ロクアカ×レイヴンズ   作:イレブンバック

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遅くなりすいませんでした。
いろいろと用事が重なりまして。
とりあえずお楽しみください。


愚者と闇鴉 中

 魔術実験室、その中央に魔法陣は浮かび上がり、大量のボーン・ゴーレムは現れた。

 竜の牙で作られたゴーレム達は一体一体が武器を持ち、グレンたちの方へと迫ってくる。

 その襲われそうな彼らはというと、

 

『おいグレンッ!てめえ今笑っただろ!?』

「い、いやいや、笑うわけないじゃないですか……ブフォッ」

『は~ん、さてはてめぇ、隠す気ないなぁ?』

「そうですよ先生、笑うのはさすがに失礼……フフッ」

『……んっ?えっ、今笑った?システィーナ=フィーベルさんもしかして笑った?」

「ついにガキにも笑われてやんの、ぷぷっ」

『てめえええぇぇぇっ!!!』

「アタタタタッ!?人の頭をつつくんじゃねえ!」

 

 そこの周囲の空気だけ緊張感というものがなかった。

 すでにボーン・ゴーレムに囲まれそうになっているというのに小競り合いが止まらないグレンと春虎。

 さすがに自分たちの危機的状況に気づいたシスティーナは、一人と一羽の間に割って入った。

 

「いつまでやっているんですか!そんな場合じゃないでしょッ!」

「いやだってこいつ、人のことハゲにしようと──ってあぶねぇっ!」

 

 背後からシスティーナに切りかかろうとするゴーレムに気づいたグレンは、システィーナの腕を掴み自分の下へ引き寄せ斬撃を回避、すかさずカウンターに右ストレートを繰り出した。鋭い音を立てて放たれた拳はゴーレムの頭部に当たったが、ゴーレムはびくともしない。竜の牙で作られただけあって頑丈さが通常のものとまるで違う。

 

「クソ、まるで効いてねえじゃねえか」

『相手の兵は炎、雷、氷の魔術と物理攻撃に耐性あり、一場近い相手に自動で攻撃するようプログラムされているな』

「解説どうも!ついでに手伝ってくれませんですかねぇ!?」

 

 春虎が相手の術式の分析結果を話せば、グレンはぼやきを混ぜながら大声で返事する。

 

(しかしこれはマズいぞ)

 

 未だ姿を見せない協力者への態度とは裏腹に、グレンの頭の中は冷静だった。

 相手は時間の経過に比例して数を増やしていく。基本三属の魔術では相手にダメージは与えられず、こちらは体力を消耗するばかり。

 

「《その剣に光在れ》!」

「お、サンキュー白猫!」

 

 春虎の分析を聞いたシスティーナもグレンに【ウェポン・エンチャント】をかけて援護する。手足に魔力が付与されたグレンは近くにいたゴーレムたちを撃破していく。

 

『おれたちも脱出するぞ!』

「はいッ、《大いなる風よ》!」

 

 システィーナが【ゲイル・ブロウ】で教室の扉の前にいたゴーレムたちを吹き飛ばす。攻撃として期待できるほどの威力はないが逃げ道はできた。

 グレンもそれを確認すると、春虎の式神を先頭、グレンを殿に一行は教室から逃げ出した。

 

 廊下に出ると、教室の中からくぐもった悲鳴と肉に刃を突き立てるような音が聞こえた。春虎の見鬼にはジンがゴーレムたちに殺される瞬間が視えている。

 グレンやシスティーナも何が起きているか察したらしい。青ざめたシスティーナをグレンは引っ張る様に連れて行く。

 

「いいか、あれは自業自得っていうんだ。このままだと俺たちもああなるぞ」

 

 グレンの言動に迷いはない。システィーナも頷くと教室からあふれてきたゴーレムたちを【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばし距離を稼ぐ。

 

『クソッ、下の階にも召喚してきたぞ!』

「逃がす気はねえ、ってことかよ!露骨に誘導しやがって!」

 

 敵も自分たちの存在には気づいている。余計なことをされるよりここで叩いた方が良いと考えたのだろう、校舎の外に出さないように上へ追い詰め自身の手でとどめを刺すつもりだ。

 その特徴的な竜気はずっと上の階にいる。最悪なのはゴーレムと魔術師に挟み撃ちされることだ。たいして幅のない廊下でやられたらひとたまりもない。

 

