」

 

 『あれ』とは晴風が持つ切り札、必殺の長槍だ。

 正式名称はX-SSM3。極超音速対艦ミサイル。スクラムジェットエンジンにより音速の五倍近い隔絶した高速で、防空網を障子のように喰い破り、一撃で戦艦を沈ませる程の凶悪な火力を叩きつけ、敵を一片も残さず葬り去る兵器。

 

 対艦ミサイルは開発費用を抑える為、ファミリー化が推し進められている。X-SSM3も例に漏れず、空対艦ミサイルのASM3(改)をベースに艦載用に改造されたものだ。Xがつくのはまだ正式採用となっておらず、開発段階であることを示す。

 だが正式採用されても、17式SSM全てが置き換わるわけではない。何故ならこれは凄まじく高価で、まともに量を揃えられないからだ。

 だからハイローミックスのハイを担当することになり、配備先は高性能艦に限られる。しかし質は折り紙付きだ。

 

 グングニル────北欧神話の主神、戦争と死の神オーディンの持つ槍────と裏では呼ばれているそれは、神話通り決して的を射損なうことなく、放つ者に必ず勝利をもたらす。あくまで非公式ではあるが、言いやすさの関係から大抵は愛称で呼ばれているのだ。

 これらの点を踏まえれば、確かに晴風に支援要請が来るのも無理はない?

 

「攻撃準備」

 

「配置つけます」

「了解」

 

 ましろはそれを聞いてから、赤色に灯るボタンの蓋を開ける。そこに配置警報と書いてあることを確認して押し込んだ。

 

「総員、対地戦闘用意。総員、対地戦闘用意」

 

 鈍い鐘の警報音がなり響き、艦内の蛍光灯が白色から赤色の物に切り替わる。禍々しく紅く染まった廊下は否が応でも戦闘になるという事実を晴風クルーに突きつけた。

 午後の当直のために寝ていたクルーは、艦内で最も重大な意味を持つ電子音に飛び起きて、細い廊下を慌ただしく疾走する。

 

 間もなく艦内のあちこちからクルーが揃った、と報告がましろに入る。

 

「各部用意よし」

 

「しろちゃん!」

「艦長」

 

 明乃はスカートのポケットからカードを取り出す。その薄いプラスチックの一片は艦長と副長が持つ一対のカードキーであり、艦の中で攻撃火器の使用を決定できる立場にあることを示す証である。

 ましろは、右手で飾り気のない銀色の板を強く握りしめ、明乃の方を見る。

 明乃が頷く。

 次の瞬間、二人は揃ってカードを溝に挿し込み手前に引いた。

 

 ピッと電子音がすると同時に、艦長卓のディスプレイの一部、灰色に表示されていたタブが黄色に点灯する。

 眠りについていた晴風の魔物の心臓に火が灯った合図だ。

 

「タマちゃん、攻撃を」

 

「ん、グングニル、発射弾数四発、攻撃始め!」

「グングニル、ナンバー001〜004、スタンバイ」

 

 射撃管制員の光は、手前の青いインターフェイスに触れた。そしてキーボードを使い次々とミサイルに目標の距離と方位を入力し、オプションを設定する。今回はなしだ。

 エンターキーを勢いよく叩くと、VLSセルを示すランプの四つが、信号機のように赤色から黄色、黄色から緑色に変わった。

 

「グングニル、001〜004、レディー」

「Fire!」

 

 撃て、光は小さく呟いてからその発射ボタンを押し込んだ。

 明乃がなんとなく見やったCIC前面の広角端末では、監視カメラによって、今、まさにミサイルが発射される瞬間を捉えていた。

 電気信号がVLSに伝達され、前部甲板で警報音が鳴り、次々と四枚のハッチが開放される。

 次の瞬間にランチャーから勢いよく炎が吹き出した。カメラの視界が赤い炎と白い煙に覆われた時、その内からオーディンの白い槍が空へ飛び出し、遥かに彼方へ消え去った。

 

 明乃は別のディスプレイに目を映す。そこには、順調に目標に向けて飛行するミサイルのアイコンが映されていた。

 

「作戦終了。針路2−6−5。第33任務隊に合流します」

 

 

 

 

 

 

「吐かなかったな」

 

 眺めたのは艦長用のタブレット。その地図上にある赤い点。攻撃目標だ。偵察部隊の情報によるとそこには五百人規模の敵兵がいるらしい。

 

 五百。五百だ。

 このたった直径1センチの1点には、五百人分の命が乗っている。

 

 こんなにも簡単に、蚊を叩き落とすように数百人の命を握り潰すのだ。

 

 実感がわかなかった。

 コンピューターゲームの数ある敵NPCを倒すように、その命令は淡々と遂行された。

 

 

 怖かった。

 

 

 何も感じないのが怖い。

 罪悪感を覚えないことが怖い。

 自分が変わっていくのが怖い。

 

「ばーん」

 

 手で拳銃の形を作り、見えない誰かを撃った。

 

 ヒーローになりたいと思ってた。

 だから、悪は倒されなければならない。

 

 人を救えるようになれると信じてた。

 だけど、真逆のことをしている。

 

 物語のように敵も味方も友達になって、大円団のハッピーエンドが待ってると漠然と思っていた。それは違った。

 

 

「わからないな」

 

 

 わからなかった。

 悲しい。正しい。正しい……?

 

 虚空に向かって手を伸ばした。

 全てを純白の下に晒しだす白色灯が酷く鬱陶しかった。

 

 これが正義なのか。

 正義は虐殺を肯定するのか。

 それでも進まねばならないのか。

 

 

「わからないよ」

 

 

 CICの扉を開ける。

 明乃の影を希薄な青色光に溶かし込んだ。

 前面の大型ディスプレイにはもうすぐ着弾するミサイルが映っていた。

 

「命中まで3、2、1」

 

 惨状をしっかりと目に焼き付けるために、目を見開いた。でも、そんなものは見えないとも分かってた。

 

「ゼロ。マークインターセプト」

 

 ミサイルを示すアイコンが点滅して消えた。

 数百人分の点が呆気なく消えた。

 それだけだった。

 

 





その正義はフェイクだ。



 更新遅れてすみません。
 ですがゆっくり書いた分、戦闘描写と感情描写は上手く書けたかなと思います。

 感想、評価、お気に入りありがとうございます。
 本話の執筆で沼まった際、大変励みになりました!

 次回は04/Lost(今度こそ!)です。

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