一話でしかも1万文字もいってない状態でこれだけ多くの人から評価して貰ってビビりました。
ありがとうございます。
『相貌失認』別名『失顔症』そう先生に言われた時、なんともらしい名前をつける人もいるものだと感心した。それと同時にこの悩みを僕以外にも持つ人がいることに少しだけ安心感を覚える。
「そう、バイトを始めるのね…なら長くは続かせない方がいいわ、人の顔が認識できないという事は取り繕っても何時かは周りにバレるし。大きな仕事を任される前に、というのが大事になるわよミスしたら取り返しのつかないことだって偶にあるんだから。それか顔を合わせないデスクワーク系に変えることを進めるわ」
会長からの紹介でバイトを始めて1ヶ月弱。
初給料も貰い外に触れて幾つか気付いたこともある、顔が見えない。この病気を患っている人も多種多様で、僕のようにのっぺらぼうの様に見える人も居れば、目と鼻と口を別々に認識することは出来ても『顔』として見ることが出来ない。そんな人もいる。
そして総じてこの病気に確立した治療法が無い。
僕の場合は稀に起こる人間不信からくるもののようで、所謂後天的になったものなので治る見込みは一応あるらしい。
僕は元々ここに相談しに来ているだけであって、治す気は殆どない。
顔を覚えられない、というのはとても厄介で面倒で嫌われることかもしれない。でも、僕にとってこの病気は自分から望んでなったと言っても過言ではない。
つまるところ困ってはいないのだ。
確かに人の顔は判別できないので苦労はするが、髪の毛や服装、体格や骨格、声や匂い。顔以外なら見分け用と思えば見分けが着く。
それに後天的だったからこそ、僕には
会長なんて分かりやすい、飾緒をつけている生徒なんてあの学校では一人しかいない。他の生徒会メンバーも特徴的な髪飾りをしているし、間違えることは無いと思う…………多分。
尊敬する先輩を認識できないというのは悩ましい問題だが、トータルで見れば損ではない。
「それじゃあ先生、ありがとうございました」
「ええ、気を付けて帰ってね石上くん」
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会長からバイトを紹介して貰って2ヶ月が過ぎる。
テッシュ配りとスーパーの品出しから始まり、倉庫やピッキング、引越しにピザのデリバリー。
最終的には人と顔を合わせずに済むデータ入力のバイトに落ち着いた。
季節は流れて一気に梅雨。
ジメジメとしており蒸し暑さを感じられるこの季節。冬服から衣替えして白いYシャツを着る。
ヘッドホンをしながらパソコンで生徒会の仕事をしている時に、アイツはやって来た。
「石上、ここは電子機器は使用禁止なんだけど」
「生徒会の仕事だから勘弁してくれ。僕だって家に帰ってやりたいけど雨が降ってて帰れないんだ」
教室にも居づらく、かと言って生徒会室には入りづらく、図書室など以ての外。妥協案として消去法で残った下足室付近の人通りの無い廊下でパソコンを操作しているところに『風紀』と書いてある腕章を付けた少女が声をかけてきた。
「なら生徒会室でやればいいじゃない」
「一年は僕しかいないから居づらいんだよ、察してくれ」
現に石上は何度か不注意で会長以外の生徒会メンバーの地雷を踏み抜いたことが片手で数えられるほどある。
恐らく貧に……四宮先輩にだと思うが、肉体的な暴力も二度受けたことがあり命の危険を感じている。
いくら人生諦めモードに入っている石上でも、さすがにゲームオーバーには年齢が若すぎる。
「でも校則優先よ、さっさと帰ってやるか空き教室でも借りて終わらせなさい。このまま続けるならそれ相応の処置を取るわよ」
「そんな横暴な…」
「今ここで取り上げてもいいのよ」
「それは無理」
パソコンは石上の生面線に最早なっている。
このPCも生徒会の備品ではなく、自前のものである。
データ入力のバイトもこなしたことから、パソコンのタイピングなどが上がり処理スピードを求めた結果、家に自作PCといつでも持ち運べるノートPCを使い分けるようになった。
「傘を忘れたなら職員室で借りられるわ」
「………わかったよ、帰るよ」
そ、と言いながら少女は去ろうとする。
こんなこと中学時代なら……いや数ヶ月前ならありえないことだろう。石上と彼女はある意味『犬猿の仲』『水と油』。そんな例えをされるほどのものだった。だが、石上の異変からその関係は少しだけ変わった。
先生に言われたことがある。
『もしかしたら、貴方の環境は変わっても貴方に対する態度を変えない人もいるかもしれない。もしそんな人がいるなら……もしかしたら』
「
「…なに? 忙しいんだけど」
「ありがとう」
「どういたしまして」
伊井野ミコは変わらない。
のっぺらぼうしか居ないこの世界で、彼女だけは変わらない。
何故なら彼女も、気持ち悪い1人なのだから。
彼女の行為に従って、石上は傘を職員室から借りて帰った。
だが、いくら金持ち学校といえ落し物から貸し出している傘はボロッちく少し穴が空いており結局身体は濡れて帰った。
ーーーーー
「して石上、折り入って相談とはなんだ?」
「はい、生徒会を辞めたいな……って思ってまして」
この男! ここまで世話になった白銀に恩を仇で返そうとしている!
