ロクアカ×レイヴンズ   作:イレブンバック

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……なぜだ?
急にお気に入り数やUAが増えて驚きを隠せないのだが……。
しかも日間ランキングに入ったって、マジで?
あ、ありがとうございまーす!

ちなみにですが、もともと中と下は一話に収めようとしたものです。さすがに一話で二万字越えるのはちょっとね……。


愚者と闇鴉 下

「先生っ、目を開けてください!先生!!」

 

 廊下に倒れたグレンの肩を、システィーナは強く叩いて呼び掛ける。

 出血やマナ欠乏症、戦闘のダメージで意識を失っているだけなのだが、このまま放置すれば命にかかわることは間違いない。

 

「ダメ、全然起きないっ。こうなったら【ライフ・アップ】で!」

『その前に、手当できる場所に移動した方がいいんじゃないか』

「あ、そうだ……。まずは医務室に行かなきゃ……!」

 

 いつの間にか鴉の姿に戻っていた『鴉羽』から、春虎はアドバイスする。

 落ち着きを取り戻したシスティーナは、意識のないグレンに肩を貸して運んでいく。

 頼りない足取りを見て、『鴉羽』も3本の足でシスティーナとは反対側のグレンの腕を持ち、彼女にかかる負担を減らした。

 感謝を述べるシスティーナに対し気にするなと返すと、そのまま無言で医務室へと向かった。

 

 

 

 医務室にたどり着き、グレンをベットに横たえると、システィーナは怪我の治療に移る。

『鴉羽』は「ちょっと取りに行くものがある」と言って何処かに飛んでいってしまった。

 消毒し、包帯を巻いていると、グレンの譫言を聞いてしまう。

 

「正義の魔法使い」になりたかった

 

 その言葉が、システィーナの心に突き刺さる。

 

 

 あれほど魔術を軽んじていたはずなのに。

 あれほど魔術を毛嫌いしていたはずなのに。

 

 いや、すでにわかっているのだ。

 彼の過去に、理想を捨ててしまうような何かがあったということは。

 

 かつて、占い師に彼との関係について相談した時のことを思い出す。

 あの時は彼について知らないことが多すぎてなにも答えられなかった。

 今も、彼のその一端に触れただけで、知らないことの方がずっと多い。

 

 知りたい、そう思った。

 はじめて、魔術と同じくらい知りたいと思った。

 まだ明確な線引きがされていないけど、魔術師としての自分ではなく、少女としての自分が。

 

 もしも、彼にこの手を伸ばしたら、彼は受け入れてくれるだろうか。

 もしも──

 

 

 

『おまたせー、良いもん持ってきた──へっ?』

 

 窓から帰ってきた『鴉羽』は、その光景を目にしてフリーズした。

 少女もまた、声に驚いて意識がこちらに帰ってくる。

 

 春虎には、ベットに横たわる半裸の男に少女が覆いかぶさり、接吻でもしようとしているように見えた。

 

『……あー、お邪魔でした?』

「待って違うんですほんとにこれはそういうあれじゃないんです──!!?」

 

 少女の絶叫が医務室に轟いたが、グレンはそのまま爆睡していた。

 

 

『ほら、こういう生命の危機的状況には子孫を残そうと本能が働くっていうしね、一概に悪いとは言わないけどさ』

「やめてくださいお願いします、そういうのじゃないんです」

 

 一時間後、いまだ眠るグレンの体に嘴でペタペタと器用に呪符を貼り付ける鴉と、部屋の隅で膝を抱えて頭を埋めている少女がそこにいた。

『鴉羽』の方は暢気に話しかけるが、少女の方はまだ顔を赤くして消え入りそうな声で答えている。

 

『あんな風にカッコよく助けられたら、そりゃあ惚れちゃうよな』

「違うんです違うんです違うんです違うんです違うんです」

 

 ひたすら壊れたように違うと繰り返すシスティーナを見て、からかいすぎたと春虎は反省する。

 このままだと羞恥のあまり死ぬ。そう予感した少女は、なんとか空気を変えようと質問することにした。

 

「……あの、さっきから先生に何を貼っているんですか?」

『ん、これ?これは治癒符といって……まあ、見ててな』

 

 説明するより見せた方が分かりやすい。そう考えた春虎は、システィーナに近づくように言う。

喼急如律令(オーダー)」と春虎が唱えると、治癒符はぼんやりと光りだし、グレンの傷を少しずつ癒していく。

 

「え、すごい……!」

『こんな風に対象の傷や疲労を癒すんだよ。まあ、魔力や霊体の回復までは無理なんだけどな』

「いえ、十分すぎますよこれ。てことは先生は今……」

『疲れて眠ってんだろ。もう危機は脱してるよ』

 

 足りない血も呪術で多少は補った。後は眠ることで体力の回復をすれば今日はしのげるだろう。

 

「ありがとうございます。先生を助けてくれて」

『いやいや、君の治療が適切だったからだよ。お疲れ様』

 

 安堵のため息をこぼす少女に、春虎はねぎらいの言葉をかけた。

 しばしの沈黙の後、システィーナはぽつりと呟いた。

 

「どうして私たちを助けてくれたんですか?」

 

 それは、ずっと気になっていたこと。

 システィーナやグレンを助ける筋合いなんてないはずなのに、どうしてここまで手助けしてくれたのか。

 姿も名前も知らない、いってしまえば学園に不法侵入した一人でしかないこの鳥の奥にいる人は、いったい何が目的でここにいるのか。

 