 それをわかっていながらも、グレン達は上の階へと逃げていくしかない。

 背後からゴーレムが迫ってくればグレンが殴って壊し、システィーナが突風で吹き飛ばす。

 しかしそれも長くは続かない。グレンやシスティーナの体力の限界が近づいている。

 

「どうするんですかっ!?いっそのこと【ディスペル・フォース】で……!」

「え、授業じゃ教えてないのにあれ使えんの?お前ホント優秀だな……。けどダメだ、この量が相手じゃ魔力の無駄だ」

 

 自分たちの命を刈り取ろうとするゴーレムたちを前にして、システィーナもパニックになりかけている。

 しかしそれを責めるのは酷というものだ。

 

(ホントよくやってるよこいつは……)

 

 平穏な日常の中で生活してきた人間が突如極限状態に追い込まれた時、いったいどれだけの人間が正気でいられるだろうか。

 多くの人間が膝を屈し、思考を止めるような状況下で、それでも彼女は戦っているのだ。彼女の力が無ければここまで逃げることすらできなかっただろう。

 だからこそグレンは、彼女に報いるためにも切り札を使う。

 

『この先は行き止まり、上には魔術師、どうする!』

「わかったよコンチクショウ!……小鳥野郎、奥の手使うから時間稼ぎが必要だ。そろそろホントに力貸せ」

『……時間稼ぎでいいんだな?1分待て』

「さっさとしろよ。──白猫!ここでコイツらをまとめて掃除するから、お前はこの先の奥まで行って時間を稼げ!」

「ええ!?」

 

 グレンの要求を聞くと小鳥は廊下の窓から外へ飛んでいったが、システィーナは突然の要求に戸惑っている。

 

「いいか、ベースの術式はお前の得意な【ゲイル・ブロウ】、これを即興で改変しろ!威力は下がっていい、効果範囲、持続性をあげろ!」

「いきなりそんなこと言われても……」

「全部授業で教えたことだ、応用しろ応用!生意気でもお前は優秀なんだ。準備ができるまでは俺がコイツらを抑えとく、頼んだぞ!」

 

 言いたいことを言うだけ言って、グレンはゴーレムの群れに単身とび込んで行く。

 一人残されたシスティーナは、焦る心を落ち着かせながら術式の改変を始めた。

 

「さあて、生徒を前にあんだけ啖呵切ったんだ。カッコつけさせろよ骸骨ども」

 

 グレンは迫り来る剣や槍を最小限の動きでかわし、魔力の付与された拳を叩きつける。

 狭い廊下だからこそ、相手は物量で押し込むという作戦をとることは難しい。グレンが一度に相手する数も2、3体で済んでいる。

 しかし相手は骸骨の兵士、先頭の兵士の骨の隙間という隙間から刃先が突き出され、グレンの体の傷付けていく。急所に当たらないようにはしているが、出血量はけして少なくない。

 

「チクチクチマチマ攻撃しやがって、地味に痛てぇんだよ!つーかそろそろ1分経ったぞ、まだ来ねぇのかあのチキン!」

 

 終わりの見えない現状に苛立ちの声を上げるグレン。その矛先は今はここにいない小鳥に向けられる。

 

 その時、ゴーレム達の後方の空気が変わった。

 結界が張られたのだとグレンは悟る。

 

『後ろに跳べ!』

 

 その声を聴くとグレンも相手にしていたゴーレムを蹴り飛ばし、バックステップで距離を取った。

 グレンには、ゴーレム達の後方から高速で飛んでくる小鳥の姿が見えた。嘴には呪符ををはさんでいる。

 小鳥が先ほどまでグレンが戦っていた場所まで来ると、嘴で運んできた呪符を空中で放した。

 小鳥はグレンの肩に止まり、ひらひらと宙を舞う呪符を見据えて呪文を紡ぐ。

 

喼急如律令(オーダー)

 

 その瞬間、空中にあった3枚の呪符に刻まれた術式が起動した。

 1枚は護符、グレンとゴーレム達を区切るように呪壁が展開される。

 一拍遅れて2枚の呪符も効果を発揮する。呪符の正体は木行符と火行符、五行相生の木生火により火気は膨れ上がると、春虎によりアレンジされた術式により炎そのものではなく黒煙となり、ゴーレム達を呑み込んだ。

 

『ふう、間に合ったな』

 

