擦り減り過ぎた石上くん   作:枝豆%

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石上優は立ち上がりたい

 僕はどうかしてた……。

 

 その一言に尽きる、テレビを見すぎたのか、それとも物語に出てくるヒーローにあてられたのか……。

 今となってはどうでもいい、ただ僕はおかしかったんだと思う。

 なんの意味もなく、それでいて見返りがあるわけでなく……。返ってきたのは痛いしっぺ返しだけ。

 僕の事を他人が理解して、手を差し伸べてくれるだなんて幻想を思い描いていたのか……。

 そんな惨めったらしくてどうしようもない事だった。

 

 思い出すだけで吐き気がする。

 本質を理解していなかったんだ。

 正しい事をすればそれが正しくなると……

 

 本当に重要なのは正しいことをしたという表現だったのに。

 

 だから僕は失敗した……。

 事を起こした時から僕は詰んでいたのかもしれない。

 

 誇らしげに、それでいて満足気に。

 自分に酔っていたのかもしれない……。いや、多分僕は酔っていた。

 好きな子を守る自分に。

 

 

 親から勘当同然のことをされて──

 学校では居場所はなくて──

 友人なんて皆消えて──

 

 全てが泡のように消えた。

 水中から気体を追い出すように、世界から僕という異物を排除するように。

 居場所も、夢も、将来も──

 

 こんなにもあっさりと消えるものだなんて知らなかった。

 

 もう少し早ければ、ほんの少し誰かが信じてくれたなら、話だけでも聞いて楽になってたなら…………また違った結果になってたのかもしれない。

 

 でも、そうならなかった。

 

 

 だから僕は…………

 

 

 ──僕は本当にどうかしてた。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 中学三年。

 世間では義務教育が終わり、子供から大人への踏ん切りを付ける時期でもある。あるものは学校に行き、あるものは仕事を初め、あるものは人生を諦める。

 

 そんな節目の年で、どうも僕の人生は大きく傾いた。もちろん悪い方向に。

 

 ある事件がきっかけとなり、僕は引きこもりになった。

 親からはボコボコにされ今も冷たい目を向けられる、郵便で学校から反省文の提出の催促する資料が配られてくる。

 

 何度も書こうと試したが……そんな気さえ失せた。

 家業は親から「お前には継がせない」と数日前に宣言され、どうやら跡取りだけでなく入社すらできなくなったらしい。

 通っている学校も業界トップの子孫や異国の王子だったり。そういう意味でいえば僕の人生は詰んだ。

 

 全生徒から嫌われている僕が就活でもして、そこのお偉いさんが秀知院に子供を通わせていたら。間違いなく書類審査で切られるだろう。

 

 真面目に生きてきたつもりだ。

 僕は比較的真面目に生きてきたつもりだ。皆の模範になれる、とまではいかなくとも恥ずかしくない生き方をしてきた。

 

 中学から高校、大学とエスカレーター式で上がっていき良い就職先に務め、それなりに裕福で幸せな未来があると、それが来ると思っていた。

 

 けど現実はそんなに甘くない。

 たかが一つの間違い、それだけで安定に見えていた足場が崩れ落ちる。

 

 落ちて、堕ちて、またおちて。

 

 

 それで行き着いた先が自宅の自室。

 もう太陽の光を随分と体に浴びていない、自室から一歩も出ず。

 

 反省文を書くまで出してくれない部屋。

 

 いっそ全てぶちまけようか。

 

 極限状態でそんな思考が降りてきた。

 全ての悪事をばら蒔いて、誰彼構わず傷つけて──

 

 

 でも僕にはできなかった。

 だってそれをすれば…………。

 

 それをすれば僕は本当に何がしたかったのか分からなくなる。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

「これが俺たちが導き出した推論だ、どうだ間違いはあるか?」

 

 卒業式が終わり、出会いと別れの季節が差し掛かった時。

 どういう訳か僕は進級することができて、家に生徒会長が押しかけてきた。

 問題児を外に出す? 生徒会長としての名誉? 

 

 こんな頭の湧いてるやつに構うなんて、生徒会長は変わり者だ。

 人の恥ずかしい過去を丁寧に探って、頼んでもない推理大会を開いて。

 

「それで一体なんになるんですか? 

 真実がどうとか、なにが正しいとか。もうこの話はそういう話じゃないんですよ。キモイ勘違い野郎がキモイ事をした、それで終わったんですよ」

 

「しかし、それではお前が報われんだろう」

 

「報われる? 僕が? 仮にそれが真実だったとして、それがどうなるんですか? 生徒会長が声を大にして真実を公衆の面前で語ってくれるんですか? 意味ないんですよ、家族に白い目で見られて、学校ではこれから虐めも待ってるでしょう、そして極めつけは生徒全員が敵だ。いや教師も敵になってるかも知れません。そんな奴が報われる? どうやって? 