 再び沈黙が生まれる。

 

『……似ていたんだ、かつてのおれたちに』

 

 沈黙を破って、恥ずかしそうに春虎は呟いた。

 想像していたのとは違う答えにシスティーナも聞き返す。

 

「どういうことですか?」

『なんていうか……。境遇とか、そういうのがおれたちと似ていてさ、重ねちゃったんだよ』

 

 言葉を選びながら、春虎は具体的な過去や背景をぼかして話し出した。

 

『今はこんなことしてるけど、おれにも学生生活をしていた時期があってさ。友達と遊んだり、勉強していたんだよ』

「なんだか……、想像つかないですね」

『言っておくけどちゃんと「人間の」って言葉が付くからな?けっして鳥のままじゃないからな?』

 

 軽い冗談を交えて、雰囲気が重くなり過ぎないように気をつける。

 

『そんな感じで学生生活を謳歌してたんだけど、今日みたいに学校を襲う連中が、ウチではよく出没してさぁ』

「ほんとですか!?」

「ホントホント。テロリストに襲われまくったなぁ』

 

 しかも狙いは幼馴染(夜光の転生体候補)だというのだから、たまったもんじゃない。

 

『アイツらすごいぞ?平然と「自分たちが正しい!」を押し付けてくるからな?』

「うわぁ……」

『ホントにうわぁ、だよ……』

 

 システィーナも思わずドン引きした。春虎も当時を思い出し頭が痛くなってくる。

 それでも、春虎たちが折れることはなかった。

 

『でもさ、好き勝手言ってる奴らのためにおれたちが我慢する必要なんてあるわけないじゃん。だから必死になって戦ったよ』

「……強いですね、皆さん」

『そうならなきゃいけない環境にあった、ていうのが正しいな。それでも仲間といる時が一番楽しかったよ』

 

 そんな日常だったからこそ、仲間ができたのかもしれない。

 もう一度会いたいと、春虎は思う。

 あの場所に帰るために戦い続けると、とっくの昔に覚悟は決めている。

 

『まあ、何が言いたいかというとさ……。君は学校は楽しい?』

「……はい」

『魔術の勉強は楽しい?』

「はい」

『友達や先生といるのは楽しい?』

「はい!……あっ、待ってください先生は別ですっ!」

 

 システィーナの返答に春虎は噴きだした。

 

『そっかそっか……。うん、人生の先輩として教えよう。その生活を大事にした方がいい。本当に呆気なく終わっちゃうもんだし、いつしかその思い出が力になるから』

 

 その声は、どこか哀愁に溢れていて、

 

『結局のところおれは、おれの代わりに君たちに、楽しい学生生活を送ってほしかっただけなのかもな』

 

 システィーナは言葉を返すことができなかった。

 

『……よしっ、湿っぽいのは終わり!どうする、君も疲れているだろうし眠っていていいぞ。おれが見張りをしているから』

「あ、ありがとうございます。でも私はまだ平気です。先生の治療もあるし」

『気にしなくていいぞ、それだっておれがやっておくけど』

「いえ、それじゃダメなんです。ずっと守られてばっかりの私が、少しでも恩を返せるのは今だけですから」

 

 そう言うシスティーナの表情に自虐の色はない。自分の出来ることをするという強い意思を感じる真っ直ぐな目に、春虎の方が折れた。

 

『わかった、けど無茶はするなよ。おれはちょっと用事を果たしてくるから』

「はい、ここで待ってます。……あ、そうだ」

 

 窓から『鴉羽』が飛び立とうとするのを呼び止めると、

 

「私のことはシスティーナって呼んでください」

 

 そう言って微笑んだ。

『鴉羽』は頷いて飛んで行った。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 鼻につく薬品の臭いでグレンは目を覚ました。

 重い身体を起こすと何かが肌にくっついていることに気づく。試しに剥がしてみると、よくわからない文字が書かれた紙だった。

 

「──あー、そうだ。たしかあの魔術師と殺しあって……」

 

 ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒し、気を失うまでの出来事を思い出す。

 辺りを見渡すと白を基調とした部屋。自身の身体に包帯が巻かれていることや、ベッドで眠っていたことから考えると、どうやら自分は医務室にいるらしい。

 

「あの鳥にここまで運んだり、包帯が巻けるとは思えねぇな……。助かったよ、白猫」

 

 疲労でベッドにもたれ掛かって眠る少女に、起こさないように静かに礼を言う。

 ベッドから降りて立ち上がると、身体に痛みはほとんどなく、出血も治まっていた。眠ったことで魔力も多少は回復している。

 

「さてと、後はルミアを助けるだけだな……」

 

 身体の調子を確認していると、ポケットの中の宝石が再び鳴った。

 

 

 

 

「マジか……」

 

 セリカとの会話から、相手のシナリオが浮かんできた。

 先の会話からわかったことは今の時刻、そして学院を覆う結界は内部から外に出れない仕様になっていること。

 これらの事実と不可解な点を組み合わせると、見えてくるものがある。

 

 問1.結界で外に出ることは出来ない。ならば相手はどうやって逃げる?

 ──解.そんな結界を作れる者なら、転送法陣の書き換えも可能。転移法陣を用いて逃走する。

 

 問2.敵は何故、治療中のグレンを襲ってこなかった?

 ──解.転送法陣の座標の書き換えをしていたから。

 

 問3.あのセリカ=アルフォネアでも音をあげる高度な結界、いつ、誰が作った?

