原作キャラと絡ませないとなかなか筆が進まないですね。
そこはアルザーノ帝国の地方都市のひとつ。
夜の闇の中を、黒いローブを着た男が一人駆けていく。
荒い息をするその顔は、焦りと恐怖に彩られていた。
人通りの無い路地裏を選びながら走るその姿は、誰かから逃げているように見える。しかし、彼の背後には人の影は見えない。
「……っ!どこにいる!?」
そう吠える男を、カラスだけが視ていた。
数時間前、男は歓楽街を歩きながら女性を物色していた。実験の為に数人程必要だったのだ。男は顔も良く話も上手かったので、すぐに水商売の女性が集まってきた。幸いにもこの歓楽街は行政が行き届いておらず、人が数人消えた程度では大きな騒ぎにはならない。そう踏んだ男は、一人を言葉巧みに路地裏に連れ込み、【スリープ・サウンド】をかける。女は簡単に崩れ落ちた。相手に【グラビティ・コントロール】をかけ体重を軽くし、自身の潜伏先に運び込もうとした。その時だった。
「──っ!?」
女の身体にラグが走ったかと思うと、急にその姿を消してしまった。突然の出来事に男は混乱する。
「──
今度は耳元で男の声がした。咄嗟に逃げ出す。
もともと男は研究者気質、戦闘の経験なんてろくにない。しかし男を支援してくれるパトロンもいない為、こうして被験者となる人材を自身の手で用意しなければいけなかった。
それもこうして見つかってしまった。ならば自分に有利な状況に持ち込める自身の研究室に戻り、迎撃する以外手がない。
そして追いかけっこは始まった。ただし、逃げる男に対して追いかける側は一向に姿を表さない。本来なら人気の無い路地裏にいる今、追撃のひとつあってもおかしくない筈。試しに挑発をしてみたがそれに反応もない。何を考えているのか理解出来ない相手に警戒を強めていく。
走り続けて十数分、たどり着いたのは一つの古びた建物。男はビルの裏口から中に入り、入り口直ぐの階段をかけ降り地下に行く。通路を通って奥から3つ目のドアの前で呪文を唱えると、ドアの左に別のドアが浮かび上がる。そのドアを開けば、そこは男の研究室だ。
地下への階段から研究室までに、多くの魔術トラップを仕掛けている。仕止められなくても時間稼ぎにはなるだろう。攻め込まれたとしても、研究成果である魔導器を起動すれば───
「へぇー、ここがアンタの研究室?難しそうな本ばっかあるな。文字読めないからわからないけど」
その声は、部屋の奥から聞こえてきた。
あり得ない。間違いなく撒いた筈だ。そもそもここに入るのにパスワードが必要だ。それをこんな短時間で攻略し、自分より早く部屋に居ることなど不可能──!
「何を勘違いしてるか知らないけど、おれはずっと、アンタの後ろを着いてきただけだぜ?潜伏先の場所が分からなくてさ」
そんなことを言いながら、部屋の奥から声の主は現れる。その姿は、鴉のように黒い外衣を纏う、左目に布を巻いた隻眼の少年だった。
「少し派手に動き過ぎたな。だからあいつ等に狙われるんだ。まぁ捕まる前に、こうしてアンタの研究資料を頂きたいんだけど……」
どこまでも自然体で少年は男に話かける。状況を呑み込めてきた男は、目の前の敵を排除しようとする。
「《貫け閃──」
「喋るな」
呪文を詠唱しようとするも、少年のその一言で男の口は塞がれ声を出すことが出来なくなる。
甲種言霊、呪力が乗せられた言葉によって相手の精神に干渉し、言葉の内容を強制させる呪術。それによって男はあまりにもたやすく無力化されてしまった。
「あんまり時間もないから、本題に入りたいんだけど……」
そう言うと少年は俯いて少し悩んだ様子を見せる。しかし顔を上げると、
「抵抗されても面倒だ、続きはアンタの脳に直接聞かせてもらうとするよ」
口元に微笑みを浮かべながらそう言って、男の顔の前で指を鳴らし、男の意識を刈り取った。
階段をかけ降り、魔術トラップを掻い潜り、ついに彼──帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー17《星》アルベルト=フレイザーは標的の研究室にたどり着いた。