白銀がいなければ、あのまま部屋に引きこもり絶望のふちに立たされて首を吊っていた可能性もないことは無い! 白銀が生徒会に誘わなければ、学校すら辞めていたかもしれない!!
そんな恩人である白銀から承った仕事を! 石上は満を持して辞退しようとしていた!!
「…そうか、辞めるか………」
「──勘弁してくれ! お前がいないとマジで破綻する!!」
「……すみません。でも僕、殺されると思うんです」
「…殺ッ!?」
「多分四宮先輩に」
「しのッ!?」
多分とは言ったものの、石上の中で四宮かぐやが99%黒であることは悟っているし、確信もしている。残りの1%は少しばかりの希望だ。
双子とかドッペルゲンガーとか変装とか。そんなありえない可能性。
「何を根拠に…」
「雰囲気です。僕は顔で判断できない分雰囲気で相手がどう思っているか想像しなければいけません。顔だけ笑っててオーラ全開とか前なら分からなかったかも知れませんが、今の僕には雰囲気しか分からないので百発百中です」
「それは凄いな…確かに目が不自由な人は耳や触感が敏感になると言うものな」
「はい逆にあんまり表にそういうのを出さない人のは全く分かりません。『ねぇなんで怒ってるか分かる?』みたいなことを言われたら泣いて土下座しないと問題が解決しないです」
「あんまり役に立たなかった!?」
「はい。大好きだったギャルゲーもやる気が出てきません。やっぱり僕は顔だけでキャラを判断する虐げられるべき面食いだったことも最近分かりました」
「大丈夫か石上!?」
どうやら石上の症状は漫画やゲームにアニメなども影響するようで、顔として判断できない。だから石上は読むのは小説、暇な時間はバイト、そして本当にやることがない時だけ勉強。そんな最終手段にしか勉強をしない石上である。
「少し脱線しました。だから僕は四宮先輩の殺気を感じて気絶しそうになりました。あんなエグいの人生で初めて浴びましたよ」
「殺気ってお前、日常生活でそんなものは…」
「会長も一度くらいあるでしょ? 藤原先輩なんてもっとやばいですよ、多分あれはもう長くないです」
「そんなにかッ!?」
白銀も時々四宮の『氷のかぐや時代』の名残りで威圧を感じるが、最近は無くなった……そう思っていたのだが、石上は先日その威圧を氷のかぐやの時よりも深くなった威圧を受けた。
顔が迫られ、認識は出来なかったがそれがより一層怖さを引き立てる。
白銀が居た生徒会で発狂しなかっただけ褒められた事だろう。
「それで何したんだ? 相当怒らせたんじゃないか?」
「何をしたかは………脅されているので言えません」
「おどッ!?」
先月のコーヒー無料券の事件や、首絞め案件。
これらのことで石上はかぐやに対して闘争心を折られている。
そんな会話をしている時、四宮かぐやが
「会長─石上くんいますか──?」
「「──ッ!!!!」」
噂の本人が登場して2人の、いや特に石上の警戒心は最大まで引き上げられた。白銀も石上の震えから庇うように前に出る。
「こ! これ以上罪を重ねるな四宮ー!!」
「自首するんだ四宮ーー!!!」
「もう──話を聞いてください!!」
手に持っていた血塗れた包丁は勢いよく机に刺されたと思いきや、何故かヘナっと曲がってしまう。
(小道具?)