 ──解.昨日の夜、無人の校舎に忍び込み学院の結界を改変した。故に犯人の候補は学院の内部の者。

 

 そこまで考えて、グレンは一度思考を止める。

 さすがに具体的な犯人まではわからない。

 しかし、あながち自分の考えも間違いではないだろう。

 

「たしか転送法陣があった場所は……」

『案内しようか?』

「うおぉっ!?」

 

 医務室から出ようとすると、突然声をかけられて驚きの声を上げる。振り返ると窓のサッシに大きな鴉が止まっていた。

 

「あのさ、音もなく背後に現れるのやめてくんない?つーかお前、何しに行くかわかってんのかよ」

『テロリストと人質のいるところに連れていけばいいんだろう?ちょっと走ればすぐ着くぞ』

 

『鴉羽』が嘴で指す方向には大きな白亜の塔がある。

 グレンはひとつため息をつくと、医務室を飛び出した。

 

 校内の敷地を走るグレンと、少し前方を飛行する『鴉羽』。

 この際だからと、グレンは気になっていたことについて質問していく。

 

「そういやその鴉、コートにならなかったか?」

『すごいだろ。「鴉羽」っていってさ、おれの自信作』

「すっげぇ便利だった。それ頂戴」

『やらねぇよ、おれの生命線なんだぞ』

「えー、あんだけ俺に働かせてそういうこと言うかぁ普通」

『結構手伝ったよな?いっぱいフォローした筈だよな?』

「人が寝ているときに、なんかよくわかんない紙いっぱい貼り付けやがって」

『……あれ治癒符って言って、怪我の治療に使ったんだけどなぁ』

「ふーん。じゃあ代わりにそれよこせ、湿布みたいで便利そう」

『湿布って、じじ臭いこと言いやがって……。魔術師には使えないよ』

「教師って立ち仕事だから腰にくるんだよ。あー働きたくねぇ。……え、魔術師じゃないのお前?」

 

 ──途中から完全に雑談になっていたが。

 

 そんなくだらないことしゃべりながら走っていると、だんだんと目標の転送搭が見えてきた。

 だが、グレンはそれ以上に気になるものを目にする。

 

「なんだこりゃ……」

 

 塔へと続く並木道には、塔を警護するゴーレムが無数に存在する。

 普段は周辺の石やレンガと同化しているはずだが、緊急時にはそれらが集まり無骨な巨人の姿をとるのだ。

 それらのゴーレムがグレンの目の前にあった。

 ──徹底的に破壊された状態で。

 

「そういやお前、自分の痕跡を残さないために学院のセキュリティを破壊するって言ってたよな」

『そうだな』

「……もしかしなくても、お前がやった?」

『敵にシステム掌握されていたらしくて、近くまで来たらいきなり襲いかかってきてさ。そっちが眠っている間にちょいちょいっ、と』

 

 ゴーレム達はすでに春虎が一掃していた。はじめて明確に仕事しているところが見えた気がする。

 

「なんか砂の塊があったり、真っ二つに焦げてたり、体からでっかい木が生えてたりしてるけど」

『木剋土だからな』

「もっ……、何それ?」

『風は石を風化させ、雷は岩を穿ち、植物は生育の為に大地を贄にするってこと』

「言ってる意味はわからねぇけど、何をやったかはだいたいわかった」

 

 こいつらは3分もあれば片が付くと、春虎は事もなげに言う。

 相手の力量の高さが伺えるが、魔術の才能に乏しいグレンはその発言に少しイラっとした。

 

「セキュリティの破壊って終わってんのか?だったらこっちに顔出せよ」

『あー、それな。もうこのまま顔出さなくてもいいかなって』

「ハァ?名前言えずに拗ねてた奴が何言ってんだ」

『致命的にタイミング逃したからもういいよ。自己紹介はまた今度するし。……着いたぞ』

 

 階段を駆け上がりながらグダグダしゃべっていても、目的地に着けば纏う雰囲気が変わる。

 最上階の大広間へ続く扉を、グレンは蹴り開けた。

 

 その先には、薄暗い広間の中心で座り込む少女が一人。

 

「……ルミア? そこに居るの、ルミアか!」

「先生……!? その声、グレン先生なんですか!?」

 

 そこに居たのはルミアだった。

 暗闇の中で無事を喜ぶ声が聞こえる。

 グレンも自分の生徒の無事な姿を見たことで安堵のため息をつく。

 しかし、そんな時間も長くは続かない。

 

『まずはもう一人をどうにかした方がいいんじゃないか』

「まさか、招いた覚えのない方が鳥とは思いませんでした」

 

 春虎の声と共に、最後の一人が姿を見せる。

 

「お願いします!こんなことはもうやめてください、ヒューイ先生!」

「……可能性には入れていたが、そういうことかよ。行方不明になったって聞いちゃいたが、そういう理由があったのか」

「ええ、そういうことです。そして今さらですが、初めまして。僕の後任のグレン=レーダス先生」

 

 端正な顔立ちをした青年、ヒューイ=ルイセンが優雅に挨拶した。

 それと同時に、グレンが懐から愚者のアルカナを取り出し、起動する。

 

『ちょっ、おま……』

「【愚者の世界】起動、これでお前は魔術が使えない。勝ったな」

 

 ──春虎の制止に気づかずに。

 

「いいえ、僕の勝ちです」

『ばかああぁぁぁ!!』

 