今回の任務はとある外道魔術師の捕縛、及び研究資料の押収。標的は学会から追放され、パトロンを見つけることも出来ないという、研究者としては二流もいいとこだが、その研究内容が危険だった。
彼が作り出そうとしたのは、相手の肉体と霊魂の結合を緩ませ、死に至らしめる魔術。いわば、相手に即効性の『エーテル乖離症』を発症させるというものだった。
この魔術を受けた対象は『エーテル乖離症』を発症し、数時間で進行し死に至る。治療法は『エーテル乖離症』と同じだが、この魔術が戦闘に使われれば、その場に法医師がいなければまず助かることはないだろう。そんな危険なものを世に出す訳にはいかない。
数日前からアルベルトは、標的が潜伏しているとされる都市を見張っていた。動きがあったのは今夜。路地裏にいた標的を発見したアルベルトは、標的が潜伏先に戻ったところを強襲する予定だった。しかし標的は突然逃げるように走り始めた。
自分の存在が相手にばれたのか、思わぬ事態にアルベルトは舌打ちする。しかしアルベルトが居たのは標的から500メトラ離れた建物の屋上。標的に関する資料には戦闘経験は無いと書かれていた。勘づかれることはない筈だった。
すぐに頭を切り替えたアルベルトは、一定の距離を保ちながら追跡する。相手の行動を観察したが、やはり標的は自身に気づいた訳ではないようだ。ならば一体何から逃げているのか。
標的は古びた建物の中に入って行った。アルベルトも5分後に突入する。仕掛けられたトラップを掻い潜り、地下通路の先の偽装工作を見抜き、研究室の前にたどり着いた。【ライトニングピアス】をストックし、扉の前で3つ数えて息を整え、扉を蹴破った。
部屋の中に侵入するが反応が無い。警戒を強めアルベルトは進むが、奥の光景を見て拳を握り締める。
「……やられた」
部屋の中は荒らされていた。
書棚には、置いてあったであろう研究資料が持ち出された痕跡のみが残されている。標的の男は床に倒れているが、意識を失っているだけで怪我のひとつも無い。
この状況を、アルベルトは数日前にも見たことがある。
アルベルトは【コール・ファミリア】で外を探索し、自身は意識の無い男を拘束した後部屋の中を捜査する。この状況を作った犯人は既に逃げ出しているだろう。しかし、犯人が予想通りならアレがある筈だ。そう考え探していると、目当てのものはテーブルの下に落ちていた。
「『
拾い上げたそれは、黒い鴉の羽だった。
☆ ★ ☆
巷でこんな話が流行っている。
1ヶ月程前から外道魔術師が捕縛されるニュースが多くなっているが、実は帝国宮廷魔導士団の活躍ではなく、正体不明の人物が起こしたことなのだと。
最初の頃は馬鹿馬鹿しいと笑われていたが、とある事件を期にその風潮は変わる。
半月前、過去に大きな事件を起こしていた外道魔術師が根城とする場所が分かり、帝国宮廷魔導士団が鎮圧に向かったが、犯人は既に意識を失って倒れていた。さらにその場には犯人が拐っていた子供達もいて、その子達は皆「黒い服を着た男の人に助けられた」と証言していたのだと言う。この発言は新聞の一面を飾ることになり、彼が表舞台に立つきっかけとなった。
その後も似たような事件が次々と発生し、同一犯と見られるその存在は民衆達に知れ渡った。
ついには帝国側も指名手配という形で、その人物の存在を認めることになる。罪状は『犯罪者からの金品の強奪』というもの。事実、彼が襲った場所からは、金品の類いの一部が盗られていた形跡がある。しかし一部の民衆は、幾度も外道魔術師を倒している彼を英雄視するようになっていく。
現場に鴉の羽を残していくことから、いつしかその人物は『
「あーあ、いつの間にこんな有名になっちゃって」
フェジテ行きの馬車に揺られながら、『
今や時の人となってしまった『レイヴン』こと土御門春虎だが、何故こんな活動をしているのかというと、元の世界に帰る手掛かりを見つける為である。