 貴方が家族関係を治してくれますか? 貴方が全校生徒から僕を守ってくれますか? 貴方が教師と対立してでも僕に味方してくれますか?」

 

「それは……」

 

 秀知院の生徒会長は激務であるがそれに見合ったものが贈呈される。

 それを得るためには学院のVIPと上手く付き合って行かなければならないし、教師陣からも好感度が良くないといけない。

 僕のようなどちらも敵に回すような存在に加担していれば、生徒会長であり続けることが難しくなる。

 

「無理でしょう。会って間もない下級生の為に世話焼いてちゃ。そんな誰かを助けるだなんて気持ち悪い事(・・・・・・)やめた方がいい。中途半端じゃ何も変わらない、深入りすれば僕みたいになる」

 

「……」

 

「だからそんな同情はやめてください。真相を知って、分かった気になって、手を差し伸べた気になって……そんな無駄なことはしなくていいんです。この1ヶ月だか2ヶ月だか一人で考えてました。なんで僕がこんな目に会うんだろうって、ただ好きだった子を助けたかっただけなのに。気が付けば僕の手の中にあった幸福はすり抜けてこぼれ落ちてました。あんなことしなかったら僕は普通に今も学校に通っていたと思います。彼女を見捨てて、回されてるのを黙認して。何もしなかったら僕は日常を送れてたと思います」

 

「ねぇ生徒会長、僕は間違ってたんですか?」

 

 ずっと考えて考えて。

 それでも答えは出なかった。

 彼女を切れば日常が戻っていた、彼女と関わらなければ普通があった。

 

 最初は後悔はなかった。

 誇らしさも少しばかりあった。

 それが段々と重なって、母の電話口で泣きそうな声。父に殴られ続けて。兄に冷ややかな目で見られて。

 

 僕は少し後悔した。

 でも間違ってなかったと思ってる。

 

 日々が重なり、敵しか周りにいなくなって。

 目に見えるのは敵ばかりで。

 幻聴すら聞こえるようになって。

 部屋を暴れて荒らしたりして。

 

 

 ふと我に返る。

 

 

 本当に正しいことをしたのか? 

 

 

 

「ねぇ生徒会長知ってますか? 人を信じられなくなった人間は、人の顔が認識できなくなるんですよ」

 

 もう、誰の顔も見たくない。

 彼女も、アイツも、親も、兄弟も。

 

 もう、どんな顔をしていたか思い出せない。

 見えない、見たくない。

 そんな願いが叶ったからか、僕は人の顔が見えない。親も兄弟ものっぺらぼうのように、顔のパーツをつけ忘れたかのように……。動く肉の固まりにしか見えない。

 

「ここまで擦り減ってたとは、誤算だった……石上優、お前は名の通り優しい奴だ。多分お前は間違ってなかったし、お前の信念も俺は間違ってないと思う。誰からも理解されなくても誰の耳にも届かなくても、お前は一人の女を守りきったんだ。迫られた二択がどちらかが正しくてどちらかが間違ってるなんてこと世の中では稀な方だ、どっちも間違ってることもあるし、どっちも正しいこともある。こう言っては悪いが間が悪かったんだお前は」

 

「俺はお前を一人の男として尊敬する。好きな女にそこまでできるお前のことを俺は心の底から尊敬する。お前は良くやった、頑張った──」

 

「──お前は凄い奴だ! おかしくなんかない!」

 

「真相を教え回っていいなら俺がやってやる! 正しいと思うことも出来ずになにが生徒会長だ! ……でも、お前はそんなことがして欲しいんじゃないんだろ?」

 

 おかしくなんかない。

 生徒会長がいったその言葉が心によく響く。

 ずっと欲しかった言葉だ。

 

 この期間。ずっと誰かに批判されて、怒鳴られて、蔑まれて。

 誰からも見てもらえなかった。

 話なんて聞いて貰えない、取り付く島もない。

 

 初めて会話した気さえする。

 

 そうだ、僕は……。

 

 誰からでもいい、理解して貰いたかった。

 

 ずっと否定されて……。

 

「……ぅ……ぅ」

 

 頬を涙が通る。

 この期間、ずっと堪えて耐えてきた涙が溢れて出てくる。

 悲しさだけじゃない、僕だけではどうしようもない歯痒さ、苛立ち、憎悪、嫉妬。

 

 その全てが溢れた。

 

 でも、一番は安堵だったのかと思う。

 

 僕はおかしいやつじゃないんだという。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに制服に袖を通した。

 もう寒さも消えてすっかり春真っ只中。

 