 ヒューイの勝利宣言と同時に、『鴉羽』が勝ち誇るグレンの顔に向かって襲い掛かった。

 

『なんで!なんでそれ使った!?そこに魔法陣あるだろうが!!』

「暗くて見えねぇんだよ!つーかなんの問題があんだよ!?」

『大有りだバカ!よく視てみろ!』

 

 グレンは顔に張り付く『鴉羽』をひっぺがすと、暗闇に慣れてきた目で床に描かれているものを見る。

 そこには、ルミアを中心に描かれた大型の魔法陣と、ヒューイを中心にした小型の魔法陣、その二つが線型魔法陣によって繋がれていた。

 そして最悪なことに、それらの魔法陣はすでに起動している。

 ヒューイの方の魔法陣を見てグレンは思わず叫んだ。

 

「白魔儀【サクリファイス】──換魂の儀式だと!?」

『ロクなもんじゃなさそうな名称だな……。いいか!お前の【愚者の世界】の欠点は二つ!自分も魔術を使えないのと、一度使えば途中でキャンセル出来ないことだ!使う前にもっと周りをよく視ろバカ!』

「がああぁぁ!!ンなことわかってんだよ!あーあ!後ろから指図するだけの奴は楽でいいよなっ!!」

「貴方達の口論は聞いてて面白いのですが、ルミアさんを助けたいなら僕の話を聞くことをお薦めしますよ」

 

 言い争いをするグレンたちの間にヒューイが入ってくる。グレンと『鴉羽』は口を閉じ目を合わせると、ヒューイに視線を向ける。

 注目が自身に集まっていることを確認すると、ヒューイは変らぬ笑みを浮かべたまま話し始めた。

 

「僕だってこのゲームが成立するとは思っていなかったんです。せっかくですからグレン先生、貴方にも全力を尽くしてもらいたい」

「テメエは……。いや、今はいい。言いたいことがあるならさっさと言え」

 

 そこから先のヒューイが語ったことを要約すると、ルミアの方の方陣とヒューイの方の方陣は連結しており、ルミアが転送されればヒューイの方も効果を発揮し、彼の魂を喰い潰してできた魔力が学院を吹き飛ばすというものだった。

 その事実を淡々と口にするヒューイに、グレンは戦慄を禁じ得ない。

 

「イカレてやがる。お前らやっぱり、超弩級のイカレ集団だよ……!」

『この手の連中はそんなもんだよ。……流石にここまでのはなかなか見ないけどな』

「否定はしませんよ。さあ、僕の話はここまで。ルミアさんの転送法陣を解呪しなければ、僕の自爆法陣も解けませんよ?」

 

 ヒューイはそう言うが、いまだ【愚者の世界】の効力は続いておりすぐには解呪に取り掛かれない。

 

「おい鴉、二人がかりで解呪するぞ」

『……悪い。神秘の体系が違いすぎておれにはどうこうできない』

「……オイオイ冗談だろぉ!?結界は無理やり侵入出来たのになんでこれは出来ない!?」

『言っただろ!おれはそもそも魔術師じゃないんだよ!』

 

 少なからず頼りにしていた相手からのまさかの発言でグレンは頭を抱える。

 後ろからはルミアが逃げるように叫んでいるが聞こえないふりをする。

 

『妨害工作を試してみる。そっちは任せた!』

「やってやるよチクショウ!」

 

【愚者の世界】の効力が尽きた瞬間、グレンはルミアの方へ、春虎はヒューイの方へと駆け寄った。

 グレンは右の手首を噛み千切り血を転送方陣へ垂らし黒魔【ブラッド・キャタライズ】で触媒化、自身の血で方陣に直接文字を書き込むことで黒魔儀【イレイズ】の準備を、春虎は【サクリファイス】の方陣を呪術的に解釈して、術式の解除を試みる。

 

『クソッたれ!やっぱりダメか……!』

 

 しかし春虎の思うようにはいかない。

 術式の概要は見鬼で視ることができる。だが魔術はルーン言語を用いているもの、その本質は「原初の音(オリジン・メロディ)」という音なのだ。

 アプローチの仕方が呪術とは違う以上、どうしたって解釈にズレが生じる。そのズレをなくすには、今は時間が足りなすぎる。

 

「ずっと気になっていたんですが、貴方は何者で、どうしてここにいるんですか?」

『後でたっぷり教えてやるよ!』

「なるほど、その機会があるといいのですが」

『そっちの講師様がなんとかしてくれるだろうからな!』

「そうですね、すでに第二階層まで解呪しているようです。いいペースですが、果たして彼の魔力はもつでしょうか?」

 

 その言葉と同時に、グレンが喀血した。

 ヒューイの言葉に春虎は内心舌打ちする。

 春虎の見鬼もグレンの様子を捉えている。グレンの肉体はだいぶ回復したが、魔力はほとんど回復していない。このままではマナ欠乏症で倒れるだろう。

 ──だから春虎は、最悪の展開に備えて準備をする。

 ルミアが転送されヒューイが爆発した際に、その被害を最小限に抑えるために。

 

「私の周囲に結界を張った……。その判断は正しいでしょう。ただし、どれだけ効果的かは分かりませんがね」

『さっきからゴチャゴチャうるせんだよ。人のことバカにしてんのか』

 

 人が必死になっているそばでひとり冷静なヒューイの発言に、思わず春虎の語気も荒くなるが、ヒューイは静かに首を振る。

 