春虎はまず、自分を召喚した者達の背後関係を徹底的に洗った。結果分かったことは、「天の智慧研究会」なる組織に所属していること、そして彼等の目的に春虎は一切関わりがないことだった。後者の事実に思わず春虎は頭を抱えたが、過ぎたことはしょうがないと諦める。
自分を召喚した者達が所属する組織なら、それに関連する情報も集まっているだろう。そう考えた春虎は「天の智慧研究会」を追うことも行動方針のひとつにした。相手は50人以上の人間を犠牲にすることを平気でやらかす連中だ、ろくでもない組織に違いない。多少強引な手を使っても問題ないだろう。
そうして「天の智慧研究会」を追いかけることになった春虎だが、2つ問題があった。
ひとつは活動資金。いくら召喚した連中のをもらったとしても、この世界の経済を知らない春虎ではどれ程の資金を手にしているか分からないし、場合によっては補充する必要がある。なによりこの世界での生活は長期戦となるだろうから、金はいくらあっても困らない。
だが、春虎は一ヶ所に留まることは難しい以上定職に就くことも避けるべきだ。なので春虎は、自分が研究会を追う中で出会った裏社会の連中から、研究資料と共に金を巻き上げることにした。幸いにも研究会と接点がある者はどいつもこいつも人でなしばかり。罪悪感はほとんどなかった。
もうひとつの問題は、春虎はこちらの世界の字が読めないこと。
春虎が自身の肉体を調べたところ、会話による意志疎通を可能にする魔術がかけられていた。これによって会話が出来ることがわかったが、文字の読み書きは出来なかった。
普通に生活するくらいなら、コミュニケーション能力の高い春虎にとってあまり問題とはならない。だが、手に入れた研究資料を読むことが出来ないと話にならない。最初は春虎も公用語を覚えようとしたのだが、召喚した者達の複数の魔術言語が使われた暗号混じりの資料を見たときに解読を諦めた。
それでも春虎は外道魔術師達から、研究資料と少々のお金を巻き上げ続けた。黒い羽を現場に残すようにしたのは自分を餌に敵を釣る為だ。結果多くの魔術師が釣れ、春虎は狙われる側にもなった。その分手にした資料の数も増えたのだが。
しかしここで、春虎は予想していなかった相手まで敵に回すことになる。帝国宮廷魔導士団だ。
彼等は、世に出回ると危険な研究資料を収集、強奪を繰り返す春虎を危険視するようになった。手配書に金品の強盗としか書いてないのは、春虎が多くの研究資料を所持していると知って彼を狙う輩を出さない為である。帝国宮廷魔導士団にとって春虎は、大量の爆弾を身につけて地雷原を走り回る狂人のようなものだ。何時、どんな被害が出るかわかったものではない。
春虎も資料の内容を知らないとはいえ、自分の持つそれがどれ程ろくでもない物か分かっていたし、こうして犯罪者として追われることも慣れっこなので指名手配はあまり気にしていない。
それでもまさか、市民からは英雄視されているとは思ってもみなかったのだが。
何度も馬車を乗り替えて数日後、ついにフェジテにたどり着いた。
「あ~、やっと着いたか」
馬車から降りた春虎はその場で大きく伸びをする。
今の春虎は白のシャツにスラックスを履いた、どこぞの良いとこの坊っちゃんのような格好をしていた。『鴉羽』はカラスの姿で鳥籠の中で静かにしている。手にしたバッグには道中で強奪した研究資料と衣類が数枚、金貨と呪術に使う道具が入れてある。端から見ればただの旅行客にしか見えないだろう。
偽造した身分証で検問を通り、春虎は商業街がある南地区からフェジテに入る。
一番に向かったのは宿屋、大きな通りに面した場所で安いところを街の人に聞いたので探しだし、チェックインする。部屋へ行き荷物を降ろした春虎はベッドに勢いよくダイブした。数日に及ぶ馬車の旅に、春虎の身体も疲れがたまっていたらしい。
とはいってもまだ昼下がり、昼は軽く食べたばかりで腹はそこまで空いてない。あまりに有名になりすぎたため『レイヴン』としての活動もしばらく控えるつもりなので、夜にすることがない。寝ているのももったいないので、春虎は重い身体を起こし街の散策に出る。
フェジテには魔術について調べるために来た。ここ最近多くの魔術師と戦ってきた春虎だが、魔術については知らないことばかりである。