 小鳥から聞こえてくる呑気な声に、最初は唖然としていたグレンも我に返る。

 

「え、ちょっと待って、これで終わり?」

『そうだけど?』

 

 どうやら本気で言っているらしいと気づいたグレンはついにぶちギレた。

 

「テメエ!あんだけ待たせておいて煙で目眩ましとかバカにしてんのかっ!?すぐにアイツら突っ込んでくるぞ!」

『……ん?あれ、もしかして気づいてない?』

「なにが!?」

 

 グレンが怒っている理由に気がついた春虎は種明かしを始める。

 

『まずあの煙、ただの煙じゃなくて火山の噴煙を再現したものだから。多分1000度近いんじゃないか?』

「……ただの煙じゃないことは分かった。けどアイツらは炎への耐性があるんだぞ?たいしたダメージにならないだろ」

『そもそもこれは攻撃じゃないよ、言ったろ?時間稼ぎだって』

 

 ちゃんとした考えがあることに気づき、グレンも聞く姿勢をとる。

 春虎は楽しそうに解説を始めた。

 

『なあ、アイツらはどうやっておれたちを追いかけてきたんだ?』

「ハァ?だから、近くにいる奴を自動で襲うようになっているってお前が言ったんだろ?」

『じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 その問いに、グレンは答えることが出来ない。

 

『視覚か?聴覚か?嗅覚……はさすがになさそうだな。魔力でも感知しているのか?それとも別の何かか?さあ、どれだと思う?』

「──参った、降参だ。答えはなんだよ」

『ぶっちゃけわからん』

「ここまで引っ張っておいてそれかよ!?」

 

 小鳥の奥からクツクツと笑う声が聞こえる。

 

『そう、()()()()()()()()()()()()()()

「──まさかっ」

 

 ピンときたグレンに答え合わせをする春虎。感情の高ぶりに合わせて小鳥の動きが激しくなる。

 

『あの黒煙の中で物を見て判別することはまず不可能、結界で防音されてるからアイツらは自分の動作音しか聞こえてない』

「魔力感知の対策は?」

『あの煙には大量の霊……じゃなくて魔力や魔素が込められている。そんな煙の中でおれたちの魔力が分かると思うか?』

「噴煙にしたのって──そうかっ、熱感知の可能性を潰すためっ!?」

『ご名答。あの結界の中は灼熱の空間、そこからおれたちの体温だけを判別するのは、まあ出来ないと思うぞ?』

 

 この時、初めてグレンは顔の見えぬ協力者を恐れた。

 一手、たった一手でここまで思考を巡らせて、状況を変えることが出来るのか。

 

『結局どれが正解かはわからんが、こうして悠長に話せる時間は作れたな』

「いっそこのままコイツら放置して逃げた方が楽な気がしてきたんだが」

『あ、言っておくけどあの壁、耐久性はそんな無いから攻撃されたら30秒ももたないぞ』

「それを先に言え!さっきから向こうで壁殴ってる音がするじゃん!白猫、そっちは準備出来てるか!?」

「とっくに出来てます先生!」

 

 一人と一羽が話し込んでる間に、蚊帳の外だったシスティーナは改変を完成させずっと待機していた。

 

「待たせて悪かったな!よっしゃ、壁が消えるタイミングに合わせてぶっぱなせ!」

『いくぞ!3、2、1!』

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

 

 呪壁が消え黒煙がこちらに漏れてくると同時に、今度は黒魔改【ストーム・ウォール】によって生まれた強風の防壁が立ち上がり、ゴーレムの行手を阻む。

 

『生徒の出来はどうだ、先生』

「──及第点、ってところだな。悪くねぇんじゃないか」

 

 こんな場だというのにも関わらず、生徒の評価ををする一人と一羽。

 心なしかグレンも満足そうな顔をしている。

 しかし、強風の壁の中をゴーレム達はゆっくりとだが、着実にこちらへと迫ってきている。

 

「先生ダメ!完全には足止め出来ない……ッ」

「いーや、気にすんな。ここから先は俺の仕事だ」

 

 悔し気な表情をするシスティーナの前に立ち、グレンは懐からひとつの宝石を取り出す。

 それは、彼が切り札を使うために必要な魔術触媒《虚量石》。グレンはそれを握りしめて詠唱を始める。

 

「《我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・──」

 

 その詠唱を聞いたとき、春虎はシスティーナとは別の意味で驚いた。

 