 会長に生徒会に誘われて会計として籍を置き、学校で居場所ができた。

 とはいえ居心地がいい訳でも無い。この学校で生徒会は憧れの的、そんな場所に学校の嫌われ者が入ったのだから視線は痛い。

 

「なんでお前が」

「よく顔だせるな」

「早く辞めろよ」

 

 小声でも、陰口でも、そういった声はよく耳に入る。

 心にもない罵詈雑言が聞こえてくる、わざと聞こえるように言ってくる奴らも。

 でも、そういうものなんだろう。

 何もやり返してこないサンドバッグ、目の前にそれがあれば殴るのは必然だ。肉体的にも暴力で痛いし精神的にも辛い。

 

 だから僕はヘッドホンをする。

 

 暴言(オト)を遮断して、自分の世界に入る。

 音楽はかけなくていい、耳栓の役割だけで僕は十分救われる。

 

 キツいし辛いし、通ってる意味も分からなくなることがある。

 

 でも、こんなことで……。

 

 

 こんな意味の分からないことで、僕の人生が振り回されるなんて僕が許さない。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「バイトをしたい?」

 

 

 学校生活を再開して、中学まで続けていた陸上部になど高等部で入れるはずもなく帰宅部として生活している。

 しかし生徒会の仕事をやっていても家に早く帰ることがある。

 

 僕にとって家は心安らぐ場所では、つい最近無くなった。

 いたくない場所。その表現が一番正しいと思う。

 

 だからバイトを初めようと思う。

 

「はい人とあまり関わらない職場がいいんですけど、会長(・・)だったら知ってるかと思って」

「そういうことなら任せておけ、自慢じゃないが俺はバイトを幾つも掛け持ちしてるからな。新聞配達なんでどうだ? 原付の免許があれば結構楽にこなせるぞ、朝が早いのが問題だが」

 

「すみません会長、できれば放課後にできるのがいいです。バイトを始める理由も家に居たくないからですし」

 

「そうか……となると、接客業はダメとして従業員も少なめがいい……ふむ、それならティッシュ配りなんてどうだ? 配るだけで人と関わることなんてほとんど無いしな、他にはスーパーの品出しとかだな、あれもお客さんに話しかけられることは1日1回あるかないかだ」

 

 ティッシュ配りとスーパーは充分接客業ではないのか? 

 とやや疑問を持つがバイト未経験の僕よりも会長の方が詳しいので言わないでおこう。

 

 ティッシュ配りはその日に会長から紹介ということで翌日からシフトに組み込んでもらえることになって、スーパーの品出しのバイトは3日後に面接することになった。

 

「まだ親御さんとは話し合ってないのか?」

 

 会長が僕にそんなことをなげかけてくる、バイトしたい理由が金目当てでなく家にいる時間を減らしたいと言えば誰だって聞きたがる。

 

「はい、親からは秀知院の高等部でたら面倒は見ないって言われてますから。行くか分かりませんけど大学の学費も貯めておきたいですし……それでいいんですよ、そんなもんですよ家族なんて。言わなくてもわかるなんてのは幻想で、言わないと伝わらないものなんです。でも言う訳にもいかないでしょ、あの()の人達にとって僕は悪者。それでいいんです」

 

「報われないな……口出しはせんが……いやよそう、石上会計にも考えがあるのだろう」

 

「会長、前にも言ったじゃないですか。僕は報われませんよ、落ちるところまで落ちたんです。でも底に落ちて分かったこともありますよ、何も無くすものが無くなった人間はある意味最強です 」

 

「俺はお前がポジティブになってくれて嬉しいよ」

 

「はい」

 

 そういうと僕は生徒会室から荷物を纏めて出ようとする。

 

「帰るのか?」

「はい、先輩方もそろそろ来ますし……今日は病院なので」

 

 あの一件から僕は比喩表現でなく、本当に人の顔が分からなくなった。会長のことも飾緒がないと分からないし生徒会の他の先輩やクラスメイト、先生ですら本当に分からない。

 そんなことで僕は病院に通ってる、肉体的ではなく精神の方の。

 

「そうか、それではな」

 

 荷物を纏めてドアに手をかけた時にドアノブが下に落ちた。

 外から誰かがドアを開けようとしているのだろう。

 

 

「あ! 石上くん こんにちは!」

「ごきげんよう石上くん」

 

「はい、お疲れ様です先輩方(・・・)

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 常にヘッドホンを手放せない。音を遮断しないと、幻聴すら聞こえてくる。

 会長に居場所も作って貰えたし、バイトも紹介して貰った。

 

 でも未だに僕には人の顔が見えない。

 

 そんな些細な悩みを持つ15歳だ。

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