そもそも大前提として、春虎たち陰陽師と魔術師は霊的な観点からすると別の生き物だ。
ふたつに共通するのは、世界に溢れる霊的な力を取り込んだり、自身の内にある力を利用し行使するという点。この元となる力を陰陽師は霊気と呼び、魔術師はマナと呼ぶらしい。それを操り、術として行使する方法までよく似ている。
しかし、両者には決定的な違いがある。
在り方と、それに付随する能力だ。
陰陽師の在り方とは、すなわち調和を取り持つことだ。
かつて人々には、神仏に対する深い畏敬が、自然への感謝と畏怖があった。そういった存在への真摯な『祈り』こそが「
しかし魔術師は違う。春虎はその在り方を知らないが、彼等が魔術を使う度に起きる世界の変化を視ればわかることもある。魔術とはすなわち『願望の実現』だ。
世界にはルールや仕組みがある、という考え方が呪術にはある。いってしまえば魔術とは、そういったルールをねじ曲げ、上書きし、自身の願望を術として放つものではないかと春虎は考える。その証拠に春虎が戦ってきた魔術師達は、何度か魔術を使えば後に身の内のマナが乱れ、直ぐには魔術が使えない状態に陥ってしまっているのを視た。
春虎の考えが正しければそれもその筈、世界への変化を促す為に高濃度かつ高出力のマナを使うのだ。肉体の内のマナが不安定になってもおかしくない。
などといろいろ推論を述べたが、結局のところ春虎にも魔術は未知の存在なのだ。それを調べる為に遠路はるばるここまで来た。折角魔術学校なんてうってつけの場所もあるのだから、いっそのこと講師に教えて欲しいものだが、そうもいくまい。
そんなくだらないことを考えながら、春虎は街を歩く。屋台から芳ばしい匂いが漂ってくるし、なにやら胡散臭いものを売っている者もいる。猥雑だが活気のある通りの光景に、春虎も思わず楽しくなってくる。
しばらく歩くと人気のない裏道へ着いてしまった。ここで引き返してもいいがせっかくならと、春虎は思いきって裏道の方へと入って行く。
そこは静かなところだった。さっきまでとは反対の雰囲気に春虎は思わず驚きの声をあげる。先の方へと進むとひとつの店が開いているのをみつけた。人が来そうにない場所でいったい何を売っているのか、興味の沸いた春虎は店に入ってみた。
「らっしゃい、観光かい?」
店主であろう無精髭を生やした中年の男性が声をかけてくる。軽く話したところ、どうやらここは骨董品や輸入品を取り扱う店らしい。
「えぇ、ちょっと魔術について調べに」
「へぇ、珍しいね。どこから来たんだい?」
「あー、東の方ですね」
アルザーノ帝国は地球に当て嵌めるとヨーロッパに当たる。だったらあながち間違いじゃないだろう。
店主と言葉を交わしながら店の中を回る。壺や器、絨毯のようなものから、いったい何なのかよくわからない物まで置いてある。物珍しげに眺めていると、
「……え、なんで」
春虎は、店の隅に置いてあった
春虎は
春虎はそれを手に取る。
長さは2メートル弱の木製の棒。片方の先端には石突が嵌まっていて、反対側の先端には輪状の金属部がついている。金属の輪にはさらに6個の遊環が通っていた。
「なんでこれがあるんだよ……!」
まごうことなき、錫杖である。
「ん、どうしたの?」
「……ちょっと、自分の国のものがあったのに、驚いて」
店主は春虎の持つ錫杖を見ると、
「あ~、君、
そんなことを言い出した。
もちろん春虎は日本生まれ日本育ち、一度も海外に行ったことのない男である。日の輪の国なんて知らない。
混乱する春虎に、店主は追い打ちをかけるように続けて言う。
「それね、向こうの国の~、何だっけ、
その言葉に春虎は膝から崩れ落ちる。
この世界には魔術しかないのだと考えてきた。
この世界には陰陽師はいないと思っていた。
(いるじゃねえか、陰陽師ぃぃ!!?)
フェジテ到着初日、春虎はここに来たことを後悔し始めた。
「あ、一本20リルね」
「イヤ、たけぇなオイ!」
思わず素でつっこんだ。
誤字、脱字、感想よろしくお願いします。