「──其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・──」

 

 術の詠唱で、超越存在の名や威を借りて術を行使する物は多い。

 呪術にも、不動明王の炎を体現する火界咒や摩利支天の真言が使われる隠形術などは、自らを修羅神仏の代行者と定義して、その権能の一部を借りる形で術を行使している。

 

「──象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・──」

 

 ならもしも、『神を斬獲せし者』なんて物騒な存在を代行とする術を行使するとしたら。それは──

 

「──遥かな虚無の果てに》」

 

 それはまるで、()()()()()()()()じゃないか。

 

「ええい!ぶっ飛べ有象無象!黒魔改【イクスティンクション・レイ】──っ!」

 

 グレンの伸ばした左腕から展開された3つの魔法陣は重なり合い、詠唱の完成により光の衝撃波を放った。

 

『──ははっ』

 

 その惨状を見て、思わず春虎も笑ってしまう。

【イクスティンクション・レイ】が放たれた跡には、黒焦げの廊下以外なに一つ残っていなかった。

 廊下の先にはぽっかりと、壁に穴が開いている。

 だが、春虎の意識はすでに別のことに割かれていた。

 

(すげぇ、まったく意味がわからねぇ……!)

 

 春虎は確かに、【イクスティンクション・レイ】の一部始終を視ていた。

 3つの魔法陣が炎・冷気・電撃の三属性を表していることも、その魔術を喰らったものが物理的にも呪術的観点からも完全に分解されていることもわかっている。

 しかし、部分的なことは理解できても、総体的にはなにひとつ理解できなかった。

 だってそうだろう?

 なにをどうすれば、虚数エネルギーなんてぶっ飛んだものが生まれるのだ!?

 

 そんな春虎の思考も、グレンが膝から崩れ落ちたことで中断される。

 

「だ、大丈夫ですか、先生!」

 

 青い顔をして血を吐いているグレンの下にシスティーナが駆け寄った。

 

「これって、マナ欠乏症!?」

『あんなモン使ったんだ。体が耐えられなかったんだろう』

 

 グレンの体内の魔術に関する機関は滅茶苦茶な状態になっている。それに加えて出血も少なくないため衰弱が激しい。

 システィーナは白魔【ライフ・アップ】で治療を行うが、システィーナの得意分野ではない魔術のため劇的な効果は見られない。

 

「バカ。やってる場合か……急いでここを離れないと……」

「そんなこと言っても、その怪我で動き回ることなんてできるわけないでしょ!」

『──それに時間切れみたいだしな』

 

 春虎の声に二人は警戒態勢に入る。

 小鳥の見つめる先には、黒焦げになった廊下にダークコートを着た男が立っていた。

 男の後ろには妖しく光る5本の剣が浮かんでいる。

 

「なるほど、【イクスティンクション・レイ】まで使いこなすとはな。どおりで二人もやられるわけだ」

「おいおい、内一人にとどめを刺したのはテメエだろ。そこまで責任押しつけてんじゃねえよ」

 

 レイクと呼ばれていた魔術師が無表情でグレンを称賛するが、それに対しグレンは中指を突き立てる。

 しかしレイクはグレンの態度に取り合わず、今度は小鳥に視線を移す。

 

「異物が紛れているとは聞いていたが、お前がそうか?」

『さあな、そういうアンタはどう思う?』

「フン、口が減らないな」

 

 レイクは春虎の挑発を鼻で笑うと、

 

「部外者は立ち去るがいい」

 

 そう言うと同時に、宙に浮かした剣の一つを小鳥にめがけて放った。

 高速で飛んでいった剣は、小鳥の首をたやすくはねた。

 

「オイッ!大丈夫か!」

『ヤバ……、ぜん……え……った』

 

 突然の出来事にグレンとシスティーナは動揺しているが、そもそも小鳥は簡易式なので春虎の身にはなんの問題もない。

 ひとり冷静な春虎は、ノイズまみれの音声でできうる限りのコミュニケーションを取ろうとする。

 

『ぞう……す。な……か耐え……」

 

 それだけ言うと、小鳥は形代に戻った。

 

「ほう、珍しい術を使うのだな」

 

 レイクは一般的な使い魔とは違う式神に興味を示してみせたが、その姿に隙は見られない。

 グレンは相手の実力の一端を知り、勝ち目がほとんど見えないことを悟る。

 