「とんでもない。私はただ──、貴方たちが羨ましいのです」

 

 その発言に違和感を春虎は覚えたが、グレンが崩れ落ちたことに気づき飛んで駆け寄る。

 グレンの顔色は非常に悪く、ぐったりとしたまま動かない。

 第三階層まで解呪はされているが、すでにグレンの意識は朦朧としている。

 これ以上の作業はできないだろう。

 

『おい、起きろ!生徒を助けんだろ!』

 

『鴉羽』が翼でグレンの顔を叩くが、反応を示さない。

 だがそれも当然だ。とっくのとうにグレンの体は限界を超えている。

 魔術や治癒符による治療ではどうにもできないところまできている。

 

『こっちが作業している最中に聞こえていたぞ!正義の魔法使いだとか、自分の人生を無価値にはしたくないだとか!よくもまあ、あんだけこっぱずかしいことを大声で言えたもんだ!』

 

 呪術にも、霊体や霊力の修復・回復をする術はある。

 それをグレンに施さないのは、効力が非常に薄いことや副作用の可能性があるからだ。

 魔術師と陰陽師は霊的観点から見て違う生き物だ。

 体内の霊的器官が違いすぎる。魔術師そのものに干渉する呪術の効力が薄いのはそのせいだ。

 相手を壊さないように洗脳状態にすることもままならない。造血の呪術を使っても一時しのぎにしかならない。

 きわめつけに治癒符による治療、あれだけ貼り付けても人の体ひとつ満足に治せない。

 

『だから起きろよ!聞こえてんだろ!?諦めてんじゃねえ!お前にしか救えねぇんだよ!!』

 

 こんなにも自分の無力を呪った日は、あの日以来だ。

 

『なあ、頼むよ……』

 

 それでも、グレンは目を覚まさない。

 現実は、どこまでも残酷だ。

 

「──お願いします。もう少しだけ、グレン先生をこちらに寄せてもらえませんか?」

 

 それでも、そんな現実に足掻く者はいた。

 

『君は……』

「お願いします。もう少しで、腕が届きそうなんです……!」

 

 そう言って、方陣の中からルミアはグレンへ手を伸ばす。

 ルミアの声に自信を感じた春虎は、『鴉羽』の足でグレンの腕を掴み、ルミアの方へと引きずった。

 その手が届くとこまで来ると、ルミアは優しくグレンの手を握る。

 

「グレン先生、貴方のやってきたことで救われた人がいます。貴方の頑張りに応えたいと思う人がいます。それは重くて、身勝手かもしれないけど、貴方に期待している人がいます」

 

 その光景を、春虎は美しいと思った。

 

「だから、今だけもう一度、立ち上がって欲しいんです。その為の力はここにあります」

 

 ルミアの身から光が放たれ、それは少しづつ強くなっていく。

 

「私にはこんなことしかできないけれど……、それでも」

 

 グレンの手をきゅっと強く握り、ルミアは叫ぶ。

 

「受け取ってください。グレン先生!」

 

 眩いばかりの光が、ついに爆発した。

 春虎の見鬼には、ルミアからグレンへと大量の魔力が流れ込んでいくのが視えた。

 この世界には、「異能者」と呼ばれる魔術に依らない特殊な力を持つ者がいる。

 ルミアもその一人で、「感応増幅」と呼ばれる力を保有していた。

 

「……聞こえてるっつーの」

 

 ルミアの手を握り返し、グレンが呟いた。

 

「先生!」

『やっと起きたか!』

「恥ずかしいこと大声で言ってるのはどっちだよ!」

 

 春虎にそう言い返して、すぐさま第四階層の解呪へと取り組んでいるが、それもものの数秒で終わらせる。

 されどカウントダウンはすぐそこまで来ている。

 このままでは間に合わない。

 

「クソ、クソクソクソ!」

 

 悪態をつきながらも、グレンは方陣に血文字を書き込んでいく。

 まもなく起動しようという方陣に指を躍らせ、ふらつきながらも最後の仕上げを完成する。

 

 カウントダウンが3秒を切ったとき、グレンは天に向かって吠えた。

 

「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に解放すべし》──ッ!」

 

 そして、部屋は光に包まれた。

 解呪によって方陣の起動は停止され、ただの模様と成り果てる。

 方陣から解放されたルミアは、真っ先にグレンの下へ駆け寄った。

 ──その光景を、『鴉羽』は遠くから見つめる。

 

「……僕の、負けですか」

 

 そう呟くヒューイの声には、怒りや憎しみの類は感じられない。

 何かを諦めたような、晴れ晴れしたような、不思議な響きだった。

 

「不思議ですね。計画は頓挫し、自身の役割さえ果たせなかったというのに……どこかほっとしている自分がいる」

「なに勝手に満足してるんだ。テメエにはケジメつけてもらうからな」

 

 そんなヒューイの前にグレンは指を鳴らしながら現れた。

 ルミアには遠くに離れてもらっている。

 

「……最後に1つ、聞かせて頂けませんか?」

「ああん?」

「僕は一体、どうすれば良かったのでしょうか?組織の言いなりになって死ぬべきだったのか、それとも組織に逆らって、教師としての道を選んだ上で死ぬべきだったのか。それは今となっても分からないんです」

 

 その言葉に、グレンはひとつため息をついて答える。

 

「知るか、テメエの人生だろ。境遇には同情してやるよ。けどな、周りに流されるだけで何もしなかったお前が悪い、お前の不始末はお前がつけろ」

 