白銀は「そういえば」と四宮が演劇部の助っ人として駆り出されたのを思い出した。
「今日は衣装合わせだったんです」
四宮は包丁を触りながらこちらに目を据えて話す。
(いや、無理怖い!)
普通に石上は怯える。
四宮と偽物とはいえ刃物は怖すぎる。
「だからって小道具まで持ってくるか?」
「少し見せびらかしたかったんです……ふふっ、ごめんなさい」
(可愛い)
(ダメだ会長が落とされた)
「会長、これはアレです。油断させて後ろからグサッのやつです。『池井戸潤』作品によくあるやつです」
「怖いこと言うなよ、なんかリアルになってきただろ」
仲間とみせかけて一度裏切るのは常套句。
そう思うとやけにリアルさが増して、2人はゾッとする。
「会長〜…助けて……」
扉から現れたのはもう1人の生徒会役員である藤原。
心臓に包丁を刺され、周りに血が……。
「かぐやさんに殺されちゃいました!」
「やっぱり!」
藤原の陽気な答えに、白銀は条件反射で返してしまう。
そこに四宮が「やっぱりってなんですか!?」と突っ込むが、石上だけは藤原を怪しい目で見ていた。
「会長…これはあれですよ、実は死んでて四宮先輩に操られている…みたいな」
入ってきたばかりで、石上は藤原のことを認識できていなかったが…恐らくあの胸部は……。と、念の為に名前は出さないでいた。
「石上会計、君はいつも被害妄想が過ぎるぞ。もっと仲間をしんじてみろ…な?」
………………。
信じる……………。
(それを僕に言いますか……)
刹那、石上の記憶が蘇る。
生徒会に入った時からの記憶。
書類仕事…
書類仕事……
書類仕事………
首絞め……
脅迫……
憎悪……
「会長」
「なんだ?」
「死にたいので帰ります」
「なんで!?」
今日も生徒会は通常運転。
ーーーーー
「石上くん?」
次の日、生徒会室に誰もいなかったので一人で作業をしていると授業を終えた先輩が一人やって来た…。
「えっと…四宮? 先輩ですか」
「ええ、その調子だと苦労してそうですね」
「まぁ少しだけ悩みの種ですけど…そこまで大変でもないですよ。潜在的には50人に一人は居るそうですし。クラスに一人はいる変な子…みたいな認識で大丈夫です」
「ポジティブなのかネガティブなのか……まぁいいわ。前の件、黙っていて偉いですね、口が固いことは美徳ですよ」
僕の脳裏にこの前の血塗れた包丁が浮かんだ。
あ、やばい僕ここで殺されるかも…。
「そんな石上くんに一ついい事を教えてあげましょう。ついてらっしゃい」
そういうと四宮先輩は生徒会室の棚を横に移動させて、隠し通路を露とした。
「何それ!?」
「昔、学生運動が行われていた時代に拠点となった部屋だそうです。ここなら居心地が悪くなく仕事ができるでしょ? 風紀委員に目をつけられることなく、誰の目を気にすることも無く」
本当にこの先輩は恐ろしい。
どこまで知っているのか、逆に何を知らないのか……。
それすら分からなくなる。
「だからもう、辞めるだなんて…言わないでくださいよ」
全身の毛が逆立つ。とはこういう時に使うのだろう。
この先輩には全てを知られている。
本当にそう思えるほどに…。
会長に僕が辞めたいと相談していた時にはもう……。扉の前で聞き耳をたてていた……。
「……分かりました」
僕は力なく答えることしか出来ない。
本当に怖い人というのは、腕力が優れているでも威圧が凄いでもヤンキーでもない。
本当に怖い人というのは……四宮先輩のような。
「それでは、お仕事頑張ってくださいね」
笑っているのか、それとも怒っているのか。
顔の見えない僕には、どうやら知る由もないみたいだ。
「あ、意外とここ居心地いい」
四宮先輩に少しだけ感謝した。
感想とか貰えると嬉しいです(切実)
最近ハーメルンで音読機能を知り使ってるんですが、あれってどうやればなるんですかね?
作者の作品も使えるのがいくつかあるんですが……
やり方を知ってたらメッセージで教えてくださいm(_ _)m