「白猫、お前魔力に余裕は?お前はあの剣をディスペルできそうか?」

「残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……というより詠唱だってさせてくれるかどうか……」

「ならいい」

 

 この発言の意図に気づいてくれたらありがたい。たとえ気づかなくても、上手いこと遠くに逃げてくれればそれでいい。

 自身の生徒に一縷の望みを託すと、グレンはシスティーナを掴み窓から外へ放り投げる。

 そこそこの高さがあるが、彼女なら魔術でどうにかするだろう。窓から聞こえる悲鳴を聞き流しながらそんなことを思う。

 

「さて、足手まといも消えたな」

 

 レイクの言葉と同時に、3本の剣がタイミングをずらしグレンめがけて飛んでくる。

 1本は拳で軌道を変えて、顔に向かって飛んできた1本は体を逸らして避ける。しかし最後の1本は腿を浅く切り裂いた。

 

「オイオイ、魔術師ともあろうものが不意打ちとはどういう了見だ?」

「本気で言っているのか?これは決闘ではない。最後に立っていた者が正しいのだよ」

 

 そんなことはグレンも百も承知である。ただ揺さぶりをかけてみただけだ。しかし効果はなく、身体にはすでに多くの斬痕が刻まれ、服は自身の血で汚れている。

 

「事態はすでに変化している。味方は2人斃れ、お前のような想定外の者まで動き出した。極めつけは先の使い魔。まだあの術者もここにいるとすれば、お前は早々に屠らねばなるまい」

「チッ、人を前座のように言いやがって。少しは会話でもしようとは思わないのか?」

 

 軽口を叩くグレンだが、その顔に余裕はない。ほんの少しでも気を弛めれば自分の首は簡単に飛ぶだろう。

 

【愚者の世界】はその性質上、すでに起動されている魔術にはなんの効果もなく、今使ったところで魔力の無駄遣いにしかならない。どうやら相手も手の内を知っているらしく、魔術を使ってくる気配がない。

 

 三節詠唱でしか魔術を使用することが出来ないグレンでは、5本の剣を巧みに操り、高速攻撃を仕掛けてくる相手に防戦一方のままだ。ものは試しと【ブレイズ・バースト】を放とうとしたが、すぐさま【トライ・バニッシュ】で打ち消されてしまった。

 

 故にグレンは、それを布石とし賭けに出る。

 

「戦闘で三節詠唱とは、隙を晒すだけだぞ」

 

 グレンの心をへし折ろうと、レイクがあえて一節詠唱で【ブレイズ・バースト】を放とうとした。

 

「《炎獅子──」

「《猛き雷帝よ──」

 

 その瞬間を狙って、グレンは【ライトニング・ピアス】を詠唱しながらレイクに向かって突撃する。

 レイクはその行動を愚策と切り捨てようとしたが、グレンの右手が懐へ伸びていることに気がついた。

 

「っ!」

 

 即座にレイクは詠唱を破棄し、剣で守りの態勢に入る。

 その時にはグレンの【ライトニング・ピアス】は完成していた。

 

「──・極光の閃槍以て・刺し穿て》!」

 

 グレンの伸ばした左の掌から雷光が、レイクに向かって高速で放たれる。間一髪のところで剣による防御が間に合わなければ、レイクの胴には穴が空いていただろう。

 

 もしあのまま【ブレイズ・バースト】を放とうとすれば、グレンの【愚者の世界】で起動を封殺されていた。

 魔術の起動前後は、マナ・バイオリズムが乱れて魔術の操作が不安定になる。その隙を突かれればレイクは生きてはいなかったかもしれない。

 

 あのまま攻撃して懐に潜られるか、魔術を行使することを許してでも防御に徹するか、グレンは僅かな時間で最悪の二択を突きつけたのだ。

 

 とはいえ、この場ではレイクが一枚上手だった。

 

「……勘弁してくれよ。最悪、一本は取れると期待したんだがな」

 

 魔導器の剣にまで【トライ・レジスト】が付与されているとは思わなかった。レイクの魔術師としての才は想像以上に高かった。

 

「……貴様、一体何者だ?」

「ただの魔術講師、非常勤だけどな」

 

 息があがっているグレンに対し、レイクは警戒を一段と強めている。

 グレンの勝機はこれでさらに薄くなってしまった。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 突然窓ガラスを突き破り、レイクに向かって大量の飛行物が襲い掛かった。