 グレンの発言にヒューイは目を丸くすると、思わず噴き出した。

 

「ああ?なに笑ってんだよ」

「いえ、講師とは思えないほど口が悪いな、と」

「知るか、ほっとけ!」

 

 一通り笑うのに気が済むと、ヒューイは憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。

 

「貴方の言う通りだ、ありがとう、グレン先生」

「そうかい、じゃあ歯ぁ食いしばれ!」

 

 グレンは残された体力のすべてを振り絞って、ヒューイの顔面を殴り飛ばす。

 吹き飛んだヒューイは二転三転すると、壁にぶつかって気を失った。

 

「あー、終わり。終了。もう今日は働かねぇ」

 

 吐き出すように言うと、グレンの体は糸が切れたように倒れる。

 遠のいてく意識の中で最後に感じたことは、冷たい床と後頭部に感じる柔らかい感触、額に感じたぬくもり。

 そして──

 

(結局あいつ、何者なんだよ)

 

 最後まで顔を見せなかった協力者への疑問だった。

 

 

 

 

 膝の上で眠るグレンを見て、ルミアは暖かい気持ちで胸がいっぱいになる。

 その勢いに任せて胸の内の想いをありったけぶつけたのだが、今になって恥ずかしくなってくる。

 

「あ。そうだ……」

 

 自分を助けるために来てくれたのはグレンだけではない。鴉の姿をした協力者にも礼をしようと辺りを見回すと、

 

「あ、れ……?」

 

 突然意識が遠のいた。

 ふらつく頭を必死に支えようとするが、すでに平衡感覚がつかめなくなっている。

 彼女が意識を失う直前に耳にしたのは、すまないという声だった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 そして彼は目を覚ました。

 身体を動かそうとすると、自身が椅子に座らされた状態で縛られていることに気づく。

 辺りを見回したが自身の居所の見当もつかない。

 分かるのは自分が窓のない殺風景な部屋に監禁されていること、部屋の中心に自分がいること、天井に吊るされたランタンだけが頼りなことくらいだ。

 こんな目にあってもおかしくないことはしてきた。しかし直前の記憶では、自分は魔術学院の塔でグレンに殴られたはずだ。

 この部屋にはわずかだが生活臭が残っている。騎士団や魔導士団の牢獄の中とは思えない。

 

 突然ガチャ、とドアを開ける音が背後から聞こえた。

 

「よう、目覚めはどうだ?ヒューイ先生」

 

 部屋に入ってきたのは、黒衣を纏った若い男だった。もしかしたら少年とも呼べるかもしれない。

 金髪に異国風の顔立ち、左目を布で覆っている。

 少年は気さくに話しかけるが、纏う雰囲気はあまりに重い。

 

 知らない男、そのはずだ。

 

「本当なら魔術学院で起きたあの事件、首を突っ込むつもりはなかったんだ」

 

 男は正面に来ると紙を空中に放る。次の瞬間紙は木製の椅子となった。魔術とはとても思えない。

 男は現れた椅子に腰を掛けると、射貫くような視線をこちらに向ける。

 

「システィーナ、彼女にはああ言ったが、事件の最中でおれにはアンタを連れてくる理由ができた」

 

 語調はけっして荒くない。しかし、誰にも口を挟ませない気迫が感じられる。

 

「いや~、あの結界や転送方陣には恐れ入ったよ。後者に関してはおれにも未知の領域だ。だから知ってるんじゃないかと思ったんだ」

 

 そこまで言うと、男は顔をこちらに近づけて、

 

()()()()()()()()()、とかね」

 

 静かにそう言った。

 彼が言っていることは理解できた。しかし、私に彼の求めているような知識はない。

 そう言おうとすると男は手で遮る。

 

「ああ、もちろんアンタが知らないかもしれない、なんて可能性は踏まえている。でもそれは気にしなくていい。おれが求めているのはアンタの知識だ。それさえ手に入れば、後はこっちでなんとかする」

 

 そこまで言うと、彼は顔を離して一息つく。

 こちらに向けて放たれる圧が緩んだ気がした。

 

「ついでにさ、アンタには実験台になってもらいたいんだ。どうもおれの術の一部は魔術師に効きが悪くてね。いいだろ?」

 

 そうは言うが、こんな状態でこちらに拒否権はないだろう。

 しかしそれも問題ない。組織の使命を果たせなかった今、私を縛るものはない。

 話すことを許されたようなので、返事をする。

 

「ええ、構いません。しかしいくつか質問に答えてもらってもいいですか?」

「ああ、答えられる範囲なら」

 

 許可をもらったので、いろいろと聞いてみる。

 

「ひとつ、私に使い道がなくなった場合、私をどうするつもりですか?」

「殺しはしないよ。予定ではアンタを騎士団の詰所にでも放り込むかな」

「なるほど。ではふたつ、貴方は学院にいた鴉の使い魔の主で間違いないですか?」

「まあ、そんな感じだな」

 

 聞きたいことは粗方聞けた。しかし彼の方がもういいのかと聞いてくるので、もうひとつ質問することにする。

 

「では最後に、貴方はいったい何者なんですか?」

 

 その質問に、彼は笑って答えた。

 

天の智慧研究会(アンタら)や他の奴等には、『()()()()』なんて呼ばれてるぜ」

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 後にアルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件と呼ばれるようになったこの事件、巻き込まれたグレンたちはその後も事情聴取を受ける羽目になった。