 ひとつひとつが恐ろしいほどのスピードを保有しており、着弾したところが砕けるほどだ。

 

「ぬっ、うっ……!」

 

 とっさにレイクは自動剣で捌いてみせたが、完全には防ぎきれず、血が空を舞いコートに穴がいくつか空く。

 突然の襲撃者にグレンとレイクの視線が集まる。

 

 視線の先には、一羽の大きな鴉が飛んでいた。

 よく見れば瞳は金を帯びていて、足は3本ある。

 

「貴様っ、さっきの!」

 

 レイクはすかさず2本の剣を飛ばして鴉を切り捨てようとしたが、鴉は空中で鮮やかに回避すると、割れた窓から校舎の中へ入り込んだ。

 鴉はそのままグレンの方へ飛んでいくと、

 

「うおおぉぉぉっっ!?」

 

 グレンのシャツの襟を足で掴み、背中から引きずるようにしてレイクとの距離を離した。

 

「え、なになにどゆこと!?」

『落ち着けよ、おれだよおれ』

 

 混乱しているグレンに、鴉から落ち着くよう話しかけられた。

 その声をグレンは知っている。

 

「お前、小鳥野郎か!」

『今は鴉だけどな』

 

 その鴉の正体は、グレン達への増援として春虎が送った『鴉羽』である。本来は自分の意思がある『鴉羽』だが、今は春虎が操作している。

 

『状況確認、相手の手の内は?』

「5本の剣で攻撃してくる。3本は自動2本は手動、剣には【トライ・レジスト】が付与済み、相手は俺の【愚者の世界】を警戒してる」

『把握した』

 

 手短に情報を共有すると、グレンと『鴉羽』はレイクに視線を戻す。

 

「ほう、面白い。ただの羽で私に怪我を負わせるとは」

 

 見れば、レイクの周りには黒い羽根が何枚も落ちている。先ほどレイクを襲った攻撃は『鴉羽』が自身の羽を飛ばしたものだ。

 

『先に言っておく、もうお前に勝ち目はない。投降すれば命だけは助けよう』

「そうだそうだ、二対一だぞ。諦めて降参しろ~」

「戯言を」

「あ、やっぱりダメ?」

 

 グレン達の言葉を鼻で笑い、レイクは攻撃を再開する。

 グレンを切り裂こうと宙を駆ける3本の剣は、しかしグレンを傷つけることはなかった。

 

『言っただろ、お前に勝ち目はないって』

 

 剣は、グレンの前に出た『鴉羽』の翼によっていとも容易く弾かれる。

 その光景にグレンは口をあんぐりさせて、レイクは目を見開いた。

 

 忘れてはならない。

『鴉羽』──正式名称『鴉羽織』は、かつて歴代最高の陰陽師と称えられた男、土御門夜光が作り上げた「伝説」に語られるほどの式神であることを。

 この程度のこと、『鴉羽』なら当たり前にやってのける。

 

『グレン、おれに策がある』

「お、おう。なんだよ」

 

 いまだ驚きが止まないグレンは、若干上ずった声で返事する。

 しかし、それ以上に衝撃的な言葉が『鴉羽』から放たれた。

 

『援護する。だからこいつを()()

「……今なんて言った?」

 

 ありえない言葉にグレンは聞き返すが、春虎はそれを無視する。

『鴉羽』はグレンの頭上に舞い降りた。

 

 その光景を、グレンはもちろんレイクでさえも遮ることはできなかった。

 

 グレンの真上で『鴉羽』は翼を広げ一瞬の滞空。

 そして、その姿がばらりと崩れた。

 グレンを覆いかぶさるように闇色の羽が乱舞し、気が付いた時には、グレンは一着の外衣を身に着けていた。

 

「──ははっ」

 

 突然の出来事に、グレンはもう笑うしかない。

 それはレイクも同じのようで、

 

「驚いた。ああ、驚いたとも。なんなんだそれは」

 

 グレンが『鴉羽』を装着する間、一度も攻撃することなく見惚れていた。

 とはいえ【愚者の世界】を使える状況になかったので、魔術による治療を施しており傷はすでにふさがっている。

 

「任務さえなければ、そこの鴉とは話をしてみたかったが……」

『今からでも心変わりできないのか?』

「それはありえない、いくぞ」

 

 その言葉と同時に、レイクは剣を飛ばした。

 

『攻撃はおれが対処する。お前は突っ込め!』

「わけわかんねえけど任せた!」

 

 グレンもまた、レイクに向かって突進する。

 前方から襲い来る3本の剣は、『鴉羽』が裾を刃に変化させ迎撃した。

 

 二人の距離が半分に詰まると、レイクは追加でもう一本剣を飛ばす。同時に、弾かれた3本の剣もグレンの背後から切りかかる。

 グレンは前方の1本は拳で弾き、背後からの攻撃は『鴉羽』に任せて前に進む。『鴉羽』も自身の防御機能を全開にして攻撃を阻む。

 

 5メートルまで近づいた時、グレンは助走をつけた右ストレートを繰り出し、レイクは宙に浮く最後の1本の剣の柄を自身で握り切りかかった。

 二人の攻撃は激突し、両者ともに反動で弾かれる。

 

「剣も使えるとか反則だろっ!」

「誰がこの剣を操作しているとっ!」

 

 片方は拳と足で、片方は剣で何度も激突した。

 ただ、それも長くは続かない。

 

「──クソがッ」

 

 先に身体にガタが来たのはグレンの方だった。

 度重なる出血と魔力不足が堪えていたらしい。繰り出す拳に勢いが失われる。

 全方位から襲い来る剣を『鴉羽』が防ぐが、グレンの体力は限界に近い。

 

「ここまで私と打ち合えた者はお前達が初めてだ。だが、そろそろ終いにしよう」

 

 膝に手を付き息を荒げたグレンに、剣を突きつけたレイクは宣告する。

 

「いいぜ、終わりにしてやるよ」

 

 しかし、グレンも諦めてはいなかった。

 準備ができていることを確認すると、もう一度拳を構える。

 そして静かに詠唱を始める。

 

「何を詠唱しようと無駄だ!」

 

 剣は再びグレンを全方位から襲い、レイクも剣を取り切りかかる。

 グレンはバックステップで距離を取り、頭上から襲ってきた剣を1本拳で床に叩きつけると、

 

「──・零に帰せ》!」

 

 あらかじめ唱えていた【ディスペル・フォース】で付与されていた魔術を打ち消した。

 光を失った剣は動かなくなるが、グレンも魔力を大量に使い膝を折る。

 

「【ディスペル・フォース】か?だがそれは悪手であろう!」

 

 グレンの力量では、剣に付与された魔術を一つ解除するのにも魔力を多く消費する。いくら『鴉羽』で防御ができるからといって、自身が動けなくなっては意味がない。

 膝をついたグレンにレイクは襲い掛かる。同時に、3本の剣もグレンを刺し殺そうと迫ってくる。

 それでもグレンはレイクを見据えて言い放つ。

 

「お前の敗因は──」

 

 剣を振り上げたレイクの背後から、システィーナが飛び出した。

 

「──アイツを足手まといとしか見てなかったことだ!」

「《力よ無に帰せ》!」

「何⁉」

 

 システィーナの【ディスペル・フォース】により、レイクの残りの4本の剣から光が消え去った。

 宙にいた3本の剣はグレンの下に届かず落下し、レイクも動揺で剣の握りが甘くなる。

 その隙を、『鴉羽』は見逃さなかった。

 裾が翻ると黒い羽根が射出され、レイクの手首に突き刺さる。衝撃で手から剣がこぼれ落ちてしまった。

 しかしレイクも一流の魔術師、すかさず詠唱を始めるが、それをグレンは許さない。

【愚者の世界】は起動され、魔術の起動は封じられた。

 

 グレンは自身が制御を消した剣を取り、レイクに向かって雄たけびを上げながら突進する。

 剣はレイクの胸に突き立てられ、心臓を貫いた。

 

「──見事だ、魔術講師。私の負けだ。願わくば、もう一度……」

 

 口の端から血をたらし、レイクは最後に一言そう述べると、力尽き、息絶えた。

 

「──二度と相手なんかしてやらねぇ」

 

 グレンもそう呟くと、限界が来たのか崩れ落ちる。

 闇の中で沈みゆく意識の中で、少女の叫び声だけが聞こえていたが、ついに何も聞こえなくなった。




あ、ロクアカ最新刊読みました。
ヒロインレースはともかく、知りたかった情報が出てきてくれたのはありがたい。
ロクアカ、敵キャラに魅力のある奴がほとんどいないんだよなぁ……。

下の方は早いうちに投稿します。
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