 その中でルミアの正体が三年前に病死したはずのエルミアナ第二王女で、異能者であったために王家から追い出されたなどの真実が明らかになったりもしたが、それ以上に気にかかることがある。

 

 テロリストの一人、ヒューイ=ルイセンが行方不明であることだ。

 

 

 

 グレンとルミアが気を失った後、学院に騎士団が乗り込んできた。

 彼らによってグレンが街中で倒したキャレル=マルドスは捕縛、ジン=ガニス、レイク=フォーエンハイム両名の死体は確認されたのち保護された。

 その後目を覚ましたグレンとルミアの証言から、犯人グループにヒューイ=ルイセンも含まれることが分かったが、二人の言うように転送塔の部屋にはヒューイはいなかった。

 騎士団はおそらく逃亡したと考え、大々的に捜査を行っている。

 

 なお謎の協力者については、グレンたち三人が事前に口裏を合わせたことで存在が表に出ることはなかった。

 学院のセキュリティすべてを破壊してまで存在を隠そうとしたのだ。ルミア救出に協力してもらった借りはこれでチャラということにしておく。

 けっして、「存在をばらしたら記憶を消す」発言に屈したわけではない。

 

 数日後、学院は平穏を取り戻し経営を再開。授業も通常通りに行われた。

 事件に巻き込まれた生徒たちも、一人も欠けることなく出席した。

 曰く、「魔術の恐怖を知ることで正しい在り方を学ばなければならないと思った」そうだ。たくましいことこの上ない。

 

 ちなみに変わったこともある。グレンの役職から非常勤という単語が抜けたのだ。

 これを生徒たちに伝えるとえらい喜ばれた。

 セリカはグレンの心境の変化に驚いていたが、グレンだってヒューイを見て思うところはあったのだ。

 過去に囚われて流されたままでいるよりも、新しいことに目を向けた方がずっといい。

 要するに、見たくなったのだ。

 自分にはできなかったことを、生徒たちが実現する瞬間を。

 

 余談だがある日、システィーナとルミアの二人が新聞を持ってきたことがあった。

 今から一ヶ月程前の新聞の一面を二人は興奮気味に指さしており、何事かと思って読んでみると、見出しにはこう書かれてあった。

《謎多き『レイヴン』、外道魔術師を再び討伐》

 なんとも怪しげな見出しだが、記事の内容を見るとどうやら本当のことらしい。

 二人はこのレイヴンが協力してくれたのではないかと言いたいようだ。

 グレンはその場では否定してみたものの、ありえそうな話だと思ってしまった。

 

 そんな騒がしくも平和な日々が、しばらく続いたのだ。

 

 

 

 それは、突然の出来事だった。

 

 授業が早く終わったグレンは、ひとり南地区を歩いていた。

 特にやることもなく、暇つぶしにブラックマーケット街にでも寄ろうと考えていると、

 

「……ッ!人払いだと!?」

 

 歩いていた道から急に人気がなくなっていく。

 似たようなことが最近にも起きている。グレンの行動は速かった。

 すぐさま愚者のアルカナを懐から取り出し、いつでも起動できるように構える。

 

「オイ、いるんだろ!とっとと出てきやがれ!」

 

 姿を見せない相手に吠えるグレン。

 頬に汗が流れても、それを拭う隙さえ見せられない。

 

 すると、背後に気配を感じた。

 振り向きざまに魔術を放とうと左の掌を向ける。

 

「……ハァ?」

 

 そんな間抜けな声が口から出た。

 思わず目をこすって二度見してしまう。

 

 石畳の上には、3本足の鴉がいた。

 金色の瞳が、グレンを見つめている。

 

「あ、ちょっ、待て!」

 

 グレンの頭上を越えて飛んでいく鴉を追いかけていく。

 以前も飛んでいる姿を見たが、あの時に比べてずいぶんゆっくりとしている。

 誘導されている、そんなことはわかっていた。

 

 狭く細い道を辿り、ついに鴉は地上に降り立った。

 後を追って道なりに沿って行くと、急に道幅が広い場所に出る。その先は行き止まりになっていて、そこに小さな屋台があった。

 いや、屋台といえるほど立派なものではない。古びた机に椅子が二つ向かい合わせに並んでいる。

 片方は空席だが、もう片方には占い師のようなローブを着た人がいた。

 頭にフードをかけているせいで顔は見えない。

 その肩にはここまでグレンを連れてきた鴉が止まっていて、鳴きもせずにこちらを窺っている。

 

「よう、占ってみるかい?」

 

 そう声をかけられた。

 その声をグレンは知らない。

 でも、彼が何者かは確信している。

 

「抜け目ねえな。使い魔からの声も若干加工してたのか」

「そりゃあそうさ。声を聞かれてバレました、なんてダサいだろ?」

 

 なにがおかしいのか相手は震えるように笑っている。

 姿を現したということは、会話をする気があるということだろう。ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「あの事件の後、ヒューイが姿を消したんだが、あれはお前がやったのか?」

「ああ、こっちで連れ帰ったよ。今は一緒じゃないけどな」

「あいつはどこにいる?」

「さっき騎士団の本部に放り込んどいた。ちゃんと生きてるよ」

 

 なんとなく、安心した。

 どれほどの罰を背負うかは知らないが、これで彼も自分の人生を生きていけるだろう。

 

「優しいんだな」

「バカ、疑問が解けてすっきりしただけだ」

 

 相手のからかうような反応に悪態をつくことで返す。

 さて、もう一つの疑問を解消するときだ。

 

「ほらよ、待ちに待った自己紹介の時間だぜ?」

 

 その言葉に笑みを浮かべたのを、フードで顔が見えなくてもグレンにはわかった。

 

 相手は立ち上がると、勢いよくローブを脱ぎ捨てる。

 ローブでグレンの視界から相手の姿が隠された。

 しかしそれも一瞬のこと、すぐに晴れた視界には鴉の姿はなく、代わりにグレンも一度袖を通したことのある黒い外衣を纏った、金髪隻眼の若い男が立っていた。

 

「改めまして、おれは陰陽師、土御門 春虎。いまはお尋ね者兼占い師をやっている」

「グレン=レーダス、魔術講師だ」

 

 二人は不敵に笑いあう。

 

「つーかお前、どっちが名前だよ」

「お、そうか。春虎って呼んでくれ。そっちが名前だ」

「あとお尋ね者って言ってたけど、もしかして『レイヴン』ってお前のこと?」

「……ふーん、そこまで調べたのか。そんな風に呼ばれてるな」

「そりゃそんな真っ黒の格好してりゃあ、『闇鴉(レイヴン)』なんて呼ばれるわな」

 

 和やかに話していると、グレンはとある事実に気づく。

 

「……ん、まてよ?こいつを騎士団に突き出せば、もしかして賞金が手に入る?」

「おいおい、同じ修羅場をくぐり抜けた仲だろ。そんなひどいこと言うなよ」

「しょうがねえだろ、こちとら万年金欠なんだ。だいたい、お前が犯罪なんかしなきゃけりゃよかったんだ」

「そうは言ってもなぁ。表でも裏でも追われてる身だし」

「外道魔術師を撃破しまくってるんだって?感謝されることはあっても、なんで騎士の連中にまで追われてんだよ」

 

 グレンの言葉に春虎は気まずげな顔をして、机の下から大量の紙の束を取り出し、机の上に置く。

 

「読んでみろよ、理由なんてすぐわかるから」

 

 グレンは適当なものを一枚手に取ると、ざっくりと目を通す。

 その表情は、すぐに険しいものになった。

 

「なあ、テメエの持ってるそれが、どういうものかわかってんのか」

 

 グレンの持つそれも含め、机の上に置かれた紙の束ひとつひとつが、外道魔術師たちが行ってきた実験をまとめたものだった。

 その凄惨な内容に、紙を握る手に思わず力が入る。

 

「それは全部、おれが潰してきた連中から奪ったものだ。騎士や魔導士団はこれを追っかけてるのさ」

「どうして!どうしてこんなクソみてえなモン集めてやがる!?」

 

 手に持った紙を地面に叩き付けてグレンは怒鳴る。

 それでも春虎は気圧されず、冷静に話しかける。

 

「必要になるかもしれないと、そう思ったんだよ」

「必要?このイカレた実験が必要になるとでも!?テメエ本当に読んだのか?一言一句理解できるようにおれの口から聞かせてやろうか!?」

「ああ、そうしてくれると助かる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……は?文字が読め、いや待て、こっちの世界だと……?」

 

 やっと本題に入れる、そう言った春虎の顔はふざけているようには見えない。

 

「いいか、おれはこことは()()()()()()()()。天の智慧研究会の連中に召喚されたんだ」

「……いや待て、お前さっき陰陽師って言ったよな。だったら日の輪の国の生まれの筈だろう!?」

「悪いがおれは日本出身だ。おれの世界にも陰陽師はいるんだよ。先に進めるぞ」

 

 それから春虎は、今までの経緯を詳しく語り始めた。

 自分が『レイヴン』として活動していた理由、フェジテに来たわけ、システィーナやルミアとの出会い、学院への潜入など、全部話した。

 それはもう、事細かく丁寧に全部話した。

 その結果、話が終わるころには日が沈みかけ、グレンは一通り納得したが、情報量の多さのあまり椅子に沈み込んでいる。

 

「いいか、要するにだ。おれは元の世界に帰るための情報が欲しい。そのために天の智慧研究会と戦っているというわけだ」

「……はい」

 

 グレンの返事には一切覇気がない。

 そんなグレンの様子を見て春虎はため息をついた。

 

「頼むぞグレン、アンタにはおれが帰るために協力してもらうんだから」

「……待て、何がどうしてそうなった」

 

 突然の春虎の発言にグレンが復活する。それを呆れたものを見る目で見る春虎。

 

「さっきも言ったろ?ルミアを守るのに協力するから、おれの目的にも協力しろって」

 

 必死に記憶をたどると、確かにそんなことを言った気がする。

 ルミアを守ることで天の智慧研究会に接触しやすくなるからと言っていた。

 その時グレンも、ルミアを守る手はいくらあっても困らないと考えていたのだ。

 

「協力するとは言ったけど、具体的に俺は何をすりゃあいいんだ?」

「いい質問だ。グレン、これはお前にしかできない」

 

 そう言った春虎の表情はとても真剣で、グレンもつられて背筋を伸ばす。

 そして春虎はこう言った。

 

「グレン、家庭教師としておれに()()()()()()()()

「……はぁ?」

 

 グレンは今日一番の間抜け面をさらした。

 

 




これにて原作一巻終了でーす。
今後も書いていくつもりですが、就活やら勉強やらで忙しいので今以上の亀更新になります。
本当に申し訳ない。

人物紹介は近い内に入れたいと思ってます。
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